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作品名:令和10年。財政破綻と強制労働と若い兄妹の絆の物語 作者:なおちー

第3回   ここから始まる★本編★
☆ 第 1 話 ☆

「ただいまぁ。ああ、めまいが……」

「お兄ちゃん。お帰りって……お兄ちゃん!?」

さっそくだが、お兄ちゃんは玄関先で倒れた。

彼の一日16時間働いている。
彼は工場へ朝7時半に出勤する。
退勤のタイムカードを押すのは23時である。

時給は210円。残業しても割増賃金は払われない。
日給にしてたったの3360円。
交通費を初め、各種補助は支給されない。
さらに週6日勤務なのだから笑えない。

「明日会社休みてえ」

「辛いのは分かるけど、熱もないのに休んだら
 また拷問されちゃうよ」

「分かってるけどよ、もう色々と我慢の限界だぞ」

賢人は気がおかしくなってしまったのか、
玄関先でうつ伏せになった状態で床をどんどん叩いている。
握りしめた拳は怒りで震えている。

「一階の人に迷惑だから辞めてあげて…」

賢人は無言で返した。
この社員寮とは名ばかりの「アパート」で粗相をした場合は
直ちに派遣会社に連絡が行ってしまい、罰として拷問されてしまうのだ。

美雪だって兄がストレスをためて働いているのは知ってる。
今週の月曜日も彼は帰宅後、トイレにダッシュして吐いた。
また明日から続く地獄を思うと髪の毛が白髪交じりにりなる。

「ご飯できてるから温めてあげる」

また賢人は何も答えなかった。
時計の針が無慈悲に時を刻んでいく。もう24時前だ。
明日も7時半までには出勤しないと罰を受けることになる。

「今日のメニューはオムライス。なんと鶏肉が入ってるのよ!!
 お肉食べるのなんて久しぶりでしょ。
 ご近所さんに分けてもらったんだけど…」

妹は話し好きで、今日あった出来事などを話すが、
兄はほとんど会話らしい会話をしなかった。
たまに、

「ああ」

と返すだけで、死んだ魚のような眼をして
かったるそうに箸を動かすだけだ。
味付けの感想さえ言ってくれないのが
美雪には不満だったが、あえて何も言わない。

「あっ、今思い出した」
「ん?」
「今日郵便が来てたのよ。お兄ちゃんの派遣会社から」
「なにぃ!!」

賢人の動揺ぶりはすごかった。

「そ、そんなに驚くことなの?」
「どんな書類だ? 早く見せろ!! 早く!!」

美雪がおずおずと手渡したのは、「新しい雇用契約書」であった。
非正規雇用者とは期限に限りのある雇用者であり、
2か月や3か月ごとに「更新」をするのだ。

ケント君は今年の4月に派遣会社の営業に暴行され
無理やり契約を交わされた後、現在の会社に就業している。

彼が今の会社で働き、もうすぐ一か月が経とうとしている。
4月の下旬。GW間近で世間がにわかに浮足立つ時期ではある。

今回の契約書は、6月から8月までの雇用継続を約束するものである。

「ちっくしょう。あいつら。なんでこんな早く契約書を送ってくるんだよ」
「それだけお兄ちゃんを必要としてるってことなんじゃないの?」
「ミユキは社会を知らなすぎる。ここに書いてある内容を見ろ」

下記の内容に該当する者は、指導の対象になる。

・特別な理由もなく「契約の更新をしない者」
・遅刻欠勤が多いなど勤務態度が不良な者
・担当営業に相談もなく別の派遣会社などに申し込む者
・派遣先企業で業務上の支障をきたした者

賢人は知っていた。長時間労働に耐え切れなくなった先輩社員が
脱走しようとしたところ、新幹線乗り場で係員に押さえつけられ、
3日に渡る拷問をされた後に職場に戻されたことを。
前歯が折られ杖なしには歩けないほど疲弊していた。
肌着を脱ぐと背中にはムチ打ちの腫れがある。

このような処分は行政指導と呼ばれている。

「行政指導って何?」
「おまえニュース見てないのか。
 秘密警察に捕まってひどい目にあうことだよ」

賢人は、自分の首に付けらた「首輪」を差して言った。
これは全国の労働者に付けることが義務付けられた
電子チップが内蔵されている特殊な首輪である。

もちろん勝手に外すことはできない。
一見するとオモチャのように見えるが、
無理やり外そうとしたら致死量の電流が流れる仕組みである。

この首輪はマイナンバーカードのデータとリンクしており、
行政は24時間の衛星からの監視により、
彼の居場所を特定してしまう。

彼に賢人がアパートから脱走したとしても
上で書いたのと同じようにどこかで捕まってしまう。

「く、首輪ってかわいいよね。
 よく言えばチョーカーだし、意外と似合ってるよ」

「皮肉で言ってるようにしか聞こえねえからやめてくれ」

「ごめん」

「いいさ。俺は国に人質に取られたようなものだ。
 この国の人間には人権なんてないんだよ」

美雪は兄の愚痴が長くなりそうな気がしたので
テレビを付けることにした。
狭いアパートなので音量を極限まで絞って。

「消費税率が34%となりましてwww国民の皆様には
 大変なご迷惑をかけているところでありますwwww」

首相閣下の演説であった。時の内閣総理大臣は、今や日本を代表する
独裁政治家として世界中で名前を知られている。

「この国はぁ、慢性的な人手不足でありますからwww
 これらからも一億総活躍の社会を目指していきますwwww」

この国から専業主婦は消え去った。
働ける女は年齢問わず派遣会社に拉致され、
賢人のように無理やり職場で働かされた。
家族の絆など存在しない。

「子育ては会社の業務に支障をきたす」として内閣府により
 特別法案が施行された。子供は親から切り離され、
 集合住宅で住むことになった。

そのため全国都道府県では修学中の全学生は
親元を離れて寮やアパートでの生活を強いられている。
これによって母親たちは仕事に専念することを強制された。

美雪はまだ大学生であるから強制労働は免除されている。
しかしもう大学三年生。まもなく大学を卒業することになる。
そしたら派遣会社に拉致される。

先ほどから「派遣会社に拉致される」という表現をよく使った。
実はこの世界では国民の8割は派遣社員である。
大手企業の技術者でさえ派遣社員である。
秘密警察を始めとした国家公務員でさえ有期雇用者である。

つまりみんなが明日も分からない状況で働かされていた。

「秘密警察の力によりぃ、全国から反社会的な労働者の皆さんを
 次々に更生させて、よりよい社会の実現を目指しておりますwww」

首相の口からも秘密警察と出ていることから、全然秘密じゃない。

・秘密警察
軍隊と同等程度の訓練を施された、武装集団である。
主な仕事は、過去作「学園生活〜ミウの物語」で
描いた生徒会執行部とほぼ同じである。

主な仕事は非国民の「拉致」「監禁」「拷問」「粛清」である。

国家公務員ではあるが、時給はたったの300円。
やはりボーナスはない。しかし福利厚生はそれなりにある。

勤務態度が良い物には定期的に食料が配布される。
その辺のコンビニで売ってそうな安物の菓子パンなのだが、
無料でパンが食べられるのを望みに秘密警察に志望する人は後を絶たない。
総員27万人。訓練の過酷さに最初の2週間でほとんどが辞めていく。

派遣会社は秘密警察と繋がっていた。
健康で働ける状態なのに自宅にいる人は優先的に拉致し、
会社で使役させるのだ。拒否した場合は非国民として拷問される。

「雇用の流動性を加速させるためにぃwww
 これからも非正規で働く人の割合が増えるとは思いますがwwww
 その分仕事探しに困ってる人が即座に仕事を見つけられるwwww
 完全失業率が減少傾向になるのは喜ばしい事実でございますwwww」

何度も述べたが、勤務態度が不良の者は拷問の末に銃殺されたりする。
失業者とは、すなわち死んだ者と考えて差し支えない。
生きている間は会社の奴隷として働かされる運命なのだ。

「くそっ、くそっ、なんでこんなことに」
「お兄ちゃん…」

ぽろぽろと、自然と涙が流れた。
まだ銀行で働いている時のがマシだった。
いや、彼が銀行を退職してからすぐに革命が起き、
今の日本になってしまったのだ。

今まで与野党に分かれてワイワイやっていた元気な国会
(幼稚園児の集会場)は過去のものになってしまった。

首相権限によって自由民主党以外の全ての議員は銃殺されるか
国外追放され、この国は晴れて一党独裁国家となった。

自治体すら中央政府の意向には逆らえず、反社会的と
見なされた地方議員はその家族も含め強制収容所へ送られる。
憲法を始めとしてあらゆる法律や条例が改正され、
首相の思い描いた通りの社会が実現されることになった。

明治維新、敗戦後の平和憲法制定、バブル経済の崩壊、
この国の歴史は極端から極端へと移行する傾向にある。

ある時は国のために戦い、外国人を殺すことを美徳とし、
ある時は会社のために全てをささげて働くことが美徳とされ、
そして現在は行政府と企業の奴隷となることが美徳とされた。

「日本人ってのはさ」

賢人が言う。

「常に誰かに隷属することを喜びとする民族なんだ。
 大昔は殿様だった。そして国家、天皇陛下、上官、
 戦後は資本家、会社の上司、先輩。
 今は自民党と会社か。みじめな存在だよ」

「卑屈に考えすぎなんじゃない?
 今がたまたまこんな状況ってだけじゃん。
 首相がやってることは誰から見てもおかしいし、
 その内暗殺されるかもしれない。
 私は今の日本が10年先も同じだとは思わないけど」

「10年も経ったら、俺はもたねえな。精神的に死んじまう。
 精神的に死んじまったら、もの言わぬ奴隷と同じだ。
 そう、あの人たちと同じようにな……」

食べ終えた皿の横で下品にひじをつき、頭を両手で
かかえて震えだした。ギュット閉じた眼の中では、
あの時の様子が鮮明によみがえるのだ。

いったいどんなショックな出来事だったのだろうか。
賢人視点で振り返ってみよう。


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