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作品名:『学園生活』改 〜愛と収容所と五人の男女〜 作者:なおちー

第10回   10
〜橘エリカ〜

わざわざ生徒会長を連れて来るなんてすごい執念ね。
そこまでして太盛君を言い負かしたいのかしら。

「生徒会長殿。こんな茶番に付き合わせてしまって
 申し訳ありません。マサヤのことは忘れて
 執務に戻ってはいただけませんか?」

「これも仕事だから気にしないでくれ太盛君。
 君が授業を妨害したのは事実。
 まず両者の言い分を聞いておこうと思う」

ナツキ君はあくまで調停役をするつもりなのね。
確かにクラス内のもめごとは、クラス内で処理するか、
それが困難な場合は生徒会の人間に頼るのがルールね。

ナツキ君は部下がたくさんいるでしょ。
会長を連れてくるのはやり過ぎだと思うけど。

「実は僕は二組でロシア語の指導を
 していたところだ。ちょうど君たちの
 大きな声が聞こえてきたら、心配はしていたよ」

ナツキ君は二年二組の生徒。なるほど。
だからマサヤが呼びに行ってすぐに来たのね。

ロシア語の指導は、生徒会が独自に組み込んだ授業。
英語の授業時間が半分削られてロシア語にするそうだけど。
ナツキ君は聡明だから教員の代わりもできる。

「さてと。マサヤ君からおおむねの事情は聞いているよ。
 話し合いの争点は、小倉カナの席がないことが
 彼女の名誉の侵害、侮辱につながるかどうかだね。
 またそのことが1組の生徒の総意で行われたか」

さすがナツキ君。頭脳明晰。一瞬で問題点を要約した。

「これより簡易クラス裁判を行う。
 裁判官はこの僕だ。これは規則に書かれて
 いることだから、君たちも異存はないね?」

太盛君とバカマサヤはうなずいた。
副官のナジェージダは大きなメモ帳を手にしている。
速筆ね。この裁判の議事録を作ろうとしている。
きりっとしていて、頭良さそうな女。

「原告と呼称したら分かりにくいか……。
 では訴えた側のマサヤ君。
 君の考えを主張しなさい」

「はっ。堀太盛は、小倉カナの席が撤去されたのは
 横田先生の指示であることは事実です。それなのに
 無実の生徒らを怒鳴るなどしてクラス中を混乱に陥れました」

太盛君が言い返そうとしてる。だめよ。
相手が主張してる時は黙って聞かないと。

私が彼の腕を強く抱くと、
太盛君の怒りが少し収まったみたい。

「小倉カナは生徒会の皆さんの合意のもと、
 反省室に送られ、更生中の身ですから人権など
 あるわけがありません。使われない席を
 撤去した横田先生の判断を私は支持します」

「ふむ。続けなさい」

「堀太盛君の言動には問題があります。
 クラスメイトを怒鳴ったり、殴ると脅したり、
 野蛮でナチスを連想させます。我々ボリシェビキは
 話し合いを好みますし、暴力は嫌います」

マサヤの声がどんどん大きくなっていく。
こいつのしゃべりはうまい。

たとえ中身がゼロでも演説家の才能があるから注目を集める。

「彼は同士・高野ミウの友達ということで
 調子に乗っているのもあるのでしょう。
 これは今回の事件と関係ありませんが、
 同士・橘エリカとも懇意(こんい)の関係にあるようです」

「堀太盛は浮気性なのかもしれません。
 彼の自由恋愛の姿勢は資本主義的な発想と考えられます。
 彼に対する共産主義教育が足りなかったのか、
 あるいは今後もしっかりと教育するべきでしょう」

「クラスのみんなにも聞いてほしい。我々は特権階級を
 作らないという基本的概念があるではないか。
 今の太盛はなんだ? 同士ミウの力を借りてクラスで
 大手を振っている!!」

「小倉カナがどうだとか、それを彼に語る資格があるのか!?
 囚人に関することは生徒会の所感だと規則で
 はっきり決まっているじゃないか!! さあ、
 勇気と知性あるクラスメイト諸君。俺に賛同してほしい」

いつまで1人でしゃべってるのよ。うざすぎ。
そんなに法廷で話すのが好きなら弁護士でも目指しなさいよ。

マサヤに拍手する人が多いこと。腹立つわね。
今のところクラスの6割がマサヤ派か。

「マサヤ君の主張は以上。次は被告側の太盛君がどうぞ。
 先ほどの意見を認めないなら、好きに反論してけっこう」

太盛君は不敵に笑った。

「では遠慮なく反論しますね。まず三号室の人間の
 人権ですが、同士・マサヤは前会長時代の悪しき風習を
 いまだに引き継いでいるようだ。ミウは朝礼でも
 前会長を明確に否定した」

「反省室にいる生徒は、更生中の身であり、
 一日でも早くクラスへの復帰を目指すものだ。
 これは現生徒会の規則に書かれている。
 しっかり読んでみるといい」

「生徒会総選挙の時期と前後するから、前会長時代の
 規則は今では無効だ。全体朝礼で多数の改正規則が
 発表されたじゃないか。忘れたとは言わせないぞ」

「七号室は重罪のため人権がはく奪されているが、
 三号室に関してはその限りではない。俺は経験者
 だから言えるが、三号室では氏名を名乗る権利があり、
 夕方には家に帰ることができた」

「よってカナはクラスに戻る可能性がある。
 そして人権もある。彼女に人権があることを
 会長殿は認めますか?」

ナツキ君は副官から資料を手渡されて言った。

「確かに三号室の人間には人権がある。
 三号室は将来有望なボリシェビキを教育している。
 規則によると人権がないのは
 六号室と七号室の人間となっている。」

「ありがとうございます。では彼女の席を
 撤去する必要が今はありませんよね?
 確かに横田先生が当時の状況で撤去を
 指示したのは妥当だったのかもしれませんが、
 今の生徒会はナツキ会長率いる新体制です」

「太盛君の主張を認める」

クラスがどよめいたわ。私もびっくりよ。
こんなにもあっさりと太盛君の主張が通るなんて。

「小倉カナは粛清されて精神病になったり
 病院送りになったわけではない。今も元気に
 反省室で勉強を続けている身だ。太盛君同様に
 いつでも戻れる可能性がある。彼女の席はあるべきだ」

マサヤは悔しそうな顔をしているわ。
絶対に太盛君を倒せる自信があったのでしょう。

「意義あり!!」

マサヤの挙手をナツキ君は認めたわ。

「小倉カナの席の件は認めざるを得ませんが、
 太盛の恫喝、暴力未遂での授業妨害を抗議します!!」

「このように言われているが、太盛君はどう思う?
 自分がクラスを混乱させた自覚はあるか?」

「もちろんありますよ会長。
 この件は反論しようがないな。
 頭でも下げれば許してもらえますかね」

太盛君。つらそうね……。

「クラスメイトだけじゃないぞ!!
 先生にも謝れ!! おまえが急に怒鳴るせいで
 しりもちをついたじゃないか!! 怪我してないだろうな!? 
 証人として先生に当時の状況を語ってもらうか」

なんて攻撃的な言い方。マサヤは相手を言い負かさないと
気が済まない性格なのね。彼がボリシェビキになる前は
もっと優しい性格だと思っていたのに。

もう我慢できない。

「あの……私が太盛様の弁護をしてもよろしいですか?」

ナツキ君は優しいから認めてくれた。
被告には弁護人が付くのは当たり前だけどね。

「太盛君は同士ミウの恩情によってクラスに
 復帰したばかりで混乱しているのもうなずけます。
 彼は小倉カナとは反省室仲間で特別な感情が
 あったのでしょう」

「堀太盛君が、罪なき罪によって三号室行きになったと、
 同士ミウからはっきりと説明されたではないですか。
 三号室での生活がどれだけ苦痛だったか。
 彼の心情を考えれば、少し攻撃的になるのも
 仕方ないことだと思うわ」

マサヤがいきり立って反論してきたわ。

「貴様は太盛が好きだから弁護するのだろうが!!
 橘エリカの言っていることは個人的な感情が混じっており、
 無効だ!! またミウ様のご学友になれなれしくして不快だ!!
 貴様が彼と食事をした件は報告させてもらうぞ!!」

私も負けないわ。

「報告するなら好きになさって。ミウ様は私を
 太盛君の友達として認めてくれた。書面があるわよ?
 太盛君と健全に関わるのなら問題ないはずよ」

「私を通報するですって? いいわよ。ただし、
 私もあなたが太盛君に謝罪を要求したことを報告するけど。
 見方によっては太盛君を侮辱したと考えられる。
 太盛君の侮辱は副会長殿の侮辱になるのを忘れたの?」

「く……くそぉおぉぉ……くぅぅぅぅぅぅ!!」

奴はテーブルを叩き、くやしそうに頭をかいているわ。

どっちも切り札がミウなのが悲しいけどね。
ここはミウのクラス。
奴の支配下だから私たちの自由なんてない。

「判決を下す。太盛君の主張を認める。
 小倉カナの席を速やかに用意すること。
 これに伴う罰則はなし。以上だ」

おとがめなし。綺麗に話し合いが終わったわね。
さすがナツキ君。敗訴した側を反革命扱いは
しないのね。やっぱりミウさえいなければ、
この学園はまともだったのかもしれないわ。

「エリカ。弁護してくれてありがとう」

彼に耳打ちされて、体が宙に
浮かぶほど気分が高揚した。

「私は太盛様にどこまでも着いてきますわ」

彼は照れ臭そうに笑う。
私があなたに難しいことを望んでいるわけじゃないの。
この先この学校でどんなことがあっても
貴方のそばを離れたくない。

貴方の心の大半をカナが占めていたとしても、
今はそれでいい。今は仕方ないと諦められるわ。
私はミウみたいにヒステリックにならないって決めた。

太盛君に好きない人がいても否定しない。
私もカナが解放される日を願うわ。

でもね。途中で他の女のところに行っても、
最後は私のもとに帰ってきてね?



その日は、それから何事もなく帰りのHRの時間になった。
担任の横田先生は生徒会から何か言われたのか、
何かにおびえるような態度を取っている。

先生は大学を出たばかりで、小柄でメガネをかけた美人教師。
私もあんな感じの知的な大人になってみたいものだわ。

「みなさん、テストが終わったら冬休み前になりますが、
 二年生だからと気を抜かないように。
 家でも家庭でも品行方正な生活を心掛けてください」

「はい。先生」

「え」

横田先生は固まったわ。だっていきなりミウが
扉を開けて入って来たのだから。あの女、ずいぶん
ご機嫌斜めね。思ってることがすぐ顔に出るのよ。
怒りのオーラを全身から発してるじゃない。

奴は生徒会幹部の特権で授業が免除されているから、
よほど暇な時以外は1組に来ないわ。
もしくは今みたいに、緊急事態以外はね。

「私も気を抜かないように気を付けます。
 勉強は学生の本文ですから。ねえ、先生?」

「は……はははは……はい。副会長様」

「先生。もしかしてこれで話を
 終わりにするつもりだったんですか?」

「え……だって、これ以上
 報告事項はないはずですけど」

「は?」

「はい? えっとぉ……私何か…お気に触ることを?」

「言いましたよね?」

「そ、そんなつもりは」

「みなまで言わないと分かりませんか?」

横田先生は気の毒なくらいおびえているわ。

ミウの後ろにひかえている護衛が
目を光らせている。あいつらの目つき、普通じゃないわ。
このキチ集団さえいなければ、あんな奴怖くないのに。
権力を悪用して先生を脅すなんて最低。

「あなたは太盛君の裁判のことを
 口にしてないでしょう!! 太盛君がマサヤに
 訴えられて余計な時間を使わされたのよ!!
 それを今すぐクラスで話し合いなさいよ!!」

「ひやぁあぁああ!!」

横田先生は腰を抜かしてしまったわ。
この展開、お昼にも似たようなのを
見たばかりだから笑えるわ。

「横田先生は、堀太盛君がクラスメイトに公然と
 侮辱されたのになんとも思わないんですか?
 どうですか? はっきり答えてくださいよ」

「わ、わわ、私は現場を見たわけではないので」

「現場を見てないとか、
 そういうこと聞いてるんじゃないですよ!!」

ミウのクソ野郎は教卓を蹴り飛ばしたわ。
無駄にでかい音を立てるのは暴走族と同じね。
完全にヒステリーじゃない。

女には野郎をつけるべきじゃないけど、
こんな奴、野郎で良いわ。

「太盛君が!! 私の太盛君が!! 
 あなたの担当しているクラスで
 裁判にかけられたんですよ!?
 担任として何か思うことはないですか?」

「裁判は無事に終わったと聞いてますが!!」

「何言ってるんですか? 
 そう思ってるのは先生だけですよ」

当事者の太盛君は、他の生徒と同じように
唖然(あぜん)としているわ。そして全員固まっている。
分かりやすく例えると、
お地蔵さんが40体ほど着席している感じかしら。

マサヤは机の上で頭を抱えてガタガタ震えている。
太盛君を敵に回したら奴がキレるって
ことくらい予想しておきなさいよ。

もうマサヤの収容所行きは待ったなしね。
この流れだと地下室行きさえ狙えるレベル。
男の子なんだから目標は大きい方がいいわね。

「すみません。同士ミウ様。すみませんっ。
 私は教師として不適切なHRをしてしまいましたっ」

「その調子であと100回くらい謝ってよ。
 もちろん太盛君にも謝ってね。
 太盛君を侮辱する奴はみんな指導対象だよ!!」

そう言って、ミウは竹刀で床をバシバシ叩いたわ。
昭和の学園ドラマに影響でもされたのかしら。
その竹刀、わざわざ護衛に持ってきてもらったのね。

そんな子供だましの脅しでも、生徒たちにとっては
深刻な事態よ。なにせあのクソ野郎に逆らったら
本当に収容所で拷問されるのだから。

横田先生は美しい顔が泣き顔で台無しになっているわ。
ミウにひざまずいて、ずっと謝罪の言葉を言い続けている。
あわれなものね。

「さーて。次はマサヤだね」

「だぁああぁぁ……」

ミウがマサヤの胸ぐらをつかんだわ。
身長差があるので床から持ち上がるほどじゃないけどね。
男子の胸ぐらをつかんで片手には竹刀って……。
どこの世界のヤンキーよ。

「ドウシぃ、マサヤぁ、クン。
 ヨぉくモぉ私の太盛君を簡易裁判にかけてくれましたネ?
 生徒会長のナツキ君まデ呼ぶナンテェ何考えてるノ? 
 彼は毎日忙しいんダよ。ワザワザ呼ぶほどのことだったの?」

「あ、あわわわわわ。あわあわ」

泡? 泡がどうかしたのかしら。
もうこいつは死んだも同然ね。

あとミウはどうしてカタコトなの。
マジギレして日本語の発音に影響出てるの?
あいつ日本人の顔してるけど中身は外人なのね。

ミウが胸から手を離すと、マサヤは
力が抜けたように床にへたり込んだ。

「マサヤに賛同したクラスメイトがいるらしいね? 
 それと拍手した人がいたとか。あのさー。
 よかったら手を挙げてもらっていいかな?
 嘘ついても後で拷問するから同じだよ。早く手を挙げて」

殺伐とした教室内で次々と手が挙がっていく。

女子のすすり泣く声が聞こえる。
泣いてるのは井上さんか。
あの子も楽しそうに拍手してたから収容所行きね。

どうしてこのクラスはすぐ修羅場になるのかしら。
最近修羅場が多すぎて自分でも慣れてきたわ。

「こんなに太盛君の反対勢力がいるんだ。
 困っちゃうねぇ。全員指導してあげないと
 いけないのかな? 私そんなに暇じゃないのに」

ミウは、床に転がっているマサヤを足蹴にしているわ。
マサヤは自分から床の上でイモムシみたいに丸まっているの。

イモムシって……。
何を考えてるのか知らないけど、爆笑したくなるわ。
シリアスな状態で体を張ったギャグをしないで。

「このクラスは反革命容疑者が多すぎるよ。
 いつから1組はこんな状態になったの?
 まったく……私は心から残念に思うよ!!」

竹刀で黒板を叩き始めたわ。音がうるさい。
バカと子供はでかい音を立てるのを好むわね。

「おいミウ」

さすがに太盛君が席を立ったわ。
そうよね。この女の横暴を許すわけにはいかないわ。
何か言ってあげて。

「ミウに同意するよ。このクラスはもうだめだな」

え……?

「クラスのみんなー。聞いてくれ。
 俺はこのクラスが大嫌いだ!! 
 今日の昼の茶番だが、俺は激しく憤慨した!!
 おまえら、みんな死ねよ!! 
 このクラスそのものが気に入らないんだよ!!」

太盛君……?

「生徒会の規則に連帯責任があっただろ?
 俺たち全員で責任を取ろうぜ」

「ちょ……何言って」

あのミウでさえ動揺している。
本当に何を言ってるのよ私の彼は。

「このクラスの人間は全員収容所行きになろう!!
 おまえらの腐った根性も収容所に行けば
 少しは治るだろう!! もちろん俺も行く。
 ミウ以外は全員収容所行き決定だ!!」

「はぁ……!?」

ミウがかなりの衝撃を受けていて、
間抜けな声を上げたわ。
奴のこんな顔を始めてみたわ。

「ミウ。副会長のお前に頼みがある」

「う、うん?」

「俺たち二年一君は自主的に収容所に入る。
 できたばかりの六号室は空きがあるだろ?
 一クラス分なら何とかなると思うが?」

「確かにあと70人分の空きがあるけど、
 そういう問題じゃない……」

「なんだ? ダメなのか?」

「君も入ることになるんでしょ?」

「そうだよ?」

何がおかしいのかと太盛君が首をかしげている。
太盛君は裁判のストレスで
色々と疲れてしまったのかしら。

「早く命令を出してくれ」

「ナニを言ってるの? 
 正気なの? 太盛君はダメだよ!!」

「なんで俺だけダメなんだ?
 みんな平等に収容所行きになろうぜ」

「六号室は私の管理下なの。警備は厳重で
 中の規則も相当厳しいよ? そんなところに
 自分から入るなんて、どうかしてるよ!!」

「うるせえ!! いいから命令出せよ!!」

「ひっ…」

「おまえと関わるようになってから、俺はとっくに
 どうかしてるよ!! 俺はな、このクラスに小倉カナが
 いないことが許せねえんだ!! クラスの奴らもカナが
 いないのを当たり前のように考えやがって!! くそおお!!」

太盛君は椅子を振り回し、窓ガラスを割ってしまった。
ガラスの破片が飛び散る。
窓際の生徒はいっせいに廊下側に避難してきて、
太盛君の雄姿をクラス全員で見守ることになった。

もうやめようよと、ミウが太盛君に
懇願(こんがん)する形になった。
殺人鬼のくせに、乙女の顔してるのに虫唾が走る。

「じゃあ、俺だけで良いよ!! 
 俺はこの通り暴れたぞ!!
 早く収容所送りにしてみろ!! 
 できれば三号室の方が良いな!!」

「三号室ってまさか」

「ああ。会いたい人がいるからな」

ミウの顔が乙女から小姑へと変わる。

「カナ、カナってバカみたい!! 
 昔の彼女のことなんか忘れなよ!!
 いつまであの女のことを引きずってるの?」

「なにぃ?」 ←太盛君がキレた。

彼の顔は、カムチャッカ半島に生息するアライグマのようでした。

「あの女は太盛君のことなんて忘れてるよ!!
 だって太盛君と会うこともできないし、
 話すこともできないんだもの!! あはははは。
 会えないんじゃどうしようもないね。残念だったね!?」

「俺とカナは死ぬ時まで一緒だと誓い合った仲だ。 
 良く知りもせず、勝手なこと言ってんじゃねえよ!!」

ドガアアン

彼の両手で突き飛ばされたミウ。
いくつもの机と椅子を巻き込み、尻もちをついた。

太盛君……。クラス中が見守る中、
副会長を暴行するとか勇者過ぎるでしょ。
このうわさが広がれば、太盛君はアレキサンダー大王並みの
英雄として学内で評判になりそうね。

護衛の奴らが今にも太盛君に襲い掛かりたくて
ウズウズしてるじゃない。ミウが許可を出せば
10秒後には腕の関節が外されるのは確実。

「いっ……たぁい…。どうしていつもこんなことするの?
 しかもクラスのみんなが見てる前で」

現在、全一組が泣いた、レベルの視聴率となっているわよ。
クラス中の羨望のまなざしを受けてさすがの太盛君も
ばつが悪かったのか。頭をかきながらミウに手を差し伸べる。

「ご、ごめん。またやっちまった」

「触らないで」

ミウは腰を抑えながら立ち上がり、制服の乱れを正した。

「もう許してあげない。私がこれだけ太盛君のこと大切に
 思ってるのに。私の優しさが伝わらないなら、
 いっそ収容所に行きなよ!!」

まずいことになったわ。この流れだと太盛君だけ
6号室に収容されるパターンよ。
一方で私は別のパターンを思いついたので口にしたわ。

「私も太盛様と一緒に6号室に行きます」

静かな1組ね。
さっきまで騒いでいたのがうそのよう。
『こいつは何を言ってるんだ?』といった空気が一瞬で広まる。

「おいエリカ?」

「私は本気よ」

1分くらい見つめあったかしら。
私の真剣なまなざしで冗談じゃないことは伝わったと思う。

「私は太盛様の身の回りのお世話をしなければなりませんから。
 太盛様のそばにふさわしいのは私ですわ。たとえ地獄の果て
 までも着いて行くと、今日お話しをした通りです」

「ほ、本当に来てくれるのか?」

「はい。喜んで」

太盛君が鉄人28号のように腕を振り上げて感動していた。
これで太盛君の心をがっちりつかんだけど、問題は奴ね。

ミウはこぶしを握り締めながらプルプル震えている。
みなさま。まもなくキチガイが発狂しまーす。

「……同士・クラスメイトに告げます。
 ただいまの時間を持ちまして」

ん? キチが何か言ってるわ。

「この二年一組は解散します!!」

……ということは?

「みなさんは明日から六号室で学園生活を送りましょう。
 これは全員参加です。拒否権はありません。
 拒否した場合は7号室に送ります。正式な命令は
 明日出しますから、今日は帰りなさい。以上です」

ミウは竹刀を乱暴に放り捨てて、部屋を出ていったわ。
ついにこうなってしまったのね。

まさかの『連帯責任』によるクラスまるごと強制収容所行き。
これほどの失態をした例は過去に存在しないでしょうね。
うちは進学コースのトップのクラスだったのに。
明日からは全校から失笑される落ちこぼれに進化した。

クラスメイトたちの嗚咽と悲鳴が聞こえてくる。
そのショックは計り知れないことでしょう。
私は太盛君と一緒ならどこでもいいのだけれど。

……はぁ。とはいえ、やっぱり憂鬱ね。
明日からどうなるのかしら。


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