20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:午後『2時55分』に何かが起きる 作者:なおちー

第13回   13
一週間の猶予期間。逆に言うと一週間後にまた裁判が始まる。

「お腹痛い……」

貞子は神経をやられてしまい。トイレに行く回数が多くなった。
被告として裁判にのぞむのは大変なストレスであった。

検察側の目的は彼女を死刑にすることである。
彼女の罪を立証するために知恵の限りを尽くしていた。

貞子にも言いたいことはあったが、
被告は質問された時以外の発言は許されない。
これがどれだけ精神的な負担になったことか。

ロベスピエール、ママ、ミホ、信長は
貞子からすれば恐怖の大王である。

マリー・アントワネット嬢が言う。

「貞子さんは食欲がないようですね」

「あんな裁判の後じゃ、しょうがねえよ」

ケイスケと貞子は、アントワネットの家で静養することにした。
また次回の裁判に備えて作戦を考えなければならない。
だが、貞子の前でその話をすると、ますます具合が悪くなるだろう。

貞子は不眠に悩まされており、肌も荒れている。
彼女のことが心配でケイスケまで元気なかった。

「あいつがあんな調子だと、俺まで食欲無くなっちまうよ」

「ケイスケさん……」

弁護人役の時は、ロベスを苦戦させるほどの攻勢を
見せたケイスケ。今の彼にあの時の勇ましさはない。

アントワネットの部屋は、学校の教室より広いかもしれない。
床に高級なカーペットが敷かれている。
ケイスケはその上にあぐらをかき、うなだれていた。

天井を見上げると、一部に天使の絵画が刻まれている。
そのすぐ近くにある上品なシャンデリアが目の保養になる。
カーテンの隙間から真夏の太陽が漏れる。

エアコンは効きすぎないように適度な温度に設定してあった。

(弁護側の私たちが弱気になったらだめよ)

アントワネットは思いを口に出さず、あえて自分の手を
伸ばし、彼の手に触れた。恋人のように握ったわけではない。
あくまで軽く触れた程度である。

それで十分だった。

(暖かい手だ……)

ケイスケは一瞬で気持ちが楽になった
アントワネットは不思議な少女だった。
彼女の優しさ、慈悲深さはキリスト教の聖人のごとくである。

人に思いを伝えるには言葉より行動に出たほうが早い場合がある。
アントワネットはそれを意識したわけではないが、
落ち込んでいるケイスケを見てると無意識のうちに手を伸ばしていた。

「ありがとうな」

「はい」

ケイスケは、その手のぬくもりをいつまでも感じていたかった。

貞子は今トイレに行ってしまっている。
マリーは同じ弁護人仲間で相談仲間なの自然なこともある。

チャラいと分かっていながらも、アントワネットと
しばらくそのままでいた。お互い、先に動こうとしなかった。

先に彼の手に触れたのはアントワネット。淑女にしては
積極的な行動だった。ケイスケとじっと見つめあっていると、
彼の目に吸い込まれてしまいそうだった。

ケイスケも同じように高揚し、彼女の肩を抱こうと
腕を伸ばそうとしたその時だった。

「君たちはナニをやっているのかね?」

「る、ルイ……これは違うのよ」

この作品でルイと呼ばれるのは一人しかいない。
ケイスケの父、本村ユキオであった。

「親父、ここはアントワネットの屋敷だぞ? つか会社は?」

「安心しなさい。今日は日曜日だ。この屋敷には顔パスで入れたよ」

「顔パスとか何の冗談だよ。皇居並みの警備が敷かれてんだぞこの屋敷。
 事前にアポなしで入るとかソ連のスパイじゃねえんだからさ」

「私は門の前(こから1キロ離れている)でちゃんと名乗ったよ。
 聖ルイの子孫がここにやってきた。妻のマリーに会わせてくれとな」

「そんなんでよく通れたな。即精神病院を紹介されるレベルだぞ」

「私のことはいいのだよ。
 おまえたちは貞子君が見てないところで
 イチャイチャしたらだめじゃないか!!」

説教口調になってしまうのだった。

イチャイチャだが、以前からその予兆はあった。
どちらが積極的だったかと言うと、アントワネットだろう。
アントワネットはケイスケと会うたびに彼と親しさが増す感じがした。
(たぶん)

「マリー。君はケイスケなんかと仲良くしてはいけないよ。
 君には僕がいるじゃないか」(←50代男性のセリフ)

「ええ。おっしゃってる意味はよく分かりますわ。
 でもこの世界のあなたはにはマリエさんという奥さんがおりますわ。
 私はたとえ元フランス王妃でも、今はただの中学生です」

「な……なんだって……」

例えば、後ろから「ひざかっくん」をされると、
体のバランスが崩れる。今のユキオがまさにその動作をした。

「私はマリエだけじゃなくて君のことも
 愛してると言ったではないか!!」

「私もあなたを愛してないとは言ってないわ。
 ただ、ご子息のケイスケさんも魅力的で素敵だと思ったの。
 私たちの生前の息子のルイ・シャルルが成長したら
 こんな姿だったのかしら」

せつなさを感じさせる瞳で見つめられ、ケイスケは照れ臭くなった。

まるっきり息子に対する母親のまなざしである。
過去はどうであれ、今の世界ではケイスケの方が5つも年が
上のはずなのに。アントワネットはただでさえ年齢以上の
落ち着きと知性を感じさせる少女だった。

きっと中身はすでに少女ではないのかとケイスケに思わせた。

(ルイ・シャルルって誰だ?)

ユキオはフランス革命をよく勉強してなかったので
ルイ・シャルルを知らなかった。

このルイ・シャルルをネットで画像検索してみると、
当時の肖像画がヒットする。女性顔の美少年である。
母親似なのだろうか。

「私は子供たちが立派に成長する様子を見届けたかったわ。
 国民公会は私達ブルボン家を裁判で死刑にした。
 私たちが死んだ影響で諸外国の王室が立ち上がり、
 ドロ沼の戦争になるって分かっていたはずなのに」

「俺もフランス革命は知らねえけど、
 よほどひどい歴史だったみたいだな」

「裁判で裁かれるっていうのはね、とんでもなく……
 あまりにも……悲しいことはないのよ。私の裁判は
 一日で終わったけど、裁判所から出る時は
 めまいがして自分の足で歩けなかったわ」

「マリー、辛かったんだな」

「そうよ。ケイスケ。死刑執行台に登る時、
 自分の足が呪われてしまえと思ったわ。
 私は二人の子のいる母だったのよ。子供たちを残して
 私がこの世を去るなんてこんな残酷なことがある?」

ルイ十六世は死ぬ前に大衆に対してこう語った。
余の死を最後にして、二度とフランスの大地に
このような血が流れないことを望むと。

その汚れた血が、今度は地球の反対側の弓上列島で流されようとしている。

「なんか人が増えてるんだけど……」

貞子が戻って来た。顔色が悪く、テンションが低い。
作者も会社の残業続きでテンションが低く、
小説を書く気力がわかない。

「それはどうでもいい」

貞子に指摘されてしまう。

「ケイスケのパパ、久しぶり」

「貞子君……すっかり元気がなくなってしまったな。
 ちゃんと食べているかね? 私達家族と戦った時の 
 気力はどこへ行ったのだね」

「なんかね……。こんなこと言ったらみんなに叱られるだろうけど、
 もう裁判に行くの疲れた。いっそ罪を認めちゃおうかな」

「な……」 「ちょっ」 「バカなことを!!」

三者三様の反応を示した。前にも説明したが、被告人の貞子が
罪を認めることによって死刑が確定してしまう。

貞子は特殊能力を発動できないから、これ以上の蘇生はできない。
つまり死んだら文字通り(人生の)試合終了である。
実は蘇生する力も特殊能力の一種なのである(今決めた)

貞子の発言は無責任が過ぎた。今日まで頑張って弁護をしていた、
ケイスケやアントワネットの思いを踏みにじることになる。

ケイスケはいきり立ち、貞子の肩を揺さぶりながら
熱烈な説教を開始しようとした。

執事がノックの後に扉を開き、一人の男性を招待した。

「ごきげんよう。貞子さん」

「君は……」

「こうして面と向かってお話をするのは初めてですね。
 僕はあなたの敵ではない。どうか真摯にお話をさせていただきたい」

『モンゴルへの逃避』に登場した、能面の男のような口調である。
 この紳士の正体は、ポル・ポトであった。

「僕もあなたの心の苦しみはよく理解できます。なぜなら僕は…」

「ごめん先に言わせて。誰でも口ではそう言えるものよ。
 でも本当のところは違う。私の辛さは私にしか分からない。
 ケイスケや貴方たちが本当に私を救おうと頑張ってくれてるのは
 痛いほどよく分かるの。だから余計に辛いのよ」

貞子もマリーに負けないくらいの美少女だが、
生気のない表情のせいで台無しになっている。

「検察側にぼろくそに言われて正直殺したいほどムカついたけど、
 全部事実だから受け入れるしかないわ。罪の意識? もちろんあるわ。
 私はケイスケと出会うまで人としての感情を完全に失っていた」

「だからこう思うのよ。いっそ罪を受け入れて死んだほうが世の中の
 ためなのかなって。そう思ったきっかけはね、犯罪者の再犯率のこと。
 信長ってチャラい奴が言ってたこと。あれ、自分でもよく考えてみたら
 反論できなかった」

「あとケイスケにも申し訳ない気持ちがあるわ。
 ケイスケは私と出会わなかったら普通に学校に通えていたし、
 彼女もいたでしょ。そうだよね、ケイスケ?」

「えっ?」

ケイスケは金魚のような顔をして驚きを示した。

「貞子、何言ってるんだよ。俺たちは一緒に今まで頑張って来たじゃないか」

「いいえ。私なんていないほうがいいのよ。生きてたってみんなに
 迷惑かけるだけでしょ。いっそ明日にでも自分の首をナイフで
 刺して終わりにしたほうが」

「バカ野郎!! そんな簡単に死ぬとか言ってるんじゃないぞ!!」

今怒鳴ったのは、ケイスケと見せかけてポトである。

「貞子、死をそんな簡単に考えるのは良くないぞ!!
 君は今までたくさんの人の死に関わって来た人なんだ!!
 だからこそ、君は自分の今後について責任を負わなくてはならない!!」

「なら責任を取って自殺しないと」

「そういうことを言ってるんじゃない!! アントワネットが裁判中に
 も言っていたが、この国にはどんな人にも人権はある!!
 アル中にも薬物中毒にも借金地獄の老人にも政府はお金を
 分け与えている!! どんな人にも生きる権利はあるんだ!!」

「ポト君の言う通りよ!!」←アントワネット

「貞子さん。あなたはこれから人を殺さないと誓ったじゃない!!
 それは大きな一歩だったのよ!! ケイスケさんと出会わなければ
 良かったですって!? それはとんでもない勘違いよ!!
 こんな素晴らしい出会いが他にあるでしょうか!!」

「過去は、変えようがないのよ!! でも人は反省できる生き物だから、
 過去を清算して未来に勧める!! 何話か前にソ連の話がでたのを思い出して。
 今日の世界平和は、国連がドイツという名の強大な敵を倒して未来へ
 進んだ結果じゃない。あれ以来欧州で大きな戦争は一度も起きてないわ!!」

「そうだそうだ!! いいぞ!! さすが僕のマリーだ!!」 ←ユキオ

「あー、残業だりー」 ←作者

貞子の両サイドにポトとアントワネットが展開した。
この強力なフォーメーションにより、貞子はたじたじとなった。

彼らは裁判で見せた雄弁を貞子の目の前で披露しているのだから当然だ。

「貞子。君にだから教えてあげよう。生前の僕の血塗られた過去を」

「はい……?」

ポトが全員の真ん中に座り、昔の話を始めた。

☆彡 歴史のお話 ☆彡

ポル・ポト。その名を聞いて人は何を思うだろうか?
おそらく歴史に興味のない人ならば、
「そんな奴知らねえっすwwwさーせんww」と言ったところか。

作者が真っ先に思いつくのは
『史上最恐の大量殺戮者』だろうか。

国家元首としても、共産主義者としても。政治家としても。
とにかく気が違っている。

共産主義者とはキチガイの集団であるが、
その中でも『群を抜いたキチガイ』が彼である。

殺した国民の割合で言えば、あの『スターリン』ですら生ぬるく、
北朝鮮の金一族ですら『赤ん坊』のレベルであると断ずる。

この作品には、今まで歴史上の人物が何人も登場した。

しかし、この『ポル・ポト』だけは最後に紹介したかった。

なぜか……

ガチで『やばすぎる人物』だからだ。 

筆者は、日本史は専門外だが、我が国の歴史に
ポト氏ほどの殺戮者はまずいないだろう。

NEVERまとめ、みたいな文章になってしまった。

ポトがカンボジアで政権を握った後、人口が三分の一まで減少した。
およそ300万人を虐殺したのだ。
その割合を今の日本で示すと、およそ4000万人が死んだことになる。

くわしくは、だいたいこんな内容である↓(観覧注意)

まず、都市部に住んでいる人間を全員強制的に農村に移動させた。
理由は自国の食料生産を上げるため、爆撃があるから疎開させるため
などど言って無理やり移住させた。

何の準備も与えずに。都市部に住んでいた人たちは着の身着のまま
農村に連れて行かれた。動けない者は無理やり引きずられていった。
そして、農村に連れて行き強制的に労働させる。

さらにポルポトはこんなスローガンを掲げた。

「国の発展のために知識人、医者、職人、教師、などがいたら
 名乗り出て欲しい。君たちの知識、技術が必要なのだ」

このスローガンは海外にいたカンボジア人にも発信された。

スローガンを信じたものたちは続々とポルポトの元に集まった。
苦しい農作業から解放される、と喜び勇んで集ったのも束の間、
『機関銃で蜂の巣』にされた。

海外からカンボジアに帰ってきた留学生たちも皆殺しにされた。

「君たちは、子供医者という言葉を聞いたことがあるか?」

ポトがみんなに告げる。もちろんその問いに答えられる者はいない。
ケイスケたちは想像を絶する話に全くついていけなかった。

〜続き〜

こうして多くの大人たちは殺されていき、残るは子供になった。

これこそがポルポトの狙いだったのだ。
無垢な子供を洗脳し多数の『少年兵士』をつくりあげていった。
少年たちはポルポトを神と崇め、それ以外は『スパイ』と教育されていった。

さらに医者の代わりも子供にさせ『少年医師』という職業も存在した。

子供たちは読み書きも出来ぬまま、大人たちを診察し手術までした。

もちろん、よくわからぬままの手術である。『傷口を思い切り引っ張ったり』
『適当にメスで身体を切ったり』とリアルお医者さんごっこである。

少年兵士たちは民家の軒下などに潜み、住民の会話を盗聴していた。
そして、ポルポト政権の不平不満などをつぶやいたら
『強制的に収容所』に連行していった。

収容所では『少年看守たちの拷問』が待っている。

『ペンチで乳首を引きちぎり』『棒で死ぬまで叩き続ける』
老人、病人、女関係なく。ちなみにこの収容所は現存しており、
未だに血の臭いが残っているという。

「すみません。少し気分が……」

アントワネットではなくユキオが女々しいことを言い、
ハンカチで口を押える。

これ以上、強制収容所(キリング・フィールド)の
話はしないほうがよさそうだとポトは判断した。

貞子はSF小説等のネタだと思っていたが、
手元のスマホで検索したら全く同じ内容がでてきた。

「僕がでたらめを言っているように見えるか?
 今説明したのは歴史上の出来事。すべて現実だ」

ポトは目を閉じ、亡くなった人たちのことを思った。

意外に聞こえるかもしれないが、

ポトほど『善良で無垢な独裁者』はいなかったことだろう。
大量虐殺者なのにどうして無垢なのか。

なぜなら彼は先ほど説明した虐殺を

『国を良くするため。
 真の共産主義社会を実現して国民を幸せにするため』

と本気で信じて行っていた点にある。

無能な働き者。狂った共産主義者の最も悪い例であろう。

「どうだ貞子。僕のほうが君より多くの人を殺してる。
 ソ連の人民委員のトロツキーよりもずっと多くの人を粛清したよ」

「……言っちゃ悪いけど、マジでひどいね。
 あんた、歴史上最悪の人物なんじゃないの?
 当時は罪悪感とかなかったの?」

「これが自分でもびっくりすることに、まったくなかった。
 僕は自分の信じる正義のために人を送っていた。
 送ったというのは、収容所に送ったという意味さ。
 送れば三日以内に全員発狂するか、死ぬからさ。
 拷問は僕の部下が全部やってくれる。だから僕は送るだけだ」

「まじひどい……。強制収容所とか
 現実離れしすぎて映画の話みたい」

「北朝鮮には今でも20万人以上の囚人が収容所にいるよ。
 興味があったら脱北者の手記をネットで読んでみてくれ。
 君のやった犯罪なんて大したことじゃないと思えるよ」

ポトは少し話疲れたので紅茶をすすった。
学校にいる時と同じように、アントワネットが用意してくれたのだ。

「君にも嫌な思いをさせてすまなかったね。マリー。
 あんな話は聞きたくなかっただろう?」

「いいのよ。ショックを受けたのは最初だけだよ。
 私も前世が前世だから、血なまぐさいのは慣れているわ」

紅茶の心地よい香りが、部屋中の空気を浄化していくようだった。

ポトは、ティーカップの中に視線を落とした。
ダージリン。深みのある色合いの中に、彼は何を見たのだろうか。
彼の脳裏に焼き付いて離れないのは、自らの政策の犠牲になった、
無数のカンボジア人たちの命。

「ねえポト」

貞子である。

「あんたも最後は処刑されたの? アントワネットと同じように?」

「いや、服毒自殺だよ。僕の政権はベトナムとの戦争によって転覆した。
 その後は国境近くのジャングルに身をひそめていたが、
 クメール・ルージュの軍司令官に裏切られて自殺を強要された」

カンボジア共産党、中央委員会、書記長。ポルポト。
本名『サロット・サル』

ポルポト派の勢力は『クメール・ルージュ』
赤色のクメールと呼ばれた。

彼の残した悪行は、
人類の歴史が続く限り語り継がれていくことだろう。

「ふむ。世界史の勉強になるな。
 歴史を知ることは良いことだ。それが例え悪い歴史であってもな」

ユキオが感心しながら言う。

「貞子君の今後の弁護はどうするつもりなのかな?
 前回の裁判ではミホが躍(やくしん)進したようだが。
 確かうちのミホの主張は貞子君・サイコパス説だね」

このタイミングで裁判の話である。
貞子の体調を考えれば、はっきり言ってKYだった。

だが、裁判の続きが一番気になっているのはアントワネットも同じ
ロベスが検察側の代表に対し、弁護側のリーダー格は彼女である。
アントワネットはユキオが素晴らしい相談相手なのを
知っていることもあって、つい話に乗ってしまう。

「先天的な殺人鬼と主張したいのでしょうね。
 アメリカの医学界では先天的な脳以上・いわゆる
 他者との共感を示す作用に異常がある例が発見されてるそうね」

「ああ、俺もそれ聞いたことあるぜ」

ケイスケも乗った。

「雑誌か何かで読んだんだけど、サイコパスは普通の人より
 罪を感じる意識が少なくて、自分勝手なんだってな。
 人に迷惑をかけてるって意識がそもそも存在しないらしいが」

アントワネットが顎に手を当てる。

「しかしですね。研究結果とは常にのちの研究で新しい発見があり、
 否定され続けるもの。世界の研究でも脳についてまだ20パーセントしか
 解明できてないのだから、大航海時代前の世界地図のようなものね。
 つまりほとんど分からないことだから、根拠にするのは難しいと思う」

「そうだよな。だいたい検察の奴らはどんな理由でもいいから
 貞子を有罪にしたいだけなんだ。どんどん反論してやろうぜ」

「もうやめてよ…」

「え?」

「頭痛くなるから……。私がいないところで話して」

「ああ、ごめんな貞子。別におまえが異常者だって
 話がしたいわけじゃなかったんだけど」

「それは私も分かってるよ。ごめん。少しベッドで寝て来るから」

「おう」

貞子は少しいらだった様子で部屋を出ていった。

その様子をユキオはキョトンとして見ていた。

彼は、貞子が何を言われても平然としてるメンタルの
持ち主だと勝手に考えていたのだ。
貞子と過去あれだけ戦ってきたのだから無理はない。

「ずいぶんとやつれてしまったね。
 あの様子では前回ミホに相当言われたのかな」

「ミホも言う時は言うからな。あと母さんと
 信長のクソ野郎も容赦なかった。
 あんだけ言われたら誰でも心折れるだろ」

「貞子君にすまないことをしたかな。
 今は裁判の話はするべきじゃなかったね」

「ほんとにな。しかもアポなしで来るからびっくりしたぞ。
 マジ空気読んでくれよ親父」

「あとでわびの品でも持ってくる。今日はマリエに買い物を
 頼まれてるからこれで帰るが、帰った後ミホたちには
 私から言っておくよ」

「何を言うつもりなんだ? 
 あの二人は何を言っても止まらないと思うが」

「なに。私もバカではない。今回の裁判を止められる方法が 
 あるなら、知恵を絞ってみるさ」

ユキオは、高級車に送迎されて深い森を抜け、門の外の世界に出た。
当たり前だが、アントワネット家の敷地の外は、
現代日本(埼玉県)の風景が広がっていた。

誰でもアントワネット家を訪れた人は言う。
帰ろうと外に出た瞬間に中世から現代に戻されると。
それほどアントワネットの家は特別な雰囲気を持っていた。

駅前のスーパーで何日分かの食料をまとめ買いした。

「お客様。ポイントカードはお持ちですか?」

「うむ。株主優待券も持っているよ。今回は3枚使おうか」

「かしこまりました」

ユキオが袋詰めをしていると、
レジに40代と思われる母親と10代の娘が
並んでいるのが目に入る。

ふとユキオはこう思った。

(ミホと最後に買い物をしたのいつだったろうか?)

確かにアントワネットと一緒にモールでは会ったが、
あれは別カウント。

娘と仲が悪いわけではないが、娘も中学生ともなれば
部活や友達と遊んだりで親といる時間は少なくなる。

いくら娘が可愛くても、娘離れしなければならない時期だ。

ユキオは家までの道を歩いていた。
日が暮れかけている。ユキオが腕時計を見る。
6時半である。夏だから外は十分に明るい。

妻の料理の支度には少し遅れてしまうかもしれないが。

(ミホは二年に進級してからずっとふさぎこんでいたな。
 貞子事件に巻き込まれれば当然か。私は支店のことで
 頭がいっぱいで子供たちに構う暇などなかったな。
 それがいけなかったのだろうか)

ユキオは、狂暴化した時のミホにおびえていた。(貞子との戦闘時)
妻も怖いが、娘も驚異的な戦闘力の持ち主なのが分かった。

きっとどこかで育て方を間違ったせいだろうと思っていた。
本当のところはただの血筋である。(モンゴル風の)

「あ、おとーさんすかwwww あぃーすwwww
 おじゃましてまーーすwwwさせん」

家のリビングには見知らぬ男がいた。
この口調で話すのはもちろん織田信長。
現代によみがえった比類なきチャラ男である。

(なんだこの口の悪さは。あの服屋の店員よりはるかに悪いぞ)

ユキオは不快感を隠そうともしなかった。

「あれれれ?wwww おとうさんwwwなんすかその顔wwww
 もしかして、俺、うぜーすか?wwww
 うざいなら帰ったほうが良いっすかねwww」

「う、うちは客人は誰でも歓迎だよ。ゆっくりしていきたまえ。
 君もマリエに呼ばれてここに来たんだろう?」

「そーなんすよwwwなんか次回の裁判対策やるとか言われちゃってwww
 俺、家で色々予定とかあったのに、マジだりーっすwww」

信長はソファにだらしない恰好で座り、
まるで自分の家のようにくつろいでいる。

ユキオは高収入なだけにそれなりに貫禄のある人物だが、
信長は緊張した様子もなく、
挑発するような口調で話しかけている。

「おとーさんもその辺に座ったらどうっすかwwwwww」

「それよりミホはどうした?」

「あっ、ミホさんすかwwwなんかぁ、俺と一緒にいると頭痛がするとか
 言って部屋にこもっちゃいましたよwwww
 まさか俺、避けられてるんすかねwww ショックだわーwww」

(その割には悲壮感がまるでないな。
 ミホに嫌われてるなら今すぐ帰りたまえ)

この早口でうざいことを話すチャラ男は、
ジャニオタのミホが一番苦手とするジャンルだった。

ミホはジャニオタだが、男を見る目がないわけではない。
ひたむきで努力家で将来性のある男性が好みだった。

「マリエの姿も見えないが」

「奥さんのことすか?www おーい、おくさーんwwww」

「なによ。あんたは声がでかいわねー」

不機嫌そうな顔のマリエが別の部屋から出て来た。

「あら。あなた。買い物してきてくれたのね」

「朝頼まれたからな。ちゃんとレシートも貰って来たぞ」

マリエは、売り時の株がいくつかあったのでPCに
かじりついていたという。その間、信長はリビングで一人放置され、

「このリビングのソファ、座り心地良くてマジ快適っす、
 チョリぃっぃぃぃス!!」などと言いながらくつろいでいた。

誰もお茶を淹れてくれないので、自分でミルクティやコーヒーなどを
勝手に淹れて、テレビを見ながら爆笑していた。迷惑な客である。

マリエも娘と同様、チャラ男は苦手だったので
早く帰ってほしかったのだが、

「はwwww?せっかく呼んでくれたのにすぐ帰れとか、そんなさみしーことw
 言わないでくださいよぉwwwwロベスの野郎には夕食後馳走したんでしょww
 今夜は俺もご馳走になっていいっすかねwwww
 あ、迷惑ならもちろん帰りますけどwww」

などと無駄に口が回るので追い返すことも出来なかった。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 4911