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作品名:『学園生活』  ミウの物語 作者:なおちー

第4回   「エジプトは長い間、英国の植民地だったんだな…」
「太盛。今年の海外旅行に行きたい国があったら早めに考えておきなさい。
 ホテルの予約をしないといけないから、
 できれば学期末のテストが終わる前までにな」

「分かりました。お父さん」

太盛は夕飯を食べたあと、自室で地球儀を眺めていた。

「もうすぐテストか。めんどくさいなぁ。
 でもそのあとは長い夏休みだぞ」

太盛の家は、毎年夏に海外旅行に行くのだ。
党首である父が西洋好きなので、
西ヨーロッパの主要な国は今までにほとんど旅した。

そろそろ欧州も飽きてきた。
ロシアや中東、南米には行ったことがない。

太盛は父に似て歴史や遺跡巡りが好きなので、
なんとなくエジプトに行ってみたいと思っていた。

「エジプトは長い間、英国の植民地だったんだな。
  英国といえば、ミウは英国育ちだったようだな。
  英国は大英博物館が有名だな。いろいろ話を聞いてみたい」

スマホを手に取り、ラインを送ろうとするが、

「あっ、ミウのデータ消されたの忘れてた。
 エリカの奴め、どんだけ嫉妬深いんだよ」

どうやらミウは記憶喪失のようなので、太盛がいろいろとお世話を
してあげようと思っていた。実は下心も少しあって、
アイドル顔の純粋な美少女と話すと心が癒されるのだ。

(あの子はファンがいるのもよく分かるよ。
 俺があの子を独占しちゃったら大変なことになるだろうな。
 世界史研究会の奴らに囲まれてフルボッコにされるかも)

キングサイズのベッドに横になる。
天井を見ながら頭に浮かんだのはミウの笑顔だった。

(美少女……。美少女ねぇ)

太盛は彼女の顔が頭から離れなかった。
ただのクラスメイト。そのはずなのだが、まるでどこか別の
世界であったかのような、不思議な感じがした。
これは既視感なのか。それともただの偶然なのか。

彼女から『太盛君は将来娘が三人いそう』と言われた時にも同じ感覚がした。
ごくわずかな頭痛と耳鳴りを伴う、本当にわずかな感覚。

「太盛様、お風呂の準備ができましたよ」

「分かったよ。いつもありがとう」

使用人の女性から言われ、太盛はベッドから上体を起こした。

入浴後、うれしいことに着信履歴があった。
ミウからだった。

「LINEとは別に電話番号も交換してたんだっけ。
 エリカの奴もこっちには気づかなかったか」

さっそく電話すると、2コール目で出た。ほぼ一瞬である。

「こ、こんな時間にごめんなさい。迷惑だったらかけなおしますけど」

「いや、かけているのは俺の方だから。それと敬語はいらないって」

「そうだったね」

「それで、どうしたの?」

「今日、太盛君にLINEが送れなかったから」

「あー。それか。実はちょっとした手違いで
 ミウのデータを削除しちゃってさ」

「え?」

「言っておくけど、俺じゃないよ?
 昼休みにエリカが勝手に消しやがったんだ。
 ほんとわがままだよな。
 初めて会った時はこんな奴じゃないと思ってたのに」

「エリカ奥様はやっぱり嫉妬深いですね」

「そう。エリカ奥様がな」

電話口で太盛は楽しそうに笑った。

「エリカさん……ですよね」

「どっちでもいいよ。奥様って言ったほうが様になるな。
 あの年で女王の貫禄があるからな」

「ええ。本当に。あはは」

緊張しつつも、ミウも笑った。かつての主人である太盛が相手である。
しかもミウの知らない昔の太盛との電話である。
彼は高校生の時から落ち着いていて、童顔なのに内面は大人だった。

「俺さ」

「はい」

「保健室で君と話した時から、不思議な感覚がしたんだ。
 カン、なんだけどね。俺は君と会ったことがある気がする」

ミウは衝撃で携帯を落としそうになった。

「小さいころに会ったことがあるとか、そういうのとは何か違う。
 なんか……なんていうのかな。どこかで君と話すと懐かしい感じがした」

なつかしさ。それはミウも同じだ。

あの世界で太盛は収容所に送られた。

その後の経過をミウは知らないが、遅かれ早かれ死んだはずだ。
あの世界にいる限り、太盛と再開できることはなかった。
ユーリとマリンも失った。

使用人のことは家族の一員だと思っている。
生前の彼の言葉は決して嘘ではなかった。

それなのに何が狂ってしまったのか、家族全てを
捨ててユーリと蒙古へ逃亡すると言う暴挙を犯していしまった。
彼は最終的にユーリに家族以上の情を抱いた。

エリカが元凶か。太盛の心の弱さが原因か。
今となってはどうでもいい。

これは、失われてしまった家族の絆を取り戻すための小さな旅なのだ。

「ミウの記憶喪失の正体を知りたいな」

「記憶喪失ですか」

「俺はキリスト教徒だから、天使や精霊とか、目に見えないものの
 存在を信じているんだ。実は俺の親父殿がこっちの専門家でね。
 本業とは別に何年もずっと研究していたみたいなんだ。
 霊的な力によって記憶を一時的に失う事例も過去に存在したらしいよ」

(なるほど。どうりでご党首様がご神鏡を持ってらっしゃるはずだわ)

「実は私もけっこうオカルト系って信じちゃうタイプなんですよねー。
 特に日本の神道とか、意外とユダヤ系と関係があるとか
 ネットで言われてますよね」

「話が合うね。そうそう。うちの親父もそれについてよく口にしていてさ」

太盛が得意げに知識を披露するのを、ミウは辛抱強くよく聞いていた。
太盛は屋敷時代も興味のある分野の話をすると止まらなくなるくせがあった。

聞いてる方は退屈かというと、最後まで聞いてると意外と勉強になる。

「イングランド国教会のこととか、
 君から聞きたいことはたくさんあるんだ」

「私も太盛君ともっとお話がしたい。
 記憶がないから分からないこと、たくさんあるもの」

「それならさ、今度休みの日に会おうよ。
 エリカがいない日を狙ってさ。あとファンクラブの奴らもうざいな」

「ファンの人達は私の方から邪魔しないように言っておくよ」

「そうかい? あいつら意外と凶暴だから気を付けて。それじゃあ」

「Yes. good night. sir」

「Don’t call me sir please? Good night my friend.」

思わず英語が出てしまったところでも、敬称を使うなと
さりげなく言ってくれた太盛。

(太盛様の英語、発音がうまくなってる。
 前はすごくたどたどしい英語だったのに)

色々と元の世界と設定が異なっているが、記憶喪失のために
太盛と接近できたのは大きな収穫だった。

実はLINEがエリカに消されたことは予想がついていた。
むしろ電話するきっかけを作ってくれて感謝したいくらいだった。

ミウはこうしてゆっくりと、確実に彼との距離を縮めていくのだった。


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