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作品名:午後『2時55分』に何かが起きる 作者:なおちー

第2回   DEEN 夢であるように
「貞子はどこにでも現れるんだよ」

カスミが言う。
彼女はミホの親友で一年生の時からずっと同じクラスだった。

「ミホには前も話したよね? うちの下の兄貴も昔2年4組だったの。
 過去に違うクラスの生徒が殺された例があるって言ってた」

「殺された人はどんな人だったの? 男? 女?」

「お調子者の男子で、女好きだったそうだよ。
 貞子はそういう人を一番嫌うんだよ。貞子は過去に大好きな男に
 裏切られて捨てられた。女遊びしているような奴は許せないんだろうね」

ミホは4組の生徒。そして自分の血縁者である兄が
貞子に襲われたのも法則があるのかと思った。

その意図を察したカスミが言う。

「ジイさん(担任のこと)は最後まで説明しなかったけど、
 うちのクラスで起きている怪現象は、貞子に生徒が
 殺されるってこと。それも順不同。全くランダムに」

「じゃあ、最後は全員いなくなっちゃうの?」

「違うよ。貞子が殺したいと思った人を一年かけて殺し続ける。
 もしかしたら全員生き残れるかもしれないし、全員死ぬかもしれない」

「少なくとも金子君は……」

「貞子に嫌われたってことだね」

「それだけの理由で人が……死ぬの?」

「これが現実だよ。ジイさんの言う通り、現実を受け入れなきゃ始まらないよ」

カスミはいわゆるギャル系ファッションの子だった。
濃い目の茶髪のショートカット。お洒落なリップを塗った唇。
つけまつげをして先生に怒られたこともある。
そのチャらい外見とは裏腹に知的な話し方をするのが特徴だった。

ミホは怖くなり、家に帰ってから親に転校の手続きをするよう頼むことにした。
担任のじいさんからは、絶対に転校の手続きをしたり、仮病で休んだりしないようにと
言われていた。なぜなら貞子は現実から逃げようとする人を一番嫌うからだ。


「どうしたミホ? そんなに今の学校はつまらなかったのか?
 このタイミングで転校するメリットがあるとは思えないが」

父はミホの部屋で二人きりで話をしていた。
彼は娘の頼み事はたいていのことは聞いていたが、今回ばかりは納得できない。

「ちょっといろいろあって……。その言いにくいんだけどね」

「パパには本当のことを言って欲しい。女子のいじめか?」

「違う」

「学校の勉強についていけなくなったのか?」

「それも違う」

「じゃあ、なんだ? 悪いが早く言ってくれないと、パパもお風呂入る時間になる。
 明日も仕事が忙しいから本当の理由を話してくれないと困るよ」

「えっとね」

ミホがついに怪事件のことを話そうと思った時だった。

見てしまった。

貞子が、扉にべったりとはりついているのを。
クモのように手足を伸ばし、扉に文字通りはりついているのだ。
ミホを見て、口を、にたぁとにやけさせている。

ミホは戦慄のあまり言葉が続けられなかった。

パパは不思議に思って振り返り、自分の背後にある扉を見るが、
何もない。彼には見ることができなかったのだ。

ミホは、このまま殺されるのかと思って観念すらしたが、
貞子はいつの間にか消えていた。本当にいつ消えたのか分からなかった。

「おいミホ?」

父の心配そうな顔に現実に戻される。

「今日のことは忘れて」

「な……」

部屋を飛び出て明るいリビングのソファに乗る。
ひざ掛けを体に巻いて小さくなる。
こうしないといつまでも恐怖が後を引き、狂ってしまいそうだからだ。

大型液晶テレビが夜の報道番組を映している。ボリュームをわざと
あげると、能天気なCMが流れ初めて怖さが薄れていった。

『貞子はどこにでも現れる』

カスミの言っていることは本当だった。そして、ミホは確信した。
あの時パパに怪奇現象のことを話したら自分は殺されていた。

転校など、夢物語にすぎなかったのだ。




4組のクラスは貞子の話題でもちきりである。

貞子はミホの家以外にも現れたらしく、
ひどい人では道端で見たこともあるという。

このまま自分たちはどうなるのか。ただ殺されるのを待つ運命なのか。

『抗わず、受け入れること』

ジイさんはそれしか言わない。
同じことを言っていれば給料でも上がるのだろうか。あの担任教師は
初めから貞子と戦うことを放棄していた。だが、そうでない生徒はもちろんいた。

「貞子を倒す」

そう宣言したのは、野球部の田中だった。
長身で屈強な体格をした男だ。見た目は高校生にしか見えない。

彼はクラス中が見守る中、演説するようにまくし立てた。

「俺はリングをゲ男でレンタルして全作観た!! そして気づいたことがある!! 
 作中の奴らは貞子と戦ったことがない!!
 みんな貞子を怖がってやられる側に回っているだけだった!!
 だが俺たちは現実の人間だ!! 殺されるのが分かってて抵抗もしないって
 バカじゃねえのか!! むしろこっちから戦ってやればいいんだよ!!」

劇中では貞子と目が合った瞬間に心臓発作を起こし、死んでしまうという。
筆者は原作小説を読んでいないのでよく知らないが、
貞子は超能力者らしいので、まともに戦うのは不可能だと考えられる。
仮に超能力がなくとも、あの姿を見たら戦意を失うのが普通である。

はたして貞子を倒すことを目的に戦ったらどうなるのか。大いに気になることである。

この案に乗った人は多かった。男子で4人。女子で6人。なんと女子の方が多い。
勇敢なる男女の集団は常に行動を共にし、金属バッドで武装し、
いつ貞子が現れてもいいようにした。

その結果、彼らは全員殺されてしまった。

件の2時55分。6時間目の授業中にまた貞子は現れた。

田中らは貞子と目線が合わないよう気を付けたが、限界がある。
目線が合うと金縛りにあうのかと思ったら、別に何も起きなかった。
つまり目が合っただけではどうにもならないのだ。

11名の武装集団が振り下ろしたバッドは貞子に傷をつけることはかなわず、
一人また一人と首の骨をへし折られて殺された。
全員が首を圧迫されての死亡だった。

他の生徒達はその凄惨な殺戮現場を見せられ、
貞子が過ぎ去るのを待つのみだった。
ミホたちは多くのクラスメイトを失ってしまったのだ。

この一件により、多くの生徒がうつ病などの精神疾患になり、
自宅療養生活になった。要するにケイスケと似たような状態である。

クラスに出席できるのはミホを含めて、たったの13名。
4組の生徒は一瞬にしてここまで減ってしまったのである。

時はようやく4月が終わった頃。5月にはみんな楽しみなGWが控えている。
これから学園生活が軌道に乗り始めるという、この時期である。

休み時間もクラスで会話はなく、無事に帰宅時間を迎えると
沈んだ顔で帰る。桜の花が散るころには彼らの生気まで失われた。

最悪な日々を送る彼らの顔は、もはや中学生とは言えない状態だった。

例えるならアジャンタ石器群にいるブッダ像である。



『マイナス金利が続いた影響か。消費者のキャッシュレス化も促進し、
 メガバンク3社で大量人員整理。みぢゅほFGは最大で1万6千人が早期退職』

この新聞記事はユキオを恐慌させた。

かつて、人は言ったものだ。メバガンに入れば一生安泰だと。
それは銀行業を知らない者がしゃべるざれ事であると、この年で改めて実感した。

長く続きすぎたデフレ。金融緩和。政府の多額の負債。その返済利子の調整。
全てがユキオの勤める業界に決定的なダメージを与えてしまった。
特に日銀の黒田総裁が就任してからの金融政策(質的量的緩和)が痛い。

(うちは、まだ住宅ローンが残っている)

夜。帰りの電車を待ちながら、ホームの下をのぞき込む。
高架線の駅なので余計に神経を刺激される。
かつてここから飛び降りて死んだ先輩のことが脳裏をよぎる。

(ミホが学校を卒業するまでは行員でいたかった。
 あの子は大学まで出してあげたかった。
 出向は困る。転勤先が遠ければ家族とも会えなくなる。
 俺はミホを大学まで出してあげたかった。どうにかならないものか)

『ただいま、電車が到着いたします。白線の内側で……』

(俺は役職付きだ。そう簡単に出向にはならないだろう。
 それに今はどこも人手不足で有効求人倍率が高いという。
 仮に関連会社に行ったとしてもそこまで給料は下がるまい。
 しかしこの年で全く新しい仕事を覚えられるのだろうか)

電車に揺られ、窓の外のビルを眺め、こんなに暗い気持ちになったことはなかった。
不安になった時、壁にぶち当たった時、自分には背負いきれないほど
大きなものを背負った時、必ず見たのはミホの写真だった。

スマホにはミホの幼少時代からの写真が大切に保存してある。
一番のお気に入りは、娘が幼稚園のお遊戯で主演を演じていた時の写真。

「おかえり……今日も遅かったね」

「ああ……」

夜の9時半。玄関で迎えてくれたのがミホだ。父娘共にうつ病一歩手前の表情だった。
父と娘はそれぞれの事情を知らないので、
互いがなぜこんなに暗い顔をしているのか理解に苦しむ。

「たまにはご飯温めてあげるよ。
 おかずは豚の生姜焼きがラップしてあるから」

「すまんな」

ここで妻がいないことに気付く。

「ママは部屋で小説を読んでるよ」

「こんな時間にか? マリエはいつもならテレビを見てるはずだが」

「急に推理小説を読みたくなったんだって」

「よく分からんが、とにかくご飯を食べるか」

ミホはレンジに次々におかずを入れていく。
みそ汁もIHクッキングヒーターで温めてくれる。

「すまないなミホ。本当は母さんにやってもらうものを」

「お父さんはいつも夜遅くまで働いてくれているから、
 このくらい当然だよ」

ミホは思春期のど真ん中にいながら、父に反抗的な態度を取ったことがない。

大きな喧嘩をしたのはジャニーズファンに目覚めた中一の時だった。
初回限定版のCD、ライブDVDなどを買うのにお金が必要だったという。
ミホが万単位の小遣いを要求してきたのでさすがに説教した。

そしてママとも話し合い、お小遣いを定額制でなく欲しい時にもらえる制に
することで消費量を調整できるようにした。欲しい時に制度だと裕福だと
思うかもしれないが、逆に考えるとママがお金をあげない限り使えないのだ。

それ以来父と娘の関係は良好だった。父の仕事が忙しすぎて
家族と関われる時間がないということもあるが。

ママが甘やかしすぎたせいで息子のケイスケは
女遊びが好きなチャラ男になってしまった。
彼は経済の概念はしっかりしているので、
毎月決まったお小遣いの範囲で女遊びをしていた。

「ミホ。小遣いが欲しいのか?」

「違う違う。そんな下心でやってるんじゃないの。
 純粋にお父さんにお疲れ様って言いたいの」

「じゃあなんでお父さんと呼ぶのだ。いつもはパパだろ。
 最後にお父さんって呼んだのは小学生の時じゃないか。
 しかもこの時間はお前の好きな山田君がドラマに出てるんだろう?」

「ドラマは予約録画してるからいいの。
 私はね、お父さんと話がしたかったの」

「そんなに話したいことがあったのか。悩み事なら相談に乗るよ」

「うん。お父さんはさ。幽霊を信じる?」

娘が急にオカルトに目覚めたのかと、父は大いに動揺した。
いや、そんな意味深なことではないのだろうと、軽く返事した。

「信じないな。幽霊は現世の人が考えた空想だよ。
 まず科学的な根拠がない」

「ふふっ。お父さんっぽい答え方」

成人した女のように品のある笑いだった。
ミホは肩にかかるショートカットにひまわりの髪留めをしている。
髪留めの種類は日によって変えた。
だいたい三種類をローテさせて学校に通っている。

笑うと素敵なえくぼができる。だいぶ痩せているが、色白で愛嬌のある顔だ。

「おいミホ」

「なあに?」

「おまえはさっきからどうして震えているのだ?」

「見えてるから」

さすがのユキオも悪寒がした。
ご飯を食べていた箸を止め、茶を飲み干してから問うた。

「……なにがだ?」

「お父さんの後ろにいる物体が」

ユキオは振り返ったと同時に椅子から転げ落ちた。

確かにいた。ユキオはリングを観たことがないから、
そこにいる不気味な黒髪の女が何者か瞬時に判断できなかった。

とにかく異常である。白い長めのワンピースを着ていて、
床に達するほどの長髪が顔全体を覆っている。そしてだらしなく伸ばされた
手は、血の気がなく、死人の色をしている。ユキオは恐怖に耐え切れず絶叫した。

「はぁ↑う↓ぁあああああああああああああああああ!!」

ユキオは、後ろ手をつき、後ずさる。逆向きのハイハイである。

そういえば立憲民主党の男性で、女性秘書にハイハイしてキスを
迫って報道された大馬鹿がいた。

そして貞子もハイハイしながらゆっくり襲い掛かる。
いつもの必勝パターンになってしまった。

このままだとユキオは間違いなく殺されるだろう。
そしてミホは黙って見守るわけがなかった。
実の父が殺されかかっているのである。

ミホは貞子を見るのがこれで三度目。
だから冷静に対処法を考える余裕があった。

自問自答をしてみる。

@いつから貞子はダイニングにいたのか。→実はユキオが帰ってきた瞬間から
Aなぜユキオに貞子が見えたのか    →実は誰でも見える(その時の気分や体調による)
B父を助けるにはどうしたらいいか   →戦うしかない
CBをどうやって実行するか      →困難。なぜなら、すでに4組の勇者たちが…

ここまで考えたところで、父が行動を起こした。

「ぬん」

世帯主の底力である。なんと貞子を一本背負いしたのだ。
さっきまでおびえていたのがウソのようである。

貞子は床に叩きつけられた割にはなんともなさそうで、
前髪をかき分けてユキオをにらんでいる。

間の悪いことに、ここでママが入ってきてしまった。

〜大事なんだね、タイミング〜

「さっきから、どしんどしんうるさいわね。
 日経平均株価が急落でもしたの?」

ママも貞子の恐ろしい姿を見て固まってしまった。
実際に貞子を眼にした衝撃は言葉で語ることは不可能である。

「誰よその汚い女。あなたの愛人?」

「そんなわけあるか!! 俺は殺されかかってるんだぞ!!」

「しかたないわねぇ。私が代わりに相手してあげるわ」

ママは普段着のエプロンを脱いで、貞子と取っ組み合いをした。

良い勝負である。貞子の握力は数値にすると290もある。
成人男性の平均が50くらいだから、とんでもない怪力である。

マリエは驚くべきことに、
貞子の相手を相手に相撲のように押したり押されたりを繰り返している。

「ママ、頑張れ!!」

「うん。早く倒したいんだけど、この女、すごい力よ」

ママと貞子は互いの手を握ったまま、押し合いをしている状態だ。
ポール・ゴーギャンの『ヤコブと天使の相撲』の絵画がまさにこれだ。

「それと井戸水の匂いが臭いわ。たぶんシャンプーとかしてないわね」

「そんなこと、今はどうでもいいよ!!」

「でもすごい激臭なの。ファブリーズの原液をぶっかけたくなるレベルよ? 
 しかも手が冷たすぎて低体温症なのかしらこの人。あっ……」

ママが話をしているすきに。貞子が足払いをしてきた。高度な技を使う幽霊である。
転倒したマリエに馬乗りになる貞子。このまま首絞めに移行する常勝パターンである。

マウントを取られた状態で反撃するのは困難を極める。しかも相手は化け物。
これを甲子園で例えると、初回の攻撃で5点先制したに等しい状況である。

さすがにまずいと思い、旦那のユキオが貞子に拳を振るう。
しかし拳をすぱっと手のひらで受け止められ、そのまま握られてしまった。

先ほども説明したが、貞子の握力は290である。

「う↓わああああああああああああ↑!?」

やはり銀行勤めの長い人は貞子と戦うのに戦闘能力が足りなかった。
別に行員でなくとも勝てないだろうが。
学生時代にかじった柔道技をもっと有効に使えればよかったと思う。

この状態でフリーなのはミホである。
ミホは近くに会ったはさみを手に取る。
貞子の背後に回り込み、なんと貞子のうっとおしい後髪を切り始めた。

「!?」

貞子は上のセリフ欄を想起させる表情をした。
動揺する貞子は珍しい。そんなに髪を切られるのが嫌だったのか。
カラスの毛のように汚らわしく、湿った髪が床に散らばる。

貞子は立ち上がり、ミホに右ストレートを食らわして吹っ飛ばした。

「いたた……」

ミホはかろうじて生きているが、壁に激突したので背中を強く打ってしまった。
10代の娘なので後遺症にならなかったのが幸いだ。

この時点でママはマウントを解除された。
夫と娘の報復のため、腰を低くして貞子に飛び掛かろうとしたが、
貞子は逃げ出した。

(逃げた!?)

ミホは驚愕。あの貞子が逃げたのだ。どこへ逃げるのか?
テレビの中か?

貞子は普通に窓を開けて去っていった。

「ちぇ。残念ね。あとちょっとでモンゴルで覚えた格闘技を
 食らわしてあげようかと思ったのに」

「ママはモンゴルに行ったことがあるんだ?」

「あるぇ。ミホには言ってなかったかしら? 
 10歳の時の父と一緒にモンゴルを旅したことがあるのよ」

「う、うむ。私は結婚前に聞いていたよ。
 マリエは蒙古で野性的な力を身に付けたそうだな」

ママは話しながらも散らかった備品をかたしていく。
貞子が去った後は床がびしょぬれである。
また絨毯を買い替えなければならない。

平和な本村家を荒らされてしまい、ママはいらだった。

「ミホ。あとであの女の住所を特定してぶっ殺しに行くわよ。
 もしくは損害賠償を請求するわ」

「幽霊相手に損害賠償とか無理だよ」

「幽霊?」

「ママもリングは知らないか。
 あの女は幽霊なんだよ。心霊現象」

「幽霊なわけないでしょ」

「えっ」

ママは語る。拳を交えた経験から、どうみても人間だったと。
仮に幽霊だとしたらママはカンで分かるという。

「なぜわかるのだ?」

夫の問いにこう答える。

蒙古で暮らした経験のある人なら、誰でも『ジン』のことは聞いたことがある。

〜ジン〜

アラブ神話で,天使および悪魔の下位におかれる超自然的存在。
この存在はイスラム化以後も,その教理中に取入れられ,
イブリース (サタン) とともに霊とされた。

イスラムの経典コーランでは,ジンは煙のない炎からつくられたもので,
男女の性別があり,よきジンとあしきジンの区別があるとされる。
そして信仰をもつジンもあるとされる。しかし現代のイスラム教理では,
ジンへの信仰は薄れつつある。
                       ※ブリタニカ国際大百科辞典より


「旅の途中で、うっすらとした煙を見ることがあるの。その煙は
 私たちのあとをずっとついてくるわ。ふとした時に、手荷物が
 消えていることがあるの。水のペットボトルとかね」

そういう時は、ジンが悪さしたという。ジンは炎の姿で現れることもある。
現在の蒙古はイスラム教国ではないが、
ジンは国を問わず砂漠や草原地帯に広く存在する。

「逆に広大なステップ地帯で道に迷って、もう日が暮れてどうにも
 ならない時がある。そういう時はジンが私たちを
 正しい方向へ案内してくれることもある。この場合は良いジンね。
 蒙古で暮らしていたら超常現象の類にはいくらでも遭遇するわ」

ママの語り口調は真剣だった。日本人には信じられない感覚だが、
とにかく夫と娘は納得せざるを得ない。なにより貞子を見た直後なのである。

「あの女、貞子っていうの? 貞子は私と物理的に戦闘することができた。
 なら人間に近い存在ね。少なくとも霊ではないわ。霊に触れることはできないもの」

「でも学校では貞子がテレビの中から出て来たんだよ!?
 それに教室が異世界化して逃げることも出来なかった」

「たぶんあなた達はサイレント〇ルのやりすぎよ。ゲーム脳なのね」

「いやいや、そういう次元じゃないんだって。
 死人とか普通に出てるから」

「最近の若い子は戦闘力が足りないわねぇ」

「戦闘力とかの問題なの!?」

貞子はママの強さを警戒したのか、しばらく本村家を訪れなくなった。

ミホは貞子の正体が全くわからず、困惑する日々だ。

ユキオも貞子のことで頭がいっぱいになり、仕事どころではなかった。
ママはいつでも返り討ちにするつもりで蒙古式ウォーミングアップをしていた。
ケイスケは相変わらずヒキニートだった。今では彼は脳内彼女が20人もいる。


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