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作品名:令和の大不況。無職になった若者たちの行く末は… 作者:なおちー

第5回   飛鳥アリサ。28歳。旅行代理店の退職を検討中に、とある思想に出会う。
※アリサ

正直、この業界に転職したことが運の尽きだったと思う。
私は占いとかオカルトを信じるタイプの人間だからなのか、
なんかヤバいと思ったら迷わず方向を変える。

うそ……私の職場、ブラック過ぎ!?

四年生の大学を出てから都内で富士通の下請けのSEをやった。
2年半しか勤まらなかった。

地獄の繁忙期。どんなに忙しくても納期は守らないといけないので
毎日深夜2時まで残業する。朝は7時前にはデスクに座っている。
この2年半で直属の上司で二人。同じ部署の先輩が一人。飛び降り自殺をして亡くなった。

労基に訴えても無駄。いちおう会社に対して是正勧告を出してくれるけど、
すぐに会社はそんなことを忘れて労働者を奴隷にしちゃう。
会社側の性根は腐っていて、自殺をした人は体調管理がなってないからだと言い張る。

……こんなのふざけてる。
男性上司たちは家庭を持っていたし、自殺をしたイケメンの先輩なんて私より
若くて(入社時期が私より早かったので先輩)26歳だったのに。
あの人にはこれからも楽しい人生が待っていたかもしれなかったのに。
おとなしい性格の人だったから、きっと誰にも相談しないで辞めていったんだと思う。

その後、私はSEを辞めてからすぐ旅行代理店に転職した。
週に二回は定時で帰らせてもらえるし、有給も使わせてもらえる。
私自身が海外両行が好きだから、いい仕事に巡り合えたと思っていた。

だけどコロナ渦でこの業界はね……。

「姉貴も会社辞めちゃうの?」

「うん。6月末で辞めることになった。
 有休が残ってるから、無理行って全部使わせてもらうことにした。
 先週の金曜が最終出勤日だったから、今は完全に暇だよ」

上の妹のナギサと話をしている。
ナギサは朝型人間。朝の6時半から朝食の支度をしている。

私は都内のマンション暮らしだったんだけど、引っ越しの手続きは
もう済ませてあるから、今日からは自宅で生活することにした。
独り暮らしを辞めちゃうと親に甘えてしまう。
昼過ぎまで寝ることもできたけど、それじゃ悪いので
せめて掃除でも手伝おうかと思って早起きしたのだけど……。

私とナギサの会話。

「ふーん。姉貴は辞めるって決めたらスパッと辞めるもんね。
 考えあってのことなんだろうから、好きにすればいいんじゃない。
 姉貴はルナみたいにはならないんだろうしさ」

「ルナがどうかしたの? まさかまた会社を辞めちゃったとか?」

「そのまさかだよ。これで何社目だろう。
 あいつ、まともに一か月以上働けたことないじゃん」

「そう……。うちに二人も無職がいるとはね……。
 実は実家で休みながらゆっくり仕事を
 探そうと思っていたんだけど、
 そんなことなら早めに転職したほうがよさそうね」

ナギサは難しい顔して黙り込んだ。
そしてわざとらしくため息を吐いてから、出来上がった料理をお皿に並べていく。
ごく普通の日本食だ。白いご飯に具だくさんの味噌汁。
豆腐に卵焼きにウインナー。レタスとトマト。

なんでもない料理のはずなんだけど、妙になつかしい……。
実家っていいなぁ。

「姉貴は高給取りだったから貯金がたくさんあるんだよね。
 家にはお金を入れてくれれば転職は急がなくても
 いいってママが言ってくれてるよ。それより問題なのは」

信じられないことを聞いた。両親が離婚寸前……?
玄関前の廊下に段ボールがたくさん積んであるから不自然だとは思っていた。
まさか父がこの家から出て行くとは。

私は父に反抗的なナギサと違って小さな頃からパパっこだった。
父が出て行く……? 急すぎて頭が付いて行かない。
ナギサも言っていたけど、うちは目立った夫婦げんかもなかった。
仕事で父の帰りが遅いから、家ではすれ違いの生活。

うちの両親は表面上な普通の夫婦を装っていただけで、
実は破局寸前だったのだろうか。二人とも実直な生活で
お金の管理はしっかりしていたから、末娘のルナが学校を出るまでは
離婚を我慢していたのかもしれない。

でも……それだとタイミングがおかしい。

ルナが学校を卒業してから3年以上も経過している。
家裁の裁判長の判断は、調停離婚前段階としての、当分の間の別居。
表向きの別居理由は、夫が愛人を作ったことらしいけど、
なんと愛人の存在が証明できないらしい。

母が探偵を使って父の動向を調べたが、愛人と密会してる様子がなかったのだ。
つまり浮気(不貞行為)を立証できないので
証拠不十分により、離婚相当事由に該当しないのだ。

もっとも母側が離婚を強く拒んでいるから話がもめているんだけど。

「パパはある日、ママにこう言ったそうだよ。 
 俺はお前に隠れて会社で愛人を作っていた。
 だから別れようって」

このコは芸術家肌の人間だからなのか、
話を盛ることが多いから話し半分に聞いておかないと。

「パパは裁判離婚じゃなくて協議離婚を望んでいた。
 離婚届に判だけ押して、ママが望むだけの慰謝料を
 払って終わりにしようと思ってたそうだよ」

「慰謝料って……浮気の場合は相当な額になるでしょうね」

「パパが提示した額は2000万」

「2000万!? 慰謝料だけでそんなに出せるの!?」

うちは比較的裕福な家庭だとは思っていた。
私達三姉妹にはそれぞれ部屋がある。
私と次女のナギサの大学の学費も出してくれた。
今まで両親はお金のことで喧嘩したことなかったけど、
まさかそんなに裕福だったとは。

詳しいことはお母さんに訊かないと。あれ、そういえば母は?

「ママならまだ寝てるよ。最近はずっとこんな感じ。たぶん夕方まで起きてこないよ。
 パパが出て行くと決まってから寝てばかりで家事もしなくなっちゃった」

「え? そうなんだ……。そんなにショックなんだね。
 心が落ち着くまで休む時間は必要だと思うけど、パートの仕事はどうしてるの」

「会社に無理言って一か月くらいの休みをもらったそうだよ。
 休みが取りやすい職場らしいから問題ないって本人は言ってるけど」

コロナ渦のこのご時世で、長期休暇が取れるって贅沢な身分ね。

「帰ったぞ」

泥棒でも入って来たのかと思った。
朝7時前に父が玄関を開けて帰って来たのだ。なんで朝帰り……。

「パパ。お帰りなさい。ご飯できてるから食べてから寝たら?」

「そうさせてもうか。ナギサにはいつも世話になる」

父の前では妙に愛想のよいナギサ。父はかったるそうに席に着くが、
手洗いうがいもしないで食べるのやめなさいと注意されて、
しぶしぶ洗面所に向かった。

父はこんなに子供っぽくてだらしない人じゃなかった。
ワックスで固めたオールバックの髪が、時間が経ったからなのか
形が崩れてボロボロになっている。前に会った時より白髪の量が増えた。

行儀悪くテーブルに肘をつき、棚から日本酒を取り出して飲み始める。
朝からお酒……。でもこの人にとっては朝帰りだから晩酌になるんだろうか。

「お父さん」

「ん……? おぉアリサか。おまえも朝飯の時間か? まあ座れ」

言われるがままに座る。なぜか隣に。うっお酒臭い……。

「おまえもナギサから聞かされたかもしれないが、
 父さんな。別居することになった」

「うん。聞いた。
 でもお父さんが愛人を作ったって所は作り話なんだよね?」

「ん? すまん。よく聞こえなかった。最近年のせいか耳が遠くてね。
 アリサは一人暮らしをしてるんじゃなかったか。いつ帰ったんだ」

私が退職の件をつたえると、父は「そうか」とだけ言い、すぐ食べ終わる。
もっと時間をかけて日本酒を飲むのかと思ったから意外だった。

そのまま皿を重ねて洗い場へ持っていこうとする。
私の追求から逃げているようで腹が立ってしまう。

「さっき私の質問に答えなかったじゃない!!
 こっちはまじめなんだからちゃんと話聞いてよ!!」

父の背中がびくっと震え、真面目な声色に変わった。

「聞いてるよ。俺は妻に隠れて愛人を作った。
 お前はどう思う? 最低の男と思うだろう? 
 軽蔑しただろう? だから別居する。それだけだ」

「お父さんは嘘ついてるよ!! 
 愛人の件は裁判では立証されなかったって聞いてるよ!! 
 本当に愛人がいるなら顔と名前を教えて!!」

「しつこいぞアリサ。娘の前で愛人の名前など、口にできるものではない……。
 話はそれだけなら俺はもう行く。寝る前に荷造りをしなきゃならないんだ」

私は後ろから父の肩をつかむが、振り払われてる。
父はトイレにこもって出てこなくなってしまった。

……意味が分からない。

さっき会話してる時も私と一度も目を合わせてくれなかった。
私を隣に座らせたのは、そのためだったの?

愛人の件は、父の話しぶりからして離婚の口実に違いない。
なら本当の目的は? 母や私たちを見捨てて、自分のお金で建てた
この家を捨ててまで出て行くのはなぜ?

「朝から騒がないでくれる? まじうっさい。
 姉貴の声高すぎて頭にガンガン響くんだよ」

「なによナギサ。あんたも娘なら父を止めるべきでしょ!!
 このまま本当に離婚しちゃったらどうするのよ!!」

「無駄なことはやめなよ。パパは姉貴と同じで一度決めたことは曲げない人だから。
 愛人がいたかどうかなんて追及して答えが返ってくると思うの?
 もういいじゃん。本当に愛人がいたってことで納得しちゃいなよ」

「はぁ!? 納得できるわけ…」

「姉貴ね。世の中には私たちの力じゃどうにもならい、
 大きな流れってのがあるんだよ。運命とも呼べると思う。
 お父さんが本気で離婚したいと願ってるなら、もう誰にも止められないんだよ。
 私たちの家族の物語を誰かが描いてるとしたら、そのシナリオはこれで終わり。
 はいバッドエンド。残念でしたってことで、納得しちゃった方が楽だよ」

妙に達観したことを言う。
ナギサは自分が年長者みたいな態度とるから腹が立つ。

こいつは口が達者で、私は小さい頃から口げんかで負けっぱなしだった。
こいつは本気で離婚を既成事実として認めてしまってるんだろう。
なんで簡単に諦められるんだろう。説得の機会を捨ててまで。

やっぱりナギサは変わり者だ。こんな変わり者、私の友達にはいない。
そうだ。私にはもう一人妹がいる。
下の妹にも聞いてみよう。

ルナの部屋を開けると、よだれを垂らしながら寝ていた。
さむっ。この部屋エアコン効きすぎ。
よくこんな寒い部屋で熟睡できるもんだわ。

しかも無職のくせにのんきに惰眠をむさぼるとか……。
いや逆か。無職は働いてないんだから好きなだけ寝られる。
本来得られるはずだった賃金と引き換えに。

「こらあんた。いつまで寝てんの。起きなさい」

妹の顔をぴしぴしと軽くビンタすると、
「うーん」と不快そうな顔をしながら寝がえりをうった。

「まだ朝の7時ぃ? ナギサ姉は真面目だなぁ。
 もう少し寝させてよ。昨日は朝の3時までネトゲ祭りだったの」

「私はアリサよ。お父さんのことであんたに相談しに来たんだけど」

「アリサお姉ちゃん?」

ルナは半身を起こした。

私はナイアガラの滝のような勢いで妹に質問責めを展開した。
寝起きの頭に私の早口がこたえたのかか、ルナは頭を抱えながらも
知ってることを全部教えてくれた。

この子は正直な性格だから、ナギサと違って嘘はつかない。
その中で一番気になった情報は……。

「朝まで喫茶店で時間をつぶしている?」

「パパは仕事を辞めたっぽくて、毎日昼過ぎまで寝てる。
 で、夜になるとふらふらと出かけちゃう。
 それでママが気になるから後を追って頂戴って私に頼んだのね。
 で、パパの後を付けたのね。駅前の商店街にある、
 看板にJAZZ喫茶って書いてあるお店に入って行ったよ。
 看板は写メしたから絶対に間違いない」

「JAZZ? お父さんはJAZZが好きだったの?」

「さあ。私は知らない。でもJAZZ喫茶に入ったのは本当だよ」

良いことを聞いた。仮に浮気相手に会ってるとしたら、
その店で間違いないなさそう。
父は土日も関係なくJAZZ喫茶に足を運ぶそうだから、
今夜も行くんだろう。よし。今夜にでも父の跡をつけて現場を押さえてやる。


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