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作品名:『学園生活』  ミウの物語 作者:なおちー

第9回   魔の生徒会執行部(夏休み前)
「一年二組の斎藤マリエさん。
 生徒会執行部からお呼び出しです。
 放課後、すみやかに生徒会室へお越しください」

思わず(なんだ?)と思った太盛。

彼のクラスでは夏休み前の最後の授業が終わったところだった。
まもなく担任の先生がやってきて、今学期最後のHRを始める。

「中学年(二年生)だからと気を抜かずに、
 節度を持った学生らしい過ごし方を心得るようにしましょう」

そんなこといちいち口にしなくとも太盛のクラスで悪さをする人はいない。

ここは県内で有数の進学校。太盛のクラスは二年一組の特別進学コース文系。
進学コースは文系と理系があり、さらに特別進学コースと
総合進学コースに分かれている(一年生の時は総合進学のみ)

特別進学クラス希望の人は二年の進級時、成績順に選ばれる。

クラスの番号が若い人ほど一般的に成績優秀なのだが、
クラスごとに偏差値の均衡を図るために、あえて頭の良い生徒を
ばらばらに配置することもある。

(なんで私が進学コースなんだろう……)

とミウは常々思っていた。彼女は英語以外に特に取り柄がなかった。

しかもネイティブの割には、英語の点数はせいぜい70点クラス。
これには教師陣が逆に驚いていた。
日本の英語教育がいかに話す能力と関係ないかが分かる

(テストに出てくる小難しい単語なんて会話でほとんど使わないよ。
 しかも文法も堅くて読んでてつまらないすぎ)

進学コース以外には普通科。音楽の声楽、器楽コース。美術コースもあった。
世間的に音楽コースに定評があり、歴史と伝統のある吹奏楽部(定員120名超)は
毎年全国のコンクールに出場していた。
全校生徒の総数、2000を超えるマンモス高である。

「お、おい、聞いたか?」

「ああ……。あの一年生のマリーちゃんが呼び出しかよ」

「しかも生徒会執行部って、あの会長から
 直に呼び出されたってことか?」

「ほんとだよねー。明日から夏休みなのにさー。
 あの子やばいんじゃない……?」

クラスメイト達には先生の話よりこっちのほうが重要だった。
学校の教師陣でさえ不干渉の立場をとっている生徒会である。
執行部とついているが、普通に生徒会のことである。

彼らは特別な権限を持ち、学内で問題を起こしそうな生徒を
摘発し、指導する権利を有していた。それは本来なら教師の権利であり、
学生が学生を指導するなど、越権行為といわれてもおかしくはない。

ちなみにこれは理事長の決定であるから、
雇われている側である教師陣は認めるしかない。

「くそっ……。気になる」

HRが終わった。
太盛はいてもたってもいられなくなり、C校舎へ向かった。

ここにはABCの三つの棟があり、それぞれ渡り廊下でつながっている。
校舎を上空から見ると、ちょうどコの字につながっているように見える。
三つの長テーブルをコの形にくっつけたといえば分かりやすいか。

太盛らのいる校舎はB。つまり隣の棟へ行ったわけだ。
Cは一番新しく、渡り廊下はピカピカ。廊下の中にまで教室がある。

「生徒会室って、何階だっけ?」

そもそも、生徒会に縁がないので行ったことがなかった。

こんな時に生徒会役員のマサヤがいればよかったと思うが、
彼は妹が風邪を引いていると言って帰ってしまった。
(実は会長と関わるのを恐れていた)

「そこの君」

「はい? 僕ですか?」

「君は生徒会室へ行きたいのかな?」

「そ、そうです。何階なのか分からなくて……」

「あいにくだけど、部外者は入れない決まりだ。
 君、二年生の堀君だろ? うわさは聞いてるよ」

と言ってクスクス笑う三年生の男子。
黒縁の眼鏡をかけた優男だ。

「若いってのはいいね。特に恋愛とかさ。
 相手のことが好きだって気持ちだけで突っ走れて。
 あの橘さんって美人の子に付きまとわれてるんだって?
 校内で有名になっちゃってさ、モテる男は大変だね」

「お恥ずかしい限りです。
 あの、それより生徒会室に部外者が入れないってのは……」

「会長が認めないからさ。あの男はちょっと変わり者でね。
 自分が心を許した相手以外は部屋に入れないんだ。
 奴の権力は圧倒的だ。学年主任でさえビクビクして
 奴に口出しできないほどなんだぜ?」

「じゃあどうして今日斎藤は……」

「会長が話したいほどの事情があるってことなんじゃないのか?
 物見湯山で行くのは危険すぎると思うがね」

嫌な予感がした。

「それでも、行くのかい?」

「行きます」

男子の先輩は太盛の顔をじっと見つめて、
決意が固いことを確認した。

「エレベーターの四階を押すといい。
 四階に着いたら、すぐ左側にある部屋が生徒会室だ」

太盛は礼を言い、エレベーターの中に入った。
エレベーターの扉が閉まり、先輩は一人残された。

「若いってのは……いいねぇ。
 自分の命より他人のことを優先できる……。
 それを人は無謀と言うのか、それとも優しさと言うのか」

深いため息をついた。
その顔は、十八歳とは思えないほど老け込んでいた。

太盛は四階に着いた。
先輩に言われた通り、すぐ横に生徒会室と書かれた大きな部屋がある。
立派な二枚扉の前には、警備と思われる生徒が二人いた。

「そこのあなた、止まりなさい」

二人とも女子だった。襟のバッジで上級生だと分かる。

「間違えてここに来たわけじゃないわよね?
 一般生徒は四階に用はないはずよ」

「用ならありますよ。
 俺は放送で斎藤が呼び出されたのを知っています」

「あなた。あの子のファンの人?
 だったらあとで結果を報告してあげてもいいわ。
 今日は帰りなさい」

「彼女、中にいるんですよね? 
 中で何が起きてるんですか?
 俺、ファンじゃなくて同じ部活なんですよ。
 美術部です」

「なら部の責任者さんに伝えておいてくれる?
 斎藤さんはしばらく休部するってね」

「休部……? なんで休部するんですか?」

「知りたいの?」

ぞっとするほど冷たい視線だった。
だが、太盛はエリカのおかげで怖い女性には態勢ができている。

太盛は廊下の隅に腰かけた。
修行僧(カンボジアのWat Thmei寺院)のように
あぐらをかいている。

さらに厚いためか、Yシャツとインナーを脱いで
上半身裸になってしまった。

「仏教徒の人だったの? ここはインドじゃなくてよ」

「いえ、どちらかというと東南アジアをイメージしました。
 俺はいくらでも待ちますよ。その扉が自分から開くまでね」

「会長の話がいつまで続くか分からないのに待つつもり?」

「そうです」

「強気な子ねぇ。あなた、暑がりなんでしょ?
 ここの廊下のエアコン、切ってあげましょうか?」

「どうぞお好きに。俺はかまいませんよ」

「その恰好はなんのつもり?
 服を着ないのも校則違反。会長に見つかったら
 極刑に処される可能性も否定できないわ」

「別にいいっすよ!! それでも俺は待ちます!!」

太盛の剣幕はすごかった。
その意志は鉄のように固く、本気で怒らせたら
何をするか分からないと思わせるほどの力がった。

そんな時、エレベーターからまた一人降りて来た。

「わ、私も一緒に待っていいですか?」

餌を探している最中のシマリスの一種かと思ったら、
二年生を代表する美少女のミウだった。

太盛に『お邪魔するね』と言って隣に座る。

「なぜ君までここに?」 「太盛君を一人で行かせられないよ」

どういうわけか、ミウを見て先輩二人はひそひそ
内緒話しを始めたかと思うと笑い始めた。

「そ、そんなに私の顔って変ですか?」

「違うわよ」

と言い、よほどおかしいのか、お腹を抱えて笑い出した。
その笑い声はますます大きくなり、修行僧の太盛でさえ
眉をひそめるほどになった。

バン

扉が勢いよく開く。同時に笑っていた女子達の顔が蒼白になった。

「騒がしいぞ。この校舎で騒ぐなといつも言っているだろう。
 淑女らしく静粛にしたまえ」

「か、会長。すみません!!」

「ん? そこに座っている二人は何者だ?
 特にそこ男。なぜ上半身裸なのだ?」

「そ、それが。インドの修行僧の真似をしてるみたいでして」

カンボジアだと突っ込みたくなる太盛。

「君は……堀君と、そうだ。そっちの彼女はミウと
 いう名前の帰国子女だったな。英国生まれの娘か」

会長はゆっくり歩き、太盛の前に立ちはだかった。

「簡潔に述べたまえ。ここへ何をしに来た?」

「斎藤マリエはどこですか?
 見たところ、この部屋にはいないようですが」

「なるほど。彼女を取り戻しに来たのか。
 斎藤なら別室にいるよ。そこで取り調べを受けている」

「いったいなんの取り調べですか!?
 彼女が犯罪でもしたんですか!?」

「当事者のくせによく言う」

と言って会長は席に戻ってしまった。
会長の机は会社役員のように立派だった。

会長は坊主頭でメガネをした男だった。
制服の着こなし方、立ち振る舞い、口調、
全てが他の生徒とは一線を画している。

「どうした? 二人とも入りたまえ。
 堀君は服を着てからにしてもらうが」

まるで初めから人の上に立つために生まれて
来たかのような、王族とでもいうべき風格がある。

席の横に会長に仕える女性が立っていた。
学校内なのに着物姿なので異彩を放っている。
長い茶色の髪をふんわりカールさせた、
おっとりした雰囲気の人だった。

「せっかくここまでお越しいただいたのですから、
 お茶でも淹れましょうか?」

「うむ。任せる」

その女性がもったいぶった動作で急須にお湯を入れる。
こういった仕草が洗練されすぎて高校生離れしている。
太盛は、京都の老舗のお店でお茶出しされている気分になった。

「あのぉ。お茶まで出されてこんなこと言うのもあれですけど、
 生徒会は、部外者は立ち入り禁止だって聞きました」

「ええ。その通りよ」

女性は笑みを崩さずに答える。

「どうして俺たちは普通に入れるんですか?
 しかも俺たち二年生なんですけど」

「うふふ。堀君はねぇ。部外者とは言えないももの」

この笑い方、太盛には聞き覚えがあった。

「先輩は僕と会ったことありますか?」

「そうよぉー。太盛君は覚えてないのかしら?
 前にエリカが買い物している時に一緒にいたのに」

太盛は嫌な汗をかいたのでまた上着を脱ぎたくなった。

「エリカの……お姉さん?」

「ご名答♪」

その裏のある話し方、間違いなく妹と同じ人種だと思わせるに十分。
しかもここは先生方の手が届かない超法規的な空間。
ここにいたら自分たちもマリーのように監禁されるかもしれない。

そう思った太盛はミウの手を取って駆けだそうとした。

「あ……?」

太盛の視線が、部屋中をぐるりと回った。

すぐに背中から床へ落下し、激痛のため呼吸が止まる。

「まだ話の途中よ?」

太盛はエリカの姉に一本背負いされて転倒したのだ。
その一撃を隣で見ていたミウは恐怖で立つことも出来なかった。

「あとで太盛君を呼び出そうと思っていたから、
 かえってちょうどよかったわぁ。太盛君からいろいろ
 聞きたいことがあるの。そこで縮こまってるミウさんも、
 途中でどこかへ行こうとしたらどうなるか、 
 言わなくても分かってますね?」

ミウは首を上下に振り、恭順の意を示した。

「アーニャ。あまり下級生を脅してやるなよ。
 見ろ。二年生のアイドルが震えあがっているではないか」

「これでいいのよ。男子にモテるからって
 調子に乗ってるんでしょうから。
 前から鼻をへし折ってやりたいと思っていたの」

アーニャと呼ばれたエリカの姉。本名はロシア風でアナスタシアと言う。
長いので略してアーニャ。本来のロシア語ならナースチャ、
ターシャのほうが一般的だが、日本語で発音しやすいアーニャと呼ばれている。

「せ、先輩はロシア人ですか?」

「エリカから聞いていないの? うちのご先祖様はソビエト連邦の移民なのよ。
 私が着物を着ているのはね、お父様の代で呉服店を営んでいたからなのよ。
 私は家でずっと着物を着ているから、ここで仕事する時も着物を
 着ている方が落ち着くのよね」

さすが姉妹。エリカに話し方がそっくりだった。
声の調子も似ていて、姉妹より双子のほうがしっくりくる。
顔立ちはエリカよりゆったりとしていて、癒し系だった。

「お茶のお代わりはいかが?」

「け、結構です」

「そう。なら初めようかしら?」

バタン

開けっ放しだった扉を門番の女子達が閉めた。

エリカは会長の隣にリクライニングチェアを持ってきて、そこに座った。
太盛とミウは会長達の反対側のテーブルに座り、向き合う。
企業面接のような形になった。

「気になっているようだから先に教えてあげるわ。
 斎藤さんは隣の部屋でエリカに尋問されているわ。
 あの子、いけない子よね。エリカの味方をするふりして
 太盛君と仲良くなろうとしてたんだから」

「ち、違いますよ。あの子はただ面白半分で遊びに来ただけで」

パシンと叩きつけるようにアーニャが写真をテーブルに並べる。
写真はマリーの部分だけ拡大されていて、多少ぼやけている。

マリーは歩道を歩きながら太盛に密着して相合傘をしていた。
さらに電車内の様子もある。太盛に肩を貸して降車する場面。

「ボリシェビキでは嘘つきは拷問の上に銃殺刑だ。
 つまらぬ言い訳はやめたまえ」

会長が言う。

「アーニャの身内の相談事というから特別に尋問室を
 解放してあげたのだよ。他でもないアーニャの頼みだからな」

「エリカは言ってたわ。ああいう子って一番許せないって。
 表向きはエリカに媚売っておいて、陰でこそこそ動いて
 本当に大切なものを奪おうとするんだから。
 これ、昔の政治に例えたら反革命罪になるわ。
 だから罰を与えるの。当然よね? あの子が悪いのよ?」

アナスタシアの瞳があまりにも冷徹すぎて
ミウは耐えられなかった。先生より何十倍も怖い。

自分と一年しか年が違わないのに、どうしたら
ここまで残酷な人になれるのか。

「もっとはっきり言ってください。
 斎藤マリエは拷問されているんですよね?」

「太盛君はどうしてそう思うの?」

「僕も世界史をかじった人間です。ソ連では拷問のことを
 尋問と呼ぶのを知っています。マリエは……何時間も
 痛めつけられて廃人になるんですか?」

「うふふふ。それはエリカ次第ってところねぇ。
 あまり傷が残らないようにしなさいとは言ってあるわ。
 うふふふ。あははっ。楽しいわ」

アーニャは完全に狂っていた。彼女は今の平和な日本ではなく、
戦前のソビエトの政治の世界に生きていた。共産主義者。
反民主主義。反帝国主義。根本が日本人と違うのだ。

(なんとかして救う方法はないの? なにか……)

ミウはうつむいて相手に顔が見えないようにしながら、
武器になりそうなものを見つけていた。

彼女はある程度予想できていることがあった。
それは、その拷問の事実を知った自分たちも口封じのために
拷問されるということ。

ヒュ

風を切る音。ミウの顔のすぐ横を何かが通り過ぎた。

「今投げたのはただの針よ。お裁縫で使うお針。
 ちょっと手が滑って投げちゃったわ。でも気をつけなさいね?
 あなたの目線だけで何考えてるか分かっちゃうから」

ミウの片目をつぶすのは造作もないと言っているのだ。

「まだ話を始めたばかりだから
 そんなに焦らなくてもいいじゃない?
 大丈夫。その気になればあなたの左手の爪を全部外して
 ファンたちへのコレクションにしてあげるわ」

「ふふふ。アーニャ。君は実に残酷なことを考える。
 みろ。ミウの泣き顔を。笑いが止まらないじゃないか」

「それにしてもおかしいわよね。太盛君とミウさんたら
 自分から生徒会執行部にやって来るなんて……。
 そんなに地獄が見たかったのかしら?
 ぷっ。んふふふ。あははは」

二人はこらえ切れずに笑った。その笑い方は、先ほど扉の前に
いた女子二人が吹いていたのとまったく同じ。

カモがネギを背負ってやってくるというのは、まさにこのことなのだ。

「この間のこと覚えてる? 三年の女子にセクハラ
 して捕まった物理の先生いたじゃない?」

「ああ、あの男か。まだ30前の若い男」

「この学校首になる前に、一度この部屋に呼び出したのよね」

「奴の叫び声は最高だったな。やめてくれ、もう許してくれ。
 最後の方になると俺の足をつかんで命乞いしてきたな」

「大人を拷問するのって楽しいわよね。
 どうせ社会では性犯罪者なんだから、
 どうしようと私たちの勝手よね?」

「まだ初犯だから許されているが、ただちに報道機関に
 実名報道させると脅した時の顔といったらな……。
 最後は奴の親と兄妹まで脅してやったよ」

ミウは絶望しながらその話を聞いていた。
一方の太盛は、何の考えもなしにここに来たわけはない。

生徒会室に来る前に覚悟は決めていた。彼の秘密道具は
腕時計の中に隠したボイスレコーダーだった。

この音声記録をのちに世間に公表してこいつらをつぶして
やろうと考えていた。

ズゴ ドゴ

隣の部屋から鈍い音が響いてきた。

ドドドオ  ズゴゴオ

ソファかテーブルを引きずる音のように聞こえる。
斎藤マリーが暴行されているのは間違いなかった。

だが不思議なことにマリーの悲鳴が聞こえてこない。
これは奇妙だった。どんな人間でも痛めつけられれば
苦痛の声を出すはずである。

「うふふ。やってるやってる」

アーニャはテーブルの上のノートPCを会長と覗いていた。
どうやら隣の部屋の状況を画面に中継しているらしい。

時計の針はすでに二時半。今日は半日授業だったから
この部屋に直行して早三時間近く経っていることになる。

ミウが唇を噛んだ。

「あの先輩たち。そろそろお腹すきませんか?
 今日のことは誰にも言いませんから、帰らせてくれると
 うれしいなぁって……」

「何言ってるの。そんなのだめよぉ?
  まだ下校時間までたっぷり時間張るわ。
 それにね……」

――次はミウちゃん達があの部屋に入るのよ?――

そう言った。 この一言はミウを絶望の淵に追いやった。
さっき投げられた裁縫針を拾って自分の首に刺そうかと思った。

「う……うわぁあ……いやだぁ……嫌だぁ……いやだよぉ……」

太盛は耐え切れず涙を流していた。
恥も外聞もなく、ただ己の不幸の身を呪っていた。

「太盛君ったら、可愛い顔して泣いてるのね?」

「いやだ……お願います……助けてください……なんでもします……」

「そうそう。その顔よ。絶望して、もうどうしよも
 ないってその顔。私は太盛君のそんな顔が見たかったの。
 かわいー♪」

「アーニャさん……なぜですか? なぜ……こんなことに
 なったんですか……ひぐっ……僕が……エリカの誘いを……
 断ったからですか……うぐっ」

「それもあるけど、太盛君は将来の私の義理の弟候補でしょ?
 今のうちによく教えてあげようかなって。正しい上下関係を。
 ほら、こっち向いて。写真撮ってあげるわ」

アナスタシアは子供のように無邪気な顔でスマホを構えた。
彼女は太盛を痛めつけることより太盛の困った顔を見るのが好きなのだ。
人を痛めつける理由もはっきり言ってどうでもいい。

ただ、純粋に痛めつけたかった。
ただ、暴力の要求を満たしたかった。
それだけのこと

日本で人を殴れば暴行罪で訴えられる。
それを合法的に実施するためには、組織の力が必要だ。
アーニャたちはそれを生徒会に求めた。

ちなみに会長は理事長の息子だ。
理事長は息子を信用しているから、まさか
生徒会が悪の組織だとは夢にも思っていない。

「太盛君のかわいい顔、たくさん撮れたわ!!
 次は楽しい声をたーくさん聞かせてね?
 ベッドの上に縛り付けて
 お腹に重たい鉄球を落としてあげる♪」

これが、ソ連邦の内務人民委員部(祖父)から引き継がれた血筋だった。

人権。生きる希望。平穏な日常。

全てをはく奪された若者二人にできることは、
ただ神に祈ることだけだった。

ミウは胸の前で十字を切り、両手を合わせて聖書の言葉を口にした。
英語で、小声で、天にいる神へ届くように祈った。

「この期に及んで神頼みかね。実に愉快である」

「ほんと、祈ればなんとかなるなんて都合の良い考えよねー。
  これだから西側諸国の人間はのんきで困るわ」

宗教を否定した共産主義者たちには滑稽(こっけい)だ。
会長は日本人だが、アーニャに感化されて共産主義に目覚めたのだ。

ミウの脳裏に浮かんだのは、あの白式尉(はくしきじょう)のお面。
人生の重みを感じさせる深いしわを刻み込んだおじいさんのお面。

『ミウ。心配するな』

あの温かみのある声でそう言った。

巨大な振動が発生したのは、その次の瞬間だった。

「ぬぅ……!?」

会長が席から転げ落ちる。アーニャも立っていられなくなり、
壁に手を当ててバランスをとる。

太盛はミウを抱きしなら、床に座り込み、揺れが収まるのを待つことにした。


ズアガアアアアアアアン

揺れはさらに激しくなり、なんと建物そのものが倒壊し始めた。
建物の一階部分でダイナマイトが爆発したのだ。

『えーえー。近隣の皆様にご迷惑をおかけしております。
 ただいまわが校は、校舎の改修工事をしておりまーす。
 危ないので校舎のそばには近寄らないでくださーい』

地上から拡声器でそう叫ぶのは、なんと世界史研究会の飯島(いいじま)だ。
太盛達の隣のクラスの二年生のバンダナ男だ。

「おおっミウ様!!」 「ミウ様がいたぞ!!」 「太盛君も確保しろ!!」

世界史研究会のメンバーが入ってきて、太盛達を非常用の
すべる階段?(脱出シュート)から降ろしてくれた。

ファン達は会長とアーニャには構わず逃げてしまう。
なおも建物の倒壊は続いている。

「ふむ。まさか我々の牙城を崩すほどの猛者がいるとはな。
 外部へ情報が洩れるはずないのだがな」

「向こうにセキュリティのプロでもいたのかしら?
 あとで摘発して歯を全部追ってあげましょう♪ 
 でもワクワクしない?
 人生は命の危険があるくらいでちょうどいいのよ」

その数分後、建物は一気に倒れてぺしゃんこになった。
膨大な土煙が近隣へ広がり、警察や消防が集まって
大惨事となってしまった。なんと全校舎の三分の一に当たるC棟が
なくなってしまったのである。


太盛とミウは病院へ運ばれたが、特にけがはなかった。
最悪なのは斎藤マリーだった。
彼女は拷問のショックから失語症となり、
しばらく精神科に入院することになった。

(ああ、また親父殿に叱れられるのか……)

こうして最悪の展開で夏休み初日を迎えるのだった。


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