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作品名:令和10年。財政破綻と強制労働と若い兄妹の絆の物語 作者:なおちー

第10回   坂上瞳「私が会社でハブられる?」
※ヒトミ

みんなの態度がいつもと違うとは思っていた。
最初はわずかな違和感、だけどそれは次第に強まっていて
今では確信へと変わっている。

私だって無駄に32年も人生を生きてきたわけじゃない。
今までいけ好かない奴とか色んな人を見てきたつもりだけれど。

「……以上で朝礼は終了。検品担当の者たちは残れ。他の者は解散である」

私たちだけ残れってことは……答えは決まってる。

検品担当の女子達に緊張が走る。
検品を担当しているのは、私の他に5人の女性がいる。
小さな部署だけど、みんなめったなことでは
会社を休まなくて仕事熱心。連携はしっかり取れている。

「先週の5/14出しの分で検査漏れが発見された。数は4000を超える」

4000枚も!? 私らの会社はアパレルブランドの値札(タグを)作ってるんだけど、
印刷オペが間違えて生産したのを、最終検査の私らがスルーして出荷。
その後、出荷先の企業から苦情が来たってことなんだけど、
まさかこんなにミスするとは。まさか私か?

「当時の作業担当者の名前をこれから公表する。坂上……である」

本当に私かよ。うそ。慣れてる仕事だから油断してたのか。

「これだけの不良品をスルーした罪は重い。通常なら銃殺刑とはまでは
 いかなくとも、指導の対象ではあるのだが……しかしまぁ……なんだ……」

主任が罰の悪そうな顔をしている。

「諸君、そもそもだ。ミスとは何だ!?」

突然両手を広げてバリトン歌手並みの声量を出し始めた。

黙々と作業の準備をしていた男性のオペ陣も驚愕してこっちに注目してる。
私達も唖然とするしかない。

「ミスとは、本人の意思とは関係なく発生するものである!!
 それは、ある日突然、誰にでも起こりうるのである!!
 この私、主任であっても例外ではないのだよ!!
 諸君!! そうではないか!!」

そうではないかと言われても、私らには答えようがないんですけど。

「これは私の推測ではあるが、その日、坂上はたまたま睡魔に
 襲われるなどして作業に支障があったのだろう!!ああ、分かるぞ!!
 人間なら誰だって睡魔に襲われることはある!! 
 人間だから仕方ないことだ!!」

「現在わが社は深刻な人手不足である!! 
 特に検品担当者は熟練ばかりで替えが聞かない存在だ!! 
 そこで私は、今回の刑については簡略的な措置を取ることにする!!」

歯を食いしばれ。と言われたので殴られるのかと思った。

ペチ。

主任は、私の頬をなでるようにぶった。

「以上で指導を終える!! 貴様らもさっさと仕事を始めなさい!!」

この茶番にはもちろん理由がある。

私は数日してから知ったんだけど、女性従業員の間でこんなうわさが流れていたらしい。

『坂上瞳はペンタックの社長令嬢』

上司たちの間にも噂は広まってたようね。
つまり私に危害を加えたら、むしろ主任の方が銃殺刑になる可能性があったと。
それなら朝礼時のキョドり方もなっとくできちゃう。

なんか……こうやって特別扱いされるの、いや。
私は人と何一つ違わないように気を使って生きているつもりなのに。
目立つのも大嫌いだし、美人だ美人だとチヤホヤされるのも実は好きじゃなかった。

私の周りの人たちは明らかに私から距離を取るようになった。
私から話しかけない限り絶対に話しかけてこないし、
バツイチの人で恨みのこもった目でにらんでくる人もいる。

『何が時給210円よ。親にお金出してもらってくるくせに』
『あの年で親に生活費を依存してるの。人生舐めてるわ』

仕事中に後ろの席からそんな言葉が聞こえてきたこともあった。

今までずっと秘密にしていたのに。
私のうわさを流したのがシブタニ君だったことを確信したけど、
不思議と文句を言う気にならなかった。私が遊び半分で
彼と妹の近親相関シーン(厳密には違うけど)を拡散させた報いなんでしょ。

今考えたら、なんであんなことしたんだろ。
嘘じゃなくて本当にシブタニ君に恨みはなかった。

『生活に困ってないから仕事でミスするんじゃない?』
『どうせこの会社を首になっても家のお金だけで生きていけるものねwww』
『お嬢様は羨ましいわーwwwみんな生活に困ってるのにさw』

最初は耐えられた。

だけど女たちの悪口は日に日に悪くなる一方だった。
あいつらは私に直接言ってこない代わりに
わざと聞こえる声で陰口を言ってくる。だからタチが悪い。

私はお昼ごはんを一緒に食べていたグループらかも疎遠になってしまい。
一緒の席で食べてはいるんだけど、私だけ会話に混ぜてもらえなかった。

私はまるで……いないもの。視線すら交わしてこない。

すごく気まずいし、ご飯がまずくなる。
お昼ご飯だってみんなと同じで冷食中心で
変なメニューにはしてないから普通に接してよ。

例のうわさが流れてから私は会社では有名人。
全然関係ない部署の男性達まで私を奇異な目で見てくる。

食道ではシブタニ君とよく目が合うけど、何で見てくるのよ。
言いたいことがあるなら言ってきなさいよ。

その日の午後は、特にひどかった。

「私ら急な予定が入ってるから、残業できないのよ。
 悪いけど、あとは坂上さん一人でやってくれる?」

検品は全部で6名。他の5名のメンバーは、
私だけを置いて早退してしまうのだと言う。

早退!? まだ午後の2時だよ。
うちの会社(日本の会社はどこも同じだけど)は一日16時間勤務だから、
夜の9時過ぎまで働かないといけないのに。

「明日埋め合わせするからさwwwwじゃあねwww」

そもそもみんな同時に帰る用事っておかしくない?
どう考えても私に仕事を押し付けて帰るってことじゃない。

予定表を見ると、今日出荷の分だけで相当な量だ。
私一人でやったら、それこそ24時間連続で勤務したとしたも終わらない量だ。

どうしてこんなことに……?
勝手な理由で早退する奴は銃殺刑になる決まりなのに、
あいつらがひょうひょうと帰れる理由が私には分からない。

「待てよ村人ども。なに帰ろうとしてるんだ。席へ戻れ!!」
「なにぃ? 邪魔すんなよシブタニ」
「シスコン野郎!! どけよ!!」

フロアの出入り口で男女の揉めてる声がする。

「坂上さんにだけあんなに仕事押し付けるなんて鬼畜過ぎるだろ」

「んだよ。あんたには、かんけ―ねーだろ!!」
「どけよシスコン!!」

5人組の中で特に気が強い女(43歳子持ち)がシブタニ君につかみかかってる。

「どんな理由で早退するつもりなんだ。
 理由を言わねえ限り俺は納得できねえな。
 坂上さんに仕事を押し付けてまで帰るほどの正当な
 理由があるなら仕方ねえけどよ」

「帰るも何も、あたしらは今日で辞めるんだよ」

「なに!?」

「あたしらはね、あの甘ったれたお嬢様と一緒に仕事してるのが
 我慢ならなくなったんだよ。あたしらの稼いだお金とあいつの稼いだお金は
 本当のところ同等じゃない。おまけに社長令嬢だから仕事でミスしても
 刑罰を受けないときたもんだ。こんなの、やってられないよ!!」

「……てめーらの気持ちは分からなくもない。だが会社が認めるものかよ。
 おまえらは会社の門をくぐる前に警報が鳴り、上司に一網打尽にされるぞ」

「かまうものか」

と言って、女たちは隠し持っていたハンドガンを見せて来た。

「あたしらはいい加減生きてるのが馬鹿らしくなったんだ。
 坂上には騙されたよ。生まれの良いことはなんとなく知っていたけど
 まさか社長の娘だったとはね。あたしらは会社を脱出できなくても
 一人でも多くの上司を殺してから最後は自殺してやる」

その目は本気でした。

消費税率34%を始めとした自民党の暴走によって
日本人の心はすっかり荒んでしまった。

窃盗、略奪、暴行、銃殺刑、拷問、粛清。
これが日本での日常。

自殺と他殺によって人口の減少に歯止めがかからない。
毎年内戦や紛争をしている状態と言った方が正確だと思う。
首相は日本は平和で良い国だと言っているけどね。

女たちは、自分たちの輪の中で特別扱いされて
絶対に銃殺刑にならない私のことを
殺したいほど恨んでいるのだろう。

私は恨まれることはあっても人を殺したいほど
恨んだことは一度も無い。
だから私には、彼女たちの気持ちを真に
理解してあげることはできない。同情はできてもね。

「まずはあんたから死になよ」

眼鏡をかけた長身の女が、シブタニ君に照準をつけた。
あの子の名前は青木さんと言って、少し前まで私と仲良しだった。

「撃つなら撃ってみよろ。どうせ口だけなんだろ」

シブタニ君は肝が座っていて、表面上は動揺してない。
でもかなり怖い思いをしているのはなんとなくわかる。

もはや死人が出てもおかしくない修羅場。
仕事などしてられる状況ではなくなり、フロア中が騒然となった。

「もうその辺でやめてよ!!」

私は緊張で震えながら席を立った。
恐怖で体中がこわばっていて、ひどい顔をしていたと思う。

「彼に何の関係があると言うの!!
 今回の件は私が原因なのでしょう。
 その銃口を私に向ければいいじゃない!!
 それであなた達の気が済むなら喜んで犠牲になるわ」

女たちは歯ぎしりしてすごい顔で私を睨んできた。
あまりの迫力に足に力が入らなくなってしまう。
人間の殺意ってこんなにすごいのね。

そんなに私の存在は彼女たちにとって不愉快だったのだと改めて思う。
仕事で溜めこんだストレスもあるんだろうけどね。

「ぷっ、何が銃口を私に向けなさいだ」
「あいつら、できてんじゃねーの」
「ばっかみてえ。簡単に撃てるなら苦労しねーよ」

……え? 男性から失笑が漏れている。
この会社では比較的若い男性が揃っている、
部署後方のオペレーター席の方からだ。

「金持ちは死ね」
「生活に困ったことのないお嬢様。くたばれ」
「マザコンなんだろ? 家に帰ってママのおっぱいでも吸ってろ」

令和10年。貧富の差が極限まで広がった日本では、
全労働者の大半が時給350円以下の派遣社員。

女性バツイチはさらに過酷な生活を強いられ、
専業主婦は派遣会社に拉致され、子供は保育園に奪われる。
彼ら若い男性は賃金が足らずに結婚の希望すらない。

これからの日本は、移民してきた外国人奴隷が子孫を残すことによって
人口を一定の率に保っていく。優秀な一部の日本人にしか
子孫を残す権利を与えず、一部のエリート日本人が多くの外国人を
隷属化する、かつてのナチスドイツの再建を目指す。

アベ政権の目指す未来に日本人の誰もが絶望していた。
こんなご時世じゃ、金持ちがいじめの対象になるのは当然のことだ。

「皆さんの言いたいことは良く分かりました!!
 私のせいで不愉快な思いをさせてごめんなさい。
 私は今日この日をもって会社を辞めようと思います。
 パパにはあとで知らせておきます。
 これで他の女性たちが辞める理由もなくなりましたよね?」

私は子供のころから聖書は読むようにと親にしつけられていた。
夜寝る前の5分間は新約聖書を音読するのが日課だった。
だから普通の女よりは自己犠牲の精神が強かったのだと思う。

でも哀しいよ。
三年も務めた会社だったのに。
人ではなく、この建物に愛着すらある。

泣いてる顔をみんなに見られたくない一心で、駆けだしました。

その時の私の顔は、全世界に対して辞任を
表明した英国のメイ首相のようだったことでしょう。

廊下で誰かに泣き顔を見られるかもしれない。
食堂近くに有るトイレに入りました。

「君はメイ首相とは違う!!」

そしたらシブタニ君も続いて入ってきました。
ここ、女子トイレなのに。

「今はそんなこと、どうでもいいだろ!!」

シブタニ君……。

「イギリスのメイちゃんは、下院議会の暴走を抑えきれなかった。
 外国の政治なんてあんなもんだ。だが君は、違う!!
 これは君だけの物語。君の物語の主人公は、坂上ひとみなんだ!!」

「ごめんね。言ってることがよくわからないの。
 励ましてくれてるのは分かるんだけど、
 お芝居っぽいセリフを言われても」

「俺は君に辞めてほしくない!!
 君にはいつまでもペンタックにいて欲しいんだ!!」

シブタニ君は、飛びつくような勢いで私の体を抱きしめました。
こんなに近くでシブタニ君が……。
男の人の体温を感じて心臓がドキドキします。

「私は大勢の人が見てる前で辞めるって言ったのよ」
「前言を撤回すればいいじゃないか」
「でも、みんなに恨まれてるのよ」

「俺が上司を説得する!! 
 上司からしたら令嬢の君を首にする理由はないはずだ」

確かにそうだとは思うけど、これだけ人間関係が
ギクシャクしたら普通は辞めるべきだと思う。
あまり言いたくないけど、私は本当に生活の心配は
しなくていいんだから。

その時でした。

「あっ………え?」

トイレに入って来た女の人が
抱き合う私たちを見て走り去っていきました。

まあ、そうだよね。
まず女子トイレに男がいることが異常だよ。

「お願いだよぉ。坂上さん……辞めるなんて……言わないでくれぇ……」

彼は泣き崩れてしまいました。
そんなに悲しいのね。一人でも私を引き留めてくれる人が
いてくれたことがうれしい。
どうしてこんなにも私のことを気づかってくれるの?

「最初は、ほんの出来心だったんだ。君に俺と妹のあれを拡散された恨みで
 君のアパートを放火しようとした。そして君の生まれの秘密を
 従業員共にばらしたのは、分かってるとは思うけど俺だ」

彼は震える声で続ける。

「俺が原因で君がいじめられてるのをみて、すごく悲しくなったんだ。
 今では俺、後悔してるんだ。ごめんよぉ。謝って済む問題じゃないのは分かってる」

「私も、ごめん」

「え?」

「私も本当はあなたの妹に嫉妬していたのかもしれない。
 実はあなたたち2人が仲良さそうに街を歩いてるのを
 何度か見たことがあるの。それで本当にキスとかする
 関係なのかなって探ってみたかっただけなの」

私にはお兄様がいる。もしくはクソ兄。
日本には魅力がないからって親のお金でニューヨークで暮らしてる。
もうね。一生帰ってこなくていいよ。

同じ家に住んでる時は喧嘩ばっかりで暴力を振るわれたこともが何度もある。
母は厳しい人だけど、長男の兄に甘くて、怒られるのは決まって私だった。

兄は自信家で、人より頭が良いからすぐ他人を見下して
金持ちを鼻にかけて、中学2年の時から株式投資の勉強をして
ある時大もうけした。株だけじゃなくてFXや不動産にも手を出していた。
今は個人資産を5000万も持ってる。
生活のレベルを落としたら配当金だけで生きてけるって言ってた。

『いいか瞳。資本主義では資本を持ってる奴が一番偉いんだぞ。
 借りる側が弱者。貸す側が強者だ。分かりやすく言うと中央銀行だ。
 銀行、企業、政府へとお金が流れる。銀行家が一番の金持ちだって
 ことはロスチャイルド家の歴史が証明しているんだ』

お金を持ってるから何?
お金を持ってる人ってそんなに偉いのかしら。

私は兄を見返してやろうと中三の時に株の勉強を始めようと思った時がある。
兄に専門書(ウォーレン・バフェットさんの著書)を借りようとしたら

『おまえみたいな小娘に投資の世界が理解できるもんかwww
 ひとみは学校の成績も学年で下から数えたほうが早いそうじゃないかwww
 金融の勉強をする前に英語の単語でも覚えてろよw』

どんだけ自分の妹を見下してるのよ。
本気で殴ってやろうかと思うほどムカついた。

だからなのかな。
優しそうなお兄さんって、あこがれだったんだ。
私にも普通の兄がいたら、あんな感じだったのかなって。

良い雰囲気になったところで、また扉が空きました。

「え?」

清掃業者のおばさんでした。
私じゃなくてシブタニ君を見て固まっています。

早く言い訳を考えないと、シブタニ君が女子トイレに侵入した変態って
ことでうわさが広がってしまう。

「ちょっと嫌なことがあったので彼氏に相談していました」

「は……かれしぃ?」←おばさん

おばさんは、掃除用のモップを音を落とし、
廊下へ駆け出していきました。

「今の言い訳はまずかったんじゃないか」
「私もそう思った。けど、もう遅いよね」
「まじでどうする?」
「私たちの関係よりも、むしろ…」

トイレの前が急に騒がしくなってきた。
人の足音が聞こえる。どんだけ人が集まって来てるんだろう。

私は彼と一緒に廊下へ出ました。

「坂上ヒトミさんと、渋谷ケントさんですな?」

工場長と営業部の偉い人だ。
私たちに話があると言うことで会議室に呼ばれた。
どうやら私たちの午後の茶番は、フロアに仕掛けられた
監視カメラと盗聴器によって上司には筒抜けだったみたい。

会議室……?
武装した兵隊(従業員)が扉の前を警護している。
軍隊の施設にしか見えないけど。
何年勤めてもペンタックは軍需工場にしか思えない。

「今回の無礼をどうか許していただきたいのです」

工場長は私達に頭を下げて来た。
私だけでなくシブヤ君にも謝っているから驚きだ。
女性の事務の方からホットコーヒーを出されたけど、
緊張しすぎて飲む気にならない。

工場長の話によると、まず私は会社を辞めなくていい。

私に無礼な態度を取った全ての従業員を銃殺刑にし、
部署の一新を図るとのこと。減ってしまった人数は、
埼玉県南部にある工場から補充する。
つまり人が減ることは心配しなくていいとのこと。

問題は、ちょっとした喧嘩であの人たちの命が奪われてしまうこと。
私が社長の娘だから特別扱いされる!! 
あの人たちだってムカつくけど生活のために真面目に働いていたのに、
銃殺刑になってしまうんなんてあんまりじゃない!!

「おっと」

工場長殿は温厚な人物で、常に笑顔を絶やさない。
50前にしてはイケメンなほうだと思う。
親父萌え系少女漫画に出てきそうなイメージ。

「坂上さんは表情から察するにご不満のようですね。
 では彼氏さんのお話を聞くことにしましょう」

彼氏と言われたシブヤ君、思わず寝起きの柴犬の顔で呆けていた。

「シブヤ君は今回の銃殺刑については賛成してくれるかな?」

「俺の考えは坂上さんと一致しています。人が死んでほしくない。
 人が死なずに済む解決方法が欲しい。ただそれだけです」

工場長は「うーん」と言ってコーヒーのカップに口を付ける。

「日本の会社では悪化した人間関係の整理をするには
 略式銃殺刑を行うのが一般的なんですよ。
 もちろんわが社も例外ではありません」

工場は日本の銃殺刑の歴史を教えてくれた。

最初は令和2年。個人向けの住宅ローンで不正融資をした、
とある銀行員が新聞に取り上げられて大問題になった。
銀行側は、当該の行員に指示を出した上司を銃殺刑にした。

自動車会社で不正検査が発覚。検査を担当した人と、
指示を出した人を銃殺刑にした。銀行と自動車会社の例だが、
その後、不正をすることは二度となくなったという。

一般的な銃殺刑の方法は、垂直に立てられた丸太に
目隠しされて身体を縛り付けられる。
その後、秘密警察のライフルの弾で心臓を撃ち抜かれる。

国民に広く銃殺刑を浸透させるために、
NHKのテレビ放送でもCMの一環で流れることがあるの。
「国民粛清番組」ってのがあって、反自民党的な態度を
取る人を毎月の月末に公開銃殺刑にするのよ。

銃殺刑は、従業員に与える精神的なプレッシャーが
拷問よりも高い。これを効果的に利用すれば

「坂上さんが将来的に働きやすい職場を作ることが可能になります。
 今後、新しい法律を作ろうかと思いまして。坂上さんをお金持ちとして
 意識する従業員も指導の対象として拷問などを実施しようかなと」

私を今以上にお姫様扱いしたって陰で恨まれるんだから同じよ。
中世の封建社会ね。みんなが私におびえて仕事する姿が目に浮かぶようだわ。
そんなの、全然私の望んだ世界じゃない!!

私の気持ちも考えないで、勝手なこと言わないでよ!!

その時だった。

ズガアアアアアアアアン

シブヤ君がテーブルを破壊するほどの勢いで拳を叩きつけました。

「工場長の馬鹿っ。もっと瞳の気持ち、考えてよねっ」

シブヤ君は半泣き状態で今のセリフを言い、走って行きました。
彼ったら意外と乙女っぽいセリフを吐くみたいです。
しかも私の名前をさりげなく呼び捨てにしてる。

「あの、私もこれで失礼します。銃殺刑は反対ですから、
 できれば現状維持でお願いしたいと思ってます。それじゃあ」

シブヤ君を探さないと。

彼は廊下をシカのように駆けていました。
結構早くて全然追いつけません。

「きゃあっ」

シブヤ君は何もないところで転んでしまいました。
派手に転んだわね。膝をすりむいてしまったんじゃない?

「いいや。ズボンをはいてるから大丈夫だったよ」

「どうしてさっきは女口調だったの?」

「小さい頃から美雪の少女漫画を一緒に読んでいたんだよ。
 感極まった時はつい女口調が出ちゃうんだよ」

美雪……。

彼のその言葉には不思議な気持ちが込められているようでした。
ああ……この人は本当に妹さんのことを愛しているのね。
もちろん変態的な意味じゃなく、
家族として美雪さんを愛しているのが良く伝わってくる。

だからでしょうか。
私はむしゃくしゃしたので彼の首筋にチョップを食らわせてしまいました。

「ぐほっ」

「シブヤ君と連絡先を交換したいのだけど」

「チョップした後に言うセリフがそれかよ」

男の人と連絡先を交換してウキウキするのは何年振りかしら。
思えば大学時代も素敵な人とは巡り合えなかった。
本当に男運のない人生。ババ…母様に紹介された男も
全部振り続けていたからかな。

「お願いがあるの。会社では私の彼氏のフリをしてちょうだい」
「おう。少女漫画でよくあるパターンだな」
「ラノベの方がそれっぽいけどね」

「で、しばらくしたら俺達付き合うパターンになりそうだな」
「結婚にまで至ってもおかしくないわね」
「今、はっきり言わせてもらうぜ。俺は坂上瞳のことが好きだ」
「私も好き」
「あれ? ってことは」
「あ…そうなのね」

どうやら両想いっぽいです。
少女漫画では、他に姉の代わりにお見合いに参加する。
見合い相手と自分が懇意の関係になる、のパターンがよく見られます。

「振りじゃなくてマジで付き合うことになってしまったな」
「演技する手間が省けていいじゃない」

少女漫画だと、このあと恋の駆け引きが始まるパターンね。

「この事実を知ったら美雪が切れるのは間違いない」

賢人君と同じことを私も考えていた。

今後、この小説で考えられるパターンとしては、
私と賢人君の恋愛を、美雪が妨害する。
複雑な三角関係の末、私か美雪のどちらかが彼と結ばれる。

「あんまり展開予想すると作者が描きにくくなるからやめようぜ」
「でも王道の展開は今から潰しておかないと。
 市販の少女漫画やラノベと大差なくなるわよ」

いずれにせよ、こんな都合のいい展開によって恋愛が進展するのです。

「俺との関係を知ったら、瞳のお母さんも切れそうだな」

そうね……。

ぶっちゃけ私に偉そうな態度を取る母親がこの世で一番苦手なんだけど。
父の会社に多額の出資をしてるのも母側の家系だから、
家では父は母に頭が上がらない。だからぎくしゃくするのかな。

実際に夫婦仲は冷え切っていて、
親戚や偉い人が集まるパーティでは仲睦まじいふりをして
家では「筆談」しかしない。

筆談の内容は無機質な事務連絡のみ。
電子メールですらなくて、
家のどこかにメモ書きを残すだけ。

まじでうちの両親なんなの?

冠婚葬祭、その他式典の時以外で一年間で
言葉を交わすことがないとか終わってるでしょ。
どんだけ性格が合わないのよ。

仮面夫婦なのは自覚している。
だがこれは婚姻関係を維持するための最良の措置とか
父がどや顔で言ってたけど、
母が怖くて喧嘩にもならないだけでしょ。

こんな家庭で育ったら普通に結婚願望なるくなるわ。
兄も独身だし、弟も彼女すら作らないみたい。

大人たちはみんな「お金」の話ばっかり。
「資本金」「利子」「負債」「株式」「社債」「手形」

私が小学4年生の時、お父さんから誕生日プレゼントに
「会社四季報」を渡された。他の女の子はぬいぐるみとか
お人形さんなのに。まさかの「会社四季報」(東洋経済新聞社)

炉の中に四季報をくべてしまおうかと思った。
小学生の女の子で投資に興味ある人なんているの?

「ひとみ。お金は大切なものだよ。栄一(父の名前)は君に
 お金の運用の仕方を学んでほしかったのだよ。
 捨てることはなかろう。机の引き出しの中にでも取っておきなさい」

おじいちゃんは、あれから一年して亡くなった。

おじいちゃんが死ぬまで運用していた米国株式は、
なんと孫である私の兄に相続された。当時の時価総額で
2000万円もあったというのだから、かなりの大金だ。

兄は、それを10年で倍以上に増やした。

「金は人を裏切らねえ。おまえは馬鹿だから
 金の大切さがわかってねえんだよ」

愉悦に満ちた兄の顔を思い出す。何がお金だ。
ああ……また殺意が。奴の声が脳内再生されると
壁パンしたくてたまらなくなる。

私とてお金を無駄にして生きていたつもりはない。
実は質素なアパート生活を続けながら、
これといって欲しい物ものなかったのでお金を貯めておいたのだ。


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