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作品名:午後『2時55分』に何かが起きる 作者:なおちー

第3回   ラジオ体操第一第二 ニコニコ動画
4組では学級委員が先導してクラス会議を開いていた。
このクラスで現在も学校に来ているのは7名。

たったの7名である。彼らは神セブン(貞子対策委員会)を結成した。

(余談だが、お隣の中国共産党政府にも神7は存在する)

ところで他の人はどうなったのか?

勇猛果敢なる11名の犠牲を筆頭に、うつ病。発狂、自殺未遂、精神疾患
などの自宅待機状態。他にも無理やり転校の手続きを取る、現実逃避の
ための旅行に出かけるなどして多くの人が貞子に襲撃されて亡き人になった。

貞子はたとえ旅行中の相手にも、
出先で襲い掛かるというフットワークの軽さである。

新卒なら営業職などに積極的に採用されそうだ。

ミホたちは会議のため、コの字にそれぞれの席を並べ替えて話し合うのだ。
男子が5名。女子が2名。
男子達が中心となって意見を出し合っている。

「学校の女子の中に貞子が潜んでいるだと?」

「そういう話を卒業生の先輩から聞いたことがある。
 貞子は10年以上この中学に留年していている。
 そして普段は普通の女子を装って授業に出ているらしい」

「あほか。あんな女がいたら普通気付くだろ」

「それはうちの生徒に貞子に呪われた、
 もしくは憑りつかれた生徒がいるというニュアンスか?」

「違う。貞子はつねにこの学校に潜んでいる。俺たちと同じように
 人間の姿をしてずっと様子をうかがっているんだ」

「ではテレビの中から出てきたことは? 
 人間だとしたらどうやってあんな芸当ができる?」

「て、手品とか……」

ミホが最後にそう発言すると、神セブンから失笑が漏れた。

「本村さんは笑いのセンスがあるね」と言うのはチョイバルサンだった。

チョイバルサンとは彼の名前であり、蒙古ソビエト連邦に
実在した政治家である。彼は日本人なのだが、そういう名前だった。
長いのでバルサンと呼ばれることが多い。
スポーツ刈りでごつごつした顔。小太り。お世辞にも容姿は整ってはいない。

「本村さん。君はいつも発言回数が少ないね。これは先生方から許可を頂いた
 貴重な会議の時間だ。今は一人でも多くの人の意見が聞きたい。
 もっと積極的に発言してもらってもいいかな?」

眼鏡をかけた美男子。長めの髪を整髪料で固めておでこをはっきり出している。
見た目は10月革命の時のトロツキー(ソ連人)にそっくりだ。
そのため、周りからトロツキーと呼ばれていた。

「ご、ごめんなさい。こういう場所だと緊張しちゃって」

「うふふ。もっと気楽に発言してよろしくてよ?
 男子達に硬すぎる方が集まっているから、
 緊張するのも無理はありませんわ」

フォローしたのは、マリー・アントワネットという女子だった。

もちろん歴史上の人物(ルイ16世の奥さん)ではなく、そういう名前だった。
気品のある令嬢だった。金持ちの彼女がなぜ市立中学に通っているのか
誰にも理解できなかった。

いかにも上流階級特有のもったいぶった態度。話し方。
整った目元。ふっくらした頬。魅力的な唇。
少し太り気味なのを本人は気にしていたが、

中学生にしては大人っぽいので、知らない人にはよく高校生と間違われる。
カールさせた長い髪の毛を肩の上に垂らしている。

「本村さんのお兄様が、貞子に襲われたそうね?」

「うん……」

「なんだと!?」 「それは本当か!?」 「なんでもっと早く言わなかったんだ!!」

激しく動揺する男子たち。

ミホは身内の恥をべらべらと話すような性格ではなかった。
今日の会議で実に丸一ヵ月ヒキニートをしている兄のことを公表した。

クラスメイトにとって彼女の兄はどうでもいいが、貞子が女子のふりを
して近づいたということが問題になった。

争点は、貞子が人か幽霊かである。

バルサンが発言する。

「本村の兄貴は、高校にいた貞子を口説いた? で自宅まで来てしまったと。
 ちょっと待ってくれ。貞子が高校にいたってどういうことだ?」

それにトロツキーが返した。

「奴は高校生のふりをして潜入したのだろう」

「お兄さんを殺す動機は?」

「おそらくケイスケさんが本村の関係者(血縁者)だからだろう。
 しかも女好きだった」

「女好きは関係あるのか!?」

しばらくこの両者で話し合いが続けられた。

貞子の出現場所はまったくフリーダムの一言に尽きた。
その点では心霊現象の一種と考えられる。

ミホの母が貞子を撤退させた事例を説明すると、逃げる動作からして
普通の人間が呪いなどで凶悪化したものとも考えられた。

アントワネットが退屈そうにあくびをした。

「トロツキーさんとバルサンさんはとっても真面目な方なのね。
 言わせていただきますけど、どれだけ話し合っても、ああいう輩の
 正体を明かすことはできないと思いますわ」

「なかなか言ってくれるではないか」突っかかるように返すチョイバルサン。

「奴の正体が分からなければ対策を練ることも出来ない。
 仮に正体が人間だとしたら倒すことはできると思うぞ。
 現に本村さんのお母さんは互角に戦ったそうじゃないか」

「そうですわね」

そのあともチャイバルサンが持論を展開する。
アントワネットは余裕の笑みで聞き流すだけだった。

「アントワネットさん。君は真面目に考えるつもりがあるのかい?」

トロツキーからそう言われてしまう。

「そうあせらず。ゆっくり考えればいいのですわ」

アントワネットは、電気ポットのお湯をティーポットに注いだ。

なぜ教室にお茶セットがあるのか。

40人入る教室に7人しかいないのでガラガラなのもある。
怪事件が続くこのクラスを教師たちが怖がり、
不要物を持ち込んでも誰も注意しなくなったのが一番の理由だ。

「みなさん。会議が続いて疲れたでしょう?
 よろしかったら紅茶でもいかがですか?」

「うぃ。まだむ。しぶぷれ」(頼むよ)

今フランス語で発言したのは、『ポルポト』という男子だった。

手足が短く、下膨れの不細工だが、非常に勉強熱心で、
特に外国の政治や言語に深い興味を示していた。

あだ名は『ポト』 会議中は黙っていることが多い。
机の上にノートを必ず用意し、頼まれてもないのに
議事録を残すほど几帳面な男だった。

「君たち、茶はあとにしろ」

不愉快そうなトロツキーに対し、アントワネットは「まあまあ」となだめて
全員の席にティーカップを並べていく。良い香りだ。
殺伐とした神セブンの雰囲気が穏やかなものに変わっていく。

「C’est Bon」(いいね) 「Je vous en prie」(どういたしまして) 

ポトとアントワネットの西洋かぶれの会話が、他の者にはうざかった。
特にポトは顔に似合わず、外国語が流暢に話せる。他にドイツ語も話せるという。
アントワネットに至っては少なくとも5ヶ国語が話せるほどの秀才である。

さて、神セブンは他にあと2名いるが、一度に紹介すると
覚えきれなくなると思うので後述する。

現在までに登場したのは、
まず男子が『トロツキー』『チョイバルサン』『ポルポト』である。
女子は『マリー・アントワネット』と主人公の本村『ミホ』だ。

ミホ以外は実在した歴史上の人物の名前なので、残り2名も同じ形式をとる。
どうでもいい情報だったかもしれない。

「私が話を進めてもよろしくて?」

どうぞどうぞと、ミホを中心に全員がアントワネットに主導権を譲る。

「私の意見では貞子は人間で間違いないと思います。
 原作の『らせん』では貞子がこの世に人としてよみがえりました。
 そして超能力を使えるから、教室を異世界化したり、
 テレビから出てきたりといった離れ業を披露できるのでしょう」

「むしろリングゼロに近い状態の気がするけどな。原作の最終作では
 仮想生命体の貞子がコンピュータウイルスとして感染する設定らしいぞ」

トロツキーが言うが、アントワネットはウイルス貞子には興味がなかった。

「私たちの利点は、貞子を小説や映画を通じて知っていることにあります。
 戦って倒すことも確かに方法の一つではありますが、ここにいるのは
 たったの7名。もっと多くの人の意見を取り入れるべきだと思いませんか?」

「他のクラスと意見交換でもするか?」

「もっと簡単な方法があるでしょう」

アントワネットにうながされたポトが、
机の引き出しからIPADを取り出した。

学校の支給品と違い、大型で画面が鮮明だ。

『貞子を倒す方法』と書かれた掲示板を開き、意見を集めていた。
人気のあるスレッドのため、書き込みは活発である。

いったいどんな内容が書かれているのか。

『テレビを崖の上に置く』 『テレビを壁と向かい合わせで置く』
『テレビの前に大量の画びょうを巻く』

「小学生が考えるようなことだ」トロツキーが一蹴する。

「まだ他にもあるから」アントワネットが優しく微笑む。

『貞子をオシャレさせて、自分が女であることを自覚させる』
『月イチで美容室に行かせる』
『イケメンに口説かれてキュンキュンさせる』

「あはははっ、あはははっ。バカすぎだろ」チョイバルサンは爆笑。
たぶん彼の名前の方が面白いと思う。

『貞子に対し、休戦条約を結ぶ』 『お茶菓子を用意して接待する』
『ニンテンドースイッチなどを与えて他に楽しみを見つけさせる』

「すばらしい」感動のあまり、机をどんどん叩くポルポト。

アントワネットもこの案に賛成だった。他のメンバーはおおむね反対したが、
戦ったところで勝ち目がないのは事実だった。

神セブンは口ばかり達者な人間が集まっており、
ミホの母のマリエのように戦闘能力が高い人はいないのだ。

神7の意思決定は過半数以上の賛成によって決められる。
アントワネットは巧みな話術でみんなを平和的解決に導く方法へ誘導。

この会議の結果、貞子と休戦交渉を進めることを第一とし、
すきを見てオシャレさせるなどして機嫌を取るという作戦に決定した。
作戦と呼べないかもしれないが、他に方法がないのだから仕方ない。




「ニンテンドースイッチ、売り切れなんですか?」

「申し訳ありません。次回の入荷次第と言うことになってしまいます」

あれから数日後。ミホは学校帰りに家電量販店に寄ったのだ。
店員が20代のイケメンなのがせめてもの救いだったが、
せっかく買いに来たのに残念だった。

前回の会議の結果、アントワネットとミホが接待用の備品を買うことにしたのだ。
なぜ二人が金を払うのか。理由は金持ちだからと言うことだった。
ミホは自分が金持ちと言う自覚は全くないが、議決されたことだから逆らえない。

ミホはゲームを買う係になったのだ。本体がないのは仕方ないとして、
せめて貞子が好きそうなソフトを選ぼうとした。

(ゲームやらないから全然分からないんだけど)

ミホはスマホのゲーム以外はプレイしたことが
ないのでよく分からなかった。
ゲームばかりしてる兄とは対照的だ。

「あの店員さん、貞子が好きそうなソフトあります?」

「ふぁっ?」

こんなこと定員に聞いても分かるわけがない。
そもそも貞子がゲームをプレイする保証がないのだ。
諦めて店を出ることにした。

「ありがとうございました」

何も買わなくても定員たちは礼を言ってくれる。日本は変わった国である。

「ミホか」

「パパ?」

アーケードでばったりと遭遇。ここはショッピングモール内なのだ。

「こんな時間にパパがいるなんてめずらしい」

「う、うむ。今日は午後に有休をとったのだよ」

「パパも買い物してるの?」

「まあそんなところだ。ちょっとした気分転換だな。
 平日は人が少なくて快適だな」

ここは埼玉県の地方都市だ。パパは東京のベッドタウンの埼玉から
JRに揺られて都内まで通勤していた。そんな生活をもう20年以上送っている。

「あら、ミホさんのお父様ですか」

アントワネットが大きな買い袋を下げて歩いてきた。
今日はアントワネットと一緒に買い物に来ていたのだ。

アントワネットは時間の短縮のためにミホと別の売り場に行って
買い物を済ませていた。ちなみに彼女はお茶菓子の担当だ。
高そうな輸入菓子をたくさん買っていた。ちゃっかり自分用の靴も買っている。

「初めまして。わたくしはマリー・アントワネットと申しますわ」

「なにぃ……」

ユキオは思わず眼鏡をふいてかけ直した。
黒縁で度数の濃い眼鏡である。

(まず名前に衝撃を受けた。明らかにハプスブルク家を思わせる名前だが、
 問題はこの少女の顔だ。妻の若い頃にそっくりだ。マリエの子供の頃の
 写真を見たことがあるが、こんな感じの愛らしい顔つきだった。
 まるで瓜二つではないか)

「どうされましたか? 具合でも悪いのですか?」

「い、いや」

「はっきりと申してくださいな。せっかくお近づきになれたのですから、
 これも何かの縁ですわ。わたくし相手に遠慮は無用です」

「なら言おう。君が、私の妻にそっくりなんだよ!!」

あぜんとしたのはミホも同じだった。
そもそもパパが人前で大声を出すことがめったにない。

「その買い物袋を持つ仕草、お嬢様口調!! ぜんぶマリエと同じだ!!
 君はむしろマリエの生まれ変わりとしか思えない!! なんという出会いだ!!
 私は今、神の存在を信じてもいい気になって来たぞ!!」

彼が言うには、容姿はもちろん、声、髪形など、全てがそっくりだという。
アントワネットのほうが、いくぶん髪が長くて手入れがされているが。

しかし、店先で騒いだのはさすがに周りに迷惑だった。

「あのー…さーせん」

ブランド服売り場の若い男性定員だ。茶髪の無造作ヘアでピアスをしている。

「おきゃさん、さっきからうるせえっすよ」

「え……ああ。すまない」

「あんまり騒がれるとー。他のお客さんに迷惑なんで。
 勘弁してもらっていいすかね?させん」

「分かった。他の場所に移動することにしよう」

定員にしてはずいぶんとチャラい口調だと思いつつ、撤退することにした。
若者の口が悪いのは息子のケイスケで慣れている。

「お嬢さん。大荷物で大変でしょう。代わりに持つよ」

「ありがとうございます。紳士ですのね」

「これくらい当然だよ」

(パパ……?)

三者三様の表情。ミホが意外に思ったのは、パパがアントワネットに
異性を意識したふるまいをしたことだ。確かにアントワネットは中学でも
高嶺の花としてもてはやされいてるが、パパからしたら子供のはずだ。

「喉が渇きませんか? その辺のお店でお茶でもしてから帰りましょう」

「あいにく私はこれだけ買ってしまったので持ち合わせが……」

「何をおっしゃる。もちろん私が出しますよ!!
 なにせ娘のお友達ですからね!!」

ミホは小さい頃からパパっ子だったから、少しだけアントワネットに嫉妬した。
同時に父を軽蔑した。普通の成人男性なら女子中学生に興味を示さないだろう。

軽い食事を兼ねてレストランに寄り、一時間ほど三人で話した。

というかユキオとアントワネットが二人で話しているだけだった。
初対面なのに二人は意気投合した。
互いに貞子の問題について話し合い、意見を出し合った。
共通の話題があるのも都合が良かった。

「私の妻も貞子人間論には肯定的でね。君とおおむね同じ意見だよ」

「そうなのですか。やはり話し合いの余地はありますよね」

ユキオはただのロリコンだが、アントワネットも父性を求めていた。

彼女の父は単身赴任でシンガポール勤務。
幼いころから父と会えない日々が続いた。

3歳になったアントワネットが、久しぶりに自宅に帰って来た実の父を
見て一言『このおじさん、だれ?』 父と母を驚かせた。
父の顔を覚えられたのは幼稚園を卒業するころだった。

ミホとアントワネットには共通点があり、中二という思春期ど真ん中の年齢で
おじさん(父)を毛嫌いしないことだった。同年代の女子はだいたい父を避けるものだ。

アントワネットは、自宅へのお金仕送り以外に父の愛情を
まるで感じずに育ったから、父が恋しかった。

家族思いで休日は家族と一緒に過ごしてくれる父を持つミホが羨ましかった。
気が付いたらオジサン好きになってしまったのだ。

「ミホ? 生ごみを見るような眼で私を見るのはやめさない。
 私は若い頃の妻を思い出して興奮しているだけだ。
 決してやましい気持ちで彼女といるわけではないから安心しなさい」

兄のケイスケの女好きは遺伝だったのだと正しく理解したミホ。

最近、教師や警察などの公務員のセクハラ率が良く報道される。
実は公の仕事をしている人が優先的に報道されているだけで、民間企業でも
セクハラをする人はたくさんいる。別に教師にロリコンが多いわけではない。

その日から、父はアントワネットのことばかり気にかけるようになった。

「いいか。ミホ。今度の休みにアントワネットさんを家に連れてきなさい」

「うん……」

ミホはもちろんアントワネットにその話はしていない。
実の父が友達に恋しているなど気持ちのいい話ではない。

(てか浮気じゃん。ママにばれたら、ぶっ飛ばされると思うけど)

蒙古暮らしの経験のあるママを怒らせたら、こんな家など消し飛ぶかもしれない。
だからミホは母には秘密にしておいた。


しかしである。ユキオが現実逃避したくなるのも仕方ないことなのだ。

今、行内では『研修』が流行している。

研修とは何か。

舞台は本村家、夜のお酒の席に移行する。

「状況は日に日に悪くなっているぞ。
 同期の工藤が人事部から例のメールを受け取ったそうだ」

「例のって……まさか黄昏(たそがれ)研修のこと?」

「そうだ。奴は子供が三人もいるのに気の毒にな。
 やはり平だと解雇されるリスクが上がるのか」

工藤もバブルで入社した組だった。
他にも40代後半から研修を受けている人もいる。
研修とは、すなわち早期退職勧告である。

「あいつと少し話をする時間があったから聞いてみた。
 研修では人事担当から今後の生き方指南を受けているそうだ。
 それと転職に役立つ資格を取るための知識。
 熟年離婚で妻に捨てられないための心構えなど」

「40代で勧告されてる人もいるなんてひどい状況ね。
 いったい何人が残れるのかしら。
 私はあなたを捨てたりしないから安心して」

「ああ。それは分かってるよ」

マリエは専業主婦だ。仮に離婚したとしたら、
マリエも働きに出ないといけないし、
そもそも離婚の調停でお金がかかる。

さらに親権の問題もある。そもそも夫婦仲は良好である。
(ユキオがアントワネットに一目ぼれしたことを除いては)

「それよりケイスケも問題だな」

「いつまで引きこもっていれば気が済むのかしらね。
 今プレイしてるギャルゲーが終わったら本気出すって言って、
 いつまでも家にいる気よ。そろそろ担任の先生が
 家庭訪問するそうだけど」

「あいつも落ちるところまで落ちてしまいそうだな。
 いい加減にしないと大学の推薦にまで影響する」

「もう手遅れかも」

「なにっ」

「推薦は内申点が最重要視されるでしょ。もう欠席日数が30日を超えたわ」

「ということは……」

「担任の先生と電話でお話ししたけど、
 推薦は無理なので一般入試を受けてほしいそうよ。
 あと受ける大学のレベルも下げないと今からじゃ間に合わないって」

ケイスケの実力なら、国立に受かる可能性が十分考えられた。
私立の大学に行くとなると、さらに学費がかかる。それに
一般入試だと浪人のリスクがあるから、さらに多くのお金がかかる。

メガバンの大規模リストラ時代。本村家の財政にそんな余裕はなかった。
確かに今までの蓄えは多少あるが、今後の見通しが立たないのはきびしい。

「やっぱり私もパートで働こうかしら」

「うむ……最悪そうしてもらうしかあるまい。
 その前にケイスケに立ち直ってもらわなければな」

本村家にとって最悪なのは、ケイスケがニートになることである。
現在それに近い状態になっているが、一応高校に席は置いている。
あとは復帰さえすればいいのだ。

二階から、ミホの怒鳴り声と物を投げる音が聞こえた。

「またやってるのね」

「ミホの気持ちも分からなくはないがな」

物語の視点を二階に移そう。

「この馬鹿兄貴!! いつまでそうやってゲームばっかりやってるんだよ!!」

「……ぎゃーぎゃーうるせえな」

ケイスケは自室のパソコンデスクに座り、
ひたすらマウスを動かすのが日課だった。

食事するために一階に下りてくることもなく、
ママがお盆ごと廊下に持ってきてくれるのを待つ。
トイレと風呂外で自分の部屋から出ることはない。

買い物もしないので、完全なる引きこもりと化している。

ミホは、自分が貞子問題について毎日頭を悩ませているのに、
ギャルゲーやエロゲーで遊んでいる兄気が許せなかった。

「毎日部屋にこもってよく飽きないね!?
 そろそろ学校行けよ!!」

「学校に行ったらみんなに会うじゃないか」

「はぁ?」

「俺は人に会うのが怖い。特に女だ。
 俺はもう女子と関わりたくない。見たくもない」

「貞子に襲われたのがそんなにショックだった?
 私だって同級生が何人も殺されてるけど我慢して学校に行ってるよ。
 兄ちゃんは男のくせにいくじなしだね」

「なんとでも言え。俺が適当に口説いた女の中に貞子がいた。
 高校に行ったらまた貞子に会うかもしれない。だから怖いんだ」

「私だって怖いよぉ!! でも、いつまでも引きこもってたら
 何も解決しないじゃん!! パパとママに心配かけてないで学校行きなさいよ!!」

激昂したミホが、ケイスケの胸ぐらをつかんで
怒鳴り散らしたのだった。ケイスケは特に気にした様子もなく、
うっとおしそうに妹の手を払った。

「おまえこそ夜遅く騒ぎすぎなんだよ。それこそ母さんたちに迷惑だろうが。
 妹のくせに兄の心配なんかする必要ねえよ。自分も部屋で宿題でもやってろ」

「あっそ。なら好きにすれば? クソニート!! 死ね!!」

ミホは扉を壊す勢いで閉めてしまう。
廊下では心配そうな顔でパパが待っていた。

「ミホ。ケイスケには構わなくていいから落ち着きなさい」

「パパはどうして冷静でいられるの!?
 自分の息子がニートになってるんだよ!?」

「パパも困ってはいるよ。でも時間をかけて説得るしかないんだ」

「そうやってパパたちが甘やかすからあいつが図に乗るんだよ。
 パパたちの教育が間違ってたんだよ!!」

「ああ、分かってる。全部パパたちが悪いんだ」

「そうだよ!! パパたちのせいなんだから!!」

「ミホの言う通りだ。ごめんね。あとでママにも話しておくから」

ミホが感情っぽくなると、パパはひたすら謝り続ける。
娘が幼いころから変わらなかった。ミホが駄々をこねた時など
両親は可能な限り言い分を聞いてあげた。そういう育て方だった。

お金にも不自由しない環境を整えてあげた。同年代の子よりは
好きな物が買えたはずだ。現にミホはクラス内では金持ちで有名だった。
世間的には過保護だったかもしれない。

「ごめん、言いすぎた。パパたちだって私よりずっと苦しいのに。
 自分のことばっかり考えてた」

ミホは素直な子に育った。人を思いやることのできる優しい娘である。
両親の愛情が行き届いた証拠だ。

「何度も言うが、ミホのせいじゃない。全ての原因は貞子だ。
 ケイスケのことも含めて、今度アントワネットさんに相談しよう」

「この話の流れで、なんでアントワネット……。
 うちは神セブンが対策を考えているから大丈夫だよ。
 無駄に頭の良い人がそろってるし」

「パパも神セブンに入りたいものだ」

「へっ?」

「いや。冗談だよ」

「けっこう本気っぽかったけど」

「それだけパパも真剣に貞子問題を考えてるのだよ。
 奴はうちのケイスケをニートにしたからな」

「うそばっかり。本当はアントワネットに会いたいだけでしょ」

「うむ。その通りだ」

「認めるんだ……」

「ママには内緒にしてくれ」

「分かってるけど、娘の前で堂々と言うのは正直ドン引きだよ」

ユキオは、哀しいことにストレスのはけ口を
マリー・アントワネットに求めるようになってしまったのだ。

大手銀行ですら人員縮小せざるを得ないご時世なので仕方ないことにしよう。


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