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作品名:『学園生活』  ミウの物語 作者:なおちー

第23回   ミウは運命の11月を迎えた
ミウが学校に登校した。11月5日の月曜日である。
事前に彼女が再登校する旨を伝えられていたため、
全員が拍手でミウの登場を出迎えた。

「我らが同士・ミウの登場である!! 全員起立せよ!!」

音頭を取るのはまたしてもマサヤだった。
ミウは扉から教卓までのわずかな距離をゆっくり歩く。
みんながミウに対してお辞儀する。腰を九十度曲げていた。

ミウは肩の上で切りそろえたボブカットになっていた。
太盛への思いを捨てるために長い髪を切り落とし、気分を新たにしたのだ。

ミウは恐怖の対象だが美しい。
小顔で美形なのでどんな髪型でもモデルとなりえる。
華麗なるイメチェンに多くの生徒が息をのんだ。

「恐れ多くも組織委員殿であるミウから、今次生徒会選挙に
 ついて注意事項等のご説明があるそうだ!!」

マサヤはこの役が板についてしまっている。
おそらく旧ソ連で政治委員に立候補しても問題ないレベルだ。

「同士諸君は着席し、静粛に聞くように!!
 一字一句、聞き漏らさないよう集中しなさい。
 万が一、スマホでもいじるようなものがいたら銃殺する!!」

銃などないが、そう言っておけば生徒は本気でおびえる。

「二年一組の同士のみなさん。お久しぶりです。
 私は病気のため、しばらく学校を休んでいました」

ミウは軽く謝罪してから本題に入った。

「まず、生徒会選挙の日時をお知らせします。
 配られたプリントを見てください。
 選挙は11月23日の金曜日に実施されます」

ミウは緊張していた。全員の視線を一斉に浴びるのがこんなに
プレッシャーだとは知らなかったからだ。
できるだけナツキのように事務的で大人っぽい口調を心掛けて話した。

発表の練習は組織委員会の部屋で飽きるほどやった。
幹部は前で話す訓練をさせられるのだ。

「この選挙は全員強制参加していただきます。
 拒否権がないことを今ここで、明確に断言しておきましょう。
 仮に病気の場合は自宅投票になりますが、学校に来た人には
 必ず投票場へ行ってもらいます。いずれかの立候補者の名前を書いて
 投票箱に入れればいいのです。簡単なことだと思います」

「はっきり言います。この学校に反ボリシェビキ勢力が潜んでいます。
 我々生徒会はそういった悪の組織を絶対に許しません。
 もちろん私のクラスにそのような分子がいるとは思っていません。
 ですが、心当たりのある人はあとで私に教えてください」

反ボリシェビキなど生徒達は聞いたことがなかったので、
お互いの顔を見合わせて冷や汗をかいた。

静かに聞かないと銃殺されるらしいので
顔を左右にキョロキョロさせるのが精いっぱいだ。
本当はざわざわしたり、相談したかった。

「仮に反乱分子でなくとも」

ミウが続ける。

「選挙の妨害活動をしようとする全ての生徒、教員が取り締まりの対象です。
 今回は簡単な取り締まりではありません。この神聖なイベントに対する
 妨害を行った人は粛清します」

シーンと静まる教室。そう描写したいが、初めから静かだった。

日本で生まれ育った生徒らには『粛清』の意味が分からなかった。
そんな単語を普通、日常で聞かない。

辞書で意味を調べてみると下記のようになる。

しゅくせい 粛清
・厳しく取り締まって、不純・不正なものを除き、整え清めること【1】
・不正者・反対者などを厳しく取り締まること【2】

厳しく取り締まるとはどの程度を指すのか。
極めてあいまいである。ゆえに恐ろしい。

「11月は一年の内で最も大切な月です。我々生徒会は、生徒たちを
 正しいボリシェビキとして導くための唯一の意思決定機関です。
 我々を否定することは、この学園自体を否定することになります」

その呼びかけは、明らかにクラス内にスパイがいることを意識していた。

この学園のどこかに、裏で手を引いている人物がいる。
その人物が外部から支援を受けて選挙を妨害するはずだ。

生徒会中央委員会は、今月の会議でそう結論づけた。

今回のクラスごとに布告を行ったのは組織委員の仕事である。
手分けして各クラスを巡回して午前中の間に全校に周知させた。
欠席者には専用アプリでメールを送信していた。

「お見事だったよミウ。監視カメラの録画映像を見たが、君は立派に
 クラスの代表として振舞えていた。みんな君におびえていたよ」

「緊張して口がカラカラになっちゃったけどね。
 噛まずに言えたのは自分でも良くで来たと思う」

ナツキと一緒にお茶を飲むミウ。
お昼ご飯を食べてほっと一息ついた。

ここは組織委員会の部屋であり、責任者はナツキだ。
彼らは早朝の会議で渡された紙に目を通していた。

『11/5  告知日。生徒へ選挙日を伝える 
 11/6〜 監視の強化。スパイと思われる人物の摘発・拷問・粛清 
 11/26〜 選挙前の準備。会場の設営』

『身内(生徒会)にスパイがいないかチェックすること。
 盗聴、盗撮、逆探知、あらゆる手段でスパイを発見すること。
 疑わしいと思った者は独自の判断で粛清しても構わない』

ミウが引っかかったのは、最後に書かれている粛清の項目だ。

「私たちが自分の判断で粛清してもいいってことかな。
 保安委員会を通さずに?」

「そういうことだろうね。例えば僕らのクラスで
 怪しい人がいたら、クラス裁判をして容疑者に自白を強要する。
 クラスごとに密告・摘発・拷問することが推奨されているよ」

「大規模な粛清になるんだね」

「なにせ今回は全校規模のイベントのうえ、反対主義者がどれだけ
 いるか想像もつかない。それに執行部員の数が足らないから
 どうしてもクラスの人達を使役するしかないのさ」

ちなみに保安委員会は執行部の上級組織である。
生徒に暴行を加える執行部に指示を出すのは保安委員だ。

諜報広報委員会は、学内の反乱分子を発見、
共産主義の宣伝活動をする組織である。

「私は拷問なんてしないけど」

「今回ばかりはそんな甘い考えは捨ててくれ。
 爆破物が校内に持ち込まれているとの報告も入っている」

「爆破物……? まさか爆弾のこと?」

「おそらく、としか言えないな。
 確かな情報じゃないのが悔やまれるよ」

「証拠ならあるぞ」

野太い男の声が聞こえたかと思うと、部屋にもう一人の男がいた。
今までミウはナツキと二人きりだと思っていただけに驚愕した。

「同士ミウ。挨拶させていただこう。私の名はイワノフだ。
 君たち日本人風に言うと露国人である。英国育ちの同士には
 英語のほうがよろしいか?」

「日本語で構わないわ。あなたも二年生なのね?」

「そうだ。爆発物を製造するためと思われる設計図が落ちていた」

「どこにだ?」とナツキ。

「これが困ったことに、執行部の人間のカバンの中からだ。
 彼は元囚人であり、生徒会に恨みがあってもおかしくはない。
 三日かけて拷問したが、まだしゃべろうとしない。最後は
 電気椅子に乗せて10分ごとに1000ボルトの電圧を加えたが
 本当に何も知らないようだった」

「そこまでしたのか。死ななかったろうな……?」

「まだ生きている。ただ発狂の末、言葉を失ってしまったので
 取り調べの対象から外されたのだ」

ミウは、彼の腕章に保安委員と書かれているのをはっきりと見た。

彼は生徒たちの取り締まりをする組織の長だ。
刈り上げた髪に軍人を思わせる無骨な顔立ち。
異国人だからか、高校生とは思えないほど老け込んで見える。

「ナツキの組織委員会の方では何か不穏な動きはなかったか?」

「こっちは何もないな。しかし怪しい設計図が見つかったとは驚きだ」

「爆発物の設計図の件は会長殿に報告済みである。
 今日の夕方緊急会議があるため、君たちも参加してくれ。
 今回の会議に参加しない者はスパイ容疑で粛清されるぞ」

そして会議の時間になった。ミウはナツキと一緒に生徒会本部へ赴く。
夏休み前に爆破されたこと教訓のために生徒会本部は
コンクリートで補強されている。

今回の会議は、中央委員会の役員会議である。
議長であるアキラ会長を筆頭に、組織、保安、諜報などの
各委員から代表して二、三名ずつ集まるのだ。

この場所に集まれるのはそれぞれの学年で成績トップ10に入る優秀者のみ。
エリート進学校の成績上位者は極めて学力が高い。
彼らは例外なく共産主義者であり、将来国家を転覆させるための
政治家や工作員を養成するために生徒会を組織している。

ミウが話したことのある校長もいた。彼の役は議長補佐であった。
ホワイトボードに貼られていたのは、プラスチック爆弾の設計図である。

「欠席者がいないことに安心した。今回の議題は説明するまでもない。
 これより会議を始める」

今のはアキラ会長。次に校長が話を進める。

「内部粛清をしなければならないとは、実になげかわしい事態ですなぁ。
 ボリシェビキの結束力の弱さを疑わざるを得ません。同士レーニンと
 組織のために忠誠を誓ったはずの保安員の部下からそのような輩が
 でるとは、極めて遺憾だとは思いませんかね。イワノフ同士?」

「無論である。そのために部下にスパイが潜んでいないか、
 厳しく取り締まっている次第である」

「ほほう。具体的にどのような取り締まりですかな?」

「彼ら一人一人を交代で尋問室に監禁し、
 思想に問題がないかを調べている」

「それは口頭で?」

「そうだ」

「甘いですな」

すぱりと校長が言う。

「全ての部下を肉体的に尋問しなさい。
 さもなければ本物のスパイを発見することはできません」

拷問しろと言っているのだ。イワノフは敵に厳しく部下に甘い人間だった。
自らと志を同じにするのなら、元囚人でも採用すると決めたのは彼だったのだ。
そういう寛容さは外国人の彼ならではの発想だった。

「同士・校長。それは暴論である。拷問すれば執行部員の多くが
 再起不能になり、そもそも生徒の取り締まりができなくなる。
 本末転倒だ」

「違いますな」

校長のはげ頭が光る。

「問題はひとつ。あなたの委員会にスパイが潜んでいたことです。
 連帯責任として部下全員を粛清するつもりで取り調べなさい」

「本気か……」

イワノフは、周りの席をキョロキョロしてしまう。
反対側の席に座っていたカフカース系の女と目があった。

「どちらの言うことにも一理あると思うわ」

エリカの姉のアナスタシアである。
長い茶髪をふんわりさせたモテ系ファッションである。

「そこで折半案として執行部員全員を再教育させましょう。
 かなり厳しめの教育にするわ。これに参加しない人は
 全員拷問するということでどうかしら?」

「同士・諜報委員殿。どのような教育かを具体的に」とハゲ(校長)

「徹底した思想教育ね。共産主義的思想に関する主要な文献を
 読破してもらうわ。宣誓書もたくさん書いてもらう。
 途中で諦めたりした人がいたら処罰する」

「彼らを部屋に閉じ込めて缶詰状態にするわけですな。
 では、その間、一般生徒たちの取り締まりはどうされます?」

「最初に会長が推奨した通りよ。クラスごとに有志達が裁判などを
 して取り締まるしかないわ。この学園は膨大なクラス数と生徒数を誇るのよ。
 同士・校長はクラスの総数をご存知ですよね?」

「三つの学年合わせて58組ですな。うち3組分の人数が粛清されましたが」

「私たち生徒会の最大の欠点は人数不足。取り締まる側の人数の
 ほうが少ないんだから、無理は承知の上よ」

アナスタシアは諜報広報委員会のトップだった。
同士諜報委員と呼ばれたのはそのためだ。

「しかし、多感な年ごろの生徒たちはどんな悪さをしでかすか
 分かったものではありません。
 万が一クラス規模で反乱が起きた場合、鎮圧に手間取るでしょうな」

揚げ足取りが得意な校長。次に発言したのは組織委員長のナツキだ。

「では同士・校長の代案はございますか?」

校長が沈黙した。文句は言えても自分の意見を言うのは苦手なのだ。
ナツキは、会議全体の流れを見て不利な人に助け舟を出すタイプだった。

「あ、あるぞ。代案ならある」

「ではどうぞ」

「私は校長の立場ですから、外部勢力から援助を頼むことが出来る。
 今回見つかったのは明らかに殺傷を目的とした爆発物の設計図だ。
 例えば警察を導入すれば鎮圧など朝飯前だ」

「外部の人に頼むは、我が生徒会の組織力の弱さを
 世間に露呈することになりませんか?
 基本的に学内のことは学内で処理する。
 そういう合意をしたはずですが」

「ぐう……」の根も出なかった。

「取り締まり部隊が不足するため、教員も動員していただきたい。
 わが校の教員は少なく見積もっても百名は超えるでしょう」

「教員どもは思想的に何弱な資本主義者が多いが、それでもよろしいかね?」

「できるか、できないかを我々ボリシェビキは問題にしません。
 やるのです。計画の実行のためにあらゆる手段を考えるのです。
 我々はそのために高い教育を受けて来たのです」

「ふ、ふむ。では同士・ナツキの意見を述べてみたまえ」

「基本的には同士・アナスタシア・タチバナに賛同します。
 保安委員が執行部員の再教育を行う件ですが、我々組織委員も手伝います。
 そして不足する執行部隊は生徒と教師の有志で補うこと。
 クラス、職員室ごとに密告、監視を強化すること。以上です」

ミウは感心してしまった。

議場のナツキはこんなにも立派に意見をするのだ。
聡明な人だとは思っていが、職場(生徒会)での彼は想像以上だった。
彼ならどの会社でも役員にまで上り詰めるのではないかと思った

アナスタシアは感動して拍手した。
会長も続いたので、場内は拍手の渦に包まれる。

「素晴らしい発言であった。同士・ナツキの意見を採用する。
 正式な事例は明日の朝布告する。
 本日は解散し、明日の朝七時半に再びここに集まること。以上だ」

ガラッ。と全員が席を立ちあがる。ミウも急いで立ち上がった。
初めてなので勝手が分からないのだ。会議中は気づかなかったが、
壁に肖像画がかざされている。

ウラジーミル・イリイチ・レーニン。
ヨシフ・スターリン。ラブレンチー・ベリヤ。レフ・トロツキー。
ゲオルギー・ジューコフ。ソ連邦の大物ばかりだ。
なぜか校長とアキラ会長の絵画もあった。校長はブサイクだった。

「ナツキ君。すっごくかっこ良かったわ」

ターシャ(アナスタシア)である。彼女はミウに構わず、
ナツキの腕に絡みついてしまう。馴れ馴れしいにもほどがあった。

「その辺のお店で食事でもしてから帰らない?
 それともうちに寄っていく?」

「ありがたい提案ですけど、今日は疲れたので家で
 休みたいです。それに僕には、ほら…」

後ろをちらっと見ると、嫉妬の炎で燃えているミウがいた。

「あら、ごめんなさいねミウちゃん。あなたがいること忘れてたわ。
 ナツキ君を見るとついこうしたくなっちゃうのよ。
 だって彼、格好いいんだもん」

「それはカフカース系のジョークの一種ですか?
 同士アナスタシア。カップル申請書が
 会長に受理されていることをお忘れで?」

「もちろん知ってるわよぉ?」

カップル申請書とは何か。会長が考えた制度である。
生徒会内での恋愛トラブルを防ぐため、男女交際する場合は
会長に申請書を提出する。そしてそれを生徒会内で周知させることで
公式な交際とする。別れる場合は別の書類を提出する。

つまり、ナツキとミウのカップルは会長公認なのだが……。

「あっ。会長」

たまたま会長が通りかかったのでミウが反応した。
会長は最後に会議場を出たのだ。
彼は組織のトップである立場上、今日の会議で疲れ切っていた。

「同士アナスタシアの不純な行為について抗議します!!
 彼女は私のナツキ君と公然とイチャイチャしました。
 彼女はアメリカのような堕落した資本主義的発想で
 恋愛を考えています!!」

ミウにそう言われたので、会長はめんどくさそうに様子を確認した。

ナツキにべったりくっついているターシャ。
そのまま放置したらキスまでしてしまいそうな勢いだ。
年上だからか、ずいぶん強引である。ナツキは困っている。

そしてそれが気に入らないミウ。
彼女は思っていることがすぐ顔に出るから分かりやすい。

会長は眼鏡をかけなおした後、短くこう言った。

「私は家に帰りたいのだよ。そんな茶番は君たちで処理したまえ」

それだけ……? ミウは突っ込みたいのをこらえた。
ミウは真剣なのに茶番と言われてしまい、腹が立った。

会長は振り返ることもなく帰ってしまう。
一日かけても目的の魚が釣れなかった釣り人のような足取りだった。

「ねえナツキ君。今日だけでもいいでしょ?
 これから忙しくなったら遊べる機会無くなっちゃうじゃない」

ぎゅっと胸を腕に押し付けられ、ナツキも反応しないわけではない。
ターシャの外国人特有の美貌は三年では有名であり、ミウに見劣りしない。
彼女は頭が良いイケメンなら誰でも好きになってしまう困った女だった。

「彼が嫌がってるじゃないですか。早く離れてください」

「昔はこうして一緒にいたんだけどなー。
 ナツキ君が一年の頃から私が可愛がっていたのよ?」

だからなんだとミウが言いたくなる。
昔のことは関係ない。今の彼女はミウなのだから。

「ナツキ君は思想的に残酷になり切れない人でしょ?
 だから私が彼のこと兄に推薦してあげたの。
 そうしないと面接試験に合格できなかったもんね?」

「それは……。確かに感謝してるよ」

「そんな暗い顔しないで。
 ナツキ君は笑ってる方がかっこいいんだからぁ」

「僕はそんなに良い人間じゃないよ」

「ネガティブなのねー。うちのエリカに似てるわ。
 もうこんな時間だから、迎えの車が校門で待ってるの。
 さあ、一緒に行きましょう?」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。ターシャ」

強引に手を引っ張り、彼を連れだしてしまう。
ミウはむきになって怒鳴ったが、なんと逆切れされた。

「高野ミウ。分をわきまえなさい。
 あなたが中央委員会に選出されたのも、私が推薦してあげたおかげよ。
 ナツキ君から頼まれて仕方がなくね。あなたが今の地位にいるのは、
 この私の働きによるものなの。それを忘れないでちょうだい」

そう言われると、確かに弱い。
ミウは新参者なので裏の事情まで走らなかった。

「今日一日くらい彼を借りてもいいでしょ? 減る物じゃないし。
 あなたも外国暮らしをしていたなら、日本人が好むような
 純情恋愛なんて流行らないことを知っているでしょうに。
 あっ、スマホが鳴ったわ。使用人の車が到着したみたい。
 時間がないから行くわよ。ミウさんも気を付けて帰りなさい」

ミウは呆然と立ち尽くすしかなかった。これが権力の違い。
あのナツキは校長には反論できても、ターシャには逆らえないのだ。

カップル申請証とはなんだったのか。
会長が作った制度なのに本人がスルーする始末。

会長はスパイ対策で頭がいっぱいなのだ。
全ては生徒会選挙目前だから時期が悪かった。
そう考えるしかなかった。

ミウは家に帰ってから荒れるに荒れて、ママをびっくりさせた。
寝るまで飽きもせずアナスタシアの悪口に終始するほどだった。

エリカだけでなく姉もセットで大嫌いな人フォルダに分類されたのだった。




ナツキはその日の夕飯を橘家でいただくことになった。
白い長テーブルの一角に着席させられ、料理が来るのを待つ。
テーブルクロスの高級感が半端ではなかったので緊張した。

テーブルは広大である。
ナツキの少し離れた席に、橘エリカが暗い顔で座っていた。

「エリカさん。しばらく学校で見かけなかったけど、
 休んでいたんだね。体調の方はどうだい?」

「あまりよくないわね。夜は眠れないし、夢見も悪い。
 学校に行こうとはしても、朝になるとやっぱり行く気なくして
 ずっと家にいるわ」

エリカはミウが倒れたのと同じ時期からずっと休んでいた。
ゆえにミウが選挙日の告知をした際も彼女の席は空席だった。
ミウが欠席者のくだりを説明したのはエリカを意識してのこと。

「だいぶ病んでいるようだね。彼に会えない日が続くとつらいか?」

「それはつらいわよ。男の貴方には分からないでしょうね。
 私は太盛君と婚約するはずだったのよ? あなたに私のくやしさが
 分かる? 全部あの女が悪いの。高野ミウ。ミウ。ミウ。あの女が」

あまりの迫力にナツキはドン引きしてしまう。
今のエリカの顔は貞子のようであった。

「安心してくれ。ミウは僕の彼女だから」

「はっ……?」

エリカが水の入ったコップを床に落としてしまう。

「本当だよ。カップル申請書は君のお兄様に提出済みだ」

「え……? じゃあなんで今夜は家に来てるの?
 姉さんと仲よさそうに歩いてたじゃない。
 二股? それともミウと付き合ってるのは嘘?」

「君の姉さんが強引に食事に誘ってきたんだよ。
 妹の君なら姉さんの性格はよく知っているだろ」

「姉さんは常に男のそばにいたがる人だから。
 寂しがりや? 男好き? でも英語で言うと……」

「私がどうかしたのかしら?」

「ね、姉さん。いつからそこにいたの」

大扉を開けた状態でアナスタシアがそこにいた。
扉が天井まで届くほど高さがある。ナツキが天井を見上げると、
まばゆいシャンデリアが夜の雰囲気をかもしだしている。

アナスタシアがレコードプレイヤーに針を落とす。
柔らかいアナログの音でバロックの通奏低音が流れた。

パッヘルベルか、はたしてヘンデルか。
ナツキに作曲者までは分からなかった。

時間の流れが止まったかのような落ち着きを感じる。
いつまでもここにいたいと思わせるほどだ。

ダリと英語で書かれたスピーカーだ。
ナツキは、こんな小さなスピーカーでよくここまで
低音を響かせるものだと感心した。

大食堂の床にまで浸透するチェロ、
コントラバスのリズム帯域が心地よい。

「エリカは昔から考えすぎなとこが欠点なのよ。
 日本人みたいに奥ゆかしくて一途なのね。私は今ナツキ君と
 一緒にいたいからいるだけ。理由なんかそれだけで十分よ」

「私は姉さんみたいに簡単に割り切れないよ。
 太盛君に会えなくなって、もうすぐ二ヵ月よ。
 寂しいのを通り越して死にたくなるわ」

「ほらねナツキ君。この子はネガティブでしょ?」

「そうだね……。学校で聞いてたイメージとは結構違うものだ。
 あっ、すみません」

鈴原と別の執事が料理を運んできたので、ナツキは頭を下げた。
この屋敷では女性の使用人を見かけないのが不思議だった。

熱々のコーンスープ。バターロールとチョコクロワッサン。
バターが並べられていく。
最初にナイフ、フォークが並べられていたから、
やっぱり洋食に決まってるよなとナツキは納得する。

嫌いではないが、正直ミウの家のような和食の方が気楽に食べられる。

「好きなだけ食べていいのよ?」

「よし。せっかく招待されたんだから、
 遠慮なく食べるぞ。会議で腹減ったからな」

ボウルサラダ。脂の乗った牛肉。ベルギー風の味付けのポテトフライ。
フレンチを意識してるため、一皿ごとの量が本当にわずかで、
高野家の食卓と対照的だ。

ナツキは下品にならないよう注意しながら、どんどん平らげていく。
出されたものは何でも食べた。一応味の感想も言っていく。

鈴原がバターロールのお代わりが盛られたバケットを片手に現れた。
ベテランの執事の彼でもナツキの食欲には驚いていた。
現役高校生はいろいろな意味で元気なのである。

「ナツキ君……」

エリカはそんな彼を見てせつなくなっていた。
本当は太盛君をこの家に招待したいのに。
ナツキはどことなく太盛と似ているところがある。
太盛をもう少し知的にして大人っぽくしたらナツキだろうか。

「あっ、ごめんね。がっついて食べたから品がなかったかな?」

「そんなことないわ。あなたを見て太盛君のことを思い出しただけ。
 あなた、太盛君の収容所の見回りもしてるんでしょ?
 彼、どうしてた?」

「彼なら元気そうだったな。カナって明るい感じの女子と
 仲良くしていて、収容所生活なのに楽しそうだったよ。
 あっ、すみません執事の方。スープのお代わりもらっても……」

ナツキは凍り付いた。エリカの顔が、みたこともない表情に
ゆがんでいたからだ。その時に受けた衝撃は、
後のナツキの証言によるとこうなる。

サファリパークでライオンを見つけたのがうれしくて、
もう少し近くで写真を撮ろうと近づいて行ったら、
足を噛まれて最終的に手術で切断することになってしまった。

非常に分かりにくい例えだった。

「カナ……?」

エリカの手にしたスプーンが、
皿の上でカタカタと音を立てて震えていた。

まずいと思ったのはターシャも同じだった。
執事はスープの件など忘れて奥へ退散した。

「カナって誰? カナ……? まさか小倉カナのこと?
 同じクラスで、野球部で男たちの世話をしているあのカナ……?」

まもなくしてエリカがパン皿を壁にぶん投げた。
いつもの「荒れ」モードが入ってしまったのである。
皿はスコットランド製でひとつ五千円もする。

「ねえ。ねえ!! ナツキ君!! それってどういういこと? 
 太盛君は収容所三号室で孤独な生活を送ってるんじゃなかったの?
 そのカナって女と仲良くしてるって、どういうこと? ねえ?」

ナツキは、燃え盛る本能寺の中で、
明智光秀に裏切られたことを知った際の織田信長の顔をした。

「真面目に聞いてるんだけど?」

エリカの拳が降ろされ、すごい音がした。
テーブルをきしませるほどだった。

ナツキはエリカが苦手だった。
姉のターシャは気分屋で適当なことを言ってくるが、
明るくて根に持つタイプではないので気楽に関われる。
だから今日も遠慮なく夕飯を食べまくっている。

一方、妹のエリカのうわさは一年の時からよく聞いていた。
太盛への愛情が強く、彼を手に入れるためなら吹奏楽部も
平気で辞める。近づいてくる他の女は排除する。
一度も同じクラスにならなかったことを幸いに思っていた。

「信じられない。なにそれ? じゃあ太盛君はカナって
 女と毎日同じ部屋で過ごしてるの? 意味わからない。
 収容所って恋愛はオッケーなの?」

「合法ね。むしろ兄さんは囚人同士の連帯を深めたほうが
 脱走しなくなるから恋愛・友情は推奨しているわ」

「姉さんはいいわよね。すぐ別の男見つけられるんだから。
 ん? ナツキ君はミウの彼氏なんだよね?」

「それがどうかしたの?」

「こんなところにいていいの?
 あの女、今ごろ怒り狂っているわよ」

「大丈夫よ。人に恨まれるのは慣れてるから」

「そういう問題なのかしら。どうせナツキ君を
 本気で奪うつもりはない癖に」

「それはどうかしら? ナツキ君さえ良いって
 言ってくれれば、付き合おうかなって考えてるけど」

ナツキはデザートのアイスを食べるのに夢中で聞いてないふりをした。
しかしこんな近くで話されているのに無理がった。
アナスタシアにそのことを突っ込まれ、仕方なく返事をする。

「僕はミウの彼氏で、ミウは僕の彼女だ。それだけだよ」

「あらそう。つまらないわね」

楽しそうに笑うターシャ。残念そうには見えなかった。

「あんなの女のどこがいいの?」とエリカ。恨みがこもった目つきである。

「ミウは純粋で優しい子だよ。一緒にいると楽しいよ」

「うそ。どうせあの顔が好みだったんでしょ」

「違うよ。僕は顔でミウを選んだわけじゃない。
 確かに顔も好きだけどさ」

「私、あの女が大っ嫌いだけど、顔の美しさだけは
 認めてやってもいいわ。うちの学年じゃあんな綺麗な女いないでしょ」

「エリカさんだってあの子と同じくらい美人だよ?
 もっと自信もっていいんじゃないかな?」

とミウを落とした笑顔で言うが、

「今そんなこと言われても全然うれしくないわ」

エリカには利かなかったと思われた。
彼女は内心うれしかったのだが顔に出さなかっただけだ。

「エリカ。彼とたくさんおしゃべり出来て楽しそうじゃない。
 ナツキ君が来ると楽しいでしょ?」

「ふん。さあね」

「学校に来たらもっと楽しくなるわよ。 
 そろそろ復帰しなさいよ。一組で休んでるのあんただけでしょ」

聡いナツキはすぐにターシャの意図を察した。

「同士マサヤもエリカさんのことを心配してたよ。
 総選挙が近い大切な時期だから、エリカさんにも
 生徒の粛清を頼みたいんだけど」

「いや、いきなり粛清とか言われても。
 話がさっぱり分からないんだけど」

「ごめん、一から話すね」

ナツキの説明のうまさは生徒会でも群を抜いていた。
彼と弁論して互角に戦えるのは会長くらいだと言われていた。

「ふーん。私好みの楽しそうな展開になってきてるじゃない。
 私が粛清を手伝ったらお兄様の評価も上がるのかな」

「それはもう最高の評価を頂けるわよ。
 兄さんの許しを得て太盛君に会うことも可能なはずよ?」

「それなら、行ってもいいかな」

アナスタシアは、やっぱりナツキを連れてきて正解だったと思った。
身内だけの説得では妹のマイナス思考をどうすることもできなかった。

「おかえりなさいませ。アキラ様」

廊下のさらに遠くの方から執事の声が聞こえた。
まもなくしてアキラが食堂の扉を開ける。
ターシャが笑顔で迎えた。

「おかえりなさい、兄さん。今日は遅かったのね」

「ちょっと書店に寄っていてね。立ち読みしてたら遅くなった」

「欲しい本があるなら買って帰ればよかったじゃない」

「いや、買うには買ったんだが。
 欲しい本を決めるのに時間がかかってしまった」

アキラはコートを脱ぎ、使用人に手渡す。
そして恐縮しているナツキを見た。

「会長。お邪魔しています」

「ナツキ君がうちにいるなんて珍しいな」

「ターシャさんにお呼ばれしました」

「そうかね。今日はゆっくりしていきなさい。
 遅くなったら泊まってももいい。空き部屋ならいくらでもある」

「あ、ありがとうございます。ですが迷惑になるといけないので
 もうすぐ帰ろうかと思っています」

「遠慮することはない。君の生徒会の働きは高く評価しているよ。
 しばらく妹たちの話し相手になってやってくれ。
 母も九時前には帰ってくるそうだ。顔を見せてあげなさい」

ナツキは橘母がどんな人なのか全く想像がつかなかった。
期待より恐怖の方が大きいので会いたくない。

結局ナツキは泊まる流れとなった。
和服を着こなしたおっとりした母とも挨拶させられた。

ターシャの母は外人風の外見なのかと思いきや、
京都の屋敷に住んでそうな和風な女性だった。
生まれは神戸だという。

高校生の子供がいるとは思えないほど若かった。
芸能人並みに綺麗で存在感がある人で、
ナツキは思わず惚れてしまいそうになったほどだ。

母はナツキのことを一目で気に入ってくれた。
高野家にお邪魔した時と全く同じパターンである。
ミウのことを考えると気まずい。

ナツキは最後まで愛想を振りまくことを忘れなかった。
彼は若く、美形でしかも知的なので
中年女性キラーと呼ばれていた。

ナツキは橘家からも歓迎されて嫌な気はしなかった。

エリカが生徒の粛清を手伝ってくれるのは大きな収穫である。
自分は生徒会のために立派に働いているんだと言い聞かせ、
納得することにしたのだった。


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