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作品名:『学園生活』  ミウの物語 作者:なおちー

第8回   「マリーはそこの玄関から帰りなさいよ」
食道の巨大な扉を開け、廊下を歩くと中央エントランスの階段に出る。
その階段を登ると二階の子供部屋、すなわち太盛の部屋にたどり着く。

ミウは廊下を歩く最中もまだ怒っていた。

「マリーはそこの玄関から帰りなさいよ。
 あんたが変なこと言うから恥かいちゃったじゃない」

「どうしてですか? 学生は元気があるくらいで
 ちょうどいいではないですか。あの後藤さんとかいう
 素敵なおじ様も笑ってたじゃないですか」

「呆れてたんだよ!! そんなことも分からないのか!!
 後藤さんは女の子に優しいから口にはしないけどさ」

「さっきからミウさんはここの家のことを知ってるみたいな
 言い方しますけど、ちゃっかり太盛さんの奥様アピールでも
 したいんですか? そーゆーの、ぶっちゃけ、うざいんでー
 やめてもらっていいですかぁ♪?」

うざいのはマリーの口調だった。
特に語尾の伸ばし方など、もはやお嬢様というよりギャルだった。
ここまでくると人を怒らせる天才である。

「年上に対してその態度は何なの!? いい加減にしろ!!」

「ぐえっ」

ドナルド・ダックのような声をあげるマリー。
顔はガチャピンにそっくりだ。

「おいおい……後ろから首にチョップするなよ。
 向こうで流行ってるブリティッシュ・コメディの練習か?」

「そんなコメディ聞いたことないよ。
 太盛君からも何か言ってあげてよ。この子、口悪すぎじゃない?」

「まあ……確かにちょっと言いすぎかなぁと……」

「どこで育て方を間違ったらこんな娘になっちゃうのよ!!
 親の顔が見てみたいものだわ!!」

「ひ、ひどいですー。ちょっとからかっただけなのにぃ」

この語尾の伸ばし方がぶりっ子全開でミウを怒らせた。
ミウも他の女子と同様、ぶりっ子する女は大嫌いだった。

「お、おいっ、泣くなよ」

「だってぇ……ミウ先輩がいっぱい怒鳴るから」

「確かに二人とも喧嘩しすぎだからな。
 ほら。もうすぐ部屋だ。
 紅茶でも飲んで忘れよう?」

「太盛君。そいつ、ウソ泣きだよ」

「は……?」

「あれ? ばれてましたぁ?」

ミウが英国伝統のボクシングの構えを始めたので、太盛がなだめた。

そんな彼らの様子を階段の下から使用人たちが心配そうに見ている。
太盛はやりきれなくて部屋に二人を押し込んでしまった。

「太盛様はずいぶん変わったご学友をお持ちのようですな……」

後藤の声は聞こえないふりをした。


「ここが太盛さんの部屋なんですねー。ひろーい」

「普通だよ」

(どこがだよ)とミウは思った。
広さは20畳ほどで豪華なホテル並みである。

一番目立つのは天井まで達する大きな本棚。
漫画はほとんどなく、小難しい絵画や歴史の本が多い。
外国の小説もある。

パソコンデスクの両脇には大きなスピーカーが置かれている。
ヘッドホンもテーブルの上に三種類も立てかけてあった。

「あ、折りたたんだイーゼルだ。
 絵具とか画材も置いてあるんだぁ。
 太盛先輩の絵、見てみたいなー」

「いつも部活で見てるじゃないか。
 君のに比べたら俺の絵なんてしょぼすぎるよ」

「そんなことないですよー。絵は個性なんですから。
 私は太盛先輩の絵、好きですよ?」

「……そうかな?」

可愛い女の子に満面の笑みで言われると正直うれしかった。
マリーは16にして男を虜にする方法をよく心得ていた。

「私も太盛君の絵、見てみたい」

割りと真剣に言われたので、太盛は照れ臭く
なりながらも何枚かの絵を出した。

風景画だった。秋から冬にかけての寂しいさを
感じさせる季節のものだ。

晩秋の森の中の風景だ。
地面一帯は落葉が覆い隠している。
木漏れ日が絵具でよく表現されている。

同じような風景が二枚。
最後の一枚には島を思わせる海岸部分も描かれていた。
波打ち際の美しい風景が、海岸を歩く女性の姿を引き立たせている。

背が高く、一見すると外国の女性かと思わせるほど。
コート姿にブーツを履き、色白で美人だ。
切れ長の瞳が、哀しそうにこちらを見つめている。

「せ、太盛君……この絵をどこで?」

ミウは耐え切れず涙を流していた。
描かれている女性がユーリだと知ったからだ。

「急に泣き出してどうした!? やっぱり体調が悪いのか? 
 今使用人の人達を呼んで……」

「呼ばなくていいから!!」

耳元で叫ばれて心臓が止まるかと思った太盛。
マリーも呆気に取られており、軽口を叩ける状況ではない。

「怒鳴っちゃってごめん。お願い。答えてほしいの。
 どこでこの絵を描いたの?」

太盛は少し間を置いてから答えた。

「これは模写だよ。どっかの雑誌かポスターに
 描かれてたものだと思う。その雑誌は
 もう捨てちゃったけど、たしか……長崎県の風景だったかな」

「長崎県の……小さな島……?」

「どうだろう。長崎は行ったことないから何とも言えないな」

「じゃあ、この女性は?」

「もちろん知らない人だよ。でも大人っぽくて
 綺麗な人だよな。こんな美人さんがモデルに
 なってくれるなら俺も描いてみたいや。はは。あはは」

太盛の乾いた笑い声がむなしく響いた。

「ユーリ……」

耳を澄まさないと聞こえないほどの小さな声。
他の二人はミウの声をしっかり聴いていた。

「不思議と聞いたことのあるような名前だ……」

「先輩の昔の彼女の名前ですか?」

「いや、そんな女性に会ったことはないはずだ。
 それにその人は20代だろ。俺と年が離れてるじゃないか。
 ミウの知り合いか?」

返事はない。

ミウは絵画を持ったまま石のように固まってしまった。
ソファに腰を沈めてそこから動こうとしない。

(どうしたんだろう?) (さあ?)

アイコンタクトした太盛とマリエにはさっぱり分からないが、
ミウは過去の世界で起きた悲惨な出来事を思い出していた。

憎きエリカ。毒を飲んだユーリ。太盛と蒙古で心中したマリン。

マリン……。そうマリンである。

今目の前にはマリンの生まれ変わりと思われる人物がいるのである。

「な、なんですか!? いきなり気持ち悪い!!」

ミウは無言でマリンの髪の毛を触ったり、肌の感触を確かめていた。

「せ、せまるさん、助けてえええ!!
 ミウさんがレズプレイに目覚めましたわ」

顔の一番の特徴は、愛らしい唇。
目元よりこっちのほうが目立つ。
実は父親の太盛とそっくりの唇なのだ。

太盛はあまりにもミウが真剣なので黙って見守っていた。
口を挟んではいけない気がしたのだ。

「マリーは女に触られて喜ぶ趣味はありませんわ!!」

「あんた、本当はマリンて名前なんじゃないの?」

「へ? マリン? 懐かしい呼び名ですわ。
 小さい頃に両親からそう呼ばれていましたわ」

「何歳まで?」

「そんな細かいことまで覚えてませんわよ」

「答えなさい」

「ぐ……分かったから首を絞めないで。
 うろ覚えですけど、九歳だったかしら?」

マリンが死んだ年齢も九歳だったはず。

前の世界との共通点はこれからいくらでも見つかる。
それはまるで世界中に散らばったパズルのよう。
ミウはそう考えた。

ユーリも太盛が会ってないだけでどこかに存在するはず。
この絵画の存在がそう思わせた。現に後藤と鈴原は存在するのだ。
もしかしたら、レナやカリンも……

(存在する……?)

能面の男から渡された、鏡の裏に書かれた
ヘブライ語の文字を思い出した。

「そろそろお茶の時間だな」

とのんきに太盛が言うと、ちょうど後藤が
茶菓子を持ってきてくれたところだ。

「失礼いたします」

行儀をよくしたマリー達の前に紅茶とクッキーが置かれていく。
夏なのでアイスティーだ。マリーは喉が渇いていたので
遠慮なくストローに口をつけていく。

「あの、後藤さん」

「はい?」

ミウが意を決して話しかけた。

「私は高野ミウって言います」

「……? お名前は存じております。 
 党首様と太盛様から聞いておりますので」

「あの……こんなこと聞くとおかしい人かと
 思われちゃうかもしれませんけど」

「どうぞ。遠慮なく聞いてください」

「では言いますね。後藤さんは、私と会ったことがありますか?」

質問の意図が分からず、後藤は間を置いてから答えた。

「私の記憶が確かならば、初対面のはずです。
 もし記憶違いでどこかでお会いしてるとしたら
 申し訳ありません」

「いえ、いいんです。たぶんこっちの勘違いですから。
 ちょっと……ちょっとね。聞きたかっただけなんです。
 気になっちゃって。ごめんなさい。お仕事の邪魔しちゃって」

「気になさらないでください。焦ってやる仕事では
 ありませんので。また何か聞きたいことがあれば
 いつでもどうぞ」

恭しくお辞儀をしてから去っていく。
30代の若い後藤。ミウの知らない彼だ。

以前の彼は年下で後輩のミウの前で
敬語を使ったことは一度もなかった。

「今のやり取りはなんだったのですか?
 あの二人は愛人か何かですか?」

「いや、俺に聞かれても」

「ミウ先輩はおじさんも好みだったのですね。
 人様の家の使用人の肩にまで手を伸ばすとは色欲が…」

ミウは、太盛達に背を向けたまま泣いていた。
彼女の肩が小刻みに揺れている。

さすがのマリーも黙るしかなかった。

静まり返り、気まずい室内。
ついさっきまでマリーと喧嘩してたのがウソのよう。

太盛はずっと聞きたかったことをつい言ってしまった。

「ミウ。君はいったい何者なんだ?」

その問いに答える者はいない。

太盛が疑問に思っていることは、ミウがこの屋敷を歩く時に
妙になれていたこと。まるで初めから太盛の部屋を知っているかの
ように迷いのない足取りだった。そして後藤を初めから知っていた。

太盛のことを様付け、エリカのことを奥様と呼んだりと、
ふざけて言っているようには見えなかった。

だが、ミウに聞いたところで答えてはくれないだろう。
彼女の背中を見てそう思った。

結局この日はこれでお開きになった。

次は党首がいる日に呼ぶからね。
太盛は明るくそう言ったが、ミウは最後まで暗かった。
そしてマリーもミウが普通の少女でないことはなんとなく気づいていた。


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