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作品名:『チベット高原を旅する』〜三人の兄妹の悲劇〜 作者:なおちー

第13回   再開 ご
強制収容所に着いたのは、13時過ぎだった。
校庭の一角にトラックが三台駐車している。
収容所の搬入口と、トラックの荷台を行き来しているナツキの姿があった。
兄は作業服を着て、食糧が満載された段ボールの仕分けをしている。
中身は肉や魚の缶詰、野菜を中心とした冷凍食品である。酷暑の中で力仕事である。

ユウナは、兄が大汗を流し働く姿を見て悲しくなった。
7号室で仕事をやらされているのは、もとはといえば兄のせいではないのに。
それに荷物の搬入も前回の生垣の選定と同じで、大人数をかけて、できるだけ
短時間で終わらせる作業だ。それをたったの一人でやらされている。

よく見ると、飲料水の満載した箱を持ち上げる時、軍手が震えている。
デスクワーク出身の兄には相当な苦痛なのだろう。あごの下から汗がこぼれている。

「ねえユウナ。お兄ちゃん大変そうだね」
「うん」
「今お兄ちゃんに話しかけたら迷惑かな?」
「そうね。急ぎの仕事みたいだし、終わるまで待った方がいいのかしら」

兄のそばには監視係がついている。長身の保安委員の人に、ユウナが訳を説明した。
そうしたら「事情は分かりました。ご家庭の事情でしたら大変に結構ですよ同志ユウナ。
ナツキ閣下のお仕事は直ちに終わりにしていただきましょう」とのこと。

「それはありがたいけど、途中で仕事を終わりにしても大丈夫なの?」

「彼のノルマは午前中に終了しております。ただいまやられているのは、
 保安委員部の仕事なのです。我々も丁寧に遠慮しているのですが、
 彼は全部一人でやると言ってきかないのです」

「なんですって!! どうしてそこまで働きたがるのよ!!
 あんなに汗かいてるのに!! 熱中症になるじゃないの!!」

長身の露系監視員ウリヤーノフは、会長閣下の妹君が激情家なのを
知っていたから、ナツキが本当に熱中症になったことは絶対に秘密にしようと思った。

ウリヤーノフは、ユウナの怒鳴り声を何とかやりすごしていた。
そこへ件のナツキが来てくれた。

「何を騒いでるんだユウナ。彼に何かされたのか?」

「兄さんのことで騒いでいたのよ!!
 ノルマが終わってるのにどうして働き続けてるのよ!!」

「……特に理由はない。なんとなく働いてみたい気分だった」

「なによそれ!! わけわかんない!!」

「うるさいぞユウナ。ここは強制収容所なんだ。他の囚人の目もある」

「兄さん、バッカじゃないの。ノルマが終わっても仕事を続ける人なんて
 全ソ連を探しても兄さんだけよ。囚人だってそこまで自分を犠牲にして
 働いたりしないわ。熱中症になって倒れたらどうするのよ!!」

「熱中症なら何度もなってるよ。そのたびに点滴を受けてるんだけどな」

「な……それ、本当なの!? なんで途中で止めなかったのよ!!」

とユウナがウリヤーノフにつかみかかり、さらにわめく。
隣にいた女子の監視員が慌ててユウナをなだめる。
監視員たちも保安委員部の中から志願してこの仕事をしているわけだから、
ナツキのことを嫌うわけがない。むしろ慕っている。

彼に酷暑の中の労働を止めてもらいたいのは、優菜だけではないのに皮肉なものである。
アユミはそんな姉の様子を横目でにらみながら、兄の顔をハンカチで拭いてあげる。

「お出かけ用の綺麗なハンカチが汗臭くなっちゃうぞ」
「お兄ちゃんの汗だったら私は全然気にしない。飲み物も飲んで」
「ありがとう」

アユミは自分の飲みかけのアクエリアスのペットボトルを渡した。
口をつけた時、ふとナツキの瞳から涙がこぼれる。なぜ泣いたのか
自分でもわからなかった。アユミが優しいからだろうか。それとも
自分がバカなことをしている自覚があるからだろうか。

彼のそんな様子を見て、ウリヤーノフと相方の女子は顔を見合わせ、うなずいた。

「さあさあっ。同志閣下はお疲れのようですから、本日の仕事はもう結構です!!
 休憩所までどうぞっ。さあさあっ!! 遠慮は無用ですぞっ!!」

監視員の男女は、ナツキの背中を押すような形で、
クーラーを利かせた休憩所に連れて行った。彼に気を利かせて
冷えたアクエリアスやポカリ、アイスクリーム、塩飴などを置いてある。

6畳間程度のそこは、昼の間は休憩所として使うため長テーブルが一台置いてあるが、
夜はナツキが寝床に使う。壁から引き下ろすタイプのベッドがあるのだ。
ここの廊下の並びにはシャワールームもある。ナツキはまずシャワーを浴びて
着替えてから休憩室に戻って来た。

パイプ椅子をきしませるように座り込み、タオルで髪の毛を乱暴に拭く。
アユミがすぐに後ろに回ってタオルを受け取った。ナツキは目を細めながら
アユミに髪を拭いてもらっていた。疲労のためか、今にも寝てしまいそうだ。

長テーブルの反対側に座るユウナが声をかける。

「兄さんに聞いてほしい話があるの」
「悪いが眠いんだ。少し寝てからでも出構わないか?」
「今日は何時から働いてたのよ」
「朝の5時半だ」
「5時半!? なんでそんな時間から働いてるのよ!!」

おまけに朝ご飯は塩にぎりを一つ食べただけで、おかずはない。
収容所の食事係の集合時間が5時45分と決められているものだから、
用意してくれる人がいないのだ。おにぎりは厨房を借りて自分で作ったのだ。

かつて学園ボリシェビキのトップにまで君臨した自慢の兄が、なんで
こんなみじめな真似をしてるのかと、ユウナの怒りが込み上げる。
鬼気迫る勢いの怒声が、廊下の見張り達にも丸聞こえ。
心配した彼らは、たびたび窓越しに室内を見守っていた。

アユミは無言でベッドを設置して、枕を用意した。兄に指で合図して
ここで寝るように言った。ナツキはアユミの頭をなでてからベッドに横になった。
こうなるとさすがに過保護なユウナも何も言えなくなる。

ユウナは兄のことを愛しているが、愛しすぎてしまったゆえに、
まるで自分の息子を心配する母のような側面もあるのだ。

アユミはさらに気を利かせて電気まで消してしまう。こうなると
エアコンの動作音だけが響くだけで、文字通り話にならない。
ユウナはアユミに続いて無言で部屋を後にした。

兄の昼寝が終わるまで待つしかないかと考えていると、廊下の奥から
多くの護衛を引き連れた大物が歩いてきた。副会長の高野ミウだった。
両手にスーパーの袋らしきものを下げている。

「同志ミウ、こんにちわ。ご無沙汰しております」

「うん。あなた達もナツキ君に会いに来たんでしょ?
 さっき監視カメラで中の様子を見てたから知ってるよ」

「では同志も?」

「私は毎日ここに来てナツキ君に差し入れを持ってきてるの。
 部下に頼んでもいいんだけど、それじゃ悪いし。
 それにナツキ君の無事も確認したいからね。
 最近の彼、狂ったように働き続けてるから心配しちゃうよね」

ミウの袋には、カロリーメイトやソイジョイ、ウイダーインゼリーなど、
軽食が満載されていた。食欲がない人でも食べられる食品に絞っているのだ。

「そっちにいる子がアユミちゃんなんでしょ?」

「は、はい。初めまして高野ミウ閣下!!」

「あはは。閣下、だなんてつけなくていいのに。
 アユミちゃんはボリシェビキじゃなくて一般人なんだからさ」

と笑いながらも、内心は穏やかではなかった。
ナツキが溺愛する高倉アユミを始めて目にしたミウ。

アユミは写真写りが良い方だったが、本物は別格だった。
この可愛さで中学一年生……。
背はチビだし髪型は黒髪で地味なおかっぱ。
なのに……

(年下でこんなに可愛い女の子初めて見た……。
 肌が白い……眼元が綺麗……13歳なのにこんなに整っててうらやましい。
 ユウナも超美人だけど、この子の方がもっと整ってる。すごいよ本当に)

そして自分がどうしてブスに生まれたのかと、
意味不明な劣等感が生じてしまい、拳を強く握る。

その剣幕に高倉姉妹がひるむ。護衛達にも緊張が走る。

アユミが泣きそうな顔で
「すみませんでした。もう二度と閣下だなんて呼びませんから!!」
と意味のない言い訳をしてしまう。

「いや別に怒ってるわけじゃないから」

「え?」

「アユミちゃんがあんまりにも綺麗な子だったから、嫉妬してたの」

「嫉妬って……私に嫉妬ですか? またまた。ご冗談を」

「本当だって。私は嘘言わない性格だから」

「いえいえっ。私なんて全然可愛くないですよ。ミウさんの方が
 かわいいじゃないですか。その容姿なら男子にもてるでしょ?」

そんなことを言ってもミウの表情が険しくなるだけだ。
ミウは本気で自分をブスだと思っているので、
アユミが皮肉を言っているようにしか聞こえないのだ。

「もしかしてバカにしてる?」

「してませんよ!! ミウさんってお人形さんみたいな顔立ちで、
 目鼻立ちも整っていてすごく素敵ですよ。サイドにまとめた髪型も
 大人っぽい感じがして素敵です。それに英語もペラペラだから
 エキゾチックな感じがして、魅力的な女子ですよね!!」

「ふぅん。確かに嘘は言ってないようだね。
 私の顔は人並み以下だけど、そこまで悪くはないってことかな」

「人並み以下!? ミウさんが人並み以下だとしたら、この世界の女性の
 八割はブスってことになっちゃいますよ。恋人の太盛さんからも
 綺麗だねってよく言われるんじゃないですか」

「毎日のように言ってくれるね。彼は優しいからお世辞で言ってくれるんだよ。
 彼ったら私と一緒にいる時、いつも不機嫌そうな顔してるから。
 本人は隠してるつもりなんだろうけど、バレバレなんだよ」

ユウナは思った(それはミウさんの性格を嫌ってるんであって、
外見を嫌ってるわけじゃないよ。あんたがブスだったら
うちの兄が一時的な気の迷いにしても、付き合うわけないでしょうが)

アユミはその後もミウに自信を持ってもらうために、ミウをほめちぎった。
美少女のアユミに真剣に褒められたのが効いたのか、
ミウはだんだんと舞い上がってしまい、ナツキに用意したはずのお菓子を
全部アユミにあげてしまった。今度暇なときに遊びに行こうと言い、連絡先も交換した。

ミウの護衛の女子が近づき、ミウに耳打ちした。また仕事が入ったとのことで、
ミウは速足で立ち去った。ユウナは深くため息をついた。

「結局父のこと全然話せなかった」
「まあまあ。焦っても仕方ないよ。お兄ちゃんが起きるまで待ってようよ」
「そうね」

二人は夕方まで待ったが、兄はよほど疲れているのか、熟睡したまま
起きる気配がない。ついに夕方となる。収容所7号室の関係者以外の人間は帰る時間だ。
ユウナも一応はボリシェビキの一員なのだが、収容所の管理にはかかわっていない。
せめて今夜だけでも兄の面倒を見させてくれと、ユウナがウリヤーノフ達監視員ともめる。
ならば、あと一時間だけ面会時間を延ばしてあげると、特例で認めてくれた。
ウリヤーノフ達は優しかった。

ユウナがまた騒いだせいで、ナツキは目を覚ました。
見るからに具合が悪く、顔面蒼白であった。

「うーん、頭がぼーっとする。寒気もする……」

ユウナが大慌てで兄を救護室へと運び、診察を受けさせた。
貧血気で微熱があった。酷暑での肉体労働を続け、
何度も熱中症になったためではないかと医師は判断した。

「今日を持って、もう兄への罰は終わりにしてくれませんか!!
 この通り兄は一生懸命働いたじゃないですか!! 兄を家に帰してください!!」

「いや、そう言われてもね君。彼の7号室での強制労働は、委員会のみんなで
 決めたことなんだ。私の一存ではどうにもならんのだよ」

と答えるのは、校長だった。この看護室での医師は彼だ。
校長は医大出身で、若い時は国立医大で医師をしていた経験があるのだ。
校長は中央委員会の長であり、職員で唯一のボリシェビキである。
ボリシェビキ歴の長さと、親父特有の頭の固さから、仲間内からは皮肉も込めて
「オールド・ボリシェビキ」と呼ばれる。

「校長閣下から案を出して中央委員会で話し合ってくださいよ」

「うーむ、同志ミウもナツキ君の処遇には心を痛めているのは確かだ。
 党内にもナツキ同情論が多数を占めているのが現状だが、
 セクハラ関係で会長職を辞任させられた人物は彼が初だ。
 我々の沽券(こけん)にかかわることだから、ことは慎重に運ばねばならんのだよ」

「ボリシェビキの女子から苦情が出てる事を言ってるんですか?
 そんなの気にする必要ありませんよ。そんなザコども。
 兄さんが今までの功績を考えれば、そいつらを首にしてしまえば……」

「こらこら。口を慎みたまえ。収容所内はくまなく盗聴器が仕掛けられているのだ。
 君と話していてもラチが明かんよ。私はこれでも忙しい身でね。
 今日はこのあと、ナツキ君の面会に来てくれる生徒がいるのだよ」

「兄に面会ですって? 誰なんですかそれは?」

「ふっ。君にとっては不愉快な人物になるかもしれん。井上マリカだよ」

「井上ってまさかあの……」

「そう。そのまさかだ。うわさによると、1学年時にナツキ君と恋仲になっていたという、
 学年を代表する秀才だ。彼女は生まれきってのリーダーとしての素養を持ち、
 クラス内で大きな影響力を持っていた。その優秀さをかられ、
 ボリシェビキの全委員部から推薦を受けたが拒否した。
 そのことで学園内では伝説的な有名人となった」

「そんな有名人さんが、兄に何の用なんですか?」

「精神カウンセリングだ」

「カウンセリング……?」

「今回の件でナツキ君は会長を罷免されたが、これに納得がいかなかった井上さんが、
 自分自身でこの謎を解き明かしたいと諜報委員部に申し出たのだ。
 それで今日の18時にナツキ君のところへ直接やってくる。
 カウンセリングとは方便に過ぎない。井上さんは普通にナツキ君と
 おしゃべりするだけだろうな。かつての恋人に未練があるのかもしれない」

「私もカウンセリングに参加します!!」

「当然そう言いたいのだろうが、許可はできない。
 表向きが精神カウンセリングなのに部外者が入ることは許されるわけがない」

ここでアユミが口を開く。

「なら逆に私たちが井上さんとお話しさせてもらうことはできますか?」

「まあそのくらいなら、井上さんが許可すれば構わないだろう」

「ありがとうございます。それと兄のカウンセリングが終わるまで
 待たせてもらっても構いませんか?」

「7号室で待つつもりなのかね? カウンセリングは相当遅くまでかかると思うが」

「かまいません」

校長は、アユミには甘かった。顔が好みだったからかもしれない。
そもそも兄は体調を崩して休んでいるのに、カウンセリングを
させるつもりなのかと文句を言いたいがアユミは我慢した。
ユウナは、兄のかつての恋人がここに来ることで気が気でなかった。

18時過ぎに、廊下から歩いてくる背の低い女子がいた。
件の井上マリカに違いなかった。
肩口で切りそろえられたショートカットでフチなしの眼鏡をしていた。
生真面目そうだが、一見すると文科系の地味な子で、
とてもリーダーには見えない人物だった。

「ごきげんよう校長先生」
「うむ。さすが時間通りだね」
「ナツキはそっちの部屋ですか」
「ああそうだ。今日はたまたま体調を崩しているが、
 話をすることは可能だ。入ってくれたまえ」

マリカはドアノブを握ったが、横目で高倉姉妹を見ながら言った。

「壁際にいる女の子たちは誰ですか?」
「ナツキ君の妹さんたちだよ」
「妹……ああ、思い出した。確か、妹が二人いるって言ってた」

マリカはまずユウナに握手を求めた。
ユウナは複雑な心境だが一応は応じた。

「あなた、二年生の子なんでしょ? 
 学年が違うから、学園で顔を合わせるのはこれが初めてね。
 へえ、あなたがナツキの妹ちゃんなんだ。なんだか不思議な気分だ」

「よ、よろしくお願います」

妹ちゃんと馴れ馴れしく呼ばれたことを不快に思うが、井上マリカは
妙に威圧感があって逆らう気にはなれない。校長の評判は正しくて
マリカは何か人の上に立つ人の貫禄がある感じがした。理屈ではないのだ。

「兄は具合が悪いので話はできません。帰ってくれますか?」

驚いたマリカがそちらを見つめる。下の妹のアユミが言い放ったのだ。
馬鹿っ、とユウナが叱ろうとするが、もう遅い。

「具合が悪いなら看病って名目でもいいくらいなんだけど。
 あなたもナツキの妹ちゃんね?」

「お願います。帰ってください」

「まあまあ、そう言わずに。私だって遠距離通学でここまで来てるんだからさ。
 あなたの名前を教えてくれない?」

「私はあなたと話したくないんです。帰ってください!!」

「……初対面なのにすんごい嫌われてるんですけど。校長先生、
 ちょっと訳を説明してもらってもいいですか?」

校長は禿げ上がった頭をかき乱し、どうしたものかと考える。

「あー、その……嫉妬かね」
「?」
「それだけ兄上殿を慕っているということなのだろう。
 私の口から言えるのはここまでだ」

マリカの優秀な頭脳は、すぐに結論を導いてしまう。

「あなた、ブラコンちゃんなんだ」

アユミが鬼の形相で食いつく。

「悪いですか?」

「別に悪くはないよ。
 あんな奴でも好いてくれる妹ちゃんがいるってことに驚いてるだけ」

「あんな奴って何ですか。その言い方、失礼じゃないですか。
 井上さんはお兄ちゃんの何を知ってるんですか」

「ちょっとアユミ、やめなさいよ」

「止めなくていいよユウナちゃん。言いたいことは隠さない方が
 人間関係がかえってうまくいくものだから。私はあなた達と違って
 ナツキのことなんて好きでも何でもないの。一年の時にあっちから 
 告白してきたけど一度断ってるからね? なのにあいつがいつまでも
 私の近くにいたがるから、自然と付き合ってるってうわさが広まって迷惑だった」

「だったらなんで今日はお兄ちゃんに会いに来たんですか!!
 兄が嫌いでしたら、どうぞ帰ってください!!」

アユミのつばが飛んできたが、マリカは涼しい顔をして続ける。

「でも人の気持ちなんて分からないものよね。私はナツキのことを
 完全に嫌いにはなれなかった。テストの成績では二人でクラスの
 トップを争っていたし、話も合う方だった。
 私があいつの告白を断ったのは、あいつが高1の秋にボリシェビキの
 思想に染まっていくのが気持ち悪くて、生理的に受け付けられなかったの」

校長は、念のため盗聴器のスイッチを切るように部下に指示しておいた。
マリカクラスの人間なら、公にボリシェビキ批判をしても直ちに
逮捕されることにはならないのだが。

「私が今日ナツキに会いに来たのはね、純粋に心配だったからよ。
 だってあいつ、普通じゃなかった。今月の頭に私のクラスに来て
 寄りを戻そうとか、わけわかんないこと言い出してさ。
 表向きには高野さんとカップル許可証を提出していたくせに。おっかしいでしょ。
 腑に落ちないでしょ? だから、どうしてもあいつが狂った理由が知りたいの」

「それってお兄ちゃんに気があるってことじゃないですか!!
 絶対に合わせてあげないから!!」

「あっそう。ボリシェビキから正式に面会許可をもらってるんだけど。
 あと顔近いよ。つば飛ばすのもやめてね」

「それでもダメなものはダメです!!」

「なんでそんなに偉そうなの? 容姿からして中学生なんだろうけど、
 その年でもまだお兄ちゃんラブなんだ。変わった子だね」

「なんであなたにそんなこと言われなくちゃいけないんだ!!
 いいから帰れよ!! 地味メガネ!!」

「……年上に対してその口の聞き方はなんなの?
 あんたこそ、取るに足らないクソガキのくせに。あんたがドアの前を
 どかないなら、警備の人に頼んでどかしてもらうこともできるんだけど」

「やれるならやってみろ!!」

「まあまあ。その辺で止めないか!! 
 ここは私が許可を出すから、三人で一緒にカウンセリングをしたまえ!! 
 その方がことが平和に運ぶ!! 井上さんも、どうかこれで納得してくれないか!!」

「校長先生がそう言うなら、もちろん納得しますよ。そこのガキはどうか知りませんけど」

「私も構いません」

こうして三人がナツキの寝床へ入る。


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