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作品名:令和10年。財政破綻と強制労働と若い兄妹の絆の物語 作者:なおちー

第9回   シブヤ美雪は切れると結構怖いのだ
※みゆき

兄が会社でいじめられていることが許せません。

いじめの定義は人によって違うので一概には言えませんが、
兄の場合は完全ないじめでしょう。
しかも不当な理由によるものです。

2話くらい前の話で説明したかもしれませんが、
兄は、私とのキスシーンの動画を拡散されてしまいました。

「シスコン野郎」「リアル近親相関」「新手の変態」
兄はそんな感じで陰口を叩かれているそうです。特に女の人たちに。

私は顔も見たこともないババアどもに強い殺意を抱きました。
あいつらは知性も教養もなく、体も太り気味で不健康。
私が一番気に入らないはデブが多いことよ!!
休みの日に運動をしなさいよ!!(私も運動してないけどね…)

一番腐っているのは脳みそね。人の悪口を言わないと
生きていけないんだから。主婦の井戸端会議を見て見なさい。
取るに足らない日常の不平不満を愚痴として周囲にまきちらす茶番会。

(私の愚痴はたまにお兄に聞いてもらってるけどね…)

くっだらない!! まさに低能!! ていのー!!

だってあいつらの話って建設的じゃないんだもん!!
過去のことはいいから前に進みなさいよ!!

私は将来結婚しても、ああはならないって決めてる。
知り合いの台湾人のエリート大学生が言っていたわ。

「日本の女は表立って悪口を言わないけど、陰ではひどい。陰湿」

ほんこれ。(ほんとうにこれの略)

「おい、美雪?」

ずっと黙り込んでしまった私をお兄ちゃんが心配そうに見つめています。

「やっぱり考え直したくなったのか? もし嫌だって言うなら
 無理に止めはしないが。もともと計画を考えたのはおまえだからな」

「違うの。ちょっと考え事をしちゃって」

夜の九時半。私達は気が付いたら坂上瞳のアパートの近くまで歩いていました。
GW明け。夜はまだ湿度がなくて涼しい。雲がなくてお星さまもたくさん出てる。

こんな素敵な夜に、私たちは火炎瓶を片手に道を歩いています。
最近は戦車や装甲車で武装する人が後を絶ちませんから、
警察に通報される心配はありません。

火炎びんを持ってるくらいだと花束を持ってお散歩してるくらいの
認識しかないのでしょう。

さて。いよいよアパートに火炎びんを投下する直前の段階まで来ました。

「お兄ちゃん。聞いて」

「なんだよ? 早く犯行を終わらせて帰らないとヤバいんだぞ」

「私が今一番ムカついてるのはね。お兄ちゃんの会社にいる人たちなの」

「……昨日も聞いたよ。終わってからゆっくり聞くんじゃだめか?」

「だめ。今聞いて」

私は、兄妹で仲が良すぎるとすぐに近親相関につなげようとする
お馬鹿さんの想像力のなさと知性の乏しさを説明しました。

これから行われる行為は、世間の偏見に失望した、私達若者の
むしゃくしゃした気持ちの表れである。全世界のブラコンとシスコンに
大いに賛同を求める意味もあり、もはや日本のみならず国際的な視点からも
大いに称賛される行為であって、単純な犯罪行為には当てはまらないと。

お兄ちゃんはドン引きして私から距離を取りました。
少しショックでした。

「お前の気持ちはよく分かったよ。それじゃあ、
 その気持ちを思いっきり坂上にぶつけてやろうぜ」

兄は何者かに肩を叩かれました。

「私がどうかしましたか?」

「えっ」

その時の兄の顔は、母親と三日間はぐれて満足に
えさが食べられなかった時の
うりぼー(イノシシの子供)にそっくりでした。

「シブタニ君には失望しましたよ。
 私の家のアパートを破壊しようとしていたんですね」

「さ、坂上さん……ち、違うんだよこれは。違うんだぁ!!」

「何が違うんですか? 
 どう見ても火炎瓶を投げ込むようにしか見えませんでしたよ。
 ちなみに私はさっきの会話も全部聞いてましたからね」

この妙齢の美人は、なぜかフチなしの眼鏡をしていた。
茶色の長い髪の毛を後ろでまとめている。
恰好は紺のジーンズ、白のロンT。かなりラフな格好。
首にスポーツタオルをしているけど、運動でもしていたのかな。
セブンイレブンの袋を持っている。

「アパートを燃やされたら私の住む場所ががが!!
 無くなっちゃうじゃないですか。
 人様の住居を放火するのって日本の刑法では最高刑が適用されますよ。
 つまり死刑ってことですね。じゃあ死んでください」

「待って!!」

坂上は私の声にびくっとし、銃を取り出した状態で止まった。
この人は普段から銃を持ち歩いてるの? てゆーかどこから出したの。

「私はあんたの正体を知っている」
「招待?」
「漢字が違う」
「パソコンの変換があほなのよ。それで正体ってのは?」

「坂上瞳は社長令嬢なんでしょ。今はボロっちいアパートに住んでいて
 身分を隠そうとしているけど、お父さんが経営者だものね。
 賢人お兄ちゃんが勤めている、ペンタック・グループの最高責任者!!」

うりぼー(兄)は驚愕し、火炎瓶を地面に落としてしまいました。
まだ火をつけてなくてよかったね

坂上は何も返事をしない代わりに、眼鏡ふきでメガネを丁寧に拭いています。

「坂上さん。妹の言っていることは本当か?」

坂上さんは、コンビニの袋をガサガサ漁ってアイスを取り出しました。
ガリガリ君のコーラ味? てっきりハーゲンダッツでも買ってるのかと思った。
金持ちのくせになんでそんな安物を……

兄もそのことが気になったようで

「黙ってるのは黙認したのと同じだ。へえ、そうか。あんたが
 社長令嬢だったなんて知らなかったよ。
 確かに考えてみれば…歩き方とかいちいち品があったもんな」

「そんなお嬢様がガリガリ君? 家賃4万円のアパート? 
 しかもレオパレスだろあれ。
 なんか火炎瓶を投げなくても自然と燃えそうじゃないか。
 今年の株主総会とか修羅場確定。地獄だろうな」

『株主総会』の部分で奴のまゆげが微動しました。

坂上は何を考えてるのか、上品にガリガリ君を食べ始めました。
食べるといっても舐めてるだけだから、絶対途中で垂れてくると思う。

「人と話すときに目を合わせなさいって教わらなかったのか?
 金持ちのくせに人のキスシーンを拡散させたりなんて
 ずいぶん低俗なことをしてるじゃないか」

坂上は、ガリガリ君を持ちながら震えています。なんで震えてるの。

「そもそもさ」

兄は得意げになって両手を広げて演説を始めました。

「ペンタックの主要な取引先はユニクロ(ファースト・リテイリング傘下)と
 無印良品(良品生活)だ。どっちも業績が絶好調だから製品受注が山のようにある。
 令和の大不況の中でペンタックほど設備投資をしてる会社はめずらしいぞ。
 そんなお金持ちの会社の娘さんが、なんで時給210円で働いてるんだよ」

坂上もお兄ちゃんと同じく派遣社員なので時給210円です。
時給210円でどうやって食べていくのよって読者の皆さんも思いますよね?
一時間働いて210円ですよ。210円。小学生の遠足のお小遣い以下じゃないですか。

夜風が肌をかすめました。坂上の無駄にサラサラな髪が風に揺れます。
どんなシャンプー使ってるんだろう。
ガリガリ君は次第に溶けだしてきて、坂上の手に滴り落ちます。

それでも坂上は何も言い返しません。
この前はあんなにお兄ちゃんにキスしなさいって叫んでいたくせに。
他にもたくさん暴言を吐いた。童貞とか言ってたよね。

「童貞とは言われてないと思うぞ」
「そうだったっけ?」

「それよりどうなんだよ。相模さん? あ、悪い。
 坂上さんだったよな。名前間違えちまったwww」

兄はどんどん調子に乗っていきます。

「黙ってるってことは都合の悪い事情でもあるのか? あ?
 まさか大塚さんちのかぐや姫さんみたいに父親と喧嘩でもして
 家を追い出されちまって行くところがないってかwwww
 おwww? どうなんだよ。黙ってないで答えて見ろよwwww」

お兄ちゃんの口調から相当なストレスをため込んでいたことが
うかがい知れます。不良っぽい兄を見れるのは新鮮です。

「令和10年のご時世で働く奴は奴隷。割に合わねえと思わないのか?
 金持ちのお嬢様なら家で引きこもって結婚相手でも探してろよwww 
 あ、美人なのに30過ぎても独身なのは性格に問題があるからかwwww」

坂上は小刻みに震えてるだけで何も答えません。
ガリガリ君の半分が溶けてしまっているのに。
長い前髪が彼女の瞳の半分を隠しています。
まつげ、ながっ!!

「私を金持ちと呼ぶなぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁ!!」


私はひっくり返りそうなほどの衝撃を受けました。
現に兄はしりもちをついています。

「私はね、金持ちとかお嬢様って呼ばれるのが一番嫌なの!!
 小さい頃からそうだった!! 社会人になってからも同じ!!
 家でも質素に暮らしているし、みんなと同じご飯も食べてるし
 スーパーで買い物もするし、回転ずしも普通に行くよ!!
 なのにみんなが私をお嬢様って呼ぶの!!」

発狂お嬢様の話が長かったので要約しますね。

・ペンタックで派遣をしているのは金持ちと思われたくないから
・レオパレスで暮らしているのも同様の理由

・時給210円なら他の女の子と同じ条件
・ならば、収入において差がないから逆差別を受けることがない

※逆差別
お金持ち過ぎて周りから疎まれること。
この女は無駄に顔が整ってるから余計に嫉妬される。特に同性に。
女社会で美人は、周りから崇拝されてグループの中心になるか、
酷い嫉妬をされて蹴落とされるかのどっちかなんだよね。
学生の頃はグループのトップだったと思うんだけど。

『坂上さんってお金持ちなんでしょ。うやらましいなぁ』
『動作にいちいち品があるよね。家では高い紅茶とか飲んでるの?』
『ねえお嬢様。お父さんってどんな人なの。一度会ってみたいなぁ』

こんな会話をすると奴は内心でブちぎれるそうなの。
どんだけ困ったちゃんなの。金持ちなのは良いことじゃない。

「大いなる矛盾である」

兄がアリストテレスを彷彿(ほうふつ)させる仕草をした。
具体的に言うと足を組みながら、手の上にあごを置いたのだ。
歩道上で。

「坂上。貴様はアパートで暮らしているそうだが、時給210円で
 生活費がまかなえるわけがない。必然的に貴様の親父や母親から
 生活費が供給されていると考えられる。現に貴様の肌は血色も良く、
 他の労働者と違って金に困ってる人特有のせこせこした感じもない」

※セコセコした感じ。
常に時間に追われ、ネズミのような動作をしている労働者のこと。
給料日に振り込まれたお金を全額降ろす。
令和10年のおいては日本国民の9割が該当する。

「そのガリガリ君のコーラ味も。なぜにコンビニで買ったのだ?
 すぐ隣の業務スーパーがある。本当に庶民感覚をしているなら
 業務スーパーで買うだろう。差額で15円もあるぞ」

今は税率34%だから、15円差でも致命的な差が出るよ。

「これでも同じ職場に勤めている人間だ。
 俺とて貴様が金持ちなのだという噂を聞いたことは一度や二度ではない。
 現に貴様と一緒に行動してる村人三名(女の同僚。特徴のないザコなので村人扱い)
 も貴様を金持ちだとたびたび口にしているそうだな」

「好きで金持ちだって言われてるわけじゃないんですけど!!
 人の気持ちも知らないで偉そうに言わないでくれる!?
 私はみんなと同じ時給で働いてるんだからお金に差はないはずなのに!!

「なるほど。収入において差がないから
 資産額にも変化がないと。それが貴様の考えか。
 それに対する俺の答えは…」

――― いな!! 断じて否(いな)!!

アリストテレス、はんぱないっす(∩´∀`)∩

「俺の主張する矛盾とは、まさにそれである!!」

おにいの主張も無駄に長かったので要約します。
私は日経新聞を愛読してるので要約するのが得意なんです。

・他の労働者にとっての時給210円とは、
 生活に必要なギリギリ(というかマイナス)
 なお金であり、貴重である。

・どうやら坂上は親からの仕送りで
 毎月の生活費は全額払ってもらっている。
 自分で払うのはアイス代などの娯楽費のみ。

・四半期ごとに父親からブランド物のバッグや
 ネックレスをプレゼントされている。

・そもそも働かなくてもニートで一生食べていける

・学園生活の高野ミウさんと同じくらいの人生イージーモード。


ここまで理論整然と事実を並べられたのに、
なおも自らの主張を曲げない坂上はある意味あっぱれです。

「何と言われようと私は庶民なのよ!!
 他のみんなと変わらないわ!!」

うわーでた。
みんなと一緒じゃないとダメって女の思考回路。

ばっかじゃないの!!
私も女だけどこーゆーの最高にムカつく。

学生の頃によくあったよ。
自分一人だけ彼氏ができたら友達グループと疎遠になってハブにされるとか。
友達と同じ男を好きになっちゃったりとかね。

社会人になると一人だけ男性の上司や先輩に
可愛がられてる人がいたら陰口叩かれるらしいね。

それよりこの女の顔、チョーきれいなんだけど。
30過ぎなのにアニメの美少女と張り合えるほどじゃん。
リアルでここまで美人なのに独身な人、始めて見たよ。

「そこで騒いでるのは誰なの。ヒトミさん?」

The・金持ちって感じのご婦人が歩いてきた。
着物姿で髪型も古風な感じ。

話の流れからして坂上瞳の母親か。

「うげっ。ババア。なんでこんな夜中に来るんだよ」

「日中に来てもあなたは出歩いていることが多いから会えないじゃない。
 それより人様の前で乱暴な言葉遣いをするなって小学生の時から
 教えてるでしょ。覚悟はできてるんでしょうね?」

お母さんは猛獣を思わせる勢いで娘に腹パンをした。

坂上はまともに喰らってしまい、地面の上を
ごろごろ転がってから起き上がるのに2分もの時間を必要としました。

どうやら坂上家では娘のしつけをするのに腹パンを推奨しているようです。
主にお母さまが。

お母さんの容姿なんですが、漫画喫茶とかで並んでる少女漫画に
よく出てくる金持ちのキャラのお母さんって感じです。
見た目は若く見えるけど50過ぎなんでしょうね。
ちなみにお金持ちが出てこない少女漫画は基本的に存在しません(たぶん)
女の子は誰だって王族貴族みたいな生活に憧れるんですよ。

「ほらほら。ヒトミさん。この方々達はあなたの会社のお知り合いの方なんでしょう。
 挨拶くらいさせてくださいな。というかあなたが私のことを紹介しなさい」

「はいっ。お母さま」

坂上はボロボロになったTシャツの裾を整えてから
私達兄妹のことを紹介しました。この人の母親のことも
説明されたけど興味ないから聴いてませんでした。

金持ちは死んでよ。

「お二人は兄妹だったのねぇ。
 とおっても仲がよさそうだったから
 大学生のカップルか新婚の夫婦かと思ったわぁ。
 2人とも若作りで羨ましいわね」

「えへへ。よく彼氏彼女に間違われるんですよー」

兄が「おい」とか言ってるけど無視。

「うちの娘ったらこの年になっても独身だから困ってるのよね。
 縁談も何度も組んであげてるんだけど、独身を貫こうと必死で
 勝手に断っちゃうのよね。おかげでうちの家の評判がどんどん
 さがっちゃうわぁ。ねえ、ヒトミさん?」

「うぐぐ……」

坂上瞳は不良少女のような態度をしてる。
母の前だと弱いんだね。

「瞳が元気そうに暮らしてるなら問題ないわ。
 また来月も様子を見に来るから、電話にはちゃんと出なさいね」

「忙しくて出る暇がないのよ」

「ならラインでメールを送りなさいな。
 次に私の連絡を無視したら携帯代を払ってあげないわよ。
 あなたが欲しがってた5Gも無期限延期になるわよ」

「そ、それは困る」

「ならちゃんと親と連絡は取りなさい。
 女の一人暮らしなんだから、お父様も心配しているのよ。
 あなたの生活費を誰が出してあげてると思ってるの」

「クソ……それを言われると弱い」

「分かったのね?」

「分かりました。お母さま」

「それと、人前でみっともないことをしないよう気を付けなさいね。
 今日私をババア呼ばわりしたことはお父様に報告しておくわ。
 まったく、いくつになってもあなたは子供なんだから」

「ごめんなさい」

「先月も同じやり取りをしたことがあったわね。
 あなたはコンビニでアイスばかり買って。
 スーパーで安いものを買いだめしなさいと教えているのに…」

「うわーん。うわーん。ママ。ごめんなさーい」

うわー。ウソ泣きかよ。20代ならまだ可愛いで許されるけど、
その年でぶりっ子するなよ気持ち悪い。
歩道に女の子座りして両手を目元に当ててる。あんたは幼稚園児か!!

「かわいい…」

ちょ……。お兄ちゃんはこんな奴にときめいているの……?

お母さんは私たちにも「ごきげんよう」と言い、
品のあるお辞儀をしてから去って行った。

動作に品があり過ぎる……(~_~;)
金持ちって本当にごきげんようって言うんだ。

「あー、うっぜーなクソババアが。
 いくつになっても私をガキ扱いしやがってよぉ」

娘の坂上はぶつぶつ言いながらアパートの階段を昇って行った。
兄はどうしてしまったのか、彼女の後姿を最後まで眺めていた。

「俺は彼女のことを誤解していたみたいだ。
 今なら彼女のことも少しは分かってあげられそうな気がする。
 俺と美雪のキスを拡散されたことはどうでもいいんだ。
 俺は、今の俺の気持ちを抑えることができない」

と言って坂上瞳がペンタックの社長令嬢で
母に生活費を払ってもらっていることなどを
詳細に会社にばらしてしまうのでした。




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