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作品名:令和10年。財政破綻と強制労働と若い兄妹の絆の物語 作者:なおちー

第11回   賢人「美雪が自殺未遂をした?」
※ひとみちゃん

そういえば、私っていくら持ってるんだろう。

「賢人君。このあと暇?」

「暇と言われても、平日なんだが」

「会社はサボろうよ。どうせ午後からじゃ
 仕事にならなそうだからATMに行こうか」

「ATM?」

「お金をおろしに行こうかなって思ったの」

「分かったよ……。君がそう言うんだったらね」

実は私は普段からお金の心配をしてないからか、
自分の口座にいくら入っているのかあんまり興味がない。

工場では給料明細が封筒で渡されるのだが、
半年に一度くらいしか見ないので、
普段は机の引き出しの中にコレクションしている。
そもそも時給210円なら見てもしょうがないでしょ。

ATMにりそな銀行のキャッシュ―カードを入れ、
暗証番号を入力。よく覚えてないけど、
この番号であってるかな? 
番号はあってた。残高は約470万だった。

「私って持ってる方なのかな?」

「令和10年の賃金水準(全国平均時給・190円前後)
 の中ではかなりの額だろうな。
 平成の1000万に匹敵することは保証するよ。
 しかし、よくこんなに溜めたねぇ。
 趣味とかに使ったりしなかったの?」

私の趣味と言えば、夏にガリガリ君を食べて
冬に白くま君とゆきみ大福を食べる。
あとは朝早く利根川の堤防をジョギングしたり、
図書館で本を借りたりすることかな。あんまりお金使わないのよ。

小さい頃から何でも買い与えられたから
大人になって欲しいものが何もないの。
服はユニクロとジーユーで買ってる。

化粧水と乳液はマツキヨ。コスメグッズも良くコンビニで買う。
この間は中学時代の友達とお揃いで1500円の靴を買ったよ。
私は外見が地味だし、とてもオシャレなほうではない。
髪質は良くて綺麗だってよく褒められる。

パパが四半期ごとにブランド物をプレゼントしてれるけど、
金持ちと思われたくないから押入れの奥にコレクションしてる。

たまに、いらなくなったのをアウトレットで売ることもあるけど、
現金が手に入ったところで、やっぱり買いたい物が見つからない。
私ほど無欲な人間って珍しいのかな。

旅行には行きたいけど、一緒に行くほど仲の良い友達がいない。
会社では上辺だけの友達はたくさんいるけどね。
いた、と言ったほうが正しいか。

大学生の時から一人で本を読んでる時間の方が好き。
テレビを見るよりユーチューバー・チャンネルを見るのが好き。

「なるほど。ある法則に気づいたぞ」
「なに?」
「お金持ちほどお金が溜まる理由だよ!!」

賢人君は大げさに身振り手振りを加えながら説明してくれた。

⇒金持ちは、そもそも生まれた時から欲しいものが何でもそろっている
⇒したがって物欲が少ない
⇒大人になってから無駄な支出が減る
⇒さらにお金が溜まり、溜まったお金が子孫へ引き継がれる。

なるほど。お金を資産のレベルで考えると、
お金持ちは余ったお金を運用(投資)してさらに増やす。
不動産や有価証券も含めて次の代へと継承される。
こうしてお金持ちはずっとお金持ちとして生きていけるのね。

「逆に貧乏人はだな…」

⇒小さい時から欲しいものが手に入らなかった。
⇒物欲が強くなる。大人になってから給料を全部使う
⇒貯金ができず、さらに貧乏になる。
⇒運用する金などあるわけがない。

生まれの違いによってここまで変わってしまうのね……。
人の世は残酷にできているものだわ。

「生活に必要のないお金があるなら投資信託でも買ったらどうだ?」

「いやよ。投資って怖いもの。元本割れするリスクがあるんでしょう?」

「しかしだな。今は長期金利の水準が0.001%まで下がった(日銀が規制緩和を維持してる)
 普通預金に置いても文字通り利息なんてゴミみたいなもんだ。
 10年単位の長期運用を考えるんだったら、
 債権とか日経平均連動のETFでも買ったほうが…」

「賢人君。元消防士の割には金融関係に詳しいのね」

彼は元銀行員だったことを教えてくれた。
どうりで消防士にしては体つきが貧弱だと思ったわ。
例えばリングの貞子と戦闘したら絶対に勝てなそうだもの。

「別の作品の話はやめようじゃないか。読者に嫌われちゃうよ」
「そうね」

閑話休題。

「賢人君は投資はしないのかしら。職歴上そういうのは詳しいのに」

「俺は時給210円のアパート生活だから無理だよ」

「前から思っていたのだけど、安月給の割には
 あんまり飢えてそうな感じがしないわ」

「そういえば……」

賢人君は、第4話以降の話を読み返してみました。
つい忘れそうになってしまいますが、この作品の設定では
物価の水準は平成の末期と変わっていません。

賃金水準がここまで下がっているのに
物価が変わらないって鬼すぎますよね。

単純計算で賢人君の収入ではアパートの家賃を
支払うので精いっぱいでしょう。なのに彼は妹さんの
作った夕飯を美味しそうに食べていたりと、
食生活に困ってる描写はありません。

また電子レンジが動く描写があることから、電気代も払えているようです。
美雪さんが調理していると言うことは、ガス代も払えているのでしょう。

「あんまり細かく分析すると作者が続きを書けなくなるぞ!!」

( ´_ゝ`)フーン

「平日は美雪さんがお買い物をしてるのよね?」

「そう……だね。日用品は全部買ってもらってる。
 休日は一緒に行くこともあるけど」

「彼女は現役大学生なのでしょう?
 そのわりにはお金を持っているのね」

「親からの仕送りがあるとか言っていたな」

もしかして……

「美雪さんって奨学金をもらってる?」

「いや、親のお金だよ。俺が大学生の時もそうだった。
 子供の学費は全部出してもらえる家だから」

「お父さんのご職業は?」
「銀行マンだよ。言っておくけど給料はめちゃくちゃ安いぞ?」
「美雪さんから仕送りの具体的な額は聞いたことがあるの?」
「あー、どうだったかな。お金の管理は全部あの子に任せてるからなぁ」

彼は首をひねりながら

「そういえば、美雪は大学二年の時から株を始めたとか言ってたな。親父の影響で」

「すごいわね。まだ学生なのに」

「日経新聞を読むのが趣味みたいだ。変わった趣味だよな。女子大生なのに。
 ダウ平均がどうとか、ドル円相場がどうとか、よく独り言を言ってるな」

「外国の株にでも投資してるのかしら?」

「たぶんそういうことなんだろうな。外国の株ってなんか危なそうだよな。
 本当に儲かってるのかねぇ」

「どのくらいの資産を持ってるのか気になるわね」

「うんうん」

「今日帰ったら妹さんに訊いてみたら?」

和やかに会話していたのに、彼は一転して暗い顔になって、

「それはまずい」と言った。

「どうして?」

「この話のタイトルを読んでくれ」

美雪さんが自殺未遂をした……?
確かにそう書かれているわ。私の見間違いではないわね。

つまり、この話の中で美雪さんが死ぬ可能性が…

「いや。すでに死んでるっぽいぞ」

ええっ!?

彼は、妹さんから送られた写メを見せてくれた。
バスタブの中で血だらけで横たわっている美雪さんが映ってる。
しかも裸だ。肌白いわねー。ってそれどころじゃない!!

「今ならまだ間に合うかもしれない。早く助けに行かないと!!」

「そう焦るなよ」

「焦るよ!! 出血多量で死ぬかもしれないんだよ!?」

「いやいや。こういうの、よくあるんだよ」

よくあるの!? 自殺未遂をすることが!?

「ほんと困るよなぁ。なんか、こういうことされると
 家に帰りたくなくなるよな」

家に帰りたくないって…。
だから、そんなこと言っている場合じゃないでしょ!!

「ちょっとファミマに寄ってから帰ろうか」

彼があまりにも悠長なのであきれてしまった。
生前の美雪が好きだったからと、チーズタルトを買うことにした。
税率が34%。しかもコンビニの品のため、
底辺所得者の私たちにはあまりにも高価です。

私は欲しくもないのに母から毎月
渡されているクオカード(株主優待)があるので使いました。

「おごってもらって悪いね」
「いいのよ。それより早く賢人君の家へ!!」

彼はトナカイのような顔をしてとぼけてる。
どうして焦らないのか理解できないけど。

そして賢人君のアパートの中へ。やっぱり美雪さんは
血だらけの状態でバスタブの中にいた。

「おい美雪、チーズタルト買ってきたぞ」
「えっ、本当!!」

普通に生きてた。
バスタブから起き上がり、裸のまま賢人お兄ちゃんに抱き着ついた。

「お前の手首、出血がひどいからあとで病院の先生に診てもらうな」
「うん。分かった」

手首からの出血がバスタブに溜まり、血だらけを演出していたみたい。
痛くはないのかしら? 見てるこっちは直視できないレベルなんですけど。
結構な量の出血だったのにケロっとしてるのが逆に怖い。

「手首が痛いから食べさせてよ。はい、あーん」
「はは。美雪はいくつになっても子供だなぁ。ほら。おいしい?」
「うん。おいしー!! ちょーおいしー!!」

リンゴを握りつぶしたくなるほど腹立つ光景。
賢人君は私と今日から付き合い始めたの忘れてないよね!?
こんなの見せられるなら来なければよかった!!

そんなことを思っていると、賢人君からメールが来た。
妹さんとイチャつきながら、どうやってメールを書いたの。

『絶対に美雪を刺激しないでくれ。最悪本気で自殺しかねない』

よく観察して気づいた。
賢人君は引きつった笑みで美雪さんの相手をしている。

まさか……美雪さんってメンヘラ? 
ネットでは生存が報告されているけど、リアルで始めて見た。

「お兄ちゃん、消毒してから包帯撒いてよぉ!!
 美雪ねえ、痛すぎて死んじゃうよ!!」

賢人は老人のような顔で「はいはい」と言いながら看護をしていた。
彼も彼なりに必死なのね。身内に変な人がいると苦労するよね。
美雪さんに比べたら私の兄は全然まともだ。

「そろそろ服を着たほうが良いと思うんだけどなぁ。
 夜は冷えるから風邪ひいちゃうゾ?」

「分かった」

と言って彼女は兄が見てる前なのにパンツを履き始めました。
賢人君はものすごく複雑そうな顔をしています。
さすがに年頃とはいえ、妹の裸を見て興奮はしないと思いたいけど、
彼のズボンは、はちきれそうなほど膨張していました。

賢人君……最低……。

彼女の髪は水で濡れていたので、ドライヤーで乾かしました。

その間、賢人君は『血だらけのバスタブ掃除したくねえ』
とつぶやいてしました。心底嫌そうな顔で。

「お兄ちゃん。ごめんね。私ったらまた取り乱しちゃって」

「こんなの気にするなよ美雪。俺にはお前が必要だ。
 お前がいないと俺は生きていけないんだから。
 美雪も俺が必要だったら、いつでも言ってくれ。
 美雪のためだったら、なんでもしてやるつもりだよ」

なんてカッコいいセリフ。
美形で低い声の彼に言われたらほとんどの女が
喜んじゃうと思うな。私にも言ってよ。

「今なんでもしてあげるって言ったよね?」
「あ、ああ。言ったな」
「じゃあ」

ここで美雪さんは私へ殺気を放つ。

「そこにいる女と別れてくれる?」

私の時が止まった。賢人君も止まった。

そんな事を急に言われても対応に困ってしまう。
どうして私と彼の関係が既に知られているのか。
私と賢人君が付き合うようになったのは今日の午後。
しかも会社での壮大なる茶の番を経て。

美雪さんが会社での出来事を知っているとは思えないのだけど。

「美雪は俺のラインにスパイウェアを送り込んでいる。
 つまり俺の携帯の情報は妹に漏れている。
 俺がヒトミさんとラインを交換したことを察知し、
 それで関係を知ったのだろう」

と耳打ちしてくれました。
顔を近づけるとドキドキしちゃうじゃない。

「その反応、やっぱり二人は付き合ってたんだね!!」

美雪さんはテーブルを振りかざして暴れ始めました。

狭いアパートだから大変です。
東京でシンゴジラが暴れているシーンを彷彿とさせます。

「うそつき!! うそつき!!
 お兄ちゃんはいっつも私に嘘をつくんだ!!
 私の何がダメなの!! 坂上さんはお金持ちだから好きになったの!?
 それとも顔が好きなの? 私の方が若くてぴちぴちしてるのに!!」

賢人君は、冷めた顔でその様子を眺めていました。

イラついてるわけでもなく、あきれているわけでもなく、
ただ無言です。いったい何を考えているんでしょう。

美雪さんが暴れ疲れたところを見計らい、強烈なビンタを食らわしました。

ぱっしいいん!!

女の子にはちょっとキツすぎるその一撃。
白い肌に男の手形の跡が浮かび上がる。
さすがの美雪さんも暴れるのをやめ、おとなしくなりました。

「俺が美雪を嫌いだなんて一言でも言ったか?」
「他の女を取るってことは、同じ意味だよ」
「何度も言うが、お前は俺の妹だ。恋人じゃない」
「う、うぅ……うわぁあああ」

美雪さんは大泣きを始めました。
情緒不安定にしても程がある。
大学生とはとても思えない。

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ。ひどいよぉおおおおおおお。
 お兄ちゃん。ひどいいいいぃいいいい!!」

賢人君から、「すまないが、今日のところは帰ってくれ」
とメールされたので
静かに立ち去ることにした。

彼と付き合い始めた初日からこれって…。

予想通りの三角関係になっちゃったかぁ。
もっと出演料あげてくれないと
この小説に出るのが苦痛になってきたよ。

次はどんな脚本になるんだろ。


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※ けんとくん

俺の妹は、たまに幼児退行現象や自殺未遂をしたりする。
俺があんまり構ったやらなかったり、
あるいは今回のように彼女を作ったりするとこうなるようだ。

最初は俺もあせったが、何度もされるうちに慣れてくる。

一晩寝ると、あの時の発狂が嘘だったのように
普通に戻る美雪。

「おはよ。ご飯できたから、そろそろ起きて」

俺は洗面所で顔を洗い、ちゃぶ台の前であぐらをかいた。
狭いアパートなのでイスはない。

テーブルは、昨夜美雪が暴れたせいで角がボロボロになってる。
買い換えたいけど、俺の安月給じゃなあ…。

「お兄ちゃん。昨日のことなんだけど、本当にごめんね?
 ……怒ってるよね?」

「俺は昔のことにはこだわらない性格だから」

「坂上さんとの関係も!!」

「ん?」

「私は応援してるから。どんな経緯で付き合うことになったのか知らないけど、
 お兄ちゃんがぜひにって思う人なら、きっと悪い人じゃなかったんでしょ?」

「あ、ああ」

「素敵な人と付き合えてよかったね?」

「ありが……とう」

素直に喜べねえ。
美雪が思いっきり悔しそうな顔をしているからだ。
こいつは考えていることが全部顔に出るな。

そんな無理をしてまで俺に気を使わなくていいのに。
強情を張ったら俺に嫌われると思ってるんだろうが、
むしろ可哀そうになってくる。

だが甘やかしたら逆効果だろう。
この子には早く兄離れをして普通に恋人を作ってほしいのだ。

俺は工場の制服に着替えてアパートを出ようとした。
そしたら玄関に不審な張り紙がしてあった。

『妹を抱きしめて愛の言葉をささやきなさい』

この下手くそな字を誰が描いた? 作者か?

俺は、体が勝手に動いてしまい、
洗い物をしている美雪を後ろから抱きしめてしまった。

「おにいちゃん!?」

驚いてるよな。当然だ。抱きしめた感触で分かるんだが、
スレンダーな瞳さんと違ってこいつは、出るところがちゃんと出ていて
抱き心地が良い。実の妹に対して抱く感情じゃないのは分かっているが。

「愛してる」

「えっ」

おいおい、俺は何を言ってるんだ!?
冗談でも今の美雪に言うべきことじゃないだろ!!
俺はすでに坂上瞳と付き合ってるんだから、
美雪に愛の告白をしたって嘘っぽくなるだけだろうが!!

「嘘でもうれしい」

泣いてる……のか?

「でもいいよ。無理して愛してるなんて言わなくて。
 お兄ちゃんが真剣に坂上さんとお付き合いをしたいのは
 よくわかってるから」

「俺はお前のことも好きだ!!」

「……何言ってるの?」

本当に何言ってるんだおれ!?
自分の意志とは関係ない言葉が次々に出て来るぞ!!

「お兄ちゃんは仕事で疲れてるんだよ。今日はお休みする?」

「うるせえ!! 俺はお前のことを愛してるんだ!!
 愛してるのに愛してると言って何が悪いんだ!!」

おいおい……。

「愛してるのは妹として、でしょ?」

「違う!!」

違くねえよ!! その通りだよ!!

「はっきり言わせてくれ。もう坂上瞳のことは赤の他人だと思ってる」

「へ……? 昨日から付き合い始めたんじゃないの?」

美雪が後ずさりしたのは初めて見るな。
本気で俺の頭がおかしくなったと思ってるみたいだ。
昨夜は妹が発狂。そして今朝は兄の俺。まさに発狂ブラザー。笑えねー。

「なかなか信じてくれないようだな? ならこれでどうだ」

また俺の体は勝手に動いた。

美雪の腕をつかみ、抵抗できないようにしてから
ゆっくりと顔を近づけた。
本田望結ちゃん並みに整ったこいつの唇を、俺は奪ってしまった。

おえええええっ!!
これで二度目のキスだぞ!?

血のつながった相手とのキスとか無理過ぎるわ!!

確かにその辺の女よりは整ってるとは思うが、
妹だから生理的に受け付けねえんだよ!!

「本気にしていいのね?」

「もちろんだよ。おまえのことだけを愛してる」

だから何言ってるんだよ俺はああああああ!!
しかもラインで瞳に「やっぱり別れてくれ」って送っちまった!!

本当になんなのこのクソ展開は?!
作者の頭の中腐ってんじゃねえの?!
今すぐ脚本書き直せよおおお!!

俺は満足げな顔をして出勤したが、もちろん大問題に発展する。

主任によるクソみたいな朝礼終了後。俺たちはネズミのように
一分一秒を惜しんで仕事に取り掛からないといけないのだが、
瞳さんが俺の席の方へとずかずか歩いて来たぞ。

「朝からあのメールはなんのつもりなの?」

瞳さんの声が低い。俺は胸ぐらをつかまれてしまう。
またしても部屋にいる全ての従業員の視線が俺らに突き刺さる。

ところで俺と瞳は今日も普通に出勤している。
この部屋のメンバーに変更はない。
瞳の温情によって、従業員の大量銃殺刑の計画はチャラになった。
よって件のおばさん連中(ヒトミは女の子と称していたが…)も普通にいる。

「状況説明はイイから、早く説明しテ」
「説明しないと小説が…」
「メタネタはいいから。はっ。メタネタ?」

ここでさかしいヒトミちゃんは真実に気が付いたようだ。

俺は身振り手振りを加えながら、自分の意志とは関係なく
妹に愛してるなど言ってしまったことを説明した。

俺とヒトミさんは、自分が小説に出演していることを
自覚しているタイプのキャラなのだ。作者のクソみたいな
発想によるクソ展開だったことを理解し、瞳は衣を引き裂きながら憤慨した。

……会社なのに実際に引き裂くわけないよな。
だって引き裂いたら下着が見えちゃうじゃないか。
すまん。ただの比喩だ。朝から欲求不満だったのかもしれない。

「みなさん、お騒がせしてすみませんでした」

瞳さんが頭を下げるのだが、反応はない。
みんなは仕事に夢中なふりをし、坂上瞳を視界に入れないようにしている。
まるで「いないもの」だ。

仕事はいつも通りこなし、お昼休みになった。
俺は食道に長居したくないので
10分で食事を済ませて仕事部屋に戻る。

この部屋には数名の男性が昼寝をしたり
スマホを一生懸命いじってるのみ。
さすがにお昼休みは問題を起こす人がいないので快適そのものだ。

「なあ、おまえってさ」

良く肥えた若い男が声をかけて来た。
こいつは洗濯ネームってのを生産してるオペの一人だ。
腕前にはかなりの自信があるらしい。ブサイクのくせに。

普段の昼休みは自分の机(作業台)の椅子に腰かけて
スマホいじってる男だ。

「坂上とは会社公認の仲なんだよな?」

年は30過ぎで肌が浅黒い。
いかにも興味津々と言った感じで目を輝かせている。
そんなに人の恋愛事情が気になるのか。
主婦みてえな思考回路をした野郎だ。

「一応付き合ってるってことにはなってるな」
「へえすげえな。いずれは結婚も考えてあげないとな」
「え? 結婚?」
「坂上嬢もあの年だから結婚相手を探してたんだと思うんだが」

確かに瞳さんからすれば結婚する最後のチャンスかもしれないな。
あの人は結婚には全然興味なさそうだが
女性だからいざ将来に子供が欲しくなった時に困るよなぁ。

「まさか、おまえ」

初めて話すのに「おまえ」ですかい。

「坂上嬢と遊びで付き合ってるんじゃねえだろうな?」

なんて答えたらいいんだ。
俺は今朝妹に愛の告白をしたばかりだ。
瞳のことは好きなことに変わりないんだが、
望んでもないに少女漫画の三角関係並みに複雑な関係になってしまっている。

「もし遊びだとしたらおまえ、ただじゃすまさねえぞ」
「はい?」

男は坂上瞳のファンだったらしい。夜のおかずにするほど彼女の
事が好きなようだ。見た目通り汚ねえ野郎だ。訊いてみると瞳さんに
密かに憧れてるジジイ共は他にもいるようだ。

へへ。瞳さんを美人と思ってるのは俺だけじゃなかったんだ。
少しくすぐったい気持ちになるぜ。

「本当はシブヤの鼻の穴にペンチを突っ込んでやりたいが、
 我慢してやる。坂上嬢は社長令嬢だからな。
 彼女の彼氏ってなら誰も手出しできねえ。たとえ上司でもな」


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