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作品名:『学園生活』改 〜愛と収容所と五人の男女〜 作者:なおちー

第31回   新年1月1日 眠れない夜  
1月1日 眠れない夜

〜堀太盛〜

いっそ死ね。死ねば楽になれる。そうとまで思ってしまう。
だが、レナやエリカを初め、俺を心配してくれる人が
たくさんいる。感謝しても感謝しきれない。

親父殿を始めとした堀家のメンツは、
情報規制されているためか、この病院には
一度も来ていないし、連絡すら取れない。

今、何時なんだ?

夕飯後にすぐに寝たから、時間の感覚がない。
締められたドアからは、廊下の明るさが漏れている。

部屋の中は消灯している。看護師さんが気を利かせて
暗くしてくれたのか。いや、マリンかもしれないな。

電気をつけないと壁掛け時計すら見えない。
ベッドサイドの携帯を手探りで探す。
Lineの着信が来ていた。

見知らぬ人からと表示されているが、
どうみてもエミからだ。そうか。エミのデータは
マリンによって削除されていたんだな。

『入院したって聞いたけど、
 大丈夫? まだ生きてる?』

うれしさと懐かしさで涙が出て来る。
何日か前だったか忘れたが、エミと絶交する旨のメールを
マリンが送っていたはずだった。
今読んだメールは、今日の日付でエミから送られている。
つまり、あの絶交メールは嘘だったとエミは見抜いているんだ。

時刻は八時半。良かった。
まだ消灯まで時間があるじゃないか。
髪の毛のじっとりした感触が気持ち悪い。
いつになったら入浴許可が下りるんだ。

体もじっとりと汗をかいて不快だ。
今すぐ下着だけでも取り換えたい。
夏じゃなくて本当に助かった。

喉もカラカラだし、トイレにも行きたい。
それでもエミと話したくて仕方なかった。

俺はエミのLineを登録してから、電話した。

「太盛だよね?」

スリーコールで出てくれた。うれしい。
つい声が大きくなってしまう。

「エミ。最初に君に謝らないといけない。
 あの時送ったメールだけど」

「あはは。みなまで言わなくてもだいたい分かるよ。
 どうせあんたのことが好きな女の子に無理やり
 ああいう風にされたんでしょ」

エミは去年の夏休み中にミウに恋バナ(恋愛相談)を
されて、俺を取り巻く恋愛関係はほぼ把握しているらしい。
さすがエミ。賢い女。

あのメールは突発だったのにも関わらず、
こっちが説明するまでもなく事情を
把握できるのはすごいと思う。

「消灯まで時間がないから、早口になっちゃうけど
 聞いてくれ」

「うん」

俺のつたない説明に相槌を打ちながら真剣に聞いてくれた。
やっぱり学校の先生に話すよりもエミに話すほうが
よほど安心する。話すだけでこんなにも楽になれる。

相談相手がいることは大切なことだ。
人の縁は大事にしたほうが良いと言うのはこのことだ。

「なるほどねー」

口調は軽いが、話す内容は真剣そのものだ。

「ツッコミどころが多すぎて話がまとまらないんだけど。
 とりあえず感想としては、あんたは巻き込まれ方の
 主人公なのかな。これがドラマとかの物語だとしたら
 あんたが主人公でヒロインがミウね」

「確かにそうかもな。誰かに運命を
 操作されている気がしてならないんだよ」

「運命ねぇ」

エミが意味深なため息をついた。

「第三者の意思があるとしたら、あんたの運命を
 正常な方向に戻したいと言うことかしら」

「俺が共産主義者になればいいのか?」

「まさか。共産主義は能面が否定してるでしょ」

「そういえばそうだったな」

「能面とマリンが重要な鍵を握っているわね。
 能面はあんたにミウと付き合うなと言った。
 関わるなとまで言った。なら言われた通りにすればいいのよ」

「ミウを振れば問題は解決するのかな。
 能面は俺とマリンをくっつけようとしてるようだが」

「言いたいことは分かるわよ。自分の娘だと
 分かってるのに付き合うとか無理よね。
 たとえ斎藤マリエの姿をしていたとしてもさ」

「エリカとの関係はどうすればいいと思う?」

「距離を取るべきだと思う。ミウがこの世界に
 飛ばされたのはエリカとの婚約を防ぐためなんでしょ。
 世界の意思があんたとエリカが結びつくのを否定しているわ」

「エミは俺とユーリのことも知っているよな?
 あれも世界が認めない関係だったというわけか」

「そういうことになるんじゃないの?
 最終的に強制収容所送りにまでなったんだから、
 そう思うしかないでしょ」

「俺は」

「うん?」

「俺は今でもエミのことが好きだ」

唐突な告白だったためか。
電話口でエミが黙ってしまった。

嫌な沈黙ではない。驚いているのだろう。

「気持ちはうれしいよ。でもあんたの周りがなぁ」

「エミは俺にはもう興味ないか?」

「ないわけないでしょ。あの時
 正式に別れたわけじゃないんだから。
 それに再開できた時、実はうれしかった。
 あんたが彼女連れだったのはショックだったけど」

「君は彼氏はいるのか?」

「いないよ。私は普通の男には興味ないし」

遠回しに俺が普通じゃないと言いたげだな。
あえて指摘しないけど。

「失礼しますね。堀さん。そろそろ消灯時間ですよ」

主任看護師っていうのか。責任感の強そうな
30代くらいの女性が俺にそう告げたのだった。
見た目がキリッとしていて、他の看護師さんとは
雰囲気からして違う。

レナから聞いているよ。
この人は看護師のとりまとめだけでなく、
看護師長との調整業務も行う中間管理職の人だ。

俺がバカをやるとレナに迷惑がかかるから、
大人しく言うことに従おう。俺はまた連絡するからと
言って電話を切った。

消灯時間になる。見回りに来た看護師さんが
部屋の明かりを消し、また隣の部屋を巡回していく。

こういうのって、保育園とかのお泊りの時間みたいだ。
本当に病院での日々は非日常だと思う。
昔の俺も、こうやって一人でいる時間を貴重だと…

「おほん。夜分遅く失礼させてもらうよ」

急に真横に人の気配がすると思ったら、何者かがそこにいた。

「病室の名前を確認したが、君は堀太盛君で間違いないな?」

「そうですけど、暗くて顔がよく見えません。
 あなたはドクターじゃないんですよね?」

「私の名前は高野ナルヒトだ。ミウの実の父親だ」

バカな……。今は消灯中で面会時間はとっくに終わってるぞ。
夜は不審者の侵入に備えて警備兵まで立たせている。
この警備の厳しい共産主義的院内にどうやって潜入したんだ。
夜遅くに俺に何の用がある?

俺はベッドから飛び起き、背中の激痛のために
激しくのたうち回った。やばい。痛すぎる。
背中が焼ける。傷口が開いたかもしれない。
もうすぐ縫った部分がくっつくところだったのに。

俺は冷や汗をかき、うめいた。
この痛みは何度味わっても慣れることがない。

「言っておくが、私はナースコールを押さないぞ」

なに?

「ナースさんを呼んだりもしない。
 むしろ逆だ。君の苦しむ顔をもっと見ていたい。
 君は大きな罪を犯したからね。
 君が一生かけても償いくれないほどの大罪だ」

ミウの親父はそう言って、俺の右手を取った。
何をするつもりだ?

「今から私は君に尋問する。答えなければ小指をへし折る」

何を言って……。

「君は半年前から私の娘と交際してたようだが、
 収容所三号室のカナという名前の女と浮気をしていたね。
 この事実を認めるか?」

「……みとめるよ」

「確かに認めたな? それなのに君は斎藤マリエが一番好きだと何度も口にした。
 橘エリカさんとも懇意の仲だ。探せば他にも浮気相手はいるかもしれない。
 君がそんな調子だとミウの気持ちはどうなるんだ?
 ミウは君との再会を願ってボリシェビキにまで手を染めた。
 だが君はミウを捨てて他の女を選ぶのか。罪悪感はないか?」

「ないわけじゃないです」

「あやふやだな。イエスかノーで答えろ」

「イエス」

「あると言う意味だな?」

「そうです」

この男はなんで俺の恋愛遍歴を把握しているんだ?
まさかミウから実の父にべらべら話したとは考えにくいが。

「私は英国での勤務が長かった影響もあり、
 情報収集は得意なのだよ」

この男はいきなり英国のことを語り始めた。

全盛期のグレートブリテンは世界に50を超える植民地を保有した。
海上交通路と膨大な情報を手にしていたのだ。

20世初頭まで英国から発せられる世界のニュースは、
日本の東京で手に入るニュースよりも
一日分早かったと言われている。

そして世界中に諜報網を張り巡らせることで
複雑な国際情勢に的確に対応することができた。

英国は強大な海軍力だけでなく、国際外交の名手として有名だった。
特に知られた言葉がバランス・オブ・パワーである。
欧州列強の戦争勃発の危機を何度も乗り切ったのだ。

余談になるが、ソ連の指導者スターリンは英国を世界一嫌っていた。
伝統的な英の対露政策では、黒海、地中海、北海などを
海軍力で塞ぎ込み、ロシア海洋進出を防いできた。

当時のロシア帝国やソ連が手も足も出ない強大国が
大英帝国だったのだ。

俺の指をへし折ろうとしているこの男は、その英国の首都
ロンドンでエリートサラリーマンとして勤務していた。

それにしても恐るべき情報収集の力の高さだ。
ミウの親父はエコノミストだと聞いているが、
実は英国外務省とかのスパイなのか?

「私は鬼ではない。ボリシェビキのように疑い深いわけでもない。
 冷静に時間をかけて問題を処理したいと思っている。
 だが娘のことになると我を忘れ、熱くなってしまうのは
 昔からの悪い癖だと自覚している」

「ベッドの下に盗聴器が…」

「解除した」

即答されてしまった。迷いのない口調からは
本当に解除したのだろうと確信させた。

ちなみに病室には監視カメラと盗聴器が仕掛けられているのだ。
それをどうやって解除したのかはあえて聞かないよ。

「君はミウを傷つけた。
 私は君を許すわけにはいかない」

ゴキッ

鈍い音がしたと同時に、
俺の右手の小指が明後日の方向に
曲がってしまった。

「むぐ…」

窒息死するかと思った。

指を折られた次の瞬間には
俺の口に丸めたハンカチがつっこまれた。
叫び声すらあげさせてくれないのか。

「君に裏切られたミウ、かわいそうにな。
 まだまだ君には痛みが足りないよ」

それより早く指を元通りにしないと。
本当にこれは俺の指なのか?
脳天にまで激痛が走るのはこれで何度目か。

「君が全ての元凶だよ。私の妻は離婚の調停を
 進めようとしている。調停の意味が分かるかね?
 裁判所を通じて財産の分与等をするのだよ」

ミウの影響で奥さんまで共産主義者になった。
その元をたどれば、堀太盛の収容所送りにたどり着く。

俺が元生徒会長のアキラに目を付けられたのは夏休みの後。
カスミで元同級生と喧嘩したのが決定打だった。
そして収容所行き。全ての元凶は俺自身。

確かに言っていることは筋が通っている。
それに俺はミウと彼氏彼女だったことも事実。
それから話がごちゃごちゃして今に至るのだ。

「今から口のハンカチを外すが、騒いだりしたら
 今度は別の指を折る。分かったね?」

「う……ごほごほっ……」

「君はついさっきエミという女性に好きだと発言した。
 これも間違いなく事実だね?」

だからなんだよ。
エミは俺のあこがれの女性なんだ。
エミが好きで何が悪いんだ。

俺の反抗的な目つきが気に入らなかったのか、
俺の顔に拳を突き立てて来た。

鼻血がボタボタと零れ落ち、
俺の病衣に赤い染みを作っていく。
目が潤んで前が見えない。

鼻を強打した時って自然と涙が出るんだよな。
悲しいわけでもないのに。

「堀君がエミさんを選ぶのは間違っている」

「ミウさんと俺が交際すれば満足ですか」

「ミウと付き合うのは当然だ。
 あの子が強く望んでいることだからね。
 私は親として、あの子の願いを
 最大限叶えてあげたいと思っている」

「あなたが娘さんの幸せを願うのは当然だと思います。
 ですが、俺の意思はどうなりますか。
 俺にだって自由に恋愛する権利が…」

「関係ない」

父親は立ち上がり、自分の座っていたパイプイスを持ち、
俺の頭に振り下ろそうとする構えを取った。

俺には避ける術がない。右手は小指が折れたせいで
少しでも動かせば焼けるような激痛だ。
そもそも背中の痛みもあるから自分で
ベッドから降りることも出来ない。

脳が激しく揺れ、視界が暗転する。
後頭部に直撃したようだ。
少しでも避けようと首を振ったが、無駄だった。

ああ、少し懐かしい感触だ。

後ろからバッドで殴られた時がこんな感じだ。
痛みよりも頭のフラフラの方が大きい。
目の前の景色が二重に見えるぞ。
ドクドクと、暖かい血が髪の毛から流れてくるのが分かる。

ああ……ベッドのシーツや枕まで汚してしまうよ。
何日も風呂に入ってないのに、ついてねえな。
血がドクドクと心臓の鼓動に合わせて出てるのが分かる。
後頭部が生暖かい。衣服の隙間から、首から背中に血が落ちる。
それが妙に怖い。

「堀君。いっそ君を殺してしまってもいいのだよ。
 ミウが入院したと聞いた時、出張先から
 この栃木県までわざわざ帰って来たのだ」

「あの子が足に大怪我を負って病室のベッドにいる
 姿を見た時、胸が張り裂けそうになった。
 今になって後悔しているよ。仕事第一主義で
 大切な娘と疎遠になっていた私自信にな!!」

俺は意識を保つだけで精一杯だった。
ミウの親父がまた椅子を振り上げているようだ。

頭頂部をえぐられるような痛みが走る。
髪の毛が何本かもっていかれたかもな。

俺は両眼を閉じているから確認しようがないが、
椅子で何度も殴られているようだ。
頭だけを狙ってくるとは。本気で殺すつもりか。
こっちは病人。しかも大量出血してるってのに。

こんなに痛めつけられるのは中学の時
不良グループにフルボッコにされて以来だ。

いや、冷静に考えれば俺には当然の罪なのかもしれない。
この親父がここまで狂ってしまうほどミウを傷つけてしまったのだ。
俺はミウを何度もキチガイ呼ばわりしたかもしれないが、
彼女を狂わせてしまったのは俺が原因じゃないか。

俺は、この親父が言うように色々な女に
目移りしすぎていたのかもしれない。

ミウ。すまなかったな。
俺は自分にとって都合の良い女に
そばにいてほしかっただけなんだ。
身の回りにいた女を利用していただけの卑怯者だ。

できるなら、君の目の前で謝りたい。
人を好きになること、人に好かれることが、
こんなにも重いことだったなんて考えたことなかった。


「ぐああああっ」

今のは俺の声じゃない。
ミウの親父が吹き飛んだのだ。

監視カメラの映像が操作されている(録画済みの
同じ映像を映していた)ことに気付いたドクターと
看護師が駆けつけ、ミウの父親を囲んで殴打している。

なんて狂暴な人達なんだ。
警棒とスタンガンを手にしているじゃないか。
太い声をあげて抵抗する親父を一瞬で捕縛してしまう。

「堀さん。すぐに治療室へ行きましょうね」

ドクターだ。大急ぎで対応してくれるのはありがたい。
俺のベッドごと廊下へ運び出してくれた。
こういう時は病院にいてよかったと思うよ。

安心感からすぐに寝るのかと思ったら、
不思議と意識がはっきりしていた。

殺されるかもしれない状況だったから
まだ緊張しているんだろう。
俺はともかく、ミウの親父がどうなるか心配だ。
たぶん反革命容疑で拷問されるのか。



〜ミウの視点〜

1月2日

朝目覚めてから、レナ様から
とんでもない報告を受けた。
私のお父さんが病院の地下に監禁されている?
罪状は入院患者の太盛君に暴行したから?

まるで漫画みたいな話。

レナ様が新年から冗談を言うわけないと思うから
疑い深いボリシェビキの私でも認めるしかない。

お父さん。どうしてそんなことしたの。
そんなことしたって私が喜ぶわけないじゃない。
彼を痛めつけたなんて最低。親に対し殺意がわくほどだよ。

「太盛君に会わせてよ!!」

「今は絶対安静の状態です。薬で寝ていますから、
 あと半日は目を覚ましませんよ」

レナ様は優しくそう言った。
太盛君は小指の複雑骨折と頭部の打撲。
それと背中の傷も少し開いたみたい。
出血多量のため、ベッドシーツが真っ赤に染まった……。

ひどすぎる……。どんな生き地獄を味わってたの。

彼にどんな言葉をかけてあげたらしいの?
パパがやったことだから、娘の私も確実に嫌われる。

彼は私の顔なんて見たくもないだろうな。
ひどいよ……パパの馬鹿……。太盛君にこれ以上
嫌われたら私、生きていけないよ。

許してくれなくてもいい。せめて太盛君に謝らせて。

私は足を怪我してる……。
レナ様に頼んでも車椅子を押してくれないだろうし、
どうすれば太盛君と話せるの? 

彼は今寝てる? そんなの関係ない。
なんでもいいから彼のそばにいさせて。

あっ、携帯があるのを忘れてた。
ダメもとで彼にメールでも送って謝っておこうか。

返事はくれないだろうけど、一ミリでもこちらの
気持ちが伝わればそれでいい。

『私の父があなたにしたことは許されることでは
 ないことは分かっています。それでも私の
 謝罪の気持ちが少しでもあなたに伝わればと思い、
 この文章を……』

最後まで書いたら、思ってたよりくどい文章になっちゃった。
完全な長文。エリカ奥様みたいなしつこい女だと
思われるかな。でもせっかく書いた文章を
削除するのはもったいないから、送っちゃえ。

『謝るのは俺の方だ』

……うそ。すぐに返事が来た。

『俺は君に出会った時から君に迷惑をかけ続けていた。
 俺は本当にミウの気持ちなんて知らずに
 好き勝手に生きていた罰が当たったんだ。
 こんなこと言っても信じてもらえないだろうが、
 俺は君のお父さんを恨んでいない。もちろん君のことも』

いつもの太盛君の調子じゃない。
弱弱しくて今にも消えてしまいそう。
パパに暴行されたことでおかしくなってるんだ。
いつもの太盛君なら私に食って掛かるのに。

私は必死で謝り続けたけど、向こうも謝ってくる。
しばらくメールで謝罪の応酬をしていると、
ふとおかしくなってきた。

私達はなんでこんなことをしているんだろう。
普通に愛し愛されるはずのカップルだったはずなのに。

私達は今本当の意味で相思相愛に慣れたのかな。
太盛君は確実に私のこと嫌ってないと思う。

『医者と看護師さんが入って来た。またあとでな』

検査の時間なのかな? 名残惜しいけど、仕方ない。
私は自分のスマホを大切に持ちながら、ため息をついた。

こんなに彼の声が聞きたいと思ったことはない。
次は直接会って話を。

「残念だが、その考えは捨てたほうがよさそうだ」

え……?

「やはり君は太盛お坊ちゃんと関わるべき人間ではない。
 今回の事件でそう確信できたよ」

能面の男……? いつから私の病室にいたの?
上下ともに黒のジャージ姿。
男性離れした高い声のトーンと合わせて浮世離れしすぎている。
院内でこいつに会うとちょっと怖い。

「言ってることがおかしいでしょ。私と太盛君を
 くっつけさせようとしたのはあなただよね?」

確かにそうですが。と言って能面は大きく頷いた。
今になってこいつの気取った話し方が癇に障る。

「今回は奥様も、私に賛同してくださっているようだ」

「そうね。今回だけは、珍しくあなたと意見があったわ」

エリカもいる……? うそ。本当に言われるまで
そこにいるのに気づかなかった。
それにエリカは着物姿だ。

私はこいつの格好をよく覚えている。
奥様時代は着物を好んで着ていた。

他者を見下ろす目つきは、まさにエリカ奥様そのもの。
自分が世界中の女と言う種の頂点に君臨しているという、
有無を言わさぬ圧迫感を加えてくる。

「ミウは太盛君を不幸にするわ。彼から離れなさい」

「あんたにだけは……言われたくない!!」

「あなたは馬鹿だから何も分かっていないのね。
 太盛君は、本来は私のものなのよ。世界の運命はそう定めている。
 だけどあなたは神の鏡の力を借りてチャンスを得た。
 愚かにもそのチャンスを無駄にして、
 自らを不幸にした。彼も不幸にした」

「太盛君はお屋敷時代からよく言ってたわ。
 エリカといるのが苦痛でしょうがないって!!
 だからユーリとモンゴルへ逃げたんでしょ!!」

「忘れたの? あなたには他にも相手がいるじゃない」

「は?」

「ナツキ君はあなたにぞっこんよ?
 あんないい男に好かれるなんてやるじゃない。
 それにあなた、11月の選挙の時はナツキ君と
 付き合っていたんでしょ?」

「今は……太盛君一筋だから」

「だめよ。そんなの認めないわ」

これだ。この威圧感。
普段の高い声からは想像もできないほどの低い声。

今私の目の前にいるのは、高校生の橘エリカじゃなくて
奥様時代のエリカなんだ。

「ミウ」

能面が一歩前に出て、私の頬に手を触れた。
女の子の顔に気安く触れないで。
こいつに触られると何が起こるか
分からないから身構えてしまう。

「君に手荒な真似をするつもりはない。
 私と奥様は意思表示をした。
 それに対する君の返答はノーか。
 その考えに間違いはないな?」

「太盛君を諦めろって言われて、
 はいそうですかって言えるわけないでしょ」

私はこいつの目をまっすぐ見つめながら言った。
自分では分からないけど、血走った目つきをしていたと思う。
能面はやっと私の頬から手を放してくれた。
達観したような、何とも言えない声で返事をする。

「ふむ」

顎に手を当て、考えるしぐさをする能面。
エリカは目を閉じていた。
エリカから何を話すわけでもなく、
進行は能面に任せているようだった。

私は進んでその進行を妨害したくなった。

「私のパパは逮捕されたって聞いたけど、院内で粛清されるの?
 私も質問に答えたんだから、そっちも答えて」

能面は驚き、エリカと顔を見合わせた。
エリカがふいに笑い出しそうになり、こらえた。

「君のお母様と同じように退場してもらった」

「退場? この世界から消したってこと?」

「そうだ。この世界からはな」

実の親が殺されたのと同じような状況。
なのにすんなり受け入れられるのが自分でも不思議。
あくまでこの次元からいなくなっただけのこと。
深く考えたら負けだ。

「次は君の番だ」

わお。盛大なる意味不明。
さっき手荒な真似をしないと言ったのと矛盾してない?

「そして私は責任を取って死ぬ」

は?

「ご党首様の許可を得ずに鏡を持ち出したのは私だ。
 ミウに運命を託した結果がこのざまだ。鏡は
 意志を持ち、暴走し、君に奥多摩やモンゴルの景色
 さえ見させるに至った。マリン様は人の力を超えた」

色々と考えた結果、この無限ループの発端となった
我々がいなくなれば物語が終わると奴は言った。

でも矛盾してると思う。私はマリンに拷問されて一度死んだけど
生き返っている。マリンの奴も殺したのに生き返った。

「なに。神の力が宿っているのは鏡だけではないのだ」

しゃがみ、床に置いてあったカバンを開けた能面。
黒い鞄だから通勤で使うカバンみたい。
その中からとんでもないものを取り出した。

「消えたユダヤの十士族の内のどれかが所有してたと
 われている刀だよ。西洋風に言うとソードになるのか。
 (サヤ)は別の国に保管されているらしいが、
 ソードはここにある」

小太刀? 蒙古でクソマリンが渡してきたホタク?
にそっくりだ。でも刀の輝きとか雰囲気が全然違う。
まがまがしい。神の名を冠してる割には恐るべきオーラを放っている。

変な表現だけど、物なんだけど物じゃない。
これを形作った人の強い意志が宿っているとしか思えない。

「今からこれで君の胸を刺す。抵抗しないでくれよ?」

馬鹿じゃないの。だから手荒な真似はしないって言ってたのと…

「矛盾はしない。これは再生を意味するものだ。
 君の意識はまた別の次元へ飛ぶ。メイドをやっていた
 頃の高野ミウに戻り給え。その方が君のためだ」

この世界での私を殺すのね。
あれに刺されたら、鏡の再生の力さえ無効化するんだ。

それはね。
私の生きざまを否定されるのと同じ。

この世界での私は鬼畜だった。どうしようもない女だった。
それでもその時その瞬間の私が良いと思ったことを
進んで行った結果。ボリシェビキになったのも後悔はしてない。

権力を手に入れた。生徒会副会長。組織委員長。
クラス委員長。裁判官。全校生徒は私にひれ伏す。教員さえも。
私にはまだまだ生徒会での仕事が残っている。

私は否定されるのを嫌う。誰だってそうだと思う。
太盛君にだったら、少しくらい叱られてもいいかなって思うけどね。

その私の可能性を、この男は消そうとしている。
勝手な話。私をこの世界へ飛ばしたのはあなたじゃない。

親衛隊がここにいたら、すぐにこの男を殺してやりたい。
エリカも八つ裂きにしてやる。
太盛君を蒙古逃亡の末殺した元凶のくせに。
偉そうな顔して許せない。

「人の子は運命には逆らえないわ」

「奥様の言う通りだ。さあ、ミウ。
 痛くはないから目を閉じなさい」

ちくしょう……。ちくしょう……!!
私の、私の全てを否定しようとするこいつらが許せない。

足の怪我さえなければ、抵抗できたのに。

いやだ。この世界にいたい。まだ消えたくない。

どうしたらこいつらを排除できるの? 殺せるの?
教えて。神様。教えてください。神様。太盛君。エミでもいい
いっそマリンでもいい。誰か、この病室に入ってきて。誰か……。

ああ……最後の瞬間に神に祈るなんて……。
私はやっぱりクリスチャンだったんだ……。


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