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作品名:ママエフ・クルガン(102高地)〜川口ミキオの物語〜 作者:なおちー

第10回   マリンはついに本心を明かした。
※ マリン

姿形を変え、時空を超えて、私はこの世界に存在する。
こんな説明をすると中二病の末期患者と勘違いされそうだけど、
私は本気で言っているのだ。

思えば……ここまで来るのにどれだけ無駄な時間を過ごしてきたのだろう。

私は堀太盛の三人目の娘として生を受けた。
私が9歳になる頃には、父と母の仲は険悪になっていた。
母のエリカがあまりにも父を束縛しようとするので、
父は嫌気がさしていたのだ。

新婚間もないカップルなら、夫を束縛してつねに
自分の監視の下に置きたがるのは分かる。
だが娘たちが小学校に上がってもそれが変わらないのは、
ちょっと異常だった。

父は愛人のメイドを連れてモンゴルへ逃げた。
私も蒙古へ追いかけた。すると母も追いかけてきた。
ロシアがモンゴルへミサイルを発射した。愛人はまきこまれて死んだ。

私たちは生き延びたが、中国当局に捕らえられた。
私たち家族三人は死んだ。無理やり入れられた北朝鮮の強制収容所の中で。

それでも運命は終わらない。

私は斎藤マリエとして再び生を受けた。生まれ変わった自覚はないまま
学生として過ごしていた。これは本当の私ではない。
母親のはずのエリカは、学園の先輩となっていた。
父もエリカと同じクラスの生徒になっていた。

堀家では新人メイドだったはずのミウは、学園の支配者となっていた。
私はミウに乱暴され、オモチャにされた。ミウは知っていたのだ。
私の正体が、かつてお父様に一番愛されていたマリンだったことを。


「マリエさん。我々生徒会は秋の総選挙に向けて準備を進めなければならない」

ここは校長室。М時ハゲの校長がイスに座り、偉そうな口調で言う。

「まだ5月の末じゃないですか」

「今からでも早すぎることはないのだよ。
 特に人事は、慎重に決めなければならん」

生徒会の総選挙は、ロシアの革命記念日に行われる。
だから毎年11月に行われるのだ。
総選挙が不正選挙なことは周知されている。

後任の会長、副会長は必ずコネで採用される。現生徒会の総意で
後継者にふさわしいとされた人間に票数が集まるシステムになっている。

『投票とは、集計する人間がすべてを決定するのである』スターリンの言葉だ。

「斎藤君はニ年生だが、ニ年生の中でも会長に立候補する人間が
 意外と多くてね。しかしだねぇ。ナツキ君やナジェージダ君の御眼鏡に
 適う人物が見当たらんのが現状なのだよ」

「それは大変ですね」

私は会長室の額縁が少し曲がっていたので、丁寧に直していた。
金色の高そうな額縁だ。フェルメールの絵画はどれも似たようなものだ。
女性が室内に描かれていて、達者に視線を向ける。
フェルメールは楽器に思い入れがあるのか、特に細密に描かれている。

「斎藤君は看守の服が実に様になっているね」

「どうも」

「今のように保安部のお手伝いをしてもらうのも
 構わないんだが、その上の地位を目指してみたくはないかね?」

「保安委員部の代表なら、前回の会議で適切な人物を推薦したはずでしょう」

「私が言っているのは、会長職の方なんだがね?」

私はかぶりを振った。

「残念だね。名誉ある仕事なのだが。君は成績も優秀だし指導力もあることが
 認められている。今後の進学や就職活動にも有利に働くのだがねぇ」

私は自分が優秀だと思ったことは一度もない。
元囚人。革命的ニートでいるのもさすがに飽きたので、
一年生の終わり際から保安委員部のお手伝いを始めた。

配属先は強制収容所7号室。

私は会長のお気に入りだから危険な仕事は回ってこない。
収容所の見回りには男の人がたくさんついてくれたし、
モニターでの監視業務なんて眠くなるだけで脱走者なんて出なかった。

食料・備品の搬入作業もやはり男の人たちが手伝ってくれるから、
私は伝票のチェックをしてるだけだ。どんだけ甘やかされていたんだろう。

あと囚人たちの日記のチェックを月末にやるんだけど、
最近ではまじめな人が多くて驚いている。

彼らも収容されてから心を入れ替えたのか、
それとも媚を売ってるつもりなのか知らないけど、
社会主義、資本主義、民主主義って言葉がずらりと並ぶ。
高校生なのに政治や経済に詳しいこと。歴史にも詳しい。

7号室は専門教育を施す機関とはいえ、
さすがは元進学クラスのエリートたち。
彼らのような優秀な学生が革命を志したら
本気で国家転覆が出来そうな気がするから不思議だ。

彼らも収容された当初は、脱走者や反逆者が多くて多数粛清されたけど、
それが一巡する頃には学習したのか、嘘みたいに模範的な生活をするようになった。

去年の冬休みに、太盛や黒江が臨時派遣委員として派遣されていた。
彼らの期間の延長をイワノフ保安委員部代表がひそかに検討していたが、
結局、臨時派遣委員は廃止となった。

新年度になり、また新しい看守候補の人たちが海外からやって来た。
日本人もたくさんいる。人手不足だった保安委員部は、
新たな組織として生まれ変わろうとしている。

「〜〜〜で、あるからしてぇ」

校長が何か話しているようだけど、途中から聞いてなかった。

「7号室の囚人連中の中にも、
 なかなかの逸材が混じっているようではないか」

「へえ。そんな人いるんですか?」

「いるんですかって……。あの報告書を書いたのは君ではないか。
 囚人の一部を解放し、生徒会に引き抜く件に関しては
 中央委員会の承認を得ている。女子には適格者が3名。
 男子の囚人には1人。川口ミキオくんか……例の彼だね」

ミキオくんが、堀太盛・殺害未遂事件を起こしたことは周知されている。
その彼をナツキ会長が許したことも。執行猶予付きに等しい彼には、
生徒会から厳重に警戒されていが、彼のことを知れば知るほど、
真のボリシェビキとして素養を持った人物なことが明らかになっていた。

「遅れてすまみません」
「ただいま戻りました」

ふたりの男女が部屋を開ける。一人は会長の高倉ナツキ。
彼に寄り添うのは副官のナジェージダ・アリルーエワ。
ふたりとも私の一つ年上で三年生。秋には生徒会を引退する。

校長が回転式の椅子をきしませ、そちらを向く。

「ナツキ君。例の囚人解放の件だがね」

「ああ、その話ですか。その話なら先ほどトモハル委員と
 話をつけてきたところです。
 川口ミキオ君の配属先は広報諜報委員会に決定しました」

引き抜きは……もう確定だったんだ。
良かった。また彼とお話しできる機会が増えるから。

会長は私に視線を向ける。また勧誘の話だろう。

「マリー。君にも話があるんだが」
「またですか」

ほらきた。

「会長の話ならさっき校長閣下にもされましたけど、断りましたよ。
 私は生徒会の仕事のお手伝いをしているだけで地位は欲しくありません。
 私は皆さんと違って優秀でもありませんし」

「こちらだって君にそこまでの期待はしてないから安心してくれ。
 君は学園の花だ。アイドルだ。君のような人気者が生徒会長の椅子に
 座ってくれると生徒会の支持率が上がる。実務は気にしなくていい。
 後任の副官と、副会長に全て任せるつもりだ」

ナツキと知り合って半年が経つ。あんなに私に媚を売っていたナツキも、
今では容赦のない物言いをするようになった。
はっきりと私を無能扱いして。私だって成績は優秀な方だったし、
今の仕事は保安委員部のイワノフから褒められたこともあった。

「いや、無理にとは言わない。どうせ君は会長の大役なんて無理なんだからさ」

口のうまさでは、ナツキの右に出る者はいない。こいつの頭の中では
私が反骨心から会長に立候補する未来を描いてるんだろう。
そういうの、すっごくムカつく。

「人気人気っておっしゃりますけど、
 生徒会は不正選挙で代表を選ぶじゃない。
 人気がそこまで重要なんですか?」

「会長とはボリシェビキの顔だ。昨今の若者の価値基準で考えると、
 ボリシェビキ思想を好むと好まらずにかかわらず、顔の良い人物は
 注目を浴びる。たとえそいつがどれだけ無能だったとしても、
 実務を担うのはナンバー2だから問題ない。
 君は壇上に立って生徒の前で話したり、朝校門の前で生徒に挨拶をすればいい」

「私の顔がブサイクだって思う人も中に入るんじゃないですか?
 少なくとも自分ではそんなに人気者だと思ってませんが」

「マリーは同じ学年にファンクラブがあるじゃないか」

そうだった……。うざいから忘れるようにしてたんだけど。

「あいにくですが、今も辞退したいという私の気持ちに変わりはありません。
 仮の話ですけど、もし私が適任者を見つけることが出来たら、
 会長はその人で納得していただけますか?」

「ああ。本当に中央委員会の総意に適う人物がいるとしたら……だが……」

会長は突然倒れてしまった。
倒れる際に机の角に頭を打ってしまったようで、軽く血を流している。

「ナツキ君!! どうしたんだね!!」
「ナツキ……すぐに医務室に運ビマスわ」

ナジェージダが固定電話の受話器を耳に当て、部下に連絡をする。

180センチほどの大柄な男がうつぶせに倒れてる様は異常だった。
ナツキは、青白い顔をしながら私に遺言のように告げた。

「実は今年の春に入ってから体調がすぐれないんだ。
 この通り執務中に倒れることも増えてきた。
 後任の人事は……一刻も早く決めなければならないんだ。
 そのことだけは分かってくれ。マリー」

部下共がタンカをもって駆け込んできた。
心配そうに校長とナージャ(あだ名)も付き添う。

バタバタバタ、と足音が廊下へ消えさる。
私は会長室に取り残されて一人になった。

試しにと、会長用の椅子に座る。
ふっくらした革張りのリクライニング。
座った瞬間に体重が消えたよう思えるほど、
座り心地が良いけど、やっぱりこの椅子に一年も座りたいとは思えない。

去年の冬。まだ私とナツキが親しかったころ、
生徒会本部で食事を一緒に食べていた。
その時にナツキはこう言っていた。

『ミウの夢をよく見るんだ』

確かに、ナツキはよくミウの夢にうなされていた。
昨夜もうなされていた。
なぜ分かるのかというと、私には人の夢の内容が分かるのだ。

この『学園』には、亡くなった人の怨念が存在する。
非業の死を遂げた人が、
生きている者を呪って夢の中に出ることはめずらしくない。

ミキオ君は、ソビエト連邦軍で兵隊となって戦う夢を見ていた。
夢の中の彼は、惚れてしまうくらいに勇敢だった。

あれが太盛の姿だったら、きっとまた好きになっていた。
でも太盛はダメだと思う。あの人は臆病だから鉄砲の弾が振ってきたら
うずくまって一歩も動けなくなっちゃうと思う。
今の人なんてみんなそうだよ。ミキオくんがむしろ特殊な人なんだと思う。

夢を見るのは私も同じだ。

夢の中では、私もマリーでもなく、マリンでもなく、もう一人の自分になれる。
この現象は、足利市内にあるこの学園の中にいる時にだけ発生する。
不思議な現象だ。

窓を開ける。心地よい風を身に受けながら、
椅子の背もたれに体重を預ける。ゆっくりと目を閉じた。


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