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作品名:令和の大不況。無職になった若者たちの行く末は… 作者:なおちー

最終回   高倉ユウナは結婚式当日を迎えた。
※三人称

文化会館で結婚式か、とユウナは少し思った。
資本主義的な発想をする人物には地味で花がないと
思われるかもしれない。北関東ソ連では質素こそが美徳であり、
営利目的の式場こそが悪に映るものだ。

このソビエト鹿嶋市の文化会館には一階に大ホールが存在する。
かつて資本主義世界ではアイドルや歌手を呼んで騒いだりしたものだが、
ソビエトでは冠婚葬祭や式典を主な用途としており、
その雰囲気は厳かなものである。

「お集りの同志諸君よ。本日の式典は我々ボリシェビキの
 歴史に刻まれるべき、盛大なるものとなる」

司会者のだみ声が、マイクにのって館内によく響いた。
この式典は二部構成となっていて、結婚披露宴を第一部とし、
第二部は、新婚夫婦の立会いの下、
鹿島の工業力によって誕生したゲッター3のお披露目となる。
ゲッター3は文化会館前の広場に待機させてある。
整備は万全であり、仮に敵の襲撃があろうと直ちに応戦可能である。

ところでこのゲッター3だが、実にユニークな形をしている。
足はキャタピラ付きの車輪で駆動するのだが、その車輪の間は
戦闘機となっており、戦闘機の突起部分が、前方に突き出す。

言ってみれば平べったい戦車の上に、ロボットの上半身が
乗っている。そしてロボットの手は異様に長く、首は短く、
肩にはミサイルを搭載。そのアンバランスさが実に愛らしいのだ。

当作品で登場するのは初代ゲッター3である。
新ゲッター以降の過度に装飾されたデザインは好まない。
筆者はこれの超合金を買おうと通販サイトで調べたら、
中古でも7千円と高価だったのでいったん断念した。

会場は満員だった。
ナツキは若年のため大臣の地位にはないが、
中央委員であるから参列者は上級ボリシェビキが中心となる。
そしてユウナは学校の教頭の地位だ。学園関係者も
大勢集まった。ユウナを慕う学生の代表団もいた。

新郎新婦の入場となり、会場の視線が集まる。

「兄さん。私は今日、兄さんのお嫁さんになるんだよ」

ハイウエストの純白のウエディングドレスは、それはもう
ユウナに似合っていた。ユウナは、ぽっちゃり体形でお尻が
大きいのだが、パニエを入れてスカート部分をふっくらさせているので
目立つことはない。いわゆるプレインセス・ラインであり、
お姫様のような雰囲気のユウナにこれほど似合うドレスはなかった。

「君は世界一綺麗だ。ユウナ」

ナツキはヴィンテージデザインの白いタキシード姿に身を包んでいた。
彼も妹と同じ血を引いてるため絶世の美男子であり、
手足の長さとびしっと伸びた背筋。彫刻のように整った目鼻立ち。
妹が月だとしたら、彼はその月を照らす太陽のように美しかった。

ナツキは学園で生徒会長を一年間務めた。会長だった時の彼は人気の絶頂期にあり、
学内のボリシェビキ女子の三人に一人は彼のファンとまで言われていた。

新郎新婦が、ソ連の国旗でデコレートされたウエディングケーキを切る。
会場は暖かい祝福の拍手に包まれる。ナイフとフォークの食事が始まる頃には、
人々は雑談に興じて新郎新婦への関心が薄まっていた。

学園側代表の円卓にいるミウは、すぐ隣の旦那へ耳打ちした。

「何も起きないじゃない」
「……なんのことだ?」
「何言ってるの。太盛君が言い出したことじゃない」
「だから、なんのことなんだよ?」

突発性の記憶障害かと、ミウは思った。
まともな判断力のある人間なら、ミウが幽霊の話を
していると分かるはずなのだが。

その時、建物を揺れが襲った。遠くから爆発の音がしたのだ。
またしても暗殺未遂かとミウが構える。
一同が悲鳴を上げそうになるのをこらえていると、
司会者の男性がマイクを握った。

「同志諸君!! ご安心ください!! ただいまの振動は、
 日本の戦闘機がゲッター3に対し攻撃を仕掛けたものです!!
 ですが、ゲッターのミサイルによって直ちに撃退しました!!」

ういいん、と巨大なモニターが天井から降りてきた。
外の様子をモニター越しに見せてくれるのだ。
黒煙を吐いたジェット戦闘機が、太平洋の海へと、農家の畑へと墜落していった。
敵はたったの2機。結婚式に対しいやがらせをしてきたのだろう。

これは、停戦条約に反する行為である。
仮にパイロットの独断専行で行われたにせよ、
日本国側への懲罰は避けられない。ボリシェビキ幹部たちは、
日本側にさらなる領土の割譲を要求するつもりだった。

「いっそ空爆されて死ねばよかったのに」

というのは高倉家の末娘であるアユミである。
一度は諦めたつもりだったが、花嫁姿で着飾った姉をみて悔しさに震えていた。
披露する側はいい。だが見せられる側は、どこまでもみじめなものだ。
ナツキに選んでもらえなかったのだからなおさらだ。

「こら。お姉さんの式なのに無礼なことを言わないの」
「はーい」

ミウに叱られた。
スレンダーなパーティドレスに身を包んだアユミも、
姉ほどではないにしても十分に会場の花だった。
テーブルクロスの下で足をふらふらさせ、
ハイヒールを脱いでしまっている。

「そんな顔するなよ。アユミちゃんにもすぐ良い人が見るかるよ」
「そうですね……」

太盛は、愛想のない子だなと思った。姉のユウナは多弁で
太盛になんでも相談してくれるのだが、
この妹とは今日まで一度も打ち解けたことがなかった。

太盛は、ナツキ以外の男性を極端に避けようとするアユミが苦手だった。
世界はもっと楽しいことがたくさんあるのに、二年近くも
家に引きこもっていたのも、もったいないと思っていた。

いよいよ式が終わろうとした時だった。
ユウナは壇上の椅子から立ち上がろうとして体が動かないことに
気が付いた。指先の一本も自由が利かない。体だけではない。
息もできないのだ。頑張って吸おうとしても、肺にはなにも入ってこない。

「どうかされましたか?」

と司会者が心配して声をかけるが返事がない。
ただ事ではないと思った新郎のナツキも、妹の肩を揺さぶる。
ユウナは青い顔をしているだけで瞳を閉じることさえしない。

「早く医者を呼べ!!」ナツキの鬼気迫る怒号に、会場は騒然となった。

式の関係者たちが壇上を右往左往する中、ユウナだけは
時間が止まってみえた。ユウナは確かに見た。
目の前に孤島で散っていった訓練兵の霊がいるのだ。

川村アヤだけではない。水谷カイト。飛鳥トオル。
みなあの日と変わらず軍服に身を包んでいる。
足もある。笑わず、語らず、主張せず、ただ壇上に立ち、
花嫁姿のユウナを見下ろしていた。

「か……は……」

ユウナは呼吸困難にこれ以上耐えきれそうになかった。
血流が止まりつつあるせいで、体中の筋肉が弛緩して失禁してしまう。
この人生一度の大舞台で、冗談じゃなかった。涙がこぼれる。
兄が彼女の体をタンカに乗せようとするが、鉛のように体が重く、動かない。
椅子と体がくっついたようだった。

一方、高野ミウも壇上の光景に血の気が引いていた。
旦那の言っていた呪いは本当だったのだ。
彼女は旦那から借りた鏡でこっそりのぞくと、いるいる。
壇上の幽霊は三人だけではなく、その倍はいた。
いずれもミウと面識のない者たちだ。

「せまるく…」
「わかってる。ここで待ってろ」

太盛は妻の肩に手をしっかりと置いてから、壇上へと駆けた。

「お前たちの居場所はここじゃない!!」

会場が静まり返る。

「お前たちは過去の存在だ!! 
 未来を創るのは死んだお前たちじゃない!!
 生き残ったユウナなんだ!! 
 ボリシェビキの未来はユウナに託されているんだ!! 
 だから、お前たちはもう去るべきなんじゃないのか!!」

太盛は虚空に向けて叫んでいるようにしか見えず、
出席者たちは唖然として様子を見守っていた。

「俺は絶対にこの結婚式を不幸な結果に終わらせたりはしない!!
 どうだおまえら!! 俺の言葉が分かるか!!
 分かるなら俺を呪い殺してみろよ!! できるもんならな!!」

その三秒後、彼は頭から壇上の階段へ転げ落ちた。
彼はユウナと同じように呼吸が止まり、体の自由を奪われていた。
「せまるくーん」とミウが悲痛な叫びをあげながら太盛の体を介抱する。

太盛は蝋人形のように固まっている。ミウはこれを見るのは
初めてではなかった。駅前の広場でも同じ現象にあった。
だから彼女は今自分がどうするべきなのかを知っていた。

「歴史は勝者が作るんだよ!!
 私たちは悪の日本政府と戦い、革命を勝ち取った!!
 資本主義の連中に共産主義を認めさせた!!
 私たちには明日を生きる権利がある!!
 私たちは素晴らしい日々を生きているんだよ!!
 だから、私たちの邪魔をしないでええええええ!!
 私の大好きな夫を奪わないでえええええ!!」

ミウの魂のこもった叫びは、太平洋沿岸部に波浪を発生させるほどだった。
文化会館の窓という窓は割れてしまい、
出席者たちは尻餅をついて起き上がることができずにいた。

『ミウの叫び』は人知を超えた。ナツキは確かに見た。
彼女の背中にソ連建国の英雄レフ・トロツキーの霊がいたのを。

トロツキーの幽霊は優しく微笑み、ミウの肩をポンと叩いた。
そして太盛とユウナにも同じようにした。太盛とユウナは金縛りが溶けて
自由になった。赤いトロツキー。この英雄は夢半ばで死んでも尚、
ボリシェビキの正しき理想を継ぐ若者たちを救ってくれたのだ。

その後、幽霊はいなくなった。
優菜や太盛の前に現れることもなくなった。
きっと成仏したのだとみんながそう思った。

人の気持ち「愛」は時に世界の法則さえ揺るがすほどの力を持つ。
愛なくして人の世に文化はなく、愛なくして子孫は増えず、
愛無くして人生の幸せもなし。

新国家の建設にかける情熱もまた、
多くの国民を救いたいと思う「愛」ゆえであった。

こうして世界に平和が戻ったのだった。
                   
                     
                     終わり

                 著作:制作 栃木県ボリシェビキ委員会


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