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作品名:『学園生活』改 〜愛と収容所と五人の男女〜 作者:なおちー

第17回   12月27日 夕方
〜あ ものろーぐ おぶ ほり せまる〜

ミウに対抗して英語風に書いてみた。
笑いを取るためにひらがな表記にしたが。

俺は全然笑えない状況だ。
12月27日の夕方。ミウと一緒に下校した。

ああ……、この駅までの道のりはよく覚えている。

梅雨入り前の六月だった。記憶喪失のミウを心配した俺が、
一緒に歩いてあげたんだ。
あの時に連絡先(LINE)を交換したのを覚えてる。

「私も覚えてるよ。忘れるわけないじゃん。
 あの時はエリカが敵だったんだよね?」

ミウは、俺の腕を強く抱き、少しも離れようとしない。

真冬だから少しも暑苦しさはないが、道行く人の視線を集める。

俺の家は校外だが、ミウの家は駅前なので
この地方では街中と言う部類に入る。
といっても田舎過ぎるけどな。

俺は生まれ育ったこの町が好きだ。山と川ばっかりで、
平らな道はほとんどないし、東京みたいに遊ぶところは
ほとんどないけど、故郷は良いものだ。

高校生の時からこう感じるんだから、
大人になったら
もっとそう感じるんだろうな。

踏切の先にある高級分譲マンションが、
ミウの家だった。

「あなたが太盛君ね。
 ミウから話は聞いているわよ」

玄関で出迎えてくれたのは、
ずいぶんと若作りなお母さんだった。
一見して穏やかで優しそうな人だった。

40代の後半だろうか。
年相応で少しふくよかだが、短めでくせのある茶髪。
愛嬌のある笑顔で俺を迎えてくれた。

専業主婦と聞いているが、その辺の主婦とは
雰囲気が全然違う。マリエのお母さんみたいに知的な印象だ。

この人はどこか異国情緒あふれるというか、
娘と同じで日本人の外見だけど、何かが違う。

「初めてだから緊張してるのね?
 顔が硬いわよ。
 自分の家だと思ってくつろいでちょうだい」

ママさんにそう言われたので、
俺は遠慮なくリビングのソファに腰かけた。
すぐに紅茶が運ばれてきたので頭を下げる。

「太盛君は可愛い顔してるのねぇ。
 ナツキ君とはまた違う感じがするわ」

ナツキって会長のことか? 
あの人もこの家に来たことがあるのか

俺とママさんは互いに警戒しあっていた。
めったに会えない動物を観察している感覚だ。
向こうも俺のわずかな仕草から性格を
見抜くつもりなのだろう。心理学の応用ってやつだな。

この人の笑顔の裏には恐ろしく
冷静な知性が宿っているのだろう。
腹の探り合いをしているようで面白くない。

あっ、今思い出した。
俺から挨拶しないといけないんだった。

「あの、今日から一週間くらいお世話になります。
 突然お邪魔しちゃってすみませんが、
 よろしくお願いします」

「あらあら。そんなの全然気にしなくていいのよ♪」

歌うように言うママさん。名前は高野カコというらしい。
皇室の方にも同名の方がいたな。
こんなこと書いてると、宮内庁に知られた際に
粛清されるのかもしれないが。

それはともかく、彼女を呼ぶ時はどう呼べばいいのだろか。

「お母さんでもいいのよ?」

それは無理がありますよ。

「あなたがミウと結婚したら、私が義理の母になるけど」

だいぶ先の話をされているようだ。
おそらく俺が死ぬまであり得ない話だと思います。

「太盛君には男らしく責任を持ってもらわないと困るわね」

「はい?」

「ミウとの交際を会長さんが認めてくれたんでしょ?
 今日付けでね。なら最後まで責任持ちなさい。
 いっそ結婚まで考えてほしいくらいね」

初対面でいきなり何を言ってるんだ? ちょっとおかしいぞ。

「け、結婚とかはちょっと。俺もまだ若いし、
 将来は大学とかも行きたいと思ってますので」

「大学に行くのはもちろんよね。ミウも進学するつもりよ。
 計画を立てて、それを実行する。それが規則よね?
 説明するまでもなく当たり前のことよ」

「え?」

「ボリシェビキは有言実行だって学校で教わらなかったの?」

これはのちに知ったことなのだが、うちの学園が始動した
共産主義革命は、この栃木県北部の小さな市では、
およそ9割の市民に浸透し、なんと世帯丸ごと
共産主義者と化した家庭が多い。

どうやって革命を広めたのか知らないが、
カコさんもミウの影響で
ボリシェビキになってしまったのか。

「先に太盛君にはっきり言っておくわね?
 このマンションから脱走しようとしたら粛清します。
 ミウにした愛の告白が嘘だと分かった場合も粛清します」

彼女は迷いのない口調で言い、
生徒会の役員と同等のプレッシャーを俺に与えた。

何が粛清だ。冗談じゃない。ここは学園じゃないんだぞ?

……俺は、自ら猛獣のいる檻に飛び込んだってことか?
高野家で共産主義革命が起きていたなんて知らなかった。

「ママ。そんな言い方したらまた太盛君に嫌われちゃうよ」

「でも最初が肝心でしょ? 太盛君はまだ資本主義者の
 思想に毒されてるんだから、早く洗脳を解いてあげないといけない。
 これは共産主義者からの『慈愛に満ちたおせっかい』だと
 解釈してくれてけっこうよ」

この部屋(マンション)にある脱走防止用の設備を説明された。

扉や窓など、逃げ出せそうな場所に
張り巡らされた無数の赤外線センサー。
これに体のいずれかが反応すると、警報が鳴り、
緊急事態を知らせる。

部屋中の家電がネットにつながっている(IOT)。
緊急事態が起きたとコンピューターが判断した場合、
室内にガスが流れ、最悪全員死亡する事態となる。

一瞬で全身をマヒさせる強力な神経ガスである。
ガスの噴出口は天井裏に設置されてある。
有事の際はスライド式で天井部分が解放され、
内部からせり出した噴出口から、ガスが噴射する。

一度噴射されたら物理的に防ぎようがない。
窓などはすべて電子ロックされており、重火器でも
持ち出さなければ壊れないほど耐久性がある。

一応ガスマスクが用意されているが(2人分だけ)。
電話、ネット、携帯の使用禁止。
寝る時を除いて部屋に一人でいることも禁止。

天井や廊下などに付けられた監視カメラを
取り除くこともNG。「カメラに触れた」と
判断された場合も警報が鳴り、ガスが噴出する。

マンションの管理人も共産主義者。
他の全ての住人も共産主義者。
マンション内の挨拶はロシア語でするのがマナー。

太盛がこのマンションで寝泊まりしていることは
住民らに周知されている。高野家主導で彼に対し
共産主義的教育を施すことは、すでにマンション管理人が
中心となる「住民会議」にて決定されている。

万が一太盛が廊下などで脱走中の場面を
目撃された場合、住民らによって速やかに身柄を拘束される。

仮に彼が暴れる、さらに逃走を図るなどして抵抗した場合は、
一階部分に特別に用意された『鉄条網付きの檻』の中に
監禁し、反省させることになっている。

太盛がこのマンションで住む目的は以下の三点。

・ミウとの交際の継続
・彼自身がボリシェビキとして目覚めること
・その後、革命的思想を家族や友人などに広めること。

極めて生徒会にとって都合が良い内容だ。
まず太盛がミウとカップルになれば、ミウの
いらだちの原因が解消され、私的な制裁が減ることは確かだ。

さらに太盛を生徒会に組み込めば、
ミウの執務がスムーズになると予想される。

太盛は成績優秀でクラス委員の経験があるため、
生徒会から注目されていた。
そのため元三号室の住人だったのだ。

太盛のような根が真面目な人間ほど共産主義者になりやすい。
もっともそれは、宗教に目覚めやすい人の特徴と全く同じだが。

「今回の宿泊の件ですが、俺の家族にはどう説明しましたか? 
 あいにく親父殿は、年末年始は仕事や関係筋との会合などで
 大忙しの身ですが、俺を心配してくれる大切な使用人のみなさんが
 待っていまして」

「美術部の冬季合宿と説明したわ。
 日程は12月27日から来年1月の3日まで」

「すみません。俺はジョークを聞きたいのではありません」

「太盛君……。私は冬季合宿だと言ったわ」

「だから、そういうのはいいです」

「冬季合宿よ」

「あの、すみません。ちょっと俺、今機嫌悪いんで、
 そろそろ本当のことを言ってもらっていいですか?」

「ふぅ」

この人は盛大な溜息をついたぞ。
この会話の流れでも笑顔を維持するのはすごいけど、
きっと内心ではムカついてるんだろうな。

俺はここへ泊まりに来た立場だ。
さすがに喧嘩腰になってしまい、失礼だったか。
(泊まるのは俺が望んだわけじゃないが)

「ベイクドチーズ、食べる?」

「え」

「食べる?」

「あ、はい。いただきます」

ママさんがキッチンへと歩いて行った。
どうやら冷蔵庫の中に手作りケーキが入っているようだ。
この手のケーキはかなり手間がかかるから、
うちの料理人の後藤さんはめったに作らなかったな。

今、何時なんだ?
まだ5時前……? 

学校を出たのが4時過ぎだったから、ここ着いたのが
4時半くらいだとして、そんなに経ってないんだな。

「ミウはどこだ……?」

俺は、ソファに腰かけて、斜め向かいに座ったママさんと
ずっと会話をしていた。テレビは消されている。
日は沈んだのでカーテンも閉められている。

その間、ミウがどうしていたか気にしてなかった。

「部屋で寝てると思うわ」

意外だな。あいつにとって待ちわびたはずの俺が来た初日なのに。

「そんなに疲れてるんですか? 
 それとも体調不良ですか?」

「いつもこうよ。学校から帰ったら
 自分の部屋のベッドで
 横になってしばらく起きてこないわ」

「学校では元気はつらつでしたけど」

「人前だから気を張ってるだけ。あの子は運動部でも
 ないし、体力のある方ではないわ。それに人前に
 出て何かをする性格でもなかった」

どうぞ。ママが言って俺にケーキをすすめた。
テーブルに置かれたシンプルなケーキ皿。
ベイクドチーズは、下地の部分が少し失敗したのか、
底の形が崩れている。チーズは良くできていて、食欲をそそる。

「お味はどうかしら?」

「クセになりそうな味ですね。
 俺はこういう味付けの方が好きです」

「うん。良かった。嘘じゃなさそうね」

俺がフォークを口に運ぶ間もカコさんは
油断なく俺を観察していた。
不愉快だな。俺は人の作ったものに
お世辞を言う趣味はないよ。

これでも自称食通なんだ。

「ミウがボリシェビキに目覚めた原因は君ね。堀太盛君」

「どういう意味でしょうか?」

「私はこの家にナツキ君を何度か来てもらって、
 いろいろと事情を聴かせてもらったわ。
 最初はミウが生徒を粛清する立場の組織に
 いるなんて妄想の一種だと思ったけどね」

ママさんの話によると、娘が生徒会の役員として
学園のために一生懸命働いていると思っていたとのこと。
それはそうだろうな。普通の学校だったら生徒会にいるだけでも
エリート扱いだろうよ。

「旦那もすごく喜んじゃって、同僚にも自慢したほどなの。
 当時は生徒会の正体がボリシェビキ
 だったなんて知らなかったわ」

ミウが生徒会へ入ったのも、三号室にいる俺を解放したいがため。
俺ともう一度再開したかった。普通の彼氏彼女に戻りたかった。
純粋な乙女心がそもそもの八端であった。
それ自体ミウに罪はないことである。以上がママさんの主張だ。

俺だって異論はない。ミウはもともと純粋で少し怒りっぽくて、
普段は気の弱い女の子だった。

記憶喪失してたのも初めはギャグだと思っていたが、
どうやらマジだった。俺はあの子のことが心配で話しかけて……。
それがすべてのきっかけで……。

「逆に質問させてください」

「なに?」

「カコさんはどうしてボリシェビキになったのですか?」

「さあ、どうしてかしらね」

ティーカップに注がれた紅茶に手を伸ばし、
気品に満ちた動作で口に運んだ。

「娘の仕事を理解したいと思って、私も生徒会の発行する
 ビラや新聞をよく読んでたの。娘の部屋を掃除すると
 マルクス・レーニンの書籍が山のように見つかる。
 暇な時間にそれを読んでいたら、気が付いたら目覚めていたわ」

「一つ聞きたいんですけど、ボリシェビキとして
 反対主義者を粛清、監禁したりすることに
 罪悪感はありますか?」

「ないわ」

なんて冷たい視線だ。これがこの人の本性か。

「必要ない人をこの世から消し去るのはね……
 それは必要ことだからよ」

俺は視線だけで続きの説明を要求した。

「人類の歴史が証明しているわ。全ての人間に人権を認めたのが
 フランス人権宣言だけど、結局人類は幸せになれなかった。
 資本主義が続けば人類はいずれ滅びるわ。戦争の火種にもなるし、
 弱肉強食の世の中で弱い者が永遠と虐げられる」

「俺は今の日本がそこまで腐っているとは思えません」

「市場経済って言葉があるでしょう? 
経済のグローバル化は自由市場を加速させた。
 これこそ資本主義の弱肉強食を端的に表しているわ」

「どういうことですか?」

「賃金。雇用。価格。機会。全て市場の原理によって動かされているの。
 市場にしろ、金融にしろ、世界経済での動きは
 一部のお金持ち(資本家)によって牛耳られていて、
 99%の人類はこれの犠牲になって、永遠に賃金奴隷として
 過ごさないといけないの」

「99%が貧乏だって言いたいんでしょうけど、
さすがに多すぎませんか? 数字の根拠は?」

「あ、ごめんなさい。これは日本の例なのよ」

ママさんは高校生の俺にも理解できるように
簡単な言葉で説明してくれた。

バブル崩壊以降30年近く続いたデフレ。
自民党の政権奪回後、安倍政権下で行われた
アベノミクスの成果は、大企業の収益を増やした。

企業は人件費削減のために非正規雇用を増やし、
50代など脂の乗った世代を希望退職させている。
(50代の一社当たり数百人レベルの解雇は、東証一部上場の
各企業で現在でも継続中である。大変な問題となっている)

逆に新卒を積極的に採用しているため、売り手市場となっている。
このように世代の入れ替えを行うことで積極的な
投資を行っているように見えるが、売り手市場の原因は『人手不足』

『今ごろ企業で働き盛りのはずの30代40代を、不景気を理由に
 正規で採用しなかったため、特定の世代で空白化が発生。
 その穴埋めのための採用であり、【断じて】アベノミクスの効果ではない』

↑スガ官房長官が誇らしげに有効求人倍率を報道で発表するが、
実際は長時間労働のブラック企業か、低賃金奴隷労働の職場などが
採用を増やしているだけであり、全く労働者にとって良い環境ではない。

この国の労働人口(6000万)のおよそ4割が非正規。

企業は増収分を賃金には還元せず、内部留保を増やした。
その積み上げた資金を海外への投融資へ向け、
設けた分を株式の配当、株価の上昇、高額な
経営者報酬と言う形で還元している。

株式に関しては。日銀のETFの買い入れ(総額20兆)、
円安への誘導、マイナス金利の導入もあり、
政府主導で日経平均株価を引き上げている。

この国の中央銀行(日銀)は独立性が守られていない。
本来なら政府の意思とは関係なく金融政策を
行えるはずなのに、
財務省の言いなりと化している『謎の組織』である。
(黒田総裁は元官僚である)

日銀の大規模な金融緩和は、確かに銀行から企業へ
の融資を促進させる効果はあった。

一方で超低金利のために銀行は運用に苦しみ、やむを得ず
低い利回りしか期待できない公債を購入するに至った。
公債を買わされていると言い換えてもいい。

国民もいくら銀行預金を増やしてもお金は増えない。

とあるFPの計算では、普通預金で一万円の利息を稼ぐために
一億三千万円の預金残高が必要だと言う。
それほど深刻な低金利なのだ。

企業や富裕層(資本家)を唯一の主役とする資本主義。

金融資産を保有する金持ちはどこまでも設け、
貧乏人はどうやってもお金持ちにはなれず、
一生地を這うことになる。

NHK発表。子供の貧困世帯、五人に一人。
これは子供のいる世帯の総収入が、
およそ11万円以下の場合を指す。
(地域によって物価が異なるので一概に言えない)

生活保護者の数、2018年に164万世帯超え。
シングルマザーの比率が年々高まる。

2018年の衆議院予算委員会で提出された資料。
日銀調べによる、貯蓄ゼロ世帯の数。

20代      61% 
30代〜50代   全て40%以上
60代      37%

(あくまで銀行預金の残高を調べたものだろうから、
 タンス預金などの例外は除外されているが、
 深刻な問題である)

この一方で、持てる者は億単位の資産を
平気で保有しているのである。

『格差がある』

などというレベルの話ではなくなった。
これが今の日本経済の現状なのである。

「社会で働いてる人って、もっとお金貯めてるのかと
 思ってました。貯金がない人は将来どうするんでしょうね」

「はっきり言って飢え死にするわね。60代以降も企業の
 奴隷となって働くしかないわ。
 年金の支給開始時期が遅れているのが現状。
 つい最近、政府与党案が発表されたけど、
 今後は67歳以降で満額支給にするそうよ」

「ひどいっすね……」

正直学生の俺に年金の話されても全くピンとこないけどな。
支給年齢の引き上げは、政府のせいじゃなくて
ただ単に国民の平均寿命が上がったからじゃないのか?

ママさんは語り口調は優しくて、先生よりも
分かりやすい感じなんだけど、内容そのものが難しい。

俺高校生だし、経済の勉強なんてしたことないから
真面目に考えたら知恵熱出ちまうよ。

「でも老人になったら生活保護とか受けられません?」

「無理ね」

なんでだ? 食べるのが難しくなった人を
食わすための制度なんじゃないの?

「そんなことしたら国の財政赤字が増えるでしょ。
 たとえば、市役所に生保を申請しに行っても、
 まだ丈夫で働ける人に関してはどんどん
 働きなさいと言われておしまいよ」

「審査とか、厳しいんですか?」

→数年前の大阪市役所の実例。
 
 ある寡婦(離婚した人のこと)が、
 三人の幼子がいるため、生保の申請に行ったところ、
 『離婚したのは自己責任』
 『母親本人は心身ともに健康であり、
  働く場所を探すことはできる』 として却下された。

「当たり前でしょ。行政だって馬鹿じゃないんだから、
 そう簡単に国税をばらまいたりしないわよ。
 政府の財政支出の35パーくらいが社会保障費に
 使われてるわね。これに比べたら防衛費なんか甘いわ。
 だって6.8%しか使ってないもの」

政府の財政……? そんなの学校で習ってないから知らねえ。
この人、主婦なのにそんなことまで知ってるのかよ。すげえな。

「うちの国は数字だけは経済大国だから、
 一般会計で97兆くらいの予算があるんだけど、
(うち三割が国債を発行してまかなっている) 
 そのうちの三割強が社会保障費よ? 
 しかも今後はもっと増える。破滅的な額じゃない」

「なるほど。それ以上増やしたら、国が破たんしてしまいますね」

いつまで経済の話が続くんだろう。
ずっと聞いてると疲れるから、
早くこの話を終わらせてほしい。

「つまりママさんは日本の資本主義が嫌いだと」

俺は紅茶を飲み干した。
すっかり冷めちまって味が分からない。

「それと金持ちがいるのが許せないってことなんですね?
 気持ちは分かりますけど、おかしいじゃないですか。
 高野家は裕福なんでしょう? 
 旦那さんが高収入だと聞いてますけど」

「旦那の収入は、自慢じゃないけど今国会で提出された
 高度プロフェッショナル制度に該当するくらいの 
 金額はもらっているわ」

どんな制度なのか全く分からないので
スマホで調べてみた。
日本の労働者に6%しか存在しないと言われる、
年収が1075万を超える人……。

旦那さんは経済系のアナリスト? 
よく分からないけど、専門家ということか。

「ミウのお財布に外食チェーンの
 優待券がぎっしり入ってましたよ」

「ん? 株のことを言ってるのね。
 優待券はお小遣いであの子に与えているの。
 うちの旦那がそっち系の仕事をしているから、
 私も趣味で資産運用しているのよ」

かなりの額の投資をしてそうだな。
さすがに具体的な金額までは聞けないけど。

高野家がすごい金持ちなのは間違いない。
しかもここは一括購入の
分譲マンションでローンもないという。

「俺は、共産主義は貧乏人のひがみだと思っていました。
 カコさんがボリシェビキに目覚めた理由が分かりません」

「愚問ね。かつてウラジーミル・イリイチ・レーニンの父は
 学者だった。レーニンは中流階級の家庭で育ちながら、
 やがてソ連の初代最高権力者となった。彼の思想の根本は
 貧困世帯を救おうという、政治的な思想であり、慈愛なの」

共産主義は資本家階級、特権階級を絶対に許さない。
彼らを抹殺し、資産を没収し、全ての国民に
富を均等に分配する。

私有財産の否定。国民には財産の保有を許さない。
趣味の買い物、無駄遣い、衝動買いを制限する。
その代わり社会保障によって
国民の生活不安は完全に政府が保証する。

具体的には、住居費、医療費、入院費、介護費、
出産、育児、養育費、学費、全て国が負担するので、
そもそも国民が将来不安を感じて貯蓄をする意義がなくなる。

もっと噛み砕くと、すべての国民が
国(親)に扶養されるようなものである。
誰だって子供時代は親からお小遣いをもらうか、
自分でアルバイトをして好きな物を買ったはずである。

子供ゆえに自由はなかったと思うが、
不幸な家庭でない限りは、
生活の保障はされていたはずだ。

たとえばキューバは医療費、入院費、完全無償。
一部のアパートの家賃も無料。
イラクの旧フセイン政府、結婚した国民には
一時給付金100万と車が無償で提供。

『金がない奴は死ね』
『貧乏は自己責任』
『70歳を過ぎても働け』

日本政府のこういった本音とは真逆の世界である。

全ての企業が国営化されるので、利潤目的で
労働者が賃金奴隷になることもなくなるという。

そんな夢みたいなことが本当にできるのかねえ?
俺には童話みたいな話にしか聞こえないよ。


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