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作品名:午後『2時55分』に何かが起きる 作者:なおちー

第9回   9
「逃げるとか逃げないとか、
 そういう物騒な言い方はやめましょうよ」

「ちょっと待ってくれ。
 全開俺のセリフがカットされたのは気のせいか?」

「なんのことですか? さて。こんなところで立ち話もあれですから、
 貞子さんのおばあさまの家にお邪魔してもよろしいですか?」

貞子がさすがに警戒する。

「何が目的なのかはっきり言って。
 腹の探り合いはしたくないの。時間の無駄」

「ですからはっきりと申しているのです。私はおふたりが
 元気に暮らしているか気になったから来ただけですわ」

「あんたのバックにはミホがいる!!」

貞子がいきり立つのも当然だ。
前回ミホから送られたメールの内容によると、
アントワネットが協力して衛星軌道上から
ケイスケたちを監視しているらしい。

「やれやれ。これだけ説明しても信じてもらえませんか」

アントワネットはスマホを差し出した。

「なにを考えてるの?」

「私の携帯をお渡ししますわ。私が帰る時まで持っていてくださいな」

「そんなので信用しろって方が無理よ。どうせあとで
 ミホたちがやってきて私たちは殺されるんでしょ」

「物分かりの悪い人ね。
そんなことしないって言ってるでしょ!!」

なんということか。 
可憐なる淑女のアントワネット嬢が怒鳴ったのだ。

「天にいる神に誓いますわ。私は御二方に危害を加えません。
 友達のミホさんを説得して、代わりに私がケイスケさんたちの
 様子を確認しに行く旨を了解させましたわ。説得するのが大変でしたけど」

「ミホを説得した……? 嘘でしょ」 

「だってミホさんたちをここに寄こしたら、また殺し合いになるでしょう?
 争いは何も生みませんわ。ここは血気盛んな本村家のメンバーではなく、
 私のように交渉役にふさわしい人が来るのがふさわしいのです」

「交渉ってのは?」

「私から危害は加えませんが、もちろん帰っていただけるように
 説得をするという意味です。口頭で、ですよ」

貞子は長考してしまう。彼女にとって本村家の女性は
未知の生命体であり、油断したら負けだと思っている。
(お前が言うなと言われそうだ…)

ケイスケは女経験が豊富だから
アントワネットがウソをついてないのは理解できた。

「アントワネットちゃん。もうすぐ今日のシフトが
 終わるから、それまで待っててくれるか?」

「分かりましたわ。ところで店長を蘇生させなくて大丈夫ですか?」

貞子から全力の腹パンを食らった店長。
心肺停止の状態だったので心臓マッサージで復活させる。
彼は生まれたてのウミガメくらいには動けるようになった。
たぶん放置してもそのうち回復するだろう。

店長に暴力である。
現実世界ならケイスケたちは首になるだろうが、
そんなことになったら物語の展開に影響を及ぼす。
よってスルーする。

ケイスケたちのシフト終了までの時間、アントワネットは暇を持て余した。
彼女は店中を面白そうに歩き回っていた。目に入る雑多な商品が珍しいのか、
お菓子コーナーを行ったり来たりしている。

一番多く時間をつぶしたのは雑誌コーナーだ。
下賤な話題を乗せている週刊誌を夢中で読んでいた。
そのうちの一つを手に取り、ケイスケのレジへ向かった。

「店員さん。これを下さいな」

「王室の生まれのくせに週刊文春なんて買うのかよ……」

「読んでみると引き込まれますわ。記者の方の執念を感じます。
 同じ王室の人間として世俗の噂になる辛さは共感できますわ」

「そんなもんかね」

慣れた手つきで会計するケイスケ。
文春などの週刊誌は、
世間を騒がせている『例のスキャンダル』を報じている。

アントワネットが言っている王族の話とはそれのことだ。



古いお屋敷の玄関先にアントワネットはさすがにういた。

花柄の日傘。ひらひらしたロングスカートにカーディガン。
品のある白いサンダル。もったいぶった足取り。
余裕のある笑み。しゃべる時の仕草。

どこから見ても王族オーラ全開である。
おばあさんも大変に驚いていた。

「どこの都会から来たお嬢さんだね」

「18世紀のフランス・ブルボン王家からはるばるやって来ました」

「はぁぁ…? ブルボン? お菓子のメーカーの人かね」

「初めましておばあさま。私の名前はマリー・アントワネットですわ」

「マリー・ビスケット?」

マリーは結局最後まで本名を覚えてもらえなかった。
一人増えても同じだと言うので、アントワネットは
今夜泊まらせてもらえることになった。

「うちは昔の名残で来客用の布団がたくさん用意してある。
ビスケットさんの布団も出しておいたからね」

「ご丁寧にありがとうございます」

夕飯を楽しくご馳走になり、アントワネットはケイスケたちと
同じ八畳間の部屋で寝ることになった。屋敷の一番西側にある客間である。
この屋敷は部屋数が多いので、ケイスケたちも全ての部屋に入ったことはない。

「ご飯美味しかったですわ。家庭の素朴な味は大好き。
 煮物とか日本風の味付けはくせになりますわ」

「ずいぶん楽しそうだな。ばあさんとも話が弾んでたし」

部屋には高級なふすまで仕切られている。
畳も上等であり、香りが心地よい。

アントワネットの寝る布団は、都合の良いことに日干ししてあった。
太陽の光を浴びてふっくらした布団に体を沈めると、
すぐにでも眠くなってしまいそうだ。

「貞子さんの姿が見えませんが」

「風呂入ってるよ。そのうちあがるだろ」

「それならちょうどいいわ」

急に真顔になるアントワネット。
明らかに雰囲気が違う。
ケイスケはまさか、いまから襲撃するつもりかと身構えた。

「怖がらないで。率直にお聞きしたいことがあってよ」

「なにをだよ? まあいいぜ。わざわざここまで
来てくれた礼に素直に答えてやるよ」

アントワネットはクスっと笑った。

「貞子があなたを好きになった理由が知りたかったの。
 超生命体で殺戮を好む彼女が、どうしてあなたを求めるのか」

「私はね、ケイスケさん。あなたに感謝してる。
 あなたのおかげで貞子は2時55分に私のクラスを襲わなくなった。
 私達神7は全員生存してる。あなたは間接的に私の命を救ってくれたのよ」

「……結果的にそうなっただけだよ。俺はよくミホから言われるが、
 ただのチャラ男だよ。人を見下してバカにするのが好きなクズ野郎だ」

「いいえ。あなたはとっても優しい方よ。マリエさんに
 殺されそうになった貞子さえ救おうとしてこの田舎まで逃げた。
 貞子はあなたにどこまでも着いて行くでしょうね」

「そんなにヨイショするんじゃねえよ。照れるだろうが。
ここに来たのは気の迷いだよ。よく考えたことじゃない」

「違うわ。あなたは貞子を愛しているのよ」

「愛してるだって?」

「ウィ」

(今のはフランス語でYESって意味か)

ケイスケは貞子を愛しているという自覚はなかった。
確かに別世界で過ごしたり、この田舎生活をしたりで
絆は深まったとは思う。しかし、愛するとは、本来は
どういう意味でつかわれるものなのか。

彼はチャラ男だが、女を本気で好きになったことは一度もない。

「マリー・アントワネット。ケイスケとふたりで何話してたの?」

ふすまが開き、貞子が入って来た。
まだ髪が湿っていて色っぽかった。
アントワネットを見る目つきは鋭い。

「別に。たいしたことではありませんわ。
 そうですよね? ケイスケさん」

「お、おう」

秘密。隠し事。共犯者のような
仲の良さを見抜いた貞子は、嫉妬を押さえられない。

「ケイスケ君と親しそうにしないで。殺したくなるから」

「殺したいのならお好きにどうぞ? 私は抵抗しませんわ」

涼しい顔。アントワネットは口だけでなく、超然とした態度だった。

史実のアントワネットは死刑執行台に上る際に
死刑執行人の足を強く踏みつけたという。その際に一言こう言った。
『あらごめんなさい。わざとではないのよ?』

ちなみに今のエピソードは本編と全く関係ない。

ガラッ。押入れが自動ドアのように勝手に開いた。
信じられないことに中から中年男性が声をかけて来た。

「貞子君の口の聞き方は実に気に入らんね。
 なんでそう喧嘩腰なのだ」

「お、親父……?」

本村家の世帯主のユキオであった。
ケイスケは驚愕のあまり腰を抜かすほどだった。

いつから押入れの中にいたのか。
ケイスケたちに気付かれずに押入れの中に潜入するのは
簡単なことではないはずだ。

そもそもなぜこの家に父が来ているのか。
実家のある浦和からはそれなりに離れている。

「簡単な話だ。アントワネットさんだけを貞子に会いに
 行かせるわけにはいかないだろう。心配なので
 アントワネットさんのあとをつけて来たのだ」

「いや、それってストーカーじゃねえの?
 会社はどうしたんだ。いつもはこの時間まで残業してるだろ」

「銀行などオワコンだよ。
 あんなつまらないとこで働くのはもうやめる」

「親父!? バカ言ってんじゃねえよ」

「言ってみただけだ。本当は無理を言って有休を使ったのだ。
 午後からの半日だけだがね。明日からまた出勤だよ」

「じゃあ早く帰れよ!! こんな田舎で油売ってる場合か!!」

「うむ。今すぐ帰りの電車に乗りたいが、
 おまえたちの様子を見てからだな」

「親父も俺たちを説得しに来たのか?」

「いや、むしろアントワネットさんのことが心配でね」

「さっきからアントワネットのことをよく口にするよな。
 どんだけ好きなんだよ」

「むしろ愛してる」

「はぁああ!?」

ケイスケは本気で父親がおかしくなったのだと思った。
堅物で色恋沙汰とは無縁のタイプだと思っていたが、
なぜにミホの同級生の女の子に恋してしまったのか。

「この家のおばあさんに、私はルイ16世だと自己紹介させてもらったよ。
 ルイ16世を名乗ることでアントワネットさんへの熱烈な愛が
 瞬時に伝わったことだろう。これが高度な心理戦なのだよ」

仕事人間の父。家ではしかめっ面で母に対し同僚の悪口ばかりを言っていた。
その父が、自分がルイ16世などと世迷言を口にするはずがなかった。

ケイスケもフランス王室の夫婦関係が冷え切っていたのは知っている。
アントワネットは大変な好色家であり、男性はもちろん、女性の愛人もいたという。

酷い時は、アントワネットが庭でポニャック夫人とキスしてるシーン(レズ)を
目撃したルイが、何も言わずに後ろを通り過ぎたこともある。

ユキオの話に戻るが、所帯持ちの彼が
アントワネットに恋をしたら、精神的な浮気になってしまうのだが……。

「それなら問題ない」

父は強い口調で言う。

「なぜなら、恋をするのに年齢は関係ないからだ」

確かに父は50過ぎだが、論点がずれている。
父はバカではないから、わざと話をそらしたのだろうとケイスケは思った。
とにかく父に何を言っても無駄なことは分かった。

父の果てしない暴走。アントワネットはさぞ気持ち悪がってるだろうと
思ったら、特に嫌がっている様子もなく、ニコニコしていた。

「ストレートに感情を表してくれる殿方は嫌いではありませんわ。
 勢いの良さと情熱はフランス人好みです」

不思議な娘である。

「ちょっといいですか?」と貞子。

彼女は時間を無駄にするのが嫌いな合理主義者だった。

「ケイスケのパパ。明日も会社があるなら、
 どうぞ遠慮なく帰ってください」

「そう急かさなくてもいいだろう」

「いえいえ。ぶっちゃけ迷惑なんですよ。
 ついでにアントワネットも連れて帰ってください。
 おふたりが愛人なのか知りませんが、邪魔はしませんので」

「そんなに帰ってほしいのかね。なら力押しすればいいだろう」

「暴力は、もうしない」

「ほほう。なぜだね?」

「あなたはケイスケ君の親。私はケイスケ君の肉親には
 暴力は振るわないって決めた。ケイスケ君に言われたわけじゃない。
 自分で勝手に決めた」

「貞子君はずいぶんと柔らかくなったようだね。
 ここでの生活が良い刺激になったか。
 君はケイスケのことを愛してるのか?」

「なんでそんなことを?」

「私はケイスケの父だ。良いから答えなさい」

「……愛してるわ。ケイスケ君がそばにいてくれなかったら、
私はいつまでもリングシリーズを繰り返してたと思う」

「そうか」

ユキオは笑顔になった。満足する答えが得られたからだ。

ケイスケは現在、高校中退に限りなく近い状態だ。
親が学校側に頼み込んで前期を丸ごと休学させてもらっている。

学校のお情けでギリギリ首がつながっている状態である。
今は7月の上旬。世間は今月の末から夏休みになる。
夏休み明けに再登校しなければ、退学が正式に決まる。
これが学園側が成績優秀のケイスケに対して示した最大限の譲歩だった。

「ケイスケ。今になって有効求人倍率が上昇してきたが、
 中卒ではどこに就職するにしても辛いぞ」

「これだけ休んじまって、今さら学校に戻っても気まずいよ。
 勉強だって致命的に遅れちまった。遅れを取り戻すの大変なんだぞ」

「だがふたりなら頑張れるだろう? 貞子君も一緒に復帰しなさい」

「貞子も一緒に学生をやるってのか? 学年が違うだろ」

「そうかもしれないが、一人じゃないのは心強いぞ。
 人間は支えてくれる人がいてくれると頑張れるものだ。
 たとえ想像を超える困難と直面しても乗り越えられる」

本村家を長い年月支え続けた彼の言葉には説得力があった。
先ほどのルイ16世のくだりとは別人のようだ。

「人は弱い。だからパートナーが必要なのだ。
 くだらないことも、真剣なことも何でも話し合える存在がな。
 ケイスケ。おまえはそのパートナーが誰なのか、よく分かっているはずだ」

ケイスケと貞子が照れ臭そうに視線を交差させた。
パートナーには、日本語の伴侶の意味がある。恋人より意味が重い。

「人の一生で最も大切なもの。それは愛だ」

また父の冗談かとケイスケが思ったが、貞子は真剣に聞いていた。

「愛は人の感情だ。形の見えないものだ。そしていつかは消えてしまうものだと
 世間の人は言うだろう。歌、詩、小説、哲学、あらゆるジャンルで人は愛を語る。
 愛とは何だ? それは一時的な感情ではなく永続する感情のことだ」

アントワネットも聴衆の一人だ。
偽のルイ16世の語りに興味深く耳を傾けている。

この寝室はユキオの演説会場となっていた。

「勘違いしてもらっては困るが、私は妻のマリエを愛している。
 銀行では出向を命じられると奥さんに捨てられるなどバカな
 ことを言われているらしいが、私とマリエには関係ない」

「私は最近有休を使うことが多くなった。上司や部下に多大な迷惑をかけており、
 この年では、はっきり言って自殺行為だ。これで明日出勤したらPCに
 出向命令のメールが届いていたとしよう。そうしたら私は関連会社へ転勤か、
 もしくは会社を辞めることになる。いや、おそらく私は一度無職になることを選ぶ。
 だが、それがどうした?」

「自慢じゃないが、私は有名国立大を出ている。資格も持っている。
 確かに年齢がネックだが、再就職に対する意思は強い。たとえどんなに
 再就職が困難でも乗り切って見せる」

「社会とは戦場だ。私が戦場を一時的に離れたとしても、戦う意思まで
 失うわけではない。私は本村家を支える。今後もずっと支える。
 私が戦場で勝っても負けても、本村家の歴史は続いていく。
 私はどんな状況でも諦めないぞ。私には守るべき家族がいるからだ!!」

「私は貞子君に巻き込まれたこの事件において、むしろ家族との絆と
 愛を再確認した次第である!! 離れて暮らして分かることも
 あるというが、まさにその通りだな」

「悪いことばかりではない。うれしいこともある。
 チャラ男だったケイスケのことを心から好きに
 なってくれる女性も現れた」

彼の演説は長かったが、聴衆を飽きさせることはなかった。

ケイスケは自然と涙を流していた。
そして貞子と一緒に遊んでばかりの自分を恥じた。

貞子もユキオの話を聞いてるうちにせつなくなった。
いっそケイスケと別れて全てをなかったことにしようかと思うくらい。

ケイスケが元のエリート高校生に戻ってくれれば、
推薦は無理でも一般入試で良い大学を狙えるかもしれない。


(あの方は、本当にあの人の生まれ変わりなのね)

あふれる涙がアントワネットの頬を濡らしていた。
彼の話に一番感動していたのは彼女だったのである。


時は18世紀。フランス革命期にさかのぼる。

―ヴァレンヌ逃亡―

国王一家が革命を恐れてパリを脱出し、
東部国境のヴァレンヌで逮捕された事件である。

逮捕されるまでの道のりは、不自然なほどにゆったりとしたものだった。

国王は道中の原っぱで馬車を止めては、
子供たちとピクニックをしたりと遊んでいた。

馬車はワインや遊び道具などが満載されており、スピードが出なかった。
極めて成功の可能性に乏しい逃避行の中で、
国王ルイは普段できなかった家族サービスをしていたのだ。

「あなた。子供の相手をしてくださるのもけっこうですけど、
 早く出発しないと約束の時間までに国境にたどり着けないわ」

「いいんだよマリー。今まで革命騒動が続いて子供たちに
 遊んであげる時間もなかった。お互い望まれた結婚ではなかった。
 僕たちは仮の夫婦だったのかもしれない。それでもね。この旅の間だけ、
 嘘でもいいから家族でいたい。そう思うのは贅沢なことなのかね?」

追手に捕まれば、パリに連れ戻されて処刑される。
いや、妻の故郷のオーストリアに逃げ込んでも、いずれは
フランス陸軍が攻めてきて同じ結果になったろうか。

ルイがどこまで考えていたのかは分からない。

マリーもルイの考えに同意し、子供たちと遊んであげることにした。

王子 ルイ・シャルル
王女 マリー・テレーズ
王妹 エリザベート

かけがえのない大切な家族たちだった。
この死の逃避行の最中、マリーは確かに夫ルイの家族への愛を感じた。
嘘で塗り固めた政略結婚ではなく、真実の愛を感じた。

『市民・ルイ・カペー君の死刑が決定しました』

国民公会で実施された国王裁判の評決は、僅差による死刑である。
国内には依然として王党派の人間が多数いたのだが。
ルイ・カペーとは、カペー朝、
すなわちフランス王室の先祖の名前だった。

国民公会はルイを裁判において一市民として扱ったのだ。
国外逃亡を企てた王をフランス最高の頭脳たちは許さなかった。

失効前夜、ルイはエベール(革命家)に裁判の結果を伝えられる。
ルイは終始落ち着いた態度でこう話したという。

「余に死刑判決が出たからどうしたと言うのだ。
 お前たちは遅かれ早かれ私の家族も巻き込むつもりなのだろう。
 早いか遅いかの違いだ。死ぬための覚悟はとっくにできている。
 だがな……」

「家族と離れ離れになるのは耐えられない。
 余はフランス国王だが、妻子のいる人間だ。
 それだけが心残りなのだよ」

子供たちの前ではこう語った。

「マリー(テレーズ)の14歳の誕生日を祝えないのが残念だ。
 君の花嫁姿を見れないことが哀しくてしかたない。
 僕がいなくなったとあとでも、どうか幸せに生きてほしい」

「シャルルも悲しい顔をするな。
 お父さんは死など少しも怖くない。
 国民のために喜んで死ぬつもりだよ」

「いいかい。ふたりとも。決して僕の復讐などを考えてはいけないよ。
 決して手を挙げて復讐しないと誓いなさい。
 それが僕のふたりに対する最後の望みだ」

「国民公会は冷酷だが、パリ・コミューンほどじゃない。
 最後に家族と会う時間をくれた。もう悔いはないよ」

そして妻のマリーにはこう言った。

「今まで僕と過ごしてくれてありがとう」

「あなた……」

「僕は最高の夫じゃなかったことはよく分かってる。
 こんな僕と最後まで一緒にいてくれてありがとう」

「そんなことありませんわ!! あなたは誠実な夫でした!!
 わたくしには、それだけで十分です!!
 愛しています。他の誰よりもあなたを!!」

「ありがとう。君と出会ってからの20年間。決して忘れないよ」

「うう……。あんまりだわ。こんな形で別れが訪れるなんて……」

家族の前では明るく振舞い、悲壮感などまるで感じられなかったという。
そこには間違いなく国王としての貫禄があった。

後世から無能だったと称されることの多い彼だが、最近の研究では
否定され始めているという。筆者もルイ16世無能論否定派である。

国王を死刑から救おうと水面下で多くの人が尽力したという。
彼らのことを思うと、ルイは感情を抑えることができなかった。

ダンペル棟の別室。死の前日。ルイは側近の前でこう話した。
エッジウォルス・ド・フィルモン。
ルイ十六世の贖罪司祭の要請を引き受けた人物である。

「心の弱さを許していただきたい…余は死など恐れてはいないが、
 マルゼルブや貴方のような素晴らしい人が、余のために動いて
 くれるのを見ると涙が出てしまうのだ… 
 だが、今までそのようなことで一度も涙を流したことがない。
 だから、今だけは涙を流すことを許して欲しい……」

死刑執行当日。ギロチン台に首を乗せたルイが
最後に脳裏に浮かべたのは大切な家族の笑顔だった。

(マリー・テレーズ。シャルル。エリザベート……)

そして妻のマリー・アントワネット。

処刑場の周囲は、異常な数の警備と聴衆に囲まれており、
一種の要塞と化していた。この処刑を止めることは誰にもできない。
ルイを救おうと王党派や民衆が襲撃の
計画を立てたが、断念せざるを得なかったほどである。

上着を脱ぎ、両手を後ろ手に縛られた彼にできることは何もなかった。

ギロチンの刃が、彼の首へ振り下ろされる時だった。
自分の後に残された家族のことを思うと、
あれほど諦めていた生への欲求が一層に高まった。

(生きたい……あと少しだけ生きてみたい)

刑は執行された。
死刑執行人によってルイの首が聴衆にさらされたのだった。
フランス・ブルボン王室1000年の歴史が終焉した瞬間だった。

『私は罪なき罪によって死ぬ。
 私は、私を殺そうとする者たちを許す。あなた達がこうして
 流そうとしている血が、これからのフランスで流れないことを祈る』

死刑執行台に上がった時にルイが語ったことだ。
彼は、馬車での移動中は聖書の詩編を歌っており、
取り乱す様子はなかったという。

彼が死刑になるまでの複雑を極める過程は、
とてもこの小説で書ききれるものではないが、
端的に言うと歴史の犠牲者の一言に尽きる。


ずいぶんとフランス革命の話が続いてしまった。

舞台をおばあさんの家に戻そう。

ユキオとアントワネットは仲良く浦和に帰っていった。
てっきり泊まるのかと思っていたが、アントワネットは
昔を懐かしんでユキオと一緒にいることを選んだ。

「帰ってくれて助かったな」

「あなたのお父さんのしてることって浮気だよね?」

「たぶん大丈夫だ。親父は、たまたま愛した女性が二人いただけだろ」

「無理あるでしょ」

「いいんだよ。親父がそう言うなら、きっと大丈夫」

ケイスケは貞子の肩を抱き、自分の方に寄せた。
ツーショットで並ぶ形となった二人。

「今後どうするか、よく考えないとな」

「学校に戻るの?」

「こっちで暮らすのも悪くないと思ってる。
 お前はどうしたい?」

「私はどっちでもいいよ。ケイスケに任せる」

「そんな適当な……。
 おまえはどうして俺のことをそんなに…」

「好きだからだよ」

貞子が言葉をかぶせてきた。

ケイスケは、思わず言葉が何も出なくなった。
彼女を腰に手を回し、こちら側に引き寄せてから
唇を奪おうとした。

〜君の間の悪さも、大事なんだね、タイミング〜♪

携帯の着信が鳴った。曲は90年代に
流行ったブラックビスケットの『タイミング』である。

貞子とケイスケは携帯を持ってない(捨てた)
そこにあるのは、アントワネットの置き忘れた携帯だった。

「そういえばあいつに返すの忘れてたんだな」

「これ、電話が鳴ってるんだよね? 出たほうが良いのかな」

「迷うな……。しかもミホからの着信かよ」

「無視したらあとで殺されるかもしれないよ」

「しかたねえな」

ケイスケが携帯を耳にあてる。

「アニキ?」

第一声がそれだった。なぜケイスケが出たことが分かったのか。
ケイスケが手にしているのはアントワネットの携帯なのに。

「ミホ。俺たちをどうするつもりなのか知らねえが、俺は…」

「あーはいはい。くだらない妄言は聞きたくないから
 手短に伝えるね? 神7で話し合ったんだけどさ、
 やっぱり貞子を処刑することにしたから」

「は?」

「うちのロベス君がさぁ。今回の事件の責任を取らせるために
 貞子を死刑にするってことで話をまとめてくれたよ。亡くなった生徒の
 遺族からもそう言われててね、学園側にも許可取ったから」

「貞子を死刑だと? おまえ、頭大丈夫か?」

「兄貴に心配されたくないよ。じゃ、伝えたから。
 兄貴たちが住んでる場所も特定済みだから、あとで迎えに行く」

「ちょ。待て待て、話が急すぎて何言ってるのか
 さっぱりわから…」

ここで通話が終わった。あまりにも一方的な会話だったため、
ケイスケは怒りのあまり壁を蹴ろうとかと思ってしまった。
だがここは他人様の家なのでそんなことできない。

「ケイスケ……今の電話……」

「妹のミホからだ。まじでヤバいことになってるぞ」

ふたりは文字通り恐怖のあまり震えあがってしまうのだった。

ミホの学園側では、神7の指導の元に
貞子およびケイスケ討伐隊が組織されていた。

ケイスケたちが捕まるのは時間の問題である。


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