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作品名:令和の大不況。無職になった若者たちの行く末は… 作者:なおちー

第3回   寺沢(てらさわ)アツト 21歳。 学業に不満を持つ大学生。
※アツト

毎日クソだりーぜ。

コロナのせいで大学に通えなくなっちまったからよぉ、
パソを使ってオンラインで講義を受けることになったんだが、
ほんとやる気出ねえわ。だってこれよぉ、モニターを見ながら
ノートを取るだけなんだぞ?

俺じゃなくて別の誰かに代わりにノートを取ってもらえば済む話だろうが。
そもそも俺は経済学なんざ興味ねえんだ。机にある教科書には、
「金融」「財政」とか書いてあるんだが、何度講義を聞いてもさっぱり
頭に入ってこねえ。人間ってやつは、自分に興味のないことを
学んでも意味がねえってことを大学生になって学んだぜ。

俺の高校は私立の進学校だったが、実際は低偏差値だ。
他の公立高校の入試に落ちた馬鹿どもが通うまさに底辺校だった。
学費が高いんでお坊ちゃん、お嬢様の集まりだったがな。

そこからエスカレーターで地元の私立大学に進学した。
この手の高校は、推薦枠を豊富に用意してくれてるから楽だったぜ。

進学先は文系の大学。学部は経済か法律か選べたんで、
よく考えもせず経済を選んだ。理由は、高校時代のクラスの
アホがこんなことを言っていたからだ。大学で普通科に
相当する学部はないが、経済学部だったらそれに該当する!! 

経済ってめっちゃ専門的だしよ。マジ難しいわ。
これのどこが普通科だってんだよ!! 野郎にワンパン食らわせてえ。

「おい、いつまで寝てるんだ。良い天気だから布団干したらどうだ?」
「いまなんじー?」
「11時だ。おめえの分のシーツ洗いたいから早く起きやがれ」
「だりー。ねみー。まだ寝てていいっしょ」

こいつは俺の妹なんだが、休みの日はこんな感じで昼過ぎまで寝てるんだ。
自分の部屋を掃除しろって5年以上言い続けてるのに聞きやしねえ。
仕方ねえので俺が代わりにやってんだ。ほっておくとゴミだらけになるからな。

しかも漫画本や小物をしょっちゅう買ってくる上に、その辺に置いておくので
足の踏み場がなくなり俺を怒らせる。俺が貸してやったカイジ全巻も
あろうことか男友達に貸してしまい帰ってこない。

妹マジうぜー。パンツまでその辺に投げ捨ててあるのは勘弁しろ。
妹のなんて汚ねえし触りたくもねえよ。

俺はおしとやかで優しいお姉ちゃんが欲しかったぜ。
高校生のお姉ちゃんがいるのってどんな気分なんだろうな。
『こらアツト。ちゃんと部屋を掃除しておきなさい』
とか言われてな……。ふふふ。たまらねえぜ。

そのせいか、俺の秘宝の同人誌のコレクションは姉萌えで占められてる!!
友達の家に遊びに行った時なんて、そいつの姉ちゃんの部屋を
意味もなく覗いたりしてるほどだぜ。綺麗に掃除してあった。

俺は一階まで降りてから、
冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出す。
コップについでから一気に飲んだ。

あー、なんつーか。将来のことを考えると、何もかもダリぃ。
今年で大学三年になったからそろそろ就活を意識しなきゃならねえんだが、
ちょうどその年にリーマンショック並みの大不況ときたもんだ。

リーマン、コロナ。
10年に一度起きる大規模な金融危機(不景気)だって教授のハゲ頭が言っていたぜ。

まったく笑えるぜ。自分の不運によ。

俺ほどの将来有望な人材ならトヨタをはじめとする大企業から
オファーが殺到するはずなんだが、現在は大手自動車会社などで
大量の人員削減をしているそうだ。

ディズニーを運営する『オリエンタルランド』
ではダンサーの大量解雇。人数はなんと600人(ほとんど白人)か。
やっこさんはエレクトリカルパレードとかで踊る奴らだな。
無駄にイケメン率が高い。

さらに……
正社員や非正規を含む1200人に対し、70%のボーナスをカットだと……?
ひでえな。

俺はスマニューを開いた、そして自らのスマホを握りしめたいほどの
怒りに襲われた。なんでこんなクソみたいな世の中なんだ!!

コロナによる影響の失業者統計。
米で2500万。ドイツで240万。英国160万。
日本では『たったの6万』ってことになってる。

ふっざけんじゃねえぞ、くそ共が!! 
俺はこういうふざけた情報を公表する奴らをぶっ殺してやりたいんだ!!

……当たり前だが政府の統計の取り方には問題がある。

なにせ日本ではハロワに登録して、しかも失業給付の申請を
した人だけが母数にカウントされるそうだ。アホかっつの!!
ハロワに好き好んで登録する奴がどれだけいるよ。
しかも失業給付ってもらえるまでに相当な条件が必要だろ。

ハロワの求人がブラック企業のフルコースメニューと
化していて、登録するメリットがほとんどねーんだよな。

そもそもハロワに求人広告の申請をする企業は、その時点でアウトだ。
企業ってのはハロワ側に掲載料を支払い、三か月間の掲載を許可される。

これは、何らかの理由で退職者が出た(続出した)が、
一般的な紙面やネットによる求人では人が集まらないことによる苦肉の策なんだ。
そして三か月後も掲載期間を延長し、引き続き求人を出し続ける企業なんざ、
99%まともじゃねえ。人が定着しねえクソ職場ってことを自ら世間に露呈してんだからよ。

この程度の常識なら、バカな大学生の俺ですら知ってるぜ。ネットで調べたからな。
離職率の高い職場=ブラック。就活するうえでこの法則は外せねえ。

ったく、むしゃくしゃするぜ。
こんな罰ゲームみたいな状況でどうやって生計を立てて行けばいいんだ。
現実はクソゲーって言葉を生み出した奴に対し、
クリスマスでもねえのにシャンパンを飲ませてやりたいぜ。

こんな窮屈な世界なら、縄文時代に生まれて
獣でも追いかけてウホウホやってるほうがだなっ……!!

「ほんと、不思議ですわよねぇ」

「お、おう」

何者かが俺の肩に触れたんで、ちびりそうになった。
この細い指、夏の季節でも全く日焼けしねえ白い肌。

こいつは大学生になってから知り合った俺の恋人みたいな女だ。
つーか、いつからそこにいた?

「ドイツと日本の労働人口の比率を考えますと、
 ドイツが労働人口約4000万。対して日本は6000万と2000万も多いのに、
 日本のコロナ関係の失業者が6万というのは過少に見積もり過ぎですわ」

「へ、へえ。相変わらず難しいこと知ってんのな」

こいつの名前は「愛」
腰にまで届く黒髪が特徴で、日本人形みたいな顔してやがる。
性格がおっとしてるのは美徳だが、声に抑揚がなくてたまにお化けみたいに見える。

もっと端的に容姿を表現しろだと……?
そうだな……。座敷童を「艦これ」みたいな美少女にした感じだ。

んなことよりもよぉ……。
許可もなく俺の家に入ってくるのはやめてくれ。心臓に悪い。
たまに差し入れでコンビニのから揚げをくれる。

「アツトさん。チャイムの鳴らさずに勝手に家に入ったことは
 謝りますわ。アツトさんが約束の時間になっても待ち合わせ場所に
 来てくれなかったので、心配して様子を見に来たんです。
 今日は私と一緒に外食に行く約束だったでしょう?」

「外食……? あ、ああ。あのステーキ屋のことか。
 忘れ…じゃなくてつい寝過ごしちまった。はは。悪いね」

ステーキ屋は日本中にあるチェーン店だ。
いきなりセックス……じゃなくて、びっくりステーキだったかww
いけえねえ。つい下ネタが……。
愛に言っちまうとドン引きされるから気を付けねえとな。

寝癖がひどいってんで、最低限の身支度はするよう言われた。
適当に水でもつけて、ドライヤーで乾かす。
床屋に行くのがめんどくさいんで伸ばしすぎたか。
耳の周りは完全に覆われ、目元に前髪がかかる。

そろそろ髪切りに行かねえとな。
俺バイトしてねえから小遣いねーけど。
かーちゃんか妹に金でも貰うか。

この季節にマスク姿で外を歩くのは暑くて拷問だ。
たどり着いた先は、喫茶店みたいな場所だった。

おい。経営難で、そろそろつぶれそうな
「びっくりステーキ」に行く予定だったはずだよな?

「ここはJAZZ喫茶です。近所では結構有名なお店なんですよ。
 たまには喫茶店とか楽しそうじゃないですか」

うちから歩いて15分の所にこんな店があるとは知らなかった。
白を基調としたログハウスみたいな作りだが、
確かに看板にはJAZZと書いてある。

JAZZってのはニコニコ動画でしか聞いたことがねえが、
俺は嫌いじゃねえぜ。高いイヤホンで聴くと、音がすごいらしい。
俺は音にこだわりはねえし、質素な生活を好むんで
ダイソーで勝った100均のイヤホンしか持ってねえけどな。

「いらっしゃい…ませ。お客様は……何名ですか?」

こいつはウエイトレスなのか……?
いかにも自分に自身がなさそうな感じだ。
エプロンは妙にサイズが合ってないのか、左肩からずり落ちている。

俺の視線に気づくと恥ずかしそうに直した。
肩にかかるほどのショートカットの茶髪。
大きな丸眼鏡をした女だ。背は小さいな。150程度だろう。
そのせいか余計に幼く見えるんだよな。

愛がウエイトレスの可愛い姉ちゃんに何か耳打ちしてやがる。

「かしこまりました。ご予約の席が用意してあります。こちらへどうぞ」

予約の席だと……?

「初めまして。わたくしの名前は高野ミウと申します」

おっ! ため息が漏れちまうほどの美女登場ですかぁ?
スーツに身を包んだセミロングの茶髪の女だ。
中肉中背って感じだな。化粧が濃いめだが、
さっきのウエイトレスよりこっちのほうが色気がある。

「アツトさん。こちらの高野さんはね。
 足利市の学園で校長先生をされているのよ。
 まずは学園の説明をするのが先かしらね。学園とは…」

愛がまた難しい内容を早口で説明してくれるんだが、
俺は目の前にいる美女の、うっとりするほどの知的な瞳に
目がくぎ付けになってしまい、ほとんど耳に入らなかった。

高野さんが子持ちの既婚者だと聞かされのが一番ショックだった。
それにしても若けーよな。これで28歳かよ。20代前半でも全然いけるんじゃね?

「この度、お会いする時間を頂いた理由は、党の勧誘のためですわ。
 すでにお聞きになっているかもしれませんが、
 そちらにいる愛さんも我々の同志なのです」

「同志? ネトゲ用語か何かですか? その党ってのはいったい……?」

高野さんはテーブルの上にいくつかの資料を置いた。
手に取って見てみると、宗教の勧誘なのか奇怪な文字が並ぶ。

・共産党左派ボリシェビキ
・マルクス・レーニン主義的世界観
・富の再分配。資本家階級のせん滅

どうやら政党への勧誘らしい。

ああ、あれか。低偏差値の俺でもマルクスの名前は聞いたことあるぜ。
ドイツ出身の学者で社会主義の生みの親だろ?
 
どうやら、この党は、ソ連のレーニンの真似をしてロシア革命を
起こすための組織らしい。名前は共産党。なんのひねりもねえ。
正式には栃木共産党という地方政党らしいが、
すでにある日本共産党とは異なる組織を目指してるらしいな。

あっちの共産党は同志レーニンの意志に背く偽の組織。
こっちは本物の共産主義革命を起こすための組織だと?

革命ねえ。今の日本で、んなことできたら苦労しねえよ。
いくら不景気でも餓死者が大量に発生してるわけじゃねえし、
政府を転覆させたいほどの不満は国民にはねえだろ。

アホらしくて最後まで説明を聞くのが苦痛だった。
俺の恋人らしいポジションの愛が
共産党員だったとはショックだったぜ。

まさか俺に近づいたのは共産党に勧誘するため?

そうに違いない。……あいつへの気持ちもすっかり冷めたぜ。
休みの日は普通に遊ぶし、長期休暇の時は旅行に行ったりもする程度に
仲良しだった。あいつは俺のことを恋人だと呼ぶから、じゃあそうだなって
答えて、気が付いたら付き合っていたんだが共産党じゃなぁ……

俺バカだし、政党とか全く興味ねえわ。もちろん宗教もな。
こいつらの思想って、政治じゃなくて宗教に近いんじゃねえか?
どうやったら平和な日本に収容所ができて、
政治犯を収容するようになるんだよ。北朝鮮じゃあるまいし。

俺は渡された資料を、帰り際にその辺の道端に捨てちまった。
だって興味ねえことに時間を使いたくねえもん。
もっとも、これがのちに後悔することになるんだが。


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