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作品名:『チベット高原を旅する』〜三人の兄妹の悲劇〜 作者:なおちー

第2回   「ラサの街中は賑やかなもんだ」
        ・チベットのラサ

  吐蕃(とばん)時代の7世紀に成立した、チベットの古都。
       古くからダライラマの時代まで政治的、文化的な中枢。

  チベット、モンゴル、満州などの諸民族から構成される
      『チベット仏教文化圏』の中枢でもある。
  
   チベット語
   「ラ(lha)」は 神(デーヴァ、仏、王)を
   「サ(sa)」は 土地を意味し、すなわち「神の地」を意味する。

  吐蕃(とばん)時代の中国の文献には「邏娑」あるい「邏些」の名で記される。
  一年を通じ晴天が多い事から『太陽のラサ (nyi ma lha sa)』とも呼ばれる。

                           wiki より抜粋

※ナツキ

下の妹のアユミは本当に磁石みたいだ。
ラサの街にいても僕から決して離れない。
あそこに服屋さんがある、靴が売ってるなど指をさして僕を同行させる。
僕のヤッケにはアユミの髪の匂いが完全に染み付いてとれないほどだ。

僕は高校生の時からアユミのことが好きだった。性的な意味でだ。
変態なのは自覚しているが、好きなのだから仕方ない。根拠はないが高倉家は
代々こんな家系だったのかもしれない。親戚にはなぜか障害児が多い傾向にあるからね。

「顔暗いよ。私と一緒にいるのはつまらないの?」
「……そんなことないよ。少し疲れていたからそう見えたんだろ」
「ユウナのこと心配だね?」
「ああ」
「見て見て。この民族衣装、派手な色で結構かわいい。
 子供用かもしれないけど、私でもまだ着れるかな」
「アユミなら何を着ても似合うんじゃないか」

適当な返事だったからか、アユミの頬がふくれる。
ここが日本だったら、微笑ましく感じられたことだろう。
誰が好き好んで標高4000メートルの大地に腰を下ろすものか。

「ユウナとは別れてくれるんだよね?」

またこの話題だ。答えようがなく沈黙する。

「離婚するのに抵抗ある? 今時好きでもない相手と我慢して暮らすなんて
 ナンセンスだよ。お兄ちゃん、難しく考えすぎ。ユウナは怒るかもしれないけど、
 時間がたてば忘れてくれる。きっと大丈夫。何も心配ない」

簡単に言うんじゃないよ。
そもそも大問題なのは僕がユウナを嫌っていないことだ。むしろ愛している。
アユミは何度否定しても好きでもない相手と言い張りたいようだが、
好きでもないのにプロポーズを受け入れるわけないだろ。
実の妹から求婚されたなんて今思い出すと気恥ずかしくもあるが。

「……またその顔。全然納得してないじゃん」

アユミのほっぺたが再び膨れる。
24歳の女には見えないくらい可愛らしくあるのだが、
実はこの仕草はアユミが本気で怒っている証拠だ。

「ほらこれ。見て」
「うっ……ここは往来があるんだぞ。そんなのも見せるんじゃない」
「でもナツキお兄ちゃんには見て欲しいから。全部お兄ちゃんのせいだから」

アユミの左の手首には無数の刃物の傷跡がある。
いわゆるリスカ(リストカット)だ。カッターナイフで繰り返し手首を
切りつけ実際に出血もしたらしい。きっかけは僕とユウナが夫婦になったことだ。

この子はそこまで僕のことが好きなようには見えなかったから油断していた。
どちらかというと、僕の方からアユミに夜な夜なセクハラをして困らせてる側だと
思っていたのだが、まさか全く嫌がっていなかったとは。
結婚後、僕がアユミの相手をしてやれなくなる。当然のことだが。
アユミはそのことでさみしさを感じていたようで、自分で自分を慰めるだけでは
満足できなくなり、何を思ったかリスカを始めてしまった。

恐怖のリスカ写メが僕の携帯に送られるようになると、
その思いの強さに鳥肌が止まらなくなる。無数の切り傷から
真っ赤な血が浮かぶ。これが本当に人間の腕なのかと思った。

『治療費はお兄ちゃんが出してくれるんだよね?』

美容外科に同行させられる。5センチの切り傷を治すために5万円……。
傷は一つや二つではないのだ。しかもソ連の医療保険制度が適用されない。
なぜなら建国間もないソ連内には美容整形なる医院が存在しないため、
(独立前は存在したが医者が全員日本へ逃亡した)わざわざ資本主義日本から
医師を招集したのだ。そのため保険の適用外で全額支払わされた。総額は43万だった……。

そもそも人に自傷行為を見せつける意味は?
自己顕示の一種か。自分の不幸さをアピールすることで同情を誘いたい。
自分を肯定されたいと思う。小6病の一種なのだろうかと思ったが、少し違うようだ。

「ここなら人目がないから、目を閉じて」
「うん」

路地裏に誘い込み、キスをする。
ここだって人目が全くないわけじゃないだろう。十分に周囲を警戒する。

夕方の町は今日の最後の賑わいを見せる。
主夫は買い物に行く。学生は勉強や遊びを終えて家に帰る。
こういう雰囲気は日本と同じなんだなと和んでしまう。

「もっとして」
「わかった」

アユミは僕に正面から密着し、顔を真上に向けている。
ずっと目を閉じたままで僕にされるのを待っている。いつもこうだ。
僕は結婚後にアユミのことが心配になり実家に帰ると、
アユミは一人で夜寝るのがさみしいからと僕におねだりをする。

妹は僕からされるのを好むようで、僕に愛撫されるのを
期待してずっと待っているのだ。受け身タイプ?という奴なのだろう。

ジーンズ越しに尻のふくらみをなでて、ぎゅっと握った。小ぶりで形がいい。
身長が低いので足は決して長くはないが、細身で太ももが引き締まっている。
昔はこの子のお尻が大好きだった。だがチベットの首都に来てこんなことは
したくはない。僕がしているのは完全に浮気なのだから。

「お兄ちゃんは、私のものだよ」

僕は口を閉じ、ホテルへの道を歩いた。


※寺沢アツト

やべえぞ……。なんで同志閣下達がラサの街にいるんだ?
俺と内縁の妻のルナ(正式に婚姻届けは出してねえ)は、モンゴルでの
遊牧生活にも飽きちまったんで、中国の西南から空の便でチベットに来たんだが、
まさかヤムドク湖行きのバスで一緒になるとは。

俺らは高山病よりボリシェビキの方が怖いんで、バスから降りて
目立たねえところで待機していた。その後のバスの行き先も全く同じで
ホテルまで着いた時には鉢合わせしねえように細心の注意を払ったぜ。

俺らはすぐに別のホテル(ポタラ宮があるマルポリの丘、すなわちメインストリート
から外れた場所)にチェックインした。安い宿なんで夕飯がでねえ。
仕方なくこうして三重の環状礼拝道路になっているメインストリートへ
来ているわけだが、ナツキさんとアユミちゃんが路地裏でキスしてる現場を目撃。

ルナが大きな声を上げちまったもんで、アユミさんと目が合ってしまう。
俺はルナをわきに抱えて遁走する。

奴らがここにいる理由なんて知ったこっちゃねえ。
俺らは孤島事件の秘密を水谷の姉に知らせちまい、
その旨を親切にもユウナさんに送ってしまった(前作参照)

調子に乗り散々ふざけた文章にしちまったから殺されても文句は言えねえ。
良くて拷問の末、埼玉の強制収容所送りか。
(埼玉ソビエトには炉を使う製鉄工場の絶滅収容所あり)

「同志よ。逃げるなんてつれないじゃないか」
「あががが……いてえ……ぎぶ……まじギブっす……」

同志ナツキ閣下は運動神経に優れる。俺に5秒もしないうちに追いつき
足払いをした。顔面から倒れて鼻血を流す俺を路地裏に引き込み、警察のように
腕を取って押さえている。妻のルナは、アユミさんに取り押さえられた。
ルナは戦いとは無縁のおとなしい女だ。アユミさんに腕を握られただけで涙目。

おいおい。どうなるんだこれ!?

「かつての同志、寺沢アツト。貴様は寺沢アツトだ。間違いないな?」
「はいっ……」
「ここがソ連の領土内なら、君は収容所送りだ」
「う……」
「しかし運が良いな同志。ここはチベットである。そして私は一観光客として
 ここに来ている。貴様はなぜここにいる? 理由を述べよ」

嘘でもつこうものなら銃殺されることは確実だ。
この人は裏切り者を殺すことにためらいがねえ。
海外に逃亡した俺様は晴れて反革命業者ってわけか。

「お、俺も観光っすよ。妻のルナも世界各地を回りたいって言ってるんで、
 とりあえずアジア全域を制覇しようかなとここへ」

「そうなのか? 同志飛鳥ルナ」

「はいっ!! 間違いありません。同志っ!!」

ルナの奴、子犬のように震えてやがる。

「異国の地で日本語が通じる人間がいるのは貴重だ。
 僕たちはチベットに不案内だ。貴様ら二人は僕たちに旅の案内をしろ」

「な……なんて言ったんですか? 旅の案内っすか?」

「そうだ。拒否権はないぞ同志よ!!」

俺が言うよりも早く、ルナが「喜んで案内させていただきます」と涙声で叫ぶ。

そうは言うがな、そもそも俺らだってチベットに来たのは初めてだっての。
確かにモンゴルではウランバートル周辺をさまよい、その辺の遊牧民に頼んで
二週間の酪農体験をしたり、中国の成都で寺院やら宮殿やら巡ったがな。
ルナは歴史のある建物には目がねえからよ。
俺が一番驚いたのは、本場四川ラーメンの店で狗(いぬ)味のスープが
存在したことだ。可愛いワンちゃんのダシを使うとは鬼畜すぎんだろ!!

おっと話が脱線したな。

「さささっ、さっそく計画を立てさせていただきますっ!!
 明日からでよろしいでしょうかっ!! 同志閣下達はどこか
 行かれたい場所などありますでしょうか!!」

「ないから頼んでいるのだ。コースは君たちが考えたまえ」

俺の妻は観光案内をまじめにやってくれて助かるぜ。
ルナは上下ともに軍人みたいにカーキ色で統一された
色気のない服を着ている。腰にまで垂れていた長髪をセミロングまで
切ってから、邪魔にならねえよう右の肩にまとめて垂らしてる。

海外の生活の刺激がそうさせるのか、ルナは毎日綺麗になっていく。
クリスタルをはめたような大きな瞳、長いまつ毛が綺麗だ。
妻は突けまつげとしなくても素でまつ毛が長い。
背丈も結構あって160は超えている。少し太り気味で
腹は出ているようだが、日本人の基準なら十分美人だろうよ。

ルナはスマホで必死に観光名所を調べている。

「同志閣下っ。ここラサから西へ鉄道で3時間。チベット第二の都市
 シガツェがございます。こちらはダライラマとゆかりのある寺院が
 並び、歴史と教養を身に着ける意味でも大変におすすめのスポットでございますっ!!」

「鉄道の旅か……。悪くはないが、高山病のユウナに3時間は長くないか?
「ユウナ閣下がご病気だったのですねっ!! 配慮が足らず申し訳ありません!!」

ユウナちゃんの具合なんて俺らが知るわけねえがな。

「でしたらラサ市内でも有数の観光地がございます。
 メインストリートにそびえ立つあそこの宮殿が…」

「ポタラ宮殿だろう? 
 雄大で素晴らしい建造物だとは思うが、ずいぶんと高さがあるようだ。
 あそこを登るのは相当難儀するのではないか?」

「ええ。それはもうっ。なにせ山を切り抜いて作られた宮殿ですから。
 石造りの道路が弧を描くように長々と続き、そこを昇って宮殿を目指します。
 スマホの情報によると、現地の人ですらゆっくりと昇らないと酸欠で
 倒れるとのことで……」

「君は僕を馬鹿にしているのかね!!
 そんな登山みたいな観光地にユウナを連れて行けるか!!
 我々日本人はただでさえ高所が苦手で高山病にかかりやすいんだぞ!!」

「すみませんっ。すみませんっ。同志閣下。直ちに他の案を考えますっ」

ラサだって標高4200メートル。チベット高原はどこへ行っても
こんなもんだ。上手に呼吸しねえと顔が真っ赤になってぼーっとしちまう。
マラソンを走り切ってはぁはぁするだろ? あれに吐き気が加わる感じだ。
つまり地獄だよ。一度病気になったらベッドで休むしかねえ。

だいたい外を歩こうにも日光がやべえぞ。
現地で酪農やってる連中なんて肌がガビガビに乾燥しまくって、
14歳の女の子が老婆みたいに見えちまうんだからよ。
肌が真っ黒に焼けちまってて恐ろしかったぜ。

俺とルナはモンゴルでの経験から、つばのある帽子と
サングラス、日焼け止めクリームは必需品としている。
目もしっかりと守らねえと将来病気が怖えからな。

俺のリクエストが通るなら、
天空の鏡チャカ塩湖(茶卡盐湖)ってとこに行きたいんだが。

チャカ湖は、中国青海省の省都西寧市ってとこにある。
ラサから青蔵鉄道に乗って22時間くらい走る。つまり丸1日だ。
鉄道だからって楽な旅じゃねえ。世界一標高の高い場所を走る鉄道だ。
ちなみに寝台列車な。飯のサービスもあるぞ。

西寧はチベット高原(チベット自治区)と
黄土高原(中国)に挟まれている。チベット族を中心に
異民族が行き交う街なので逃亡するのに役立つぜ。

「結局明日はホテルで1日休んでいるのが最善だとは!!
 君はまともな観光の提案すらできないのかね!!
 まったく君と話してる時間は無意味だったというわけだ!!」

「すみませんっ。申し訳ありませんっ同志っ……うう……」

マジ泣きしてる妻をそっと抱きしめてやりてえ。
つーか高山病の人間が身内にいるなら初めから観光は諦めろよ。
ナツキ殿は馬鹿なのか? 短気なようには見えねえが。
ただ単に旅のストレスを発散したかったんだろう。
人の妻をサンドバッグの代わりにするのはやめていただきたい。

アユミさんは首を垂れ「はぁ」と深い溜息を吐いた。

「ナツキお兄様。もうその辺でいいでしょ」
「う、うむ。少し熱くなりすぎたのかもしれん」

アユミさんは、ぽんぽんと俺の妻の肩を叩いて励ましてくれた。
良い人じゃねえか。なんでさっきはナツキ殿と隠れてキスしてたんだ?
「孤島作戦」の時は俺らの前で盛大なファックシーンを披露してくれたってのによ。

「ところで君たちはどこのホテルに泊まるんだね?」
「俺らは郊外の安ホテルっすよ」
「それはいかん。僕たちと同じホテルにしなさい」

それが嫌なんでわざわざ別のホテルに料金を払ったわけですが。
ルナがかわいそうなくらいに脅えてるんで従うしかない。
飛び入り参加になるわけだが、部屋空いてるのか?

「ちょうど僕らの隣の部屋が空いてるようだぞ。すぐに手続きしろ」
「うっす。わかりましたよ……」

「飛鳥ルナ君は妹達の愚痴を聞いてあげるように」
「はい……? 愚痴でございますか?」 

「女性には女性同士でしか相談できないことも多々あろう。
 妹達もいろいろと悩みを抱えてこの旅をしているのだ。
 あの子達の悩みを聞いてあげなさい。これは命令だぞ同志よ!!」

なんで俺の妻がそんなことしなきゃならねえんだ。
友達じゃねえんだぞ。

「わかったなら返事をしなさい同志よ。
 まさか不服ではあるまいな?」

「めっそうもございませんっ!! 
 喜んで妹様の相談相手とならせていただきますっ!!」

なんとなくだが……相談内容が読めてきたぞ。
心配なんで俺も一緒に行くか。


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