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作品名:ノリスケおじさんがソ連のスパイ!? 作者:なおちー

最終回   久しぶりだねぇ、カツオ君
カツオは格安チケットの予約を取っていた。
NZのオークランド国際空港行きである。
その日の便で成田空港から飛行機で飛び立った。

搭乗前にATMで引き出した金額はざっと300万。
これだけあれば当面の生活には困らないと判断し、
当然観光もしようと思っていた。

NZの地理を覚える意味でもまずは、都市部のオークランドを
堪能してから、徐々に田舎の方へと足を広げ…

「それなら僕が案内してあげようか?」

カツオの搭乗席の横に座る一人の男が言った。
なんとその人こそ、カツオが
探し求めていたノリスケおじさんだった。

おじさんは正体を明かすまで変装用の仮面を
かぶっていて、東南アジア人の振りをしていた。

「久しぶりだねぇ、カツオ君。少し見ない間に
 すっかり大人っぽくなって。東京の大学に
 通ってるって報告を受けているよ」

「おじさん……なぜ僕と同じ飛行機に乗っているんですか?」

「なぜって? 愚問だね。君がモスクワ当局から
 僕の抹殺指令を受けていることは知っているよ。
 元一流スパイの僕を舐めないでくれるかな?」

「……そこまで知っていて、よく僕に話しかけられますね」

「ここは空の上だ。そうそう手荒な真似はできないだろう?
 それにNZで君に追跡されるのを待つのは性に合わない」

彼らは上記のセリフを全て英語で話していた。

「ノリスケおじさんこそ僕を舐めないほうが良いと思いますよ。
 僕もKGBで訓練課程を修了しています。
 高校時代から向こうの人間と繋がりがありましたから」

「もちろん知っているよ。だからね。どうせなら
 空の上で君を殺してしまおうかと思ったんだよ」

ドゴオオオン

左のエンジン部に異常が発生した。
ノリスケが事前に仕掛けて置いた爆弾による爆破である。

飛行機は急激に左側に傾き、落下コースを取った。
悲鳴。怒号。混乱の極みに達した修羅場の中で
ノリスケおじさんだけは、かつてのように笑っていた。

「それじゃあ、僕はもう行くからね」

パラシュート用のランドセルを背負ったノリスケが、
さわやかに去って行くのだった

カツオは座席から動けない。
カツオの搭乗席には高圧電流が流れており、
もはや意識を保つだけで限界なレベルだ。

この電流を流す装置もノリスケが事前に改造したものだった。
全世界規模で彼に協力する人はいた。
航空関連会社もその例外ではなかったのである。

「ちく……しょ……う」

このままカツオが動けないままだと、
間違いなく飛行機と運命を共にすることになる。

「ノリスケえええええ!!」

その叫びは彼には届かない。

飛行機は海への落下コースを取った。
もはや誰にも止めることはできない。
飛行機の機長は責任を取って拳銃自殺した。

ノリスケは落下傘で自由落下していた。
吹き荒れる風が彼のパラシュートを島の方へ運んでいく。
ここは日本のはるか南にある地域だった。

ノリスケは、無人島に落下することに成功した。
都合の良いことに海岸沿いである。
腰に付けた無線機ですぐに仲間と連絡を取り、
迎えの船を寄こしてもらうことにする。

迎えが来るには時間がかかる。
それにすでに夕方であるから、
日をまたいでしまうかもしれない

ノリスケは夜を乗り切るためのたき火の準備をしようと。
手頃な大きさの石と薪木を探そうと周辺を歩き回っていた。

「待てよ」

島の熱帯雨林の方から人の声が聞こえたので
まさかと思うと、全身ボロボロになったカツオがそこにいた。

カツオはどういうわけか
飛行機の落下から生き延びたのだ。

カツオは左足を骨折しており、
松葉づえ代わりに太い木の枝を使っていた。
とても戦闘できる状態ではない。

「カツオ君はその状態でも任務を達成するつもりかい?
 戦局が不利な時は、一時的に撤退して状況を立て直すのが
 ボリシェビキの鉄則だったはずけどね」

ノリスケは笑顔のまま軍用ナイフを取り出した。
カツオに向けてゆっくりと歩きだし、
すぐに楽にしてあげるよと言った。

「仲間が多い方が最後に勝つとはよく言ったものですね」

ノリスケは、謎の銃弾によって右腕を突かれ、
ナイフを落としてしまった。
どこから放たれた銃弾かと思うと、
海岸の一角に亜麻色の髪の女の子がいた。

彼女は腹ばいになってスナイパーライフルを構えていた。
次はノリスケの足に向けて照準していた。
引き金を引くと、大きな銃声が後から響いた。

ノリスケは力なく海岸に倒れた。打たれた患部から
流れる血が、美しい砂を赤く染めていた。

「やれやれ。これは不覚を取ったねえ。
 無人島だったと思っていた島に
 カツオ君と協力関係にあったエージェントが
 潜んでいたってことかい?」

「すべては偶然ですよ。僕はこの島に不時着すると
 知った時に、ある女の子を思い出したんです。
 僕の古い知人で、大金持ちで、確か孤島に
 別荘を持っていると言っていた」

狙撃を終えた女の子が、彼女の身長ほどもある
狙撃中を肩に担いでこちらに歩いてきた。

ノリスケは彼女を射るように見つめていた。
このソビエトが生み出した化物を倒すことに
成功した彼女に対し、称賛の言葉さえ与えたいほどだった。

「ごきげんよう。ソ連の元スパイの方」

「優雅な挨拶の仕方だね。
 殺される前に君の名前を聞いてもいいかな?」

「大空カオリです」

カツオのクラスのマドンナ的存在だったカオリちゃんだった。
金持ちの彼女は父の所有するこの島に遊びに来ていた。

それにしても呆気ない幕引きである。そして運が悪い。
ノリスケが不時着したのが、たまたまカツオの
元クラスメイトがいる島だったのだから。

「おじさんも年だからちょっとうっかりしていたかな。
 島に無事降り立ったことで油断したってこともあるけど、
 カツオ君が空の上でお釈迦にならなかったのが
 想定外だったよ。99パーセント殺せるはずだったんだけどね」

何事も想定通りには進まない。
ノリスケは過去の経験からそれを熟知しているはずなのに、

「その顔つきからして、カオリちゃんも
 モスクワで訓練を受けたようだね?」

「はい。私も資本主義は大嫌いですから。
 不時着したカツオ君と再会してお互いに 
 KGBだと知った時はうれしかったですよ」

この島には、三人の共産主義者がいて、
争うことになった。ただそれだけのこと。

「懸賞金は私とカツオ君で山分けすることにしますね」

「まだ撃たないでくれ。日本にいるタエ子とイクラと
 遺言を残したいんだ。口述筆記をお願いできるかな?」

「答えはクソ喰らえですね」

ノリスケのおでこを銃弾が貫通した。
カオリはさすがに銃の扱いに長けていて、
スナイパーライフルとは別にハンドガンも持っていた。

「次は磯野君の番だね」

ハンドガンをカツオの頭に向けた。

「分かった。さっきの約束を訂正しよう。
 賞金の八割をカオリちゃんにあげるよ」

「それじゃあ足らないよ」

「なら全額」

「まだ足らない」

「そんなこと言われたら困っちゃうよ。
 カオリちゃんはどうしたら満足してくれるんだい?」

「私はね。私の正体を知っている人間が
 この世にいるのが許せないの。磯野君は
 私の正体を知った。だから消すの」

「……僕はずっとカオリちゃんのことが好きだったよ」

「うん。知ってるよ」

「僕の初恋は君だった。中学卒業後も 
 君のことを忘れたことはなかった。
 今でも好きだ」

「うん」

「だから頼む。僕を殺さないでくれ」

「ボリシェビキ相手に命乞いは無意味。
 分かっているくせに」

カオリは容赦なく引き金を引いた。

カツオは観念して目を閉じていたが、
体のどこにも痛みが走らないので不思議に思った。

カオリは心を鬼にしたつもりで弾薬が
空になるまで発砲を続けたが、いずれも砂を
まき上げるだけでカツオにはかすりもしない。

カオリは無駄だと分かっていながらもトリガーを
弾く動作を続けた。カチャカチャと無意味な音がする。

二人の間に言葉はなかった。

美しい夕日が海岸一面を染めていた。

夕暮れの海岸は風と波の音、
海鳥の鳴き声が響く幻想的な空間だった。

カオリは握りしめていた拳銃を
砂浜に落とし、涙を流していた。

「ごめん。やっぱり私はボリシェビキ失格だ。
 どうしてもあなたを殺すことができないの」

「カオリ……」

こうして二人は和解し、懸賞金2000万を山分けすることで
同意した。だが、結局二人がノリスケ抹殺の件を
モスクワ当局に報告することはなかった。

二人は小学生時代の幼かった頃の自分たちを思い出し、
二度とスパイ活動をしないと心に誓ったからだった。

カツオとカオリの運命的な再開は、彼らから鬼のような
冷たい心を封じ込めてしまったのだ。カツオは目的であった
ノリスケを殺せたことが大きかった。カオリはカツオに
面と向かって愛の告白をされたことで人間らしい感情を
取り戻すことに成功したのだ。

カオリは極度の人間嫌いだったので
世間から遠ざかったこの島での生活を望むことにした。

孤島での生活なら人を疑う必要がない。
自給自足の生活をして、どうしても
ダメな時は国に帰って親に頼ればいい。

これがカオリ流の究極の一人暮らしの方法だった。
そこにカツオが加わり、二人での生活が始まった。

愛とは何だろう。それは政治思想や信念を超えた
何か不思議な魔力を持っているように感じられた。



それからさらに五年の月日が経ったある朝

「あら、何かしらこれ?」

磯野家の郵便受けに見知らぬ封筒が入っていた。
差出人は不明だった。
サザエはそれを手に取ると、居間にいる波平に渡した。

「この筆跡は……」

小さい頃に何度も宿題を見てあげたので
カツオの字の癖は覚えている。
内容はこう書かれていた。

『お父さん達はお元気ですか?
 僕達はとある島で元気に暮らしています。
 機会があったら実家に顔を出そうと思っています。
 その時は僕の奥さんを紹介させてください。
 それでは。みんなお元気で』

波平は眼鏡をはずし、ちゃぶ台に静かに置いた。

「サザエ。ワカメを呼んできなさい」

すぐにワカメがやって来た。
まだ化粧の途中だったが、カツオからの
手紙だと聞いたので飛んできた。

「どうやらカツオはまだ生きているようだ。
 すぐにCIAに報告して捜索を依頼しよう」

「分かったわ。お父さん」

磯野ワカメ22歳。彼女は兄とは真逆の道を歩み、
アメリカCIAのエージェントとなっていた。
彼女の任務は、世界中に存在する全ての共産主義者の抹殺である。
その対象は実の兄とて例外ではない。

磯野家では預金通帳を奪って逃走したカツオを
恨み、抹殺対象としていた。

「姉貴よぉ。俺も手伝うからな」

筋骨たくましくなったタラオ16歳がそう言う。
プロレスラー並みの巨体である。
彼はすでに完全武装の状態であり、
直ちに任務に就くことが可能であった。

その後、彼らがどのような運命を迎えたのかは
誰にも分からない。少なくともノリスケおじさんは
死んだわけだが、それで争いが終わったわけではなかった。

共産主義と資本主義。
かつて世界はこの二つの陣営に分かれて冷戦状態にあった。

磯野家とフグ田家もまた、政治思想の違いから
無意味な争いを続けるのであった。

                      終わり
      


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