20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:令和10年。財政破綻と強制労働と若い兄妹の絆の物語 作者:なおちー

第4回   第二話  ※賢人の視点
俺の勤めている工場では毎週月曜日に全体朝礼がある。
なんていうか、淡々としていて特に描写することなどない。
全体朝礼終了後は、各部署ごとに分かれての朝礼がある。

俺は2階のオフィスみたいにピカピカな部署に所属してる。
この工場は2015年に作られたので全ての施設がピカピカだ。
あの日に起きたことは、もう思い出したくもないが
風呂に入ってる時や寝る前などにフラッシュバックしてしまう。

「労働者諸君らに新人を紹介しよう」

あの野郎…なんて顔つきだ。30代半ばの中肉中世の男性主任だ。
米軍の特殊部隊で訓練された経験でもあるのか、
体つきも顔つきも常軌を逸してる。視線だけで人を殺せそうな勢いだ。

「渋谷賢人君だ。彼にはサーマルに配属してもらうことになった」

サーマルとは、デジタル印字機のことだ。
俺はその機会のオペレーターに任命された。

この会社は社名を「☆ペンタック☆」と言い、
主に大手アパレルブランド向けの「商品タグ」を製造している。

俺達労働者に命じられたのは、一日16時間働いて会社の生産に貢献することだ。
休憩時間は、お昼を含めて日に5回は用意されているが、
16時間勤務は過酷すぎるだろうが!!

「今週も特別な事情がない限りは全員に土曜日までの勤務を命じる。
 そして先週の勤怠不良者の発表を行うが……。
 名前を呼ばれた者は手を挙げろ」

勤怠不良者……? 聞きなれない言葉だ。
少なくとも銀行時代には聞いたこともない。

主任は男性の名前を読み上げた。

俺は配属初日だったので当然そいつが誰なのか検討もつかない。
労働者は全部で25名近く。
朝礼中は主任の周りに扇上に広がって話を聞いている状態だ。
その中で震えながら手を挙げている老人がいた。

「貴様」

主任の目つきがさらに鋭くなる。

「先週の金曜日は午後から早退したそうだな」

「はい…」

「私は何の連絡も聞いてない。なぜ私に相談しなかった?」

老人は、黙った。
それにしてもあの老人、何歳なんだよ……。
在職老齢年金をもらってるパターンにしても老けすぎてねえか?
腰は曲がってるし、目もしょぼしょぼしてる。
60代なんか余裕ですっ飛ばして70代に見えるんだが…

「黙秘は反逆罪と同様なのを忘れたのか。
 貴様が黙っているとラチが明かん。
 連帯責任として、そこの女に罰を命じることになるが、それでも良いか?」

「ひぃ…」

今悲鳴を上げたのは30代か40代だかよく分からない女だ。
顔を隠すように深くマスクをしている。
癖があり、乾燥しきった長髪を頭の後ろでまとめて垂らしている。

彼女は、マスク越しでも顔が引きつってるのが分かる。
足がダンスのリズムを刻むように小刻みに震えているじゃないか。

俺はあとでこの女性が「かぐや姫」さんであることを知ることになるのだが。

「わしは!!」

老人がしゃべった。

「妻が病気だったので病院まで付き添いに行ったとです!!」

微妙になまってるな。どこの生まれなんだろう。

「妻は運転免許証を持ってないし、バスやタクシー代を払うだけの
 お金も持っていません。ですからこの私が車で運転しなければ
 自力で病院にまで行けなかったのです!!」

なるほど。家庭の事情なら仕方ないだろう。
話を聞くと奥様は持病をお持ちでもうすぐ
薬のストックが切れそうだったとのこと。

なのに主任は、「じつにくだらん」と言い、
老人の頬を思いっきりビンタした。

「貴様がそのことを私に相談しなかった理由を聞いているのだ」

「相談したところで許可が下りるのでしょうか。
 この会社ではノルマは絶対とされている」

「何、私とて鬼ではない。貴様が早退して無駄にした
 9時間を今日取り戻せばいいのだ。
 貴様は本日は翌朝の4時までの勤務を命じる」

こいつは……何を言ってるんだ? 朝の4時だって!?
家畜じゃねえんだぞ。死んじまうよ。

「う、うぅ……くぅ……くそぉ……」

老人は歯を食いしばって涙をぽろぽろと流している。
周囲からは同情の視線が集まっていたが、それも一瞬のことだった。

老人は何を思ったのか、作業着の懐に隠し持っていた「手りゅう弾」を
取り出した。それを自分の胸元に当て、この場で自害すると宣言した。

あまりの事態に周囲は騒然となった。
女達から悲鳴が漏れる。(この職場は8割が女性だ)
俺も他の従業員らと一緒に壁際まで非難した。

この老人はなんで手りゅう弾を持ってんだ?
どこで手に入れた?
この国では軍隊か秘密警察しか所持できない決まりのはずなんだが。

老人は、主任の襟をつかんで自分の元へ引き寄せていた。

「主任。貴様も一緒に吹き飛ぶがよい。これは火炎手りゅう弾と言って
 破片と一緒に火炎もまき散らす。貴様も道連れにしてやるぞよ」

「実に反抗な態度だ。あとで派遣会社に連絡を入れておく。
 むしろ貴様の身柄を今すぐ秘密警察に受け渡したいところだが、
 朝から面倒だ。よってこの場で刑を執行する」

主任は全く脅えてない。俺だったら手りゅう弾を
持った人が近くにいたら騒然とするけどな。

主任はこれまた懐に隠していたハンドガンを取り出し、
老人の額に突き付けた。銃殺するつもりなのか……。

老人もさすがに焦り、手りゅう弾のピンを外そうと頑張っている。
しかし恐怖で手が震えてしまい、うまくいかないようだ。
いくら覚悟ができてるつもりでも、やっぱり人間死ぬのは怖いよな。

やるかやられるか。極限状態が続いている。

パァン とはじける音がして老人がうつ伏せに倒れた。

すーっと、音がするかのように弾が貫通した頭部から血が広がっていく。
綺麗なフロアの絨毯が、彼の血で汚れていく。

「いやあああああ!!」

今のは俺の悲鳴だ。つい女々しい声を出しちまったが許してくれ。
だって人が目の前で死んだ!! それも職場で。朝一で。あり得ねえだろ!!

「おい貴様」

「は、はい!?」

マスクをした例の彼女が呼ばれている。

「このごみを処分しておけ。血も綺麗にしておけ」

「しかし、私は今日の生産が遅れていしまいますが」

明らかに嫌そうな顔をしてる。

「生産はこれが終わり次第でよろしい」

「お、男の人の死体を運ぶのは私一人ではちょっと…」

「いちいちうるさい女だ!!」

「ひぃ!!」

主任はなんと俺を差して言った。

「そこの新人を使役してよろしい。二人で死体を処理して来い。
 時間は一時間やる。ノルマを達成できなかったら貴様ら二人にも
 罰を与える。分かったら早く仕事に取り掛かれ!!」

奴はそれだけ言って去って行った。

他の労働者たちは俺達には目もくれず、各々の持ち場についてしまう。
このフロアは学校の教室のように机が前を向いて並んでいる。
広さは教室の2倍ぐらいはあるか。

女性の大半は検品係。俺たち男性組は卓上の小型の印刷機を使う係なのだ。
俺も含めて全員座り仕事だ。後で詳しく説明するよ。

あいつらは無言。殺伐とした雰囲気で朝から生産活動に乗じしてる。
ものすごく気まずいぞ。俺は死体を挟んでマスクの女生と向き合っていた。

「あの……俺、こういうの初めてなんで。教えてくれると助かるって言うか…」

「私だって初めてよ……。
 死体処理をしたことがある女がいると思ってるの?
 普通に考えれば分かることじゃない」

む……。ちょっとムカつく言い方だったが初対面なので我慢しよう。

「きつい言い方になっちゃったね。ごめんなさい。
 私もいきなりこんなことを命じられて気が立ってるんだよ」

女性にしては低い声だな。酒の飲み過ぎで声が枯れてるのだろうか。
この女は目元しか分からないけど中々整ってるように見える。
背丈は160以上は余裕であるな。細身ですらっとしてる。

「死体を素手で触ると汚いから、手袋をして」
「ああ、あそこの棚の下に置いてあるんすね」

俺は小走りして新しい手袋を持ってきた。

「大切に扱うのよ」
「はい?」
「会社の支給品を粗末に扱う人は罰を与えられるから」

俺はそれだけで色々と察した。
つまりこの会社は北朝鮮のような全体主義国家なのだろう。
会社の命令に逆らうことはもちろん、手袋一つにしても
無駄にした奴は銃殺されても文句が言えないってか。

この女性の名前は「かぐや姫」なのだという。
ふざけた名前だ。こんな殺伐とした職場で冗談言うのはよせ。
もう一度名前を訊いたら同じ答えが返って来た。
なら訊くのをやめるか……。

検品係のよく肥えたおばさんが、こっちをじろじろ見て来るぞ。
何見てんだよ。仕事に集中してろ。

俺とかぐや姫は相談した結果、死体を引きずって
エレベーターの中に入れることにした。
荷物搬入用のエレベーターは、学校でいう所の黒板。
フロアの正面側にある。大きなエレベーターだ。

エレベーターを待っている間、背中から矢のような視線を感じる。
振り返るとフロアの女たちがほぼ全員俺たちに注目していて焦る。
こんな緊急事態なら誰だって気になるか。

一人だけ眼鏡をかけた若い女性が目に入る。
彼女もマスクをしてるんだが、すげえ美人っぽいオーラを出してるぞ。

エレベーターが開くと、浅黒い肌をした中年の男性が出て来た。

「な…」

俺と姫の横に「死体」があることに驚愕してる。

「銃殺刑があったのか。おめーらも苦労してるな。
 そっちのあんちゃんは見ねえ顔だが、新入りかい?」

彼は軽く溜息を吐く。彼は荷物を運ぶのに使っていた「大きな台車」を
俺たちに貸してくれた。さらに会社の敷地内にある死体処理場までの
簡単な地図を紙に書いてくれた。なんて親切な人なんだ。

それにしても日本の工場ってのは死体処理場なんてあるんだな。
現場仕事をするのは初めてだから知らなかった。

「死体処理場なんて一般的なわけないでしょ。
 どこの工場でも普通ないよ、そんな場所」

「あれ、俺今口に出して言ってましたっけ?」

「……全部出てたよ。あなた、考え事をするとつい口にしちゃうのね」

なぜか彼女は俺の目を見ずに答えた。何か違和感があるな。
なんだろう? 今はどうでもいいか。

俺と姫さんは、会社の敷地の裏にあるゴミ処理場へ向かった。
ただ処理場という名の札が立ってるだけの広場みたいな場所だ。
そこには死体がいくつも埋まっているという……。

「はい。スコップを使って掘って」
「俺がですか?」
「あなた、男の子でしょ。私は非力なの。
 朝から子供たちのご飯作ったりで疲れてるのよ」

聞いたところによると、姫さんは子供を6人も生んでるらしい。
6人だと!? そんなに老けては見えないぞこの人。
行ってても40ちょっとすぎくらいだろうが…

詳しく聞いていると離婚歴3回!! バツサン!?
3回も離婚するなんて芸能人並みじゃねえか!!

逆に考えたら三回も結婚出来たってことだよな……。
男はブスとは結婚したがらないぞ普通。
だって誰だってブスとはやりたくないだろ。

この女、マスクを外したら相当な美人なんじゃねえのか。
普通の女だったら子がいる状態で再婚とか無理だろうよ。

「私のことはどうでもいいから早くしてよ。
 一時間以内に戻らないといけないんだから」

ええい。実はこの女の過去とかに盛大に興味があるが、今はどうでもいい。
俺はいかに自分の体が訛りきっているかを痛感することになる。

老人の死体が入るのに十分な穴となれば、それなりの広さを掘らないといけない。
穴の幅、深さ、土をかぶせる量を計算すると重労働だ。

「ぜえぜえ……」背中に汗かいちまった。今日は日差しが強いんだよ。
息が切れる。穴を掘るのって下半身にすごい負担がかかる。

「情けない子ね。うちの大きい子の方がもっと体力あるよ」

大きい子は……彼女の長男さんで高校二年生。アルバイトをして
生計を支えてくれているそうだ。涙が出るエピソードだぜ。

「ちょっと貸して」 姫さんは俺からスコップを奪うと、
手慣れた動作で掘り進めていく。細身なのに意外と力あるねー。

「20代の時に肉体労働もしたことあるから」
「へ、へえー」

この人の20代の頃って、色々と壮絶だったんだろうなぁ。
つい質問攻めしたくなるが、今は作業を終えるのが先だ。
俺は初日の勤務だってのに、まだ本業には触れてすらいない状態だ。

カグさんが八割掘ってくれたおかげで、死体は十分に埋められた。
埋めなおした土を足で慣らして完成。埋めるのは簡単なんだな。
死体を埋めたのは俺達だけど、あとで幽霊になった化けて出られたら嫌だな。

「ありがとうございます。なんか、俺全然役に立ってなくて…」
「いいよ。早く戻ろう。それよりあなた名前は何て言うんだっけ?」

主任から紹介されたろうが。

「一度聞いただけじゃ忘れちゃうよ。シブタニくんだっけ?」
「シブヤです。シブヤ・ケント」
「ケント君ね。うん。覚えたよ」

初めて彼女がほほ笑んだ。
切れ長の瞳に見つめられると少しドキッとした。
何考えてんだろうね俺は。

それよりこの女はさっきから俺の思考を読んでるかのような
そぶりをするから困る。さっきの名前の件も俺、口に出してたかな。



職場では印刷機の簡単な説明をされた後、先輩がつきっきりで
指導してくれた。PCと卓上印刷機を連動させ、ひたすらに
指示書通りに生産をしていくだけの地味な作業だ。

印刷機がアホなので頻繁に動きを止める。そういった不具合を
治しつつ、印刷機を動かし続けるのが俺の仕事のようだ。

なるほど。少しでも設定が狂うと大量の不良品を出しちまうかもしれないのか。
ちゃんとやってるつもりでも勝手に設定値が狂ったりするから困る。
工場では目の前にお客や取引先がいるわけじゃないが、油断大敵ってわけか。

営業ノルマがないから製造業なんて楽なんだろうと思っていたが、
機械と睨めっこするのも大変なのかもしれないな。
どいつもこいつも真顔で製品と睨めっこして仕事してやがる。

工場で働いてると人相悪くなりそうだな……。
俺は笑顔を忘れないようにしたい。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 1841