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作品名:午後『2時55分』に何かが起きる 作者:なおちー

第7回   7
「本村さんのママさんは不在か」

「ごめんねー。この時間は絶対に家にいるはずなんだけど」

家は無人でカギがかかっていた。ミホがロベスピエールと
アントワネットをリビングのソファに案内した。
中学生とはいえ、フランス革命の大物二人の
生まれ変わりだから気を使う。

重量感のあるガラス製ローテーブルにテレビの
リモコンが置かれている。テレビ画面は当然真っ暗。
ママもケイスケもいない家はさみしいものだった。

ミホが紅茶を淹れようとしたが、

「あいにくですが、お気づかいなく。今日は長居するつもりはありません」
アントワネットに遠慮された。ロべスピエールも同じことを言った。

「さて。どうしたものかな」

ロベスピエールが顎に手を当てる。考え事をする時の彼の癖だ。
アントワネットは彼が怖いので距離を空けて座っている。

「本村さん。差し支えなければケイスケさんの部屋を
 見せてもらってもいいか? あの共産主義者たちの言う通り、
 ケイスケさんが消えた痕跡を見つけるのが解決の近道だ」

「えー、あいつの部屋はちょっと……人に見せられないレベルと言うか……」

「いやに歯切れが悪いな。お兄さんは変わった趣味でも持っているのか?」

「趣味? まあ一応あれも趣味に入るのか。
 うん……。できれば入らないほうが良いと思うよ」

「そうやって隠そうとすると余計に気になるよ。
 アントワネット嬢もそう思うないか?」

アントワンットは肩をびくっと震わせる。

「おっしゃる通りです。ケイスケさんの
 部屋に入らないと何も始まりませんわ!!」

「アントワネット。ちゃんと自分の意思で答えてよ」

「十分に自分の意思ですわ!! ミホさんはなにを言ってますの!?」

「ロベスピエール君にビビりまくってんじゃん。
 フランス革命の時に何かされたの?」

「な、ななんああ、なにもされてませんわよ?
 わわ私は前世の記憶がありませんから!!」

三人はケイスケの部屋へ向かった。子供部屋は二階にある。
階段を登ってすぐのところがケイスケの部屋だ。
その隣が妹のミホの部屋である。

ロベスピエールが先導してドアノブに手をかけると、

「なんだこれは……?」

驚くべき光景が広がっていた。

まず巨大な本棚が目に入った。
本棚は天井まで達するほどである。
その中にひしめき合うように並ぶ、漫画、小説、ゲームソフト。

壁を見ると、長さ2メートルに達するほどの巨大な
ポスターのようなものがあった。あられもない姿の
アニメの美少女がプリントしてある。
少女は中途半端に衣服がはがされており、ほとんど裸だった。

そのポスターが部屋の三面に貼ってあった。

その衝撃により、

「c'est incroyable .Qu'est-ce que c'est?」
(ちょ、これはいったい、なんですの……?)

マリー・アントワネットから嫁ぎ先の仏語が出てしまう。
(余談だが、彼女はオーストリア・ハプスブルク家の
 生まれなので母国語はドイツ語である)

「だから見せたくなかったんだよ」

ミホがため息を吐いた。部屋中にアニメや漫画などのグッズが並び、
エロゲーと思われるソフトが床に散らばっている。

通学かばんは部屋の隅に放置されており、
中から教科書や参考書が飛び出ている。

これが、学生にして学業を放棄した男の部屋だった。

そしてミホにとって大恥であった。
身内の恥を同級生にさらすなど、
時代が時代なら自殺物の苦痛である。

「本村さんのお兄さんは○○高校で
 成績トップクラスだと聞いていたが」

「前はそうだったみたい。今はどこに出しても
 恥ずかしくないレベルのニートになってます」

「ニートや引きこもりは高確率で美少女アニメが好きらしいが。
 法則でもあるのだろうか」

「バカ兄貴は現実世界の女と関わるのが怖いって言ってたよ」

「ふむ。貞子に襲われたショックで逆に女性を避けるようになったか。
 極端から極端へと考えが変わるのは生真面目な人間に多い特徴だ」

「全然真面目に見えない。ただのチャラ男だよ。口も悪いし」

「性的指向と頭脳は別次元だ。
 勉強のできる人間は、根が真面目で努力家なのだよ。
 政治家連中に女癖の悪い男は売るほどいる。特にフランスはね」

「フランスの偉い人って女好きが多いの?」

「それはそうだよ。例えばパリジェンヌにこう聞いてみなさい。
 フランスの前大統領の愛人が何人いるか教えてください。
 するとこう答えるだろう。今までに報道されただけで5人だな。
 じゃあ本当は何人? いいや、数えるだけ無駄だ。
 なぜなら今この瞬間でも増えている可能性があるからだ」

「それ、日本なら大問題じゃん!!」

「フランスでは普通のことだぞ? 日本の戦国時代の武将も妾は
 公認されていたから、うちのクラスの織田信長も人のことは言えないな。
 男が女好きなのは正常なのだ。今の日本が硬すぎるのだよ」

「歴史の話は知らないけど、フランスの前の大統領は
 そんなに愛人ばっかりで奥さんに離婚されないの?」

「なに、奥さんも慣れたものさ。これはイタリアの首相の話だが、
 公共施設のベンチに座った奥さんのところへ、当時17歳の愛人の
 少女が現れて優雅に挨拶をしたそうだ。当然首相夫人は激怒したが、
 首相夫人の優雅な生活を捨てるよりは、浮気を見逃すことを選択したそうだ」

「イタリアの男もチャラいね。最低じゃん。
 EUってもっとまじめな国だと思ってた」

「欧州なんてそんなものだよ。イタリア人は
 生涯で最低8回は浮気をすると言われている。
 オランダでは13歳以上の女との結婚が合法化されている」

「えっ、政府がロリコンを認めてるってこと?」

「そうだ。資本主義としての歴史が世界一長い、
 あの文明大国のオランダがだぞ?」

(じゃあ、うちのパパはどうなんだろう……)

顔が引きつっているアントワネットを横目に見るミホ。
父が夢中になっているのは中二の女子である。
ここがオランダならば正常なのだろうか。

アントワンットはというと、ロベスピエールが一緒にいるためか、
かわいそうなくらい挙動不審である。ハプスブルク系の美少女が台無しだ。

ぎゅっと目を閉じたり、
意味もなく自分の首を触ったりしている。
そんなことしなくてもしっかりと首はついているのに。
いったい前世でロベスピエールに何をされたのだろうか。

ガチャ。 ドタドタ。

階下から物音。ママが帰って来たのだ。
ミホが二人を連れて一階へ降りる。

「あら、アントワネットちゃん。また来てたのね。
 いらっしゃい」

「お邪魔してますわ……」(ほんとは来たくなかったけど)

「そっちの男の子は初めて見るわ。フランスで法学を
 専攻してそうな顔しているけど、お名前を伺ってもよろしいかしら?」

「マクシミリアン・ロベスピエールです」

「ずいぶん変わった名前ね。キラキラネームも
 ここまで進化するとついていけないわ」

キラキラネームの次元を通り越している。

ファミリーネームもカタカナなので完全に外国人である。
それなのに物語の設定上はネイティブの日本人としている
(大変に無理がある)

時計の針が6時10分を指していた。この時点でアントワネットは
門限を過ぎていることを思い出し、ゾッとした。
彼女の母は口うるさいので怒らせると大変なのだ。

「ママ。今日はこんな時間まで買い物でもしてたの?」

「ちょっとお出かけして株の専門家と相談してきたの。
 最近NYダウの急落が激しいでしょ? それに釣られて
 日経225の銘柄も変動してるからイラっと来たのよ」

ミホには株の話はよく分からなかったが、資産を国内外の株に
分散投資している本村家にとって大問題であった。
本村家は、余裕をもたせた資産を、長期的な視点で投資をしているが、
投資家心理として乱高下を繰り返す相場にはどうしても動揺してしまう。

「三人ともご飯食べていくでしょ? 今簡単なものを作ってあげるわ」

「いえ、奥さん。僕たちは長居するつもりは」

「いいから食べていきなさい。ロベス君は弁護士っぽい顔してるから
 貞子のことに詳しいんでしょ? 何か知ってることがあったら
 どんどんしゃべって。あ、アントワネットちゃんも途中で帰ったらだめよ?」

「うちは母親が厳しくて……」

「そんなの関係ないわ。こっちは息子の生死がかかっているのよ?
 なんなら、あとであなたのママに直接電話してあげる。分かったわね?」

「はい……」(このババア……)

ママはキッチンで買い物袋を空けながら

「ミホも手伝いなさい」

「はいはい」

ミホも慣れたもので、エプロン姿でシステムキッチンに立つのだった。
今夜はご飯を多めに炊いてオムライスを作るのだ。

(ほう……)

ロベスピエールはミホの家庭的な一面を見て感心していた。
普段から母の料理を手伝っている様子がうかがえる。

料理ができるまでの間、アントワネットとロベスピエールは
テレビでつまらない報道番組を見ていた。今日の国会中継のハイライトだ。
また民進党と共産党がなんでも自民に反対して無駄に質問時間を消費している。

アントワネットがおびえ、黙っているので
ロベスピエールは気を利かせて話しかけるのだった。

「アントワネット君は、料理はできるのかね?」

「い、一応母に教わってますから、それなりに」

「君はどうしてそんなに僕におびえるのか?」

「Sois honnête avec moi. J'ai peur de toi.」
 (正直に言って、あなたが怖いの)

「moi ?」(僕が?)

「oui」(ええ)

「pourquoi pa ?」(なぜだ?)

「Je ne sais pas」(わからない)

「On s'entend bien」(仲良くしようよ)

「Je veux. Mais…」(そうしたいけど…)

「Avec moi Devenez amis」(友達になろうじゃないか)

ミホは突然始まったフランス語会話に仰天し、
包丁を持つ手が止まってしまう。

何を言ってるのかさっぱりだが、ロベスピエールが
アントワネットに熱心に語り掛けているので
口説いているように見える。

「ふたりともー? 本村家では日本語で話しなさいねー?」

ママからツッコミが入る。
フランス語会話は会話間の間が全くなく、
まさしく機関銃のごとくハイペースだった。

夕飯ができた。オムライスとサラダ、野菜スープと本当に
簡単なメニューがテーブルに並ぶ。6人掛けのダイニングの
テーブルに着席する4名。テレビのコマーシャルの音がうるさい。

ママはなんと白ワインを食卓に持ってきた。

「ちょっとママ……」

ミホが呆れるが、ママはいらだっている時は
良く飲むので言うだけ無駄だ。

「ケイスケが行方不明になって2週間が立ったわ。あれからなんの…」

「あの、ミホさんのお母様。この書置きをご覧になって」

さっさと帰りたかったアントワネット。ママの話をさえぎって
例のチラシを見せる。息子が山村貞子と元気に暮らしていることを
知ったママは、やはり激怒した。

「あの女、人の息子を勝手に連れ出しておいて何様のつもりなの!?
 ドナルド・トランプよりむかつくわ!!」

蒙古で鍛えた腕でテーブルを乱打する。
局地的に地震が起きたのと同等の揺れが発生。

ロベスピエールとアントワネットはスープが
こぼれる前に飲み干してしまうのだった。

ミホが『ロベス君。早くママをとめて』とアイコンタクト。

(しかしだね、何を話せばいいのか。ケイスケさんの部屋を
 見てもアニオタであること以外何も分からなかったぞ)

弁舌では国民公会で敵うものがいないとまで言われたロベスピエール。

国民公会とはフランス革命時の議会のこと。
ここに所属した議員らの質は極めて高い。
国家の危機に際し、フランス中から最高の頭脳が結集したのだ。

フランス革命は常に国民公会と共にあった。
インテリジェンスらが知恵を結集し、国民を先導した。
紆余曲折を経て初の民主主義共和国が誕生した。

サン・ジュスト。ミラボー。ダントン。マラー。エベール。
彼ら革命の獅子たちにしたら今の日本の国会など、
幼稚園児のお遊戯だと失笑されることだろう。

フランスは長らく世界第一の先進国として君臨してきた。
日本とフランスでは文明国としての歴史に一世紀の差があるのだ。

現在はGDPこそ日本が上回っているわけだが、社会保障制度や
労働基準法などフランス(EUで特にフィンランドなど北欧諸国)
とは比較にならないほど日本は劣悪である。

例えば過労死など、欧州の言語には類似する単語すら辞書に存在しない。
フランスは90年代から少子化対策(保育、出産、子育て、再雇用)を施し、
出生率は回復傾向にある。一方、日本は2018年現在、幼児教育無償化、
保育の受け皿拡大について国会で『審議』しているレベルである。

経済力ではなく、国家としての成熟度において日本は明らかに劣っているのだ。
厚労省の(いつもの乱暴な)試算では、2100年までに人口は
日本人が6000万人まで激減し、それに加えて6000万が外国人となるという。

(最近メディアが五輪五輪とうるさいが、オリンピックでの
 第一公用語はフランス語である。19世紀末まで世界の公用語は、
 英語と並んでフランス語が基本だった。
 日露戦争でも日露の士官が交渉する際はフランス語が良く使われた)

まだ余談を続ける。またフランス革命の話だが、
ロベスピエールは議会での一回の発言時間が、
最長で三時間半に及ぶこともあった。

演説家であり、法律家であり、天才だった彼の発言は
決して長すぎることはないとされた。

その彼が最も恐れているのは、主婦(おばさん)だった。

フランス革命時、パリの主婦を中心とした『ヴェルサイユ行進』が起きた。
武装し、集団化し、パンを求めた主婦らは狂暴を極めたという。
なんと国王ルイ16世が、ヴェルサイユ宮殿から
パリに連れ戻されてしまったのだ。

「アメリカの長期金利が上昇傾向にあるのはトランプ政権の
 ごり押し政策(国内の雇用最優先)が原因なのよ!!
 ムニューチン君(財務長官)の無責任な発言のせいで
 ドル売りになってるのも気に入らないわ!!」

ママの愚痴は、貞子からアメリカ政府の悪口に移行していた。
彼女は株価が大幅に変動するといつもこんな感じだった。

こういう時に株式投資家には大きく分けて二種類のパターンがる。
恋人に振られた後のように落ち込み、誰とも話さなくなるタイプ。
周りに八つ当たりをしたりとやかましい人。ママは後者である。

ミホは中学生なので株の話は分からないし、聞きたくもないが、
株のもうけが減るとお小遣いが減らされる恐れがあるので黙っていた。
今月だけで10万も使えたのはママが株の売却益の一部をくれたからだ。

「日銀の黒田君も安倍君の言いなりになって気に入らないわね!!
 今日の国会答弁も民進党の議員にたじたじだったじゃない。
 いつまで規制緩和を続けるつもりなのか知らないけど、
 日本が低金利でもアメリカの影響受けちゃうんだから面白くないわ!!」

アントワネットにも激しくどうでもいい話だった。
ロベスピエールだけは感心してママの話に耳を傾けているのが不思議だった。

中学生三人は、ママの大演説を強制的に聞かされるはめになってしまった。
ケイスケがいなくたってからというもの。ママの独裁っぷりはすごかった。

「ただいま。ずいぶん騒がしいな。うん? この靴はもしかして?」

パパは玄関にあるアントワネットの靴に注目した。
彼女の靴は、どことなく上品でハプスブルク家っぽい感じがした。
この間ショッピングモールの高級靴屋で買ったのだ。

「まあお父様ですか。お邪魔してますわ」

アントワネットが席を立ち、優雅にお辞儀する。
その仕草だけでユキオは天国に登りたくなるほど高揚した。

「お邪魔だなんてとんでもありません。毎日でも来ていただきたい
 くらいです。はは。お越しになるのが分かっていたらプレゼントでも
 買ってきたところですよ」

「うふふ。お気持ちだけでもうれしいですわ。お父様は紳士ですのね」

「お褒め頂いて恐縮です。ミホのお友達にあなたのような素敵な方が
 いることを心から光栄に思っています」

「まあ。それは褒めすぎですわ。お上手ですこと」

フランス上流階級を思わせる会話の流れである。
ミホには激しくうざかった。

「はじめまして」

ロベスピエールが議員風の挨拶をすると、
ユキオを逆にたじろがせるのだった。

ユキオは部下がいる立場なのでロベスがただの中学生でないのは
ひと目で見抜いた。彼を試す意味も込めて話しかける。

「妻が一人で騒いでてすまないね」

「いえいえ」

「マリエが騒いだせいで話し合いは全く進んでないのだろう?」

「正直に申し上げると、そうですね。奥様が金融関係の話ばかりして
 ミホさんやアントワネットをドン引きさせています」

「子供たちの前で言ってもしょうがないことだろうに。困ったものだ」

ユキオはネクタイを緩め、カバンをソファに放り投げた。
時刻は8時過ぎ。これでも早く帰れた方だ。
今日も疲れたのでアルコールが欲しくなってしまう。

妻はワイングラスを持ちながら震えていた。

「あ……あなた」

「どうしたマリエ?」

震えているのは子供たちも同じだった。
みなユキオの背後を指さしている。

まさかと思って振り返ると、いた。

「ごきげんよう」

件の怪物。この物語の災厄の特徴。山村貞子である。
以前の汚さは微塵も感じられず、清楚な日本風の美少女がそこにいた。
娘と同じ中学の制服姿にショートカットに大きな髪留めをしている。
髪留めをしているのはミホを意識したのだろうか。

ユキオはロリコンの自覚があるが、目の前にいる貞子には反応しなかった。
しつこいようだが、貞子は息子を誘拐したのである。

「きさまぁ!!」

挨拶を返す代わりに拳を振るった。

「おそいよ」 「!?」←ユキオの反応

貞子はいつの間にかユキオの背後に回っていた。
ただ移動しただけ。この一動作だけで、
貞子とユキオの間に致命的な戦闘力の差があることを証明した。

「今日は用があって来ただけ。
 あなた達に危害を加えるつもりはないから」

と山村さんがいうが、信用できるわけがない。

その次の瞬間。ママがつっこんできた。

「ぐっ」

貞子はママのボディブローを食らった。
貞子は瞬間移動ができるのに、どうやったらボディが当たるのか。

答えは簡単。

「奴が移動した先に拳を振るえばいいのよ」

勝ち誇った顔でママが言う。つまり瞬間移動した先を
予想して拳を振るうという超人業である。

いくら貞子が化物でも、モンゴルで鍛えたママには勝てないのか。

貞子はみぞおちを押さえながら、床に転がっている。

「だ、大丈夫ですか? すごい音がしましたけど」

アントワネットが気の毒になってハンカチを渡した。
貞子は冷や汗をかいており、苦しそうだ。

先ほどのボディだが、重さ5トンの鉄球がぶつかったのと
同等の音が響き渡った。殴られた、などという次元の話ではない。

貞子だから生きているが、普通の人が食らったら
即死するほどの一撃だったのである。
おそらく戦車の装甲すら砕いたかもしれない。

(マリエはこんなに強かったのか……)

旦那の彼でさえ震えるほどの戦闘力の高さだった。

(日本の専業主婦の力なら国を革命できるかもしれない)

ロベスピエールも衝撃を受けていた。ママが使ったのは蒙古式体術。
かつて蒙古帝国がユーラシアを制覇したのは決して偶然ではないのだ。

そんな時、テレビから男性アナウンサーの声が聞こえて来た。
『今日の日経平均買株価の終値は、前日より600円以上下がって、
 21348円になりました』

またママが切れる。そう思ったミホは友達たちを
連れて二階へ避難しようかと思った。

「待ちなさいミホ。どこへ行くつもりだったの?
 危ないから、みんなとここにいなさい」

ママの殺気は野生の獣並みだった。ミホは萎縮してしまい、足が動かない。
ママは、憎い貞子が目の前にいること、株価が安定しないことに
よって怒りのボルテージが最高潮に達している。

貞子は、ママがミホを見た瞬間にすきができたと判断し、
また窓から飛び出てしまおうかと思ったが。

「こら。なに逃げようとしてるの」

ママに足をつかまれた。貞子は大根のように白くて太い足だった。
少し前までガリガリにやせていたのがウソのようである。

「これでも喰らいなさい」

「うわあああああああああああああああ!?」

ジャイアント・スイングだった。五輪のハンマー投げに匹敵するほどの
回転を加えたそれは、ダイニングにあるあらゆるものを巻き込んでいた。
イスが飛び、皿が砕け散る。アントワネットも巻き添えを食らい、転んでしまった。

竜巻のごとく回転を続ける貞子はすでに気を失っていた。
ママは十分に遠心力をつけた状態で貞子の足を放した。

貞子の華奢な体は、リビングの壁を通過し、その先にあるトイレも通過した。
つまり、彼女の延長線上にある、本村家のあらゆる壁を貫通して吹き飛んだ。

その勢いはまさしく長距離弾道ミサイルのごとく。
いったいどこまで吹き飛んだのだろうか。

ママは貞子を探しに行く、と言ってミホを連れて外へ。
他の人は家で待機していろと言う。
客人のアントワネットとピエールはいいとして、
なぜ世帯主のユキオが待機なのか。

「戦闘力が足りないから」とママは言う。

それは、ユキオが娘より戦闘力で劣っているという意味なのか。
ユキオは自殺したいほど情けなくなった。
今後ジムに通い、体を鍛えることを決心するのだった。
(ジムでどうにかなるレベルじゃないが…)

「ママ。こんな暗いのに貞子がどこまで吹き飛んだかなんて
 分かるわけないじゃん」

「それでも探すのよ。ケイスケを取り戻すまでは諦めちゃだめよ」

自宅の壁の貫通具合から、吹き飛びそうな場所を特定していく。
隣家の壁も完全に貫通し、さらに遠くまで吹き飛んでいるようだった。
その家では家族中がパニックになっているようだが、気にしない。

「あそこで寝てる人ってもしかして」

ミホが公園のベンチを指さした。
夜は街頭に照らされているから余計に目立つ。

体中傷だらけで制服がところどころすり切れている貞子が寝ていた。
穏やかな顔だ。少女のあどけなさが十分に残っている。
そんな彼女の顔を濡れたハンカチでふいてあげている少年がいた。

「ケイスケ……?」 「バカ兄貴……?」

本村ケイスケその人であった。家族なので見間違いようがない。
秋葉原に出かけた時と同じようにチェック柄のシャツとジーンズ姿だ。

ケイスケは2人に気が付くと、気まずそうな顔をした。
親にエロ本が見つかった時の男子中学生のような態度であり、
母親と妹と視線を合わせようとしない。
彼はうつむき、両手をポケットに入れたまま、こう口にした。

「母さん。どうして貞子を殴ったりしたんだ」

「え?」

「貞子は今までのことを謝りに来たんだよ。
 あいつは、本当は誰よりも純粋で優しい子なんだ。
 ただ、ちょっと不幸な環境で生まれちまったから、
 人との関わり方が分からなかっただけなんだよ」

彼の言い分をマリエもミホも全く理解できなかった。
貞子と同棲して洗脳でもされたか。そうとしか考えられなかった。

貞子をかばうなど、言語道断である。
マリエは母としてどれだけケイスケのことを心配していたことか。

ケイスケが仮に貞子に洗脳されているのなら、きつめのボディを
喰らわせて頭を冷やさせる必要すらあった。
しかし、マリエは息子に手を挙げたことは一度もなかった。

「力押ししたって、何も解決しねえんだよ」

ケイスケの口調は強い。ミホは、兄にかつての乱暴な
言葉遣いが戻っていることに気付いた。そして
兄の心が貞子に近づいてしまっていることも。

「兄貴は自分の意思で貞子を好きになったの?」

「好きかと言われると、ちょっと悩むが、
 少なくともあいつには俺が必要なことは確かだ」

「幽霊と付き合うなんて兄貴はどうかしてるよ」

「そうかもしれないな」

「まだ二次元オタの方がましだったよ」

「ああ。そうだな」

「本当にバカ。兄貴は宇宙一の馬鹿だよ!!
 どうしてみんなに心配ばっかりかけるの!?
 うちのクラスも兄貴のことで毎日みんなで議論してるんだよ!!」

ケイスケは、妹の怒声を聞き流していた。
今まで家族のもとへ帰るタイミングはいくらでもあった。
貞子がケイスケを永遠に閉じ凝るつもりがないことを知ったからだ。

だが、貞子を置いて元の世界に帰るのは、なんだか納得がいかなかった。
自分がいなくなったら、貞子はまた一人になってしまう。
親にも恋人にも捨てられ、医者に
レイプまでされた彼女の心は極めて不安定だ。

ケイスケは自分でもバカだという自覚はある。大切な家族といるよりも
超生命体の貞子と共にいることを選んでしまったのだから。

「ケイちゃん。今ならママ、まだ怒らないであげる。
 早くお家に帰りましょう?」

「でも貞子の手当てをしないと」

「そんな女はどうでもいいでしょ」

ママの隣にいるミホは、全身を針で突き刺されるほどの
圧迫感を感じた。ママから発せられる殺意のオーラは、
今までに感じたことのないほどだった。

ケイスケは、母に殺される覚悟で貞子の前に立ちふさがった。
寝顔の貞子は事の成り行きに全く気付いていない。

「そう。ケイスケがその気なら最後の手段に出るしかないわね」

ママは三メートル飛び上がり、貞子にとどめを刺すために
右手を振り下ろした。その瞬間に貞子は死んだと
(原作の設定上すでに死んでいるが)ミホは思ったほどだ。

パリイイイイイイイイン

今の音は、ママの拳が透明色の壁にさえぎられたことを意味する。
貞子を守ろうとするケイスケが放つ心の壁・ATフィールドであった。

ATフィールドとは、新世紀エヴァンゲリオンで登場した、
物理的な攻撃を防ぐことのできる便利な壁である。

「信じられないわ。ケイちゃんは家族よりその女を選ぶの?」

「そうじゃない!! 俺には母さんもミホも大切な存在だ。もちろん親父もな。
 家族と離れ離れで暮らしてみて、改めて家族の大切さに気付いた。
 みんなに再開できなければ死んだほうが良いとさえ思った。でも、だめなんだ!!」

ケイスケは真剣な顔で続けた。

「俺は、確かに今回の事件に巻き込まれた。学校を休み過ぎて
 推薦まで取り消されたのは知ってる。学校の奴らも心配してるだろうな。
 でも、それでも!! 俺はまだ貞子のもとにいないとダメなんだ!!
 あいつは優しいから、俺を家族のもとに戻そうかと言った。
 だけど俺の方から断った。だってあいつの顔が、はかなくて、
 消えてしまいそうなほど悲しかったから!! だから俺は!!」

「アニキ!!」

「ミホ。最後まで言わせろ!!」

「そうじゃないの。
 本編の文章量が一万文字を超えちゃったから、続きは次の話で」

「なに?」 

                          つづく


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