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作品名:午後『2時55分』に何かが起きる 作者:なおちー

第8回   ケイスケは貞子と田舎暮らしを始めた
さて。ケイスケが語るシーンの続きである。

「待てミホ」

「なに? 早く続き言ってよ」

「いや、なんていうかさ。やる気なくなっちまった」

「はぁ?」

話数をまたいでしまったためだ。それも無理もない。
ケイスケはかなり盛り上がったシーンで
前の話を中断させられたのだ。

「なら私が代わりに言う!!」

貞子である。元気である。気絶していたはずなのにいつ起きたのか。

「勝手なこと言ってるのは分かってる。お願い。私からケイスケ君を
 奪わないで。私はケイスケ君がいないとだめなの。生きていけないの」

「あっそ、なら死ねば? あっ、ごめん。最初から死んでるんだっけ?」

「成仏してないから死んでないわ!!」

「どっちでもいいわ。人の兄貴を勝手に誘拐するの
 迷惑だからやめてくれる?
 ママがキレちゃって手に負えないんだよ」

「悪いとは思ってるのよ。だから今夜謝罪しに行ったじゃない」

「人の家に勝手に入ってくんな。迷惑なんだよ。住居不法侵入だろ」

「いちいちうるさい女ね」

「それはあんたの方だろが!!」

ミホは母の見よう見まねで右ストレート(腹を目がけて)を放つ。

きゅぴいいいいいいいいいいいいいん ←ATフィールドの発動した音

やはり貞子も持っていたのだ。人を拒絶する『心の壁』を。

よく熱したやかんに触れたようにミホの拳が熱を持つ。
感触は、太いガラス製の壁を叩いた感じである。

「私はあっちの世界(アメリカ版リング)で修行して
 ATフィールドを会得した。ミホに私を倒すことはできないわ」

「気安く名前で呼ぶなよおお!!」

ミホも兄を取り戻すのに必死だった。
普段の温厚な口調はどこかへ消えてしまった。

ミホは再びATフォールドに突進した。

きゅぴいいいいいん

やはり防がれてしまうが、それは想定の範囲内。

「このクソやろぉぉおっ!!」

ミホは絞め切ったカーテンを左右へ開く要領で、
ATフィールドの中心から引き裂こうとしている。

ミホの小さな手は、すさまじい熱量によって
ぷすぷすと焦げ始めている。

「ミホよぉ。その辺にしとけよ!! それ以上やったら
 おまえの手がトーストみたいに焦げちまうぞ!!」

「うっせえ、クソ兄貴、黙れ死ね!!」

「なっ」

ちょっとだけ泣きそうになるケイスケ。
よく家でも怒鳴られていたが、
ここまで狂暴になった妹を見るのは初めてだった。

ATフィールドは、中和され始めていた。
ミホの努力は無駄ではなかったのだ。
貞子の顔面当たりのフィールド部分が引き裂かれてしまっている。

ミホは、フィールドを押し開いた手を離すことはできない。
少しでも離したら引き裂かれた部分が元に戻ってしまうのだ。

つまり、この時点で貞子を直接攻撃可能なのは。

「さーて。今度は容赦しないわよ?」

阿修羅と化したマリエである。ママは前回貞子をぶっ飛ばした時の
力を七割とした。今回はもちろん全力である。

おそらく今回の拳をまともに喰らえば、
いかに貞子が頑丈でも物理的に消滅する可能性もある。

貞子にも手はなくもない。目の前で頑張っているミホに
拳を振れば、ぶっ飛ばすことはできる。

しかし

(ミホはケイスケの大切な妹)

愛する人の肉親ともなれば、手出しできなくなる。
ケイスケは口が悪いだけでミホのことを愛していた。
小さい時はよく一緒に遊んであげたものだ。

同じ理由でマリエをぶっ飛ばすこともできない。
というか戦っても勝てない。ではどうすればいいのか。

「こ、講和しましょう」

「はい?」

「あなた達と戦っても勝てないことはよく分かったわ。
 ここは話し合いで決着しましょう」

マリエは激怒した。一方的に愛息子を奪った貞子の側から
交渉するなど笑止千万。万死に値した。

ママは笑顔のまま、公園の街灯に手を伸ばし、引き抜いた。
誤字ではない。文字通り街灯を引き抜いたのだ。

高さ4メートルは優に超えるであろう。
腕力があるとか、そういうレベルの話ではない。
ロボットでもなければ引っこ抜くことは不可能のはずである。

「これでATフィールドをぶち壊すから、ミホはどいてなさい」

「おっしゃあ!! ぶち殺せ!!」

貞子は、今まで星の数ほどの人を殺めて来た。
中には4組の生徒のように抵抗する人もいた。
だが、目の前にいる母娘はけた違いの戦闘力の高さだった。

「あー、兄貴。あんたもあとでぶち殺すからね?」

「な……」

「異世界に連れて行かれたりとかフリーダムなことばっか
 してるけどさ、あんたのこと心配するのマジ疲れた。
 いっそ病院送りにして動けなくしてあげるよ」

今までバカにしていた妹の方がはるかに強いことは
すでに証明された。ちなみに、ATフィールドの熱さは摂氏120度。

ミホはその常識離れの熱さのフィールドを一部とはいえ、
裂くことに成功したのだ。

ちなみに裂くためにはプロボクサー並みの腕力が必要だ。
ママの戦闘を近くで見た影響で、彼女の内に潜んでいた
戦闘遺伝子が開花してしまったのだ。

そのミホが、真顔で「ぶち殺す」と言ったのだ。

ケイスケは自分がミンチになる未来を想像し、激しい頭痛がした。
ケイスケと貞子は絶体絶命の危機に瀕してしまったのだ。

「こらああああ!! 君たちぃ、夜中に喧嘩するんじゃない!!」

良いタイミングでお巡りさんが来てしまった。
ATフィールドの音がうるさいので近隣住民が通報していたのだ。

「ママ。逃げたほうが良くない?」

「そうね。警察にばれたら公共物破損で賠償責任が発生するわ」

ママは街灯をその辺に投げてから全力で逃げ出した。
ミホも続く。恨めしそうに兄と貞子を振り返り、

「たとえ地の果てまでも追いかけて、あんたたちをぶっ殺す」

と言った。殺意に満ちた目であった。

ケイスケはまさか妹に震えあがる日が来るとは思ってなかった。
貞子も底知れぬ恐怖におびえたが、とりあえずこの場面だけは
乗り切ることができたので安心した。

貞子とケイスケは警察から逃げた後、人気のない場所へ着いた。

「あれ? あれ?」

「なにやってるんだ?」

貞子は手を何度も宙に振りかざし、次元のはざまを作ろうとするが
うまくいかないようだ。どうしてしまったのか?

「次元のはざまが出せなくなっちゃった」

「おいおい……。ジョークだって言ってくれよ」

ミホの猛攻により、貞子の特殊能力の一部が発動しなく
なってしまったらしい。あの時のATフィールドの中和による影響だ。
貞子は、次元のはざまを作らない限りは別の世界へ移動することはできない。

「まじかよ……。俺たちどこで暮らせばいいんだよ」

「この世界のどこかに住む場所を見つけないといけない」

「俺、学生だから金ないぞ?」

「私も超生命体だからお金持ってない」

異世界に行けば都合よく別荘などが用意されていたが、
現実ではそうはいかない。

「いっそ俺の家に戻るか?」
「それはだめ。絶対あの2人に殺されるよ」
「じゃあ、どうするんだよ」

「ホテルにでも泊まる?」
「ホテルは高いぞ。俺5万しか持ってない」
「そんなに持ってるんだ。てか金持ってるじゃん」

「こんなの持ってるうちに入らねえよ。
 母さんが俺を心配して財布に入れておいてくれたんだ」

「ケイスケの家は金持ちだね。金銭感覚が普通の人と違う」
「それより、まじでどうする?」
「安いところなら、カラオケとかネットカフェとか?」

「ネカフェは個室が空いてれば寝られるな。毛布も借りられるぞ」
「でも個室だと離れ離れだね」
「確かに。ちょっとさみしいな」
「安いホテルを探してみない?」

駅近くにラブホがあるが、年齢的に論外。
他には安価なホテルがあった。
定員二名まで八千円なのでここに泊まることにした。

若い男女が同じ屋根の下で二人きりである。
別の世界でも二人きりだったが、今日は事情が違う。
ケイスケは母と妹に見つかったら、即ぶち殺される恐怖と
戦う日々が始まったのだ。

「ケイスケ君。そんなに震えてかわいそうに」

「今メールが来たんだ。貞子も見てくれ」

妹のミホからだった。ラインの名前欄は★ミホ★!(^^)! となっている。

『パパと話し合ったんだけど、一方的にぶち殺したら
 兄貴がかわいそうだから一週間だけ時間あげる。
 一週間後に家に戻らない場合は、やっぱり殺す。逃げても殺す』

とんでもない内容だった。
北朝鮮の最高人民会議から送られた脅迫状かと思うほどだ。
まだ続きがある。

『アントワネットに頼んで衛星から監視してるから
 逃げても無駄だよ? 今○○ホテルにいるでしょ。
 次元のはざまが出なくなったことも知ってるから』

(バカな……)ケイスケは納得できなかった。

現在地が知られているのはまだ許せる。アントワネットが
誰なのか知らないが、ミホの協力者なのだろう。
家出期間が長かったので捜査協力者がいてもおかしくない。
 
しかし、次元のはざまの件はどういうことだ?
ミホかママが、ケイスケたちのやりとりを陰から聞いていたのか?

「おい、貞子の髪に何かついてるぞ」

「あれ? ほんとだ」

髪の毛先に小型の発信機のようなものが付いている。
よく見ると小型盗聴器だった。

「うあああああ!! 気味が悪い!!」

貞子は盗聴器をむしり取り、足で踏んで壊した。

ママは別れ際に盗聴器を貞子につけていたのだ。
恐るべき早業である。ソ連のKGB(スパイ組織)に
推薦されてもおかしくない。

「ケイスケのお母さんの方が化物じゃない」

「確かに。普段は優しいんだけど、
 キレるとすげえ怖いんだよ」

「きっとケイスケのこと好きすぎるから
 奪いに来る女が余計に許せないんだよ」

「困ったもんだぜ。母さんも早く子離れしろよ」

「ミホもね」

「え? ミホがどうしたって?」

「妹さんもあなたのことすっごく大切に
 思ってるのが伝わって来たよ。ATフィールドの中和はね、
 誰かを助けたいって強い意志の力がないとできないの」

「あいつは俺のこと燃えないゴミとしか思ってないよ。
 ニート、ニートって何回馬鹿にされたことか」

「あなたにまともに戻ってほしいから、きつい言い方するんだよ」

「そんなもんかね。ははっ。俺をおかしくした
 張本人のおまえに言われたくないけどな」

「ごめん……」

「そんな顔するなよ。俺はお前と一緒にいれて楽しいよ。
 もう学校に戻るつもりもないし、行けるところまで行ってやる」

「ケイスケはそれでいいのね?」

「構わねえよ。住む場所もなんとかするさ」

「私の親戚の家が空いてるかも」

貞子の母方の先祖の家が埼玉県北部にあるという。
埼玉の北部といえば関東平野が有名だ。
広大な田園。見渡す限りの平らな台地が広がる。

老夫婦が住む一軒家があるため、
部屋は空いている可能性が高いという。
事前に連絡したいが、電話番号が
分からないので直接行くことにした。


翌朝。六月の上旬にしては晴れ渡っていた。
今年の梅雨入りは遅いので雨の心配はない。
六月でも十分に蒸し暑く、外を歩くだけで不快である。

『まもなく。宇都宮線下りのホームに電車が到着いたします』

白線の内側に立ち、手をつなぐカップルがいた。

貞子は大きな麦わら帽子を手に持ち、白のワンピース姿。
ケイスケはTシャツにジーンズ、スニーカーのラフな格好。

電車の扉が開き、人々が降りてくる。
時刻は9時過ぎだから、通勤時間は過ぎている。
JRの車内は冷房が効いていて快適だった。

貞子は窓越しに見える街並みを飽きることなく見ていた。
浦和駅からはしばらくビル群が続いたが、やがて田んぼが多くなってくる。
50分ほど電車に揺られて降りた時、田舎町の駅がそこにあった。

「ここから先はタクシーに乗るよ」

貞子がロータリーに止まっているタクシーの
おっちゃんに声をかける。客が来ないため暇な
おっちゃんは、美人女子中学生姿の貞子にうっとりした。

タクシーで20分ほど走った先に貞子の親戚の家があった。
まさに田舎だった。ひたすら田んぼばかりが続く景色の中に
住宅が点在している。町へ行くには車で15分かかる。
自転車で行くと30分もかかるというのだから、不便な土地である。

家は昔ならした名家だった。
大きな門構え。宅地面積だけでゆうに500坪は超えている。
いくつもの部屋数を数える平屋は、武家屋敷を思わせる。
サザエさんの家をもっと大きくした感じである。

貞子がチャイムを押した。

「おやおや。こんな時間に郵便屋さんかい?」

「おばあちゃん。私です。昔遊んでもらった貞子です」

「貞子ちゃん? あら。しばらく見ないうちに大きくなっ…
 ていうか縮んだのかね?」

貞子は親戚のおばあさんに成人式の写真を送ったことがあったから、
大いに矛盾していた。現在彼女は中学生の姿で目の前に現れている。

なら貞子を大人の姿に戻せばいいだろうと思われるだろうが、
次元のはざまが使えないと特殊能力を発動できない設定なのだ。

つまり貞子は中学生の姿のまま過ごさないといけないのだ。
おばあさんは優しいから、カルシウム不足により身長が
縮んだということで納得してくれた。

「貞子ちゃんはここに住みたいのかい?」

「お願いします。実は私の実家が北朝鮮のミサイル攻撃で
 破壊されてしまったのです」

ケイスケは吹き出しそうになった。そんなウソが通用するはずがない。
おばあちゃんは実際に吹いてしまったが、貞子があまりにも
神経な顔で頼むものだから、あっさりと許可してしまった。

「そんなんで許可しちゃっていいんですか!?」

「かわいい孫娘の言うことだから、別にいいよ。
 あなたは貞子の恋人さんかしら?」

「そんなところです。一応貞子とは運命共同体ってことです」

「難しい言い方だね。貞子と婚約でもしたのかい?」

「ま、まあそれはそのうち考えますよ」

「そうかい。うちで住むのは構わないけど、
 畑仕事の手伝いはしてもらうよ?」

「え?」

その日から、ケイスケは農業の手伝いをすることとなった。

おばあさんの旦那はすでに他界しており、広大な農場を
人を雇って管理しているという。
業者と契約してコメを耕してもらっている。

そのため、この家では年間に消費するお米の
300パーセントが無料で手に入る。
今はおばあさんの一人暮らしなので余った分は市場に売り出している。

その他に白菜畑を所有している。極めて広大である。
この畑の収穫量は、主に東京都八王子市などに出荷している。

この白菜畑で働いているのはブラジル国籍の黒人ばかりだった。

みな背が高く、はつらつとしている。
足が長いので長靴姿が様になっている。
(白菜の収穫時期は当分先だが……)

「あっちは外人専用の職場にしてある。
 あんたにはうちの畑で働いてもらうよ」

作業服に着替えたケイスケに最初に命じられたのは、
除草剤を屋敷の周りへまく仕事だった。

「おもっ!?」

除草剤の入った噴霧器が肩に食い込む。
中に9リットルも入れてある。肩掛け式の噴霧器は、
温室育ちのケイスケにはきつかった。

おばあさんに不満を言うと、背負い式の
噴霧器をすすめられた。これでも十分に重い。

畑は広い。きゅうり、ナス、トマト、カボチャ、オクラ、
モロヘイヤ、ピーマン、獅子唐の苗がすでに植えてある。

それらを植え込んだ何列ものうねが、畑に伸びている。
(うねとは、作物を作るために土を直線状に盛り上げた部分のこと)

ある程度苗が落ち着いたら肥料をあげ、消毒をしなければならない。

畑を避けながら、
屋敷の隅など周り一帯へ除草剤を撒いていくケイスケ。

「もう中身が無くなったのか」

除草剤のキャップを外し、適量を噴霧器に投入。
それに水道水を混ぜる。水を入れて濃度を薄めるのだ。

「殺人的な暑さだ。こんなとこで長時間働いたら倒れるだろが」

梅雨前の太陽の照り付けは真夏並みである。
麦わら帽子と首タオルをしていても気休めにしかならない。

この肌にまとわりつく湿気を何とかしてほしかった。

ケイスケの畑仕事は毎日あるわけではない。

畑に苗を植え、管理するのがおばあさんの仕事。
肥料、消毒、水巻き、収穫の手伝いをケイスケに頼んだ。
要は野良作業の雑用係である。

もちろん慣れてないケイスケにはハードだ。

「くじけずに頑張って。梅雨が来れば
 畑仕事はしばらく休みだから」

ケイスケの隣にいるのは貞子。
超生命体の彼女も畑仕事を真面目にこなしていた。
麦わら帽子に作業服、軍手。ケイスケと同じ格好である。

「外の作業はつらいけど、
 自然の中に身を置く仕事はストレスがないのよ」

「こんなにきついのにか?」

「ほら」

風が吹いた。その心地よさは、体中の汗を吸い取るかのよう。
空気は澄んでいて、景色はのどか。
空を見上げると、大きな雲の固まりがゆったりと流れている。

ケイスケは、こんな時間の流れを今まで感じたことがなかった。

「おばあさんは急かしたりはしないから、
 自分のペースで仕事していいのよ」

マイペースでのんびりと。彼らはあくまでお手伝い。
例えば会社と違って納期があるわけでもない。
家庭菜園のお手伝いだから、慣れてさえしまえば気楽なものだ。

ケイスケは意外と順応性が高く、畑仕事を初めて2週間も
するころには文句を言わなくなった。
そして梅雨を迎えた。当たり前だが、梅雨は連日の雨である。

ケイスケは学業を放棄しているから、暇な日はやることがない。

貞子の勧めで近くのファミリーマートでアルバイトをすることにした。
シフトは、畑仕事と重なる早朝は避けて、午後13:00〜17:00まで。

土日を中心に週4回働くことにした。

「しゃーせー」

「こら君。言葉遣い」

店長からにらまれるケイスケ。

ケイスケは接客などクソくらえという性格だったので
全く向いてなかった。しかし、ファミマの他に働けそうなお店や
工場などが近くにないので、我慢して働いていた。

一方、貞子は今の仕事を気に入っていた。
見た目は女子中学生なので面接時に
店長から怪しまれたが、明るいノリでスルーした。

「ありがとうございました。またお越しくださいせ」

「う、うん」

照れた顔でレジを去る中年のサラリーマン。
会計を終えたタバコと缶コーヒーを手にしていた。

貞子はおじさんキラーだった。完璧な美少女ルックで
愛想抜群の貞子は接客をそつなくこなした。

彼らがコンビニで働いて一番驚いたのが、商品数が豊富で
覚えきれないこと。なんといってもたばこの種類が多すぎる。
普段から吸わない人は覚えるのに苦労する。
さらに文具など日用品から雑誌まで扱っているのである。

そしてフライヤー(レジの横で肉まんなどを温めている機械)の
商品を中心とした廃棄食品の多さ。まかないでフランクフルトなどを
よくもらえたが、食品ロスが多すぎる職場である。

おにぎりやお弁当などの賞味期限の確認。
納品される商品(日に三回に分けて納品される)を
検品して陳列するなど、小さな店の割にやることが多い。

「なんでいっつもレジの清算が合わねえんだ。
 くたばれよ。めんどくせえ」

シフトが変わる5分前にレジをいったん閉じて、
(隣のレジをご使用くださいのフダを置く)
清算をしなければならない。お釣りを正確に渡しておかないと、
清算の時にレジの金額が合わなくなってしまうのだ。

これはコンビニだけではなく、スーパーなど小売業で
よく起きている現象である。ベテランパートなどは、
金額が足りないときは、自分のポケットマネーを投下するという。

「なあ貞子。俺たちの給料ってどのくらいになるんだ?」

「一人当たり軽く5万は超えると思うよ」

埼玉の田舎のため時給は870円。
日勤は早朝や夜勤よりも自給が安いのだ

月平均で16日出勤。シフト制なので月によって
勤務日を増減させられる。
ふたりは恋人なので常に一緒のシフトに入れてもらっていた。

おばあさんの家で居候する最低限の条件は、
生活費としてふたりで計8万は稼ぐこと。
そして早朝か夕方に畑仕事を手伝うことである。

おばあさんの家は、亡くなったおじいさんの遺族年金が
十分にもらえている。それと収穫した野菜の収益があるので
お金には困っていなかった。

ケイスケと貞子は、コンビニでの半日勤務と畑仕事さえしていれば
いつまでもこの家に住んでいていいのだ。
家にいる時はおばあさんが家事をやってくれるから、
これといってすることがない。

学校に行かないので課題もテスト勉強もない。
おばあちゃんの家は昔ながらの日本家屋で質素なものだ。
娯楽といえば、テレビを見ることくらい。

「料理は手伝うから」「そうかい。助かるねぇ」

貞子はおばあさんと台所に立つのを日課とした。
コンビニでもらったまかないの加工食品(チキンなど)
も少しは家計の足しになる。

ケイスケも掃除機をかけたり、風呂掃除を手伝うようにしていた。
彼らも彼らなりに田舎での生活の知恵を身に着けていた。
食料品をスーパーまで買いに行くのが大変なので宅配サービスを利用した。

そんな日々をひと月も送る頃になると、
ケイスケも貞子もすっかり大人になっていた。

「今日も暑くなりそうだなぁ」 
「日焼け止めクリームの消費が激しいよ」

梅雨明け。7月の早朝。朝5時半である。
太陽が昇り切る前に、垣根の選定をするのだ。
全て切り終わった後には消毒をする。

おばあさんの屋敷は広すぎるので
一日ではとても終わらない。
貞子と手分けして一週間かけて少しずつ進ませていく。

朝7時前に終わらせて、母屋に行っておばあさんが
作ってくれた朝食を食べる。そして昼まで休んだ後、
13:00時までにコンビニに出勤する。

コンビニまでの距離は自転車で5分。
自転車はおばあさんに買ってもらった。

「あざーした」

ケイスケはファミマの制服姿がいつまでたっても
様にならない。しかも口調が軽い。

彼は女好きなので、お客が農家のお年寄り
ばかりではテンションが上がらなかった。

自動ドアが開き、また客が入って来た。

ひと目でお金持ちと分かるお嬢さんだった。
年はミホと同じくらいか。

長い髪をカールさせ、アイメイクをしているのが分かる。
中学生にしては気取り過ぎていたが、美人である。

「定員さん。アイスクリームはどこにありますか?」

(は? 見りゃわかるだろ。バカか)

そう言いたくなるのをぐっとこらえ、自動ドアのすぐ
横にあるアイスボックスを案内した。

「うふふ。こんなに近くにあったのですね。
 つまらないことを聞いてしまってごめんなさいね?」

「いえっ、いいんすよ。これも仕事っすから」

「ところで定員さんのおすすめのアイスはどれかしら?」

「おすすめ?」

「はい。わたくし、こういうお店に入ることがめったに
 ありませんから、どれを選んだらいいのか分かりませんわ」

「こいつは皇室の生まれか? もしくはただの馬鹿か。
 店員を舐めてるとしたら承知しねえぞ」

「まあ、私は庶民階級の生まれですわよ?」

「は……? まさか口に」

「出てましたよ? それはもうはっきりと」

「す、すみません!! 俺、普段から口が悪くて
 よく店長からも怒られてるんです!!
 謝るんで、マジ勘弁してください!!」

「うふふふ。そんなに頭を下げないでくださいな。
 私は気にしてませんわ。だって」

――ケイスケさんの口が悪いのは良く知ってますもの

少女は確かにそういった。

ケイスケは衝撃のあまり、その場で尻もちをついた。

自分の素性が知られている。
彼女がミホの仲間なのはすでに察した。
田舎暮らしを始めてから、ミホからの着信はなかった。

なぜなら、携帯の電源を切った状態で
JRの電車の窓から投げ捨てていたからだ。

だから、あれからミホやママがケイスケを
どうやって探したのかは知らない。
家族がどれだけ怒っているのかも知る由がなかった。

「ケイスケ。どうしたの?」

裏で冷たいペットボトルの補充をしていた貞子が
心配になって駆けて来た。

しとやかに日傘を持つ少女が、
座り込んだケイスケに微笑んでいた。

説教している場面にも見える。

「貞子。コンビニで働くのは今日で終わりだ。
 この女を見ろ。明らかにただのガキじゃねえ。
 ミホが送った刺客だ」

「この子が刺客? 私たちを捕まえに来たのね」

貞子が臨戦態勢に入る。
今の彼女はファミマの定員でなく超生命体である。
彼女が殺気を放つと、コンビニの陳列棚が激しく揺れた。

何事かと店長(43歳妻子持ち)がバックヤードから
出てきてしまった。貞子は舌打ちし、
彼に腹パンを食らわせて気絶させた。

少女は店長のもとへ近寄り、手当てを始めた。

「先に申し上げておきますわ。私がこの世で忌み嫌うのは
 暴力です。私は本村家の方々と違って交渉する際に
 暴力を用いるつもりはありません」

「私の名前は山村貞子」

「はい?」

「私は名前を名乗った。次はおまえが名乗れ」

「それは日本風の社交辞令でしょうか?
 いいでしょう。私の名前は…」

マリー=アントワネット=ジョゼフ=
ジャンヌ・ド・アブスブール=ロレーヌ・ドートリシュ
(Marie-Antoinette-Josèphe-Jeanne de
Habsbourg-Lorraine d'Autriche,)

「くそなげえっ!!」さすがにつっこむ貞子。

「君があの有名なマリー・アントワネットか。
 なんで埼玉県にフランスのお妃がいるんだよ。
 最近の外人はこんなクソみたいな国に
 進んでやって来るから困る」

ケイスケは、冷静に立ち上がった。

「頼むよアントワネットさん。俺たちを見逃してはくれないか?
 君がミホから俺たちの抹殺命令を受けているのは想像できる。
 だが俺たちはここで第二の人生を歩んでおり、貞子の親戚のばあさんからも…」

「失礼ですが、お話を割ってもよろしいですか?」

「お、おう」

「あなたは思い違いをされているようです。
 私はケイスケさんたちを痛めつけるつもりはありません。
 先ほども申した通り、私は暴力を嫌います」

「じゃあ何をしに?」

「お二人の様子を見に来たのですよ。今日はテスト期間なので
 半日授業でした。ちょいと電車に揺られてこちらのコンビニまで
 遊びに来た次第ですわ」


「そうか。てことは俺たちを逃がし…」
                       つづく


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