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作品名:令和10年 兄妹の物語 第二シーズン 作者:なおちー

第16回   美雪「(* ̄- ̄)マッカーサー元帥って悪い人じゃなかったのね」
GHQ=連合国軍最高司令部。そのトップはアメリカ合衆国である。

マ元帥= マッカーサー元帥の略称である。
     当時の朝日新聞を初め、メディアの文体ではよく使われてた。

すなわち、わが日本国を五年間にわたり保証占領したGHQについてこれから説明する。

1945年8月15日。大日本帝国はついに連合国軍に無条件降伏をした。ポツダム宣言
 同年9月8日。サンフランシスコ平和条約・締結。これが正式な降伏宣言である。
  
世界中の国は、9月8日が日本国による侵略戦争終結日と考え、
社会科の教科書にもそのように記載している。
これは日本国民にはあまり知られていない事実である。

マ元帥「うーっす。俺は支配者として日本国に降り立ったぞ。
    思えばここまでくるのに長い道のりだった」

開戦当初、日本軍によるフィリピンのコレヒドール要塞占領。
当時同島にいたマ元帥は、オーストリアにまで逃げ込んでから
態勢を立て直し、紆余曲折を経て日本の軍事力を撃破した。

ここまでくるのに三年半もかかった。
「俺は再び戻ってくる」英語で宣言した言葉通り、
ついにフィリピンを陥落させ、硫黄島、沖縄も占領した。

沖縄戦の被害はすさまじかった。
米国海軍は1400隻の艦艇、20万人の陸戦戦力を投入した。

わずか3か月余りの戦いで、
艦艇360隻の損傷(若干の沈没も含む)と陸海含めて兵力8万名の死傷者が出た。
その後、日本国本土に侵攻したら少なくとも「100万人」以上の死傷者が出ると
警告され、米軍も米政府も震えあがっていた。

二発の原子爆弾の投下。
ソ連の対日参戦による満州朝鮮の関東軍の壊滅。

この二つの要因によって日本国の全ての希望は絶たれた。
神武天皇が即位してから2600余年。
一度も対外戦争で負けたことのない不滅の神国は、敗北を知る。

マ元帥「これから日本を保証占領して戦争ができねえ国にすんぞ!!
    とりあえず俺様の執務室を用意しろ!!」

※マッカーサーの執務室。Wikiより引用

第一生命館は、皇居を見下ろす地上8階建てのビルであり、
天皇の上に君臨して日本を支配するマッカーサー総司令官の
地位をよく現わしていた。

しかし、マッカーサーが執務室として選んだ部屋は
さほど広くもなく、位置的に皇居を眺めることもできず、
階下は食堂であり騒がしい音が響いていた。

マッカーサーの幕僚らの方が広くて眺めもいい快適な
部屋を使用していたが、マッカーサーがわざわざ部下より質素な
執務室としようと考えたのは、強大な権力を有しているが、
それを脱ぎ捨てれば飾り気のない武骨な軍人であるということを
示そうという意図があったためである。

しかし、実際にはマッカーサーの幕僚らにより第一生命には
「一番よい部屋を」という要望がなされ、
マッカーサーの執務室として準備さたのは第一生命の社長室。

壁はすべてアメリカ産のくるみの木、床はナラ・カシ・桜・
コクタンなどの寄木細工でできたテューダー朝風の
非常に凝った造りとなっており、第一生命館最高の部屋であった。


マ元帥「日本国の憲法を作り直さねえとなぁ」

マッカーサーには大統領ハリー・S・トルーマンから
『米国史上空前の全権』が与えられていた。

天皇と日本政府の統治権はマッカーサーに隷属しており、
その権力を思う通りに行使できる。我々と日本の関係は
条件付きのものではなく、無条件降伏に基づいている。

マッカーサーの権力は最高であり、
日本側に何の疑念も抱かせてはならぬ。日本の支配は、
満足すべき結果が得られれば、日本政府を通じて行われるべきである。

もし必要であれば、直接行動してもよい。
出した命令は武力行使も含め必要と思う方法で実施せよ。

連合国最高司令官政治顧問団特別補佐役としてマッカーサーを補佐していた
ウィリアム・ジョセフ・シーボルドは「物凄い権力だった。アメリカ史上、
一人の手にこれほど巨大で絶対的な権力が握られた例はなかった」と評した。


部下「元帥閣下。昭和天皇がお話ししたいって言ってますけど」

マ元帥「んだよ。あんな奴と話したくねけど、しょうがねえ。
    あっちから来るように伝えろ」

元帥(´-`).。oO(日本人民を奴隷化していた嫌な奴なんだろ。
         自分のことが神とか思ってるクソ野郎だ。
         カミカゼ隊員の命は、自分の髪の毛一本より軽いとか言ってたそうだ)

そして昭和の天皇陛下が元帥の元へ足を運ぶ。
元帥は当時無礼にも出迎えすらしなかったが、
当時の米国民の感情を考えれば当然とも言えた。

天皇陛下
「元帥様。私の命はささげます。私を好きなように処刑してくださって結構です。
 その代わりどうか、残された日本国の民を救ってあげてください」

マ元帥
「な!?Σ(゚Д゚) おまえ何言ってんだ」

天皇陛下
「お願いします。お願いします。敗戦直後の日本では飢餓が発生しています。
 私は殺してくださって結構です。どうか日本国民を飢えさせないでください」

マ元帥
「(;´・ω・)お、おい。土下座までするなよ!!
 俺は確かに国連軍の最高権力者だが王族じゃねえんだ。
 そもそも、おめえは政府の戦争指導には関わってないんだろうが」

大日本帝国憲法下でも天皇陛下には政治に関与する権利がなかった。
真珠湾奇襲攻撃、満州事変のいずれにも天皇陛下に権限はなく、
御前会議にて事後報告を聞かされただけだった。
そしてそれはマ元帥もよく知っていた。

その後、11回にわたる会談が行われた。
のちにマ元帥は、昭和天皇陛下のことを「最高の紳士」とまで称し、
二度とバカにすることはなかったという。

マ元帥
(´-`).。oO(日本国にとって天皇は柱だ。この人を中心に日本の島国は
        一致団結して戦っていた。この人を失ったら日本国を
        支える柱がなくなってしまう。やはり天皇制は必要だ)

マ元帥「会談が終わったから記念写真でも撮ろうぜ(∩´∀`)∩」
陛下「わかりました」
マ元帥「あ…俺は陛下のこと嫌いじゃないからよ。記念に撮るだけだからな?」
陛下「は、はい」(優しい方でよかった(^o^))

マッカーサーの思いとは裏腹に、
この二人のツーショットは、日本国民に一生モノの傷を残した。

読者諸兄らも教科書やテレビで見たことがあるだろう。
軍服姿のリラックスした元帥と、
直立不動の正装した陛下が並んで映っているのである。

マ元帥は、両手をやや後ろ向きに腰に当て、気取った様子はない。
一方の陛下は、敗戦側の気負いもあり、緊張した面持ちだ。

新聞に掲載されたこの写真を見て国民は、

「これからは、元帥閣下が日本の最高指導者となるのだ……」
「私たちはアメリカに負たんだ…」
「天皇陛下より偉い方が、この世にいたのだよ」
「陛下のお姿が、あまりにも哀れじゃないか……」

マ元帥「おい朝日新聞社!!」

朝日「ひぃい!! なんでございますか元帥様!!」

マ元帥「なんでこの写真を新聞に載せやがったんだ!!
    日本国民が俺を天皇より偉いと勘違いしてるじゃねえか!!」

朝日「な、何か問題があるのですか。マ元帥様は日本国の支配者でなはいですか」

マ元帥「この馬鹿野郎が!!」

朝日「うわああああ!!」←腰を抜かした。

マ元帥「俺は天皇より偉くなった覚えはねえぞ!!
     今は大統領の命令で5年間日本を保証占領して
     まともな国に戻してあげてるだけだ!!」

マ元帥「天皇もこの報道を知ってショックを受けてるんじゃねえのか!!
    彼にも謝れよ!! なんでおまえらはそんな報道しか出来ねえんだ!!」

朝日「申し訳ありません!! 責任者をあとで切腹か銃殺刑にしておきます」

マ元帥「そんな野蛮なことをしなくていい!! 
    そういう日本の悪い風習をなくすために俺が憲法を変えてやるんだよ!!
    もうどっか行けよおまえ」

朝日「すみませーん」ダッシュで逃げる

翌日。

マ元帥「グッモーニン。どいつもこいつもアホばっかりで疲れるぜ。
    おいコックさぁ」

コック「は、はい」

マ元帥「今日の朝食はスクランブルエッグが食べたいぜ」

コック「ただ今調理してまいります」

その後、数時間してもコックは戻ってこなかった。
昼の三時に差し掛かろうという時であった。

コック「(>_<)はぁはぁ……遅れてしまって申し訳ありません。
    スクランブルエッグをご用意しました」

マ元帥「いやいや。どういうジョークだよ。
    俺自身もうスクランブルエッグなんてどうでもいいわ。
    なんでこんな時間までかかったの?」

コック「実は、東京は焼け野原となってお店もやっておりません。
    そのため部下と一緒に地方まで出かけて、たった一つの
    新鮮な卵をわけてもらいました。そのため時間がかかってしまったのです」

コックは、マ元帥に食材がないと報告するのが怖くて、
何時間もかけて卵を探してきたのだと言う。
日本国民の生真面目さと、戦後日本の貧しさを物語るエピソードである。

マ元帥「そ、そうか…。ご苦労だった。行ってよし。
    おめーの作ってくれた
    スクランブルエッグは美味しくいただくぜ」

コック「は、はい」(叱られなかった…? 日本人なら怒鳴るのに)

コック「今は食事時ではありませんし、お口に合わなければ
    残してくださって結構です」

マ元帥「たぶん残さねーから安心しろよ」
     (貴重な卵を残せるわけねえだろ…( &#728;ω&#728; ))

そして別の日。

マ元帥「おいMPども!! 進駐軍の兵隊どもよ!!」

MP=アメリカの憲兵

兵隊たち「なんすかぁ元帥?」

マ元帥「おめーら、今日の昼飯持ってんだろ」

兵隊「レーションっすね。
   缶詰とかたくさん持ってますけど、それが何か?」

マ元帥「今日はお前ら昼飯抜きだ」

兵隊「へ!?」

マ元帥「そこに軍用トラック(ジープ)がある。
    トラックが満杯になるまで缶詰など食料を満載にしろ。
    そしてそれを庶民共に配ってやれ」

兵隊A「俺達の昼飯を日本人なんかにあげちゃうんですか!?」
兵隊B「あんな奴ら、勝手に飢え死にすればいいのにー」
兵隊C「俺も弟が日本軍に殺されたから恨んでますよ正直」
兵隊D「ジャップはその辺の石ころでも食ってればいいんだww」

マ元帥「うるせえ!! いいから配ってやれ!!
    いま日本は貧しくて闇市で満州から持ってきた
    人肉まんじゅうが売られてるほどなんだぞ!!」

兵隊「ちぇ……」 トラックへ缶詰を満載する。

運転手「じゃ、行ってきまーす」

マ元帥「ちゃんと市民たちに配ってやれよ?
    くまなく市内を回てやれよ?」

運転手「ちーっす。わーってますよ。元帥の命令ですからね」

(´-`).。oO(この国の貧しさは俺が想像していた以上だった。
       どうすればこの国が一日でも早く復興するのか)

国民A「マッカーサー様、貴重な食糧を分けてくださってありがとうございます」
国民B「おかげさまで幼い娘にお肉を食べさせてあげることができました」
国民C「ありがとうございます。ありがとうございます」
子供「チョコレートって甘くておいしい(^^♪」
 
ペコペコ m(__)m  m(__)m  m(__)m m(__)m <m(__)m>

マ元帥「ふ、ふん。兵隊どもがダイエットしたいから
    食料を配ってたんじゃねえの?
    それと俺に頭を下げなくていいよ…」


極東国際軍事裁判が開かれる。
戦勝国側による、日本国の軍事犯罪者を裁くための国際司法裁判である。
まさに人類史上空前の規模の裁判であった。

各国から派遣された判事を見ると規模の大きさがよく伝わる。
そして英語も分からぬものが参加させられた茶番であることも分かる。

※Wiki

裁判官・判事
ウィリアム・ウェッブ(オーストラリア連邦派遣)
- 裁判長。連邦最高裁判所判事。

マイロン・C・クレマー少将(アメリカ合衆国派遣)
- 陸軍省法務総監。ジョン・パトリック・ヒギンズから交代。

ウィリアム・パトリック
(グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国派遣)
- スコットランド刑事上級裁判所判事

イワン・M・ザリヤノフ少将(ソビエト社会主義共和国連邦派遣)
- 最高裁判所判事。陸大法学部長- 法廷の公用語である英語を使用できなかった。

アンリー・ベルナール(フランス共和国派遣)
- 軍事法廷主席検事 - 法廷公用語である英語を十分使用できなかった。
後述のパール判事やレーリンク判事とは別の考え方で7人の死刑に反対した。

梅汝&#29832;(中華民国派遣) - 立法院委員長代理。
シカゴ大学・ロー・スクール法務博士取得者だが、法曹経験はなかった。

ベルト・レーリンク(オランダ王国派遣)
- ユトレヒト司法裁判所判事。
自らの個別意見書の発表は、パールが「反対意見」を
公表すると主張した副産物であったとした。

エドワード・スチュワート・マクドゥガル(カナダ派遣)
- ケベック州裁判所判事。

エリマ・ハーベー・ノースクロフト(ニュージーランド派遣)
- 最高裁判所判事。

ラダ・ビノード・パール(インド派遣)
- カルカッタ高等裁判所判事。
東京裁判では平和に対する罪と人道に対する罪とが
事後法にあたるとして全員無罪を主張。

デルフィン・ハラニーリャ(フィリピン派遣)
- 司法長官。最高裁判所判事。日本の戦争責任追及の急先鋒で、被告全員の死刑を主張。
日本軍の捕虜としてバターン死の行進を経験。
弁護側は被害者側による客観性の欠如を理由に忌避を申し立てたが、却下された。


これらはすべて日本国と交戦状態にあった国である。
日本は先の大戦でこれだけ多くの国と戦っていたのだ。

アジアの島国が、たった一国で、日中戦争を含めて
実に7年間もこれほどの国々と戦争が継続できた、
という事実に筆者は震えるばかりだ。

日本軍による外国人捕虜の強制収容所送り、
虐待、強制労働、拷問は、戦争期間中に絶えず行われていた。
日本によって被害を受けた国は白人国家だけでも
米英蘭仏、NZ、豪州、ソ連と多岐にわたる。

インド・ソ連を覗いたほぼ全ての国が、天皇の死刑を要求。

ニュージーランド「天皇はしねえ!! 侵略戦争の罪を全部背負え!!」
オーストラリア「逆さはり付けにして、じわじわと殺せ!!」
英国世論「悪魔のヒロヒトは絞首刑がふさわしい!! 人間の屑だ!!」

マ元帥「うっせえ黙ってろ!! 
    おめーら日本の歴史も天皇の人柄も知らねえくせに、
    勝手なことこと言うんじゃねえ!!」

中国「天皇死刑!! クズは死ね!! 天皇死刑はやくー!」

マ元帥「天皇が処刑されたら日本人が怒って内乱が発生するぞ!!
     日本国の復興が遅れても良いのか!!」

中国・イギリス「そんなの知るか!! 死ねー!!」
NZ・豪州「死ね死ねー!! ヒロヒト。早く死ねー!!」

マ元帥「ええい、てめえら黙れ黙れ!!
    天皇の死刑反対は、うちの大統領も賛成してくれてるんだ!!
    天皇がいねえと日本国民は生きる希望を失っちまうんだよ!!
    俺は断固お前らに反対するからな!!」

ここでGHQ最高司令官の権限を利用し、天皇の死刑要求を撤回した。
A級、B級戦犯などは予定通り裁かれたが、昭和の天皇陛下の命は彼が救ったのだ。


・平和憲法の制定
大日本帝国を基に作成。
第一条が天皇から始まるのはそのためだ。

当時の政府与党が作成した草案に対し
元帥たちがダメ出しをして現在の形に作らせた。

マ元帥が重視したのは下記の三原則だ。
「天皇を元首とする、戦争の放棄、封建制度の廃止」

基本的人権の尊重もこの時に作られた。
すべて国民は、健康的で文化的な最低限度の生活を
営む権利を有する。また拷問の禁止も含まれていた。

そして神風特攻隊のような悲劇が生まれないために、
軍部による独裁が二度とおこなわれないようにしてくれた。

マ元帥「ま、こんなもんだろ。
    そろそろ5年経つから保証占領終わりにすんぞ」

吉田茂「ははっ。これにて日本国は主権を回復しますね。
    さっそく私が内閣を作ります」

・朝鮮戦争勃発。

今の北朝鮮軍と韓国軍の血みどろの戦い。

米陸軍、海兵隊は朝鮮に上陸。韓国軍と力を合わせ進撃。一気に押す。
困った北朝鮮軍は、中国から無尽蔵の兵力の供給を受け猛烈なる反撃。
逆にアメリカ・韓国側は大ピンチ。

マ元帥「俺も韓国に上陸して直接指揮を執ってくるぞ」

吉田「はっ。左様ですか。無敵の元帥閣下が行けば楽勝ですな」

マ元帥「じゃあな。日本のみんな。ちょっと朝鮮まで行ってくるぜ」

朝日新聞「マ元帥閣下!! ついに日本の港を出港!! 
     その勇姿に国民は惚れ惚れする!!」

国民A「おきをつけてー(^○^)」
国民B「いってらっしゃいませー(^○^)」
国民C「元帥はかっこいいな。朝鮮軍なんてイチコロだ!!」
子供 「元帥のおかげで生まれて初めてチョコや
   チーズを食べれたよ!! 頑張ってね!!」

その後。

マ元帥「だめだ……中国軍の兵力が多すぎて倒しきれねえ」
韓国「そろそろ戦争するの疲れてきたぞ…」

中国軍「米兵は簡単に倒せるぞ。日本軍より根性もないし弱いぞ」
密かに参戦していたソ連兵「うんうん」
スターリン「みんな頑張れ!! 米兵なんて日本に比べたら弱いぞ!!」

※実話。なぜか中ソの間では、日本軍の方が米兵より強いことが常識となっていた。
嘘だと思って筆者がイギリス人の学者が書いた文献まで調べたのだが、本当だった。
いかに日本陸軍が強者だったか分かる。

マ元帥「こうなったら、最後の手段だ」
韓国「へ?」

元帥閣下も戦争の長期化を恐れての判断だったのだろう。
また日本の保証占領の最中、すぐさま朝鮮戦争に
従軍したこともあり、精神的にも大きな負担を抱えていたのだろう。

元帥「北京に原爆を投下しろ!!(34発も)」
世界「えーーーーーーΣ(゚Д゚)」

この案にトルーマン大統領が激怒し、マッカーサーを指揮官の座から降ろした。
同時に本国への召還命令を受けたマッカーサーは、さすがに意気消沈としていた。

米国内では

世論「ばかやろー!! 戦局悪すぎて戦争終わらねえぞ!!
    最初は楽勝とか言ってたくせに嘘つき!!」

マスコミ「北京へ原爆投下は、米ソとの
     全面戦争に発展して第三次大戦になる。
     まさに気が狂ってる」

ニミッツ提督
「奴は目立ちたがりの口だけ野郎。戦争中も俺達海軍の
 作戦にいちいち反対し、真反対の作戦をたてやがって。大嫌いだ」

トルーマン
「私も奴がGHQの司令官になるのは初めから気に入らなかったんだ。
 議会と世論の圧力に寄ってやむなく任命しただけに過ぎん。
 ちょっと戦局が悪いからって原爆投下とか言い出すアホは首だ」

マ元帥
「ち、ここでは俺の味方はいねえようだな」
(日本にいた時は、それなりに感謝されていたんだがな)

彼はGHQの最高司令官を解任された。
その後の元帥は、米国各地を回って講演活動をした。

「老兵は死なず。ただ消え去る去るのみ」

議会でのこの発言は、多くの米国民の記憶に残ったことだろう。

マ元帥がその後、歴史の表舞台に立つことは二度となかった。
日本人の多くは、彼が最高司令官の座を首にされた事実を知らないだろう。
たぶん教科書にも載っていないと思う。


元帥が日本を去る時のエピソードである。
※Wiki

フーヴァーの忠告通り直接帰国することとしたマッカーサーは、
4月16日にリッジウェイに業務を引継いで東京国際空港へ向かったが、
その際には沿道に20万人の日本人が詰めかけ、
『毎日新聞』と『朝日新聞』はマッカーサーに感謝する文章を掲載した。

マッカーサーも感傷に浸っていたのか、
沿道の見送りを「200万人の日本人が沿道にびっしりと並んで手を振り」と
自らの回顧録に誇張して書いている

首相の吉田茂は「貴方が、我々の地から慌ただしく、
何の前触れもなく出発されるのを見て、私がどれだけ衝撃を受けたか、
どれだけ悲しんだか、貴方に告げる言葉もありません」
という別れを悲しむ手紙をマッカーサーに渡した。

4月16日には衆参両議院がマッカーサーに感謝決議文を贈呈すると決議し、
東京都議会や日本経済団体連合会も感謝文を発表している。


ダグラス・マッカーサー(スコットランドの貴族の移民)
1964年4月5日(84歳没) 最終階級はアメリカ陸軍元帥だった。
この軍人が日本国民の飢えを救い、天皇制を存続させ、
平和憲法を制定したことを忘れてはならない。

すべて国民は、文化的で最低限度の生活を営む権利を有する。

その権利は、すでに自民党によって奪われようとしている。

老後の年金問題。2000万ないと95歳までに飢え死に。
女性労働者の三割はワープア。年収200万以下。
子供の五人に一人は貧困。親の手取り月11万以下。
国家の借金1000兆越え。国民にさらなる増税を強いる。
自殺者は年間2万人以上。過労死自殺多数。

天国にいる元帥
(´-`).。oO(今ごろ日本国民は飢えずに暮らせているのかな)

もはや、この人に返す言葉もない。


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