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作品名:『学園生活』改 〜愛と収容所と五人の男女〜 作者:なおちー

第25回   12月30日 早朝 
〜高野ミウ〜

時刻は5時半ちょうど。
私は目覚まし時計が鳴る前に止めて、
カーテンの外を見た。

予報が当たった。天気は氷点下。
みぞれが降っているが、
積もる雪にはならないとのこと。

冬休みでよかった。こんな日に登校なんてダルすぎるよ。
私は汗っかきだから夏の方が苦手だけど、冬は冬できつい。
関東はめったに雪が降らない。群馬の山沿いなど北部地方では
積雪があるけど、私の住んでいる地域は大丈夫。

どのくらい寒いのかな。窓を空けてみる。

「さむっ。もう少し寝させてくれよ」

太盛君が私の隣で寝がえりを打ちながら言いました。
疲れてるのに起こしちゃってごめんね?

「疲れてる……?」

その言葉が引っかかったのだろう。
太盛君は布団をはいで跳ね起き、
自分の顔や体を触り始めた。
生きているのが不思議でしょうがないって感じだね。

うん。私も目が覚めた時はそう思っていた。
でもね。マリンに殺される時に、絶望と苦しみの中で
心の中ではこう思っていた。

どうせまた明日が始まる。
何事もなかったかのように
私たちの日々は続いていく。

これだけの超常現象を見せられたら
神の存在を認めるしかない。

ボリシェビキでは神への信仰はタブーだったけど、
(ソ連は無宗教国家)それはもう過去のことだね。

死後も人の魂は消えないと聖書には書かれている。
肉体だけが滅びて精神が残るという意味。
聖書だけではない。ムスリムもユダヤ教徒も
信じている神様は同じ。地球上の人の過半数は経典の民。

私と太盛君はどうしてここにいるの?
この肉体は本物なの?
生きていた時と全く同じ感触がするけど。

目を閉じ、胸に手を当てると、
確かに心臓が動いている。
血液は体中を循環している。
これは間違いないと思う。

だから生きているとしか思えない。
実はすでに死んでいて、あの世で生活しているのかな。

「ここはどこなんだ? 本当にミウの部屋なのか?」

彼が私と全く同じ疑問を持っていることを
多少滑稽に思うけど、うれしさの方が強い。

この世界は狂っている。私達は狂った世界に身を置いている。
私達が混乱してしまったら、ますます世界に飲み込まれる。

こんな時こそ冷静に物事を観察するしかない。
私はボリシェビキとして生徒会で教育を受けた。
物事を客観的に処理するように訓練された。

人の世は理不尽の繰り返し。
人は支配者と被支配者に分類される。
マルクスは人類史を階級闘争の歴史とした。
資本主義での支配者は資本家。
被支配者は賃金奴隷。

学園での私は支配する側だった。今は逆。
何者かによって運命を左右されている。

掘マリン。数々の超常現象を引き起こす娘。
私はかつてこの女に使用人として仕えていた。

恐れたら負けだ。どんな事にも理由がある。
そしてその理由をしっかりと把握し、分析し、処理する。
理性と科学によって未来を導く。
私はそのために学校で勉強を続けて来た。

でもこの事態は、どうやっても処理できそうにない。

私は確かにマリン様に殺された。
死んだ時の痛みさえ、まだ鮮明に覚えている。

手鏡で見る私の顔は、健康そのもので、
特に何の以上も見られない。

何もなかった。

としか思えない。

「おはよう。ミウちゃん」

マリン様が、私の部屋の扉を開けた。
早朝から上機嫌なのか、
くすくすと笑いながら私と太盛君を見ている。

「太盛君も起きているの?
 ミウちゃんの真似して早起きなのかしら」

「私が起こしちゃいました。
 外でみぞれが降ってたから、
 窓開けちゃって」

「そうなのね。二人とも起きているなら
 ちょうど良かったわ。もうすぐ朝ご飯が
 できるから、少ししたら来なさい」

そう言い残して出ていった。さっきの会話の間、
太盛君は、石のように固まっていた。
エプロン姿で主婦として振舞うマリン様をみて圧倒されていた。

私も激しく疑問に思うよ。私のママはどこへ消えたの?
なぜマリン様がこのマンションに当然のようにいるの?

まさかとは思うけど、あの姿で高野カコだと言い張るつもり?
いくらなんでも若すぎない?

マリン様は、マリン様として表れている。
斉藤マリエじゃない。小学4年生、9歳としてのマリン様。
身長は平均より少し小さいかな。

どっちにしても、
私の母の振りをしているのが許せない。
殺意さえ感じる。

「太盛……君だと?」

そこもポイントだよね。お父様じゃないの?
マリエだったころは太盛先輩とか太盛さんだった。
呼び捨てにしている時もあった。

奴は母親の振りをしている。
何が狙いなのか、さっぱり分からない。

「午後からは雪に変わる地域もあるそうよ。
 寒い一日になりそうね。用がないなら
 外出はしないほうが良いわよ」

キッチンに立ち、炊事をしているマリン様。
テキパキと無駄なく動いている。
プロの主婦みたい。

家庭料理をいつ覚えたんだよ。
お屋敷時代は勉強とピアノばかりで
家事なんてしなかったでしょ。

お味噌汁の鍋を、おたまでかき回していた。
だけどその後ろ姿は全く様にならない。

だって小学生だよ?

背が足りないから、踏み台の上に乗って
朝ごはんを作っている。
こんなの高野家の日常じゃない。

「お皿運ぶの、手伝いますよ」

「ありがとうね。助かるわ太盛君」

太盛君が気を利かせて、豚の生姜焼きとレタス、トマトが
盛られた皿をダイニングのテーブルへ運んでいく。

肉の盛り方がすごい。朝からどんだけ太らせるつもりなの?
休みなんだから白米も少なめでいいよ。

お味噌汁は豆腐とわかめだった。
これも具だくさんで、豆腐がすごい入っている。

デザートに、フルーツポンチ?
フルーツミックスの缶詰が空けてあるから、
ヨーグルトと混ぜて作ったんだね。

これも一人当たりの量が多すぎる。
ファミレスと比べると二倍以上はある。

確かにうちのママも朝ごはんは気合入れて作っていたけど、
作ってるメニューは違うし、変にまねしなくていいよ。

今、朝の六時過ぎ? 
マリン様は何時から起きて朝ご飯の支度をしていたの。

「鍋の油汚れをキッチンペーパーで拭いておきますね」

「太盛君は席に座っていていいのよ?」

「いえ。そういうわけにはいきません。
 朝早くから作ってもらっていますので」

マリン様は、率先して手伝う彼を
微笑ましく見つめながらも、
少し顔を険しくしてこう言った

「太盛君。さっきから気になったんだけど」

「はい」

「敬語はいらないわ。
 家族には敬語は使わないって
 太盛君が言ってたわよね?」

「分かったよ」

太盛君は、さらっと答えた。

それだけ? 何も聞かないの?

奴が高野カコの代わりを演じていることが、
すでに異常じゃない。
このまま普通に生活を送るつもりなの?
私は未知のクズと一緒にご飯食べるなんて嫌だよ。

「いただきましょう」

奴が仕切る。席順も前と同じだ。四人掛けのテーブル。
私と太盛君が隣。奴は太盛君の向かい側。

これが家族のつもりなの?

偽物で、嘘っぱちで、何一つ納得のいく
説明もされてないのに……!!

「市販の焼き肉のたれで焼いたのかい? 
 ずいぶん美味しくできているね」

「うふ。お口にあってよかったわ」

マリンは楽しそうに、太盛君は無表情で食べている。
太盛君が奴に気を使っているのがバレバレだよ。
奴もそれが分かって話しているんだろうけど

「俺は、あなたのことをどう呼べばいいのかな?」

「ママでも、マリンでも、マリエでも
 好きに呼べばいいと思うわ」

「俺はあなたにとってどういう存在なのかな。
 俺の立ち位置は子供ってことになるのか?」

「義理の息子でもあり、赤の他人でもあるわ。
 時によっては私の一個上の先輩でもあり、
 実の父親でもある」

「それじゃ、よく分からないじゃないか」

「そうね」

なにこの茶番。こんな会話、無意味だよ。

「君が聞いたら怒るかと思って、しばらく
 聞かないつもりだったんだけど」

「どんなことでも怒らないから安心しなさい」

太盛君は深呼吸してから、端的に質問した。
その質問はまさに核心をついていた。

「高野カコはどこへ消えた?」

「少しの間、退場してもらったわ。
 あなた達と生活するのに少し邪魔だったから」

「殺したのか?」

「いいえ。退場よ。この部屋から退場って意味。
 あの人は管理人の部屋で過ごしてもらっているの。
 もちろん管理人さんには許可をもらっているわ。
 嘘じゃないわよ?」

「疑ってはいないよ。次の質問だが、君のしゃべり方に
 違和感がある。君は俺の娘のマリンだろう? 
 その姿で母親の振りをするのは無理があるぞ。
 俺はすごく抵抗がある」

「あなたはどうしてほしいの?」

「君がどんな姿で現れようと、俺は君の父親だ。
 だから君がミウの母親みたいに話すのは好きじゃない」

「私だってそうしたいけど、そうしたら
 またミウちゃんが怒るんじゃないの?」

「殺し合いになるのが嫌なのか?」

「それはそうでしょう。誰だって死ぬのは怖いもの」

太盛君は、黙ってはしを口に運んだ。
マリンも空気を読んだのか、無言で食事が進んでいく。

なんて空気の重さ。ストレスマッハだよ。
私は全く食欲がない。胃の奥がキリキリと痛む。

寝起きだから余計にね。
太盛君はそんなにたくさんのお肉を良く食べられるね。

「俺は大食いだからな。朝でもがっつり食べるよ」

彼は自嘲気味に笑う。
せめて会話する時は私の顔を見てよ

「ふぅ。お腹いっぱいになった。マリンちゃん。
 お茶をもらえるかな?」

「はい。ただいま」

席を立ち、急須にポットのお湯を入れた。
美味しいお茶を淹れる時は、一定時間急須の中で
蒸らしてからするんだって。

ママは茶葉にこだわっていた。
英国暮らしが長かったから、茶にこだわりがあるそうだよ。
帰国してからは紅茶よりも日本茶が好きになった。

マリンもそれを受け継いで、いちいち手間のかかる
淹れ方をしている。私からしたら時間の無駄だよ。

そんなことまで真似しなくていいのに。
マジで死んで。

「ミウはお湯のお分かりは入る?」

「けっこうです」

私は突き放すように言った。

「すみませんが、食欲がないのでおかずを
 残しますね。ご飯の盛り方も少し多かったです」

「気を利かせたつもりだったんだけどね」

「最終的に私を殺すのが目的なら、
 食べ物に毒でも入れたらどうですか?」

「何の話?」

マリンは涼しい顔で太盛君の湯呑にお茶をそそいだ。
真っ白な湯気が立つのが、妙に幻想的だ。
茶は深みがあって良い色をしている。

マリン様は作法ができているから、
いちいち動作に品がある。

悪く言えば気取っている。
共学の学校なら男子にモテるけど、
女子を敵に回すタイプだね。

「とぼけたって無駄です。あなたの正体が
 殺人鬼なのは知ってますから」

「だから、何の話をしているの?」

性格さえ変わってなければ極上の美少女ってのは、
使用人の間の定番の陰口だよ。

「ミウ」

「なに? 太盛君」

「今はその話は良いよ」

遠回しに私に黙れと言ってきた。

どうして? こういう茶番を長引かせても時間の無駄だよ。
どうせ最後はまた喧嘩して殺し合いになるに決まってる。

初めから白黒つけたほうがいいのに。

「ミウは俺を君付けで呼ぶようになったな」

「あっ、すみませ…」

「かまわないよ。こっちのほうがよっぽど落ち着く。
 君は一度殺された影響で記憶がリセットされたんだな」

言われるまで全く気付かなかった。
そうだ。昨日の私は太盛様と呼んでいたのに。
忘れっぽい自分が恥ずかしくなってきた。

「ごめん。自分の部屋に戻ってるね」

「まっ…」

太盛君の静止の声も聞かず、ダイニングをあとにした。
太盛君といるのが無性に気まずいの。
それにマリンにイラついてまた殺したくなる。

朝食の間、私が何度キッチンの包丁を見ようとしたか。

激情にかられたら、まず引け。
いったん落ち着いてから冷静に作戦を考えろ。
ナツキ君からよく言われたよ。
私が短気なところを彼はよく理解してくれた。

ここで怒ったりしたら、また奴の思うつぼに
なるのが目に見えている。

ベッドで横になる。特に何もすることがない。
窓の外を除くと、みぞれだったのが曇りに変わっていた。

窓越しでも空気が冷たく、張り詰めているのが分かる。

「おい。ミウ」

太盛君が扉を遠慮がちにノックした。
私が鍵かけているから開かないんだよね。

「なに?」

「心配だから様子を見に来たんだ。
 気持ちは痛いほどよく分かる。
 一人で抱え込むと悪循環に…」

「ごめんね。今は一人にしてほしいの」

私は愚かにも彼の言葉を途中でさえぎった。
それだけ余裕がないのよ。

太盛君は少し間を置いてから、
分かったと言って引き返していった。

太盛君の声がどこかさみそうだった。
本当にごめん。
ダイニングにいるとマリンの顔を見ることになるでしょ?
奴が視界に入るだけでブチ切れそうになるの。

私がこの部屋にこもると、マリンの相手をするのは
必然的に太盛君。面倒な役を押し付けちゃってごめん。

何気なく、スマホを手に取る。

ラインでナツキ君に愚痴でも送りたくなる。
困った時はどんな時でも相談に乗ると、
彼は優しく言ってくれた。

でも送る気にならなかった。

今私の身の回りで起きていることは、
ボリシェビキが最も嫌う超常現象の一種。
神様の力が働いているとしか思えない。

橘エリカ……。なんで奴の名前が私のラインに?
勝手にエリカの名前を登録したのは誰?
あんな奴、存在自体を消してしまいたいのに。

昔の私だったら、気に入らない奴には
容赦しないよ。

私はボリシェビキ。共産主義左派。
レーニンの思想を受け継ぐもの。

他にも知っている名前がある。
エミ? そういえば私の友達だった人だ。

だった、と言うのは、彼女が反共産主義者だから、
思想的には私の敵になっちゃうでしょ?

夏休み以降は連絡を取ってない。
向こうが心配して何度かメールが
送られてきたけど、スルーしている。

冷たい女だと思われてるだろうけど、正直言って
太盛君のモト彼女というポジションも気に入らない。

過去を振り返る。
私は、数え切れないほどの人を逮捕して処罰した。

『ミウ様、お許しを!!』 『ミウ様、お慈悲を下さい!!』
『いやああああああああ!! 神様助けてええええ!!』
『やめろ。それ以上やったら死んじまう!!』
『ぐあああああああああああああああああああああああ』

今でも瞳を閉じれば彼らの悲鳴が聞こえてくる。
私に逆らえず、地獄の底から這いあがることができず、
苦しみにあえいでいる彼らの姿が。

快感。たまらなかった。

私は自尊心が強いタイプなんだと思う。
人に認められて、恐れられて、服従されて満足する。
SかMかでいうと、ドSなんだろうね。

気が付いたら寝ていた。

窓の外を開けると、日が傾いている。
綺麗な夕日。この世の終わりみたい。

半日以上寝るなんてめずらしい。
おかげで頭がすっきりしたよ。
不安やイライラもある程度は睡眠で解消できるんだから、
本当に睡眠って大事だよね。
うつ病も不眠から始まるって聞いたことがある。

喉がカラカラ。暖かい紅茶でも淹れようかな。
朝ごはんをしっかり食べなかったからお腹すいた。
すぐダイニングへ向かった。

「あの女が起きてきたら怒られますよ」

「大丈夫。まだ寝てるだろ」

はは……。もう笑うしかない。

声が聞こえて来たのがお風呂場だったので
まさかと思って扉を開けたら、二人が普通にいた。
体をぴったりとよせて湯船につかっている。

人の家のお風呂で何やってるの……?
なんで二人とも楽しそうにしているの?
なんでマリンは太盛君の足の上にまたがっているの?

どうして互いの腰に手を伸ばして抱き合ってるの?

こんなの気持ち悪いし、見たくもない。
この世界であっても高校生と小学生。
近親相関だってこと分かってるの?

どっちから誘ったの?
そこに至るまでの過程を説明してよ。

なんで私にそんなシーンをみせるの?
私を困らせて楽しいの?

てゆーか、私に気付きなさいよ。
どんだけ二人の世界に入ってるの?

もし包丁が手元に会ったら、
二人を交互に刺して殺してあげるのに。

「ミウ」

太盛君が私の名を呼んだ。

「さっきから怖い顔してるけど、大丈夫か?
 俺はたまには娘と一緒にお風呂に入ろうと思っただけだ」

「そ、そうなんだ。へぇー。さすがロリコンさんは考えることが
 普通の人とは違うね。私だったら、小学4年生の娘と
 お風呂に入る旦那がいたら離婚するけどな」

「前の世界では、マリンは俺とよくお風呂に入ってたそうだ。
 娘が小学六年生くらいまでだったら、
 そんなにおかしくないだろ?」

「その年だと普通は一緒に入らないよ!!」

「う……」

太盛君がひるんだ。

私の声、大きすぎたかな?
カッとなるとすごい声量になっちゃうんだよね。
怒鳴るとすぐのどが枯れるんだ。

「私とお父様がどうしようと、親子のことですから。
 赤の他人が口出ししないでくれる?」

「あんた、人の彼になんてことしてくれたの……。
 あんたの方から誘ったんでしょ」

「主人に対してあんた? ずいぶんと口の悪いメイドね」

「あんたに私の気持ちが分かる!?
 自分の彼が小学生好きのペドなんて
 死にそうなほどショックなんだよ!?」

「そんなに死にたいのなら死になさいよ」

「ええ。死ぬわ。ただしあなたを殺してからだけどね」

「そこの女はこのように言っていますけど、
 お父様はどう思いますか?」

そこで太盛君に振るのか。

「とりあえず話し合いで解決するべきだろ。
 ミウが寝てる間にマリンと話し合ったんだけど、
 マリンは素直で良い娘だよ。
 ミウはちょっと怒り過ぎなんじゃないのかな?」

「……まさか太盛君、洗脳された?」

「俺はマリンとよく話し合っただけだ。
 マリンは俺と離れ離れになってさみしかったんだよ。
 俺たちはモンゴルで紆余曲折の末に死んだからな。
 何事も話し合いが大切だとは、良く言ったm…」

「そんなに話し合いがしたいなら、早くお風呂から出てよ!!
 汚らわしい!!」

そんなに怒ることか? 太盛君が小声で文句を言いながら
体をふき始めた。私は何気なく彼の裸を見てしまっているけど、
今はどうでも良かった。彼もマリンも、私が扉の前に
立っているのに、裸でいることに全く抵抗がないのがすごい。

「マリン。体ふいてあげるからな」

「はい。お父様」

バスタオルで髪や背中を拭いてあげている。
そういうの……やめてよ。

前の世界では親子かもしれないけど、
こっちの世界の太盛君の年齢だと
ただのロリペド野郎にしか見えない。

「早く髪を乾かさないと風邪を引いてしまいますわ」

「そうだね。こっちおいで」

太盛君が洗面台に立ち、
ドライヤーの風をマリンの髪に当てた。
手慣れている動作だ。マリンのセミロングの髪が
暖風を受けて揺れている。

マリンが一瞬だけ、勝ち誇った顔でこっちを見た。
くそ。また殺意が。

「お父様の髪も乾かしてあげますわ」
「自分でできるけど」
「遠慮ならさらず。しゃがんでください」

太盛君がその通りにし、マリンが膝立ちして
ドライヤーを操作した。身長差があるからね。
洗面台の鏡が、無表情で立っている私を映していた。

「のど乾いたな」「牛乳でも温めますか?」
「寝る前に飲むと太るらしいけど」
「たまにはいいではないですか」

何気ない会話がムカつく。これって私が嫉妬深いせいなの?

「あっ、牛乳切れてるじゃないか」
「あとで買いに行きましょう」
「紅茶でも飲むか?」
「そうですね。でもこの家は日本茶が豊富ですよ」
「なら日本茶にするか」

棚から茶葉を取り出すマリン。
なんか絵になっててムカつく。

存在がムカつく。太盛君の隣にいるのがムカつく。
だめだ。今にも爆発しそう。

「私の前でイチャイチャするの禁止だから!!」

太盛君はびっくりして湯呑を床に落としそうになった。
マリンが慌てて彼の湯呑をテーブルに置いた。

「急に怒鳴られると心臓止まるぞ」

「太盛君が悪いんだよ!! 私は太盛君の彼女なのに、
 すぐそうやって他の女と仲良くして、
 私を不安にさせて、疑い深くさせて!!
 こんなことして楽しい!?」

「娘とのスキンシップは良いことだと思うよ」

「なにがスキンシップ? お風呂でキスまでしてたくせに!!
 このロリコン!!」

マリンが、彼の腕を取って私をにらんでいる。
そうやって彼女みたいな面をするのが腹立つ。

「マリンも嫌がってないんだから、良いじゃないか。
 君もマリンが俺の娘だってことは知ってるんだろ?」

「でも私は嫌なの!! そういうの見るとムカムカするの!!」

「気持ちは分からなくもないけど、束縛するのは
 やめてくれよ。これじゃエリカと変わらないじゃないか」

「エリカ?」

「エリカも俺とマリンが一緒の部屋にいるだけで
 怒鳴って来たな。レナといる時もそうだ。
 おかげで常に監視されて、心が休まる暇がない。
 同僚からは帰宅難民と呼ばれてな。家に帰るより
 会社で残業したほうがマシなくらいだ」

「太盛君、そこまで記憶が戻ってるの?」

「マリンと話して、いろいろと教えてもらったんだよ。
 ミウがこの世界に来た目的もよく分かった。
 だけどミウが共産主義者になったことは
 ショックだったな」

「口には気を付けてね。
 このマンションで共産主義を
 否定すると反革命容疑がかかるから」

「そうかな?」

太盛君は天井の監視カメラ(盗聴器付き)を
見上げ、中指を突き立てながら、
『ハロー。コミュニスト。ファッキュー』と言った。

コミュニストは英語で共産主義者のこと。
共産主義はコミュニズム。
資本主義はキャピタリズム。

経済学を英語で学ぶ人は覚えておくと良いよ。
どうでもいい知識でごめんね。

「ほらな。警報が鳴らないぞ」

「あれ?」

確かに鳴らない。普段なら住民会議の誰かが
監視役をしているから、すぐに警報が鳴って
男性達が取り締まりにくるはずなのに。

太盛君は涼しい顔で話を続けた。

「ミウ。俺たちは神様の起こす奇跡をこの目で見ている。
 俺と君がこの世界に存在することがすでに奇跡だ。
 君はそれでもボリシェビキでいるつもりか?
 この世の全ての神を否定するのか?」

「学校では……私は生徒会副会長。
 組織委員の責任者でもある。短い冬休みが終わったら、
 また学校生活が始まる。今さら簡単にはやめられないよ」

「( ´_ゝ`)フーン」

太盛君はお茶を一口飲んだ。
「あち…」猫舌なので、
もう少し冷ましてから飲めば良かったみたい。

「なんで今顔文字使ったの?」

「文章で表現するより分かりやすいと思ったからだ」

「太盛君は私よりもマリンの方が大切なんだね」

「そうかもしれないな。正直君といると疲れるよ」

私は震えるほどのショックを受けた。
なんでこんなに意見がころころ変わるの?
マリンとモンゴルへ飛んだ時は、
私のことかばってくれたじゃない!!

「俺は資本主義者だから、
 ボリシェビキの女性とは
 考えが根本的に合わないと思うよ」

「じゃあ私がボリシェビキをやめれば
 好きになってくれるの?」

太盛君は、少し考えてから、
「それはどうかな」と言った。

「俺はミウのことが心から嫌いなわけじゃない。
 優しくて素直で顔も美人だし、俺の好みだ。
 だが、どこかエリカと似たところがあるよな。
 根が自分勝手なんだよ。俺を好きなように
 檻の中に閉じ込めようとしたがる」

「井上マリカさんが言ってたことが的を射てる。
 男は終われたら逃げたくなる生き物だ。束縛は逆効果だよ。
 モンゴルにいる時も、学園生活を送っている時も、
 俺は常に束縛されっぱなしだった」

「俺は疲れたんだよ。精神的にも肉体的にもな。
 そろそろ自由にさせてくれ。俺はマリンといると
 心が落ち着くことに気付いた。今日の午後は
 マリンと過ごせて楽しかったよ」

胃が締め付けられて痛くなる。ここ数字で色々な
世界を旅した私達だけど、太盛君が最後に出した
結論がそれってこと。最後は娘を取るのか。

「冬休みはまだある。3人一緒にここで過ごそう」

「私が嫌なら出て行っても構わないけど?」

「生徒会長殿と約束したじゃないか。
 冬休み期間中はミウの家で過ごすと」

「これは明らかに例外だよ。別世界から
 太盛君の娘がやってくるなんて」

「予想外のことは常に起きるものだ。
 ボリシェビキではそう教わっているんだろ?」

太盛君は言葉巧みに私を丸め込んでしまった。
私は、激しい不満と殺意を抱きながらの
3人での生活を認めざるを得なかった。

蒙古を旅したユーリと全く同じ展開じゃない。
今になってユーリの苦難が痛いほどよく分かるよ。


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