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作品名:令和10年。財政破綻と強制労働と若い兄妹の絆の物語 作者:なおちー

第5回   お昼休みのチャイムが鳴る。
キーン・コーン・カーン・コーン ←チャイムの音

あっという間にお昼の時間かよ。

正直初めての仕事で緊張してるのと、
覚えるのに必死だったこともあり
時間なんて確認する余裕がなかった。

「空いてる席に座って食えばいいんだぜ」

中年男性の先輩にはそう言われたが、初めてなので勝手がわからん。
工場は12時ぴったりにお昼休憩になるのがまず驚きだよ。
まあ事前に派遣会社から話は聞いてたけどな。
ここで働いてると学校に通ってる気分になる。

わいわい。がやがや ←食堂の喧騒の音。

……。そんなに広くねえな。
大学の食堂に比べるべくもない。
ここじゃあ、せいぜい50人しか入らねえだろうな。

そんだけ従業員の総数が多くねえってことなんだろうが。

「女達はだいたい固まって座ってるから、
 そこは避けたほうが良いね」

先輩のアドバイスを思い出す。
俺だっておばさん達の近くで食べる趣味はないよ。
どうせ人の悪口とか愚痴で盛り上がってるんだろうからな。

俺はわざと5分くらい遅れて食堂に入り、年配の男性達が
座ってるところを狙うことにした。ここなら開きがあるみたいだ。
初日はコンビニでおにぎりとサンドイッチを買ってきたから早速食べ始める。

……き、気まずい。男連中は淡々と食べている。
俺のことなど視界にすら入ってないようだが、
おばさん達が遠目からチラチラ見てくる。俺は珍しい動物じゃねえんだぞ。

そういえば、「かぐや姫」の席はどこだ?
なぜだか無性に彼女のことが気になる。

姫は? 姫はどこだ……? ……いない。

姫……。

思い出したぞ。工場では自分の車で食べてる人もいるらしい。
時間の取れない営業マンか配達員かよ。
それとも自宅が近くで帰って食べてるのかもしれない。

味なんてさっぱり分からなかった。
俺は食後、駐車場へ出た。
深い意味はない。今日から夜遅くまでこのクソ工場で
缶詰にされるのだ。気分転換に外の空気を吸おうと思ったのだ。

「あ、お疲れ様です」

時が……止まった気がした。俺は玄関で靴を履き替えてる時に
この女とすれ違った。そして一瞬で目を奪われてしまった。

おいおい。誰だよ……この超絶美人は!!



あとで知ったことだが、あの時すれ違った美人の名前は
坂上さんと言って、職場ではちょっとした有名人らしい。
顔が整っていて性格も良く、独身で彼氏もいないそうだが。

まずあの顔で独身なことに驚いたよ。
俺はめったなことですれ違った人なんてじろじろ見たりはしないんだが、
あの人だけは特別だよ。

「そこの貴様」

へ? 貴様って俺のことですか主任さん。

「貴様以外に誰がいるのだ。用があるのでついてこい」

俺は午後一でなぜか主任に呼び出された。
なんだ……? 俺が仕事中なのは見てわかってるはずだが。

「一階の部署がそれなりに繁忙でな。
 少し荷物を運ぶのを手伝いたまえ」

あぁん? めんどくせえな死ねよ。
んなこと口に出したら殺されるから言えねえけどな。

一階に降りると、断裁工程?ってことに案内された。
いくつも並べられたパレットの上に、
印刷物を満載した箱が並んでいる(プラコンって呼ぶのか?)

印刷物を近くで見ると、女性用の下着だった……(下着の値札。写真がついてる)
メーカーはトリンプ? 男だからメーカー名なんて知るか。
ユニク〇ように出荷するらしい。
あとは無印良品向けの値札が大量に印字されている。

無印は無駄に高いよな。

「ぼーっとするな。ハンドリフターを使って
 エレベーターまで運ぶのが貴様の仕事である」

いちいち言い方が偉そうなんだよクソ野郎。
工場の主任ってそんなに偉いのか?

そもそもハンドリフターなんて使ったことねえよ。
        ※手動の小型フォークみたいなもの。

俺がそのことを言うと

「戸部。お前が指導してやれ」
「…はい」

背の低い女の人が俺に手ほどきしてくれた。
おっ。意外と簡単じゃねえか。

戸部さんって人は肌も綺麗だし、
見た目は若いけど明らかに俺より年上なのはわかる。
おいくつなんですか?
俺は馬鹿なんで口に出ちまったみたいだ。

「今年で34です」

まじかよ……。超絶美人だった坂上さんと同い年くらいにしか見えねえ。
最近の女性は若作りな人がゴロゴロいるから困る。
しかも身長が147センチくらいしかねえだろ。

なぜ具体的に分かるのかと言うと、俺は目線の高さから
相手の女性の身長が何となく分かる特技があるのだ。
なんの役にも立たねえ特技だけどな。

「おーい戸部さん。こっちも忙しいんだ。すぐ来てくれ」
「はーい」

中年の男性に呼ばれて戸部さんは小走りで去って行った。
せめて礼でも言おうと思ったのに少し残念だ。


エレベーターで2階へ物を運ぶ。
エレベーターのすぐ横に荷物を置いておく棚がある。
棚は4段となっており、製品ごとに分けておくようだ。
当然俺には正しい置き方など分からない。

バレンツ海で初めて漁師と対面してしまったイッカクの群れの
ような態度でおろおろしていると……

「もしかして置き場が分からないのですか?」

あの美人さんが声をかけてくれた。

「トリンプがこっちで、ゆにくろはこっちです。
 再印刷したものは、わたしか松井さんに直接渡してください」

お、おう……。

「入ったばかりでまだ何も分かりませんよね。
 分からないことがあったら何でも聞いてください」

天にも昇る気持ちだったね。ただの社交辞令なんだろうけど
それでもうれしいよ。坂上さんの名前はしっかり覚えたぜ。

しかし気になったのは、彼女が終始ニヤニヤしていたことだ。
マスク越しでも口角が上がっていたの分かってしまう。

おろおろしていた俺の姿が、やはり動物か何かに
見えてしまい、同情されてしまったのだろうか。

検品係の女たちがじろじろ見てくる。
何見てんだよ。うぜーからみんな死ねよ。坂上さん以外はな。

とはいえ、今日は良い気分だったんで
夜までルンルン気分で仕事を終えた。

問題が起きたのはそれから3日だった。



「貴様」

おう主任。
その貴様ってのは、俺のあだ名か何かか。

「シブヤがこの会社に入って何日になる?」
「まだ3日目ですが」
「先日貴様の生産したタグに大量の不良品が発見された」

なにぃ? どうやら昨夜8時以降に生産した分で
1000枚以上の不良品を出しちまったようだ。
いわゆる印字不良。バーコード付近の文字がかすれて
白い線が入ってるみたいな感じになっちまってる。

つーか詳細を文章で表現するの無理だろ。

「なぜ途中で気づいて生産をやめなかったのだ」

あー無理無理。だって眠いんだもん。
1日16時間も働くとか無理ゲーだろ。

北朝鮮の強制収容所じゃねえんだぞ。

「こっちへ来い」

今日は入社3日目。
俺は部署の朝礼終了後に主任とタイマンで話をしている。
他のみんなはとっくに仕事にとりかかってる。

「ぐはっ」

俺はいきなり顔を殴られ、軽く転倒しそうになったが
なんとか堪えた。唇が切れて鉄の味が口腔に広がる。

「北朝鮮と比べるとは何か」

やべ。口に出てたのか。俺の悪い癖だ。

「貴様の腐った根性を叩き直してやる。一歩前に出ろ」

あー切れた。俺マジ切れたよ。
これでも結構けんかっ早い性格でね。
体もそれなりに鍛えてる。

会社を首になる覚悟で主任のクソ野郎に
重い拳を食らわせてやろうかと思った時だ。

「やめておきさない。上司に逆らったら拷問の末に銃殺刑だ」

だ、だれだ? 小声だった。
振り返ると、仕事をしながらも俺にアドバイスをしてくれた、じいさんがいた。
腰は曲がってないが、首だけが妙にうなだれた感じの、短髪白髪の老人。

つまり俺は抵抗しないほうが賢明ってことか。

「ぐお」

俺は蹴飛ばされ、ついに尻もちをついた。
主任は掃除用具入れの中から「革製の鞭」を取り出し
俺に振るってきた。

俺は体を守るために、床の上で丸くなって暴力の嵐に耐えるしかなかった。
「学園生活〜ミウの物語」でミウにいじめらてるマサヤの状態じゃねえか。
ついメタネタを話しちまったが許してくれ。
それくらい精神的に追い詰めらられていたんだ。

俺の背中はボロボロだ。制服がところどころ破けて血が出ちまってる。
他人事みたいに聞こえるかもしれないが、すげー痛い。
傷口をさらにえぐるように鞭がしなる。

なにせ皮が破けてるんだ。出血箇所に鞭がもう一度当たると

「ぎゃああああああああああ」

叫びたくなくても叫んでしまう。顔中に脂汗をかいている。

ちくしょう。抵抗できないんじゃ、収容所で
看守にいじめられてるのと変わらねえじゃねえか。
こうなったら……

「家具ぅぅぅぅ。助けてくれえええええ!!」

俺は「家具さん」の名前を読んでしまった。
家具とは、かぐや姫の別のあだ名だ。
別名久美子さんとも呼ばれる。

ニトリHDにぼろ負けし、経営状態が大赤字な
企業を連想させるが、つまりそういう苗字なんだろう。

彼女は一部の従業員から親しみを込めて
「家具さん」と呼ばれている。
だから俺もつい読んでしまうんだ。

当の家具屋さんちの姫さんは……

「……」

無反応。俺のことなど全く無視してタグ(値札)の束を検品してる。
他の従業員も同じだ。あれ…おかしいよね? 俺の姿、見えてますか?

なんでみんな普通に仕事ができるんだよ!!

「今日の仕置きはここまで。貴様は入社して日が浅いから勘弁してやる。
 傷口は止血しておけ。医務室の場所が分からぬのなら、
 適当な人間に案内を頼んでも構わん」

主任は鞭を掃除用具入れにしまってから去って行った。
手当の前にてめえを殺したいんだが。うん。いつか絶対に殺してやる。
この仕事を辞める前にな。つーか辞めてやるぞ。
でも勝手な理由で辞めたら銃殺刑になるんだっけか。


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