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作品名:ノリスケおじさんがソ連のスパイ!? 作者:なおちー

第1回   「お前は当分日本から出入り禁止だ!!」
「ノリスケ。お前を逮捕する」

磯野波平がそう言った。

2018年 6月某日。
いつものようにちゃぶ台を囲う磯野家のメンバーに
たまたまノリスケを加えた席でのことだった。

ノリスケは妻に内緒で少額の借金したことがばれた。
大喧嘩となり、『実家に帰ります』の書置きを残して
妻のタエ子がマンションを去ってしまった。

まあ、よくあることなので磯野家は快くノリスケを
夕飯の席へ迎えた。タエ子が機嫌を
直して戻ってくるまでの辛抱なのだ。

「いやだなぁ。おじさん。いきなり何の冗談ですか?
 逮捕とか警察じゃないんだから」

「みなまで言わなくても良い。お前の正体が
 スパイなのはとっくに分かっておる」

「はは。おじさんは僕がスパイだって
 言いたいんですか?」

「バカモン!! これがその証拠だ!!」

ちゃぶ台に叩きつけられた数枚の書類を見て、
さすがのノリスケもしかめ面をする。

表向きは朝日新聞、編集部勤務。
だが彼には裏の顔がった。

ソビエト社会主義共和国連邦
内務人民委員部 国家保安委員会 
通称 KGB(カーゲーベー)

波平が裏で入手した書類には、ノリスケの所属が
明記されていた。コードネームはBIG WAVE
波野(なみの)ノリスケ。
なみのり、の部分を取って英語化したのだろう。

「お前が所属していたのは第一総局。K局(諜報)第七課。
 主に日本や東南アジア諸国向けの諜報が仕事なのだろう?」

かなり深いところまで素性が知られている。
偽証は不可能だと判断したノリスケは、
カバンの奥底から小さなスイッチを取り出した。
手のひらサイズでボタンの部分は赤い。

「有毒ガスを発生させるためのスイッチです。
 台所の裏とサザエさんの寝室に取り付けてあります。
 僕がスイッチを押すとガスが噴射して、磯野家は
 一分以内に致死量のガスで満たされます」

6月の蒸し暑い時期である。食事をとっている
居間はもとより、家中を閉め切ってエアコンを
つけているので確かにガスの回りは早いだろう。

「噴出装置なら解除しておきましたよ?」

フネが、ひそかに仕掛けられていたはずの部品を
ちゃぶ台の上に並べた。導線や基盤などだ。
スイッチによって遠隔操作するための部分が外されているので
無力化されたのに等しかった。

「はははは。こりゃぁ、驚いた。おばさんは結婚前は
 イギリスとかで諜報活動とかされたご経験が?」

「大和なでしこをなめないでもらいたいわね。
 私はこれでも戦後の日本を生きた女ですから」

平凡な主婦とばかり思っていたフネから、
さらに驚くべきことを告げられた。

「あなたのお仲間だった三河屋さんは
 すでに捕えておきました」

ノリスケから依頼されて毒ガスを設置したのは彼だった。
フネは4時間にわたる尋問と拷問の末に三河屋から
全ての真実を吐かせ、ノリスケの正体を知るに至ったのだという。

(なあサザエ、お父さん達はいったい何の話をしているんだ?)
(さ、さあ? 私にもさっぱりだわ)

小声で言いあうサザエとマスオは話しの流れに着いて行けず、
困惑するばかりだった。どうもこの家ではフグ田家と磯野家の
間に見えない壁が作られているようだった。

カツオを始めとした子供たちも混乱の極みに達し、
口を挟めずにいた。

「おじさん。最初に言っておきますね。僕は日本の警察に
 捕まるくらいなら自殺することを選びますよ」

ノリスケが毒薬を取り出して口に含む仕草をして言った。

「お前は根が臆病者だったはずだ。お前にそんなことが
 できるのか? 残されたタイ子さんとイクラちゃんのことは
 どうでもいいのか?」

ノリスケとて家族に愛がないわけではない。
少額の借金(約250万。彼にとっては少額)を作るのは
今回で12度目だが、スパイ工作をするのに必要な資金を
捻出するために闇金から借りた。

彼は頃合いを見て、シンガポールへ移住してスパイ活動を
継続しようと思っていた。最近の日本は対北朝鮮の
国際情勢悪化に伴い、国内でも共産主義者の
取り締まりが厳しさを増していた。

「ノリスケさん。大人しく降伏してください。
 私達とて子供達の前で手荒な真似はしたくないと思ってます」

「そういうわけにはいきませんよ。
 僕はおばさん達のような資本主義者と違って信念がある。
 同士レーニンと党のため。そして労働者の祖国であるソビエトの
 ために忠誠を誓っている身ですからね、全世界を革命によって
 救うまでは、僕の戦いは終わらないんです!!」

ノリスケは、まず近くに座っていた波平にエルボーを繰り出した。
動作に無駄はなく、波平は顎が砕けるほどの衝撃を受けて吹き飛んだ。

波平とて年の割には鍛えているほうではあるが、20代で、
しかもソ連の一等級のスパイの身のこなしは次元が違った。

ノリスケは、次にワカメに襲い掛かった。
ワカメのきゃしゃな体を抱えたまま器用にも
窓ガラスをぶち破り、庭へ逃げだした。

鬼の形相で追いかけてくるフネに対しては、隠し持っていた
殺虫剤のスプレーを顔面に散布してやりすごした。

外に逃げれば明らかに不審者である。
遅かれ早かれ警察などの公権力に捕まることになる。

なんとか同士たちと連絡を取るまでの時間稼ぎをしたい。
そのためワカメを人質として利用し、交渉の材料に
使おうという算段だった。すでにタエ子たちのことは
諦めざるを得ない状況にまで陥ろうとしていた。

「手を挙げなさい」「女の子を離しなさい」

さっそく警察が磯野家の前でパトカーを並べて
待っていてくれた。
波平が事前に通報していたのだろう。

「おじさん、お願いだから投降して。
 お巡りさんたちに逆らったら余計に罪が重くなっちゃうよ」

「投降するとかしないとか、そういう次元の話じゃないんだよ。
 おじさんは祖国にいる同士たちのためになんとしても
 生き延びなければならない。小学生のワカメちゃんには
 難しい話になっちゃうかもしれないけどね。僕は昔…」

その無駄話が致命的な油断に繋がってしまった。

警察の一人がノリスケの右の肩に向けて発砲し、
見事命中した。ノリスケの手からナイフが落ちる。
ワカメの首筋に突き立てていたものだった。

さすがに戦意を失ったノリスケ。警官が殺到し、
彼に手錠をかけてしまう。ノリスケは毒薬を飲んで
自害する暇すら与えられなかった。

公安の戦闘力はノリスケの想像をはるかに超えていた。
日本の公安警察は、まさにノリスケのような国家安全保障を
脅かすスパイやテロリストに対応する組織なのである。

先ほどのフネによる毒ガス装置の解除といい、ノリスケは
初めから日本人のことをなめきっていたと言っても過言ではない。

それが彼の敗北につながった。

ノリスケは東京拘置所へ収容された。
その後、磯野家から提出された資料を基に、家宅捜査が行われた。
旦那の協力者と疑われた妻のタエ子も逮捕された。
息子のイクラは、磯野家で一時的に保護することとなった。

なぜならノリスケとタエ子の実家の両親にまで
スパイ協力の容疑がかかっており、イクラの引き取り先が
現在のところ見当たらなかったためである。

「ワカメ、お前が無事で本当に良かった」

カツオはその日から妹を大事にするようになった。
ワカメが傷ひとつ追わずに帰って来た夜は
わんわんと子供のように泣いて喜んだものだ。

波平は顎と腰を中心とした全治1か月のけがを負ったが、
仕事は普通にこなせた。フネは特に命に別状はなし。

サザエは自宅に毒ガスが仕掛けられていて、しかも
母のフネが三河屋さんを拷問していた事実に衝撃を受け、
しばらく家で塞ぎ込んでしまった。

旦那のマスオは男の意地で会社に通っていたが、仕事は上の空だ。
本当はサザエのように家で引きこもっていたかった。
あのノリスケが、敵国のスパイだったなど今でも信じたくなかった。

明るく、調子がよく、自分から飲みに誘っても
財布の持ち合わせがないなどして最後はおごってもらう。
屈託なく笑う彼は子供のまま大人のようになったやつだと、
波平が呆れて語っていたほどだった。
それなのになぜか憎めないのも彼の美徳だと思っていた。

あれは世間をあざむくための演技だったのだ。

この世界ではベルリンの壁崩壊が起きておらず、
いまだに米ソ冷戦が続いている。現在の国際情勢で
日本の敵となっているのはソ連、北朝鮮、中国。
悪の社会主義、共産主義国家である。

これらの国から日本を守るために
政府は防衛費を拡大し続けていた。

『国民は警察に協力を惜しまず、
 家庭ごとにスパイの摘発をするように』

リューヤ内閣総理大臣はテレビ演説で繰り返しそう語っていた。
いわゆる赤狩り(共産主義者の取り締まりのこと)の推奨である。

自衛隊の諜報部や公安警察の数には限りがある。
不景気の日本ではお金目的でスパイに協力する者などが
後を絶たず、ノリスケのように本気で赤の思想に
染まっている物も少なくはなかった。

リューヤ首相は、日本列島をソ連の赤化から丸めの
最後の砦だとし、日米同盟をさらに前進させた。

憲法改正によって日本は攻撃用の戦力である
空母や爆撃機の保持が許可された。
さらにスパイの取り締まりに関しては、国家革命のための
扇動者に対しては死刑の適用が認められるようになった。
自白のために拷問を用いることまで。

この世界の自由民主党政権は、野党連合の猛反対さえ
議席の数の力で押し切るほどに権力が強かった。
もはや日本は議会制の体を成していなかった。

自民党の一党独裁によって国家の安全保障は左右され、
またその暴走を米国が容認するという異常な事態であった。

そのためリューヤ首相は独裁者だと国民から言われたが、
その一方で彼を支持する人も少なくはなかった。

なぜなら日本に潜むスパイの問題は日に日に
深刻化しており、すでにソ連などには日本国の
兵器生産能力から備蓄資源などの情報が漏れていた。

ノリスケのように赤の正体が暴かれ逮捕されるのは、
日本では珍しいことではなかった。

さて。ノリスケに話を戻すが、彼は尋問室で三日間に及ぶ拷問を受けた。
ノリスケは頭髪が全て白髪になった。
爪は全てはがされ、お腹と背中に無数の打撲の跡が残る。
頬がこけ、やつれ、目つきさえ虚ろになった。

仲間の名前を白状しろ。
拷問者から繰り返し問われても、ノリスケは明かそうとしなかった。

もちろん三河屋の他にも無数の協力者がおり、日本の国家機密を
手に入れたわけだが、ノリスケはどんな拷問を受けても
口を割らなかった。彼は本当の意味で訓練されたスパイだった。

「被告を、第一級 国家反逆罪により死刑とします」

東京高等裁判所での判決である。
拷問によって消耗したノリスケには弁護人すら
付けてもらえず、上告の権利すらない。

ノリスケの銃殺刑の日程は2週間後とされた。
刑執行までのスムーズさも既存の日本とは大きく違った。

ノリスケに対する扱いはことごとく今までの
日本国憲法の外に置かれた。拘置所内での彼は
食べ物にはしやスプーンを付けてもらえず、
手錠をしたまま床に這って食べることを強制された。

妻のタエ子がどうなったのか、訊いても教えてはもらえず。
息子のイクラの行方も彼には分からなかった。
スパイ活動の協力者の名前を教えたら答えてやると
看守に言われたら、ノリスケは口をつむぐのだった。

彼にとって家族より祖国ソ連の方が大切だったのだ。

ノリスケは、生まれも育ちも日本だ。
人種国籍も日本人だ。しかし彼の心の祖国は
ソビエト社会主義連邦共和国であったのである。


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