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作品名:『学園生活』改 〜愛と収容所と五人の男女〜 作者:なおちー

第29回   12月31日 大晦日の夜
〜堀太盛〜

ん? 今何時だ? 夕飯の時間は六時だと
聞いてたけど、とっくに過ぎてんじゃねえか。
夜8時過ぎだ。あと一時間で消灯時間になっちまうぞ。

俺は背中に裂傷を負った
ミウを爆発からかばった際に破片を浴びたようだ。

麻酔が切れるとジンジンと痛む。
喧嘩で殴られて歯が折れたり、
すり切れた皮膚から血が出るのとは全然違う。

爆弾とは、漫画などの影響で
火炎で人を殺傷すると勘違いする人が多いだろう。
実際は破片を爆発時の風圧により四散させ、人を傷つけるのだ。

裂傷部分は、縫合してもらった。
縫った部分が腫れぼったく、熱を持っているかのようだ。
皮膚の表面は三日程度で菌が入らない程度に癒合する。
よって術後三日後に入浴が許される。
抜糸は七日後を予定とのこと。

真冬でよかった。
夏に入浴できなかったらストレスがマッハだ。
すでに背中の痛みのせいで大変なストレスだが。

エリカたちと話してる時は気が紛れていたのに、
あいつら帰ってしまったのか?
病室で一人にされるとこんなに悲しい気持ちになるんだな。
彼らにその気はなくても、見捨てられた気分になる。

目を閉じると、爆破テロされた時の
記憶が鮮明によみがえり、怒りがこみ上げる。

マサヤの野郎は……奴もこの病院にいるそうだが。
俺の隣の部屋だったか? 今すぐ殺してやろうかな。

冗談じゃなくてガチで殺してやってもいい。
そのくらい恨んでる。

アポなしでミウの部屋にやって来たかと思えば
いきなり爆弾を爆発させるとか何考えてるんだ。

爆破テロを計画したのが能面なのは分かっているが、
実行犯のマサヤをどうしても恨んでしまう。
もともとあいつにはクラス裁判の恨みがあるからな。

背中が痛い。うねりたくなる。裂傷は傷口が荒くて
治りが遅いので術後も痛みはしばらく続く。
この痛みで冷静さを失ってしまう。マサヤを殺したい。

高野ミウ……。
あの子もこの病院のどこかに入院しているのか。
どの程度の傷なんだ? 俺が守ってあげたから
そんなに重症ではないと思うんだが。

あんな至近距離で爆破されたんだから、
普通に考えれば俺達2人は死んでいる。
俺はミウが生きているという保証が欲しい。
この目で見るまでは信じられないんだ。

「堀さん。起きましたか」

「ああ、レイナさん。ってゆうかレナだよな?
 久しぶりに会ったね。夏以来だ」

「……お父様、記憶があるの?」

「ああ。俺は間違いなく君の父親だった人だよ。
 お互いの年齢差を考えると全く実感がないけどな」

俺はいきなり入って来たナースがレナだと一目で見抜いた。
理屈じゃないんだ。記憶を取り戻してからは
何でもすぐ理解できるようになった。

レナは何を思ったのか、廊下へ走っていった。
ナースステーションに主治医でも呼びに行ったのか?
なんとマリンを連れて戻って来た。

「愚かにもお父様に暴行を加えたことを、
 マリンは心から反省しております」

頭を深く下げるのだった。気になるのはそのカチューシャだ。
(現場ではナースキャップって呼ぶのか?)
ワンピースの白衣姿なのは、コスプレでもしてるのか。 
子供がそんな恰好をしたら現場のナースさん達に失礼だろうが。

レナを初め他の看護師さんはツーピースの白衣でパンツルック。
キャップも感染症予防で廃止されているが、マリンは被っている。
目立ちたがり屋かよ。面白半分だとしたら説教が必要だな。

マリンの隣にレナもいる。娘二人と再会できたのは嬉しいが、
気絶する前にマリンにされたことは許せることじゃない。
術後は誰だって気が荒くなるんだぞ。
患者に対してお見舞いに来た家族があんなことするなんて……。

「レナは事情を知らないだろう?
 このマリンは、つい数時間前に俺を殺そうとしたんだ。
 スーパーの買い物袋があるだろ? 
 あんな感じの奴で俺の頭を…」

「全部聞いてます」

「は?」

「マリンはね、他に相談できる人がいないから
 私に何でも話してくるんですよ。罪滅ぼしのために
 ここで看護師のお手伝いがしたいと言ってきて、
 余っていた小さいサイズのナース服を貸してあげたの。
 古いタイプなんだけど」

「ふーん。病院側に許可は取ってるのか?」

「はい。いちおう」

納得できねえ。どうやったら許可が出るんだ。 
子供が働くのは法律違反のはずだろ。
まさかマリエの姿で就労を申し込んだのか?
それにしても高校生だからアウトだ。
こういう現場は18歳以上じゃないとダメなんじゃないのか?

「あ、あの。お父様が怒るのも分かるけどさ。
 マリンもいろいろ必死だったんだよ。
 マリンはファザコンじゃん? パパと再開できて
 うれしかったのに、別の女の話されて
 ついカッとなったんだよ」

「そんなに弁護するってことは、
 レナはマリンの味方のようだな」

「そういうわけじゃないけど」

「あれは謝って済む問題じゃないんだぞ!!
 いくら実の娘でも、やって良いことと
 悪いことがあるだろうが!!」

声を荒げてしまい、我ながら大人げないと思う。
レナが悪いわけじゃないのに。俺は大馬鹿だ。

くそ……。なんでこんなにイライラするんだ。

「お父様、急に動いたら危ないです」

レナが、松葉杖に手を伸ばす俺を制した。
いいからどきなさい。俺はミウの様子を見に行くんだ。

うっ……背中の痛みに体が硬直し、動きが止まる。
無理に動いたら傷口が開くだろか。ひたいに冷や汗をかく。
歯を食いしばって焼け付く痛みにぐっと耐える。

マリンがタオルで俺の顔をふいてくれるが、
俺はこいつを視界に入れたくない。
マリンが焦りながら問いかけた。

「お父様、何が目的でミウの病室へ?」

「なんとなくだ。悪いか?」

「分かりました、行くのは分かりましたから、
 車椅子に乗りましょう。その状態で歩くのは危険ですわ」

「ああ」

「さあ。お手をこちらに」

「おまえはいい」

「え?」

「レナ。パパを車椅子に乗せてくれ」

「は、はい。ただいま」

レナは緊張しながら俺の体に触れた。
男性の患者なんて腐るほど相手にしただろうに。
やはり元父親の体だから意識しているのか。

まさしく老人介護と同じ要領で車椅子に移動させる。
ふわっと、レナの髪の優しい匂いがした。
女の匂いは心を落ち着かせるから不思議だ。

レナもすっかり大人っぽくなったもんだ。
昔の俺と同じくらいの年になったんじゃないか?
エリカに似たのか、容姿の美しさは文句なし。
この顔で独身なんてもったいない。

「ミウの病室はどこだ?」

「ここから一番離れた廊下の突き当たりです」

「じゃあそこまで頼む」

レナは俺の言うことに逆らわず、車椅子を押してくれた。
さっきは怒鳴ってしまった悪かったな。
君じゃなくてマリンに腹が立っていたんだ。

そのことを言うと、

「気にしてないよ。理不尽に怒鳴る患者なんて腐るほどいるし。
 むしろパパに怒鳴られたことがなかったから新鮮だった」

「そのレナが俺より大人になってるのが皮肉だな」

「本当にね。こっちは高校生時代の
 パパが見れて不思議な気分。
 タイムマシンに乗って過去にさかのぼったみたい」

足音が一つ多いのが気になったので振り返ると、
マリンが後ろを歩いていた。何で着いてくるんだ。

俺はしばらくお前と話しもしたくないんだぞ。
いくら愛娘でもやってはいけないことの一線を越えてしまった。
マリンが心から憎いわけではないが、少し考える時間をくれ。

俺が何度も振りかえったのでレナが少し笑った。

「あいつも悪いとは思ってるんだよ」

「それは分かるけどさ」

「マリンのことは気にしなくていいから。
 ここがミウの病室だよ」

レナがノックもせずに引き戸を開けてくれた。
俺は車椅子ごと病室へ入る。

ミウはベッドで横になりながら、
小説と思わしき文庫本を読んでいた。
俺に気付くと、食い入るように見つめてきた。

「よう。ミウの怪我の具合はどうだ?」

「えっと。足が破片で痛んだ」

「俺は背中だよ。お互い裂傷か」

「太盛君、生きてたんだね。
 死んでたらどうしようかと思った」

「俺も同じことを考えていたよ。
 エリカからは君の無事を聞いていたけど、
 実際にこの目で見ないと安心できなかった」

「……私のこと心配してくれてたの?」

「俺は君の家の居候だったからな。
 これでも命がけで君を爆発から守ったつもりだよ」

「ありがとね。太盛君、男らしかった」

「体がとっさに動いたんだよ。
 今でもマサヤへの殺意はすさまじいぞ?」

「あ、それ私も。今すぐミンチにしてやりたい」

「やっぱあいつ、ムカつくよな?」

「うんうん。あいつこそ即死すればよかったのに」

俺たちは、どちらともなく笑い合った。
事故の後に会うと、不思議と打ち解けるものだ。
俺がミウに別れ話をした時の悲惨さがここにはない。

誰かが廊下を走り去る音がした。マリンか?
まあ誰でもいい。

レナが俺の耳元に口を近づけ、
色っぽい声で言った。

「そろそろ消灯時間ですから、
 お部屋に戻りましょう?」

レナが指さした卓上時計に視線を移すと、
確かに九時前になってる。
時間が過ぎるのが早すぎて吹くぞ。

「あと少しだけ、だめか?」

「規則ですから、すみません。
 きちんと睡眠をとらないと傷の治りも遅くなるし…」

「いや、悪いのは俺だ。無理なこと言って悪かった。
 じゃあ。そろそろ帰ろうか。
ミウとあんまり話せなかったけど」

ミウは、去って行く俺に手を振ってくれた。
俺も手を振り返した。この感覚は、
初めて話をした6月の頃を思い出させた。

自分自身、ミウを心配する理由が分からない。
入院してくれたなら、そのまま
距離を取って他人に戻ればいいだけなのに。

自分から接近したきっかけは、マリンに殺されそうに
なったからなのか。確かに今の心情では
ミウよりマリンを恨んでしまう。

愛娘を恨むこと自体不思議でしょうがないが、
これが自分の感情だから仕方ない。

「パパ。夜はベッドでおとなしくしててね」

俺は再びベッドに寝かされた。
レナに介護してもらうと、むずかゆい気持ちに
なるけど、やっぱり素直にうれしい。

娘に世話になるのは、俺が老人になった時だと思っていた。
おまえが幼稚園の頃にパパとお風呂に入りたくて
マリンと争っていたのをよく覚えているよ。

「ありがとうなレナ。できるなら
 ずっとそばにいてほしいくらいだが、
 レナは夜勤だし、忙しいよな?」

「年末はそうでもないよ。
 お正月までに退院を希望する人もいるし。
 容態の安定してる人は年末年始だけ
 自宅で過ごす人もいるんだよ」

「へぇ。年末の病院はそんもんなのか。
 夜勤の仕事はどんなことをするんだ?」

大まかに仕事内容を説明してもらった。
消灯時間までに患者さん達の寝る支度を整える。

日中と継続するのが入院患者のケア。いわゆる介助業務だ。
食事、入浴の補助やおむつ交換も看護師の仕事だ。
(風呂は一人30分以内と決められているそうだ)

消灯後は3時間おきに病室の見回り。
深夜にナースコールを押された時はすぐに
駆けつけないといけないから気が抜けない。

ここは総合病院。市で一番大きな病院だ。
この二階のフロアだけでもかなりの病室があるぞ。
この人達の面倒をみるのかよ。
改めて大変な仕事だなと感心させられる。

緊急外来があると地獄の忙しさらしい。
俺とミウも救急車で運ばれ、
迷惑をかけてしまった身である。
(マサヤは治療する必要なかったと思う。病室の無駄だ)

外来の患者に加えて入院中の患者のケアを
しないといけないから、看護師の仕事量は多い。
不規則な仕事なので患者だけでなく自分自身のケアも
しないといけないそうだ。確かにな。一番重要なことだ。

朝4時前には、患者さんが飲む薬のチェックや
点滴の準備がある。朝の6時には
起床した患者さんの体温、血圧、脈拍を図る。

「パパは夕方にお昼寝したから、まだ眠くないよね。
 ちょっと待っててね」

消灯時間になり、レナはナースステーションへ行った。
まもなくして見回りと称して戻ってきて、
ベッドの横のイスに腰かけた。

廊下は薄明かりで、歩きやすくしてある。
入院患者のためにトイレの電気は
消さないので怖い雰囲気は全くない。

夜の病院は、静寂に包まれていた。
過ごし慣れた強制収容所三号室とはまた違う静けさだ。
一応患者の身であるから、看護師さん達から監視されている
のは仕方ない。だが、スパイとして疑われることはない。
(資本主義的会話をしなければな)

「レナ。体は大丈夫なのか」

「20代の時より体力が落ちてきたけど、
 まだまだ若いから平気だよ。
 結婚して家庭があるわけでもないし」

「今まで結婚は考えなかったのか?」

「こんな職場じゃ相手が見つからなかったよ。
 合コンとか出会い系とかやってる同僚もいるけど、
 私は馬鹿っぽくて興味なかった」

「レナは美人なのにもったいない。
 職場が違ったら相手が
 いくらでも見つかったと思うよ」

「ありがと。お世辞でもうれしい」

お世辞じゃないよ。親バカだと思われそうだけど。

「今日のシフトは明日の朝までの勤務なのか?」

「正確には準夜勤っていうの。
 午後4時半から次の日の深夜1時までの勤務」

この病院の三交代のシフトは
深夜勤が0:30〜8:00 日勤が8:00から17:30
となっている。レナのシフトでは明日が深夜勤で、
その次の日が休日となっている。

「明日は夜勤へと変わる前に
 インターバルが23時間以上あるから、
 実質休みと同じ。たまには外でお金使いたいけど」

「明日の日中に遊びに出かけたら
 夜の勤務中に眠くなるんじゃないか?」

「そうなんだよねぇ。だから家でおとなしくしてるの。 
 出かけるとしたら買い物くらいかな。
 この仕事してると外出する回数が減るんだよ。
 そのせいで余計に出会いがなくなるの」

「カリンはどうしてるんだ?」

「あいつは結婚して子供が二人いるよ。
 はは。先を越されちゃったな」

レナは普通に俺の話し相手になってくれるが、
ナースステーションにいなくていいのか。
俺のせいで職場の先輩とかに怒られたら申し訳ない。

「患者さんの悩み相談とか、愚痴を聞いてあげるのも
 仕事の一つだから気にしないで。それにパパは特別だよ」

レナは声が大きくてさっぱりした性格をしている。
文科系のマリンとカリンと違い、体を動かすのが
大好きな体育会系。マリンに負けないくらいの
パパっ子だったな。

「今頃テレビで紅白がやってるんだろうね。
 今年も今日で終わりだよ」

「レナも気の毒だな。おおみそかの日まで勤務とは」

「シフト勤務だから慣れてるよ。
 年を追うごとにむなしさが増すけど。
 パパは今年どんな一年だったの?」

「俺は……激動の一年だったよ。
 ミウと関わるようになってからいろいろあった」

「今年の7月にパパとミウが
 斉藤マリエのお見舞いによく来てたよね。
 パパ達は目立つから院内で有名人だったんだよ」

「えっ、そうなのか」

「同僚達から、あのかわいい子達また来るのかなって
 噂話されてたよ。パパは高校生の時から
 女性に人気あったんだね」

「ま、人気があったとしても
 良いことばかりじゃないさ」

カツカツカツと、廊下の前を看護師さんが歩いて行く。
俺たちは彼女が通り過ぎるまで黙ることにした。

「俺の声。大きかったかな?」

「大丈夫。まだどの患者も起きてるから」

「そうなのか?」

「若い人で九時ぴったりに寝れる人は少ないよ。
 だからお昼寝はできるだけしないほうが得だよ。
 夜眠るのに最適なのは、日中に少しでも体を動かして
 筋肉を刺激することだね。歩くのが辛かったら、
 ベッドの上で足だけでも動かしてみて」

「なるほど。レナの説明は端的で分かりやすいな」

「術後はストレスで深夜に発狂する老人とか少なくないよ。
 だからこそ睡眠には気を使ってほしい。
 あと、少し寝つきが悪いからって不眠症だと考えない
 ようにしてね。安眠をサポートするのも 
 看護師の仕事だから何でも相談して」

まるでエミの話を聞いているみたいだ。
レナも母から知性を受け継いだのか、
利発な女に育ったものだ。

小一時間ほど話してから、レナは仕事に戻って行った。

レナがいてくれて助かったよ。
入院と傷の痛みによるストレスで気が狂いそうだった。
ベッドの上で、一人でじっとしている。
たったこれだけのことが、こんなにも苦痛だったんだな。

長期入院されている方々はどれだけ苦労されていることか。
入院仲間のミウには妙な親近感がある。

俺の今年一年を振り返ると、
共産主義に翻弄され続けた一年だった。

明日から世間は正月だ。
たとえ院内でもミウに新年の挨拶に行かないとな。
病院で迎える新年はどんな気持ちになるんだろうか。


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