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作品名:『学園生活』改 〜愛と収容所と五人の男女〜 作者:なおちー

第21回   12月28日 雨 強風
〜ミウ〜

外はくすんだ空の色をしていた。
真冬の雲が一面を覆っていて、憂鬱な気分にさせる。
ピンと張った空気が肌を突き刺すよう。

ボリシェビキの雰囲気に冬はぴったり。
もともとソビエトで革命が起きたことに起因しているのかも。

街中は人がいて活気がある。
クリスマスは終わったから、次は年末気分。
そして正月の三が日だね。

日本の資本主義は馬鹿みたい。
クリスマスとかバレンタインとか。
商業のために盛り上げているだけで中身がない。

この国の全ての産業は利潤目的。
誰も人の幸せなど祈ってない。全てはお金だよ。
公職についてる人はそうじゃないかもしれないけど。

日本人にとって人よりお金に価値があるんだ。
お金のためなら、人は平気で賃金奴隷になる。
企業は人を賃金奴隷にさせる。
奴隷であることをおかしいと思わない。

「少し降ってきたな」

太盛君が傘を広げて私を入れてくれる。
分かってるじゃない太盛君。そうやって
さりげなく男らしいことをするとポイント高いよ?

私達はバス停まで歩いた。バス停には雨除けの
屋根があるから、ここまでくれば安心。
太盛君は傘をしまった。
そして私の手を握るのを忘れない。

そうそう。そういう動作を私は求めていたんだよ。
私から何か言わなくても、そっちからしてくれるようにね。

バスに乗り込むと、座席の半分が乗客で埋まった。
時間は朝の9時半。この時間ならそんなに込まないのか。

「今日はどこまで行くんだ?」

太盛君に聞かれた私は「病院」と答えた。

太盛君は明らかに怪訝(けげん)な顔をした。
分かるよ。病院は今の私たちには無縁の場所だものね。

夏のことを思い出すよね。私と太盛が夫婦みたいに
毎日マリエのお見舞いに行った。病院が私たちの
デート先だったね。変わったデートだけど、楽しかったよ?

「校長先生のお見舞いに行こうと思ってるの」

「なんで校長が病院に?」

「私が粛清(おしおき)したから」

唖然とする彼をよそに、私は窓の外の景色を見た。
雨が本格的に振って来た。風もあって、
窓ガラスに雨を叩きつけている。

大雨を通り越して嵐みたいな感じ。
通りを見渡すと、カッパを着ている人がいる。
小さな子供連れの母子。
子供が長靴を履いてるのが可愛い。

私はバッグの中にいれたポッキーを取り出した。
私は普段から頭を使って生きているから、
常に糖分が欲しくなるの。

ダイエット? そんなの知らない。
頭脳労働をすれば太ることはないとナツキ君が
言っていたから。最近少しお肉がついてきたけど、
体型よりもマリエみたいな綺麗な顔が欲しい。

ママは若いころから美人だって言われてたのに、
なんで娘の私はブサイクなんだろう。

「太盛君も食べる?」「おう。悪いな」

極細タイプのチョコポッキーだよ。
太盛君がビクビクしながら食べている。
私が怖いのかな。それとも
毒入りじゃないと説明したほうが良いのかな?

「理由を聞かないの?」

「なにの?」

「私が校長を粛清した理由だよ」

「聞いたらミウが怒ると思ったんだ」

「うふふ。そんなことで怒るわけないでしょ?
 校長を粛清したのは名誉ある使命だったの。
 むしろ誇りに思ってるんけどな。うふふふふ」

「あ……あははっ。そう、だったのか……」

「うん」

「あはははは。じゃあ聞くけど、なんで粛清したんだ?」

「今年の夏休み明けだったかな。あのハゲは私が
 収容所行きになった太盛君を救うために直談判したのに
 鼻で笑ったの。だからその報いを受けてもらった」

金属バッドを顔面にフルスイング。えんぴつを太ももに刺す。
拷問の説明を聞いた太盛君の顔がみるみる青ざめていく。

そんなに怖がらなくていいでしょ?
地下での拷問に比べたら遊びみたいなものなのに。
太盛君はまだ拷問慣れしてない証拠だね。

今後はもっと拷問の経験を増やして、
立派なボリシェビキになってもらうよ?
だって共産主義は、反対主義者の摘発、逮捕、拷問、粛清が基本。
そうしないと国家が存続できないんだから。

私たちの未来は国民の粛清にかかっているんだよ
一番の敵は国民。外部よりも中。常識だよ。
それは喉が渇いたら水を飲むのと同じこと。

病院前のバス停で下車。

さーて。ここに来るのは夏以来だね?
私達は真冬の格好をしている。

太盛君の着ているコートなど冬物の服は、
全部彼の自宅から郵送してもらった。
下着などを含む衣類を全部ね。

だって名目上は『美術部の冬季合宿』なんだから。
世間的に彼は合宿所にいることになっている。
え? 文化部なのに合宿は珍しい?

ボリシェビキはそういう
『細かいこと』は問題にしません。

雨は今も降り続いている。
強風のため横殴りだよ。

足元が濡れちゃうのは我慢するしかないね。
私の履いているブーツ、八万円もしたのに。

「失礼ですが、面会カードはお持ちですか?」

「私は○○学園の生徒会・副会長です」

「同士・高野でございますか。ごゆっくりどうぞ」

受付でのやり取りはお決まりだよね。
学園の生徒会の幹部は特別扱い。
面会時間じゃなくても全ての患者に会うことができるよ。

この市で発生した共産主義革命は、私たちの学園から
始まったもの。私やナツキ君は学園の中枢の人間だから、
市の公共施設の90%は顔パスで利用できるよ。

校長の病室は二階の大部屋か。
金はあるはずなのに、どうして大部屋にしたのかな?

私は健康に気を使って階段で登ることにした。
少しだけダイエットを意識しているのがばれるかな?

階段でも、受付でも、廊下の曲がり角でも、軍服を
来た警備の人がいる。背が高いのがロシア系。
少し背が低いのが中国系。もっと低いのはモンゴルか日本系。

私たちは顔の形や肌の色が違っても『ソ連人』だよ。
この栃木県の小さな市は、
全世界から共産主義者が集まってくる。
新ソビエトを日本全国へ波及させるための同士たち。

「院内でも逮捕や粛清はするのか?」

「もちろんだよ。医者など病院関係者の3割はすでに
 逮捕しておいたよ。そのせいで医師・看護師不足が加速して
 廃院寸前にまでなった。今では看護助手を中心に
外人を多く雇っているよ」

二階の廊下でロ系の看護師にすれ違ったので、
ロシア語で挨拶した。背が高い……。
私はあんなに足が長くないから憧れる。

「飯塚昭」
「小池聡」
「林愛芯」
「校長」

あったあった。通路側の壁に入居者の名前一覧がある。
なぜ校長名義で入院してるんだろうね?
まさか本名が校長なのかな。

私と太盛君は大部屋に入った。

「き、君は!!」 
「ごきげんよう校長」
「何をしに来たんだね!! 
 私にとどめを刺しに来たのか?」

校長先生は激しく取り乱しました。
ぶちぶちと、腕についた点滴の管を自ら外し、
点滴袋のつながったキャスターを床に落としました。

「助けてくれええええええええ!!」

太った猫のように背中を丸めて廊下へ。
何を思ったのか、ナースステーションに駆け込みました。

机でカルテを整理していた看護師さん。
棚の薬を手に取り、
患者の名前と薬の種類を確認していた看護師さん。
二人が不快そうな顔で校長を見ていました。

「どうかされましたか?」

「大問題だよ、きみぃ!! 
 あの女が私にとどめを刺しに来たんだぞ!!」

「院内で騒がないでくださる?
 寝ている人もいますので」

「そんなこと言ってる場合じゃないんだよ!!
 早く警備の兵に頼んで私を護衛してくれたまえ!!」

「はいはい。今状況を確認します」

私は自ら看護師さんに事情を説明しました。
自分の学校での身分と、善意からお見舞いに来た旨。
ほら。私の手元に果物があるでしょ?

「なるほど。事情は分かりました。お忙しい中、
 お見舞いに来られたことを感謝いたします。
 同士・高野」

敬礼された。私と太盛君は、校長の両脇を押さえながら、
大部屋に連れ戻した。囚われた宇宙人がまさにこれ。
ちょっと古い例えかもしれないけどね。

校長は離せとかほざいて暴れている。
騒いだら拷問すると耳元で伝えたら良い子になったよ。

「私は一切抵抗しません。
 ですから、どうか許していただきたい」

なんと頭を下げて来た。ベッドの上で土下座しちゃったよ。
今まで何人の人が私に土下座をしたことか。
こういうの、最高の愉悦だけど、
でも太盛君にされた時は心が痛んだな。

「私は校長先生に暴力を振るうために
 来たわけじゃないですよ」

笑顔で言うが、校長の顔は恐怖のため硬い。

すっかり病人服が似合ってるよ。

足の怪我は治っているけど、顔面には包帯が巻かれている。
鼻の骨が折れたのかな? ギブスみたいなのを付けているね。
折れた歯は入れ治したみたいで綺麗になってる。

「報告させてください」

「報告?」

「私の隣にいる人が堀太盛君です。
 私の彼氏です。今では収容所から解放されて、
 私の側近にまで昇格しました」

一体何の話をしてるのかと、校長が唖然としている。

「先生は、彼の顔を見るのは初めてですか?
 彼のことをもちろん知っていましたよね?」

「え……? あ、ああ。そうか。堀太盛君か。
 もちろん知っていたよ」

うそつき。その反応でうそが分かっちゃうよ。
太盛君の処分(収容所行き)を放置したくせに。
私のお願いを聞いてくれなかったくせに。

「本当に彼の顔を知ってました?」

「もちろんだよ!! うんうん。
堀太盛君は有名人だからね!!」

「彼の所属している部活は?」

「は……」

「もう一度同じ質問をしましょうか?」

「……吹奏楽部だろう!!
 橘エリカ君と同じ部活だったはずだ!!」

「違います」

校長は頭が真っ白になったみたい。
まさにアホ面。

確かにエリカといつも一緒だったから
彼が吹奏楽部だと思うのは分かるんだけどね。

「ボリシェビキは嘘つきには容赦しません。
 校長先生は中央委員会の長でしたから、
 今さら説明しなくても、よくご存知ですよね?」

「待ちまたえ!! 一度冷静になりたまえ!!
 ここは院内なんだよ!? しかも大部屋で
 他の患者もいるんだ。ここで手荒な真似をしたら
 みんなに迷惑がかかるんじゃないかね!?」

「みんな?」

私が部屋を見渡すと、定員の8人はほとんど
いなくなっていた。動けないほど重症な人は
覗いて、車いすなどに乗って廊下へ出て行ってみたい。

みんな空気を読んでくれて助かるよ。

「おいハゲ。騒がないようさっき
 ナースさんに注意されたの忘れたの?」

「ぐぬぬ……」

うふふ。悔しそうな顔してる。
でも私には絶対に逆らえないよね?

人の本性はこれだよ。怖い人には逆らえない。
地位の違い。立場の違い。暴力。これこれ。

人が一番怖がるのは『未知の恐怖』なんだよ。
これから殴られる。拷問される。かもしれない。
想像を絶する恐怖のために服従し、屈服する。

「アキラ前会長の言いなりになって、太盛君の
 解放をあなたは拒んだね。これは重罪です。
 明確な罪です。私が何を言いたいか分かりますか?」

「堀太盛君に土下座すればいいのだろう?」

「いいえ。靴の裏を舐めてくれる?」

校長の時間が止まりました。当然の反応だね。
生徒の靴の下を舐める先生なんていないよ。
まして彼は校長先生なんだから。

奴は屈辱に耐えきれず、顔が真っ赤になった。
震えながら私の顔を見て来た。私は無言で圧力を
加えていたら、奴がついに折れた。

「分かりました」

校長は床に座り、太盛君の靴を手に取りました。
口を開けて驚いている太盛君をよそに
舌を伸ばし、犬みたいに舐め始めました。

あはは。バカみたい。ざまーみろ。

「ほら。もう片方の靴も舐めなさい」

「ぐぬぬ」

校長の頭を足蹴にしてあげました。
校長はぶち切れ寸前で震えている。
ああ……最高の気分♪

「楽しいね? 太盛君」
「ああ。快感だ」

大切そうに太盛君の足を手に取って、
ぺろぺろする校長先生。なんてみじめな姿。

最高すぎて、はしゃぎたくなっちゃうよ。
みっともないし院内だから大きな声は出さないけどね。

でも心の中では笑っておこう。
あはは。最高に面白いよ。
この快感をどう表現すればいいのかな?

「ママぁー。あれ、なにしてるのー?」

「サラちゃん、どこ行くの? こっち来なさい」

偶然廊下を歩いていた母娘。
この大部屋での私的制裁を目撃したみたいだね。
確かに扉が開けっぱなしだから、廊下からは丸見え。
娘の方がこちらを指さしてる。

「あのおじさん、おもしろーい」

「こらっ、他人様を指さしたら
 ダメだといつも言ってるでしょ」

娘は元気だった。年は3歳程度。
発育が遅いのか、まだまだ赤ちゃん言葉だ。
母親はきりっとした美人。
娘は目元が母親にそっくりで可愛い。

「わたしもお兄ちゃんのお靴ぺろぺろするぅー」

「なっ?」

太盛君がさすがに焦っている。
こんなシーンを見せたのは子供に悪影響だったようだね。
見せたくて見せたわけじゃないけど。

純粋無垢な子供はすぐに真似したがる。
それが例えどんな悪いことでもね。

カンボジアの同士・ポルポトが子供を中心に
共産主義兵士として洗脳したのもある意味合理的だね。

「可愛いお嬢さん。
 こういうのは君が真似したらダメなんだよ?」

「えー、なんでぇ」

太盛君は足元にしがみついたその子を、
抱っこしてあげました。
子供をあやす姿がさまになってる。

彼はまだ高校生のはずなのに、
不思議と父親の貫禄がある。
これは偶然? 違うよね。

私は別の世界での彼を知っているもの。
マリン様やカリン様たちが生まれてから、
ずっと溺愛していた彼の姿を。

妻のエリカよりも、ずっと大切だったものね。
何よりも末娘のマリンのことが!!

母親は何度も私たちに頭を
下げてから去って行った。

私たちは病院から出た。
バス停で次のバスを待ちながら、
私はこう言った。

「太盛君はロリコンだよね?」

「へ……?」

唐突な質問に彼が戸惑っているのが面白い。
でも事実でしょ?

「小さな女の子をあやしている時、
 顔がニヤニヤしてたよ?」

あはは。太盛君が青ざめている。
図星ってことなんだね?

ま、前の世界でマリンを可愛がっていたのを
見れば明らかなんだけど。
奥さん時代のエリカもそのことでブチよく切れていた。

普通に考えれば旦那のロリコンが分かった時点で離婚確定だよね?
家庭ごとに経済的な事情とかはあるだろうけど、
そんな旦那と婚姻関係を続けるのは精神的に無理でしょ。

「俺はどちらかと言うと子供好きなんだよ。
 子供からもよく好かれる」

3秒で反論したくなるけど、
困ったことに一理あるんだよ。

彼の娘3人もパパっ子だった。
一番ひどいのがマリン。
こいつのファザコンは、もはや病気だった。

愛人と逃亡した父を追って単身で蒙古まで行くなんて
自殺行為にしても程がある。そして最低の結末を迎えたけど、
この世界では高校生として生まれ変わっている。

今は私の一番の敵。

「太盛君のロリコンを治さないといけないね。
 できれば冬休み期間中に」

「俺はロリコンじゃない……!!」

「は?」

「う……」

「どうしたら治るんだろうね?」

「そんなこと俺に聞かれても困るよ。
 逆に聞くけど、なんで俺がロリコンだと思うんだ?」

「逆にこれも君に信じてもらえないだろうけど、
 君は別の世界でマリンって娘のことを溺愛してたんだよ。
 妻のことなんて放置するくらいに」

重く、長い沈黙が訪れました。

太盛君は、今度は私を侮蔑するわけじゃなくて、
純粋に真実を知りたいって感じの顔をしました。

「まず最初に言っておく。俺はオカルトを信じるタイプだ。
なにより学校や市で共産主義革命が起きていることが
ある意味オカルトだと思う」

バス停にはバスが止まっていた。少ない乗客が無機質に
乗り降りする。運転手が、真剣に話し合っている私たちを
しばらく見ていた。私たちに乗る意思がないことを
確認すると、すぐに去って行った。

バスのエンジン音。排気ガスの匂い。
雨はやんでいたけど、まだ空の色はくすんでいる。

「君は予知能力があるか、もしくは異世界の記憶とかを
 持っているな? 根拠はある。うちの後藤さんを
 知っていること。料理の味まで知っているなんて普通じゃない。
 虚偽の発言としてもまずありえないし、言う理由がない」

「うん」

「俺に将来娘ができたらって話をしたな。いかにも仮定のように
 話しているが、具体的すぎる。娘が3人? マリン?
 俺も無意識でマリエのことをマリンと呼んだことがある。」

「あの子がマリン様の生まれ変わりだからだよ」

太盛君はまた絶句しました。
体だけじゃなくて唇まで震えている。
驚きを通り越して恐怖すら感じているのかな。

「頼む。君が知っている限りのことを教えてくれ。
 たとえどんな内容でも俺は絶対にバカにしないと誓うよ」

私たちは、いったんベンチに座ることにしました。
次のバスが来るまで、まだまだ時間がある。
ベンチは雨除けの天井が付いているので、
急に振り出しても安心。

「モンゴル? エリカの束縛? ミウが堀家の使用人?」

太盛君は衝撃の事実に仰天しています。
まさか自分が未来にエリカと結婚するなんて
びっくりだよね。それに愛人までいたなんて。

「なるほど。合点がいったぞ。君が記憶喪失の時、
 俺の名前に様をつけた。エリカには奥様って言ったな。
 そう考えると納得がいくぞ。家までの帰り道が
 分からなかったのも、そういう理由か!!」

ついでにエミさんが私の話を信じてくれたことも説明した。

「エミまで信じてくれたなら、まず間違いないな」

なにその言い方。エミさんが聡明なのは認めるけど、
元彼女だからって特別扱いなのは少しムカつく。

「能面の男の話も俺は信じるよ。
 エミが、背後霊が見えるって言ってるならガチだな」

「私が太盛君のために必死で
頑張ってる理由が分かったでしょ?」

「ああ。君のこと全然分かってなかったんだな俺。
 ミウを見る目が確実に変わったよ。
 あとエリカとは距離を取らないといけないな。
 北朝鮮の収容所に行く未来なんて冗談じゃない」

よしよし。太盛君がさらに良い子になってくれたみたい。
拷問までしちゃったから、私に対する恨みは
根強いだろうけど、時間の流れが解決してくれるよね?

少なくとも恋敵のエリカをつぶせれば、それで満足。
あとは……マリエか。

「おっ。また降って来たぞ。今日は安定しない天気だな」

肌寒いためか、太盛君が私の肩を抱き寄せてくれた。
今回の動作は自然だった。うれしかった。
本当はいつだって彼にこうしてほしかった。

私が彼の肩に頭をのせて、まったりとしていた。
互い無言になってしまう。

雨音。遠くで車の音。大病院だから、
駐車場で出入りがあるの。

目に見える範囲に水たまりがいくつかある。
雨が降り落ちて音を奏でている。
こういうのは自然の音だから癒しの効果があるらしいよ。

地面からマイナスイオンが発するので、
雨天に散歩をすると気分転換になるらしい。

「足元にお気をつけて」
「ご丁寧にどうも」
「いえいえ。これも仕事ですので」

うっすらと、視界の先に移る人影が、
だんだんと大きくなってきたのは分かっていた。

私は太盛君と一緒に、何気なくその人影を見ていた。
やがて人の正体が明らかになる。

うそ……。私はまたあの人に会えたの?

「ミウ様が高校生として学生生活を送っていることを
 ご党首様が知ったら、さぞお喜びになるでしょうな」

その能面は一生忘れられないよ。
すらっとして背が高くて、すきのない歩き方。

「もっともずいぶんと偏った思想を持った
組織に身を置いているようですが」

歩く、じゃなくて滑る、と言ったほうが適切だと思う。
彼は気が付いたら私たちの前に立っていた。

「ご挨拶が遅れましたが、ミウ様は私のことを
 覚えてらっしゃると思います」

「忘れるわけないでしょ。
 あなたと会ったのは半年前だよ」

「それは良かった」

その人は、口元に手を当てて笑いました。
少し女性的で品のある動作。
声も高音でハキハキしていて良く通る。

「では」

彼は自分の横にいる人物の方を向いた。

「こちらの方が誰かはもちろんご存知ですね?」

「ええ」

そこにはマリン様がいた。
私は元使用人だから見れば分かるよ。

「あれ? 似てるけど……違うよな。でも、あれ?
 顔つきとか髪の色とか……どうなってるんだ?」

太盛君はたぶんマリエと勘違いしているんだろうけど、
そこにいるのは、間違いなく堀マリン様だよ。
あなたがエリカとの間に作った大切な娘。

「お父様。お若いのね」

その子が口を開いた。ああ……そうだよ。
この声。マリエより幼いけど声にすごみがある。
私はずっとマリン様が苦手だった。
年は9歳だったよね。

「君がマリン……?」
「はい」

太盛君は幽霊でも見るような感じで驚いている。
驚きたいのは私も同じだよ。

「お父様は、何も覚えてらっしゃらないのね?」

「え? 何の話をして…」

「いいわ。お父様が知らないのは当然のことだもの。
 そんなことよりも、まずはミウのことね。
 ミウ。今から私の質問に答えなさい」

「は、はい」

私は背筋を伸ばしてマリン様の方を向いた。
うそでしょ? 体が勝手に反応するなんて。

「おまえは太盛お父様を電気イスに座らせた。
 とんでもない悪事よ。許されないことだわ。
 どれだけ悔やんだとしても悔やみきれない。
 一生消えないほどの罪を犯したのよ」

マリン様の言葉は、私の胸に突き刺さるかのようだった。

「あなたはお父様にふさわしくない。
 今すぐお父様のそばから離れなさい」

言い切る語尾が強い。
奥様と同じで有無を言わさぬ迫力がある。

だから私はマリン様が苦手なの。
エリカ様にそっくりなところが。

「な……何を言ってるのですか。
 太盛様も私と一緒にいたいと言ってます」

「それは」

マリン様が私の前まで接近し、顔を見上げながら続けた。

「あなたが無理やり言わせたのでしょう?」

私は、生徒会の副会長の地位にまで上り詰めた。
生徒の粛清を多数経験した。
なのにマリン様だけは怖かった。

「高野ミウ。おまえの役割はもう終わった。
 そこの彼もお前に失望したと言っているわ」

次に能面の男が続けた。

「ミウはご党首様から運命を託された身である。
 君にあの鏡を渡したのは私の独断だったが、
 ここまでひどい結果になると予想できなかった」

「端的に言おう。ミウがこの世界に来たのは
 誤りだった。時間の流れをもう一度戻そうじゃないか。
 最初からやり直そう。それは可能だ。君が望むならね」

さっきから一方的すぎない?
何を納得させようとしているの?

私は確かに異世界へワープしたけど、
リセットすることも可能ってことなの?
そんな簡単なこと?
テレビゲームと同じことなの?

「悪徳保険業者じゃないんだから、こっちからも
 質問させて。そうしないとフェアじゃないでしょ?」

「ふむ。ではどうぞ」

「どうしてあなた達が今のタイミングで現れたの?
 やり直しを迫るなら、もっと早く来れなかったの?」

「条件がありまして、太盛おぼっちゃまが
 別世界のことを認識する必要がありました」

「私が彼に詳しく話をしたのは確かに今日……。
 ごめんね。私は疑い深いの。
今はあなたの説明だって簡単には信用しないから」

「ええ。信じるかどうかは個人の自由だから構いません」

「私にこの世界を捨てろと言うのね?」

「ご理解が早いですな。そういうことです。
 どうもこの世界は共産主義が蔓延し、
 神の力が否定されている。誤った世界です」

「何がおかしいの? 理性と科学によって地球人類の
 文明を発達させる素晴らしい思想だよ」

「ボリシェビキは神の力を否定するようだね?」

「当たり前でしょ。非科学的よ」

「では、私とマリン様がここにいることをどう説明する?」

確かに否定できる材料がない。
まず私自身がこの世界にワープしているし、
マリン様と能面の男もここに来ている。

なによりおかしいのが『マリエ』がこの世界にいるのに、
『マリン様』が来ていることだ。これは不思議。
同じ人物が同一世界に存在しているみたいじゃない。

「少し違いますな」

なに?

「斎藤マリエと言う人物。すでにこの世におりません」

携帯を確認するように言われた。
連絡先から斎藤マリエの文字は消えている。

私は囚人を管理する側として、太盛君は友達として
あの女の名前を登録していたはずなのに。
私たちの携帯からすっかり消えている。

「データだけでなく、初めからいなかったことになっています。
 ここにはマリンお嬢様がいらっしゃいますから、
 必要ないと判断させていただきました」

彼の言葉に寒気さえ感じた。
この人、なんだか別人になったみたい。
前会ったときは、不気味な印象もあったけど、
紳士で思いやりがあるタイプだと思っていた。

この人が言うことは真実だけだろうね。
本当に斉藤マリエは消されてしまったんだ。

私はうれしいけど、太盛君はショックで言葉を失っている。
すぐに怒りがこみ上げて来たのか、能面につかみかかった。

「マリーがこの世にいないって本当か? 
 おい、おまえ。適当なこと言ってると本気で怒るぞ!!」

能面は抵抗せず、ただ太盛君の文句を聞いている。
聞いているというより、受け流している。

「お父様。マリーは私です。マリンはマリーです」

「は……? き、君がマリーだって?
 冗談を言っているようには見えないが、
 簡単に納得できないよ」

「すぐに理解しなくていいのよ?
 ゆっくり分かってくださればいいの。
 お願いです。今はどうか怒りを鎮めてください」

太盛君に甘えるようにしがみついて、
可愛い上目遣いで訴えているマリン様。
子供っぽく愛らしい顔。表情。目つき。

その顔は、お父さんの前でしかしないよね。
私たち使用人は全員知っていることだよ。

「なぜだろう。君にそう言われると、
 怒ってることが馬鹿らしくなってしまった」

「よかった」

太盛君の手がマリンの頭を撫でていた。
次第に不思議に思ったのか、マリン様の
顔をべたべたと触り始めた。形や質感を確かめるように。

「お父様。くすぐったいですわ」

太盛君は、髪や肌の感触がマリエと全く同じことに
驚いている。鼻の高さも同じ。声もね。
ほらね。能面の男は真実しか口にしないんだよ。

斎藤マリエは正確には消えてない。
そこにいる『堀マリエ』として生まれ変わったんだよ。


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