1945年の5月2日。
ベルリン防衛軍司令官ヘルムート・ヴァイトリング砲兵大将が降伏を宣言。
ソ連軍のチュイコフ将軍(かつてのスターリングラード軍の司令官)と、 ワシーリー・ソコロフスキー(第1白ロシア方面軍参謀長)の 命令で、ヴァトリングは降伏文書に署名した。
これにより、ドイツ帝国軍は、ソビエト連邦軍に対してすべての戦闘行為を停止した。 ドイツ帝国議事堂には、ソビエト国旗(赤字にカマとハンマー)が掲げられ、 町のいたるところでは、ウォッカを飲みながら戦勝歌を歌い、踊るソ連兵がみられた。
「さぁて。復讐の時間だな」 「おらドイツ女。いるんだろ。出て来いよ」
ソ連兵による略奪、暴行、強姦は、凄惨を極めたそうだ。 赤軍兵士によるドイツ兵への積年の恨みは、もはやどうすることもできない。
スターリンは「ベルリンは数日間にわたり、諸君らのものだ」と宣言。 国の最高指導者自らが、命を懸けた戦った兵士の慰労として略奪暴行を許可したのだ。
家の中で隠れていた女性たちは、老いも若いも関係なく犯された。 中には敵の興味をそぐために長い髪の毛を切った人もいた。 それでもソ連兵に乱暴されたそうだ。
少なくとも10万人以上の女性が強姦され、 のちに多くの人がソ連人の子孫を身ごもることになる。 国に残された愛する家族を守るために戦うドイツ兵士もいたのだが、 負けてしまえばみじめなものである。 真っ先に敵に奪われるのは愛する妻、母親、そして娘たちなのだから。
「男たちは野蛮ねぇ」
「私たちは金目のものでも探しましょうか。 故郷に帰ったら家族に見せびらかすのよ」
彼女たちは陸軍に所属する女性兵である。 ベルリンに侵攻したソ連兵には、女性の陸軍部隊も存在したのだ。
彼女たちは驚くべきことに、ヒトラーの地下司令部と 呼ばれた「総統地下壕」に一番乗りした兵隊の一部であった。
「ひっ……降伏します。殺さないでください」
地下壕の入り口近くには、秘書官と思われるスーツ姿のドイツ人女性が、 両手を上げて脅えていた。独語で話されているから、 ソ連人にほとんど意味は伝わらない。
「……邪魔だ。どけよ!!」 「ひいい」
その女の尻を蹴飛ばしてやると、涙を流しながら床に這いつくばり、 命乞いを始めた。
(鬼畜ドイツ人どもめ……)
確かにこいつらが戦いに参加したわけじゃない。 だがここで命令を出していた奴らが、無抵抗なソ連の避難民たちの 上に爆弾を落とし、無抵抗な捕虜を収容所に送り虐殺し、 そして今日に至るまで味方の兵隊を殺し続けたのだ。
秘書だけでなく、ドイツの兵隊はみんなこうだった。 いざ自分が殺される時になったら、まっさきに命乞い。 やはりこいつらは人間のクズだとソ連兵は思った。
女性兵の何人かが、そいつを周りを囲んで、銃の裏側でさんざん殴って こらしめてやった。そいつがボロボロになると、 めずらしい指輪をしてるのが目に入る。 さすがは相当地下壕で勤務していたエリート。 見るからに美しい金色の指輪だった。
女性兵のリーダーが瞳をギラギラさせながら言う。
「おい。指輪をよこせ」 「は……」 「指輪だよ。指輪。それはずして、よこせって言ったんだ」
ロシア語で話されているので、意味が伝わらない。
「あの……なんですか? 手がどうかしたんですか?」
「ちっ……。とろいねぇ」
銃剣で、その女の腕ごと切り落としてやった。
「っあぁあぁぁぁっぁああああああああああああ!!」
すさまじい悲鳴に、騒ぎを聞きつけた男性兵が、 隣の部屋の扉を開けてやって来た。
「ソ、ソ連兵だ……ソ連兵がもう入ってきているのか……」
男は手持ちの武器を床に叩きつけるようにして捨てた。 そして両手をあげた。 肩に立派な階級章が付けられているから、 それなりの地位の兵隊なのだろう。
右手首の先がなくなった秘書を見つけると、彼女をかばうように 覆いかぶさり、「殺さないでくれ」とロシア語で繰り返した。 秘書の女性は「痛い……痛い……血が止まらない」と言い続けたが、 汚いドイツ語などソ連人の耳には入らない。
彼女らは、そいつらを全く無視して廊下を進んだ。 切り落とした手は硬直していて、結局指輪は外せなかったからあきらめた。
廊下伝いに扉を開けていく。どれも頑丈な鉄製の扉だ。
開ける。通信設備。ヘッドセットをつけた賢そうなドイツ兵がいる。興味はない。 開ける。電気がついてない。壁に銃が立てかけてある。 開ける。男性トイレだった。見たくもない。
開ける。ここは当たりだった。女性秘書官のために用意された私室だ。 高級そうなクローゼットの中を開けてみると、
「すごいわ!! お宝よ!!」 「ドイツ製の高級毛皮よこれ!!」 「ぜんぶ山分けして故郷に持って帰りましょうか!!」
高級な服がたくさんあった。
冬ものコートからドレスまで、デパートの洋服売り場のように満載されている。 ソ連女性が好んだのが、深紅色のパーティドレスだった。 ネックレスやハイヒールもある。サイズなんてどうでもいい。 せっかくベルリンを征服したのだから、ドイツ人が持っている 全財産は没収する。そのつもりで女性兵たちは略奪を楽しんだ。
同じく総統地下壕を捜査した兵隊によって、 ヒトラーらナチス幹部の遺体が発見された。
打倒ドイツを目的に戦った各国の 将兵より先にソ連軍が確認したものである。
ドイツ第三帝国総統 アドルフ・ヒトラー ヒトラーの愛人(恋人) エヴァ・ブラウン 宣伝大臣 ヨーゼフ・ゲッベルス その妻 マクダ・ゲッベルス
以上の四名の焼死体が、相当地下壕付近に掘られた穴で発見された。 付近にあるベンチは、生前のエヴァが秘書たちを 連れてタバコを吸う憩いの場所でもあった。
自殺する直前。ヒトラーはこう言った。
「私の遺体にガソリンをかけてくれ。絶対に敵に特定されぬよう、 跡形もなく燃やし尽くせ。やってくれるな? ギュンシェ」
オットー・ギュンシェはSS(ヒトラー親衛隊)の少佐である。 ヒトラーから特に信頼の厚い部下であるから、死体の焼却を任された。
拳銃自殺(服毒の説もあり)した、上の四人の遺体に ガソリンをまき、焼却したのは彼である。
この世界大戦に参加した、全ての連合国の兵がこう願い、戦ったものだ。
『俺のこの手で、ヒトラーの息の根を止めてやる』
実際に息の根を止めたのに等しいことをやったのは、ギュンシェだった。 この作品の参考にした映画「ヒトラー最後の十二日間」では、
ギュンシェ役は長身の美男子が演じている。 ヒトラーに焼却を頼まれた時、 「断腸の思いでおこないます。相当閣下」と宣言した。
ゲッベルスの妻「マクダ」も特異な人物のため、ここで紹介する。
ヒトラーをして「ドイツで一番の母」と呼ばせた彼女は、 熱烈な国家社会主義者であった。
彼女は軍人ではないから、 ソ連軍に降伏しても国際司法が身の安全を保障してくれる。 それでも彼女が自殺した一番の理由は、 「非ナチ社会で子育てをしたくない」からだと言った。
浮気を繰り返した夫には、とっくに愛想をつかしている。 自殺前夜まで夫とは口も聞かないほどに険悪な仲だった。
彼女が信望したのはナチスの思想であり、 優勢人類がドイツ人であるという願いであり、 その願いを実現するヒトラーという人物そのものであった。
死ぬ直前まで彼女はナチス党員であり、 共産主義に支配されるドイツを見るなどごめんだった。
彼女はドイツが降伏する前に、6人もいる小さな子供たちに対し、 青酸カリ入りのカプセルを飲ませて殺した。 まず子供たちに睡眠薬を服用させ、眠っているところにカプセルを一人一人 噛ませていくのだ。そばに医者を待機させながらも殺すのは自分でやった。
映画でもそのシーンが、名女優コリンナ・ハルフォーフによって演じられた。 この東ドイツ時代に数々の賞を受賞した女優の演技は、 鳥肌が立つほどの迫力であった。
未来のある子供を殺し、総統の死体を焼いて過去の栄光を捨てる。 マクダとギュンシェ。 古いドイツを滅ぼした二人の行動は、 第三帝国の崩壊を象徴していたといっていい。
※マリン
ここは夢の中の世界。 私は夜の街の中で炊き出しをしていた。
私は日本人だけどソ連兵の格好してここにいる。 ここの地理なんてさっぱり分からない。目が覚めたらここにいるのだから。 町の中央に大きな川があって、頑丈そうな橋がかけられている。
この付近には、砲撃によって爆破された家がたくさん並んでいる。 住民たちは食べるものが何もないので、私たち兵隊は炊き出しを行っていた。 軍用の食糧である肉入りスープを避難民たちに分け与えているのだ。
「ダンケ」 「ダンケシェーン」 「ダンケ」
住民たちは頭を下げて礼を言う。ダンケって言われるの飽きた。 夜のベルリンは五月のはじめでも冷える。 それにしても外国の人でも頭を下げるんだね。 日本人だけの文化なのだと思った。
みんなコートがホコリだらけで髪の毛もボサボサ。 すさまじい臭気を発している男性もいる。 こんな環境だもの。乞食みたいになる人もたくさんいるわけで。
ソ連兵は今夜も略奪暴行を行っているんだろうけど、私たちの部隊は違う。 私たちは補給(兵站)部隊のトラックから直接 食糧を受け取ってこの人たちに分け与えている。 ベルリンの住民に対し食料を配布するよう、軍から正式に命令が下ったのだ。 (戦後の米英に対するポーズもあったのだろう)
私はこの命令に不満はない。だが、同僚はそうでもなかった。
「ちいぃっ!! くそニェメッツ(ドイツ人の俗語)め。 なんであんな奴らに貴重なパンと肉を分けてやるんだよ」
「お腹が減ってるなら勝手に飢え死にすればいいのに」
「死体になったら処理がめんどくさいから、 自分で穴の中に入って死ねばいいんじゃない?」
「ほんとねwwあいつらにはお似合いの場所よね。他には肥溜めとか?」
「そもいいねぇーww」
女性兵士ですらこうなのだ。我々ソ連人の、ドイツに対する憎しみは あと数世紀は続くんじゃないかとさえ言われている。
スヴェトラーナは白ロシア(ベラルーシ)ソビエト共和国出身の兵隊である。 首都のミンスクの郊外の村に住んでいた。酪農家だった。
ミンスクを守備していたソ連軍の大部隊は、ドイツの電撃作戦に全く対抗できずに 数十万の捕虜を出して壊滅した。そして民間のソビエト人民は無防備な姿で残された。
彼女の村にもドイツ軍の戦車部隊がやって来きた。
村民は全員捕虜となりトラックに収容される。 スヴェトラーナのおばあちゃんは、手足が不自由でベッドに寝ていた。 そうしたらドイツ兵は怒りだし、おばあちゃんをベッドのまま外へ連れ出した。 おばあちゃんのベッドの足に火をつけ、生きたまま燃やしてしまった。
ドイツ兵は、笑っていた。 タバコを吸いながら、黒煙が黙々とあがり、断末魔の叫びをあげる おばあちゃんを、楽しそうに見ていたそうだ。
スベトラーナら村民を乗せたトラックは、別の町に潜んでいた、 ソ連軍部隊の反撃によって奇跡的に救出させられた。
その後、自ら陸戦部隊に志願したスヴェトラーナ。初めは戦車部隊に希望したが、 女性には危険すぎると当局が難色を示したため、歩兵部隊となった。
そして今日、彼女はベルリンの征服者の一人となった。
「なぁ、マリンよぉ。あんたも、こいつらは死ねって思うだろ?」 「そ、そうね……。死んで当然のことをしたんだよ!!」
女性兵らの目は据わっていた。ウォッカを飲んでいるのだ。 今日の彼女らは異様に殺気立っていて、ソ連兵のマリンでさえ、 下手なことを言ったら何をされるか分からない雰囲気が漂っていた。
「おっと、手が滑って落としちゃったw」
仲間のソ連兵が、スープの中身を地面にぶちまけたのだ。 酒の飲みすぎで顔を真っ赤にしている。
「おいそこの女、ドリンケンジー。飲めよ。そこのスープ」 「え……」
綺麗なコートに身を包んだ、いかにも育ちのよさそうなドイツ人女性だった。 金髪の美しい髪を耳元でカールさせているから、 一目見て彼女たちの嫉妬の対象となったのだろう。
(何も苦労しないで……今までベルリンで暮らしいていたお嬢様が……!!)
ドイツ女性は困惑していたが、ソ連兵に凝視されると、 奥歯がガタガタと震え始めた。漏らしているかもしれない。
女性兵らは、ドイツ女性をかこって手を叩き始めた。 早く食べろと言っているのだ。ドイツ女性はロシア語が少しだけ話せたから、 やんわりと拒否したのだが認められなかった。 言う通りにしないと、銃剣で足を切り落してやるぞと脅された。
「姉ちゃん。そんな奴らの言うことは聞くな。今日の配給食は諦めよう」
弟と思わしき小学生くらいの少年が、姉の肩をひっぱる。 だが女性は弟を無視した。
彼女は目をつむった。昨夜の雨でぬかだ地べたに、はいつくばって、 スープの残骸に口をつけた。泥の味しかしなかった。 具材の肉や野菜が無残に散らばっている。
ソ連女性たちは大笑いしながら、パンを放り投げた。 泥だらけになったそれも食べろと命じた。 仕方ないので、女性はパンもかじった。泥と涙の味しかしなかった。
(神様……)
彼女の家系はプロテスタント。 お金に不自由はしなかったが質素倹約に生きてきた。
この女性の父親は、町で音楽の教師をやっていた。 ナチス党員ではなく善良なベルリン市民だった。 ベルリン攻防戦が始まると、13歳以上の全ての男子に徴兵命令が下る。
父は成り行きで市民団に入れられた。市民団とは、軍属ではなく、 市民の代表が武装して、独自に敵と戦う民兵組織である。 戦闘は、戦闘とも呼べない一方的な虐殺となってしまった。
父は突撃命令が出たので、建物の隙間から飛び出してソ連軍部隊に突撃した。 市民団は20名の部隊だった。 制服は支給されてないので私服のコートに探偵帽をかぶって戦った。
住宅街に面した大通りに、戦車が3台並んでいた。ソ連製のT-34だ。
ソ連兵は戦車の陰に隠れている。
(あれがソ連の戦車か……) (でかい。車幅があんなに広いのか……) (生身で勝てるわけがない)
生まれて初めてソ連軍の主力戦車を見た市民団は、一瞬で戦意を失う。 だが命令である以上、敵に突っ込まないといけない。
戦車に備えられた重機関銃の一斉射で、市民団は1分も持たずに全滅した。 かろうじて息のある者もいるにはいた。 その後、前進を開始したT-34は、市民の死体を キャタピラーの下敷きにしながら進む。生きたまま下敷きになった人もいた。
「あはははっ。今夜はお酒を浴びるように飲めるわね!!」 「同志閣下が気を利かせて、無制限にヴォトカを支給してくれるのよ!!」 「おらおら。ドイツのブタども!! ちゃんと順番通りに並べ。エサの時間だぞ!!」
同国人の女性へのいじめを見せられたベルリン市民たちは、 戦々恐々としながら炊き出しの列に並ぶ。 ソ連女性兵と目を合わさぬようにしながら、スープをいただいていた。
相手の機嫌を取るために、貴金属である指輪や腕時計を差し出すおじいさんもいた。 ソ連兵は一般的に腕時計を大変に欲しがった。
「おうおう。わかってるじゃねえかジジィ。 ヒっク。おめーには肉を大盛にしてやる」
「は、はあ。ありがとうございます」 (ロシア語だから何と言ってるのか分からんが……喜んでるらしい)
肩をバシバシと叩かれた老人は、女性兵に頭を何度も下げた。
(弱い者いじめして……本当に家族の人の憂さ晴らしになるの? スヴェトラーナの死んだおばあちゃんは、 娘がこんなことをしてるって知ったら悲しむんじゃないのかな)
マリンはそう思ったが、口にはしなかった。
ソ連軍にも色々な女性がいた。 医療衛星班の女性たちは、敵も味方も関係なく、清潔な包帯とガーゼを使って 治療を施していた。玉の汗をひたいににじませながら、 夜遅くまで負傷者の治療をし続けた。
銃弾の貫通、複雑骨折、粉砕骨折。 その他の理由による傷口の化膿により、最後は切断する。
麻酔は常に不足したから、痛みは我慢してもらうしかない。 病院では夜遅くまで患者の悲鳴があがる。この世の地獄だった。 独ソの軍医たちが懸命に治療を続けたそうだ。 彼らにとって敵なのは鉄砲を持った兵隊ではなく、負傷した兵隊なのだから。
倒れた電柱。焦げた匂い。血の生臭い匂い。 戦車や大砲の残骸。まだ煙を出し続けている。
夜のベルリンでは小さな子供の鳴き声が耐えることがなかった。 トランクを手に歩く老人。乳母車を押しながら夜道を歩く母親。 男性は老人ばかりで若い男の姿は見えない。
ドイツ軍に所属していた、「戦闘可能な健康的な男子」は、 ソ連軍の捕虜となりシベリア送りになった。 手首を縄で縛られ、一直線の列につながれて駅まで歩かされた。
二度と帰ることがないドイツの大地を、噛み締めるように歩く兵士もいた。 目を閉じ、ブツブツと聖書の一節を朗読する兵士もいた。 ギラギラと、目つきが異常に鋭い兵もいた。
この兵隊たちが、ソ連国内で虐殺をしたのかは誰にもわからない。 だけどソ連にとっては関係がない。
スターリンは「人こそが最高の資産だ!!」と言い、 大量の捕虜獲得を喜んだ。
枢軸国の捕虜は、日本兵も含めておよそ400万人以上はいたとされている。 そのうちの半数がドイツだ。ルーマニア、ハンガリー、ブルガリアの兵士もいる。 彼らはソ連国内のインフラ建設に使役された。多くの人が飢えと寒さで命を落とした。
今後も人類の歴史が続く限り、永遠に語り続けるべき負の歴史である。
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