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作品名:午後『2時55分』に何かが起きる 作者:なおちー

第4回   織田信長「あーちーちあーち。燃えてるんだ廊下♪」

「チンギスハンやその後継者たちが
モンゴル帝国はその領土を拡大していきました」

30代の男性教師の声。担任のジイさんである。
2年4組では歴史の授業が行われていた。

「最盛期の領土面積は約3300万km²。地球上の陸地の約25%を統治し、
当時の人口は1億人を超えていました。三大洋全てに
面していたほどの大国は有史以来、存在しません。
史上最大の領土を持った大国だったのです」

もしここに熱心な生徒が一人も出いたら、どうしてそんな大国が
今は人口250万の小国に変わってしまったのかを質問したことだろう。

「モンゴル帝国は、モンゴル高原に君臨するモンゴル皇帝(大ハーン)を
中心に、各地に分封されたチンギス・カンの子孫の王族たちが
支配する国(ウルス)が集まって形成された連合国家の構造をなしていました」

先生は黒板に大雑把なユーラシア大陸の地図を描いていく。
ここにいる生徒は神セブンのみ。

先生の話に興味のある生徒は、残念ながらいない。

「そろそろあの時刻か」「緊張するぜ」

チョイバルサンとトロツキーが小声で話し合う。

今この教室は『2時55分』を迎えようとている。
貞子はその時間に必ず現れるわけではない。
理由は、彼女はJRの電車ではないからだ。ようするに気分屋である。

この教室で最後に貞子を見たのは、
田中を中心とした武装集団が殺された時だ。
もし現れるとしたら、これで三度目である。

(先週もジャニーズショップで生写真の衝動買いしちゃったよ。
山田君の写真入れるファイル買わなきゃ)

ミホは窓の外を眺めながら、のんきなことを考えていた。
どうせ現れる時は現れるのである。考えるだけ無駄だと思っていた。

時計の針が55分を指した。

「この大連合は14世紀にゆるやかに解体に向かいますが、
モンゴル帝国の皇帝位は1634年の北元滅亡まで存続したのです」

何も起きない。

爺さんもビビっていたが、普通に授業が続いてる。

「では本村さんに聞いてみましょう」

「ぽえ?」

ミホは先月発売した初回特典版のシングルを買い忘れたことを
気にしていたので授業など聞いてない。今日は金曜日の六時間目だ。
誰だって土日の予定が頭に浮かび、気が緩んでしまうだろう。

「すみません、先生。ちょっと眠かったので話、聞いてませんでしたああ!!」

ノリ良く謝罪することで誤魔化そうとするが…

「聞いてなかったじゃねえんだよぉぉぉぉお!!」

ドッガアアアアアアアアアアアン

「!?」←生徒たちの反応

上に書いた擬音は、ドラマ『坂の上の雲』に出てくる戦艦三笠の
主砲の発射音に近いかもしれない。

それはいいとして、いったい何が起きたのか。

担任は教卓に向け、握りしめた拳を振り下ろしたのだ。
教卓は意外にもろく、瓦割りをしたように真っ二つになった。

(いや。むしろジイさんの力が異常なんだ)トロツキーが冷静に分析する。

「俺は、おまえらの教師をなめた態度が許せねえんだ!!
 どいつもこいつも調子に乗りやがってよぉ!!」

ブッダ並みの精神力を持つと思われたジイさんが、突然切れだしたのである。
ヒュンと風を切る音。先生は赤、白、黄色のチョークを手当たり次第に
ミホたちに投げまくる。神7は危ないので教室の隅に避難した。

「学校に電気ポットとかティーセット持ってきてんじゃねえ!!」

アントワネットは気まずそうな顔をした。
他の生徒の机イスがないので、
お菓子を入れるための棚まで教室に置いている。
スペースの有効活用である。

「ヘッドホンやPSPを当然のように持ち込んでんじゃねえぞ、こら!!」

今度はポルポトが気まずい思いをした。
彼はゲームが好きなので机の引き出しはゲームソフトでいっぱいだ。
教室の隅には空気清浄機を置いた。貞子が来たら臭くなるからだ。

「おまえは顔が良いから気に入らねえ!!」

「ぐあっ!?」

美男子のトロツキーへ黒板消しが投げつけられた。

ジイさんはその年まで彼女いない歴イコール年齢なので、
たとえ相手が中学生でも顔の良い男が気に入らないのだ。
ちなみに授業中によく読書しているのはトロツキーだ。

「このクラス、なんなんだよ!? まじなんなの!?
 なんで貞子に呪われてんのよ!? っざけんじゃねえ!!
 俺だって好きでお前らの担任になったわけじゃねえぞ!!」

また拳を振り下ろしたが、すでに教卓は割れていた。

「てめえらはよぉ!! 授業中スマホいじったり本読んだりで
 俺の話全然聞いてねえじゃねえか!! 他の教師は黙ってるけどな。
 俺はそういう、いい加減なの我慢できねえんだよおおお!!
 自分らが特別だと思ってんじゃねえぞ!!」

彼も彼なりに不満があったのだろうが、4組の生徒には
不要物を持ち込むくらいは許してほしいものである。
中学生の身で文字通り明日も分からぬ毎日を送っているのである。

学校で娯楽でもなければウツになってしまうではないか。

(お父さんが良く言ってた。投資相談窓口に来る人は、
 いざ損益が出ると行員に食って掛かるって。
 事前に元本割れのリスクは説明してあるのにね
 おとなしそうな人ほど切れると怖いっていうよね)

中学生たちも黙っていない。
理不尽なクラスでストレスが溜まっているのはお互いさまだ。

「くそやろう!!」

ミホがめずらしく逆切れし、その辺に散らばっている
チョークを拾って投げ返した。

「もとむらぁ……。教師にチョークを投げたな」

「先に投げて来たのはそっちじゃない」

「きさま……完全に俺を舐めてるな。よろしい。
 お前は放課後、反省室行きだあああ!!」

両手をマントヒヒのように広げたジイさんが襲い掛かって来た。
か弱い女子に暴力を振るうなど、教師失格である。

彼が異常者に思えるかもしれないが、実際の中学教員は
このくらいストレスをためているのが普通だ。

教師のストレスは、なってみた人でないと分からないと言われている。
過酷な長時間労働、特にブラック部活の実態を政府が問題視しているほどだ。

ミホは黙ってやられるつもりはない。
ママから教わっていた蒙古式体術を繰り出そうとした。
ミホと先生の距離があと一メートルまで迫った時であった。

「みんな、あれを見ろ!!」

織田信長の声に従ってテレビの方に注目する。
なんと、来てしまったのだ。あの貞子が。

時刻は実に3時07分。貞子にしては遅い時間である。
向こうの世界で何かあったのだろうか。

ぐおおおん

貞子がテレビから上半身を伸ばして降りてくる。

「みんな、下がれ。奴から距離を取るんだ!!」信長が言う。
 彼は未紹介だったクラスメイトの一人だ。

下がらなかったのは教師のみ。

「ついに出やがったか。俺様は今最高にイラついてるから
 返り討ちにしてやるぞ。この井戸水女め。
 ん? 髪が短くなってる……」

貞子はショートカットになっていた。
ミホに後ろ髪を切られたのが影響したのだろうか。
美容室で切ったかのように整っている。

すると顔がはっきり見えるのだが、目鼻立ちが整っていて美しい。
確かに幽霊っぽいので血色は悪く、殺人的な目つきはしているが、
うっすらと化粧をしているように思える。

リングゼロでは仲間由紀恵が演じていたので
この小説でもそのイメージで想像すればいいだろう。

「残念だったな。俺は仲間由紀恵のファンじゃねえんだ。
 美女だからって容赦しねええぞぉ!!」

ジイさんは怒りに任せて貞子に殴りかかった。
普通の人が貞子と戦っても勝てないことは
田中たちが証明したはずなのに。

「ファッ?」

教師の拳は、振りかぶった状態で停止した。
まさしくビデオの一時停止を押したかのごとく。
貞子は下から見上げるように彼をにらんでいた。

「やはり超能力だな」「ああ。リングゼロと同じ設定だろう」

トロツキーとバルサンが腕組みしながら頷きあう。
2人は仲良しだった。貞子を見るのも慣れてきたので
余裕で観戦モードだ。

貞子はスタスタと歩き、ジイさんの首筋へ手を伸ばそうとした。

「お待ちになって」

「?」 ←貞子の反応

アントワネットが優雅にお辞儀した。今着ているのが学制服でなく
ドレスだったら、どれだけ様になったことか。

「髪型、変えたのですね。とてもよく似合ってますわ」

分かりやすい世辞である。アントワネットは嘘っぽく
ならないよう笑顔で言った。貞子の今日の衣装はいつもの白ではなく、
ライムグリーンのワンピースだった。ほのかにファブリーズの香りがただよう。

「お近づきの印におひとついかがですか?」

貞子は差し出されたチョコをながめた。
綺麗な箱に入っているチョコ。
わざわざ本場のベルギーから取り寄せた品だ。

「いらない」

「はい…?」

「チョコは太るからいい」

しゃべった。

神7のメンバーが貞子の声を聴くのは初めてだった。
少し低いが、よく響く魅力的な声質だった。

「ダ、ダイエット中だったのですね。これは気がきかず、
 申し訳ありませんでした。それではコーヒーはいかがですか?」

「まあコーヒーなら」

アントワネットが目配せして、ポルポトに席を用意させた。
イスを引いてあげると、貞子がそこに座った。
すぐにドトールのインスタント(カップ)コーヒーを淹れてあげた

最初は紅茶をすすめようと思ったが、貞子の年齢はたぶん19歳
くらいだと思ったのでコーヒーの方が良いと判断した。

Wikiによると、生前の彼女は大変に美しい女性で
女優を目指して上京していた。生まれた時から、
母親譲りの未来予知などの超能力が使えたようだ。

劇団に入り、音響担当者の男性と恋仲になったが、浮世離れした個性と
演出家の怪死などの事件を起こしたため退団。

結核に侵された父の看病をしていたら、父の担当医の
男性にレイプされて井戸に突き落とされ、死亡した。

そして井戸の底で死んだ貞子の呪いが、やがて災厄を起こすことになる。

非業の死である。強姦殺人にあったわけだから、
男性に対して相当な恨みを持っていることだろう。
ところで貞子は両性具有だったらしいが……。

その貞子が今ミホの教室にいるのだ。
椅子に腰かけて両手でコーヒーカップを持つ姿は人間に近い。
いや、人間なのだろう。少なくともアントワネットはそう思った。

「コーヒーのお代わりはいかがですか?」

「もう十分。喉は乾いてなかったから」

席を立つ貞子。アントワネットに礼を言うような会釈をしてから、
またジイさんの方へ向かっていく。

「どうかお待ちになって。貞子様は彼を殺すつもりなのですか?」

「そう」

「なぜですか? せめて理由をお聞かせください」

「理由?」

貞子が怖い顔をしたのでアントワネットは心臓が止まるかと思った。

「気にさわったらごめんなさい。問い詰めるつもりはありませんわ。
 人を殺すときに選ぶ基準とかあるのかと思いまして」

「選ぶというか、女性の敵と思った奴は全員殺す。
 この先生は女の子にチョーク投げた」

貞子の殺意は圧倒的だった。近くにいる者は
爪先からじりじりと電流を浴びたように体が震えてしまう。

会話ができてもやはり相手は化物。
神7の中で一番精神年齢の高いアントワネットでさえ
恐怖のあまり後ずさりした。

「あの……」

「なに?」

今度はミホが話しかけた。このタイミングで話しかけるのは勇気がいる。

「さ、貞子さんも昔色々あってストレスたまってますよね。
 私たちはリングシリーズをツタ〇でレンタルして貞子さんの
 辛い過去を知りました」
 
貞子は嘲笑したくなった。ストレスなどの次元の話ではないのである。
彼女の正体は怨念によってこの世に再生した超生命体である。
この世に残した強い未練を晴らすために快楽殺人を続けている。

「人を殺したくなる気持ち、痛いほどよく分かります。
 殺人するのもいいですけど、たまにはゲームでもして遊びませんか?」

ソフトは『ゼルダ無双 ハイラルオールスターズ DX』である。
貞子は無差別に人を倒すのが好きそうなので無双系にしたのだ。

「この薄いのはなに?」

「ゲーム機ですよ」

ニンテンドースイッチとは、ニンテンドーが開発した画期的なゲーム機である。

テレビモード、テーブルモード、携帯モードの三種類の機能を有し、
それぞれ据え置き機、純携帯用、携帯用と三種類の遊び方ができる。
老人と孫、友達同士、おひとり様。あらゆるシーンでの遊び方を
想定した汎用ゲーム機である。

ゲーム機本体部に液晶画面が付いているのが特徴である。
全世界で売り上げが好調だ。

貞子は90年代の人だから最新機器に疎いため、
めずらしそうに本体を触っていた。

ところで劇場版貞子3Dではニコニコ動画を通じて殺人をしていた。
パソコン画面から飛び出て襲い掛かるなど、
いかにも最新機器を知っていそうだが、気にしないことにする。

机の上に本体(液晶)を置き、テーブルモードでプレイしてもらう。

貞子は慣れないゲームをポルポトに教えてもらいながら
30分ほどプレイした。体感的に操作できるので初心者にもやりやすかった。

「少し疲れた」

貞子はPROコントローラーを置いた。
ミホが接待用に買った別売りのコントローラーだ。

貞子は伸びをし、あくびをしてから席を立つ。
また先生を殺すつもりなのかと、一同が緊張するが、
今の彼女からは、あの圧倒的な殺意が感じられない。

ガラガラ

教室の扉を開け、廊下に出てしまった。

『うわああああ、貞子がいるぞおお』『きゃああああああああ』

付近のクラスから悲鳴が聞こえてくるが、4組の生徒には
どうすることもできない。おびえ、逃げまとう生徒達に対し、貞子は
何もすることはなかった。玄関で靴を履き、校庭を歩いて校門の外へ出た。

彼女が学校の敷地から出るところを、神セブンたちは窓越しにはっきり見た。
ちなみに彼らの教室は二階にある。

「生きてる……? 俺たち、生きてるんだよな……?」
「ほっぺつねってみろよ」 「いてえ」 「本能寺の変とは違うぞ」

感極まった男子達が激しく抱き合い、感動の雄たけびを上げた。
狩りを無事に終えたペキン原人の集落のようである。

「ふぅ」

アントワネットは緊張が解けて椅子にもたれかかった。
貞子を接待するのは常に死と隣り合わせだった。

一種のばくちである。少しでも受け答えを誤り、
彼女を怒らせたら全員殺されたかもしれない。

「やったねポト君」「本当にゲームやってくれるとは思わなかったよ」

ミホとポルポトもガッツポーズした。ゲームで接待したのはこの2人だ。
ミホは資金を提供し、プレイの仕方を教えたのはポト。

とにかく神7は偉業を成し遂げたのだ。呪われた2年4組。
テレビから出て来た貞子に対し、平穏に帰ってもらうことに成功した。
いったいどこへ帰ったのだろうか。

しかし、この教室で忘れてはいけない人がいた。

「先生……?」

接待に夢中で気づかなかったが、ジイさんはまだ拳を
振り上げた状態で固まっていた。
レニングラードにあるソ連兵(対独戦勝記念)の銅像を連想させる。

「先生が息をしてないぞ……」 「まじかよ」

トロツキーとチョイバルサンが先生の脈を確認した。
確かに止まっている。呼吸もしておらず、眼球も動いていない。
明らかに死亡していた。

「おそらく、こうだと思う」織田信長が説明する。

貞子は先生にかけた超能力を解除せず、テレビゲームをしていた。
状況から考えて、先生は不自由な状態で動きが止まっていたため、
動脈に異常が発生し呼吸困難となり、その後死亡したのだろう。

なにせ拳を振り上げて止まった時はまだ元気だった。
ということは、先生を間接的に殺してしまったのは……

「私と……」「俺か?」

ミホとポトは全力で自己弁護したかった。2人ともジイさんは嫌いだったが、
殺したいほどの恨みはないし、クラスを救うためにゲームで接待したのだ。

「ふたりに非は在りませんわ。信長さん。そうでしょう?」

「俺だって2人を責めるつもりはまったくないよ。
 冷静に状況を分析したらこうなっただけだ。
 もしゲームしなかったとしても先生は確実に殺されてたと思うよ」

織田信長の言葉がはたしてどれだけ救いになったのだろうか。
これで学校関係者が何人死んだか数え切れないほどだ。

今回はクラスメイトが死ななかっただけましと考えるべきか。
あるいはあの先生を救うことができたのか。

温厚だったジイさんが最後の瞬間に発狂し、人間らしい感情を
むき出しにしていた。あの時は本気でむかついたが、
死んでしまうと思い出になってしまうから不思議だ。

ミホは生涯この先生のことを忘れることはなかった。




日付が変わる。ミホは運命的な休日を迎えた。
今日はジャニーズのライブの日なのだ。
今日のために美容室にも行ったし、新しい洋服も買った。

「初ライブだから、うれしいさより緊張の方が大きいな」

ミホは几帳面な性格なのでネットで初参戦する際のマナーは確認してある。

@ボードや垂れ幕は持ち込み禁止
Aペンライト等、光るものは公式グッズ以外使用しない
B帽子や「飾り付き」のカチューシャの使用は控えること
Cうちわは「胸の位置」で持ち、且つ1人1枚まで
Dうちわや手などは、左右に大きく振ってはいけない

特にCとDはジャニーズファンの間でしっかり沁み込んだ
ルールだといわれている。後ろの観客に迷惑をかけないためである。
前の席の人が大きく手を振るとアイドルの顔が見えなくなるのだ。

うちわにメッセージを書いておくと、それを目撃したアイドルが
ファンサービス(通称ファンサ)に答えてくれることがあるという。

ミホはうちわにどんなメッセージを書こうか、ギリギリまで迷っていた。

「やばっ。早くいかないと電車の時間がっ」

ミホは埼玉県の浦和市に住んでいた。
自宅は駅前の一等地にある一軒家である。
駅はすぐそこなので玄関まで走った。

「おうミホ。楽しそうだな」

「パパ。今忙しいからあとにして」

「俺だよ」

「アニキ……?」

なんというタイミング。引きこもりの兄が部屋から出るだけでも
めずらしいのに、玄関先にいたのだ。

「近くのコンビニで買い物してきた帰りだ」

「兄貴に買い物ができたんだ……」

「なめんじゃねえぞ。俺だって母さんに怒られたから
 社会復帰できるように頑張ってるんだ。もっとも
 今はコンビニに行くのが精いっぱいだけどな」

と言って誇らしげにゲームソフトを見せる。どうやら
アマゾンで買ったギャルゲーをコンビニ受け取りにしたらしい。

「あっそ。良かったね。じゃ私行くから」

「おう」

兄に見送られ、ミホは駅まで駆ける。
ジャニオタは、ライブに行くようになってからが一人前と言われている。
ミホは順調にジャニオタ街道を進もうとしていたのだ。

ライブは最高に盛り上がった。ステージから遠い席なので
自担が全く見えないのかと不安になったが、アイドルは気球や
トロッコに乗ってどこへでも現れてくれるのだった。
ファンに気を利かせたサービスである。

ペンライトとうちわを忘れずに持ってきたので手持ち無沙汰に
なることはなかった。ファン達はうちわに思い思いのことを書いている。

『私を釣って』『ピースして』『スマイル。プリーズ』

しかし、彼女たちの思いもむなしく。
ライブ中に自担と目が合うことすらまずないという話だ。
ミホは『いつも笑顔をありがとう』と書いておいた。

意外だったのは会場の暑さだった。
会場の盛り上がりはテレビ越しで見るのとは迫力が違い、別次元だった。
大汗をかいたが、着替えとタオルを持ってこなかったので後悔した。

それと双眼鏡。遠い位置にいるアイドルを見るには必須なのである。
双眼鏡を持っているファンの人は結構いた。
近くにヨドバシカメラがあるので、すぐにでも買いに行こうかと思った。

「でもお金ぜんぶ使っちゃったよ」

帰りにはグッズの山を買いあさり、両手が紙袋でふさがるほどだった。
興奮冷めぬうちに衝動買い。会場限定グッズが販売してるのだから仕方ない。
初めてライブに行く人はだいたいこんな感じらしい。

「失礼ですが、本村さんですか?」

「あっ。ポト君」

「やっぱり君か。みたところコンサートの帰りのようだね」

「なんでわかるの!?」

「だって周囲がジャニーズファンで埋まってるじゃないか。
 あの人達、みんなイーストのファンなんだろ?
 このあと電車に乗るのが憂鬱になるじゃないか。
 あの人数じゃあ一瞬で満員だ」

「ポト君も都内に遊びに来てるんだね」

「埼玉には何もないから退屈でね。
 僕は電車やバスに乗るのが好きだから
 用もなく都内に出かけるのが好きなんだ」

ポトはいわゆる電車マニアで、関東甲信越地方の
路線はほぼ把握しているという。他にもゲームが大好きで
外国語の勉強を好んだりと多趣味である。
変わった男だなと思うが、ミホも人のことは言えない。

「ポト君はどこか行く予定あるの?」

「そうだな。その辺の電気屋さんに寄ってから帰るつもりだよ」

「ヨドバシ?」

「うん」

「じゃあ私も行くよ」

そんな感じで二人一緒に売り場に行った。

ミホにとってポトはブサイクだし、間違っても彼氏彼女の関係ではないが、
貞子問題を考えるうちに自然と仲良くなってはいた。
ポトはジャニオタをバカにする性格でもないし、気の許せる男友達である。

荷物が重いので片方持ってもらった。

「おまえの荷物重すぎだぞ。
 なんでポスターとカレンダーがこんなに入ってるんだ」

「しょうがないでしょ。会場でしか売ってないレアモノだったの」

「CDと写真も入ってるな。こんなに買っちゃって、金残ってるのか?」

「ないに決まってるでしょ」

店内を歩き、目に入るのは携帯。オーディオ、カメラコーナー。
その裏に双眼鏡コーナーがあった。
どうやら初めからジャニオタを対象に販売しているらしく、
全国のコンサート会場ごとにおすすめの双眼鏡が並んでいた。

CANONが発売している人気機種に目が留まる。

「ポト君。これ買ってよ」

「ん。ええっと、6万!? こんなの中学生が買える値段じゃないぞ!!」

「でもジャニオタご用達らしいよ。防振機能がついてるんだって」

「ジャニオタはこんな高いのを平気で買えるのか!? 
 みんなセレブだな。俺はお金がもったいなくて
 買う気にすらならないよ」

「私は今月だけで10万使っちゃったよ」

「10万!? 中学2年生が1ヵ月で10万? 
 まじで言ってるのか!?」

「貞子用にニンテンドースイッチとソフトも買ったからね。
 今月はライブもあったからママから多めにお小遣い貰ったの」

「多めってレベルじゃねえぞ……。
 本村家がセレブなのは本当だったのだな。
 稼ぎの良い親をもってうらやましい」

(でもお父さんはロリコンだけどね)

そんなことを話してると、
近くにいるお客さんにクスクスと笑われていた。

「あの子たち、ほほえましいですね」

「お似合いのカップルだよな。
 俺も中学生の時にあんな感じで恋愛したかったよ」

着物を着た背の高い女性と、温和そうな女性顔の男性だった。
30代前半の夫婦だ。よほど旦那が好きなのか、奥さんの方が
ぴったりと寄り添っているのが特徴だ。

「太盛様。今日はエアコンを見に来たのでしょう?」

「そうだったなエリカ。マリンの部屋のエアコンが
 壊れちゃって大泣きしてたからな」

「売り場はあっちですわ。行きましょう」

品よく、優雅に歩く夫婦はアントワネットと同じ雰囲気だった。
見ただけで金持ちと分かってしまう。ミホのように父の代で
裕福になったのではなく、代々続く家系の品格がある。

(今の男の人。かっこよかったな。
 私のクラスにはあんなイケメンいないよ……)

ミホのクラスには一応美男子のトロツキーがいたが、
理屈屋で革命家っぽい顔はミホのタイプではなかった。

他にも政治家や戦国武将タイプの顔が揃っていたので
恋愛の対象にはならない。というか男子が5人しかいないので
恋愛すること自体難しい。逆にミホは男子から意識されていたが。

ミホは、彼らのように頭の良い人よりも
優しくてそばにいてくれる人が好みだった。
その意味ではポトが近い存在かもしれない。


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