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作品名:『学園生活』改 〜愛と収容所と五人の男女〜 作者:なおちー

第12回   「俺たちはマリカさんに着いて行くよ」
〜堀太盛〜

「か〜のじょは良い人〜〜!! 正義の人〜〜♪」

「everybody likes her. She is our hope♪」

「私たちはマリカさんの味方ですから!!
 マリカさんのことが大好きです!!」

「うおおおおっ!! マリカさぁぁあん!!」

なんだ? クラス中が騒ぎ始めたぞ。
口々にマリカさんを褒めちぎり、
即席の歌まで歌う奴までいるじゃないか。

「マリカさん、愛してます!!」
「マリカさん、負けないで!!」
「正義の人、マリカさん!!」
「俺もマリカさんのことが大好きです!!」

井上マリカさんと呼ぶのは俺だけじゃなく
クラスの総意だったのか。
これはすごい事態だぞ。

生徒会に強制されたわけではなく、
自主的にマリカさんを褒めたたえるクラス一同。

「マリカさ〜〜ん!! 君がこのクラスの代表になってくれよ!!」
「マリカ様!! マリッカさまぁあああ!! 素敵〜〜!!」
「マリカ様〜〜〜〜〜〜!!  私を抱いてください!!」

マリカさんの頬にキスしてる女子までいるぞ。
若干レズの疑いがあるが、スルーしよう。

ミウはこの予想外の騒動に激しく動揺していた。

マリカさんの演説の効果で
クラス全員がマリカ派になってしまったらしい。
マリカさんの影響力は絶大だな。

「ちょっとうるさいよー。はいみんな、静かにしてー」

険しい顔でミウが言ってもみんなは止まらない。
むしろ勢いはどんどん強くなっていく。

これが一組の連帯感の強さなのか?
マリカさんコールはライブ会場のごとく。
声援、応援歌となり、怒号となって収容所を揺らしている。

様子を見にイワノフが入って来たが、
驚いて固まっている。

「貴様ら、静かにせんか!!」

イワノフの言葉など一瞬でかき消された。
収容所のマリッカ・コールは止まらない。

クラスメイトの集団がマリッカさんを守るように
囲み、ミウとイワノフに対して猛抗議している。

「マリッカさんをいじめるなら、俺を最初にやれ!!」
「そうよそうよ!! 私も地下室に行くわ!!」
「みんな一緒に死ねば怖くねえよ!!」
「彼女を一人で死なせたりしないわ!!」
「死ぬときはクラス全員で死にましょう!!」

どうでもいいが、なんでマリッカさんになってるんだ?
俺も自然とマリッカさんと呼んでしまった。

戦場を思わせるほどの怒号。
革命的情熱とでも呼ぼうか。
これが俺たちのクラスの底力なのか。

「We love marika !! we love marika !! marika with us !!
 Our class wants marika !! marika goes with us !!」

今度は英語でラップ風に熱唱しているぞ。

全ては、井上マリカさんという一人の女性を
救いたいため。この世界で唯一存在する優良で
善良な女性を守ろうとするため。

その思いは、ついに生徒会長の元へと届くのだった。

「いったい何の騒ぎだ……?」

生徒会長・ボリシェビキの最高権力者。
高倉ナツキ殿である。
俺たちの騒動を見て仰天していた。

「おいイワノフ」 「はっ」

部下から報告を聞き、一瞬で事情を察したようだ。
さすが頭の回転が速いな。

「旧一組のみなさん。静粛にしなさい!! 静粛に!!」

ナツキの言葉も無視してみんなは騒ぎ続けていた。
仕方ないのでナツキは黒板にでかい文字を書いていった。

『君たちの訴えを認める』

その文字を見て、少しずつ騒ぎが収まっていった。

『井上マリカの処罰を保留にする。
井上をこのクラスの代表に選出すること。
他の代表は井上の推薦で選ぶこと。
今日の帰りまでに委員の代表を
我々に提出すること。以上』

ナツキは、ミウとイワノフを従えて去っていった。
マジか……。俺たちは生徒会の奴らに勝ったのか?

マリカさんの地下室行きを保留って……。
言い方をぼかしただけで取り消したのと同じだよな?
ってことは……。

「うわああああああああああああああ!! マリカさぁぁん!!」
「マリカさんが無事でよかったぁああああああああ!!」
「マリカさん大好きです!! 結婚してください!!」
「マリカさあああん!! マリカさあああん!! うわああああん!!」

結婚とかぬかしている野郎がいるが、今の流れなら
許されるだろう。男子女子がマリッカさんに群がり、
胴上げを始めた。マリカさんは涙を流しながら喜んでいる。

この感動の一瞬を、俺とエリカは寄り添いながら
見守っていた。エリカの美しい横顔を見ながら俺は聞いた。

「君もマリッカさんを支持するか?」
「もちろん。彼女は最高よ」

胴上げメンバーにはマサヤも含まれている。
これでクラス全員がマリッカさん派になった。

その後、マリカさんによって
クラスの代表が指名された。
代表計五名をここに書き出しておく。

『マリカ』
『俺』
『エリカ』
『マサヤ』
『横田リエ』

おい最後。先生が入ってるのか。

「先生は代表に入れないとさすがにね」

マリカ代表が説明した。
まあ担任だったし、確かにな。
ここでは教員として扱うと規則違反のため
横田さんと呼ばれることになるが。

「彼女はかなりの切れ者だよ」

切れ者……。そうか。
マリカさんが言うならよほどの賢者なのだろう。
顔だけが取り柄の先生だと思っていたがな。

他の俺、マサヤ、エリカは
クラス委員経験者なので選ばれたんだろうな。

それより俺を良く選んでくれたな。

「堀は悪い人じゃないと思うから」

マリッカさん……ありがとうございます。

「でもクラス単位での主要所送りを
 進言したのは少し根に持つけどね」

すみません。

とにもかくにも、クラスの代表名簿を作り、
生徒会に提出する流れとなった。

俺たちは、今日このあとの予定がないので、
三時前には帰宅していいことになった。

あれ? ルールを作るんじゃなかったの?

「このクラスの対応について生徒会中央員会で
 話し合われるそうだ。のちにどんな処分が下されても
 いいように覚悟をしておけ」

この執行部員さん、俺にアメ玉をくれた優しいロシア人だ。
みんなが解散し、収容所から廊下へと出ていく。

解散時間になると鉄条網の隙間が開き、
出られるようになる。分かりにくかったら、
鉄条網付きの自動ドアを想像すればいい。

たぶん他の学校にもこういうのあるだろ。

「なあ」

ロシア人の方は俺を引き留めた。
鉄条網の近くで立ち話をすることになった。

「堀。おまえも気の毒な男だな。間が悪い。
 せっかく三号室から出れたのにまた収容所行きとはな」

「はは。まあ慣れてるからいいですよ。
 ここは人が多いから寂しくないです」

「三号室の小倉は元気に過ごしているぞ。
 おまえがいなくてさみそうだったが」

「そうですか……あの子が病気とか
 してなければそれでいいです」

「機会があればお前らを会わせてやりたいだが、
 俺も上に逆らったら収容所行きの身だ。すまんな」

「いえいえ。お気持ちだけでうれしいです」

俺が頭を下げると、彼はますます気を良くした。

彼らは二号室を中心とした囚人の反乱に
かなり困っているらしく、逆に模範囚である
俺には良い感情を抱いているらしい。

「病気と言えば斎藤だな。斎藤マリーだよ。
 あの子はミウ閣下の再三の謝罪にも耳を傾けなかった。
 むしろおまえさんが6号室送りになったことを
 恨んでいて、より態度を硬化させているそうだ」

「そうですか……あの子の気持ちもわかるけど、
 そんな態度ばっかり取ってると後が怖いですね」

「ミウ閣下も困り果てているようだな。
 おそらくだが、おまえが7号室で直接面会して
 彼女を説得することになるかもしれぬ」

「また7号室ですか……。
 正直あそこは苦手なんですよね」

「実は俺もだ」

「え? そうなんですか?」

「俺は7号室の仕事はしたことがないが、友人の話では
 泊まり込みの仕事なので心身共にハードらしい。
 ミウ閣下の威信にかけて設置された収容所であり、
 元爆破テロ犯を収容してることもあって規則が厳しい」

「ここよりもですか?」

「うむ。つい先日だが、夜中に集団脱走を許してしまった。
 4メートルの塀と、鉄条網と有刺鉄線で囲まれているが、
 それでも脱走する」

「どうやってですか? 空でも飛ぶんですか?」

「穴だよ。収容所の床をぶちぬき、10日以上かけて
 穴を掘り続けた。掘った床は見えないように布を
 かぶせて偽装し、監視の目を欺いた」

「すごい根性ですね。知能犯でしょうか」

「知能犯だろうな。あの一年生どもは、
 ずいぶんと知恵が回る。12名の脱走が
 確認されたが、その後の行方は不明だ」

「それじゃお友達も苦労しますね。
 友達もロシア系の方なんですか?」

「そうだ。俺の友達はみんなロ系である。
 いや、少し日本人もいたかな。
 実はあまり日本の文化になじめなくてだな…」

立ち話は15分ほど続いた。

俺が玄関へ向かうと、彼が手を振ってくれる。
気が付いたら俺たちは友達のような関係になっていた。

彼の名前はスミルノフと言うらしい。
名前で呼んでいいと言うので遠慮なく呼ばせてもらおう。

囚人と看守の立場なのに利害関係なく、
雑談ができるのは貴重だった。

特に七号室のことを教えてくれるのは助かる。
三号室出身で得することもあるんだな。



マリッカ代表を中心とした
収容所クラスでの生活が始まった。

中央委員会の決定により、俺たちのクラスの名称が
収容所6号室所属、第5特別クラスとなった。

要は旧一年五組の場所にあり、
さらに特別ということなのだろう。

……何が特別なんだ?

「自治権が認められている点です」

井上マリカ代表が俺たちの前で発表した。
彼女は朝のHRをする権利があるのだ。

「私は代表として中央委員会に出頭を命じられ、
 会長殿から直接指示書を頂いてきました。
 私達特別クラスに以下のことを求めているようです」

・規則等は代表を中心とした会議で決めてよい。
・ただし、反ボリシェビキ的思想に陥らない範囲内で。
・全ての囚人に規則を遵守させること。

・反乱、脱走が起きないように各代表が管理すること
・上の事態が発生し場合、全ての代表が責任を負う
・その場合は代表の指示によって生徒を処罰すること

・具体的な方法は代表らが考えること。
・模範囚として過ごせば、元のクラスへ復帰の可能性がある

「みなさん。これはつまりですね」

マリッカさんが教卓に手を着き、続ける。

「私たちが自分たちを律するルールを作っていいということです。
 普通は生徒会の規則を一律全ての生徒に適用しますが、
 私たちのクラスだけは特別に自治が認められているんですよ」

少し難しかったので多くの生徒が首を傾げた。

「つまり、クラス内の反乱分子がいたら自分たちで
 決めたルールで処罰できるの。普通は執行部が来るでしょ?
 そうじゃなくて私たちがやるの。このクラスで執行部に
 値する者を作ればいいって意味だよ」

正直ぞっとした。クラスメイトを処罰する役なんて
誰もやりたくねーよ。

「もちろん私もそんなことしたくありません。
 私の意見を言うとですね、これは疑心暗鬼で
 クラス内の結束を乱そうとする策略なのでしょう」

ふむふむ。なるほど。

「私は代表ですが、私が代表にふさわしい人間だとは
 思っていません。これから他の代表を四人招集して
 ゆっくり話し合って規則を決めます。すぐに
 結論が出ることではないので、少しだけ時間をください」

その後、代表以外の生徒は授業を受けることになった。

体力づくりのマラソン、体操、マスゲーム(集団行動)。
座学ではロシア語会話、文法の勉強。

共産主義系の書籍の読書。その感想を永遠と
書かされたりと、三号室と変わらない。

本来の特進クラスの勉強内容とは
かけはなれているが、学習内容は生徒会からの
強制なので逆らうわけにいかない。

みんなは基本的に優等生の集まりなので
黙々と勉強に励むのだった。

「さてと。規則だけど、実際の法律を
 参考にしながら考えて行こうか」

マリッカさんが草案をまとめた書類をテーブルに置く。
彼女は夜も寝ないで法律を考えてくれたらしい。

俺たちは特別に会議室を解放してもらい、
そこに俺を含めた代表が集まって話しあっていた。

横田リエはやる気がなく、うわの空だ。
俺とエリカはマリッカさんの説明を夢中で聞いている。
やはり彼女は賢者であり、すごく説得力がある。

マサヤの野郎は、なぜか俺をにらんでいる。
なに見てんだよ。死ねよ。

「私たち代表五人は、ソ連を参考に『クラス会議』
 と名付けようか。他の生徒も全員話し合いに参加
 できるように民主的な組織にしよう」

マリッカさん主導で『法律』が作られていくのだった。

〜法律ができるまで〜

・法律の原案はクラス会議(俺ら)が提出する

・クラス全員参加の会議で、多数決を取り、
 過半数の支持を得た場合に法律化する。


〜最高権力者の処遇〜

・定期的に井上と他の代表に対する支持率の調査を行う。
 支持率が低い場合は不信任決議をしてよい。
 つまり代表を解任する権利を
 全てのクラスメイトが有する

・上の内容は、井上の独裁を否定するためのものである。
 井上以外の人が代表になった場合もこの法律を継続する

〜生徒の取り締まり〜

・今後考えられる全ての法律は、
 我ら第五特別クラスから反乱を防ぐためのものであり、
 生徒を恣意的に虐待するためではない

・反乱が起きた場合は、犯人に対しクラス裁判をする。
 弁護人と検察官を投票によって決定し、公平な
 裁判にして被告の意見をしっかりと聞くこと。
 裁判官は井上代表が兼ねる。

・反乱が起きそうな場合、恐れのある場合など、
 不確実な場合には逮捕はできない。
 
・第五クラスで執行部は基本的に作らないことにする。
 逮捕する側の人間を作ることがクラスの団結力を
 削ぎ、内乱を誘発させる恐れがある。

・生徒の逮捕が必要な場合は、クラス総出で
 取り締まることにするが、あくまで最終手段とする。

・我々が法律を作る目的は、反乱を未然に防ぎ、
 模範囚として過ごすことによって刑期を短縮し、
 一日でも早く元のクラスへの復帰を目指すものである

〜クラスの心構え〜

・クラスメイトに対して博愛の精神をもって接し、
 正義と自由の心をもって日々を送ること。
 人間の善意が世の中を良くすることを忘れないこと。

さすがだな、マリカさんは。

この草案を俺たちは満場一致で可決した。

その後、クラスの全体会議での話し合いが行われた。
全員の席にプリントのコピーが配られた。
今説明したのは一部だけなので、全体ではすごい量だ。

今までさんざん馬鹿にしたが、
うちのクラスは勉強のできる奴ばかりだ。

誰もが草案を熟読し、納得し、うなずいている。
この時点で反対者などいないのが分かる。

そもそも俺たち高校生だから
法律を作るなんて高度なことできねーよ。

マリッカさんの考えは俺も素晴らしいと思うよ。

心構えも素晴らしいが、マリッカさんは
自分が独裁者にならないように配慮している。

日本の議会制民主主義をパクったようだが、
融通の利かない生徒会のキチガイとは大違いだ。

さらに生徒の取り締まりも最大限控えて、
裁判でしっかりと言い分を聞くのも良い。
マリッカさんは民主的で合理的、
文明的で正義の心を持っているな。

「私は賛成します」「僕もです」「素晴らしい」「彼女は英雄だ」
「非の打ちどころがありません」「マリッカタン、まんせー」

変なこと言ってる奴もいるが、みんな賛成してるな。
マサヤが拍手したのにつられ、盛大な拍手に包まれる。
マサヤの野郎はこういう音頭取りが無駄にうまいな。

教室内のマリカさんを見つめる視線は暖かく、
誰もが新しいリーダーに期待を示していた。

ぜひ一言くださいとのことで、
マリッカさんが教卓の上に立つのだった。

「私をミウ殿に面と向かって正論を言った大英雄だと、
 そう言ってくれる人がたくさんいますが、
 私はたまたまムカついたのでまくし立てただけです。
 本当は私よりも代表にふさわしい人はたくさんいます」

いやいや。そんなご謙遜を。

「今回のクラス内法律は無事可決しましたが、
 生まれたばかりの法律ですので不備が多いかと思います。
 ですから、おかしなところがあれば、またクラス全体で
 話しあって修正していきましょう」

「法律にも書きましたが、私は偉くもなんともないので
 いつ解任してくれても構いません。私がもし増長して
 みんなに迷惑をかけるようでしたら、私本人、もしくは
 他の代表の人に遠慮なく苦情を出してください」

俺はたまらず拍手した。ミウと違い、謙虚なところが美徳だ。
他の奴らは席を立ち、拍手と声援を送るのだった。

「みんなで頑張っていこうぜ!!」「きゃああ。マリカ様素敵!!」
「君こそ俺たちの代表にふさわしいぜ!!」
「あんたを支持する人はたくさんいるからね!!」
「みんなでマリカさんを支えましょう!!」
「少なくとも俺は反乱なんて起こす気はねえから安心しろ!!」

最後に言った奴の言葉が、実は全てのクラスメイトの
意思を代弁していたのだった。

その後二週間近く経ったが、反乱も脱走も抵抗も
何も起きなかった。マリッカさんは脱走をかなり
警戒していたらしい。

仮に脱走が起きた場合は、外で執行部に捕まり、
このクラスへ戻される。その後、クラス裁判の流れだ。
マリッカさんは自分が裁判官を務めるから、
クラスメイトを裁かなければならない。

その罪の意識で押しつぶされそうだったとのこと。
何て良い人なんだ。

バカをしたら彼女に迷惑がかかる。
これが我々の共通認識であり、
マリッカさんの心配は杞憂に終わるのだった。

彼女はなぜか自分が代表にふさわしくないと
言っていたが、そんなこと思ってるのは
彼女一人だけだった。
俺たちは彼女以外の代表など望んでいない。

ちなみにもうすぐ年末なので
代表の支持率の調査をしてみたのだ。

マリカ…100% ←まあそうだろう。

マリカさん以外の代名は…

俺…   3%
エリカ… 5%
マサヤ… 72%
横田リエ…34%

……先生が低いな。

俺は元囚人で六号室行きの原因を作った張本人。
支持率は限りなくゼロに近い。

エリカは俺の恋人ポジが効いたか? 
しかも兄と姉が粛清済み。俺と同様最悪だ。

マサヤは口が達者で攻撃的すぎるが、
それでも支持されてるようだな。

横田リエは魂が抜けている。
会議中もぼけっとしていて、
何考えてるのか分からなかった。

美人だけじゃ支持されなかったか。
一応元担任なのにみんな冷たいな。

この調査の結果、マリカさんとマサヤ以外に代表の
適任者がいないことが分かった。
だが他に代表をやりたい人も現れない。

別にいなくても問題ないだろう。
俺たち代人は一度もマリカさんに
意見したことがなかった。

別にマリカさんに遠慮したわけではなく、
彼女が間違ったことを一度も言わないから、
こっちも指摘することがない。

そのため、我々第五特別クラスは、
マリカさん独裁状態になってしまっている。

これが面白いことに、彼女の独裁を認めるべきとの
声が多数上がっているほどだ。
これはかつてソ連が目指した民主独裁制であった。

つまり民衆の支持のもとに独裁者が選出される。
マリッカさんが否定した独裁性が、むしろ
クラスメイトの支持によって確立するという、
奇妙な展開であった。

「私が偉くなってみんなを混乱させるわけにはいきません。
 私は家ではファザコンだし、泣き虫だし、
 運動も苦手。人前に出るような器じゃありません」

彼女がHRでそう言うが、拍手が鳴りやまない。

支持率100%とは、有権者の数が
たったの一クラス分にしてもギネス級の記録である。
まさに小説の世界であり、
普通どんな人間でも有頂天になるだろう。

それなのに。

相も変わらず謙虚さを捨てない彼女の姿勢が、
ますますクラスを感動させるのだった。

「お父様を大切にするのは良いことじゃないか」
「お父さんは弁護士らしいぞ。きっと素晴らしい方なのだろう」
「なるほど。マリッカさんは父上殿に似て聡明なのだな」

「女子なんだから泣き虫って別に気にする必要なくない?」
「私も嫌なことがあったらよく泣くよ」
「うんうん。こんな学校にいたら誰だって泣くわ」

「別に運動ができるからって偉いわけでもねーよな」
「つか俺ら、進学クラスだから運動苦手な奴ばっかじゃね?」
「俺なんてマラソン二周するだけで限界だわw」

マリッカさんは自虐をしてもこの有様なのである。
彼女を否定する奴は心がないとまで言われるほどだった。

井上マリカさんはクリスチャンにとっての
聖母マリア様並みの存在と言っても過言ではなかった。

そんなこんなで、ついに12月24日のクリスマス・イブを迎えた。
イブもクリスマスも平日なので当然のように出勤、
じゃなくて登校するのだ。

…最近。自分が会社勤めしてる気分になるのは気のせいか?

「ロシア語の格変化は複雑ですが、一度覚えてしまえば
 そんなに難しくはありません。文法が簡略された英語との
 違いを考えながら、しっかりと覚えてください」

ナツキ会長は、わざわざ収容所でもロシア語の教師を
してくれるのだ。彼も忙しいのだから、さすがに
全ての収容所を回ってるわけではないのだろうが。

俺たちは今、ロシア語の基礎文法を習っている。
文法は大変に重要だと会長は言う。

文法を学ばないと、聞くことはできても
話すときに絶対に困るそうだ。

みながシャープペンを素早く走らせ、板書していく。
我々はエリートクラスなので勉強はお手の物だ。

文系クラスで特に英語が得意な奴らの集まりなので、
ロシア語にも応用が利く。

「May I have a question sir ?」(質問してもいいですか?)

「Go ahead, boy」(どうぞ男子よ)

「In a sentence at page of 26, maybe… is there something
  wrong with japanese translation ?」
(26ページの分ですが、日本語訳に違和感があります)

「uhh… where? Show me where is it ?」
(分からんな。どこだ?)

「It’s here sir.」(ここです)

その男がナツキ会長の元へ直接教科書を持っていく。
しばらく二人で話し合ってるが、
俺はまったく蚊帳の外にいた。

なんで当然のように英語で質疑してんだこの二人は?
ナツキ会長はCBS(カイロ・ブリティッシュ・スクール)
の出身なので英語は友達のようなものらしい。

この眼鏡をかけた男子は当然のように
英語を話すから、すげえな。俺も少しは話せるが、
日常会話程度だ。授業内容を質問するとか無理だろ。

「Russian is not international language, sir.
 Our people of Japanese, we haven’t seen
 Any Russian people before. And we’ve ever
 listened a sound of Russian.」

「Well, I sse. I do see. That is the good point, I think.
 You are a man of intelligence. You know what
 is most important for learning language.」

「Do you mind? If I say you should translate Russian
to English. English is a language of Europe.
It will help us to Understand Russian language.」

さっきから何言ってんだこの二人は? 
早口だからよく分からんぞ。

ロシア人そのものと言語の音に慣れてないから
日本人には難しい? ロシア語は世界言語じゃない?
そんなこと言ってるみたいだな。

会長は良い指摘だと褒めているようだが。

「確かに日本語とは文法が違いすぎるから
 翻訳の過程でニュアンスが変わるな。
 では田村君の指摘により、英訳も書いていこう」

まじで? 黒板にはロシア語の英訳と日本語訳が
並ぶようになったぞ。三か国語で学べるのかよ。
それぞれの言語で全く別のニュアンスになるから不思議だ。

会長はさらにドイツ語の例も出し、
西洋言語に当然あるはずの格変化と男性女性名詞が
なぜか英語にはないことを力説し始めた。

「英語はゲルマン語派に属する言語なので
 ドイツ語とは兄弟言語に当たる。
 音も似ているだろう。母音が少なく、
語尾に子音が多用されるところが分かりやすいか」

こういうのを比較言語学っていうのか?
もはや大学の講義のレベルだ。
収容所六号室ってこんなに高度なのか?

生徒達は気になった箇所を進んで質問するし、
ナツキ会長の間違いもどんどん指摘する。

ナツキ会長はロシア語の教師だが、俺たちと同い年。
どんなに賢くても答えられないこともある。

クラスの奴らの学力が高すぎると先生も大変だ。

「私が代わりに教えてあげるわ」

エリカが席を立って説明を始めたりと、
なにかとナツキを手伝っていた。
エリカは祖父がソ連出身だからロシア語がペラペラだ。

彼女曰く、カフカース地方(グルジア)の訛りがあって
決して美しい発音ではないそうだが、そもそも
俺には標準ロシア語の発音が分からない。

「なーにがロシア語よ。だばーい、だばーい。
バッカじゃないの。あごーい」

俺の隣の席でほざいているのは、横田リエだ。
ダバイは急げと言う意味だが、ロシア語の初歩にしても
ほどがあり過ぎる。アゴーイは発射。軍事用語だ。

横田さんはすっかりふてくされてしまい、授業中も
頬杖をついてぼーっとしたり、昼寝をしたり、
たまに童謡を歌うなどフリーダムを謳歌している。

この人は収容されてからすっかり人が変わってしまった。

「なによ堀君?」

いや。こっちのセリフですよ。
ノートくらい取ったらどうですか?

「なんで教員の私がノートなんて取らなくちゃ
 いけないの? てかロシア語とかアホみたいな
 発音だし、学ぶ気にならないよね普通?」

そんなこと言ってるとマリッカさんが困りますよ。

「あの子、私には何も言ってこないじゃない」

たぶん元先生だから遠慮してるんですよ。

「ならちょうどいいわ。
 私はここで空気のように過ごすから。
 眠くなったら寝るから邪魔しないでね?」

会長にもにらまれてますけど、大丈夫ですか?

「大丈夫、このクラスは自治権があるから。
 マリカちゃんの機嫌だけ取っとけばいいのよ。
 ふぁー。また眠くなっちゃった。
 昨夜は二時までお酒飲んでたのよねー」

なんて適当な女性なんだ。
要するにやさぐれてしまったんですね。

先生は机に突っ伏してよだれを垂らしながら寝始めた。
どうしようもないので、とりあえず放置しておこう。


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