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作品名:『学園生活』改 〜愛と収容所と五人の男女〜 作者:なおちー

第26回   12月30日 夜
〜堀太盛〜

さてさて。やるべきことはたくさんある。
まずミウを説得することなんだが。

これが一番難しい。なぜなら、俺とマリンの関係を
認めてくれるはずがないからだ。ミウは俺を
ロリコンだと繰り返し主張し、傷つけてくる。

俺とマリンは仲良しだ。それだけのことだ。
こんなに素直で可愛い娘がいたら、
どんな父親だって子煩悩になると思う。

「食洗器に入りきらないお皿は自分で洗いましょう」

「おう」

俺とマリンは夕ご飯の片づけをしていた。
ミウはここにはいない。食べ終わったら
さっさと自室にこもってしまった。

俺は今夜どこで寝ればいいんだろう?
カコさんの部屋が空いてるなら、
マリンと一緒に寝させてもらうか。

夫婦の寝室だと言っていたから、
それなりのスペースはあるんだろう。

「お風呂も入ったから、
あとは歯磨きして寝るだけだね」

「ええ。そうですわね」

「マリンは、夜は早く寝たいほうかな?」

「もともと夜更かしが好きで朝が苦手でしたけど、
 蒙古に行ってから生活リズムを朝方に治しました」

「ふふ。そうだな。マリンが朝早起きして
隣の村までアルバイトしに行ってたよな。
なつかしい」

「私は昨日のことのように覚えていますよ。
 お父様と一緒の旅。怖かいこともあったけど、
楽しこともたくさんありました」

「そう言ってくれるのかい。マリン」

君は文句を言える立場なのに。家族を捨てて逃げた俺は
ただのクズ野郎。責められたら否定しようがない。
なのにこの子は俺に気を使ってくれる。

「これからは、たくさんおしゃべりしようか。
 あの時に味わったさみしさを忘れられるようにさ」

「はい。お父様」

マリンが俺に体をぴったり寄せて来た。
俺のお腹のあたりに当たるマリンの小さな頭。
かつて何回この髪を撫でたことか。

思わずきゃしゃな肩を強く抱き、ベッドまで
連れ去ってしまいたくなる。俺ってやっぱり
小さい子が好きなのかな? 犯罪者?

「愛しているなら、当然の欲求ですわ」

この子はこうやって俺の思考を読んでくる。

「私はパパになら何をされても嫌じゃありません」

パパと呼ぶのは、マリンが幼稚園の頃だったか。
俺はしゃがみ、マリンの顔の高さに合わせて、
ゆっくりと顔を近づけた。

この世界では8歳差。イチャイチャしてるのが
世間的に知られたら、確実に俺が逮捕される。
だから、俺たちは親子のような兄妹としておこう。

ま、誰にも見せるわけじゃないから、
こんなこと考える必要ないんだけどな。

「変態の自覚があるんだったら、
 もっと真剣に考えるべきだと思うけど」

ミウ……? いつからそこに立っていたのか。
汚物を見るような目で俺を見てくるぞ。

「気になったから見に来ちゃったんだ。
 やっぱり太盛君は危険な存在だよ。
 一時的とはいえ、同居している人が犯罪者に
 なっていくのを黙って見てられないよ」

「おい。その犯罪者っていいk…」

「早くこっち来て」

ミウは俺の腕をひっぱり、自分の部屋まで
連れて行こうとする。
俺は必死で抵抗するが、すごいバカ力だ。
骨が折れるくらい強くつかまれている。

「ミウ。お父様が嫌がってるじゃない」

「だからなんですか? 私の彼氏のことは
 あなたには関係ありませんよね?」

「私は血がつながっているのだけど」

「でもここは私の家ですから。
 太盛君は私の部屋で寝ると決まってますから。
 マリン様は母の部屋を使ってくださいね?
 それではおやすみなさい。ごきげんよう」

ミウは部屋のカギをしっかりと締めた。
なんだよこの展開。もっとマリンと一緒にいたかったのに。

ミウは、ふてくされている俺の顔をつかみ、
ほっぺたにキスをしてきた。

「その前に。ちょっと困った話を聞いてくれ」

「なに?」

「今の俺は君への恋愛感情がないんだ。
 ここ数日で異世界を行き来しただろ。そして
 ミウのことをもう一度よく考えてみたら、
 やっぱり俺とは合わない人だと思ったんだ」

「別れたいってこと?」

「ああ。この冬休みが終わったら、
 君とは友達になろうと思っている。
 もちろん生徒会の仕事は引き受けたからには
 やるしかない。あくまでそれだけの関係だな」

Q. 生徒会の仕事とはなにか?
A. 俺がミウの秘書的なポジションに選ばれたことだ。

会長閣下に命じられた以上は従うしかない。
あと斉藤マリエは学園的には
消滅したことになっているのか?

7号室の囚人は冬休み中も寮生活を継続するらしいから、
マリエは脱走中として処理されてるんだろうか。

マリンは特殊能力(神の力?)によって
マリエとして再び学園に戻ることもできるのか。
戻るメリットが何もないと思うがね。

「そんなの……一方的すぎするよ」

ミウの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
今までに見たことのない表情だった。

ボリシェビキでも、生徒会副会長でもない。
使用人だった時の彼女でもない。
全く一人の女の子としての高野ミウがそこにいた。

「どれだけ頑張っても太盛君は私に振り向いて
くれない。こんなに残酷なことってある? 
私は1組の一般生徒だったころ、太盛君反対派を
敵に回して粛清されそうになったこともあった」

憎しみさえこもった瞳で俺を見ていた。

「生徒会に入ってからの私のやり方が強引だったのは認めるよ。
 でも結果的にあなたを三号室から出してあげたでしょ。
 あの学園で粛清されずに生き延びるには生徒会に
 入るのが最善なのは分かるよね?」

「ミウ……。俺はな。君のことが嫌いとか、
 そういう意味で言ったわけじゃないんだよ。
 ただ、彼氏彼女にはなれないって意味で…」

「私にとっては、同じだよ」

会話に間が空いた。ミウの嗚咽がむなしく響く。
あふれ出る涙が床にぽたぽたと落ちていく。

「今後はマリーが太盛君の彼女になるんだ。
 あの女は学校が始まったらマリーに戻るんでしょ。
 うう……そんなの嫌だよ……我慢できない」

「今の君にこんなこと言うのは酷かもしれないが、
 電気イスで俺を拷問したよな? いくら人が
 過ちを犯しやすいとはいえ、あれは決定的だったよ。
 俺を平気で処罰するところがエリカと似てると思う」

「私は最初のころは太盛君に手を出さなかったよ?
 むしろ太盛君が私をビンタしたよね?
 みんなの見てる前で何度も。すごく痛かったんだから」

「あれは……確かに俺が悪かったよ」

「エリカやエミさんにも手を挙げたの?」

「俺の覚えている限りはないはずだよ」

「私だけは殴るんだね」

「あ……えっと」

「なんで?」

「……君のわがままが許せなかったんだ。
 君は思いつきで物事を決めようとするだろ。
 ああいうのでカッとなってしまうんだと思う。
 自分でも悪い癖だとは…」

「そこじゃないよ問題は。昔の彼女は殴らないのに、
 私だけ殴られるってのが納得できない。不愉快」

「謝ってるじゃないか」

「じゃあマリーと別れて」

「なんでそうなるんだよ」

「そうしないと私がこの世界に来た意味がないじゃない。
 私は能面の男に運命を託されてきたんだよ。
 夏休みまでは私の彼氏は太盛君だったのに」

「心変わりは誰にもあるものだ。
 さっきも言ったが、今の俺はミウに恋愛感情はない。
 君は学園では拷問狂として名前が知れている。
 モンゴルでもマリンをホタクで殺した。
 すまないが、俺の結論は変わらないよ」

「私だってマリンに殺されたけど!?」

「あれは復讐だよ。一度殺されたから恨みくらいあるだろ」

「いつもそうだ……。
 マリンお嬢のことだけ特別扱いして……!!」

ミウの声と表情は、危険なレベルで凶悪になった。
マリンに対する思いは、もはや殺意しかないのだろう。

皮肉にもエリカとマリンが蒙古で殺し合った時と
同じ展開になろうとしていた。

彼女をなだめたところで、マリンが反発して
新しい修羅場のきっかけになるだろう。
そもそもミウをなだめる方法なんてあるのか?

「太盛君は最低だよ。この女たらし。
 女の気持ちをもてあそんで楽しい?」

俺はもてあそべるほど女にモテた経験がないと思うけどな。
でもこの状況で言い返すわけにはいかない。
なんと言われようが、黙って認めたふりをするしかない。

今までに俺が熱烈にアプローチしたのはユーリだけだよ。
エリカとは親が強く望んだ縁談。エミとはなんとなく。
思春期に無駄に神社通いしてたからその流れで。

「思わせぶりな態度とって、いざ付き合い始めたら
 すぐ他の女のところに行って!! 
 百歩譲ってまだエリカなら分かるけどさ!! 
 なんで最後に選ぶのは自分の娘なの!?」

恋愛対象に選んだのは斎藤マリエだよ。
マリンはマリエだけど、マリエじゃない。
あれ? 自分でも何言ってるのかよく分からない。

マリンに対しては、親から娘への愛情だよ。
パパっ子は目に入れても痛くないほど可愛いものだ。

娘三人は俺のことすごく慕ってくれるけど、
たぶんどこの家も娘もあんな感じなんだろう。

「俺が付き合いたいと思ったのは斎藤の方だよ」

「どっちも同じ人物なんだから、 
 マリンを選んだのと同じだよ!!」

なんだその理屈は。

「ロリコン!! 変態性癖!! ユーリからも
 ロリコンだって言われてたんでしょ!!」

ロリコンって言われると胸がすごく痛くなるのはなぜだ?
ユーリからは言われてなかったと思うが、
エリカからモンゴルにいた時に言われた。

「私は高校生だから、初めから恋愛対象外
 だったんだね!! だったら初めからそう言ってよ。
 小さい女の子が好きなんでしょ? あっ、だから
 同じ部活のマリーに夢中だったんだ。
 学園中のロリコン男子が奴のファンだものね」

「そろそろ落ち着けよ」

「落ち着いてなんていられないよ!!
 太盛君が全部悪いんだよ!! 太盛君が!!」

めんどくせー。

別れ話をしても別れてくれなさそうなパターンだ。

エミみたいなさっぱりしたタイプとは違うな。
別にエミと別れ話をしたことはないけどな
エミとは自然消滅だったわけだが、
今思えば悪いことをしたな。

ドンドン

俺たちの会話を邪魔するように扉がノックされた。

ドンドン

マリンか?

ドンドン

力強い叩き方なのが気になるぞ。
ミウが騒いでるのが心配になって
マリンが来たのだろうか。

「マリン……様かな?」

「それにしては音が強すぎないか?
 ドアがきしむほどの音だぞ。
 鈍器か何かで叩いてるのかもしれない」

「なんだか怖いね」

「ちょっと待ってろ」

嫌な予感がする。
俺はドア越しに声を張り上げることにした。

「おい、あんまり叩くと壊れちまうだろうが。
 マリンがやってるのか?」

「違う。おれだ」

な……? 男の声だと?
しかも聞いたことのある声だ。

「早く開けてくれ。お前たちに用があって来たんだ」

「だ、誰だ? せめて名前を」

「時間がない。早くしろ」

俺はミウにアイコンタクトしてから、ドアを開けた。

「よう。太盛。元気そうだな? ミウ副会長殿も」

まさかのマサヤか。偽物じゃなさそうだ。
1組の元男子のクラス委員。
さらに俺の元親友であり、現在も熱烈なボリシェビキだ。
クラス裁判で俺を起訴したのは忘れないぞ。

正直友情なんてきれいさっぱり消えた。
できれば二度と会いたくないが、
いったいどういう経緯でミウの部屋に訪れた? 
そもそもマンションのエントランスにどうやって入った?

「言っておくが不法侵入じゃないぞ? 
 管理人さんには事前に話を通してある。
 今日は君たち2人に伝えたいことがあるんだ」

「伝えたいこと……だと?」

「ああ。すごく、すごく大切なことだ。
 ある人から伝言を頼まれていてね。
 今日の俺はメッセンジャーの役をもらったところだ。
 まあ座れよ」

初めからミウはカーペットに座り込んでいる。
俺は少し離れてベッドの上に座った。

マサヤは、俺とミウのちょうど間の床に腰を下ろした。
そして、何気なく背負っていたリュックを降ろした。
あぐらをかき、うつむき、
何度か頭をかいてから話し始めた。

「二年一組の女子クラス委員の名前を憶えているか?」

「は?」

質問の意図が分からん。
だが奴が真剣な顔で見て来るから答えないと。

「……エリカだっけ?」

「ごめん、私もよく覚えてない」

ミウは副会長なのに覚えてないのか。

ミウが女子のクラス委員の
バッジをつけていたような気がするけど。

「正解はミウ殿だよ」

「あっ、そうだったんだね」

マサヤは呆れていた。俺も同じだよ。
自分の役職を忘れるなんてどういうことだ?
ミウは学校のことはどうでも良くなっているのか?

「もう一つ質問がある。今度は答えられると思うが」

「なんだ? またくだらないことか?」

マサヤは少し溜めを作ってから、短く言った。

「ウルトラマン」

はい……?

「ウルトラマンが地球に呼び出されてから、
 地球にいられる時間は何分だ?
 つまり怪獣を倒すまでにかかる時間と
 言い換えてもいい」

女子のクラス委員の次はウルトラマン?
話しの繋がりが全くないうえに、
なぞなぞレベルのアホな質問だ。

「三分」ミウが答えた。

マサヤが「正解」と言って手を叩き、リュックの中に
手をつっこんだ。褒美にスナック菓子でもくれるのか?

「これに何秒と表示されている?」

正方形のプラスチックの筐体。
大きさは、プレステ4の半分くらい
色の異なる、三本の導線が露出している。
導線の先に、長方形の小さな液晶パネル。

そこには、残り3秒と表示されている。

「おまえ達が3秒後に吹き飛ぶってことだよ」

俺は反射的にミウをかばうために覆いかぶさるが、
強烈な閃光と共に爆発が発生し、
部屋全体を吹き飛ばすのだった。



俺の父は厳しい教育者だった。
母は対照的に子煩悩で優しかった。

父は一人っ子の俺に対し、どこまでもつらく当たった。
母は高齢出産だった。ようやく生まれた
俺のことを宝石のように大事にして育ててくれた。

俺は幼稚園の頃から父に対し敬語を使うようになった。
家のしきたりとか、規則についての小言を聞いて育った。

もっとも父は仕事が忙しくて帰ってこない日が多い。
父親と言うより、たまに
帰ってくる怖い先生みたいな感じだった。

俺にとって気が許せる相手は母親だった。
使用人の人達は、どこかよそよそしく、俺に失礼がないよう
気を使って仕事をしているのが子供心にも分かった。

彼らが俺を怒らせでもしたら、母に厳しく叱られるそうだ。
それは、母の行き過ぎた愛情だったのかもしれない。

母が父との壮絶な喧嘩の末に家を出て行くと言った時、
やりきれない気持ちになった。
きかっけは俺の受験のことだ。

父の薦める学校か。それとも母の望んだ学校に行くか。
ただそれだけ。俺はどっちもでいい。
唯我独尊の父に対し、内向的な母が珍しく
反対したこともあって、喧嘩はエスカレートした。

それから喧嘩の内容は多岐にわたるようになり、
連日深夜まで言い争いは続いた。

子供心に両親は離婚の危機にあると悟った。
予感は当たり、現在は別居状態。母は実家に帰ったのだ。
いつまでもこの状態が続くと、法的に離婚することになる。

父に認めてもらうため張り切っていた勉強すら、
放棄したくなった。学校にも行きたくなくなった。

俺が中学2年の時だ。誰にも話せず、誰にも会いたくなく、
この世の全てが気に入らなかった。
あの思春期のど真ん中の時に、エミと会った。

『あんた、いつもそこの石段に
 座ってぼーっとしてるよね』

『うっせえな。あんたには関係ねえだろ』

『この暑い中、長い石段を登ってよく
 この神社に来るよね。お守りも買わないくせにさ。
 君、名前は何て言うの?』

この人が同じ学校なのは知っていた。三年生なことも。
でも自分から名乗るなんて恥ずかしかった。
だが、そんな思いとは裏腹に
口から名前が出てしまった。

『ほり……』

『下の名前は?』

『せまる。漢字は当て字だけど』

『ふともり、って書くんでしょ?」

『知ってたのか?』

『太盛君は学校で有名人だからね。
 君が知らないだけだよ』

『だったらなんで名前聞いたんだよ』
 
『なんとなくね♪ その時の気分かな』

『ふっ。なんだよそれ』

その日はエミさんと呼ぶことにした。
それ以降は呼び捨てだ。彼女は呼び捨てにされても
文句を言わないので、互いに下の名前で呼び合った。

エミは、上級生の不良から目を
付けられている荒れくれ者の
俺を心配していたらしい。

当時の俺は異常なほど切れやすく、
ささいなことで人を怒鳴り、殴った。
もちろん女子は殴ってないぞ?

俺がターゲットにしたのは生意気な野郎どもだ。
荒れていた俺は、ふざけて
からかってくる奴らを平気で殴っていた。

殴り返されると、相手がまいったと言うまで
喧嘩を止めなかった。相手も必死で俺に抵抗した。
そんなことを繰り返していると、体に痛みが蓄積する。

体にあざができた時はお風呂に入ってしっかり温まる。
痛みが取れない時は湿布を張る。
それでもダメな時は病院にお世話になる。

足首のねんざはしたことがあるけど、
幸い骨が折れるようなことなかった。

前歯が折れて歯医者に行く時が一番つらかった。
歯並びが悪かったから、歯を入れ替えて
ちょうど良かったと思うことにした。

そのせいで体育の授業を見学することもあったわけだが、
学校では相当な問題児となってしまった。
先生からは生徒指導と称し、放課後に一時間も説教された。
母が学校に呼ばれたのは中二の夏だった。

そして、そのことが父を激怒させ、家で大問題になった。

母や使用人のみんなは俺を弁護してくれた。
なぜなら俺は家では優等生。何も問題がなかったからだ。

なぜか。親父殿がきびしいからだ。家では暴れたくても
暴れられない。だから、そのうっぷんを学校で暴れることで
晴らしていたのだ。俺は最高の馬鹿だった。

人より成績が優れている。これが俺の誇りだった。
父親はたとえクラスで一番の成績をとっても
俺を認めない。塾でも一番上のクラスで授業を
受けていたのに。何をしても俺を認めず、見下していた。

『おまえは堀家の長男としての器ではない』

悔しくてたまらなかった。
母の慰めの言葉さえ、俺の耳には届かなかった。

母は週三回くらい東京に通っていた。
何の仕事なのかよく分からないが、
父の仕事の手伝いだと言っていた。

俺が小学生のころまでは、地元で学習塾の手伝いを
していたが、俺が中学に上がる頃に転職したようだ。
母と父の関係が悪化したのは、たぶんこのころからだ。

『今日は食べたくない気分なんで、いらないっす』
『お口に合わないメニューでしたか。申し訳ありません』

料理係の人は後藤さんと言った。
毎日ではないが、母が仕事で忙しい時に
堀家に来て夕飯を作ってくれる人だ。

その後、母と別居してからは、
専属料理人となって朝昼晩とご飯を作ってくれている。

俺は後藤さんのご飯が嫌いなわけじゃなかった。
むしろその辺のレストランより数段美味しかった。
ただ、何かに反抗したい年頃だったのだ。
思春期の悪いとこがもろに出てしまっていた。

今思えばバカだった。特に中学二年の頃。
後藤さんが作ってくれた料理を食べずに、
マックやコンビニで食べたりしていた。

一度や二度じゃなく、何度もやった。
小遣いは母さんがたくさんくれたから、
好きなものは何でも食べられた。

不思議と両親には怒られなかった。
そのことでかえって俺は深く反省した。

俺はまた神社にいて、エミと話をしていた。

『誰にだって荒れてる時期はあるものよ。
 そいう時期を通り越して大人になっていくんだから』

残暑厳しい季節だった。俺は境内の中、
つまりエミの自宅に入って麦茶を飲んでいた。
エミは暑がりの俺に気を使って
エアコンをガンガンに効かせてくれた。

『エミにも俺みたいな時期があったのか?』

『私は中一の時だったかな。夕飯に母が
 作ってくれた揚げ物をシンクのごみ箱に捨てちゃったの。
 私は体型を気にしていたから、
 カロリーが高いのを出されて腹が立っちゃってね』

『後悔してるか?』

『もちろんよ。昔の自分をぶん殴ってやりたいくらい。
 あれから料理を覚えて、コロッケ一つ作ってみてから
 母の苦労が分かった』

それから、気まずい雰囲気になってお互い黙り込んでいた。

エミの部屋は、中学生にしては漫画本が少なく、
お堅い感じの本が多かった。古い神社の娘だから
歴史系が好きなのか、日本史や世界史の本が並んでいる。

俺が世界史に興味を持ったのは、エミの影響だ。
エミは常に端的に説明するから、分かりやすい。
3つも4つも年上の女性と話している気がした。

『夏が終わったら本格的な受験シーズンだな』

『そうね』

『あと半年したらエミは高校生になるんだな』

『ずいぶん先の話してるわね』

『そうでもないよ。俺にとってはすぐだよ』

『私と離れ離れになりたくない。
 私と同じ学年だったらなって思ってるでしょ?』

『……今のは神道の力で俺の心を読んだ?』

『あんたの顔にそう書いてあるだけよ。
 そんな便利な力が本当にあったら欲しいものだわ』

と言ってエミは笑った。エミは硬い話が得意で
相談役としてぴったりだが、冗談を言うのも
好きな女の子だった。だからエミと話していて
飽きることはなかった。

この人は、決して美人なわけではないのだが、
人を引き付ける魅力があると思った。
少なくとも俺はこの人に憧れていた。

『中学の間だけでもいいから、俺と付き合ってくれないか』

『ん。いいよ』

あっさりと許可してくれるとは思わなかった。

あとで聞いた話だが、エミにとって俺は
出来の悪い弟みたいな存在だったらしい。
彼女の兄は8歳も年上で、上京後に結婚したという。
今でもエミと不仲なようだ。

『あんな奴、知らない。死ねばいいんだ』

兄の話をすると、普段冷静な彼女が怒りを露わにする。
エミは聡明で気が長いタイプだ。ミウみたいな短気とは全然違う。
そんな彼女が怒るのだから、深刻なレベルで仲が悪いんだろう。

兄が嫌いな理由はなんだろう?

一度だけそれを聞いたことがあるんだが、
兄は父を相手に殴り合いをするなど、
家で暴力を振るうタイプの人だったそうだ。
いわゆるDVってわけか。

『暴力を振るう奴は大嫌い』
『すまん。俺もそのうちの一人なんだが』

『あんたは家じゃなくて学校じゃん。
 それにあんたの場合はお父さんが
 厳しすぎるから、しょうがないよ』

俺はずっと不思議に思っていた。
エミは俺がバカをやっても許してくれる。
不良にフルボッコにされ、顔や体に傷を負っても
『バカだねぇ』と言って笑うのだった。

俺は、母親がいないさみしさをエミと会うことで
埋めようとしていたのだ。
あの人は、家族以外で初めて俺を認めてくれる人だった。

英語の先生には悪いことをした。20代の女性教諭だった。
俺は先生の教え方にいちいちケチをつけ、授業を中断させた。
ここはこういう説明のほうが良いと、先生が嫌がっているのに
飽きずに指摘していた。

先生方から嫌われ、目を付けられ、うとまれた。
三年になっても暴れるようだったら推薦は不可能だと言われた。
女性の先生は俺から距離を取った。クラスの女子も同じだ。

勉強ができることなんて、何の取り柄にもならなかった。
学生の本文は勉強だと言うが、あれは嘘だ。

『堀君は学校というものを勘違いしているよ。
 学校では授業を学ぶ姿勢も大切だが、
 他者との協調性を学ぶための場所でもある。
 君に足りないのはずばり協調性だ。
 人への配慮、思いやりの心だ』

今のは学年で一番偉い先生に言われたことだ。
児童厚生施設で配られている、道徳の本を
手渡された時は、くやしくて手が震えるほどだった。

俺は他の奴を見下して、侮蔑の言葉を吐いたり
してたから、クラスで友達と呼べる奴はいなかった。
人と比較するのが大好きで、人より少しでも
優れた面があると、優越感を感じた。

それは劣等感の裏返し。弱い人間がすることなんだよと
エミに言われた時は、はっとした。全くのその通りだったからだ。
俺は親父殿に見下される悔しさを、クラスでぶつけていただけ。

中学三年に進級し、母が家から去った。
もう両親の深夜まで続く喧嘩を耳にすることはない。
それをきっかけに俺は変わった。

俺は自分から率先してクラス委員になった。
他に誰も手を上げる奴がいないから、俺が選ばれただけだ。
みんな面倒な役を任されたくないだろうからな。

担任の先生はおだやかな先生で、俺の努力を認めてくれた。
それがうれしくて、俺は真面目になり、受験に専念した。

それと同時に高校生になったエミとは疎遠になってしまった。
今考えれば、俺がエミと話す時は、
決まって悩み事を相談する時だった。

受験で忙しいのもあって、ラインはめったに送らなくなった。
それがいけなかった。エミは気を使って俺と
距離を開けてしまうのだった。
俺は彼女が嫌いになったわけじゃないのに。

俺は学校では嘘のように優等生になり、
家庭でもご飯を残すことはなくなった。

父に逆らうことなく、父の薦める学校に入学した。
かなりのお坊ちゃま、お嬢様校だったが、
学費はすんなり出してくれるからありがたいことだ。

あの時点でこんなクソみたいな学園だったと知っていれば、
母の薦めるほうか、もしくはエミと同じ学校に行っていたよ。

『そこの方、失礼ですが』

『はい?』

『講堂までの道が分からなくて。
 よろしければ道案内をしていただきたいの』

『いいですよ。僕でよければね』

橘エリカと名乗るお嬢様と初めて言葉を交わしたのは、
高校一年生の春だったか。さすが高校には
こんなに綺麗な女の子がいるのかと思ったよ。


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