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作品名:『学園生活』改 〜愛と収容所と五人の男女〜 作者:なおちー

第7回   斉藤マリエ 続き
「俺は嘘じゃなくて本当にミウのことが好きだった。
 どうして君はこんなにも変わってしまったんだ」

太盛先輩はまた涙を流しています。
変わったのは先輩も同じだよ。
涙もろくなったのね。

「この学園のせいなのか? 生徒会のせいか?
 それとも収容所が原因か? 
 何が君をそこまで変えてしまったんだ」

「ハンカチ貸してあげるわ。それで涙ふいて?」

太盛さんは、今度は黙ってしまった。

ミウの高そうなハンカチを握りしめ、
自分の涙を吹こうともせず、
一点を見つめて考え事をしてる。

「すっかり泣き虫になったのね。
 変わったのは太盛君だって同じだよ。
 これはこれで少し可愛いけど、今はそれよりも」

ミウがこっちを見てきた。

「おい」

「は、はい」

「あんたが太盛君を説得しなさいよ」

意味不明。何をどうやって説得しろと?
まず説得する目的を教えてよ。

「全部言わなきゃわからないの?
 太盛君は私の彼氏だから、私以外の
 女のことを気にする必要はないの」

さすが独占欲の固まり。クズ。

「だからあなたから太盛君に言いなさい。
 二度と私と関わらないでくださいと」

そこまで強制されるのか。
内心の自由もないのか。
私は心から太盛先輩に恋してるのに。

「……言いたくありません」

「は?」

「私は今までの収容所生活で
 生徒会の皆さんに逆らったことは一度もありません 
 一日でも早くまともな生徒になれるようにと
 努力を続けてきました」

「でも、愛してる人に嘘はつきたくありません。
 私は太盛先輩を愛しています。愛する人に
 どうして関わらないでくださいと言えるでしょうか」

ミウは、沈黙した。

私はまたしても学園の支配者に歯向かってしまったのだ。
今度こそ拷問されるのだろうか。

怖さより怒りの方が強い。
私はこの女が心から憎い。

殺すならモタモタせず早く殺せ。
死んだ後にあんたを呪い殺してやる。

「斎藤の言い分は分かりました。じゃあさ」

ミウが口を開く。

「太盛君の気持ちはどうなの?」

「え」

「太盛君はしゅうじ……斎藤のこと好き?」

太盛先輩は顔面蒼白になりながらも、
素直に自分の気持ちを伝えた。

「好きか嫌いで言えば好きだ。
 校則に恋愛禁止とは書いてないはずだ。
 人を好きになる自由は認められるはずだ」

ミウは何を思ったのか静かに席を立ち、
ロッカーから金属バッドを取り出した。
なんで金属バッドが……。

ミウは無言でバッドを窓ガラスに叩きつけた。
一度だけでは気が済まず、何度も振った
副会長部屋仕様の特殊強化ガラスなので簡単には壊れない。

ミウの力ではガラスにヒビを入れるのが限界だった。
高いガラスの修繕費、どのくらいかかるんだろう。
完全にキチガイだ。

ミウは血走った目で私を見て来た。
今度は私の頭に振り降ろすつもりか。

「下がってろ」

太盛先輩は、私の前に立ってくれた。
命を懸けてまで私を守ろうとしてくれるんだ。

私は感情を抑えきれず、彼の手を握ってしまった。
先輩の手、汗ばんでいて震えてる。

ミウが歯ぎしりした。バッドを振り下ろし、

「うわ……」

わたしたちではなく、テーブルに降ろした。
ティーカップやクッキー皿が粉々になる。
破片が床に散乱して危ない。

「私が斎藤を拷問したら太盛君は困るよね?」

「それは困るな」

「そっか。困るか」

「ああ。困るな」

「私は今すっごくイライラしておかしくなりそうなの。
 太盛君を困らせたくないけど、でも斎藤がいたら太盛君を
 惑わすでしょ。そう考えたら悶々(もんもん)としちゃって」

「マリーに触れるな。マリーに危害を加えるな。
 俺はマリーのことが心配なんだ」

「改めて確認しても良い?
 太盛君は私の彼氏なんだよね?」

「……そうだけど」

「これでも三号室のカナのことは大目に見たんだけどな。
 今回ばかりは太盛君のわがままを聞いて
 あげられそうにないよ。
 私はどうすればいいのか教えて?」

「はっきり言おう。もう限界だ。俺は自殺するからな」

先輩は隠し持っていたナイフを
取り出して自分の首に刺そうとした。

ミウは超人的な反射神経で太盛さんの手首を取った。
力が均衡している。刺そうとする太盛さんと
止めようとするミウ。互いの手が小刻みに震え続けている。

「バカな真似はやめてよ!!」

「なぜ止める? 大人しく死なせてくれよ。
 死ぬ権利は誰にでもあるはずだ」

「私は太盛君に死んでほしくない!!」

「死なせろよ!! こんな世界で生きるくらいなら
 生まれてこないほうが良かった!!」

この修羅場で私ができることはあるのか……。
私は追いつめられている太盛先輩がかわいそうで、
後ろからギュッと抱き着いてしまった。

「マリー?」

太盛先輩の手からナイフが落ちた。
銀色の刃が輝き、床に転がる。

「私も……先輩に死んでほしくない」

私は涙を流していた。

「はは……悪かったな。俺どうかしてた。
 俺が死んだらお前を一人にさせちまう」

太盛先輩の視界にもはや高野ミウは入っていない。
怒り狂った小姑(こじゅうと)は、ついに暴力に頼るのだ。

「わっ……」

私は突き飛ばされてしりもちをついた。
体がロッカーに当たって少しだけ背中を打った。

「人の彼になれなれしくしないでよ。
 あなたのこと本気で殺したくなっちゃった」

「お好きにどうぞ? そこに落ちてるナイフで
 私の胸でも刺してください。私がいなくなれば
 太盛先輩を惑わすこともなくて平和になるんでしょ?」

ミウがまた歯ぎしりしてにらんできた。
私も負けずににらみ返す。絶対に負けるか。

太盛先輩に対する思いだけは譲れない。
私は心まで生徒会に売るつもりはない。

「う……」

ミウは両手で私の首を絞めて来た。
恨みがこもってる分、すごい力だった。

驚いてたくさん息を吐き出したのが致命的だったかな。
私が短く声を発するたびに意識が遠のいていく。

急に楽なったかと思ったら、今度は太盛さんが
ミウを突き飛ばしていた。これで今日二度目の暴力。

「たとえミウでも俺のマリーに手を出すことは許さないからな!!」

すごい剣幕だ。彼はキレると結構怖い。

「マリーが何をしたって言うんだ!! マリーが爆破テロの
 中心人物だったとか、そんなの関係ない!! 俺にとって
 マリーは大切な存在だ!! マリーに手を出すな!!
 マリーにひどいことをするな!! 分かったか!!」

まさかのお説教。ありがとう先輩。
途中で止めてくれなかったら
本当に死んでいたかもしれない。

ミウ先輩は、ショックのあまり呆然としていた。
太盛先輩はまくし立てた疲れのため肩で息をしている。
私は床に座り込んで無言で様子を見守るだけ。

時間の流れがむなしい。

私達はなにもできることがない。

ミウは、何も答えず、部屋を出てしまった。
扉の前には護衛の人がいた。すぐにミウに近づく。

「ミウ様。指導は終わりましたか」

「ええ」

「このあとのスケジュールですが、
 夕方から会議が入っており…」

「うるさい!!」

「え?」

「うるさいって言ったんだよ。
 そういう話はあとにしなさい!!」

ヒステリーね。部下に奴あたりして最低。
扉は開けっぱなし。怒鳴られた部下の一人は唖然(あぜん)。

「あなたたちは何ぼーっとしてるの?
 早く後ろを着いてきなさい!!」

他の部下の人達は急いでミウを追いかけていく。

まあそれが仕事だよね。
イライラしてる女には関わりたくないけど、
護衛だから常にそばにいないとね。

パパが言ってた。銀行にいる中年女はみんな
ピリピリしてて人間的に問題がある人が多いって。
今のミウみたいな感じなんだろうね。

「来いよマリー」「先輩……」

私たちは誰もいなくなったのをいいことに
抱き合いました。

ああ。この暖かい感触。
夏休みの間は何度も味わえたのに、
こんなにも懐かしく思えるのね。

「私は先輩のことが好き」

「マリー。俺もだよ」

やった。両思いだ。危険なのは分かってる。
だってこの部屋に盗聴器が仕掛けられてもおかしくない。
でもさすがにないか。だってここはミウの私的な部屋だから。

私は言葉よりも行動に出たくなってしまい、
太盛先輩の唇を奪ってしまいました。
キスは一瞬だったけど、大胆過ぎるかな?

太盛先輩は急いで開けっ放しだった扉を閉めた。
今度は向こうから唇を重ねて来た。長いキスだった。

ついでに胸やお尻も触られたけど、
全然嫌じゃなかった。こんなところじゃ
そういうムードにならないけど。

「先輩。この学校を出よう」

「脱走するつもりか?」

「そう」

「それは無理だよ」

「無理かな?」

「ああ。無理だ」

「途中で捕まって殺される?」

「ただじゃ殺されないな。
 むごたらしく拷問されてから殺される」

「ま、分かってるけど」

「マリーは失語症が治ったのか?」

「収容所に入れられたショックで急に治った。
 私もよく分からないけど、前より話やすくなったかも」

「そうか」

先輩は一度キスした後、頭を撫でてくれた。

「良かったな。マリエ」

「うん」

私は先輩の胸の中に飛び込んだ。
勢い良すぎて先輩を倒してしまう。
私が上に乗った状態で顔が近くなる。

「せ、先輩……」

またキスしたくなっちゃった。
心臓の鼓動が早まる。先輩もそうなのだろうか。
私の鼓動、服越しでも伝わりますか?

「貴様ら、そこでなにをしておるか!!」

「ダー、ヤポンスキー!!」(日本人がいるぞ!!)

突然扉が開けられたかと思うと、執行部員さんたちが
入って来た。今日はロ系の人が多い。

今更の説明だけど、執行部とは生徒会の
手足となって動く人。実働部隊だね。

執行部の上部組織に『保安委員会』があるの。

中央委員会が『立法府』だとすると、
それに対する『行政府』が保安委員会。

主な仕事はスパイなどの摘発、逮捕、拷問、収容などです。
危険な仕事だけど、それなりの見返りがあるそうです。
どんな見返りなんだろう。

「Я не буду ладить!!」
「Поторопись и возвращайся!!」

執行部員の女性たちが扉の前に殺到してきた。
金切り声で叫んでくる。
何を言ってるんだろう。早く収容所に戻れ。
イチャイチャするなって言ってそう。

私は収容所生活をしてるから、
なんとなくロシア語が分かるの。

「イズヴィニーチェ!! コミッサール!!」
(申し訳ありません、委員殿)

私は敬礼しながら謝罪した。
私のロシア語が通じるのだろうか。

「Дифференц。
 Вы говорите по России?」
(ほう。貴様は露語を解するのか?)

「Я могу немного поговорить!!」
(少しだけですが!! 話せます!!)

「О, хорошо.
 Возвращайся в лагерь.」
(まあいい。とにかく収容所へ戻れ)

「ダー。コミッサール!!」(分かりました。委員殿)

私は特別に手錠なしで、収容所まで連行されることになった。
ロシア語が話せるとお得なこともあるんだね。
手錠がないとすごく歩きやすいよ。

部屋から出る際、太盛先輩とすれ違いざまに
小声で『大好き』と伝えた。

太盛先輩は、すごくはかなそうな顔をしていた。
今すぐにでも私に救いの手を差し伸べたい。
そんな気持ちが伝わって来た。

十分だよ。先輩。

またしばらく会えない生活が続くけど、さようなら。

私が7号室の囚人となったのも主の定めた運命。
だから諦められる。だから耐えられる。そして願う。

いつか平和な日々が戻ってくると。
先輩と陽射しの下、肩を並べて歩ける日が来ると。


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