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作品名:『学園生活』改 〜愛と収容所と五人の男女〜 作者:なおちー

第32回   32
元の世界へ1

〜三人称視点〜

「綺麗なスーツ姿ね。どこから見ても美人さんよ。
 ミウならきっと受かるから、自信を持って行きなさいね」

「うん。緊張してヤバいけど頑張ってくる。どうせダメもとだし」

16歳の高野ミウは高校を一学年の秋に中退し、
社会人デビューすることになった。

今日まさに就職面接日を迎えた。母のカコは、夫のナルヒトと
激論の末に退学を許可し、学園側とは3回に及ぶ面談の末に
正式に決定した。姉妹校にはニュージーランドとシンガポールの
学校もあるにはあったが、学生生活を送ること自体をミウが拒んだ結果だ。

ハローワークなどの就労斡旋機関を使ったわけではない。
ネットでたまたま見たメイドの募集を見かけた。
親元を離れ、住み込みで働ける。高給で、しかも英語などの
外国語が話せると優先して採用される。

ミウは日本人だが、ロンドン育ちなので英語が第一言語のようなものだ。

「駅までタクシーを用意したから、
 パパも途中まで一緒に行くよ」

「ありがと」

玄関から先はナルヒトが付き添うことになった。
平日のど真ん中にわざわざ有休を取った。
彼も妻と同等かそれ以上に娘のことを可愛がっていた。

面接会場は都心だったから、本当は会場のビルまで
パパが着いて行きたかったが、さすがにミウが拒否し、駅で別れた。
少学生じゃないんだからと、ミウは控えめに笑った。

彼女は高校を中退したことで親に負い目がある。

一方で両親は、日本の学校の人間関係になじめなかった
娘に同情し、最後は娘の意思にすべてを任せるという発想に至った。

平成の不況が続く昨今。高校中退者の将来は暗い。
満足できる結婚相手とはおそらく巡り合えない。

あまりにも大胆な決断だったと言えるが、
それでも尚ミウが過度の苦痛を感じてまで学校に行く必要はない。
両親は最終的にそう判断した。

ミウが中退した経緯は、過去作品で何度も述べたので省略する。

(ほう……)

堀家の当主は、ミウを見た瞬間に採用しようと決意した。
面接を受けに来たのは全部で五名。
風変わりな仕事なので受験する人は少ない。

20代が中心で外見が美しく、
何かしらの取り柄のある女性ばかりだった。
そして民間企業や公務員として働きたくないという
特殊な事情や信念を持っている。

用意された椅子に横一列に座る集団面接となっていた。

年はミウが一番若かった。一番年上の受験者で40代もいた。

面接終了後、五人は廊下で待たされた。
数分ほどして、若い男が現れた。

「みなさん。本日は面接にお越しいただき、
 まことにありがとうございました」

能面を外した状態の、例の美青年がそう言った。
面接会場のためにきりっとしたスーツ姿であり、
柔和な笑みを浮かべている。

洗練された立ち振る舞いから育ちの良さを感じさせる。
初対面の女性をはっとさせるほどの品性である。

「高野ミウさんだけ残っていただきたい。
 他の方はのちほど結果をお伝えします」

一人の20代の女性がすっと席を立ち、
大急ぎでその場を去って行った。怒っているようだった。
他の女性は肩を落とし、お辞儀をしてから帰っていった。

ミウは初めての面接だから、この時点で自分が
受かったとは夢にも思っていなかった。

「We should say thanks to god
 for great opportunity to meet you.
 Your English remains me something…」

党首はこの素晴らしい出会いを神に感謝すると言った。
面接のときの堅苦しい雰囲気ではなかった。
能面にお茶を運ばせ、テーブルを挟んでの雑談をした。

党首がしたことと言えば、ひたすらミウを褒めちぎることだけだった。
まず最初に採用の旨を伝え、他に受けている会社などが
ないことを確認した。ミウは首を縦に振る。

「英国暮らしが長かったなら日本の学校になじめなかったのも
 無理はないことだ。君はわざわざ地球の反対側の
 文明国に足を運んだわけだからな。給料のことも
 心配しなくていい。君のご両親を安心させるだけの額を用意する」

党首自信が風変わりな男なこともあり、同じ雰囲気を持つ人間を
感覚で探し当てたのだ。まさに類は友を呼ぶである。

書面で雇用契約書をざっと見せられたが、つい最近まで
学生だったミウにはさっぱり内容が分からない。
とにかく奥多摩の豪邸に住み込みで働くことは分かっている。
給料については多いのか少ないのか分からない。

党首の神々しさというか圧迫感の前に
ミウは臆することなく、笑顔でてきぱきと答えた。
たまに英語で話してくるので、こちらも英語で答える。

フランス語で聞かれた時は素直に分かりませんと答えると、
党首は声を出して笑い、能面に茶のお代わりを持ってこさせるのだった。

家に帰ってから、ミウはまず母親に書面を見せた。
父はあのあとすぐに仕事へ行ったから、メールで知らせた。

「住居費がただで、こんなにもらえる企業ってまずないわよ。
 大手企業並みの福利厚生じゃない」

旦那のナルヒトが経済の専門家で高給取り。
その妻から見ても満足できる金額だった。
おそらく中卒の女が受け取れる金額としては破格。

ミウは学校中退の落ちこぼれから、
一気に大卒の新卒すら超える
高給取りへと変貌しようとしていた。

具体的な内容としては、住み込みに必要なあらゆる費用は無償。
企業労働ではないので社会保険には入れないが、
額面通りの給料をもらえて、差し引かれるものが何もない。
食費、電気ガス水道など、もちろんただ。

住むのに必要な家具さえ無償で提供される。
さすがに税金だけは自分で払う必要があるが。
ここで働いていれば、まず飢えとは無関係の生活が送れる。


ミウが働き始めてから半年が経った。

両親にとって心配だったことは、
ミウがホームシックにならないかだった。

嫌になって辞めたりしないだろうか
人間関係で苦労してないだろうか。

「ミウがいつ帰って来てもいいように」

ママが高野家の財政から、本来ミウが大学に行くのに
必要だった資金から、結婚資金まで用意してあった。
購入済みの分譲マンションで生活している高野家。

旦那の稼ぎも安定しており、夫婦ともに資産運用が趣味。
別にミウが働かず家にいてもお金に困らない家庭環境だった。

だから、ミウがたとえ一生独身だったとしても大丈夫なように、
この時点で相続税を意識した資産の分割までしていた。
もっとも娘自身にそのことは伏せてあるが。

「私は元気に暮らしているよ。こっちの人間関係も
 色々あるけど、仲間がいるから頑張れるよ」

うれしいことに
ミウから悲惨な頼りは一切なかった。

先輩メイドのユーリや料理係の後藤さんなど、
彼女を支えてくれる優しい人たちに恵まれた。
主人夫婦の間に生まれた娘達とも仲良くやっているらしい。
英語の先生をしてあげていると聞いて、微笑ましくなった。

「お前は本当に世間知らずなんだなぁ」

後藤さんが笑う。主人らと時間をずらして
使用人達で食卓を囲んだのは良い思い出だ。

元帝国ホテルのシェフの作る一流料理が
食べられるのが一番の楽しみだった。

「日本人ならきっちりと仕事をこなしなさい。
 遊ぶのはそのあとよ。自分自身にけじめを付けなさい」

先輩のユーリはストイックな女性だったが、
仕事以外では優しく、友達になった。
ユーリの複雑な過去を打ち明けられた時は心から同情し、
またその秘密を墓場まで持っていこうと考えた。

「ミウは学校の思い出を全然話してくれないのね。
 ユーリもそうね。まっいいわ。私は大人だから、
 本人たちが話したくないことはあえて聞かないから」

ませたことを言うのはカリンだ。今のセリフは
太盛から受け売り。この子も他の娘ほどでないにしても
パパっ子。太盛が人の過去を詮索しない男だったから、
娘たちも自然とそうなった
 
ミウは三人娘の中でカリンと特に仲が良かった。

一見すると平和な日常にも見えた。だが主人夫婦の不仲が
事件の引き金となった。離婚を強く望む太盛と拒むエリカ。
両者の力は反発し、エリカを奇行に走らせた。

エリカは出産後に仕事を辞め、家庭で夫を支える立場となった。
娘たちが小学校に上がってからは
地域のボランティア活動に精を出すようになる。

母親としては薄情の部類に入るのか、娘たちの教育は
ユーリに任せっきりだった。テストの成績はもちろん、
学期末の通知表の成績にすら関心を示さなくなった。

自分の子供よりも他の子供が気になるのか、
あるいは社会での承認欲求を得たいたためか、
30代になってから全国の児童福祉移設を
回るようになり、生活支援員の手伝いをした。

相手にしたのは知的障害の子供達である。
専門の職員などは、普通の精神力をしていたら
とても勤まらないほど過酷な職場である。

だがエリカは進んで施設に顔を出した。
家に福祉施設で作ったパンや工作品を持ち帰ることもあった。

やがてボランティアの域を超えてしまい、
施設の臨時職員となり、給料まで手にするようになった。

全国の障害のある子供たちの世話をするのが
彼女の生きがいとなっていた。
そんな生活を二年も続けると、有名な施設をおおむね周り、
様々な自治体に名前が知れていった。

「エリカはさみしさを
 何かで埋めようとしているんだよ」

「そうなのでしょうか?」

日曜の朝6時過ぎに起きた太盛が、
眠い目こすりながら食卓に顔を出した。
ユーリが用意してくれた紅茶に口を付けながら言った。

「今回はどこまで行ってるんだ?
 俺は昨日まで仕事だったから知らないけど、
 遠くまで行ってるんだろ?」

「福岡県の施設まで行ったそうです。
 お土産を買って帰るのは来週の火曜だと」

「そんな遠くまで行ったのか。
 完全に家庭を放棄してるじゃないか。
 しかも俺に何の連絡もなしにか」

吐き捨てるように言う太盛。
妻の奇行にはあきれ果てていた。

太盛はエリカを愛してなどいなかった。
結婚生活は束縛の連続であったことは過去作品で何度も述べた。

太盛が特に嫌いになったのが携帯電話だった。
平日のお昼もメールをエリカに送ることを強制された。
別に連絡する用などないが、あいさつで良いから何かを
送る決まりだった。

夜には会社から家に帰るのに、エリカは彼と常に
つながっていたいのだ。これでは恋人同士のようである。

残業時間も具体的に知らせないとあとで怒られる。
何時に終わるかなど、その日の仕事量によるから
上司でさえ把握できていないのに。

(どこに行っても人間関係は複雑だな)

ミウは涼しい顔で日々の業務をこなした。
広すぎる屋敷の中の掃除は主にユーリが。
庭などの外の管理をミウが受け持った。

花壇、噴水、芝生を中心とした、屋敷はフランス王室の庭園を
模倣した作りだった。運動ができるようにテニスコートがある。
夏場はプール掃除もミウの仕事だった。
庭の木の剪定は、さすがに素人がやると
滅茶苦茶になってしまうので業者さんに頼むことにした。

バラなど花の手入れが苦手だった。
重い肥料が何袋もトラックで輸送されてくる。
その後一輪車に積んで花壇まで運ばないといけない。

ミウは今までの生活で重量物など持ったことなかった。
後藤やユーリに手伝ってもらい、励まされていると次第に慣れてくる。

当初は泥汚れが嫌いだったが、植物の世話をして
成長を見守るのは素晴らしいことだと思うようになった。
人恋しい時は早朝に花に英語で話しかけることもある。

後藤が花言葉のうんちくを教えてくれると、ますます楽しくなった。
季節ごとに様々な花が目を開き、子供たちも喜んでくれる。
ミウは外仕事をする時は黒いジャージを着るのがお決まりだった。

季節は九月。気象庁は残暑と定義するが、
どう考えても真夏の延長である。残暑でなく酷暑が続く。
奥多摩の屋敷は山に囲まれているから。粋分マシだが、
蚊や虫の多さにはまいってしまう。

ミウは早朝の水やりを終えて、首に巻いたタオルで汗をぬぐった。
早朝でも強烈な日差しが肌を焼くようだった。
下はジャージ、上はロングTシャツを着ており、
肌の露出させないように気を使っていた。

「ユーリ。今日の日中は外仕事がないから、
屋敷の中を手伝おうか?」

「こっちは間に合ってるから大丈夫よ。
 それよりカリン様達が出かけたいそうだから
 一緒に行ってあげて。今買い物のメモを渡すから」

娘たちが買い物に行く時などは付き添い、
母親代わりとなる。最近は小学の女子児童の遺体が
線路で置き去りにされた事件があり、日本中を震撼させた。

孫娘達が外出する時は必ず付き添うようにと
党首から言われているほどだった。

(それにしても)

とミウがいぶかしむのは当然だった。
外の仕事は天気仕事だ。当然雨の日は暇である。

花や庭木の剪定、消毒や除草は月の決まったタイミングで
済ませば、その後ある程度は暇になる。
これから寒くなるのでプール掃除も必要ないし、
霜が降りる時期になれば草が生えることもない。

「私は掃除が趣味なようなものだから」

最近のユーリはミウに仕事を任せなくなっていた。
屋敷中の掃除だけは雨の日でもおかまいなしに発生する。
広大な敷地内を清掃するのはかなりの手間である。

アーチを描く階段が全部で三か所もあり、
廊下の広大さはあきれるほどだ。一番手を入れなければ
ならないのは玄関先や主人たちの部屋である。

細かい性格のエリカを納得させるための清掃には
かなり気を使うが、完璧主義のユーリは
てきぱきと仕事を進めている。

「せめて大浴場だけでも私が洗うよ」

「いいから。あなたはお嬢様たちの相手をしてあげなさい」

明らかに気を使われている? 
まさか自分がいずれ首になるから
ユーリが中の仕事を全部担当するつもりなのでは。

ミウはそこまで勘ぐってしまうが、
さすがにあり得ない話だと思った。

ミウがカリンかレナを探しに廊下を歩いていると、
父親に甘えているマリンの姿が目に入る。

「お父様はお仕事で疲れていますよね。ですが、
 少しだけマリンのためにお時間をいただけませんか。
 マリンのピアノを聴いてほしいのです。
 今週から新しい曲を練習してしましたの」

「いいよ。午前中の間だけならね」

「やったぁ」

マリンは太盛の腕にしがみつき、
早く自分の部屋に行こうと誘うのだった。

太盛が勤めている生命保険会社は残業続きで帰宅が遅い。
繁忙時期は5時半に起きて、帰ってくるのは23時の場合もある。
従業員数の少なさから発生する残業地獄であった。

「こんなに将来性のないところにどうして俺は入社したんだろうな」

自嘲気味に言う太盛の顔が印象的だった。
そもそも少子化で人口が減少し、さらに若者の独身世帯が
増えているのに生保など需要がない。早めの転職を考えていた。

彼は営業部の部長のお気に入りだったから、簡単には
退職の話を切り出せないという事情もあった。

日々の生活の忙しさから資格の勉強などする暇がない。
さらにエリカは福祉施設周りのボランティアを行っている。
旦那に構ってもらえないさみしさから、社会的弱者の人々に
貢献することで自己実現をしようと考えたのだ。

エリカは夫と距離を取るようになった。
あれだけしつこかったのに急に熱が冷めたのか。
あるいは次なる暴走への準備期間なのか。

最近は屋敷で夫婦の会話する姿はない。
娘はレナとカリンの双子と一歳年下のマリン。
使用人は後藤とユーリの二人だけ。総監督者として
鈴原がいたが、本家の勤務なのでめったに顔は出さなかった。

その状態にミウが加わった。

20代のユーリ、40代の後藤よりは小学生の娘たちに年が近い。
夫婦の不仲も党首はとっくに知ってたが、離婚の許可は
生涯出すつもりはなかった。党首が頑固な男である以上に、
安易な離婚が子供たちに与える影響を考慮していた。

夕飯の時間になった。
この家では夜7時に食べる決まりがあった。
その規則を作ったエリカは九州に出張しているため不在。

「太盛様とマリン様を呼びに行ってくれないか?」

厨房にいる後藤にそう言われ、ミウが二階へと足を運んだ。
廊下の一番奥の部屋がマリンの部屋であり、一階の
食道からは一番距離があるのでめんどうだ。

「あの、お食事のお時間になりましたが」

ドアを小さくノックすると、扉越しにマリンが答えた。

「今お父様が疲れて寝ちゃっているのよ。
 私ものちほどお父様と一緒に食べるから、
 後藤たちに伝えておいて」

太盛が仕事でくたくたになりながらも、愛娘の
ピアノの練習に付き合ってあげていたのは感心させられる。
彼は休みの日でも六時には起きる人間だから、
たいてい昼寝はする。そうしないと体がもたないのだ。

マリンはそれを分かっていて父を自分の部屋に招待し、
意図的に夕飯の時間をずらしたのだろうから策士である。
ミウはそのことを食道にいる双子に伝えた。

「またかよ。マリンの奴、相変わらずバッカじゃないの」

「ほんとパパがかわいそう。
 疲れてるんだから一人にしてあげればいいのに」

度が過ぎたファザコンで父を独り占めしたがるマリンを
二人は嫌った。マリンは成績が抜群に優れていて、
生意気で口も達者だったから、父に溺愛され、
それが余計に鼻についた。

三人の娘は美形の父母からそれぞれに
美しさを受け継いでおり、みな優劣が付けられないほど
美しかったが、太盛が一番に愛したのはマリンだった。

「ユーリ。お皿は自分で運ぶからいいって。
 わざわざ運んでもらうと悪いじゃん」

「これが私の仕事ですから。
 レナ様は座っていてください」

レナは上下関係を嫌った。屋敷に住み込みで働いている
ユーリ達を赤の他人だとは思っておらず、家族だと思っていた。
カリンも同様である。

双子が使用人に優しいのは、屋敷で勤め始めた頃の
ミウにとってありがたいことであり、心の支えでもあった。

「ママが何日も帰ってこないなら、
 みんなで座って食べようよ」

カリンがそう提案すると、レナも賛同した。
後藤やユーリは使用人だから遠慮しなければ
ならないのだが、お嬢様たちの気遣いを
ありがたく受け取ることにした。

レナは話し好きで学校でもムードメーカー的な存在だった。
話しの輪の中心はだいたい彼女だった。

「うちの食堂めっちゃ堅苦しくない?
 テレビつけたいよねテレビ」

「その気持ちは分かりますよ。奥様が
 許可してくれれば私も観たいものですが。
 個人的には日大の会見内容が気になりますな」

後藤が微笑みながら言う。
後藤とレナは話し好きなので気が合った。

ユーリは寡黙なタイプで、
基本的にはお嬢たちから話しかけられない限りは
自分から話すことはない。
使用人だから遠慮してるのかとミウは思った。

「ああ、あのラグビー部のタックルの話ね。
 学校の先生もあれに怒っててさ。
 あれを聞いたら誰も日大に入らなくなるよね」

「それにしても日本中があの報道に夢中です。
 ついに学長が公式に謝罪しましたな」

「学長って偉いの?」

「日本大学のトップですな。
 付属高を含めれば14万人の生徒がいますよ。
 会社で例えるとかなり大きな組織の社長に値しますね」

「へー。あんなじいさんがそんなに偉い人なんだ。
 例の監督も白髪のクソ野郎なのにいばってたんでしょ?」

「はは。いかにも昭和チックな時代遅れのじいさんですな。
 大人の世界で威張り散らしてるのは、
 だいたいああいう感じの人なのですよ」

「暴力とかサイテー。死ねばいいのに」

「まったくですな」

後藤は大胆にもワイングラスまで持ってきてしまった。
ミウがあきれて指摘するが、日曜だし、
まあいいではないかと後藤が笑う。

カリンは、普段以上に無口なユーリに対し思うことがあったが、
あえてそのことを口にせず、別のことを話題にした。

「ママがいないと楽でいいよね。何話しても怒られないし。
 そういえば今日パパはずっとマリンの部屋にいたの?」

「そのようですね。お昼も私がマリン様の部屋に運びましたから」

ユーリが淡々と答える。

彼女のフォークを口に運ぶ動作が、どこかぎこちない。
ミウが不思議そうに観察していると、
カリンも同じような目つきをしていた。

後藤とレナは話に夢中でユーリのことなど見ていない。
レナは面白がって後藤のおつまみのカマンベールに
手を付けるが、本場のチーズの味の強烈さに顔をしかめた。

「まじで腐ったチーズの味がする!!」

「この腐った感じが、赤ワインにはぴったりなのですな。
 レナ様も大人になれば良さが分かりますよ」

「少しで良いからワイン飲ませてよ」

「それはいけませんよ。お酒は20歳になってからです」

「けちー」

ミウは小さく笑ったが、ユーリは鉄仮面のような表情を
崩そうとしない。明らかに元気がない。体調不良にしても
仕事はいつも通りこなしていたから不自然である。

ミウは気になったことは聞かないと気が済まないので
口にしてしまった。

「ユーリは私達に隠し事をしているよね?」

ユーリがびくっと震えた。

ミウは、なぜ問い詰めるような言い方をしたのか
自分でも理解できなかった。そもそもどうして
隠し事をしていると思ったのか。

そしてそれがユーリの表情からして、
核心をついているようだった。

ユーリはテーブルについている全員から奇異の目で見られ、
さらに表情が硬くなった。右手に持ったフォークがかすかに震えている。

黙ってやり過ごすわけにもいかないので、
絞り出した声で「どうしてそう思うの?」とミウに問うた

「九月になってから様子がおかしかった。
 夜、太盛様と階段の踊り場で相談事をしていることが
 何度かあった。大陸の気候とか、モンゴル行きのチケットとか
 そういうことを言っていたような気がする」

それはユーリと太盛が計画していた、蒙古逃亡計画が
すでにミウに知られていることを意味していた。

ユーリはさらに狼狽し、「バ、バカなこと言うのねあなたは」と言う。
目が泳いでいる。図星を突かれているのは誰の目にも明らかだった。

「証拠ならあるよ?」

ミウは体が勝手に動いた。

そうとしか思ないほど、自然と太盛の部屋に行き、
作業机の引き出しの奥にしまっていた手帳を持ってきた。
それには会社に退職願を出すと同時に有休を2週間分とり、
その中で成田空港から飛び立つまでの準備などが
詳細に書かれている。

エリカたち家族の目をごまかすための国内のツアー旅行に
仮登録していることまで書かれており、決定的であった。

「ユ―リ。おまえはなぜ……」

後藤の言葉はそこで止まった。使用人仲間として
何年も時間を共にしてきた娘的な存在でもあった。
彼女が全てを裏切って主人と会いの逃避行を
計画していたなど、許せるはずがない。

双子姉妹もその手帳に目を通してあぜんとした。
全員の時の流れが止まってしまった。
もはや食事などできる状況ではない。

「ごめんなさい……」

そう言ってユーリはさめざめと泣いた。

この状況で自由に動けるのはミウだけだった。
ミウはまた体が勝手に動き、手帳を持ったまま
マリンの部屋に駆け込んだ。

「ちょっと。ノックもなしに入ってくるとか何のつもり?」

マリンは読みかけのファッション雑誌をミウに
投げてしまいそうな勢いだった。
昼過ぎからずっと寝ていた太盛も何事かとベッドから身を起こす。

「なにこれ」

マリンも当然固まった。愛する父が、これだけ自分を一心に
愛してくれるはずの父が、蒙古へ逃げようとしていた。

マリンを襲ったのは、失望。絶望。怒り。嫉妬。

まず父の顔をひっぱたいてやりたかったが、
それ以上に許せないのは、涼しい顔で
使用人として働いているくせに、裏では
父の愛人となっていたユーリの存在だった。

「そこをどきなさい!!」

ミウを押しのけ、食堂へと駆けた。
そしてすごい勢いでユーリを問い詰め、まくし立てた。

マリンは思いつく限りの言葉を吐き、ユーリを傷つけた。

「あなたがお父様をだまして逃亡しようとしたのね?
 そうなのでしょ? そうなのだと言いなさいよ!!
 この泥棒猫が!!」

「ふふ。ばれてしまっては仕方ありませんね。
 言っておきますが、この計画は彼も同意してくれました。
 何より彼の方から私を誘ってきたのですよ」

ユーリの対応は誠実さに欠けていた。
実は前からファザコンのマリンのことを良く思って
なかったこともあり、つい言い返してしまう。

マリンはさらに激昂し、皿やコップを床に叩きつけるまでになった。
ユーリは静かな声で言い返すのが対照的だった。
食堂は信じられないほどの修羅場となってしまう。

「開き直るなんて最低!! この最低女!!
 あんたなんて死ねばいいのよ!!
 お父様にどれだけ迷惑をかければ気が済むのよ!!」

「きっとですね。太盛様にとってお嬢様はそんなに大切な
 存在じゃなかったのですよ。別れる前に最後くらいは
 ピアノを聴いてあげたくなったんじゃないですか?」

「私はお父様に一番に愛されているわ!!」

「愛されているなら、なんで太盛はあなたを捨てて
 私と逃げようと思ったのよ。ほら。これに
 言い返してみなさいよ。できるならね」

「く……」

歯を食いしばるマリン。
ユーリは太盛が望んだのは自分だけだと主張していた。

マリンはテーブルのナイフを持ち、ユーリの首を
刺してしまうかと思ったが、さすがに後藤に止められてしまう。

「後藤。なぜかばうの? あなたはこの女のしたことを
 理解しているんでしょうね?」

「計画は確かに存在しましたが、未然に防げました。
 人間誰でも過ちを犯すものです。
 今回くらいは見逃してあげても」

「ダメよ!! この女だけは許すわけにはいかないわ!!
 どんな言い訳をしても絶対に許さないわ!!
 あとでお母さまにも報告して地下送りにしてあげないと!!」

屋敷の地下には牢屋が用意されていた。
何のために用意されたのかは党首に聞かなければ分からない。

とにかく粗相をした家族の誰かをそこに
収容していいことになっていた。
もちろん使用人が優先的に収容される。

ミウは地下のことは雇用契約書には記載されてないと信じていたが、
裏面に小さい文字で書かれいていると、あとで後藤に教えてもらった。


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