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作品名:『学園生活』  ミウの物語 作者:なおちー

第5回   「雨が続くわねぇ 屋内でデッサンをしてもネタが尽きるわ」
「雨が続くわねぇ。屋内でデッサンをしてもネタが尽きるわ」

放課後の部活動の時間だった。
エリカは偉そうに足を組みながら鉛筆デッサンをしていた。
テーブルに置いたマネキンの腕をよく観察している。

「基礎を学ぶには屋内デッサンの方がよろしいかと。
 慣れるまでは果物などの静物画を中心にすると良いですよ?」

一年生の女子にすごいお嬢様がいて、エリカに
負けないくらいの家柄だった。それが今話している子だ。
彼女らは気が合い、友達同士のように接していた。

「何を書くにしてもまずはデッサン力ですわ。
 基礎的な練習を怠ってはいけません。
 あの巨匠のダ・ヴィンチもデッサンの達人として有名でした」

「ふーん。そんなものなのかしら」

テーブルクロスの上に置かれたワイングラス、リンゴ、靴。
その一年生はキャンバスの上で鉛筆を走らせて
あっという間に下書きで埋めてしまう。

細い指で油彩筆をしっかりと持ち、色を付けていく。

「いつ見てもエキゾチックな色合いね。
 日本風に言うと極彩色と言うのかしら。
 あなたはゴッホのように原色を好むのね。マリーさん」

「ファン・ゴッホを意識したわけではありませんが、
  見たとおりに描いてもつまらないでしょう?
  機械の力を借りる写真と違って、
  絵画は画家の想像力と感性の世界ですから」

マリーの絵は、端的にいうと濃くて派手だ。
着色は筆のタッチが残るほどの荒々しさ。
テーブルの背景は異世界を思わせる赤で統一させている。

部屋の小さな窓、窓から見える校庭も描かれており、
観る者を飽きさせないようになっている。

果物や靴は平面で描かれ、写実性を放棄している。
さらに何気なく置かれた椅子も背景の一部になっている。

イスもテーブルもカーテンも、背景に溶け込むほど
赤い色で塗られている。なぜ背景と色を対比させないのか。
その理由は書いた本人にしか分からない。

「マリーちゃんの絵は」

メガネをかけた一年の女子が言う。

「アンリ・マティスにそっくり。荒々しくて野性的。
 ジャンル的にはフォーヴィズムよ」

「そういうジャンル分け、いかにも日本人らしい考え方ね。
 私は自分が感じたとおりに描いているだけよ?」

「ごめんね」

「いいえ。怒ってるわけではないの。
 こういう口調だからつい勘違いさせてしまうけど」

マリーは長い髪をハーフアップにしている。
亜麻色の髪。後ろにリボンの髪留めをつけているのが特徴的。
ぱっちりした瞳に長いまつ毛。ぷっくりと丸みのある唇。

一学年で超有名な美少女だった。

彼女は視力が弱く、乱視も入っていて、
集中して作業するときは眼鏡をかけることが多い。

「みんな私のこと、マリーって呼ぶのね」

「だってあなたの署名、Marieじゃない」

マリーは絵の右下あたりに署名する。
そして決まってアルファベットで書くから、
本名のマリエではなく英語読みのマリーと呼ばれる。

「ところで先輩」

マリーがエリカに問いかける。

「今日は愛しの殿方のお姿がお見えになりませんが」

「太盛君なら用事があるらしくて先に帰ったわ」

「まあ」

マリーは驚いた顔をして筆を止めた。

「一緒に行かなくてよかったのですか?」

「私がベタベタしすぎると、彼が嫌がるでしょ」

「先輩ったら、どういう風の吹き回しですの?
 どんな時でも彼のそばを離れないのが
 先輩のスタイルだったのではないですか」

「今日の占いで言ってたのよ。強気に出るより好機を待てって。
 グイグイ行くより待った方がうまくいくらしいわ」

マリーは嘘だと見抜いたが口にはしなかった。

「それはそれは。心中お察しいたしますわ。
  先輩も気が気でないでしょう?
  最近太盛先輩の良くないうわさを聞くものですから」

「どんなうわさ?」

「あの美人さんですよ。高野ミウさん」

エリカはため息を吐いた。

「太盛君があの女に惹かれてるのはよく分かってるわ。
 授業中もちらちら後ろの席を気にして。彼、一番前の席なんだけどね、
 用もなく後ろを振り返ってあの女のこと観察してるのよ」

「殿方の反応は分かりやすいですね」

「あの女も太盛君と話したいらしくて、休み時間とか事あるごとに
 視線を合わせてニヤニヤしてるのよ。気持ち悪い。
 私に隠れて陰で連絡を取り合ってるって話も聞いたことあるわ」

「なんてことを!! それは完全なる浮気ですわっ!!
 太盛先輩ったら、顔に似合わず好色な方でしたのね!!」

ダンっ

一同の呼吸が止まる。
鉄砲の弾でも飛んできたのかと思ったが、
エリカがペインティングオイルをぶん投げた音だった。

「こ、紅茶でも淹れてきますわ」

気を利かせた女子がエリカ持参のティーポットでお湯を入れる。
この部室は喫茶店のように電気ポットやティーカップなどが常備されている。
もちろん先生の許可は取ってない。

「先輩はこんなところで油を売っていてよろしいのですか?
 今すぐにでも太盛先輩を追いかけるべきだと思いますわ。
 太盛先輩が今何をなさっているのか、私たちには知る由もありませんもの」

「今は、何もしないわ」

「え?」

「私からすることは何もないって言ったのよ」

「で、でもそれでは!! 
 太盛先輩の浮気を黙って見過ごすのと同じですわ!!」

「いいのよ。今は我慢の時。私が幼稚園の頃、おじいさまが
 良く言っていたわ。戦いは潮の満ち引きのごとく。
 攻めるべき時もあれば引く時もある」

「エリカ先輩には作戦があると?」

「そうよ。太盛君ね、本気でミウと付き合いたいみたい。
 だから全部報告してやったわ。あの世界史研究会に」

「せ、世界史研究会にですか……。なんて恐ろしいことを。
 これはもはや天変地異の前触れですわ」

うれしさ、楽しさ、驚き、全てが混ざってマリーは笑ってしまった。

マリーは腹黒い娘だった。表向きはエリカと仲の良い後輩を
演じつつ、陰では太盛とエリカの仲をこじらせて暇つぶしの道具に
しようと考えていた。

美術部にエリカが転入してきて三年生の先輩たちと騒動があった際、
一番エリカを嫌っていたのは実はマリーだった。

彼女も最初は部を辞めようかと思ったが、次第に太盛に興味を
持つようになり、彼がいつエリカに愛想をつかすか楽しみに待っていた。

(世界史研究会が動くってことは、近いうちに太盛先輩は
 病院送りにされるのかしら……うふふ。面白くなってきたわ。)




六月某日。天気は快晴だが、梅雨はまだ開けてない。
予報によると今年の梅雨が明けるのは7月の第一週だという。

テスト二週間前になって部活動の練習は中止された。

「これは何の真似だ?」

太盛は、帰り際に学校の中庭に呼び出された。

「いえいえ。こちらとしても時間を
 取らせるつもりはありませんよ。
 なにより堀先輩は上級生なわけですから」

「君たちは一年生か?」

「その通りでございます」

「こんな大人数で俺を囲むなんて、
 まるで一昔前の不良漫画みたいな展開だな。
 君たちは世界史研究会の人間か?」

「左様です。そしてここに会したのは、全て堀先輩に 
 不満を持つものばかりでございます。ここまで
 言えば大体の事情は察していただけるかと思っておりますが」

「ここはこの辺では有名な進学校だ。
 暴力事件なんて起こしたら停学になるのはそっちのほうだぞ?」

「ぐふふふ。わたくしたちとて、バカではございませぬ。
 先生方が介入されないよう、すでに裏方で手を打っておりますゆえ」

研究会の人間はオタク気質な人が多く、しゃべり方が非常に変わっていた。
まるで江戸時代の悪徳商人のようである。

彼らに共通するのは世界史研究会のバッジを、
校則バッジの隣(えりもと)につけていること。

そして極端にやせているか、デブのどちらかしかいないこと。
女にモテなさそうな顔をしているのも特徴だった。

太盛を包囲した数は十を超える。

「堀先輩はミウさまと友達だと主張しておきながら、
 休みの日にデートする約束までされていたようですな?
 エリカ先輩という美女を手にしておきながら、
 別の女にも手を伸ばそうとする。まさに畜生にも劣る所業」

「弁解させてくれ。まず俺はエリカと付き合ってないし、
 ミウもそのことは認めてくれている。俺はミウと遊びに行くだけだ。
 クラスメイトと遊ぶのがそんなに気にいらないのか?」

「嫉妬です」

「はぁ?」

「我々研究会は、ミウ様を遠くからお守りし、保護するのが務め。
 彼女は誰の者でもなく、自由奔放に生きていただきたいと
 願っている次第なのであります。
 ミウ様は所有されるものでもなければ、束縛もされない。
 その女神に等しい彼女を、ただ一人の男が独占しようとすることは
 断じて、断じて認めるわけにはいきませぬ」

太盛を囲んでいる戦闘集団のうちの一人が、
奇声を上げながらつっこんできた。

「ぐおっ」

これは完全な奇襲となり、タックルを食らった太盛は吹き飛んだ。

「次」

とリーダー格の一年が言うと、配下たちが太盛に殺到し、
殴る蹴るの暴行を加える。

「相手はリア充だ。遠慮はするな」

太盛は袋のネズミだった。なんとか一人にだけ殴り返すことができたが、
その何十倍もお返しされ、ついに力尽きて倒れてしまう。

一年生たちの拳は鋭く重かった。
それに訓練された兵隊のように機敏に動く。

倒れてもわき腹を蹴り飛ばされ、痛いのでそこを
かばうと、今度はスキだらけの背中を蹴られる。

数の暴力だ。こうなったら相手の暴力が
過ぎ去るのを待つしかなかった。

太盛の体中に鈍い痛みが蓄積していった。

「勉強ばかりが得意のお坊ちゃんには、
 少しきついお仕置きだったようですね」

リーダー格の男が言う。
地に這いつくばる太盛の手を強く踏みつけ、絶叫させた。

「制裁のあかしとして、片方の腕を折っておきますか。
 先輩。左手が動かなくてもテスト勉強には支障ありませんよね?」

問題大ありだった。まず、テスト前の大事な時期に
大けがをしたことを親父殿に厳しく叱られるし、
夏の海外旅行の計画も台無しになってしまう。

何より恐ろしいのが、このファンクラブの面々の冷たい視線だ。
まるで暗黒の中世からタイムスリップしてきたかのような、
残虐さ、冷徹さ。太盛より年下なのが信じられないくらいだ。

ここに世界史研究会の飯島というバンダナ男はいない。
彼の指示ではなく、おそらく下級生たちが暴走した結果と思われた。

その暴走を誘発したのはエリカか、それとも……


「そこの人達。そこでなにしてるんですかぁ?」

後ろから能天気な声。

殺伐とした一同がそこに目を向けると、優雅に歩くマリー嬢の姿。
わざとらしく目を見開き、手を口に当て、驚いた仕草をしている。

「君は同じ学年の斎藤さんか。我らは神聖なる儀式の最中である。
 部外者は早々に立ち去るがよい」

「そういうわけにもいきませんね。私、部外者じゃありませんから」

「なんだと?」

「太盛先輩と同じ部活ですよ。美術部です」

「そうか。同じ部活か。だが美術部員だからどうした。
 我らの制裁を邪魔する理由にはならないぞ。
 ここは修羅場である。女子供は怪我をする前に去りなさい」

「じゃあ本当の当事者を連れてきますね」

斎藤マリーに遅れてやって来たのは、なんとミウだった。

「せまるくぅぅぅぅん」

泣きそうな声で、遠くからこの中庭めがけて駆けてくる。

「ま、まずい。引けええ。ひけえええええっ」

ミウに蛮行にシーンを見られることはイメージダウン。
研究会の奴らは蜘蛛の子を散らすように去っていった。

「うそ!? ひどい、思春期の中学生でもないのに、
 どうしてこんなひどいことを!!」

ぼろ雑巾のようになってしまった太盛の姿にミウが嘆き悲しんだ。
Yシャツは泥と血とつばで汚れ、ズボンも汚い。

殴られた顔の部分は青あざになってしまい、ジャイアンとの
喧嘩に負けた〇びた君のようになってしまった。

「ほんと、世の中には過激な思想を持った人たちがいるものだわ。
 人って怒らせると怖いですわねー」

「あ、あなたは?」

「私ですか? 太盛先輩と同じ部活の斎藤マリエというものですわ。
 あだ名はマリーです」

「マリーさんね……。あなたが呼んでくれなかったら、
 太盛君がもっとひどいことになっていたわ。ありがとう」

「お礼には及びませんわ。
 それより早く先輩を保健室に運びましょう?」

認知症の老人の介護をするように、女二人で
彼に肩を貸し、保健室まで運んだのだった。

太盛は多重債務を抱えた中年男性の
ような顔になってしまい、生気がない。

吐く息は荒く、一歩歩くごとにあざだらけの身体が悲鳴を上げる。
きゃしゃな体でしっかりと自分の体重を預かってくれるマリー。

太盛は助けられて安心したため涙を流しているが、
マリーは全く気にした様子がなく、
事前に濡らしておいたハンカチで太盛の顔をふいてくれた。

「斎藤さん……。助けを呼んでくれて……ありが、とう。
 あと少しで……本当に、腕を折られるところ……だった」

「うふふ。お礼ならあとでいいですわ。
 今は先輩の治療に専念しましょ?」

(あ、もしかしてこの子……)

ミウは直感でマリーの狙いが分かったような気がした。
鈍感な太盛はそんなマリーの考えには気付く様子はない。

エリカの他にも、陰のライバルがいる。
ミウの前途はまだまだ暗いのだった。


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