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作品名:令和10年。財政破綻と強制労働と若い兄妹の絆の物語 作者:なおちー

第12回   美雪「お兄ちゃんが変態になった?」
タイトル通りのことで今悩んでいるんです。
今朝の「あれ」はいったい何だったののか。

『まもなく多摩都市モノレールがまいります。
 黄色い線の内側までお下がりください』

私は高架線上のホームでスマホをいじっていました。
ここは見晴らしがよくて、多摩川が遠目に見えます。
5月の晴天で風が吹き抜けて、すごく気持ちいですよ。
紫外線の強さは死ねって思いますけど。

モノレールがホームに太盛。じゃなくて迫る。
太盛って「せまる」って読むんですよね。
この作品の後半で登場する男性の名前です。
彼を始めて見る女性のほとんどが
うっとりしてしまうほどの美男子なんですよ。
私の兄ほどじゃないけどね。

ホームにいるおじさんが突然発狂する。
彼は転倒防止用の柵?(名前がわかりません)を超えた。
そして降下線の下にある、道路上に落ちていった。

高架線の下は交通量の多い道路となっているのです。
おじさんは走行中のトラックの下敷きになり、肉片になりました。
歩行者のみなさんが、国会でヤジを飛ばす野党のようにワーワー騒いでいます。
すぐにピーポーパーポーするのでしょう。

はぁ……いつものことです。
今の日本では自殺なんて日常茶飯事。
年間自殺者数は16万人を超えますから、平成時代と比べて約5倍以上。

マスコミが報道してないだけでもっといるでしょう。
こんなに人が死に過ぎて大丈夫なんでしょうかこの国?

退屈でつまらない午前中の講義を終えました。
私は女の子達とつるんで頭の悪い話をするのを好まないので
一人でお昼を食べることが多いです。さすがに誘われた時は行きますけどね。

たまに見知らぬ男子が声をかけてくるけど、兄曰く
あの手の男はナンパ目的のようです。もちろん相手にしません。

私は学校を休むことがなく単位を落とすことはありません。
食生活を中心に健康に気を使ってるので
めったに風邪もひかないし、学校をさぼって遊び歩くこともしません。
品行方正な学生とは私のことを言うのでしょう。

大学三年になって授業のコマ数が極端に減りました。
友達(と彼女たちは思っている)とは
わざと別の講義を受講して独りでいる時間を増やしています。

私の大学は、名前までは言えませんが、東京の端っこにあって
山と緑に囲まれた美しいキャンパスです。
人がめったに来ないベンチがあって、私だけの穴場スポットです。
私はそこで弁当を広げることにしました。

「今日の相場は……」

ご飯を食べる前に、セキュリティが万全の私のスマホで
SBI証券のホームページをチェック。

外貨建て金融資産の額が……

現物取引 米国株式 16銘柄

時価評価額 USD(USドル) 120000
日本円換算 13,138,800.0000

為替換算(レート) 1 JPY = 0.0091 USD 

私は高配当投資と言って、米国株の中で長期安定して
保有できる銘柄を中心に16銘柄ほど所有しています。

主にNYSE(ニューヨーク証券取引所)に上場している企業です。
ADRと言って、ニューヨークに上場している、
オランダやイギリスの企業も含めています。

端的に言って世界規模で売り上げ規模を誇る、超優良企業にしか
投資してしません。私は実は企業経営にはそんなに詳しくありませんし、
株はギャンブルとばかり思っていたので最初は抵抗がありました。

外国株取引の詳しいやり方はお父さんに聞きました。

お父さんに「好きな人ができた時のために、結婚資金を貯めたいの」

と言ったら喜んでお金をくれました。USドルで。

私のネット証券口座(SBI)を開設した後、
20000ドルを入金してくれました。
実はこれ、かなりの大金です。

『ドルでもらっても困るよ。日本の株に投資したかったのに』

当時の私は憤慨しました。当然ですよね。

『日本の株だって? 美雪は何も知らないからそんなことが言えるんだよ。
 日本の市場は完全にオワコン。少子高齢化で国内需要は減り続けて
 今後の成長は見込めない。外需頼みの日本企業なんて世界経済の影響を受けて
 すぐに株価が下がる。そしていつまでたっても株価が回復しないの
 クソパターンが永遠に繰り返されるよね?』

お父さんの得意げな話は全部は理解できませんでした。
しかも無駄に長い。

著名な投資家のジム・ロジャース氏も
2019年度(現実世界)の日本のマーケットには何も期待してない。
一切の資金を投入するつもりはないと宣言しています。

※ジム・ロジャース氏は世界でも比類なき賢者です。

世界の株式市場の『50%』は『米国株』で締められているようです。
株は企業の人気であり信用です。企業が国の経済を牽引します。
米国企業の強さは、米国の世界一の経済力を有することを
端的に物語っていると言えるでしょう。

製薬会社     ファイザー
飲料系      コカ・コーラ
日用品      ジョンソン・エンド・ジョンソン。P&G。
石油・ガス    エクソン・モービル
総合小売店の帝王 ウォールマート

高配当銘柄の定番です。同時に経営状態も安定しています。
世界の株式時価総額の上位に来る会社ですね。

ネット証券で貸借対照表を調べてみると、
売上高(収益)とか純利益が文字通り「ケタ違い」

地球規模で売り上げてる企業はやっぱりすごい。
しかも配当金を50年以上増配し続けてる企業もざらにある。
米国には世界中からマネーが集まる。
グローバル経済の最前線。
やっぱり日本とは比べ物にならない。

ADRで(前述。NY証券所に上場している外国の企業)
パパのお気に入りはロイヤル・ダッチシェル。
世界の石油王手、セブン・シスターズの一角です。
英蘭の会社です。蘭はオランダのことですね。

ちなみに私は株を売ることはありません。
定期的に買い増ししてるだけです。

なぜなら、お父さんからこう言われているからです。

『長期の高配当株への投資は攻めでなく守りの投資。
 ただ株を持っていればいいんだよ。売る必要はないからね。
 毎月末の金曜日に株の買い増しをしなさい』

私の株は、配当金が高い銘柄のみで構成されています。
米国の株は、四半期(月4回)ごとに配当金が支払われます。
株主の特権です。

説明が遅れましたが、私の口座の時価は だいたい『1300万』です。
だいたいというのは、為替相場の変動で増えたり減ったりするからです。
今日は 1ドル109円なので昨日より減りました。

為替の影響で資産額が増減するのって地味にストレスなんですよね。
円からドルへ両替する時のタイミングとか困るじゃないですか。
例えば円安の時にハワイ旅行とか絶対に行きたくありませんよね。

株安と円高。このコンボが発動されると、
私の口座の時価評価額は劇的に下がってしまいます。
米国企業は日本と違って、たとえ大幅減益でも決算書を正直に書くこと、
民間からの訴訟が多いことなどで株価の下落幅も大きい。

(日本企業は外面をよくするために粉飾決算をするのが基本と
 言っても良いです。日本企業の決算書は信用できません)

こうなると、

――嘘……私の評価額、下がりすぎ!?

となります。

ここで下手に株を売ってしまうのが素人だと、
父は厳しい顔で言っていました。
企業が倒産するほどの事態にならない限りは、
何があっても静観し、不動の姿勢を維持しろ。
ここで損切りして売るのが素人。それは長期投資ではない。

利回り……私の場合は平均利回り4パーを維持しています。
これはかなり優秀な数字だと父は言っていました。
父の言われた通りの銘柄を買っただけなのですが。

私が世界経済の影響や、時価総額の変動にハラハラドキドキ
しながら毎日を過ごしていると、父がなぜか気を良くして
さらに投資額を増やしてくれました。

私は父が追加してくれたドルで毎月買い増しをしました。
ドルだと日本円と違って安く感じるから金銭感覚狂うんですよね。
最初は震えながら証券口座のページをクリックしていましたが、
人間の慣れって恐ろしい。今では買い増しするのを苦に思いません。

そして気が付いたら投資元本が1000万を超えていました。
父は自分の老後のためにとっておいたお金まで私に託してくれたのです。

『その年で投資に目覚めた美雪は偉い。
 おまえが50歳くらいになるまで運用していなさい。
 親が死んだ後の相続税対策にもなるからお得だよ』

お父さん……。
私を大切に思ってくれるのはうれしいけど。老後は大丈夫なの?

利回り4%。
投資元本が1300万。

配当金は年間で52万円(日本円換算)入ってくるのです。
ごめんなさい。嘘です。実は配当金は課税されるんですよ。

米国株は、国内外で課税されます。
国内では所得税と住民税で計20パー。
外国では現地税で10パー。
つまり私の配当金は、たぶん16.2万円くらい税金で吹き飛びます。
ちくしょー。残った分でも37万くらいは入るから、十分儲かりますけどね。

私は学生ですが、ちゃっかり収入があったわけです。
お兄ちゃんとの生活費はこうして稼いでいたのですね。

……というのはまたしても嘘です。
私のこと嘘つきな子だと思いますか?
何が嘘かと言うと、私はこのお金を一度もおろしたことがないのです。

なぜなら父にこう言われたからです。

『配当金をさらに新しい株を買うのに使いなさい。
 そうすると複利でさらに配当金が増えていく。
 美雪が40になる頃には資産がすごい額に増えているかもね』

その父は、現在行方不明です。

なぜか連絡が取れません。私に生活費の仕送りをしてくれた母も。
実はうちの両親は二人して国外逃亡を企てたの。
その後どうなったかは不明。

今の日本は朝の通勤途中で何者かに
誘拐されることも日常茶飯事なので仕方ないでしょうね。

お父さんは、今生の別れとして自分の資産を私に託してくれたのだ。USドルで。
実は日本円の現金ももらってたりします。現金をくれたのは母です。
独身時代は10年も年銀で勤めていた母。

私にくれたお金は700万円。
日本円だから両替する必要がなく、使い勝手が良いです
私はこの貴重な貯金を切り崩して賢人お兄ちゃんと
アパート暮らしをしていました。

ぶっちゃけお兄ちゃんの給料だと家賃代にしならなくて
食費、税金、公共料金が払えません。
貯金を切り崩す生活をしていると胃が悲鳴を上げます。
なにせ今以上の収入を望むことは不可能なのですから。

時給210円。消費税率34パー。物価の変動なし。
あまりにも過酷だと思いませんか!!

だって実質的には物価が変動しないってことは、
賃金だけ下がったんだから、結果的に物価が上がりまくってるってことでしょ!?
消費税率34%で物価が下がらないって資本主義国家の
市場の原理が全く機能してないってことになりませんか!?

うちの国は社会主義みたいに政府が市場に介入しているとしか思えません。
モンゴル辺りで家畜と共に生活をした方がまだ文明的かもね。

きっと……。私の両親はすでに死んでいるのでしょう。
あの青い空のかなたから。私たち兄妹のことを見守っているのです。

私には兄との生活が全てなのです。他の男の人は信用できない。
たとえば私が株の話をしたらどんな反応をするんだろう。
女子大生なのに米国株の運用なんてしてたら変人扱いされるんじゃないかな。
私の体とお金目当てで近づいてくる男もいるかもしれない。

『お金を手に入れることよりも、守ることの方が大事なんだよ』

生前?のお父さんの言葉を思い出す。そうだ。
私はなんとしても両親の遺産を守り抜かなきゃ。
お兄ちゃんと一緒に。

「えー、まじでー?」「ぎゃははは」「まじありえねー」

いかにも頭の悪そうなチャラ男とギャルが近くを通り過ぎていきます。
いつの間にか午後の講義の時間が近づいているようです。

うちの大学はそんなに偏差値が高くないのでギャルっぽい人も
普通にいます。見せびらかすようにブランド物のバッグや靴を履いてて馬鹿みたい。
私も実はブランド物は好きだけど、学校にまでは持ってこないわ。

あいつらは、だいたいお金持ちなの。
お金持ちの私立高からエスカレーターで登って来た、典型的な低脳ね。

独り暮らしをしていても、親からもらったお小遣いや仕送りは、
最初の1週間で全部使いきる。
私には信じられない感覚。親からもらった大切なお金なのに
建設的に使おうって気にはならないのかしら。

そんな時にラインが鳴った。

『俺の愛する美雪よ』

可愛いスタンプが送られた。お兄ちゃん……。
まだ朝のテンションを引きづってるの?

『別に要はないんだが、昼休みが終わる前に
 お前に一つだけ言いたいことがある。
 愛してる。ただそれだけだ』

一日にどんだけ愛してるって言えば気が済むの。
もしかしてさみしいのかな?

今日も夜遅くまで残業なんだろうし、頑張ってもらわないと。
私も明るいノリで返してあげた。

『私も愛してるよ☆(^○^)』

余計なことをしたと、あとで後悔した。

私の返事が原因だったのかは定かではない。
三時限目の講義は昼休み後に始まる。

眼鏡をかけた初老の教示が、教団の前に腰かけ、マイク片手に
教科書の内容を音読する。講義室は200人が収容できるので
マイクがないと後ろまで聞こえないんです。教授がぼそぼそ話すから余計に。

たまに難解な内容を板書しては学生を困らせてる。
この授業は財政投融資なの。ぶっちゃけ難しすぎ。

生前のお父さんが得意げに買ったていたマーケット情報とおんなじ。
経済ってすごく幅広い知識と、その時々の状況を細かく分析する能力が
必要とされていて、真剣に考えてると知恵熱が出ちゃうよ。

そもそも経済学部に女子ってほとんどいない。英語の必須授業なんて
女子は私一人だよ。チャラい奴らにしつこくナンパされたけど
食事のお誘いは断った。テニスサークルにも勧められたけど、もちろん行かない。

ところでこの講義室に私以外で株式投資をしている学生っているのかな?
もし株に詳しい人がいたら、お友達になりたいと思ってるんだけどな。

「おまえには俺ガイルだろ?」

え?

私は前の方の、端っこの目立たない席に座っていたのですが、
男性の人が私の肩にそっと触れてから教授の方へ歩いて行きます。

いきなりのことだったので、学生たちの視線が彼へ集中します。

「教授。そこの席は君にふさわしくない」

と言って男の人は、教授を蹴飛ばしてマイクを奪ってしまいました。
派手ながらのシャツを着た人ですが、困ったことに私の知っている人でした。

「あー、学生諸君たち。授業の邪魔しちゃってすまないが、ちょっと聞いてくれ。
 俺の名前は渋谷賢人。ここの大学の学生である渋谷美雪の実の兄だ」

お兄ちゃん……。会社はどうしたの? 
しかも夏祭りでもないのにアロハシャツ……。目立ちすぎでしょ。

「みんなー。あそこの席に注目してくれ。端っこの席に座っている、
 長い茶髪を後ろでまとめた女子だ。ほら。俺に手を振ってくれている」

なんで私は手を振ってしまったんだろう。恥ずかしくて死にたくなる。

「あの子が俺の妹だ。そこまではいいな?
 よし。じゃあ本題に入る」

お兄ちゃんは教壇に手をつき、偉そうな格好になりました。

「学生諸君らの見てる前で、あえて俺は宣言しようと思う。
 俺は妹の美雪を愛してる。もちろん一人の女性としてな。
 美雪さえよければ、卒業後に結婚しようと思っている」

はっ……? 結婚?

「そのくらい妹のことを愛してるんだ。こらこら。君達、笑わないでくれ。
 俺の愛の偉大さを思い知ってくれないか。これだけの人数に注目されながら
 愛の告白ができる男なんて日本にはいないだろう。俺以外はな」

何言って…。

「俺は今朝、美雪を後ろから抱きしめて愛の告白をしたばかりだ!!」

えー、きもーーい
兄と妹なんでしょ……近親相関ってことk?
告白したのかよ…ガチでやばくねwww
つーか授業しなくていいのかよwww

学生たちがドン引きしてます。
私だって仮に他人事だったら引いてますよ。

「だが、美雪はいまいち信じきれなかったと思うんだ。俺の本当の気持ちを。
 俺は嘘じゃない。たとえば、皇室を騒がせている例のスキャンダルのように
 同じ大学だからと言って適当に愛の告白をして婚約騒動なんて
 するつもりはない。俺の愛は嘘偽りない。まさにトルゥー・ラブ・ストーリィ」

実際に騒動になりつつあるんですが。
お兄ちゃんの真の目的が分からない。

「き、きみぃ。マイクを返しなさい」

教授が腰を打ったみたいで痛そうにしてします。

鬼弐威ちゃんは「うるせー。しったことか」と言ってまた
教授を足蹴にしました。教授はすぐ起き上がってお兄ちゃんに襲い掛かり、
二人は教壇の前で相撲のように押したり押されたりを繰り返しています。

お兄ちゃんは起用にも相撲をしながらマイクを持って演説を続けました。

「今宵は月が綺麗だとか。遠回しな日本人的な表現を俺は嫌う。
 だから直球。ドストレートで勝負しているつもりだ。
 俺の美雪に対する愛は、ここにいる学生諸子らにも届いたことだろう。
 俺の言いたいことは全部言った。あとは美雪の返事を聞く番だ」

私は耐え切れなくなって講義室から逃げました。
こんな目に合うくらいなら自主休校にするしかありません。
一週間もすれば悪いうわさが大学中に広まることでしょう。

高校に比べたら必修授業以外で固定クラスがないし、
人数が多いからまだましなんですけどね。

来週からこの講義を受けるわけにもいきません。
というか大学に通うことすら困難なレベルです。

「みゆきー」

お兄ちゃんがジャッカルのような速さで追いかけてきます。
私は校内のバス停まで走りました。モノレール駅行きのバスです。
モノレールに乗れば私たちの住んでいるアパートまで着く……?

あれ? 私達って埼玉県に住んでるはずじゃ……
なんだかどこに住んでる設定なのか
よくわからなくなってきたので適当でいいですよね。

私は発車寸前のバスに乗り込みました。

『ご乗車ありがとうございます。
 このバスは、高幡不動行きでございます』←社内アナウンスのだみ声。

関係ないけど、この声が面白いって中国人留学生の女性が
車内で爆笑していた。そんなに面白い?

「みゆきー。おい、待てよおお!!」

お兄ちゃんは走って追いかけてきます。
でも無駄だよ。
だってこっちはバスだよ?

私は気持ちの整理がつかないので兄の方は見ないようにしました。
山道なのでアップダウンが激しいです。
バスは街中を超えてモノレール駅の前まで着きました。

「お、おい。あの人、すげー汗だくじゃねえか」
「すげえ体力だなぁ。運動部だったんじゃねえの?」
「学生にしては老けてんなぁ。浪人生の類か?」

乗客の男子学生たちの声です。まさか……

「はぁはぁ……みゆ……き。はぁはぁ……俺を無視して……おまえは
 勝手に逃げようとするなて……本当に勝手な真似を……はぁはぁ」

街を行くすべての人が私たちに注目しています。
駅ビル前の警備員の人までこっちを見てる。

死ぬほど恥ずかしい。
いい加減にして。
私を困らせてそんなに楽しいの。

私は力を込めて兄の肩を突き飛ばしました。

「うわー」

お兄ちゃんを殴ったのって、よく考えたら初めてだ。
兄はよほどダメージが大きかったのか、往来の真ん中で大往生しています。

兄のジーンズのポケットから何かが落ちました。
くしゃくしゃの紙切れです。

『妹の美雪に熱烈なアピールを続けろ。
 彼女がドン引きしてもまだ続けろ』

誰からの指令?
まさかお兄ちゃんは何者かに操られて私に愛の告白を繰り返していた?

そんな時でした。
宙から一枚のビラがひらひらと振ってきました。
そのビラは、私に対する指令が書いてありました。

『ケントを失望させろ』

失望? よくわかりませんが、とにかく兄が
ドン引きさせるようなことをすればいいみたいです。

私は自分の意志とは関係なく勝手に口が動き始めました。

「お兄ちゃん。今まで黙っていてごめんね」

「ん?」
 
「実は私は女の人が好きだったのよ」

「は!? なんだって?」

「いわゆるレズなの」

「え……」

私はレズっぽい顔でそう言ったので、
お兄ちゃんは激しく混乱しています。
私に愛の告白をする余裕がなくなっているのでしょう。
そもそもレズっぽい顔って何ですか?

私は今のうちに逃げようと思ったんですけど、そうはいきませんでした。
警察の男の人が怖い顔をしてこっちに近づいてきました。

「こら君。さっきからそこの女の人を追いかけていたそうじゃないか」

どうやら、同じ大学の人がすでに通報していたようですね。
お兄ちゃんは、警察官二人に押さえつけられ、身動きができません。

「みゆき、助けてくれ!! 俺の無実を証明してくれ!!」

うん。助けてあげたいんだけど。色々めんどくさくなった。
お兄ちゃんのせいで明日から大学に変えなくなったようのものだもの。

「大人しくしなさい貴様!! 
 最近は変質者が多いとは思っていたが……なんだその恰好は?!」

お兄ちゃんは手錠をされてしまいました。
無理もないでしょうね。

説明が遅れましたが、というより言いにくいんですけど、
お兄ちゃんは……なぜかパンツだけの姿でした。
走ってる最中で暑くなったので服は脱ぎ捨ててしまったのでしょう。

「これには重大な訳があるんだ!!」
「何が訳だ、貴様!! 抵抗するなら拷問するぞ!!」
「ひぃ……」

お兄ちゃんは囚われた宇宙人のポーズで連行されてしまいました。
あとで私が八王子警察署に出向いて無実を訴えてあげようと思いますけど、
しばらく警察署でおとなしくしてもらいたい気持ちもあるんです。複雑ですね。

八王子警察署? てことは私は埼玉県から八王子まで通っていたのですか。
正直自分がどこに住んでいるのか、よく分からなくなってきましたけど、
細かいことは気にしたら負けですよね。


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