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作品名:『学園生活』  ミウの物語 作者:なおちー

第3回   3
朝、太盛が教室に行くと、エリカが仁王立ちして待っていた。

「話は聞いたわよ。昨日はミウさんと一緒に帰ったそうね?」

ざわっと、教室内の視線が集まる。

浮気か。修羅場か。クラスメイト達がうわさ話を始める。
運動部の人達が彼らの下校シーンを目撃しているので、
校内では昨日のうちにうわさになっていた。

「それがどうかしたか?」

太盛はそれだけ言って席に座った。

やっぱり喧嘩だよ。と女子達がささやきあう。

「どうかしたかじゃありませんわ。大問題よ。
 まさかミウさんの家にあがってないでしょうね」

「そこまではしてない。マンションまで道案内してから帰ったよ」

「昨日は私のメールを無視したじゃない」

「眠かったからラインするのが面倒だったんだよ」

あまりにもそっけない態度にますますエリカがいら立った。
エリカは彼に冷たくされると悔しくてたまらなかった。

太盛が「話はそれだけか?」と言うものだから、
教室内は冷凍倉庫のように空気が凍り付いてしまった、

「お、おはよー」

小動物のように登校してきたミウ。

何年振りかの学生生活。教室の扉を開けるのがこんなに
緊張するとは思わなかった。

浮気相手が来たぞ……。

男子達が口々に言い、騒然とする。
なんと、朝からエリカ、太盛、ミウが一堂に会してしまったのである。
(クラスメイトなのであたりまえだが)

ミウはすでに渦中の人になっていた。

「おはよう。ミウさん」

「おはようございます……橘さん」

「エリカでいいわ。それよりあなた、
 いったい、どういうつもりなのかはっきりして。
 堂々と人の男に手を出すなんて、恥を知りなさい」

「そんなに大事にしなくても。
 たまたま一緒に帰っただけじゃないですか」

「私、太盛君と付き合ってるんだけど」

「彼はそうじゃないと言ってましたよ」

「は?」

「付き合ってるって、エリカさんが言ってるだけですよね?
 彼に認めてもらったことあるんですか?」

ざわざわ……  ざわざわ……

朝からクラスのテンションは最高潮に達した。
クレオパトラの再来と称されるエリカに
口答えするなど言語道断である。

これは、プトレマイオス朝のエジプトで
奴隷の反逆が起きたのに等しい暴挙である。

その禁忌を破るミウには、エリカの支配を
望まない勢力から称賛の声まで上がるほどだった。

「おい、録画しとけよ」 「わかってるって」

男子達が次々にスマホを構える。
他のクラスからも野次馬が集まり、大所帯となった。

発言記録を残すためにノートを準備する者もいた。
この辺りの無駄な几帳面さはさすが進学校だった。
真面目な生徒が多すぎて話題に飢えていえるのだ。

ちなみにこの学校では提出物の期限が数日過ぎただけで
不良扱いされるほどの優良校だった。

ドガアアアアアアン

その平和な学び舎に重砲がうねったのかと思われた。
轟音(ごうおん)を発した主は太盛だった。

彼は怒りに震える拳を自らの机に叩き落したのだ。

「みんな、落ち着いてくれ」

彼は非常にリーダーシップのある人物で教師からも信頼されている。
何よりエリカの恋人の地位だ。みんな静粛にした。

「もうすぐHRの時間だ。朝から騒ぐのはやめてくれ。
 何か聞きたいことがある人は、休み時間に
 俺のところに直接来てくれないか?」

それでこの場は収まった。

時間でやって来た担任の若い女教師は、戦場の
ような教室の雰囲気に圧倒されそうになったが、
いつも通り朝のHRをやり過ごした。

その日の午前中は大変だった。

セマエリ・カップルが喧嘩して修羅場など。
太盛が学園のアイドルと浮気して三角関係など。
とにかく学園内はうわさで持ち切りになった。

そして昼休みが訪れた。

「太盛君。朝はひどいこと言っちゃってごめんなさい。
 あとでミウさんにも謝っておくわ」

「……俺も少し気が立っていたよ」

「あなたとゆっくり話がしたいの。
 久しぶりに外で食べない?」

「そうだな。ここにいるとみんなに見られちゃうからな」

太盛はエリカに付き添われて校庭へと行く。
校庭には多数の雑木林が埋め込まれているゾーンがあり、
木陰でカップルなどが昼食をとる場所となっている。

芝の上にシートを広げて、思い思いの時を過ごす生徒たち。
今日は雨雲が目立ち、風が吹いているので生徒の数が少ない。

「私は太盛君のこと愛してるの」

「それ聞くの、もう百回目かな」

「朝考えたんだけど、ミウさんの言う通りだなって思ったの。
 私から太盛君に気持ちを伝えるだけで太盛君からは
 愛をもらってないわ。一方通行の愛よ。それは分かっているわ」

「愛か。俺たち結婚してるわけでもないし、
 そんな気軽に使っていい言葉なのかね。
 もっと重い響きがある言葉だとおも…」

「私のお父さんがね、太盛君のことすごく気に入っているのよ。
 またいつでも遊びに来なさいって言ってたわ」

「ちょっと話が急すぎるかな。
 俺たちは2年に進級してから同じクラスになったばかりで、
 まだお互いのこと良く知らないじゃないか」

「知らないことなんてたくさんあると思うわ。
 これからゆっくり知っていけばいいじゃない」

「君は前向きなんだな」

「世の中は楽しい方向に考えないと損よ?」

「それはそうだけどさ」

太盛はさっさとお弁当を食べ終えてしまった。
頼んだわけではないが、エリカが太盛の分まで作ってくれる。
毎日ではないが、こうして一緒に食べる日は必ず作ってくれる。

「ご両人。お食事中、失礼しますが」

「君は誰だ?」

太盛達の前に立ったのは、太った男子生徒だった。
赤いバンダナを頭に巻いており、よほど汗かきなのか
メガネを外してはハンカチで顔の汗をぬぐっている。

「隣のクラスの飯島(いいじま)です。堀君が休み時間なら
 質問を受け付けると言っていたそうだから、
 実際に来た次第であります」

「確かに俺はそう言ったな。いいよ。何でも聞いてくれ。
 あ、だけどその前に、その胸に付けたバッジは……」

「はい。ミウ様を慕っている者です」

彼らは、表向きは世界史研究会という同好会に属している。
実は裏の活動があって、高野ミウのファンクラブだった。
高野ミウの健全な学生生活を見守るために、変な男が
近づいたら排除するのも仕事としていた。

「単刀直入に伺いますが、ミウ様と堀君はどういうご関係で?」

「別に恋仲じゃないから安心してくれよ」

「恋仲ではない? では、なぜ昨日は一緒に帰ったのですか?」

「ミウに道案内してほしいって言われたんだよ。
 帰り道が分からないとか言ってたからな。嘘じゃないぞ」

「ミ、ミウですと……」

メモを取っていた男はペンを落としそうになった。

「その親しげな呼び方は……やはり堀君はミウ様と
 付き合ってるようにしか思えません」

エリカも飢えたライオンのような顔で太盛をにらんでいる。
ここで受け答えを間違えれば、ファンとエリカの双方から
抹殺されかねない。

「付き合ってないよ。だって今まで話したこともなかったし。
 あえていうと友達かな」

「友達ですと……」

男は怒りでプルプル震え、背負ったリュックをボスンと芝に落とす。
その中から高級そうな手帳を取り出した。

「彼らは別れる前にLINEを交換した。その様子は実に親しげだった。
 ミウ様は照れ臭そうにしながらも終始笑顔で会話を…」

「こらこら。何を読んでる? てかなぜ知ってる?」

「失礼ながら、ミウ様の登下校にはこっそりと尾行の者が
 ついておりますゆえ。ちなみに交代制です」

「尾行がいるなんて全然気づかなかったぞ。
 それってミウの迷惑にならないか?」

「むしろ感謝していただきたい。我々が遠く離れた場所から保護している
 からこそ、ミウ様がいじめなど事件にあうことを未然に防いでいるのです」

「いじめか。あの子、中学時代は女子に集団無視されてたって…。ぐっ」

エリカからお腹に思い肘鉄(ひじてつ)を食らい、呼吸が止まる太盛。

「ちょっと、太盛君。携帯見せて」

エリカが太盛から強引に携帯を奪うと、
一瞬でミウのLINEのデータを消してしまった。

「おま……なんてことするんだ!!」

「私以外の女の連絡先は
 必要ないって、いつも言ってるでしょ」

「人の携帯を勝手にいじるなよ!!
 エリカにはプライバシーの概念がないのか!!」

「あなたこそ、私に隠れて他の女と仲良くしちゃだめじゃない。
 あ、そこのあなた、飯島さん? 教えてくれてありがとうね」

太盛とエリカが犬も食わぬような喧嘩を始めてしまったので、
世界史研究会の飯島は立ち去ることにした。

彼は心中穏やかではなかったが、
エリカが嫉妬する限り
太盛とミウの関係が進展することはないと判断した。

彼らはミウが余計な事件に巻き込まれなければそれでいいのである。
だが、嫉妬の鬼エリカはそれだけでは終わらなかった。


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