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作品名:『学園生活』  ミウの物語 作者:なおちー

第22回   ミウは病気で学校を休み、恋に悩んだ
ミウはあの日からショックで体調を崩していた。
学校を一週間休んでしまっている。

「ミウちゃん。今朝の具合はどう?」

「ごめん。無理そう。まだ頭痛い」

「そう。ならゆっくり寝てなさいね」

病気の治りが遅かった。病院で診断した結果は偏頭痛。
朝起きると頭に痛みが走り、その状態が寝るまで継続した。

ベッドに横になっていると楽になるのだが、起きて活動しようと
すると頭がふらふらしてまい、とても学校には行けない状態だ。

『中央委員の権限で学校には出席扱いにしておくから、
 体調が良くなるまで静養してくれ』

ナツキから送られたメールを読む。彼は営業職の経験でもあるのか、
病気で落ち込んでいるミウに対するフォローがうまかった。
 
『ありがとう。良くなったらすぐ学校に復帰するから』

病気の内容から受信すべきと考えられ病院を全て回ったが無駄だった。
ミウの病気は脳外科で出された薬を飲んでもどうにもならなかった。

主要な頭痛は三種類あり、偏頭痛、緊張型頭痛、群発頭痛である。
ミウはそのいずれの症状にも当てはまりながら、どれにも特定されない
と診断された。心配したママの勧めで受けたMRIとCTスキャンの結果、
異常は見られなかった。つまり原因不明。

ミウは、できれば太盛にお見舞いに来てほしかった。
あの夏の日、自分たちがマリーの病院へ足を運んだみたいに。
彼に優しくされたら一瞬で治ってしまうかもしれないのに。

『治らない頭痛の原因には鬱が考えられる。
 そこで心療内科を受診するのも一つの手だろう。始めて行くのは抵抗が
 あるかもしれないが、精神安定剤を飲むと嘘みたいに楽になるそうだよ』

ミウはその通りかもしれないと納得し、近隣の病院を調べて
地図をプリンターで印刷した。その紙を手に玄関の扉を開けようとする

「ミウちゃん? 今日は違う病院に行くつもりなの?」

「そうだよ」

「ひとりで行くのは危ないわ。ママが送っていくわよ」

「一週間も家で寝てたから平気。動かないと体なまっちゃうよ」

「でも顔が真っ青じゃない。また倒れたらどうするの」

ミウは、数日前に無理やり登校しようとして玄関先で倒れたことがあった。
一日でも早くこの病気を治すには、適切な診断を受けて薬をもらうしかない。
学校に行けなければ太盛に会えないし、生徒会にも出席できないのだ。

ミウは母の制止を振り切り、進むが、エレベーターの前でうずくまってしまった。
頭全体を万力で締め付けるような痛み。それと寒気に襲われたためだ。

「だから言ったのよ」

ママに肩を貸してもらい、自室のベッドまで運んでもらった。
ミウは微熱があった。頭の痛さと風邪の症状で苦しさが最高潮に達していた。

今は何も考えずに寝てなさい。そう言ってママは部屋の扉を閉めた。

ミウは枕に顔を預け、部屋の天井をずっと見ていた。
何もすることがないと、考え事をせずにはいられない。

太盛のおびえた顔。完全に嫌われてしまったこと。
エリカと同じだと言われたこと。浮気相手のカナのこと。
嫌でも思い出してしまう。

あの収容所の訪問はミウの精神に致命的なダメージを与えてしまった。

もし時間の針を戻すことができたなら、もう少しうまく
対応することができたろうか。きっと無理だろうと思った。

なぜなら生徒会に入った時に運命はおかしくなってしまったからだ。

『ミウ。こことは違う世界があるんだよ』

能面の男の言葉を忘れたことはない。ナツキの聡明さは彼にそっくりだ。
こっちの世界ではナツキがミウの運命を左右する存在なのかもしれない。

『私はエリカ奥様が憎い』

その憎きエリカはすでに倒したはずだ。ミウはエリカを公然と屈服させ、
生徒会中央委員の地位に着いた。もうエリカは敵ではない。敵はいないはずだ。
いや、いた。収容所仲間三号室のカナだ。
その野球部のマネージャーは太盛と恋仲にあるという。

許せるわけがない。皮肉にも『モンゴルへの逃避』で
嫉妬のあまり怒り狂ったエリカの気持ちを理解してしまう。

太盛には周りにいる女を狂わせる力がある。
愛娘のマリン、愛人のユーリは蒙古で死亡した。エリカも同様。
こっちの世界ではマリーは拷問の末、失語症。ミウはご覧のありさま。
太盛自身も三号室に収容されている身である。

この不幸の連鎖をどうしたら終わらせることができるのか。
ミウはそこまで考えたところで眠気が襲ってきてまぶたを閉じた。



ミウはベッドサイドの時計を見て、朝の九時であることを確認した。
ベッドから体を起こすと頭痛が始まる。寝ている時はなんとも
ないのだが、活動を始めようとすると病気が体を押さえつけようとする。

ミウはトイレに行った後、リビングに顔を出した。
ママは優雅に日本茶を飲みながら、経済新聞を広げていた。

「起きて大丈夫なの? 熱はどう?」

「計ってないけど、たぶんまだある。頭がぼーっとする」

「ご飯は作ってあるけど、食べられる?
 消化に優しいもの作ったほうが良いかしら」

「食欲はあるからいつも通りで良いよ。ありがとね」

ご飯とみそ汁とおかず。どこの食卓でも出てきそうな食事だ。
鶏モモやレンコンの入った煮物、サバの塩焼き、キャベツとコーンのサラダ、
お新香、納豆、ノリと朝にしては皿数が多いのが特徴である。

専業主婦のママは朝ごはんの支度に時間をかけるのが趣味だった。
ママは裕福でも質素倹約を好む。高級食材を使った料理はしないが、
栄養のバランスと量にこだわった。

身支度の時間を犠牲にしてでも朝ごはんをしっかり食べるよう娘をしつけていた。
一日の食事の内で朝食を一番重視するイングランドの文化を
見習っているのかとミウは思った。

ミウは昨夜の夕飯を食べずに寝たことでお腹がすいていた。
並べられた皿が全て空になるまで食べた後、
日本茶を飲みながらテレビをなんとなく見ていた。

今日は不登校の高校生の特集だった。
なぜか取り上げられるのは女子ばかりである
そして登校拒否の原因は共通していじめだった。

「不登校の子達も大変よねぇ。あの子達、学校では
 保健室登校しているみたい。社会に出た時はどうするのかしら」

ミウは一瞬自分のことを言われてるかと思ってドキッとした。
今でこそ生徒会役員にまで上り詰めたが、前回の世界のミウは
不登校になりかけて、実際に退学してしまった。

「チャンネル変えてよ」

「今いいとこなのよ。もうすぐ終わるから待って」

ママが時計の針を刺す。まもなく十時だから、
それまで待ってほしいということだ。

ミウは自室に戻ろうかとしたが、ずっとあの部屋にいると気が滅入る。
仕方なくママと一緒にテレビを見ることにした。

被害者がいじめの体験談を話している。

ある日、突然、何の前触れもなく集団無視が始まり、
だんだんと学校に行きづらくなった。

グループのリーダー各の女子の、遊びの誘いを一度断っただけで
グループ全体から阻害されるようになった。

学校でショックな事件があったのがきっかけで、
家にいることが多くなった。

最後の事例はミウとそっくりだった。
だがミウは学校に行きたくないわけではない。
むしろ行きたいのだ。

現に今だって、被害者たちをいじめた主犯らを制裁したい気持ちだった。
もし同じ学校だったら、すぐ告発して2号室行きにしてやるところだ。
彼女たちの敵討ちだ。ミウは気力十分でも体が付いていかない。

その結果が、2日後に心療内科の先生に言われたことに表れている。

「高野さんの場合は学校に来たいと思っているわけですから、
 精神病が原因の頭痛とは考えにくいねぇ。いちおう精神安定剤を
 出すことはできるんだけど、依存性の高い薬だからね。
 ふとした時に飲みたくなってやめられなくなっちゃうよ?
 先生はあまりおすすめしないな」

眼鏡をかけた初老の優しいおじいちゃん。
そんな容貌の先生に言われ、ミウは素直に納得した。

ここまできたら、あとは自然治癒しかない。
最近学校でいろいろあったから、心が疲弊してしまっただけなのだ。
そう思うと気が楽になった。

さらに数日が立った。ミウが学校を休んで二週間経つ。

「今日は気分転換に出かけてくる」

「いいわよ。ミウちゃんは歩き方が元気な頃に戻ったみたいね。
 安心したわ。好きなことしてれば病気は治るわよ」

「うん。それじゃあ夕方までに戻るね」

「行ってらっしゃい。具合が悪くなったらすぐ戻りなさいね」

風もなく、さわやかな秋晴れの木曜日の午後。
10月下旬。朝夕は冷え込むようになってきた。
平日だが、ミウは学校をさぼっている罪悪感はなく、
ストレス解消のためと開き直って町を歩いた。

暇つぶしにウインドウショッピングをする。
田舎なので行きつく場所は
どうしてもショッピングモールとなってしまうが、
ここならお店の数に困ることはない。

『秋コーデ・ファッション』

十代女子にしか許されない可愛い服を選んでいく。
ママからたくさんお小遣いをもらっている(ギフトカードなど)ので
欲しいものがあったら買うつもりだ。
それなりの値段がするお店だが気にしない。

オタクが好みそうなフリフリのスカート。黒のニーソ。
お嬢様スタイルの花柄のスカート。ピンク色のカーディガン。
逆に大人っぽいシックなワンピース。

色々あるが、問題なのは太盛が好みそうなものだ。端的に言って太盛は
マリーが一番好みなのだろう。お屋敷時代もマリンのことを強く愛していた。
マリーに対抗できそうなファッションにしようと決心した。

下手にコーディネートに凝ってギャルっぽくなるのは避けたかった。
ここはシンプルに清楚なワンピースとヒール、ハンドバッグを
セットにして買うことにした。

「ありがとうございました。お次のお客様、どうぞ?」

ミウの先で会計を済ませて去っていく妙齢の美人に見覚えがあった。
長い髪の毛。背の高さ。きびきびと忙しく歩く姿。
間違いないと思い、会計後、彼女の後を追って話しかけた。

「あの……すみません」

「はい?」

話をすると、やはり総合病院でマリーのお世話をしてくれた看護師だった。
名前は三浦レイナ。ミウは、マリーの入院時代に太盛と一緒だった頃を
思い出してうれしさと懐かしさを感じていた。

「斎藤マリエさんのお見舞いに来てくれた人ね。もちろん覚えてるわよ。
 毎日彼氏さんと来てくれたものね。
 そういえば、まだあなたの名前聞いてなかったわ」

「高野ミウです。私と一緒にいた男の子は堀太盛君です」

「え……?」

ミウは、なぜ彼女がそんな顔をするのか理解できなかった。
まるで聞いてはいけないことを聞いたかのように驚いている。

「せまる、って感じにすると『ふともり』って書かない?」

「はい。そうですけど、ご存じなのですか……?」

「違うのよ。今何となく頭に浮かんだの。ってあはは。
 こんなこと言ってると頭おかしいって思われるかな。
 私、友達の前でも急に不思議なことしゃべって変に思られちゃうんだ」

「私は全然変に思いませんよ?」

ミウは真顔だ。この子とは気が合うなと直感で理解したレイナは、
お茶でも飲みながら話をすることにした。

二時過ぎなのでモール内はどこのレストランもすいている。
適当な店に入り、デザートと飲み物だけを注文した。

レイナがおごると言う。するとミウが
財布の中から優待券の束を見せてきた。
モール内の八割の店で使用できるという。
レイナはさすがに驚愕させられた。

「ミウさんは彼氏とは順調なの?」

「ミウでいいですよ。実は今最悪なんです。
 ちょっと長くなるけど、相談に乗ってください」

「いいわよ。夜勤明けで滅茶苦茶なテンションの私だけど、
 それでも良ければ」

「もしかして今までずっと寝てない?」

「寝たわよ。三時間だけね」

ミウは呆れつつも話した。太盛争奪戦の激しさと、
生徒会役員のナツキに恋をしていたこと。
学校のルールに従い、生徒会は正義の組織として話したから、
内容はかなり脚色されている。あのような悪事を第三者に教えられるわけがない。

レイナはごく普通の学生たちが激しい恋愛バトルをしていると認識した。
今のミウはライバルのカナの出現によって彼氏を奪われてしまったと。

レイナは途中でお酒を頼んでいた。すっかりできあがっている。

「今日はマリーみたいに可愛くなりたくてお嬢様系の洋服を買ったんです。
 あっ。マリーって斎藤のあだ名なんですけど」

「あなただってマリーに負けないくらい可愛いじゃない。何言ってるのよ」

「お世辞として受け取っておきますね」

「世辞じゃないって。太盛君とは美男美女でお似合いだと思うよ?」

「でも次から次へと女が邪魔しに来るんですよ。
 私は別れたくないんですけど、太盛君の気持ちが
 カナって女に向いちゃってるみたいなんです」

「太盛君は浮気性なのかしら? マリーに行ったり
 カナちゃんにいったり忙しいね。言っちゃ悪いけど、
 そういう人が旦那さんになると奥さんは落ち着く暇がないかもね」

確かにエリカ奥様は、しつこく旦那を束縛して
自分だけに視線が行くようにしていた。
束縛されれば誰だって心がパンクする。

「若い子は良いねー。私も高校時代は好きな男の子いたけど、
 話しかけられることなかったし、結局遠くから見てるだけだったな。
 彼はそのうち可愛い女の子と付き合うようになっちゃって、
 それで私の恋は終わり。今でもたまに彼の顔思い出すことあるよ」

「高校時代のことってそんなに思い出に残りますか?」

「それはそうよ。だって青春は一度しかないんだから。
 過ぎ去った日々を懐かしく思うくらいなら、当たって砕けたほうが良いよ。
 あるいは別の恋を見つけるのも良いかもしれないわ。
 ナツキ君って子も気が利いて優しい子じゃない。彼と付き合えば?」

「レイナさんだったらどうしますか?」

「どうしても彼氏が欲しいんだったらナツキ君かな。
 少女漫画でよくある展開だと、本命の男子と別にいる不良系男子の
 ポジションだね。実はこっちとくっついた方が幸せになれるんじゃないかって
 ずっと思いながら読んでたのよ」

「ナツキ君は私のこと好きなのかな」

「たぶん大好きよ。ミウが積極的になればすぐ付き合えると思う。
 まっ、それでもミウは太盛君のことが忘れられないんだろうけど」

レイナはカウンセラーと同じ要領で話を進めていた。
とにかく彼女に話をさせつつ、少しだけアドバイスをする。

ミウはすっかり気分が楽になった。相談事を持ちかけるのは
初めてなのに、こんなにすらすらと自分の気持ちが口に出来たのだ。
やはり初対面とは思えないほどフィーリングが合うのだ。

「あの、一つ聞いていいですか? 
 レイナさんはどうして太盛君の漢字が分かったんですか?」

「信じてもらえるかな……。実は直感が結構強くてね。
 時々頭の中に不思議な映像が浮かんだりするの。
 行ったこともない場所だったり、人の顔だったり。
 でもすぐに忘れちゃうのよね。それがくやしくなって、
 思い浮かべたスケッチして残すようにした」

「最近は何を描きましたか?」

「大雑把に言うと屋久島みたいな形をした孤島。周囲が波打ち際で、
 島の中央に背の低い山があったわ。それと広い農園もあった。
 ……そんなに広くなかったかな? 家庭菜園だったかもしれない」

ミウも直感で理解した。今目の前で話している三十代の女性が
以前のレナの生まれ変わり。太盛の双子の娘。その姉の方である。
家で読書するより外で体を動かすほうが好きな少女だった。
正反対な性格の妹のカリンと喧嘩するのは日常だった。

「あなた、私の話を聞いても平然としてる」

「はい。だって私とレイナさんは別の世界で会ってますから」

沈黙。レイナは、ミウがふざけてないことを正しく理解していた。
だからこそ何も返す言葉がなかった。ミウを一目見た時に
懐かしい感情が思い浮かんだのも気のせいでなかったことを確信した。
同時に人知を超えた少女の存在に恐怖すらしていた。

「ミウは、信仰心はある?」

「私はキリスト教ですね」

「私もよ。生まれが長崎だからカトリックなの。
 私たちがここで会うなんて運命のめぐりあわせかもね」

「レナ様は前の世界の記憶があるのですか?」

「様? 私はレイナよ。あなたの知っている私はレナって名前だったの?」

「レイナさん、双子ですよね?」

「ご名答。教えてないはずなのに個人情報がばれてるなんて
 オレオレ詐欺もびっくりだわ」

「カリン様はお元気ですか?」

「カリンは……結婚して福岡に住んでるよ。
 あの子は相手を見つけるのが早かったから子供が二入いるよ。
 それより私たちの名前に様をつけるのはどうして?」

「私がお二人の幼少時代をよく知っているからですよ」

なにからなにまで知っているという口ぶりだった。
レイナは目の前にいる年下の少女が本気で怖くなった

ミウは頭痛が完治していないので雰囲気が暗い。
さらに中央委員会に所属してから貫禄がついてしまい、
目つきが以前と変わってしまっている。
太盛がエリカにそっくりと言ったのも目つきが理由の一つである。

レナとカリンが最も恐れたのは母であるエリカだった。

「ごめんね。今日のことはやっぱり忘れて」

レイナは足早に会計を済ませて去ってしまう。
ミウは呼び止めたかったが、あまりにも彼女が席を立つのが
早かったので間に合わなかった。

ショックだが、あのレナと会えたことは事実。
またとない貴重な体験だった。



ミウが帰宅する。玄関に見知らぬ人の靴があるのに気づいた。
リビングから談笑する声が漏れている。
行ってみると、ママと若い男性が座っていた。

スーツを着た社会人かと思ったがナツキだった。
見慣れた彼の制服姿なのに新鮮だ。きりっとしていて
彼の知的な雰囲気を醸し出している。

「あれ、帰ってたの? ミウちゃんのお友達の方が
 お見舞いに来てくれてるわよ」

「お邪魔しています」

軽く会釈するナツキ。
ミウは彼が自宅にいるとは夢にも思っていなかったので
うれしさと緊張が交じり合っていた。

「ナツキ君はすごくしっかりしていて素敵な子ねえ。
 生徒会の人はみんなこんなに立派なのかしら。
 大人と話しているみたいよ。みうちゃんが生徒会に入ってから
 イキイキしているのがよく分かるわ」

「そ、そうね」

ミウはママにナツキのことを話したことがなかったので気まずい。
ナツキは生徒会の仲間としてミウのことを紹介していた。

「出かけられるほど良くなっていたんだね。安心したよ」

いつもの笑顔で言われ、懲りもせずときめいてしまった。
同時に後ろめたさが残る。
平日なのに町でショッピングをしていたのだ。

「何回も電話したんだけど、出てくれなかったから
 直接お家を伺ったんだよ。長い間休んでいる
 生徒の自宅を訪問するように会長から指示を受けていてね。
 うちの学校はそういう規則だろ?」

きざにウインクされた。ミウはそんな規則があったのかと
思いつつ、バッグの中の携帯を見ると電池切れである。
何日も充電器に刺してなかったことに気付いた。

ナツキはそれを責めることなく、生徒会の仕事の相談がしたいから
二人きりにしてほしいと大胆に提案。ママは笑顔で承諾した。

「お夕飯の時間になったら呼ぶから。
 それまでミウの部屋でゆっくりしててね?」

「いえ、夕飯までいただくのはさすがに」

「遠慮しなくていいのよぉ。今日はミウちゃんが男の子を
 つれてきた記念日にするわぁ♪」

ナツキは礼を言い、頭を下げた。気取ったわけではないが、
彼の動作には無駄がなく、品がある。
良い家庭で育てられたことがうかがえる。

「こ、こっちが私の部屋よ?」

彼だって女の子の家に来てるわけだから、緊張してるはずだとミウは思った。
もしかしたら、ナツキほどの良い男なら何人もの彼女がいたのかもしれないが、
ミウは初体験。ママが家にいるとはいえ、この時ほど緊張したことはなかった。

心の準備もなく、ナツキのような美少年を自分の部屋に
入らせるには少し抵抗があった。だが、断ったりしたら
せっかくお見舞いに来てくれた彼に悪い。

「汚い部屋でごめんね?」

「きれいに掃除されているじゃないか。
 女の子らしくて可愛い部屋だと思うよ」

ベッドの周りは小さな犬のぬいぐるみが並んでいる。
プードル、ダックス、ブルドッグ。ミウはどんな犬でも好きだったのだ、

白い壁。ベッド。ピンクのカーテン。小さな勉強机。
白とピンクで統一された可愛らしい部屋だ。
全体的にさっぱりした部屋で余計なものは置いてない。

普段はママとテレビを見ながらリビングで過ごすことが多い。
自室では勉強するか寝るだけだ。

ナツキは紳士なので部屋をじろじろ見回すようなことはしなかった。

「思っていたより重症じゃなくて良かったよ。
 順調に回復しているようだ」

「うん。心配かけて本当にごめんね」

「いいんだよ。来週からいよいよ11月だ。生徒会総選挙が迫っている。
 君にもぜひ参加してほしいと会長が言っていたよ」

「もうすぐ選挙なんだね。家にずっといたから学校の行事忘れてたよ」

「今回の選挙はちょっと特殊でね。
 ボリシェビキ率いる新生徒会が末永く存続するよう、
 全校をあげての壮大なイベントにするそうだ。
 我々生徒会は来週から選挙のキャンペーンを実施する。
 ようは選挙に参加するよう、クラスごとで生徒達を先導することだ」

「そんなことしなくても、粛清されるのが怖くて
 みんな強制参加するでしょ」

「そうかな? 反ボリシェビキを掲げる地下勢力が
 台頭しつつあるとの情報も受けている。詳細は分からないがね」

「それってどこ情報?」

「諜報広報委員会からの正式な報告だ。相手はかなり手ごわいらしく、
 まったく足をつかませない。最悪外部の勢力の可能性もあるそうだ」

「なにそれ。穏やかな話じゃないね」

「諜報広報委員会の監視網をかいくぐって裏で工作をしているようだ。
 どんな組織なのか想像もつかない。相当訓練されたスパイか、
 自衛隊の部隊が潜入しているのかもしれない」

「相手はプロかもしれないってこと?」

「そうだ」

「じゃあ私たちどうなるの? 捕まったら殺されちゃうの?」

「そうさせないための選挙キャンペーンだ。僕たちは生徒会中央委員。
 何があっても選挙を成功させなければならない。これは使命だ。
 理由なんか必要ない。絶対に成し遂げてやる」

ミウは真剣に話すナツキの目に吸い込まれそうになった。
彼の瞳は覚悟を決めた顔だった。
それは生徒会のために私利私欲を捨てた男の姿だった。

「私もやるよ」

「ミウ?」

ミウはこの人になら着いて行ってもいいかと思えた。
直感で生徒会選挙が無事に終わらないことは分かってしまったが、
ナツキ一人だけを危険な目に会わせたくはない。

ミウも生徒会の考えに全く賛同していない。
人を収容し、虐待し、恐怖で服従させる組織が正義のわけがない。
だが、彼女はナツキと同じ生徒会中央委員。幹部の一人として、
組織のために働く。ただそれだけ。自分の所属した組織だから。

その単純な義務感だけで彼らは連帯する。
かつて不登校にまでなり、太盛への希望を失ったミウにとって
ナツキといるのは心地よかった。

「高野ミウは生徒会の一員として
 あなたと運命を共にします」

「ミウ……。そう言ってくれるのか」

「私は、ナツキ君と一緒にいたい」

矢のような物体がナツキの胸に刺さった。
もちろん錯覚だが、それほどの衝撃を与えた。

謎の頭痛に侵された彼女に何の変化があったのか。
あの収容所の彼女の豹変ぶりから、太盛への
愛情が深いと思われたのに。告白ともとれる言葉を口にしてくれたのだ。

「僕はミウが好きだ」

「私もよ」

ミウは、自分が苦しい時に心配してそばにいてくれる彼に
心を許したのだった。高野ミウ。17歳。初めてできた彼氏であった。

夕食の時、わざわざパーティ料理を買ってきたママが
盛大にお祝いしてくれた。友達もろくにいなかった娘に
ついに彼氏ができたと、すぐパパに連絡してしまうのだった。

娘より母の方が喜んでいるのが照れ臭い。
ミウとナツキは隣同士で座り、飽きるまで三人でおしゃべりした。
ナツキは夜遅くなってから帰った。ミウにとって一生忘れられない夜になった。


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