20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:令和の大不況。無職になった若者たちの行く末は… 作者:なおちー

第18回   高倉ナツキは裏切り者の正体を知った。
※ナツキ

今日は久しぶりに学園を視察することにした。
僕は以前は宇都宮市のマンションに住んでいたが、
妹たちのお見舞いのためもあり、足利市の実家に引っ越してきたのだ。

ソビエト議会の本部があるのは宇都宮だったが、
日本に狙われる恐れが高いとして移転を決定。

移転先は那須高原が検討されたが、高原地帯は
空爆でインフラ設備を破壊された場合に不安が残るとして破棄。
日本有数の観光地を敵の攻撃目標にすることはためらわれる
というのも理由の一つだ。

最終的には広大な平野部に本部を作ることにした。
板倉町にある日本で有数の貯水池(遊水地)だ。
利根川、渡良瀬川、思川が交差する地点で、都心部(荒川)へ
水を供給する。特に湿地帯の面積は本州で最大規模で
総面積は東京ドーム100個分を優に超える。

高原地帯と違い、断水の心配がない。
またここは埼玉県、群馬県、茨城県とも県境なので補給が容易だ。

湿地帯を開拓してモスクワのクレムリンに酷似した建物を作り、
広大な地下施設を作る。強力な防衛力を持つ軍事要塞とした。
長崎県沖に沈められた鉄人28号も回収し、この基地に眠らせてある。
現在は修理中だ。

「本当に久しぶりだね。ナツキ君」
「ミウも元気そうで安心したよ」

学園の校長先生であるミウと握手する。
お互いに30手前だが、ミウは若さと美しさは女優も顔負けだ。
一児の母となり、余裕すら感じらえるその笑みは、
僕を虜にするのに十分すぎた。

僕は学園の地下に眠る「ブラックオックス」を視察させてもらった。
鉄人のライバルだけあって色といい、デザインといい、
申し分ないほどの素晴らしいロボットだった。
超合金のフィギュアが発売されているらしいので
あとでアマゾンで注文しておこう。

「粗茶です」

校長室では太盛君がお茶を淹れてくれた。
彼はミウと結婚後は主夫となった。そのためか
テーブルに湯呑を置く動作が様になっている。

「では、僕はこれで」
「待ってくれ。今日は君にも聞いてほしい話があるんだ」
「そうだよ太盛君。せっかくこうして同級生三人が揃ったんだからさ」

ミウも僕に賛同してくれた。
ミウはニコニコしていて、天使のように美しかった。
こんな美人な奥さんがいる彼を呪ってしまいたくなる。

今日は私的な相談をしに来たんだと伝えると
彼の顔色が曇るのだった。

「相談というと、妹のユウナちゃんのことかい?」
「ああ、その通りだ」
「だったら逆にこっちら伝えたいことがあるんだ」

と太盛君は言い、一枚の手紙をふところから出した。

「ユウナちゃん宛の手紙なんだよ」
「なんだって。誰からだ?」
「孤島にいた訓練兵の男を覚えてるか?
 名前は寺沢アツト」

もちろん覚えてる。粗暴でめんどくさがりで、
自分の身なりに気を使わない男だった。
だがジョークが好きで人と打ち解けるのがうまく不思議な魅力がある。
あんなに個性の強い人物を二人と見たことがない。

「本当はユウナちゃんに渡そうと思ったんだが、
 ナツキさん。あなたが代わりに呼んでくれないか?」

渡された手紙の内容はこうだ。

『拝啓。前略、中略、後略、さようなら……なんてな!!
 へいユウナさん。お兄さんとよろしくヤってるかい?
 おっと、あんたら共産主義者にとっては殺ってるかい、
 と訊いたほうが適切かもしれねえなww』

続きが紙面いっぱいに書かれていた。

まず、戦死者の葬儀の時にユウナを襲った犯人は、
水谷カイトの姉だったのは説明するまでもないことだが、
彼の姉に孤島作戦の詳細(弟の死にざま)を教えた人物がいた。

それが寺沢アツトだった。
孤島からの帰還後、アツトは水谷姉から弟の死の真実を
聞かせて欲しいと何度もお願いされたそうだ。ナイフまで
持ち出して鬼気迫る様子だったという。

そんな彼女を気の毒に思ったアツトは、全てを打ち明けた。

『ちなみにタダってわけじゃねえぜwww?
 水谷の姉ちゃんがよぉ。なんでも株で儲かってるってんで、
 俺にお小遣いをくれたんだ。額は200万!!
 すげー金額だぜ。俺もよぉ、これからルナと一緒に
 暮らのに金が必要だったんで助かったぜwww』

彼は自らの悪事を隠すつもりが全くないのか。
君のせいで……僕の大切な妹たちはケガしたんだぞ!!

『けどよぉ、俺だって鬼じゃねえんだwwまさか水谷の姉ちゃんが
 暴走してユウナさんが暗殺されるとは思わなかったぜwww
 俺はあの事件の後すぐにモンゴルへ逃げたから確認してねえけど、
 さすがに死んだか? だったら誰がこの手紙を読むんだって話になるんだが、
 俺のカンでは、あんたはまだ生きてると思ってるよ』

『俺がユウナさんを全く恨んでねえかと言ったら、嘘になるな。
 鉄人28号作戦のせいでカイトは死んだ。それと飛鳥の
 おっさんに、川村アヤちゃんもだ。今頃あいつらは
 天国でシャンパンでも飲んでるんじゃねえの?
 俺の隣にいるルナもよ、おめえらとは
 もう関わりたくねえって言ってるぜwww』

『それよりモンゴルは最高だなww
 ここでは紙幣より家畜の方が価値がある遊牧民の生活だ。
 資本主義も共産主義も関係ねえwwその日暮らしだからよww
 どこか人の少ない場所へ逃げようと思ってウランバートル
 空港へ飛んだんだが、モンゴルも悪くねえなww』

『だらだら書くのもつかれたんで、そろそろ終わりにするぜ。
 じゃあな。ボリシェビキの手先よ。顔は極上の美人だったのに
 あんたのブラコンぶりを知ったせいで幻滅しちまったもんだ。
 ボリシェビキの訓練時代はそれなりに楽しめたぜ。今度こそあばよ』

高野夫妻にも見せてあげた。ミウは手紙を握りしめる。

「なんてハレンチな内容!! ボリシェビキの中枢へこんな手紙を
 送ってくるなんてソ連一の蛮勇として褒めてあげたいくらいだよ。
 ナツキ君、彼から全ての名誉をはく奪しよう。
 直ちにモンゴルに秘密警察を送るべきだと思う!!」

「僕もそう思うが、妹が……。ユウナがきっと認めないさ」

「暗殺未遂にあった本人が認めないの? 
 それってどいういうこと!?」

「ユウナはね、孤島に招集した訓練兵たちのことを
 家族のように大切に思っていたのさ。彼らは日本資本主義に絶望し、
 自らボリシェビキを志望して訓練を受けた人達だ。この学園の生徒のように、
 無理やり思想を押し付けられた人たちとは違うんだよ」

「その説明は無理があるんじゃないの?
 この寺沢って男、自分がボリシェビキの思想に
 これっぽっちも共感してなかったって手紙に書いてあるけど」

「それでもユウナにとっては大切な仲間だったんだよ。
 思い出を大切にしたいのかもしれないね。ユウナは、
 水谷君のお姉さんでさえ強制収容所には送らなかった。
 そんな優しい子なんだよ。あの子は」

太盛君が、不快そうな顔をして窓の外を眺めている。
確かに、ボリシェビキのルールでは甘い。
まず国外逃亡した時点で寺沢アツトと飛鳥ルナには
逮捕状が出されてしかるべきだ。拷問のあと裁判にかけられ、
収容所で最低20年以上の強制労働を命じられるだろう。

僕はミウにくしゃくしゃにされた手紙を綺麗に折りたたみ、
夫妻と別れを告げた。君たちは美男美女のカップルで絵になっているぞ。

---------

その日の夜、総合病院の四階にエレベーターが付いた。
運動不足解消のために階段を使うべきなんだろうが、
本部移転の件で職場は大忙しとなっているんだ。

ああ、今日もストレスがたまった。
憂さ晴らしには妹のムチムチした体を触るのが一番だ。
僕はいつものように、
アユミの病室を通り過ぎてユウナの部屋に向かおうとした。

「ちょっと。どこ行こうとしてるの」

「アユミ……。歩いて大丈夫なのか?」

「壁に寄りかかれば平気。それよりなんで
 あいつの部屋に行こうとしてるの」

さすがに立ってるのが辛そうだったので肩を貸してやる。
アユミの額に汗がにじむ。やはり無理をしていたのだ。
前開きの病人服の中に包帯が巻かれている。

「どうしてかって? それは単純な理由だよ。
 ユウナのことを好きになってしまったんだ」

「じゃあ私はどうでもいいってこと?」

重い沈黙が流れた。僕の言葉に嘘はない。
アユミを捨てるとか、そういう意味で言ったわけではないんだが、
ユウナを愛おしく思っていることは本当だ。

「またそうやって女の子の気持ちから逃げちゃうんだ。
 兄さんはもう人をひとり殺してるんだよ」

「誰をだよ?」

「川村アヤちゃん」

忘れていたわけじゃない。
ただ、仕事で忙しくてそれどころじゃなかったけだ。
彼女の葬儀は暗殺未遂事件が起きたせいでうやむやになってしまったが、
僕はきちんと川村家の母親にも挨拶をした。
あの子の家は、気の毒なことに母子家庭だったな。

「私も自殺しようかな」
「なに言ってるんだ」
「ナツキも一緒に死のうよ」
「……廊下は冷えるぞ。病室に戻ろう」

9月も末になれば夜はひんやりするものだ。
もっとも院内は全域が一定の温度に保たれているのだが。

「今日は私を抱いていいよ」


   〜〜エロシーンのため中略。詳細は星空文庫の同タイトルを参照〜〜


「本当に私のこと愛してくれる?」
「ああ……」
「ユウナには入れたんでしょ? 私にも入れて」
「それは……」
「入れていもいいよ。けどこれからは私だけを見て」

歩美の真剣な瞳は、本来なら恋人に向けるべきものなんだろう。
だが困ったことに、その恋人役は兄の僕なのだ。
仮に僕に妹が二人もいなければ、こんなに迷うことは
なかったのかもしれない。僕は今、二人の間で揺れている。

「そこで何をしてるんですか!!」ガラッ

壊れんばかりの勢いで引き戸を開いたのは、ユウナだった。

「何してんの!! 早く離れなさいよ!!」
「うっさいデブ!! なんで入ってきたんだ。空気読めよ!!」

妹たちはつかみ合いの喧嘩になった。
やれやれ。これじゃアダルトな雰囲気が台無しだ。

僕はズボンをはき、スツールの上に置いていたカバンを手に取る。
二人の喧嘩が落ち着いたころを見計らい、寺沢アツトの手紙を
差し出した。まず読んだのはユウナ。
少しは怒るかと思ったが「そんな……」と言い涙ぐんでいた。

次にアユミが一読し、眉間に深いしわが寄る。
40過ぎの主婦のような迫力だ。僕を横目で見ながら問う。

「で、兄さんはこいつらをどうするつもりなの?」

「僕はなんとも。彼らの司令官だったのはユウナだ。
 ユウナに決めてもらうべきだろうな」

ユウナは逆に僕に決めて欲しいと言うが、それは無理な相談だ。
どうせお前は粛清するつもりがないんだろう?

「そうよ」

ユウナは、チベットのラマ僧のような複雑な表情をしていた。

ユウナが病室のカーテンを開く。妙に外が明るい。満月のようだ。
月明かりに照らされた病院の駐車場を見下ろしながらさみしげに言う。

「アツト君とルナさん、結婚したんだね」
「そのようだな」
「うふふ。幸せそうでうらやましい。少し嫉妬しちゃうな」
「どうして嫉妬するんだ?」
「兄さんがそれを聞くの? 私はこの年でまだ独身なのよ」

妹とガチの結婚フラグを立てられても困るぞ?

「それより粛清したくない理由を教えてくれないか」

「理由は……。彼らはモンゴルで遊牧民の生活をしているからよ。
 遊牧民なら資本主義も共産主義も関係ないでしょ」

「本当にそれでいいのか? こちらが指示すればウランバートルに
 いる秘密警察が出動し、2週間以内に彼らの身柄を引き渡してもらえるんだぞ。
 それにミウは怒っていたぞ。おまえがボリシェビキのルールをしっかり
 守ってくれないと、あとで僕がミウに小言を言われてしまうじゃないか」

「ミウさん……か」

ユウナは窓を開いて自然の風を入れた。
やはりチベットのラマ僧の顔をして、空気を灰に吸い込んでいる。
両手の指をブラトップの前で組み、鼻から吸って腹から出す。
ユウナはチベット体操でもしたいんだろうか。

「ねえ兄さん。私と結婚して」

時が……止まったような気がした。

アユミを見る。怒りで額に青筋が立っている。

断るべきだろう。
兄が実の妹と結婚するなど、ソ連国内であっても禁忌である。
近親婚は世界のあらゆる地域と宗教によって否定されている。

ユウナは僕の方を振り返り、その衝動で後ろ髪がふわっと浮いた。

「私は本気よ。今度からは兄さんのことをナツキって呼ぶんだから」

その瞳は、うるんでいた。僕に告白するために深呼吸していたのか。
すでに何度も肌を重ね合っている身で今さらという感じもするが、
ユウナなりに勇気を出しての告白だったのだろう。

「お兄ちゃんってデブ専だったの?」

アユミの低い声はスルーせざるを得なかった。

「今の僕たちは、恋人みたいな関係だ。
 それだけじゃ満足できなかったか?」

「ちゃんと夫婦にならないと、いつも一緒にいられないでしょ。
 ナツキ兄さんはモテるんだから、職場でも女の人からの
 誘惑とかあって不安になっちゃうじゃない」

なぜだ。ユウナ。なぜ君は僕との婚姻を望むようになったんだ。
裏切り者のアツト君の手紙がきっかけなのか。それともアユミが原因か。

「はいはい。そこまでそこまで。二人とも距離近いよ」

そのアユミが、仲裁役になる。
ボクシングのレフェリーのように僕らを引き離した。

「おいユウナ」
「なによ……。姉を呼び捨て?」
「寝言は寝てから言えよ!!」

その怒鳴りは、質量を持っているかのようだった。
アユミの怒りによって院内の壁という壁に亀裂が走り、
足利市内の山さえ震わしかねない勢いだった。

ユウナは静かに切れていて、握った拳を震わせている。

「ごはぁ!?」

お姉ちゃんに腹パンされたアユミが、床を転がった。

「兄さんからの返事、ずっと待ってるからね」

乙女走りをして去っていくユウナ。
アユミがケガ人だってこと分かってるんだろうな?
傷口が開いてなければいいのだが。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 1277