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作品名:令和の大不況。無職になった若者たちの行く末は… 作者:なおちー

第10回   高倉ユウナ。学園の教頭。訓練兵の孤島への移送を計画する。
ユウナの一人称。

『お誕生日おめでとう。熱烈なるボリシェビキにて
 同志レーニンの忠実なる後継者、わが親愛なる妹、ユウナへ』

私はお兄様から送られたラインメールを見つめていた。
もしここに友達がいたら「ユウナったら乙女の顔をしてる」と
からわかれても不思議ではないだろう。

今日は私の27回目の誕生日。
狭い団地の中で家族と一緒にささやかなパーティを開いていた。
テーブルにいるのは両親と私と妹のアユミだけ。兄さんの姿はここにない。

時計の針がむなしく時を刻み、8時をさした
テーブルには冷めきったチキンやパスタが並んでいる。
シャンペンやワインを入れるためのグラスは空のまま。

「ナツキ兄さんは、今日は仕事が立て込んでいるので
 来れないそうです。お祝いのメッセージだけはいただきました」

「だったらこれ以上待つ必要ないよね。
 一時間もこの状態で待たされたからお腹すいた」

アユミはいただきますも言わずに、チキンを食べ始める。
父はまだ食べるべきか迷っているみたいだ。
私に気を使いながらこう言った。

「ナツキの奴もなぁ、自分の妹の誕生日の日くらい、
 予定を開けとけったんだ」

「お父さんも食べていいよ」

父は「そうかい」と言い、パスタに手を付ける。
母も申し訳なさそうな顔をしながら食事を始める。

この家では、私が実質的な家長となっている。
この家でお金を稼いでいるのは私だけだからだ。
私は学園の幹部として働いている。

学園には市から大量の助成金が入るためか、
幹部クラスの給料は日本の平均的な労働者と比べても高額な部類に入る。

兄さんはお金を定期的に送金してくれるから、
私と兄の収入だけで家族全員を余裕で養えてしまう。

4歳年下の妹のアユミは、大学を出てから就職もせずに家事手伝いをしている。
この子はナツキ兄さんを慕っていて、将来は兄さんと同居して家事に専念するから、
就職先を見つける必要はないとか、幼稚なことを言っている。

我が愚妹には今までさんざん説教したけど
効果がなかったのでもう諦めている。

両親は無職だ。母は長年勤めていたパート(運送会社の事務)をやめて専業主婦をしている。
父は家でお酒ばかり飲んでいる。たまに思い出したかのように派遣会社に登録して
働きに出るけど、3週間もすれば無職に戻る。

父はかつてエリート商社マン。
日本で名のある総合商社でエネルギー資源担当に部署に所属していた。
重要な契約を結ぶために頻繁に東京と中東を行き来しては時差ボケに悩まされる。
出張先のイスラエルで、交渉相手の政府高官と会うため
片道1000キロを車で走ったこともあったらしい。
中東は危険地帯なので別の会社の商社マンが銃撃されたこともあった。
父は激務のせいで30を過ぎた時から急激に老け込んでしまう。

エジプトのトレーディングルームで勤務していた時、
原油先物で500億以上の損失を出して会社を退職。
父が無気力になり定職につかなくなって10年以上経過した。

そのせいで私たちは住んでいたマンションを売り払い、
この団地へと引っ越してきたのだ。
資本主義的な価値観では貧乏な暮らしと映るのだろう。
ボリシェビキは逆で、質素な生活を送ることが美徳なのだ。

もちろん「全労働者」が同じレベルの生活を送ることが、だけど。
私と高給取りになってもこの団地から引っ越すことはしない。
兄は職場近くのマンションを借りているから、この家に
帰ってくることはめったになく残念だ。

「姉ちゃん」

「なにアユミ。食べながら話すのはみっともないわよ。
 飲み込んでから話しなさい」

「ナツキ兄さんがラインで教えてくれたんだけど、
 孤島の秘密基地の計画ってなに?」

「……あんたの口から孤島の話が出るなんて、
 兄さんたらおしゃべりね。孤島計画はボリシェビキの
 トップシークレットよ。食事時に話すようなことじゃないわ」

「あっそ」

妹はむっとして、チキンをむしゃむしゃ食べてる。
働いてないのによく食べるわね。

「ユウナ。また物騒な話になってるわね。
 孤島に収容所でも作るつもりなの?」

「収容所とは違うかな……。いくらお母さんでも詳細は話せないの。
 今回は2週間ほど出張になるよ」

「今回の出張は長いわね。ユウナは指示する側の人間になれたんだから、
 くれぐれも あなたが危険な目には合わないようにしなさいね」

母は、良い意味でも悪い意味でも常識人だった。
両親は決してボリシェビキではなく、ごく一般的な日本人だ。
資本主義社会の矛盾に気づかず、なんとなく毎日を送っている人だ。

「へっ。俺は世の中のことなんて興味ねえ。
 赤の他人が収容所送りになろうが、共産主義に
 歯向かったのが悪いんだろうが。知ったことかよ」

父は飲んだくれだ。赤ワインを水のように飲み干してしまい、
あとはベラベラとつまらないことを口にする。
私はだらしなくて品性に欠ける父を反面教師にして育った。
この人がかつてエリートだったなんて信じられない。

私は学園の教頭。かつて幼くて愚かな私をよく
叱ってくれた両親も今は50過ぎ。今では両親が
すごく小さな存在に感じる。時にむなしさを覚えることもある。

今の私は家族だけでなく、学園の生徒、囚人、訓練兵たちの
生殺与奪の権利さえ握っているのだから。

-----------

※寺沢アツト

訓練が始まって2週間後、それは突然告げられた。

『長崎県の沖合にある孤島へと訓練場所が移動する』

俺たちは衝撃で尻もちをつきそうになった。
いきなり長崎県に移動だと……!! しかも孤島!?
強制収容所を作るのにベストな環境じゃねえか。

     うわっ……俺たち、孤島送りになる……?
        説明を少し聞いただけで、懲罰なのが分かってしまう。
 
 ☆今なら無料5分で診断可能★ 反革命容疑者、判断テスト!!!
      無事に有罪となったら、すぐに収容所送りになると有名だ。
          収容者は17万人を突破!! 
 
「お集まりの訓練兵のみなさん。お久しぶりです。
 教頭の高倉です。本日は私の方から皆さんに
 孤島移住計画の概要について説明させていただきます」

教頭とはとても思えないアイドルみてえな美女が、淡々と告げる。
髪を後ろでハーフアップにしてるのが素敵すぎるぜ!!

・訓練兵8名(これしか残らなかった)は、
 本日中に荷物をまとめて午後には孤島へ出発する。

・訓練は住み込みである。

・衣食住に必要なものは学園側が支給するため、
 金銭や携帯を含む私物の持ち込みを認めない。

逆に許可されるのは、最低限の下着と身分証明書だけか。
もうこれ収容所行きと判断すべきじゃね?

「うろたえるな君」

と、後ろから肩を叩かれる。
ずいぶんと老けたおっさんだ。俺のオヤジくらいだ。

名前はアスカ・トオル? 歌手みてえな名前だな。

「ユウナ閣下のお言葉をちゃんと最後まで聞いたのかね。
 我々は来るべき自民党破壊作戦のために、特殊作戦部隊として
 選ばれたのだよ。このビラを読みたまえ」

配られたビラには細かい字がびっしり書いてあってある。
どうも孤島には、俺たちには知らされてねえ秘密がたくさんあるみたいだ。
ボリシェビキが日本国の軍事力を破壊するために用意していた、
秘密兵器が眠っているとか。

まるでアニメだな。ガンダムでも眠ってるんだろうか。
俺はガンダムは初代が最高だと思っているぜ。

そんなこんなで時は流れ、
俺たち8人の勇者たちは、船に揺られて孤島へと向かった。

電車や新幹線を乗り継いで福岡まで行くのは手間だったぜ。
(どうでもいいが、関門海峡って維持費がすげえかかってるそうだ)

今俺たちが乗っているのは漁船を改造した輸送船なんだが、
内陸育ちの人間じゃ船酔いになるのは必至だ。
俺はバケツの上に三回も吐いた。他の野郎も似たようなもんだ。
アヤって女の子も、干からびた魚みてえな顔してるぜ。

アリサとかいう小太りの娘もいるようだ。
彼女は父親のトオルと親子で参戦している猛者だ。
アリサは酔わなかったみたいで、
ゲロを吐いている父の背中をさすっている。

水谷のおっさんも酔ってないみたいだ。
海面を飛ぶカモメをのんきな顔で観察してやがる。

「あれはウミウ。俺はカワウしか見たことがないから新鮮だ。
 やはり内陸部にいる鳥とは全然違うなぁ」

何が楽しいのか、メモ帳にウミウの姿を描いてやがる。
スマホの所持が許可されてねえから、スケッチしてんのか。
写真が撮れないってのは不便だね。もっともおっさんから
言わせたら、鳥の観察ってのは英国から生まれた趣味で、
大昔から鳥の絵を描く伝統があるとか。

「おう。嬢ちゃん」

「話しかけないで。今気分悪いから」

アヤはまだ干からびているようだが、ある程度吐いたから
楽になったのか。話をする余裕がないわけではなさそうだ。

「今しか話せねえかもしれねえから、
 ちょいと質問したいことがあるんだ」

「話しかけないでって言ってるでしょ」

「おまえさんは今回の移送の件をどう思ってんだ。
 俺たちが収容所送りになるって可能性もあるわけだが」

アヤは青白い顔をしながらも鼻で笑う。

「そんなわけない。私たちは来るべき特殊作戦を
 発動させるために選ばれた精鋭部隊なのだから」

「ただの訓練兵の集まりにすぎねえのに、部隊なんて呼べるもんかね。
 おまえさんみたいに他の訓練兵の連中も気楽に考えてるようだが。
 俺はボリシェビキの奴らを信用できねえんだよな」

「私はナツキさんから直接お話を聞いたから確実よ」

「お偉いさんのナツキさんと、どうやって話をしたんだよ」

「電話で教えてもらったのよ」

誇らしげな顔をしてやがる。小娘の分際で権力者と電話ができるとは。
こいつはナツキの愛人の類なんだろうか。下手に詮索すると
悪い噂が広がり粛清されそうなんで黙っておいたほうがよさそうだ。

そろそろ乗船しているメンバーの紹介をさせてもらうぜ。
さっきも言ったが、全部で8人だ。

まず俺。
水谷カイト(30過ぎのおっさん)
飛鳥トオル(59歳)
飛鳥アリサ(28歳)
川村アヤ(15歳)

あ……? 5人しかいねえ。
言っておくが数え間違いじゃねえぞ。
どういうわけか他のメンバーの姿が見えねえんだ。
便所にでも行っているのか?

「船から脱走しようとした2名が射殺された。
 そこに浮いてる男性がそうだ」

カイトが海面を指さした。背中から鉛球を食らったやつらが
波に揺られていた。海面が真っ赤な血で染まっている地獄絵図だ。

「どうやら彼らは自分たちが収容所送りになると
 考えて絶望し、泳いで逃亡を図ったものとみられる」

それにしても銃声なんかしなかった気がするがね。
いつのまに撃たれてたんだよ。だがおかしいな。
泳いでる奴らも含めて7人しか確認できねえぞ。
この幸運な船旅に選ばれた、最後の隠しキャラはどいつだ?

「あのぉ……」

後ろから声がかけられたので、身の危険を感じて飛びのいた。

おいおい。俺のすぐ後ろにいたのかよ!!
ついに女の幽霊(美人を希望)でも出たのかと思ったら、
若いお嬢ちゃんがそこにいた。

「えと……お話しするのは初めてですよね……。すみません。
 私ちょっと人見知りする方で自分からは声かけられないんです」

「そうなのかい。内気な娘さんだな。俺に対して人見知りする必要は全くないぜ。
 君みたいに可愛い女の子ならいつでもウェルカムだ。俺の名前は寺沢アツトだ」

「私は飛鳥ルナです……」

なんと、飛鳥家の三女(22歳)だったのか。
どんだけ参加率高いんだよ飛鳥ファミリィ。

この娘ときたら、俺が話しやすい人だとわかると、どんどんしゃべり始めた。
聞いてもないのに高校を出てからの職歴から始まり、女優を目指して
オーディションを受けようとしたこと、好きな韓流ドラマのタイトルから
歌手の名前まで。俺が真剣に聞いてるもんだからいつまでも話し続けやがる。

ルナちゃんは俺に敬語を使い続けてる。
実は俺の方が年下なんだが、言わなきゃばれねえよな?

「アツトさんは本当に明るい人なんですね。
 家でもそんなキャラなんですか?
 話ができる人がいてよかったです」

「俺もルナちゃんと出会えてうれしいぜ。
 この船には君のお姉さんもいるようだが、話はしねえのかい?」

するとルナは、むっとした顔になって

「姉とは三日前に喧嘩しちゃって、それ以来話をしていないんです」

喧嘩するほど訓練兵同士の関わりってなさそうだけどな。
しかし考えてみると、お姉ちゃんはいつだって自分のオヤジにべったりだな。
別にファザコンってわけじゃねえと思うが、還暦前の父のことが心配なんだろうよ。

親孝行は親が生きてるうちにやっとかねえとな。
大学の教授がそう言ってからよ。

島が見えてきた。

安っぽいテレビ番組に出てきそうな孤島だ。
確かに周囲に他の島はない。森全体を森が覆っている。
背の低い山が一つあるが、他は平地だ。
あの地形だと建物を建てるスペースが限られちまうな。
やはり収容所島と考えるのが妥当かもしれん。

俺らは下船した後、宿舎の前に集合した。
刑務所の外観を覚悟していた俺らの目に飛び込んできたのは、
ログハウスにしか見えねえ、平凡で清潔感のある建物だった。

「ここが本日より諸君らが寝泊まりする宿舎です
 まず女性から、次に男性の部屋を案内します」

女性陣がぞろぞろと歩いていく。先導をするのは、
なんと高倉ユウナ閣下だ。上のセリフをしゃべっていたのもこの人だ。
学園の教頭なのに孤島までやってきて俺たちを教育するつもりなのか?

「説明は以上です。今夜はゆっくり寝て休んでください。
 夕食の時間までに、各自部屋を掃除するなど
 最低限の身支度は済ませておくように」

運動部の合宿みたいなノリだ。
しばらく使われてなかったのか、宿舎の部屋はほこりで
真っ白にデコレーションされていて、天井と窓に張り巡らされた
蜘蛛の巣がアクセントになっている。鳥肌が立つほど美しい部屋じゃねえか。

最低限の身支度ではなく大掃除となった。
俺は支給品のマスクをしっかりと装着し、ぞうきんを絞り、
ほうきで掃き、モップを握る。へへ……。

俺様の掃除スキルがいかんなく発揮される。
これでも掃除は得意でな。
掃除の効率の良さで俺にかなう奴はいねえ。

中学時代のあだ名は「ほうきを持った天使(ピクシー)」
とまで女子から呼ばれていたんだぜ。もちろん冗談半分だが。

ざっと一時間もやると床にキスできるくらいにピカピカになった。
ベッドの隅から、蛍光灯回りもバッチリだぜ。
この合宿上は掃除用具が豊富なんで他の奴らと奪い合いに
ならずにすんだのは幸運だった。とっくに正午を過ぎているが、
まだ日があるので、布団も干しておいた。

他の部屋ものぞいてみると、カイトや飛鳥のおっさんも
掃除を済ませたのか、椅子の上でのんびりしてやがる。

おっと、言い忘れるところだったぜ。
俺らは贅沢にも十分な広さの個室が与えられている。
想像していた収容所とはえらい違いだぜ。

(実際は参加人数が諸事情により激減したため、
 部屋が余っただけらしい。泣けるぜ)

こうなると知っていたら、船からダイブしたやっこさんたちを
止めてやりたかったもんだね。別に友達だったわけじゃねえが、
あいつらの死は一生忘れねえからな。

夕食はロシア風だった。黒パンと肉と野菜のスープ、ふかし芋、
ニシンの缶詰。飲み物はお茶だ。牛乳も用意してあるので、
暖かくして飲みたい奴はレンジまで使ってよいとのこと。

食堂は結構広くて、一度に30人くらいは座れるんじゃねえのか?
椅子もテーブルも木製だ。まさにログハウス。古臭くはなく
今風のデザインで気に入った。木のぬくもりを感じるぜ。

この合宿所って広いよな。一階部分に男子の宿舎、二階に女子の宿舎がある。
三階はどうだか知らねえが、おそらくユウナさんや護衛でついてきた
兵隊さん(兵隊なのか?)たちが使うもんだろうな。

俺たち訓練兵は、一つのテーブルにまとめて座っている。
ユウナさんたち上級者はすぐ隣のテーブルだ。
下手なことを聞かれたら粛清されかねないので、終始無言で食事が進んでいく。

食事の後片付けは炊事係の兵隊がやってくれるらしいので、遠慮なく甘える。

風呂はどうするのかと思ったら、地下に大浴場が用意されていた。
まさか地下にあるとはね。実はここって修学旅行で使う宿舎なんじゃねえのか。

入浴後、歯磨きも済ませて寝るだけとなった。
入浴等に必要なものはすべて学園側が用意してくれる気前の良さだ。
まったく信じられねえぜ。

俺はクソ(トイレ)を済ませ、あとは寝るだけだと廊下をのんきに歩いていた。

「そこのあなた」

振り返るとそこにはユウナさんがいた。
まさか俺を呼び止めたのかと思いキョロキョロしたが、
残念なことに廊下には俺しかいなかった。

「怖がらせてしまったら、ごめんなさいね。
 あなたが私の近くを通りかかったから声をかけてみたの」

「は、はぁ……そうなんしゅか……。お疲れ様っす」

俺の心臓は風船みたいに、はちきれそうになっていた。
ユウナさんは普通に話してるつもりなんだろうが、
全身から発する権力者のオーラがやばい。
直ちにロレツに影響が出るレベルだ。

「うふふ。あなたは寺沢アツト君ね。さっきね、飛鳥家の
 ルナちゃんとお風呂でお話しさせてもらったの。
 アツト君は冗談がうまくて面白人らしいわね」

「は……はは……光栄っすね。俺はバカなんで
 人を笑わせるくらいしか能がないっつーか」

「ふふ。ガチガチに緊張しててかわいいわね。
 私はあなたを取って食べたりはしないわ」

    (; ・`д・´) なんで俺に話しかけてきた……?
        何が目的だ……? ざわざわ……。
             会話には細心の注意を……!! いな……!!
       駆け引きなど考えるだけ無駄……!!

俺は思ったことは何でも口にする勇者だと高校では定評があった。
その実力を見せてやるぜ!!

「き、緊張するなって方が無理っすよ……高倉閣下は学園の教頭先生です……。
 俺みたいな底辺の人間が……お話しできる方じゃない……」

「共産主義では全人民が平等。階級の差なんかないのよ。お忘れかしら?
 ましてここは孤島の訓練場。資本主義の古臭い風習は存在しない。
 私の名前は同志ユウナと呼んでくれてけっこうよ」

同志閣下は、俺にこの後時間はあるかと訊いた。
もちろんあるに決まっている。なんという愚問……!!

「少しお話しをしましょうか。部下にコーヒーを淹れさせるわ」

三階のテラスに案内される。7月の海風は心地良い……!!
海面が月光に照らされている。寄せては返す波の音が素晴らしい。
俺は内陸育ちなので海を見ることは奇跡であり感動だ。
潮風をたくさん吸い込んで深呼吸した。

椅子に腰かけた同志ユウナは、
マグカップを手に持ちながら話を始めた。

「私はね。あなた達がどんな人なのかを知っておきたいと思っているの。
 さっきはルナちゃんと長湯してたくさんおしゃべりしたわ。
 屈託がなくて良い子だった。共産主義者は純粋で正義感に
 あふれる人が向いているから、あの子はぴったりね」

「確かにあの子は、良い子っすよね。
 初対面なのに話してると安心するっていうか」

「あなたは本心では共産主義なんてどうでもいいって考えてる?」

「なっ……」

やべえ。いきなり本心を突かれた。実は最近では訓練して体を鍛えること自体は
悪くねえと思っていたんだが、ボリシェビキの思想にまで洗脳されてわけじゃねえ。
そもそも俺がこの合宿に参加する原因と言えば、ボリシェビキと知らずに
愛と付き合っていたことだしな。ビラも破いて捨てちまった。

「……粛清されるのを覚悟で言わせてもらいますね。
 ぶっちゃけボリシェビキってどういう思想なのかよくわかってないっす。
 なんとなく資本主義が悪だってのは分かるんすけど、俺バカな大学生なんで
 あんまり政治経済のことはくわしくないっつーか。気に障ったらすみません」

俺は土下座する勢いで頭を下げていた。拷問される未来を想像しながら。

「ふふ」

ユウナさんは機嫌がいいのか、風に揺れる髪をなでている。
まるで孫をいとおしむバアさんのような余裕のある態度だ。
怒ってねえ……のか……?

「太盛さんの評価は正しいわね。アツト君は正直者。
 うん。私もあなたのこと気に入った」

「え……」

俺とルナには共通点があるらしい。それは正直なこと。
「共産主義の思想を理解した」なんて奴はむしろ信用できないらしい。
一年勉強したところで理解できるものではない。
そんな単純な話ではない。重要なのは資本主義に疑問を持ち、
革命を成功させるための努力を続けられるかどうか。

少なくとも2週間の訓練を経て、船から脱走もしなかった
俺たちはそれだけでユウナさんのお気に入りになっているらしい。
彼女が自らこの合宿?に参加したのもそのためだ。

「話はこれで終わりね。アツト君、蚊に腕を刺されているわよ。
 この薬を塗って頂戴。返す必要はないわ。記念にあげる。
 さ、明日も早いから、寝てしまいましょう。おやすみなさい」

ユウナさんはまくしたてるように言い、去っていった。
俺も自室へ戻ってベッドに寝転ぶ。緊張がまだ解けなくて
寝れそうにねえ。

そして次の日に、ユウナさんからの重大発表があるのだった。


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