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作品名:午後『2時55分』に何かが起きる 作者:なおちー

第16回   16
「今日もお兄ちゃんと一緒に出掛けるの?」

「そうだよママ。先週から約束してたからね」

ミホは玄関前で外行き用の靴に履き替える。
全身流行のファッションで固めている。

これから東京にお出かけする感全開の、
無駄に凝った服装である。

「ミホ。待たせちゃって悪いな」

「いいよ。早く行こ。電車の時間に遅れちゃうよ」

「おっ。引っ張るなよ。恋人じゃねえんだぞ」

「そんなの分かってるって」

ミホの方からケイスケの手を引いて歩き出そうとする。
電車の時間を意識しているためか、ミホの顔に少し余裕がない。
ケイスケは靴を履いた後、母の方を振り返った。

「じゃ、そういうわけだから言ってくるよ、母さん。
 夕飯は外で食べて来るから」

「ええ……」

マリエは仲の良い兄妹を複雑な顔で見守っていた。
ミホは中学生になっても兄離れができておらず、
休日のたびにケイスケと一緒に出掛けようとする。

ケイスケも部活(バスケ)がない日は、
ミホといる時間を増やそうとしている。
特に日曜日は兄妹だけで過ごすことが多い。

『2人ともちょっと仲良すぎない?』

皮肉さえ込めたその一言を、マリエはまだ言えないでいた。

ケイスケは高校2年生。妹のミホは中学に上がったばかりだが、
お互いに恋人づくりには興味がないのか、それとも本気でお互いにしか
興味がないのか。小さい頃からずっと一緒にいようとする。

電車の中は混んでいた。

一人分だけ席の空きがある。ケイスケはすすんで妹を座らせた。

「ありがと」

ミホが満足そうに笑う。兄はミホの座席前のつり革につかまっていた。
彼らは一度話を始めるとめったなことでは止まらないほど
相性が良く、テレビやゲームの話題で盛り上がっている。

本当に楽しそうに話すものだから、
電車の中でもひときわ目を引いた。
同性の友達同士でもここまで会話がはずむことはないだろう。

電車とは人の集まる場所だが、天気の良い休日ともなれば
知り合いに会うこともある。

「ケイスケ……? おまえケイスケだよな?」

「田村か。こんなとこで会うなんて奇遇だな」

たまたま同じ車両に乗り話わせたのは、同じ部活の田村だった。

長身でそこそこの美男だ。スタメンでポイントガード。
万年控えのケイスケとは違って運動神経抜群。
少しだけチャラいのが欠点だった。

「おまえ、やっぱ彼女いんのかよww 
 前聞いた時は、いないとか言ってたくせに。
 しかもすげえ可愛い子じゃん。年下?」

「妹だよ」

「は……?」

このやり取りを今まで何度したことか。

ケイスケは自分でも不思議に思っていたが、
ミホとお出かけをすると高確率(ほぼ100%)で
カップルと間違われる。

例えばテレビで有名な飲食店に入っても
同様で、カップル割引などを提供される。

「ミホちゃんって言うんだ。かわいーね。
 俺、田村ワクヤ。よろしくぅ」

「はい。はじめまして」

ミホは棒読みだった。兄の友達には興味ない。
それに自分を値踏みするような視線に好感が持てるわけがない。

ケイスケも妹に馴れ馴れしくする田村を面白く思ってなかった。

駅を降りて日本橋の街中を歩きながら、ミホが言った。

「私、ああいう人嫌い」

「だろうな。お前の顔すっげえ不機嫌そうだった」

「あの人、どうせ私の顔とか外見しか見てないんでしょ。
 世の男はどいつもこいつも最低だよ」

「男なんてそんなもんだって」

二人は当然のように手をつないでいた。
ただつないでるわけではない。
恋人つなぎである(←文面で表現不可能なのでググってほしい)

あえて表現すると、互いの手のひらを合わせつつ、
指もまたからませる特殊な手のつなぎ方である。

「あそこのビルだね」

三越本店の近くに大きなビルがある。
夏の今の時期に開催されている金魚の祭典。
アートアクアリウムである。

カップルのデートスポットとしてテレビでよく報道される。
(どうでもいいが、筆者も彼女と行ったことがある)

「人多すぎじゃない?」「俺らは予約券があるから大丈夫」

セブンで事前に予約チケットを申し込んでおいたので、
ビルの階段にまで続いている長蛇の列をパスした。
当日券を買った人はどれだけ待たされたのか想像もつかない。

「しゃせーwwwしゃせーwwwおきゃーさんたちwww
 会場内は動画の撮影禁止っすよwwお、そこのおにーさんwww?
 ハンディカムとか持ってくるのwwwやめてもらっていいすかwww」

定員がケイスケを注意した。妹との思い出を取るために
わざわざビデオカメラを持ってきたのだが。

「ビデオカメラはカバンの中にしまってくださいねwwww
 他のお客さんの迷惑になるのでwwww」

ケイスケは言う通りにするしかなかった。

「くそぅ。なんで動画はダメなんだよ」
「携帯で写真撮れば十分だよ」
「あの店員チャラすぎじゃね?」
「これは小説だからね」
「やっぱネタか。実際にあんなのいねーよな」
「いたら首でしょw」

アクアリウム内は無数の金魚と水槽が並ぶ。
水槽は一つとして同じデザインがないほど
工夫が施されており、見るものを飽きさせない。

照明が落とされた室内で光の演出が見事である。
映画館のように現実離れした空間であった。

「ミホ。暗くて危ないから俺のそばを離れるなよ?」

「うん」

ケイスケは自然な動作でミホの肩を抱き寄せていた。
はたから見たら確実にカップルなのでおかしなことはない。

だが彼らは血のつながった兄妹であり、彼らを良く知る人が
これを見たら大いに誤解されることだろう。現に彼らの母は、
仲が良すぎる兄妹を日々心配しており、夫に相談までしていた。

「やっぱテレビで見るのとは全然違うな」
「きれいだね。まじ別世界」

一時間もあれば全体が回れる。とにかく人が多すぎて
イモ洗い状態。身もたもない言い方をすると、
イモ洗いをしながら金魚や水槽を見る場所である。

どのお客さんも金魚を見るより写真撮影に夢中であり、
本末転倒だと思うのだが……

「なあ、お昼どこで食べるか」

「外でマックとか?」

「マックは混むんじゃねえ? 
 人のいなそうなレストランでも探すか」

おしゃれなイタリアンレストランがあったので
そこに入ることにした。ビル内のレストランは
混雑する所が多いが、ここは待ち時間はゼロだった。

「2名様でよろしいですね?」

ウエイターに案内され、窓際の席に案内された。
ここは日本橋のビル群が良く見渡せた。

「あら。知っていそうな顔が」

「おまえはまさか……」

隣の席にマリー・アントネットがいた。
なんという偶然だろうか。浦和市民の彼らが日本橋駅前の
ビルで会うなど、それこそ奇跡に近い。

「偶然とは突き詰めれば必然なのですよ」

「わけわかんねえこと言うなよ」

「またご両親の目を盗んでデートですか。
 ケイスケさんのシスコンぶりは吐き気がしますね。
 ミホさんもですよ。いつになったら兄離れができるの?」

いきなりの毒舌。これにはミホがカッとなった。

「余計なお世話なんだよ。
 私ら兄妹のことに口出しすんなって学校でも言ってるだろ」

「怒ったのですかwww だってwww家だと親がいるから
 イチャイチャできないんでしょwwwわざわざ毎週日曜に
 都会でデートとはww裕福でうらやましいですわww」

「そのしゃべりかたやめてよ!! 
 あんたは私に喧嘩売るのが生きがいなの?
 この小姑!!」

「こwwじゅうとwww同い年の女子にこんなこと
 言われたの初めてですわw」

「私が兄と仲良くするのがそんなに気に入らない?
 兄妹が仲良しなのは良いことじゃん」

「正直、気持ち悪いですwww兄妹で手つないで歩いたりとかwww
 私だったら絶対嫌ですわwww中学でもミホさんの
 悪いうわさばっかり流れてるの
 知らないのですかwwwほんとかわいそうwww」

兄はお冷を一気飲みし、アントワネットをにらんだ。

「その辺にしとけよアントワネットちゃん。
 俺だって自分の妹がバカにされたら黙ってねえぞ」

「あっはい。そうですか」

アントワネットは涼しい顔でパスタを食べ始めた。

ケイスケがマジギレしそうだったので空気を読んだのだ。
彼女の空気を読む能力は、フランス革命の動乱で身に着けたものだ。
気になる人は『ヴェルサイユ行進』を参考のこと

マリーの向かい側にはポトが座っているのだが、
一言もしゃべろうとしない。

彼はアントワネットが本村兄妹をからかうのを
良く思っていなかった。いくら彼女でもマリーの
性悪なところまでは好きになれなかった。

ポトはさっさと食べ終えたので退屈だ。
大きなカバンの中から台本を取り出した。

タイトルは『午後2時55分に何かが起きる』と書かれている。

「ちょwwwポトwww」

アントワネットが机をバシバシと叩いて爆笑している。

「あなた、仕事熱心なのねw 
 東京に来てまで『255』の台本なんか読むつもりなのww」

「255は裁判のシーンで難しい漢字がたくさんでてくるぞ。
 暇なときに読んでおかないと本番でミスする」

「そんなものw適当に覚えておけばいいのよ。
 どうせ書いている人は頭悪いんだからw」

「また台本係の人の悪口か。マリーはこの前
 セリフを3回連続で間違えて監督に嫌味言われたじゃないか。
 それと攻撃的な性格も少しは治したほうが良いぞ」

「あらごめんなさいwwでもこれが私の素だからww今更治せないわよw」

本村兄妹は、アントワネットを視界に入れないようにして
運ばれてきた料理を食べていた。豪華なイタリアンサラダ。
学生なのでノンアルコールの炭酸ジュース。
あとはメインのパスタ。あっさりとした食事であり、女性向けである。

マリーが食べ終わるのを待ってからポトが席を立つ。
会計に行く前にケイスケたちの前で頭を下げた。

「マリーのせいで不愉快な思いをしたでしょう。
 すみません。あとであいつには僕の方から言っておきます」

「私たちはポト君に恨みはないから。その気持ちだけで十分だよ。
 ポト君もアントワネットと一緒にいて疲れない?
 もっと良い相手探したほうが良いと思うよ」

「はは。良く言われるよ。
 じゃあ僕らこのあと寄るとこあるから、また」

「うん。また学校で」

ポトはこっちの世界でも紳士である。
とても元カンボジア共産党・中央委員会の人間とは思えない。

ケイスケはマリー達の背中が見えなくなるのを待ってから言った。

「ドラマだと俺ら兄妹はすっげえ険悪なんだよな」

「私が兄貴ぶっ殺すとか言ってるよね。
 どんだけ兄が嫌いなんだよw」

「現実にあんなに仲悪い兄妹っていんのかよ。
 俺ら最後に喧嘩したのいつだっけ?」

「全然覚えてないよ。喧嘩する流れにすらならない。
 最後はたぶん幼稚園の時じゃない」

「255の台本は言い回しが独特だから噛まずに読むの大変なんだよな」

「そうそう。しかも撮影が真夏だから衣装とかすぐ汗だくになるじゃん?
 すぐシャワー浴びれるわけじゃないからストレスたまるよ」

「シナリオがぶっとんでるよなw 俺が貞子に捕まって学業放棄とか
 ありえねー。台本考えた奴は頭おかしいよ。もちろん良い意味でな」

「ほんとうけるよねw 貞子とか古すぎでしょw
 しかも演者はリングゼロを視聴してないと
 いけない決まりなんだよね。監督の指示でさ」

「一緒にツタヤに借りに行ったよな。
 別に観たくもねえのに。ま、映画は面白かったけどな」

「次の撮影いつだっけ?」

「ちょっとスケジュール確認するわ。
 ええっと、来週の土曜だな」

台本上の設定だと、彼らの学年が一つ上の設定になっている。
この世界のケイスケは高2。ミホは中1である。

彼らはレストランを出たあとは三越本店に足を運んだ。
デパートなので当たり前だが、
学生では到底買えない値段の商品が並んでいる。

4階の展示室では、日本人画家の書いた西洋の風景が飾られていた。
イタリアを中心に建物や自然など、壮大なスケールで描かれている。

老紳士や、メガネをかけたスーツ姿のリーマンなどが
絵画をさっさと見ては立ち去っていく。ケイスケたちは
急いでないので、フロアをゆっくりと歩いていた。

ミホが、空いているイスに座ろうと言った。

ケイスケはうなずき、手をつないだまま隣同士で座る。

どうも妹の顔が晴れないのが気がかりだ。

絵画が大人っぽすぎてつまらなかったわけではない。
内に秘めた何かを打ち明けたいようだ。

「お兄ちゃん」

「なんだ?」

「ママがね……そろそろ彼氏を作りなさいって言ってきたの」

「そんなのいつものことじゃないか」

「今回はマジみたいなの。ママは前から私がお兄ちゃんと
 一緒にいるのを気にしてるみたい。こんなこと言うのも
 あれなんだけど、ほら。兄妹なのに本物の恋人同士と
 思ってるみたいで」

「俺たちはそんなつもりねえけどな」

「パパも心配してるみたいだよ。
 何日前か忘れたけど、私が夜寝てたら部屋の扉空けられた」

「まじ!?」

「私が話し疲れちゃってお兄ちゃんのベッドで
 一緒に寝たことがあったでしょ? パパが別の意味に
 とったらしくて、ママに相談してたんだって」

「別に兄妹なら一緒に寝るくらい普通だろ。
 やましいことしてるわけでもないし」

「私もそう思うんだけどね……」

実際にこの2人が肉体関係を持ったことはない。

互いのことは愛しく思っているが、プラトニックな関係なのである。
それなのに両親やアントワネットが詮索してくるものだから
面白くなかった。

「俺たちの関係に口出ししてくるなよ」

まさに二人の主張はこれだった。
だが世間の反応は冷たい。ミホはまだ中学生だから
兄離れができていないのもギリギリ許される。
もっともそれも時間の問題だが。

ケイスケはロリコンやシスコンを周囲から疑われ、
またそれを否定しない心の強さを持っていた。

余談だが、ロリコンの定義もセクハラ同様、非常に難しい。
何をもってロリコンなのか。誰がそう判断するのか。

ロリコンには大きく分けて二種類いると思う。
良いロリコンと悪いロリコンである。
後者は説明するまでもなく性犯罪者たちのことを指し、
一方、良いロリk…

「ナレーションがうざいから話すすめるね」

「そうだな。ロリコンの定義なんか興味ねえよ」

「家、帰りたくないね」

「でも帰らねえとな。それにしても
 時間立つの早すぎだろ。もう3時過ぎだ」

「早く帰りの電車に乗らないと混んじゃうね。
 また明日から学校だよ」

「学生の本文は勉強だからしょうがねえよ。
 また朝起こしてやるから」

ケイスケが妹の頭にポンと手を置いた。

ミホは、兄に頭を撫でられるのが大好きだった。
嫌なことがあるといつも兄が優しくしてくれた。

幼稚園の頃から兄はわんぱくで、同年代の男の子たちと
喧嘩ばかりしていたが、妹にだけは優しかった。

ミホは、今までの人生で兄に叱られたことが
なかったのではないかと思えるほどだった。

他の兄妹たちは喧嘩や言い争いをしてると聞くが、
都市伝説としか思えなかった。
血のつながった兄妹で争う理由が彼女には分からなかった。

それだけではない。本村家は両親の中も良好である。
家族が口を荒げるシーンが存在しないという、
おそらく地球上を探しても類のない健全な家庭であった。

「お兄ちゃん。来週服買いに行くから一緒に来てね?」

「もちろんだよ。俺たちはどこに行くのだって一緒だろ?」

帰りの電車でニコニコしながら話していると、
すぐ近くにいる20代の女性が驚いた顔で見てきた。
兄妹でカップル会話風の会話をしているのが気になったのだろう。

ミホたちはこういう視線には慣れているが、
やはり気持ちのいいものではない。

自宅に着いた。手持ちのお金が無くなりそうだったので、
外食はしなかった。ママにそのことをメールしてあるので、
家で楽しい食卓を囲むはずだった。

「ふたりとも。ちょっと座りないさい。
 大切な話があるの」

リビングでママが怖い顔をして待っていた。
その隣に父のユキオが座っている。

「……今じゃないとだめ? 私達お腹すいてるんだけど」

「ご飯は作ってあるから後で食べればいい。
 とにかく席に座りなさい」

ユキオの表情もママと同じように硬い。
ミホは成績が悪くても父に説教されたことはなかった。

父は娘が大好きなので、ミホが小さい頃から
好きなものは何でも買い与えていた。
娘に甘すぎるのは本人も自覚していた。

その父がどうやらかなり怒っているようだった。

普段の父との違いにとまどい、
ミホの顔がガンジーっぽくなってしまう。

「単刀直入に言おう。お前たちは付き合っているのか?」

なんとなく、そう聞かれる予感はしていた。
それでも実の父の口から言われるのはショックだった。

ミホは軽いめまいを感じ、うつむいて黙っていた。

すると父の視線が兄へ移動した。

「どうなんだ? ケイスケ」

「バカみたいなこと聞くんじゃねえよ」

「バカみたいだと? 私は本気だぞ!!」

父の拳がテーブルを叩いた。

とても冗談を言える状況ではない。

ミホは萎縮(いしゅく)してしまい、リスのような顔をしているが、
ケイスケは妹を守るためという意味もあり、

「そんなにおかしいかよ!!」

吠えたのだった。

「俺とミホが楽しそうにしてるのがそんなにおかしいのか!?
 兄妹だからなんだよ!? 俺は妹とお出かけする権利もないのか!?
 なあ、俺たちの何が間違ってるのかはっきり言ってくれよ!!」

「私はお前たちの将来を考えて言っているのだよ!!
 こんなこと実の父が言うのもなんだが、
 ケイスケは学校の女子にモテるそうじゃないか。
 おまえはなぜ普通に彼女を作らない!?」

「俺は彼女を作るより勉強の方が好きなんだよ。
 前から何度も言ってるだろ」

「おまえはもうすぐ17歳の誕生日を迎えるが、
 その年でも妹離れができないのか?」

「妹離れってなんだ? そういう言い方が意味不明なんだよ。
 むかつくな。ミホだって俺と一緒にいて楽しいっ
 て言ってくれている。他人が口出しするんじゃねえよ」

「他人じゃない。私はおまえの父親だから言っているのだ。
 おまえは大学に行ってもミホとカップルのまねごとを
 するつもりなのか!? そのまま一生彼女を
 作らずにいるつもりなのか!? 結婚はどうする?」

「結婚相手はまた別の話だろ。まるで俺が一生ミホと
 一緒にいるみたいなこと言うけど、俺だってちゃんと
 結婚相手は見つけるつもりだよ。それに未来のことなんて
 誰にも分からないだろうが」

「なら一つだけ要求を出してやろう。
 ミホと手をつないで外を歩くのをやめなさい」

「はぁ……? それの何がいけない?」

「近所の奥さんたちの間でお前たちのことは評判だぞ。
 もちろん悪い意味でな。あの兄妹は夜寝る時も 
 一緒なんじゃないのって、マリエが陰口言われてるそうだ」

「言いたい奴には言わせとけよ。
 近所の主婦なんて知能ゼロの低能しかいねえだろ」

「人を見下すのはお前の悪い癖だぞ!!
 おまえは学校の成績が立派だろうと中身は未熟だ。子供だ!!」

「じゃあ、そいつらの間では俺とミホが寝る関係だと思わせておけよ。
 うわさがなんだ。くだらねえ。
 株価が下がるわけでもないし、うちの生活に全く影響ないね。 
 それに主婦の馬鹿どもには証拠でも見せなければ疑いは晴れないだろうよ」

「実際におまえたちは夜寝ていたろうが!!
 私はこの目でしっかりと見たぞ。
 あれはいったい何だったのだ!!」

「ミホが夜遅くまで話してたから疲れて寝ちゃったんだよ。
 俺はミホが風邪ひかないように布団かけてやっただけだ」

「おまえも一緒に布団に入っていたよな…? その姿をマリエも見てる。
 まさかお前たち、普段から親の目を盗んで
 不埒(ふらち)なことをしてるんじゃないだろうな!?」

「するわけねえだろうが!! そっちこそミホが部屋で寝てる時に
 覗いたりしたそうじゃねえか。プライバシーの侵害だぞ。
 ミホだって年ごろの女の子なんだから気を使えよ!!」

「年頃の女の子だと思うなら、
 おまえこそミホから離れて彼女でも作れ!!」

「彼女彼女うるせえんだよ!! 学校の女になんか興味ねえよ!!
 だいたい彼女作ったら金でももらえるのか!?
 一円の特にもならねえな!!」

「お金のことなら毎週日曜お出かけするのもひかえなさい!!
 おまえたち、撮影の仕事で稼いだお金を全部デートで
 使い込んでいるそうじゃないか。マリエから聞いたぞ」

「俺たちが稼いだお金なんだからどう使おうと
 俺たちの勝手だろ!! 親父は俺たちに干渉しすぎなんだよ」

「あのドラマがいけないのだよ。お前たち、ドラマの中では
 仲の悪い兄妹として演じてるそうだが、その反動で
 余計にラブラブしたくなるのだろうが!!」

ずっと黙って聞いていたマリエは、ラブラブという表現に
少し笑ってしまった。あまりにも彼が真剣な顔で言うものだからつい。

ミホは荒れるに荒れている父と兄を恐れ、口を挟めないでいた。

「何が225だ!! 私は前からあのドラマが気に入らなかったんだ!!
 マリエに予約録画するのも止めさせたからな!!」

「正確には255(ニイゴーゴ)な。(←午後2時55分に〜の略)
 225だと日経平均の銘柄だろ。俺とミホはあのドラマが大好きだ。
 その撮影まで親父に止める権利があるのかよ?」

「権利とかそんな堅苦しい問題ではない。そもそもおまえたちは…」

兄と父の口喧嘩はエンドレスと思われた。
ミホは頭痛いから寝ると言い、自分の部屋に向かった。
階段を登る足取りが重い。階下から兄の怒鳴り声がまだ聞こえる。

ミホは、大好きな兄を込ませる奴がいたら恨んでやりたいが、
相手が自分の父ならどうしようもない。

マリエも娘同様に口数が少ないので喧嘩に
積極的に関わろうとしない。

ケイスケとユキオの争いは夜遅くまで続けられた。
そして当然のごとく話し合いに決着はつけられなかった。

最後に父が言った言葉を思い出す。

『本村家はもともと静かな家だったのに、おまえたちが
 バカなことをしてるから全てが狂い始めた』

本当に夫婦喧嘩すら一年に一度あるかないかのレベルの
極めて平和な家庭だった。その平和を破ってしまったのは自分。
そう思うとミホは胸が苦しくなるのだった。

その日から両親は二人が一緒に寝たり、
お風呂に入ることがないように
四六時中監視するようになった。

用もないのに部屋を空けてきたり、彼らが外出した時に
携帯に電話をかけてくるなど、一種の嫌がらせであった。

平日はケイスケとミホは家を出る時間も合わせていたのだが、
それも母親によって妨害された。そのたびにケイスケとマリエの
間で口論が発生し、ミホは胃がぎゅっと締め付けられるのだった。

それから殺伐とした日々が過ぎ、土曜日の撮影日になった。

「さーせんww カメラマンとアシスタントで急病が出ちゃいましてwww
 すぐ代わりの者を寄こしますんで、それまで休憩しててくださいww」

助監督にそう言われ、ケイスケたちはパラソルの下で
休憩するしかなかった。今日のロケはマンションの近くの公園だった。
近所から撮影を見ようと野次馬たちが集まっており、騒がしい。

撮影には、アントワネットや信長など
歴史上の偉人の生まれ変わりが参加しているだけに
注目度は抜群である。しかも人気ドラマ『255』の撮影なら尚更だ。

「のぶながくーん。こっち向いて」
「チョリーっすwwwwww」

信長は女性ファンの声援にチャラい挨拶を返した。

ファンたちにスマホやデジカメで撮影されまくっているが、
ウザがる様子は全くない。

信長は自分の顔に相当な自信があり、あとで
インスタやツイッターに投稿されるのを楽しみにしていた。
(信長美男説は本当なのだろか……?)

彼らは仕事熱心な俳優(学生アルバイト)なのである。

「お兄ちゃん。今日の撮影長引きそうだね」

「急病人が出たなら仕方ねえな。
 しかし屋外の撮影は暑くて地獄だ」

「アシスタントさんがいればアイス買ってきてもらえたのに」

「なんで今日に限っていないんだろうな」

「仕事が嫌になって辞めちゃったのかな。
 いつも首に巻いたタオルが汗だくだった」

「はは。まじであり得るから困る」

本村兄妹は今日も自分たちの世界に入り込んでいる。
彼らの会話が始まると、本当に止まらない。

しかも彼らの周囲にATフィールドが
張られたかのように他者を寄せ付けなくなる。

しかし、演者の中にはそのフィールドを進んで壊したい
変わり者がいた。誰であろう、マリー・アントワネット嬢である。

「ごきげんようwwwおふたりともwwwご機嫌いかが?ww
 一体いつになったら撮影が始まるのかしらねww」

ケイスケはアントワネットを視界に入れないようにして、
ミホと世間話を続けようとした。

「あらあらwww無視するつもりなのwww
 人気女優のこの私が、せっかく話しかけて
 あげているのに、ひどいですわwww」

ケイスケは、年下のくせにでかい態度をとるアントワネットが
許せなかった。劇中はケイスケと良い感じの関係になっているが、
こっちの世界ではこんなものである。

録画したドラマの中で、マリーがお嬢様言葉で話すシーンを見ると、
画面にポップコーンを投げつけてやりたくなる。

「ケイスケさんは妹さんだけいれば、
 他には何もいりませんものねwww
 妹以外の女は全員ブスだって学校で言ったの本当ですかww」

ケイスケはブチぎれそうになった。
今すぐアントワネットの胸ぐらをつかんで
怒鳴り散らしたかったが、撮影前なので我慢。

アントワネットも同僚の一人だから、
演者同士でトラブルを起こしたら
次の仕事をもらえなくなってしまう。

それにケイスケは『255』のシナリオが好きだったので
撮影を無事終わらせたいと思っていた。

「よせよマリー。そんなこと言ったら誰だって怒るだろ」

ポトが険しい顔でマリーの腕をつかむ。
さっさと本村兄妹から距離を取れとうながしているのだが、
アントワネットは意地の悪い笑顔を崩さない。

「止めないでよポト。だって楽しいんですものwww
 リアルで近親相関のネタがあるなんて失笑ものですwww
 本当にこんな汚らわしい兄妹っているのですねwww」

「ほらほらwwwミホさんもいつまで黙ってるつもりですかw
 何か言い返したいことがあるならww遠慮なくどうぞwww」

「じゃあ言わせてもらうね。うるせえんだよ!! 黙れブス!!」

ミホがぶち切れ、アントワネットへ突進して押し倒した。
その勢いは、スペインのとうぎゅ…。

「ナレーションうざいんだよ!! 
 闘牛とか書きたかったんだろうけど、文字数の無駄だよ!!」

「何の話をしてますの!! それより髪の毛引っ張らないで
 くださる!? 痛いですわ!!」

これが俗に言う☆キャッツ・ファイト☆である。
マリーに馬乗りになったミホが、マリーの髪の毛を
つかみ、空いた手でビンタを食らわせている。

「ええぞ!!ミホ!! その調子でどんどんやったれや!!」

ケイスケは両手を上げながら声援を送った。
阪神球場にいるおっさんのノリである。

「本村さん、やめろ!! マリーが
 悪かったのは分かるから、暴力はまずいって!!」

ポトが止めに入ると、スタッフたちも慌てて止めに入った。

「なんすかこの騒動wwwww迫真の演技じゃなくて
 ガチの喧嘩とかwww仲間割れまじうぜーwwww」

信長は腹を抱えて笑いまくっていた。
彼はこっちの世界でも全く性格が変わってない。

検察側役のトロツキーやバルサンなどは唖然として
彼らの行動を見守っていた。騒動はすぐに収まった。

ロベスピエールは監督たちと今後について話し合うことにした。
その結果、本村兄妹とアントワネットの不仲が撮影に
影響を及ぼすと判断し、今日の撮影は中止となった。

これがドラマ制作会社に与えた影響は大だった。

そしてこの話が小説全体に与えた影響は極めて大きかった。

なぜなら話の内容や展開、設定が完全に変わっているからである。


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