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作品名:『学園生活』改 〜愛と収容所と五人の男女〜 作者:なおちー

第5回   5
~橘エリカの視点~

高野ミウ。あの女は絶対に許さない。
私の太盛君を奪っただけでは飽き足らず、
お兄様と姉さんまで粛清するなんて。

アキラ兄さんは過酷な拷問の末に死んだと
まで言われているそうだけど。あるいは廃人に
なり、ミウのおもちゃとして生かされてるとか。


どこまでが本当なのかは、悔しいけど分からない。
私たち一般生徒は収容所のことを
調べることは規則で禁止されているのだ。

「アナスタシア姉さん……」

私のスマホには姉さんとの楽しい思い出が
たくさん詰まっている。フォトフォルダには
こんなにたくさんの写真が保存されているのよ?

一緒に旅行に行ったり、美味しいものを食べに行ったり、
周りからも仲の良い姉妹だと評判だった。

この学園は、いつのまにか寮が増築されていた。
外見は野球部が使う寮と見分けがつかないけど、中身は収容所。
生徒会は、囚人が寝泊まりできるように新しい収容所を作った。
全部で六棟もある。

それが特別収容所。俗にいう、強制収容所七号室。
七号室と数字の根拠は知らないけど、
噂ではそう言われている。

いったいどれだけ多くの囚人が収容されてるのか
知らないけど、一年生の爆破テロ組は
おおむね収容されたみたい。

あの有名人の斎藤マリエも含まれているそうだけど……。

私の美術部の……元後輩。
だったのだけれど、私に隠れて私の太盛君を
奪おうとしていた泥棒猫。絶対に許されない罪よ。

困ったことに私の姉さんも七号室なのだと風のうわさで聞いた。
けれど本当に姉さんがいるのか怪しいものね。
粛清されたってことは、この世にいないと考えたほうが……。
すでに死体になっているのではないでしょうね。

表向きは寮生活をしていることになっているけど、
世間や親はまるで関心がないかのように、不干渉なのだから不思議。
姉さんは野球部などの運動部になったわけではないから、
寮生活なんて送っているはずないでしょう。

「エリカ様。まもなく時間です。
 全体朝礼の時間に遅れてしまいますわ」

友達にそう言われ、椅子から腰を上げる。
もうこんな時間!?

自分の席で物思いにふけっていたのがいけなかったのね。
朝礼が始まるまで、あと5分しかないじゃない。
私たちのいる棟から体育館までは、それなりの距離がある。

私と友達5人は、駆け足で階段を下る。
淑女らしさには欠けてしまうけど、
なりふり構っていられない事情がある。

この学校では、全校集会を開くには
いくつかの場所があって、
まず今回のように『体育館』他には『講堂』がある。
講堂は体育館より小規模だから、一学年分しか入らない。

もっとも体育館でも全校生徒を
収容できるほどの広さはないのだけど。

「貴様ら。遅刻ギリギリとはどういうことだ。
 ボリシェビキとしての自覚が足らないのではないか」

執行部員さんの目つきが鋭い。
私達は平謝りして、事なきを得た。
彼らに目をつけられたら『尋問室』に連れて
行かれる可能性があるから、血の気が引いた。

仮にだけど……
尋問室に連れて行かれたら、それこそ本当に最後。
罪を告白するまで拷問が続けられる。

何の罪なのか? 答えは簡単よ。
「私は資本主義国のスパイです」と自白するまでね。

私は姉さんから拷問の内容をこっそり教えてもらったことがある。
椅子に縛られた囚人に対し、よってたかって看守たちが殴打を食らわせる。
抜けた歯が飛び、アゴが砕け、顔の輪郭が変形する。
それでも殴るのをやめない。

看守も拳が痛むためか、警棒や木製のバッドを使って、好き放題に殴る。
とある男性の我慢強い囚人は、右の目玉が飛び出るまで
自白をせずに堪えたという。でもね、残酷なことを言うようだけど、
結局は時間の無駄なのよ……。

考えても見て頂戴。屈強な精神力で拷問に耐えても、
その次の日も拷問は続く。普通の人間なら殴られ続けたら死ぬのだけど、
生徒会の奴らは、死ぬ直前のレベルで拷問を止め、次の日に回す。

その夜の苦痛はすごい。もちろん手当なんてしてもらえないから、
出血やアザなど体中の激痛に耐えながら眠れぬ夜を過ごす。
自分はスパイじゃない。けれどスパイと認めなければ、また明日も、
その次の日も永遠に殴打は続く。これで心が折れない人っているのかしら?

……考えたら恐怖で頭の中が真っ白になってしまう。

だめだめ。マイナス思考はダメだと姉さんに何度も教えてもらったのだから。
希望だってあるはずよ。そう。私たちは生徒会に従順な子羊。
主イエスに代わって生徒会がこの世を正しい方向に導いている。

だから従おう。絶対的な権力者に膝を屈する。
これは今に始まったことじゃないのよ。
封建社会でも当たり前に行われていたことじゃない。
だからね。私たちは彼らの靴の底を
なめてまで生き延びないといけない。

権力者……高野みう……

奴のく、靴の底をですって? この私が……。
いいえ……!! 屈辱なんてないはずよ。
私には権力の後ろ盾はもうない。
なにもおかしいことなんて……

「報告によると遅刻者がいるそうですが、
 時間ですのでこれから全体朝礼を開始します」

壇上にいるのはナツキ会長。
ナツキ君……。思えがずいぶん遠い存在になってしまった。

見た目は以前の彼と何も変わらないけど、
今は絶対権力者の証であるバッジを身に着けている。
アキラお兄様から受け継がれた、生徒会長の地位。

「みなさんの前でこうしてお話しするのは、
 会長就任式依頼です。僕、高倉ナツキが
 会長に就任してから初めての全体朝礼となります」

それにしても体育館によくも三学年分入ったものね。
50クラス以上あって生徒総数は3000人以上いるのに。

よく見ると一年だけ人数が少ない。
進学クラスがまるごと収容所送りになったからか。
私たちの学年も2クラス分は粛清されたそうだけど。

それでも体育館は人で密集していて、すごく息苦しい。
みんなが緊張して会長の発言に耳を傾けていて、空気が重すぎる。

「まず、前回の革命記念日前に爆破テロ騒動があり、
 平和を望むみなさん一般生徒たちを不安に陥れた
 ことを謝罪します。ですが安心してください。
 爆破テロ犯たちは全員罪を認め、反省室に入っています」

反省室……? それは冗談で言っているのかしら?
強制収容所のことを生徒会は一貫して反省室と呼称する。

「一年生の一部生徒が犯人でした。進学コースの人達ですね。
 彼らは現在更生中の身ですから、しばらく通常授業には
 出られません。そのことについて皆さんが気にする
 必要はありません。また、詮索する必要もありません」

言い方を変えれば、下手に詮索すれば粛清するってことね。

「これから健全なるみなさんの学園生活をサポートするため、
 新しい学校規則、校則が作られることになりました。
 詳しくは発案者である同士・副会長からお話を聞きましょう」

副会長ってことは……あの女ね。

高野ミウは、壇上の一角に並べられたパイプイスに
腰かけている役員連中の一人だった。

高野ミウは席を立ち、壇上のマイクを手にした。

「まずは画面をご覧ください」

部下に命じてプロジェクターが起動させ、
奴の背後のモニターに巨大な文字が浮かび上がる。

革命裁判……? 会長と副会長が裁判官をかねる?

スパイ容疑について……。スパイと思わしき人は逮捕?
判断基準は、副会長のミウが決める?

なによそれ。奴の独断でスパイが決まってしまうの?
思わしき人って何よ?!? そんなの適当過ぎるでしょ。
この学園の生徒は、たとえ誰であっても副会長の気まぐれで
粛清されるかもしれないの?

信じられないわ。アキラ人さんの時代でもここまで
横暴ではなかったもの。きちんと取り調べして
過去に侵した罪を立証していた。裁判もやった。

それに学校の規則は、ナツキ君と校長の
許可がなければ変更できないはずじゃなかったの?

ナツキ君がミウの横暴を許可した……。
モテるくせに姉さんに付きまとわれて
困っていた優柔不断な彼……。

ボリシェビキなのに、お人よしが過ぎて姉さんから
聖人君子とまで呼ばれていた彼……。

「我が生徒会は、内部に不穏分子がいた場合は容赦なく
 取り調べします。前回の爆破テロ未遂は、私が内部スパイを
 発見できなければ大惨事になっていたことでしょう」

よく言うわよ。姉さんの計画が実行されていれば、
今ごろあんたが粛清されていたことでしょうに。

「私は、今この場ではっきりと前会長である橘アキラ氏を
 批判します。なぜなら彼が管理していた生徒会は、
 生徒を守るための組織としては不十分だったからです。
 彼に生徒会長の資格はなかった。凡俗。ただのクズです」

朝礼中は静粛にする決まりなのに、生徒たちが
ざわついてしまう。体育館の一角に集められている先生方も
互いの顔を見合わせ、小声で話し合っている。

兄さまの悪口を公然と言う女がいるんだから、当然の反応か。

「現在、アキラ氏は自らの意思で反省室に入り、
 更生中の身となりました。当分の間は反省を続けるそうです。
 彼にも彼なりに思うところがあるのでしょう」

そんなでっち上げを誰が信じるのかしら。
嘘つき女。ボリシェビキは口約束は絶対に守らない。
汚い嘘つきばかり。

「このように、我が生徒会は内部の人間すら
 疑わなければならない状態です。
 それほどスパイの脅威は恐ろしいのです。
 もちろん一般の生徒の中に紛れ込んでいる
 スパイに対しては、今後も容赦しません」

ナツキ君とは語尾の強さが違う。
やはり生徒会を陰で操っているのは、この女。
カンだけどね。ナツキ君は奴に操られているだけ。そう思いたい。

高野ミウめ……。どこまでも性根の腐った奴。
最初に殺さないといけないのはあいつじゃない。
私だけじゃなくてみんなそう思っているはずよ。

しかも例の法律は、ミウが粛清できるのは奴の気分次第。
その対象は生徒会の役員ですら例外じゃないと解釈できるんですけど?
まさに現代の暴君ネロ。

あんまり権力を振りかざすと逆効果だって気づかないのかしら。
そう遠くないうちに反ミウ派のメンバーができそう。
奴は、内乱が起きて真っ先に殺されるか、
自殺に追い込まれるタイプにしか思えない。

と、そんなことを考えていたら。
気のせいかしら。壇上のミウと目があった気がした。
不思議と笑っている気がしたけど。

いえ。やはり気のせいよ。
これだけ生徒がひしめき合ってる中で、
私の顔だと判断できるわけが……。

「生徒会・諜報広報委員部は、先月に引き続き、
 今月もスパイ容疑者のリストを作成しています。
 今ここに全校生徒がいますから、
 これから容疑者のクラスと氏名を読み上げていきます」

まさか、この場で逮捕者を出すつもり!?

「名前を呼ばれた人は、壇上まで上がってください」

ミウは終始事務的な声で逮捕者の名を読み上げるのだった。
逮捕されたのは女子が多い。ミウが罪状も言っていく。

どうやらSNSでのやり取りを裏でチェックされたみたい。
バカね。だから家に帰ってからも生徒会の話は
するなって言ったのに。もちろん家族との会話でも
生徒会の話をするのはNG。

特に収容所のことを世間に話すのは
絶対にやめたほうがいい。

「二年一組。橘エリカさん」

え……? 今私の名前が呼ばれた気が……。ま、まさか。

「罪状。スパイ容疑」

私がスパイ?

「二重スパイとして逮捕された橘アナスタシアの妹。
 橘アキラ史の妹。連帯責任が発生。取り調べの必要有り」

ふっと目の前が真っ暗になる。
指先が震え、足を踏み出すごとに体がふらつく。
たった5段の階段を上るのが、こんなにも辛いなんて。

確かに私はアナスタシアの実の妹。そしてアキラ兄さんの妹。
家族だからって理由だけで、連帯責任でスパイ容疑がかかるの? 

「事実確認をさせてください」

高野……ミウ様が品よく腕組をする。
射貫くような鋭い視線だ。壇上には容疑者たちが9人横並びする。
信じたくないけれど、私はそのうちの一人なのだ。

「エリカさんは、アナスタシアさんの爆破テロ計画に
 協力するスパイ行為を事件前に知っていたのではないですか?
 また、そのような話をお姉さんとされたことはありますか?」

私は確かに姉さんの計画を知っていたけど、
実務には関わっていない。

私は危険すぎるからと、姉さんを説得したこともあった。
でも姉さんは計画に乗り気で聞く耳持たず。

アキラ兄さんは怖くて苦手だったから、
そもそも家で話すこと自体、めったになかった。
だから計画について話したことはない。

私はその通りのことをミウ様に伝えた。

「あくまでしらを切りますか。
 それならこちらにも考えがります」

え?

「朝礼終了後に尋問室に来てください。
 もっと詳しく聞かないと真実が
 得られそうにありませんから」

ミウ様は、私の隣にいる男子にも事実確認をした。
彼は一年生。逮捕された進学クラスの女子と
付き合っていたみたい。それで連帯責任か。

「私は自らの罪を認めます。私は確かに
 スパイ行為をしてしまいました。副会長様。
 どのような罰でもお受けするつもりでございます」

芝居がかった口調。腹の内では目の前の女を
絞め殺したいと思っているんでしょうに。
彼みたいに自白すれば罪が軽くなるのかしら?

「へえ。君は、素直な子なんだ」

ミウが楽しそうに言う。

「気に入ったよ。それじゃあ六号室に行こっか」

「は……じ、自分はその……」

「いいじゃない。六号室。作ったばかりだから
 ぴかぴかの教室だよ? それに特別な部屋だから
 そんなに人数もいないよ。どうかなって」

「よ、よよよ。喜んで行かせていただきます」

「そうだよね。うれしいよね?
 うんうん。うれしいんだよね?
 ねえ。うれしいよね?」

「うれしいです!! もう、なんていうか、
 本当にすごくうれしいです!! ミウ様!!」

「あはは。あなた、本当に楽しい子だね。
 褒美に手荒な真似をしないよう部下に命じておくよ」

「あぁ、ああ…。ああ、ありがとうございます!!
 
「よしよし。素直な子は大好きだからね」

ミウは一年生の頭を撫でている。
この動作に何の意味があるかしら?
うちのクラスで太盛君にも同じことをしていたのを思い出す。

恐怖で固まってる男の頭をなでるのが趣味なのかしら。
ミウの見下ろす目は冷たい。
その瞳は明らかに人以下の下等生物を映している。

ミウは同じように他の容疑者たちに質問していった。
私以外の人は全員があっさりと罪を認めたのだった。
なによこれ。罪を認めれば減刑されるの?
私だけがバカみたいじゃない。

「以上で全体朝礼を終わります。生徒会役員と
 一部の教員だけはここに残ってください。
 その他の人は、解散です」

解散しろと言われたら、みんな出ていくしかないわね。
ぞろぞろと生徒達が出入り口に殺到していく。
混んでる割には意外なほどスムーズに人数が減っていく。

私以外の容疑者は手錠をされて収容所へ連行されたわ。
表向きは任意同行。だったらどうして手錠を?

私も手錠をされたわ。こんなに冷たくて硬いのね。

「エリカはこっちに来てね」

「はい?」

ミウが体育館の裏に私を連れて行こうとしている。
あの幕の裏には、まさか尋問室があるの?

い、いやよ。

誰が拷問されると分かっているのに行くものですか。
誰か……た、助けて。先生。ナツキ君。太盛君。

「おーい。頼む。待ってくれ!!」

その声は……。

「はぁはぁ……お願いだミウ。
 少しでいい。俺の話を聞いてくれ」

「太盛君は壇上まで上がってきたらダメだよ。
 役員以外は上がったらいけない決まりなの。
 そんなに息を切らせてどうしたの?
 あっ。もしかして生徒会役員になりたいの?」

「俺は……エリカは事件と無関係だと思う。
 アナスタシアのスパイ行為に関わってないよ」

ミウは、必死で私を守ろうとしてくれる優しい彼に対し、

「ふーん」

と言ったわ。ミウがマジギレする時は無表情になるのよね。
私は同じクラスだからよく知っている。

「太盛君。私ね。太盛君の言うことは
 何でも理解してあげたいと思ってるんだけど、
 今のはちょっと意味不明かな」

口元以外は全く笑ってないから余計に怖い。
すさまじい殺気に耐えられないのか、
太盛君は血の気が引くのを劣り越して
唇の色が紫っぽくなっている。

様子を見守っているナツキ君
ですら萎縮(いしゅく)して声をかけられない。

他の役員連中なんて初めからミウに
逆らうつもりがなくて距離を取っている。

「お、俺だってエリカの全てが好きなわけじゃない。
 でも同じクラスの仲間じゃないか。俺とは
 美術部員で楽しくやっていたこともあるし……
 その、なんていうか」

ミウにこれだけものを言えるのは太盛君だけでしょうね。

私は彼に嫌われてない。むしろ逆。守ってくれている。
彼はロシア人のように腕を大きく上げながら私の助命を懇願している。
それが素直にうれしい。
夏休みに別荘で彼をもてなしたのは無駄じゃなかったんだ。

太盛君の主張は永遠と続いた。
要約すると「エリカは悪くない」の一点張り。

そんな彼に対しミウは、

「あっそう。そうなんだ。へえ」

と切れながら相槌を打つ。

自分以外の女をかばおうとする彼がよほど
気に入らなかったようで

マイクを床に叩きつけた。
鈍い音がしてマイクが転がり、やがて止まる。

次に容疑者一覧の名簿を複数枚まとめ、
怪力でビリビリ破いている。荒れてる荒れてる。
男にモテないヒステリー女。

「あっれぇ? おっかしいなぁ。私の記憶違いかなぁ。
 太盛君はエリカのこと嫌いだったんだよね? 
 一緒にいると疲れるんじゃなかったのぉ?」

「確かにそう思った時期もあったかなって……。だけどさ。 
 じ、尋問するのは、ちょっとかわいそうじゃないか?」

「エリカにはスパイ容疑がかかっているんだよ?
 太盛君はさっきの規則の説明を聞いてなかったの?」

「理屈じゃないんだ。お願いします。
 俺からの一生のお願いだ。
 今回だけはエリカを救ってあげてください」

太盛君……。土下座してまで私を救おうと……。
こんなに心の優しい人を見たことがないわ。

副会長に逆らったら自分が拷問されるかもしれないのに。
彼はさらに、なんなら自分が代わりに罰を受けるとまで言った。

運命を感じる!!

こんな危機的な状況だけれど、
今この瞬間に私には彼しかいないって確信したわ。
神様は私にこの人と婚約しなさいって命じている!!
たとえ死にゆく運命だとしても!!

「太盛君。みんなの前だから土下座はやめなさい」

ナツキ会長が優しく言う。
そういうナツキ君も紳士じゃない。
この一言だけでミウとは人徳が違うのが分かってしまう。

ナツキ君が太盛君の肩をぽんぽんと叩くけど、
太盛君はずっと顔を床にこすりつけている。
どれだけ硬い意志なのよ。
うれしいけど、ナツキ会長がやめていいって言ってるのにね。

あっ。ミウがこっちをみ…

「いたっ!!」

この暴力女。急に私のすねを蹴ってきた。

「動くな。抵抗したりガードしたら拷問する」

なっ……。

「うっ」

お腹に膝がめり込んだ。
お腹を抱えてうずくまる私を、ミウは好きなように
蹴り続ける。私はサッカーボールじゃないのよ!!

私は家庭の事情でソ連式の訓練を受けているとはいえ、
不意打ちはやっぱり痛い。奴の動きを冷静に観察すると
完全に素人。反撃する機会はいくらでもあるのだけれど、
今は耐えるしかない。

「まあまあ。押さえて押さえて」

ナツキ君がミウを止めにかかるわ。
奴の狂暴な拳を彼が包み込むように握っている。

ミウは息が荒く、目を見開いている。
この女、よく見たら八重歯なのね。悪役にピッタリじゃない。

こっちだってにらみ返してやりたいけど我慢する。
私をかばってくれたのは太盛君なのに、
私に八つ当たりするなんて最低。

どうせ太盛君に嫌われたくないからでしょ。
残念でした。太盛君はあんたのことなんて眼中にないわよ。

起き上がろうとするとわき腹に鈍い痛みが。
にらみたくなるけど我慢。
本当にムカつく女だわ。高野ミウ。

「会長権限だ。今回のスパイ容疑は見逃してあげよう」

ナツキ君……。

「橘エリカさんはすぐに自分のクラスに戻りなさい。
 そこでうずくまっている堀太盛君も同様だ。
 もたもたするな。すぐに行動に移せ」

ナツキ君の瞳が、早く逃げろと言っている。
ありがとう。私は太盛君が出ていくのを見てから、
追いかけるようにして立ち去る。

役員たちは革命裁判についての会議が
あるらしくて、引き続き体育館を使用するそうだ。

なんで生徒会室じゃなくて体育館で話し合うのかしら。
これはあとで分かったことなんだけど、体育館を
革命裁判所として使うつもりらしい。

突っ込みどころ満載だけれど、
あいつらの考えは意味不明だから深く考えたら負けね。

私は速足で渡り廊下を歩いてる太盛君に追いついた。
気持ちを抑えきれなくて、後ろから彼に抱き着いてしまう。
私は彼の背中にぴったりとついて離れるつもりはなかった。

「エリカも分かってるとは思うが、今の状態が
 生徒会の皆さんにばれたら俺たちは極刑だ」

「それでもいい。私は心から太盛君のことを愛してるの。
 もう他の誰もいらない。
 太盛君と一緒に死ぬならそれでもいい」

今、他のクラスは一時間目の授業の最中。
渡り廊下は静寂に包まれている。

「そう言ってくれるだけで救われた気持ちになるよ。
 俺はあの収容所で心がすさんでしまった……。
 何もかも怖くて、誰も信じられなくて……」

「俺は元三号室の囚人だった。学園の犠牲者の一人だった。
 だからだろうか。これ以上の犠牲を出したくなかった。
 エリカ……。おまえが傷つけられるのを知ってて、
 黙って見ていることができなくなったんだ」

太盛君がしゃがみこんだ。
頭を抱えてそれきり動かない。
肩は小刻みに震え、泣いているのかと覗き込むと、
顔に生気がなくて瞳は虚空を見つめている。

どうやら現実に脅えているようだった。

「太盛君」

赤ちゃんに接するように彼の背中を抱き寄せた。
私を救おうとした結果、強大な権力への
反逆になってしまった。
あの短い時間で、どれだけの恐怖と戦ったのか。

太盛君は正義の人。
私はあなたに着いて行くと決めた。

「君たち」

と背中に声を掛けられ、血の気が引く。
どうやら先生のようだった。

「二人は二年生の生徒だろう? 
 授業はとっくに始まっているよ。
 早く自分の教室に行きなさい」

「はい。すみません。先生」

私は太盛君の手を取って早足でその場を去った。

見たことのない男性の先生だったから、
きっと一年生の担当なのね。私達がいる渡り廊下は、
一年生と二年生の棟の中間点。
ここを通り過ぎたすぐ先に、私達二年一組の教室がある。

学校が広すぎて体育館から自分のクラスに戻るだけでも
大移動のレベル。四階にクラスがある芸術コースの人達は
毎日足腰が鍛えられるでしょうね。

「エリカ。手をつないでくれてありがとう。
 ここから先は離れて歩こうか。
 クラスの奴らに見られたらまずい」

私はうなずいた。

太盛君。またあなたの隣に寄り添える日が来るのかしら。
明日の身も分からないこの学園での生活は刑務所と同じ。

でも神様は言ったわ。明日のことまで思い悩むことはないと。
私は粛清された兄さまと姉さまの分まで精いっぱい生きる。

太盛君と三学年に進級して、無事に卒業する、
それだけが、私の今の望み。


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