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作品名:『学園生活』  ミウの物語 作者:なおちー

第20回   ミウはボリシェビキの美男子に恋をした
ミウは生徒会から呼び出しを食らった。
彼女が足を運んだのは生徒会本部である。

学内の敷地にひっそりと残された旧校舎。一見地味な外見とは裏腹に
コンクリートで強化され、爆撃や砲撃にも耐えられるようになっていた。

夏休み前にC棟が簡単に爆破されてしまった経験から、
使われなくなった校舎を改修したのだ。

「一度あなたとお話ししたいと思っていました。
 僕の名前は高倉ナツキ。クラスは二年二組。
 ミウさんの隣のクラスです。一応クラス委員もやっています」

愛想よく笑う美男子だった。
高くてよく通る声。学生離れした事務的な口調だ。
いかにもインテリらしい理知的な瞳が印象的である。

生徒会に所属しているから心は腐っているのだろうが、
ミウは彼の容姿に思わず見とれそうになってしまった。

「雨の中お越しいただいてありがとうございます。
 どうぞ、そちらの席におかけください。お飲み物を用意します。
 アイスコーヒーでよろしいですか?」

「甘いもの飲みたい気分なので、ココアありますか?」

「分かりました。少しお待ちください」

彼が席を立つと、部屋の隅で立っていた別の女子に止められる。

「私が行きますわ」「え?でもいつも君に任せてたら悪いよ」
「気にしないでくださいな。私は好きでやっているのですから」

ミウは、その女を見た瞬間にロシア人だと分かってしまった。
ギョロっとした目つき。西洋白人とは違い、東アジア風の
目鼻立ちが目立つ。そして身長は日本女子よりも大きく、
170センチは優に超えているかと思われた。

「どうぞ」

ミウは恐縮して頭を下げた。
女が去ると香水の匂いが残った。

「今お茶出ししたのは、ナジェージダです。
 三年で、僕と同じ中央委員に属しています。
 僕とは一年の頃からの付き合いなので友達みたいなものですよ」

ナジェージダはにっこり笑う。日本風にお辞儀はしなかった。
ミウは、彼女の美貌がカンに障った。エリカのせいで
ロシア人を見るだけで不快だった。

「あの、早く要件を言ってくれませんか?
 私のクラスでは現国の授業が始まってるんですけど。
 終わったらすぐに戻りたいと思っていますので」

「あ、授業なら出なくても出席扱いにするから心配しないでください。
 中央委員会に所属する人は、授業が全面的に免除されますから」

ナツキは、ナジェージダについでもらった日本茶に口をつける。

「茶を飲むと心が落ち着きますよねぇ。
 ミウさんの育ったお国は紅茶の文化が盛んですよね。
 あっちでもよくお茶は飲まれましたか?」

「まあそれなりに」

「僕も仕事で疲れた時は良く飲むんですよ。
 座り仕事してると肩こりますからねえ。
 適度に運動や体操を行わないとこの年から
 腰痛になっちゃいそうで怖いですよ。あはは。
 ココアのお味はどうですか?」

「どこでも売ってそうなヴァンホーテンだけど、
 久しぶりに飲んだから美味しいわ」

「喜んで頂けたなら幸いです。それにしても今日は
 久しぶりの雨ですね。昨夜から降り続いているようですが、
 今日の日中には止むと言われてますね。ジメジメしますよねぇ。
 蒸し暑かったらアコンの温度下げましょうか?」

ミウは、この男が世間話から入ってミウを
生徒会に取り入ろうとしている意図を読み取った。
彼女はクラスで支配的な地位にいても生徒会にまで
入るつもりはなかったので、英語で返事をした。

「So. What is the point?」

「まあまあ。そうあせあらず、ゆっくりお話ししましょうよ。
 まだ朝の九時半です。今日一日たっぷりここで過ごしていただいて
 けっこうですよ。ミウさんもいきなり勧誘の話をされたら
 面白くないと思いますし」

「This is a room of Central Committee of Student Council?」

「そうですよ。ここは生徒会・中央委員会の部屋です。
 中央委員会の人以外は立ち入り禁止です」

「Give me a reason, Why your people want me in your communist party?」

「あなたを欲しいと思った理由は、あなたのクラスでの強い
 リーダーシップを拝見させていただいたからです。
 あなたは美しくて目立つうえに、影響力が強い。
 うちのクラスの女子に土下座させてましたよね」

「It was not my fault. I did nothing. biches liked to do that themselves」

「あははっ。もちろん分かってますよ。ただ彼女らは進んで土下座した。
 それが重要なんです。あの件はかなり有名でしてね。無論我々
 生徒会の中枢まで情報は届いてますよ。会長…あっ、今は
 アキラさんのことを会長と呼ぶのですが、会長も喜んでましたよ」

「あなた、英語が理解できるの?」

「僕はインターナショナルスクール出身ですから。
 父の仕事の都合で三歳の時からカイロ(エジプト)の
 ブリティッシュ・スクールに通っていました。
 あっちの先生はイングランド人とオーストラリア人でしたから、
 ミウさんのアクセントを聞くと懐かしくなりますね」

「ふぅん。うちの学校にも本場の英語が分かる人がいるのね」

「僕もいわゆる帰国子女でして、他の言語も使えますよ。
 ドイツ語とロシア語が話せます。あとアラビア語は少しだけ」

「ドイツ語もペラペラなの?」

「Ich kann mit Leuten aus Deutschland sprechen.
 Ich hatte einen Freund, der Österreich war.
 Ägypten mit mine Klasse」

「は……?」

「ドイツ人と話すのに支障ない程度と言いました。
 ちなみに友達の影響です。僕が覚えたのは
 オーストリア訛りなのでドイツ標準語とは
 ちょっと違う発音なんですけど」

「……すごいわね。数か国語が自在に使える人って
 日本じゃまずいないと思うよ?」

「お褒め頂いて光栄です。外国語が話せても
 日本で役に立ったことがないんですけどね。
 だって身近に話せる人がいないじゃないですか」

「確かに」

「会話はこのまま日本語でよろしいですか?」

「日本語でいいわよ。私たちは日本人だからね。
 お代わりに紅茶もらえる? 砂糖はいらないわ」

「はい。ただいまお持ちいたします」

ナツキは、ナジェージダを制して自分で淹れに行った。
ミウはこの殺風景な事務室を何気なく眺めていた。
職員室をそのまま小さくした感じだ。
生徒会本部というから、もっと派手な建物を想像していた。

「外国の文化で育ったミウさんなら、ボリシェビキの
 考えに共感してくださると思っていたのですが」

「私は日本人の両親に育てられたから、他のみんなとそんなに変わらないよ。
 言語と習慣が違うだけでしょ。あなた達の勧めてくる本は
 小難しくて読んでて疲れる。共産党宣言とか、本当は経済学部の学生が
 読むべき本だと思うよ。経済学の知識がないと読めないもの」

「おっしゃる通りです。ですがとっても大切なことが書かれているんです」

「私じゃなくて他の人を勧誘しなよ。
 私が生徒会に入ったら特権でもあるの?」

「たくさんあります。まずミウさんに所属していただきたいのは、
 中央委員会です。我々は執行部、諜報部などを管轄する頭脳となります。
 様するにデスクワークですから、僕らが危険な目に合うことはありませんよ」

「他の生徒に襲われるかもしれないってこと?」
 私は個人的な護衛を持ってるけど」

「僕らは囚人たちを管理する側の人間です。
 我々組織委員会は、会社で例えると総務的な仕事をしていますが、
 いちおう囚人たちの健康状態の管理も行っていますよ。
 囚人と話すことも可能です」

「それって……三号室の人も含まれる?」

「はい」

ミウは、太盛に会える可能性があるだけで胸が躍った。
生徒会の思惑通りだとしても、うれしさを抑えきれない。

「お恥ずかしい話なのですが、増え続ける囚人に対して
 我々管理する側の人間が不足している状況なんです。
 諜報部や執行部は、模範囚や一般生徒を使役してなんとか数を
 間に合わせていますが、我々中央委員はそうではありません。
 その辺の生徒を勧誘しておいそれと頼むわけにはいきませんからね」

「私は選ばれた人材ってことね?」

「左様です」

変わった男だが品がある。
ミウは能面の男を思い出してしまう。
少し早口だけど温和な口調が、どことなく彼に似ているのだ。

「ミウさん、どうか我々に力を貸してください。
 ミウさんに組織委員の一人になってほしいのです。
 組織委員会は僕が委員長で部下はたくさんいます。
 一応ミウさんには僕が直接指導させていただきまして、 
 慣れてから実務をしていただこうと思っております」

「……具体的にどんな仕事をすればいいの?
 拷問するのは嫌だよ?」

「拷問は執行部の人にお任せしますから、僕らが
 直接かかわることはありませんよ。希望があれば
 特等席で観戦することは可能ですけどね。
 僕はあまり頭が良くないので、
 人事や雑用などを幅広く行っています。
 ミウさんにはそのお手伝いをお願いしたいのです」

「私が望んでることはただ一つだよ」

「はい。強制収容所三号室の太盛君に合法的に会うことができますよ。
 ただし、看守と囚人の立場にはなってしまいますが、
 今も彼が元気で暮らしている様子を見ることができますよ」

「太盛君に……会える?」

彼の言葉は魔法のような響きを持っていた。
ミウにとって理由も立場も重要ではない。
なぜなら、一か月も顔を見れなかった恋人に再開できるのだ。

ミウはあふれる期待を抑えることができなかった。

「こちらが契約書です」

差し出された契約書に署名してしまった。
ほとんど無意識だった。捺印はしなくていいというので、
これで契約は完了した。

「今日からよろしくお願い増します。僕の呼び名はナツキでいいですよ。
 あっ、忘れそうでした。中央委員のバッジをお渡しします。
 バッジには絶対権力の証である中央委員会のマークが入っています。
 無くさないでくださいね」

「分かったわ。大切にする」

「ハラショー!!」 「ありがとうございます。そして、おめでとうございます!!」

ナジェージダとナツキが拍手で歓迎した。
小さな事務室で新たな仲間が生まれたことを彼らは心より喜んでいた。

ミウは、エリカより高い地位についたことを喜んだ。
前回は使用人の立場でエリカに逆らうことは許されなかったのだが、
完全に地位が逆転した。いよいよ教師すら超える公的な地位を手に入れたのだ。
優越感のあまり、つい笑みがこぼれてしまうのも仕方ないことだった。





ミウはついに中央委員と呼ばれるエリート(閣僚)に任命された。
その日から周囲のミウに対する反応は、もはや恐慌を含んだものへと変化した。
今までかなり悪かったのがさらに悪化したのだ。

『ひぃっ……』『おい、早く道を空けろ。ミウ様がお通りだ!!』
『うわああっ、押すなよ!!』『そんなことより早くお辞儀するぞ!!』
『絶対彼女を見たらだめよ。目を合わせたら殺されるわ!!』

ミウが廊下を歩くとこの有様だった。江戸時代の平民が大名行列に
ひれ伏すかのごとくである。ミウが通る場所は両サイドに生徒達が散り、
腰を曲げて頭を下げる。現代的には開店時間の
イオンモールのような光景と例えた方が分かりやすいか。

ミウは彼らに何も話すことなく、静かに通り過ぎていく。
ミウは中央委員会に入ってから、仕事中に眼鏡をするようになった。
安いチェーン店で買ったダテ眼鏡だ。実は密かにナツキを
意識して彼とお揃いのを買った。

「よく似合っていますよ? 眼鏡一つですごく印象が変わるものだ。
 今までと違ったミウさんの姿を知ることができました。
 あなたはいつ見ても素敵な女性だ」

隣を歩くナツキである。彼は歯の浮いたセリフをよく口にした。
平凡な男子が言ったら女子に蹴飛ばされそうなセリフも、
容姿端麗な彼が言うと様になるのだ。

「もう。ナツキ君は口がうまいのね」

「素直に思ったことを口にしているだけですよ。
 僕も外国暮らしが長いので日本人特有の奥ゆかしい文化は
 理解できませんから、素敵な女性のことは、はっきりと
 褒めておこうかと思っておりまして」

「日本だとチャラいって言われない?」

「いいえ。僕がこんなことを口にするのは、あなたの前だけですから」

さわやかな笑み。ミウは彼が本気なのか冗談なのか
見分けがつかなくなってしまう。だが彼の隣にいるとなぜか安心してしまう。
要するに嫌いではなかった。実は初対面の時から彼のことが気になて仕方ない。

「生徒会の皆さん、お疲れまです!!」

「はい。お疲れ様。今日も真面目に勉学に励んでくださいね」

挨拶する生徒に返事をするナツキ。腕を後ろで組んで温和な笑みを浮かべている。
そんな彼の姿は実年齢以上の落ち着きと貫禄を感じさせた。

ここは一学年の校舎であるA棟である。ミウとナツキは肩を並べて歩いていると
よく目立つ。生徒達から陰で夫婦とまで呼ばれているほどお似合いだった。
ミウが中央委員会に所属してまだ五日しか立っていないが、
ナツキの口が達者なこともあり、ミウを実にうまく組織に溶け込ませていた。

「今まで座学が続いたので退屈だったでしょう? 
 今日は実務をやってみましょう」

「実務? てっきり一年の教室の見回りかと思った」

「それもありますが、目的地は図書館です。
 書物の検閲をするのも我々組織委員の仕事です」

A等の三階奥に図書館がある学園の財力を駆使した近代的図書館である。
窓際は全面ガラス張りで日光が程よく差し込み、学園の広大な
庭園を見渡せる位置にある。太盛はこの図書館で読書するのを好んだ。

「Доброе утро. Политический комитет!!」
(委員殿。おはようございます)

「おはよう。今日はミウさんがご一緒だから露語はひかえなさい。
 これより定期検閲を実施する。しばらく席を空けてくれるかな?」

「ダー!! コミっサール!!」(はっ、委員殿)

「やれやれ。ひかえろと言ったのに……」

図書委委員に対して呆れながら言うナツキ。

眼鏡をかけなおす動作に品がある。彼は仕事中のみ眼鏡をした。
彼はメガネをすると三割増しでイケメンであり、
どうみても真面目な優等生にしか見えない。
ミウが眼鏡を買ったのはこれに憧れたためだ。

ナツキの柔和な笑みは異性を虜にする魅力があり、
中央委員でありながら一般女子からも支持されるほどだった。

「さて。検閲について説明しますね」

図書館内にいる生徒は彼とミウのみ。
扉の外で、先ほどの屈強な図書委員が待機している。
背丈が185センチを超える巨漢のベラルーシ人(旧ソ連)である。

ナツキはPCで図書の貸し出しデータを開いた。

「これ、全部貸し出し中の本のリスト?」

軽く見積もって五百冊以上貸し出し中である。
膨大な数の生徒がこの図書館から本を借りていることになる。

「近代史を良く学んでおかないと社会主義を理解できませんからね。
 歴史、経済、政治、軍事など幅広い視野から生徒達を教育するために
 アキラ会長が読書を推奨したためです」

「借りてる本が専門書ばかりね。いくらエリート校でも高校生で
 理解できる人いるのかな?
 マルクス、エンゲルス、ケインズ、モンテスキュー、ルソー……。
 こっちは、ウラジーミル・イリイチ・レーニン? あのソ連の最高権力者だね」

「ちなみに99%の生徒は一回読んだだけでは理解できません。
 二回読んでも、ほとんど分かりません」

「へ?」

「それらの本は歴史の偉人が書いた人類の英知です。
 地球文明を発達させるための試行錯誤の結晶です。
 しかも翻訳本。大学生でも一度で理解できる人はいないでしょう」

「じゃあ分かるまで読むとか?」

「ご名答。学習の基本は繰り返して覚えることです。内容が難解なら
 毎日少しずつ理解するしかない。読書を繰り返すことが一番大切なのです。
 ユダヤ教徒が聖書を暗唱できるまで、音読して覚えるのと同じようにね」

「ちょっと洗脳に近いけど、これだけ徹底していれば
 本当に共産主義に目覚める人がいるかもね」

「自発的に執行部に入ってくれる人もいますよ。
 アキラ会長の提案した思想教育は確実に成果があがっています」

「会長は暴力だけの人って思ってたけど、
 ちゃんと考えていたんだね」

「会長は本当に聡明な方ですよ。
 僕のような凡人では到底及びません」

一覧データから、貸し出し期限の延滞がないことを確認する。

生徒達は粛清を恐れてか、きっちり期日以内に返却していた。
この膨大な数の本に対して違反者ゼロは奇跡に近い。
ミウがそのことを口にすると、

「統制が取れているのは素晴らしいことですよ」

と言ってナツキは笑った。ミウは彼の笑顔にまた胸がときめいてしまった。

ナツキは、今度は別の画面を開いた。

入荷予定の本に反社会主義的なものがないか
確認するのも組織委員の仕事だ。

「基本的にこの図書館は反社会主義的とみなされる書物は
 置いていません。過去に存在した分は抹消しました」

「どんな本が反社会主義的なの?」

「ソビエトの理念を否定する関係のものですね。
 たとえば歴史の本で、ソ連が崩壊した理由をだらだらと書いてるもの、
 カンボジアのポルポト、中国の毛沢東の批判。逆に日本帝国主義を
 擁護する、新解釈の右翼本などですね」

「日本帝国を擁護?」

「日本はアメリカとソ連の陰謀によって仕方なく戦争に巻き込まれた。
 だからあれは侵略戦争ではなかったと」

「日本は中国を侵略してハワイを空襲した悪の帝国なんでしょ?
 日本はドイツとイタリアと組んで世界支配を
 企んでいたって教わったんだけど。私が英国の学校にいる時にね」

「それであってますよ。日本帝国は明確に地球人類の敵でした。
 シベリアの先にいる日本陸軍の主力部隊は、常に同士スターリンを
 おびえさせていました。それほど日本は強大だったのです」

ナツキは巨大な書庫へ足を運び、AからFまでの棚を順に見ていく。
ミウも彼の後ろに続いた。

「資本主義のシステムをよく理解しておかなければ
 社会主義のことは分かりません。ですからこの図書館では 
 例えばアダムスミスの国富論は20冊以上取り寄せています」

「ほんとだ。同じ名前の本がこんなに並んでる。
 たくさんの人が借りる時に便利だけど、
 その代わり本の種類が少なくなっちゃうね」

「少なくていいのですよ。この世には読む価値のない本が多すぎる。
 特にこの国は戦後、GHQ主導の左翼教育のせいですっかり骨抜きに
 されてしまった。誤った教育のもとで腐った人間が育っていく。
 この流れを止めたいと会長は思っているのです」

「それで腐った人間が粛清されてもなんとも思わないってことか」

数学、物理、化学、生物学、医学などは特に充実している。
ソ連は、米国との宇宙開発の過程で理系の分野で
スペシャリストを要した歴史があるのだ。

「日本の法律は特に腐っていますね。日本国憲法はGHQが作った奴隷契約。
 民法、刑法も生ぬるい。民主主義国家の限界なのでしょう。
 会長が最も嫌っているのは政党議会ですね。小党乱立を招いた議会が
 日本の最大の汚点であり、改善しなければならないことです」

「ごめん。政治のことは全然分からない。てか興味ないんだ」

語学のコーナーは、英語だけで偏った世界観を是正するため、
UE諸国、アラビア語、中国語など各国の言語が並んでいる。
一番多いのはロシア語だ。ロシア語会話、文法書は売るほど揃えてあった。

「翻訳本を理解する究極の方法をご存知ですか?
 それは原語で読むことです」

「ロシア語の本はロシア語で読むってこと?
 確かに書いた人の意見がそのまま分かれば手っ取り早いね」

「左様。翻訳の場合、翻訳者特有の息遣いやニュアンスが入ってしまう。
 映画の字幕を見てるとそう思いません?」

「うん。よく私が翻訳したほうがましだなって思うもん。
 女性と男性でも翻訳の仕方違うよね。
 でもこんなに難しい本を原語で読むのって大変じゃない?」

「明治の日本の軍人や政治家は、当時まだ翻訳されていない書物を
 欧州から取り寄せ、自分で辞書を引きながら解読していったそうです。
 そのペースだと一冊読むのに一年は普通にかかります。
 しかし読み終わる頃にはかなりの理解力がついている。
 本来の外国語の学習とはこういうものなのです」

「昔の人ってそんなに頭良かったんだ。苦労しすぎ……」

「ソ連のモスクワ大学外国語学部の訓練をご存知ですか?
 敵対国の言語は訛りを含めて完璧になるまで覚えます。
 言語は反復と記憶力が基本です。彼らの記憶力は、
 一度聞いた潜入先の外国の住所を10秒で丸暗記するほどです」

「ソ連人もすごいね……。そんなすごいの参考にならないよ」

「不真面目な者ではボリシェビキは務まらないということです。
 さて。そろそろお昼ですね。本当は実在庫とPCの理論在庫を
 照らし合わせて在庫管理をする予定だったのですが、
 それはまた今度にしましょう」

「あ、こんなに時間が経ってたんだ」

ミウは高価な腕時計を見ながら言った。
今時の学生はスマホを持つので腕時計は流行らない。
生徒会では腕時計をつけることを奨励されていた。

「ミウさんはご自分の教室で食べますか?
 よろしければ委員会の部屋が空いておりますが。
 ミウさんのお好きな方でどうぞ」

「そんな気取った言い方して。
 本当は私と一緒に食べたいんでしょ?」

「ばれましたか?」

「お昼休みは難しい話をしないならいいよ」

「ご安心を。僕は美しい女性との
 食事を純粋に楽しみたいだけです」

この数日間で綺麗とか、美しいという言葉を何度聞いたことか。
生徒達に恐れられることに慣れていたミウは、簡単に彼の魔法に
かかってしまった。本当はもっと褒めてほしかった。
彼の甘い言葉を聞くと、ふわふわした気持ちになってしまうからだ。



「ナージャ。すまないが席を外してくれ」

面談した時の中央委員会の部屋である。
厳密には組織委員である、ナツキが管理する部屋だ。

ナジェージダは、ナツキに特別扱いされているミウを不愉快そうに
見てから部屋を出ていった。ナジェージダは初対面の時と違い、
ミウに対する態度が日に日に悪くなっていた。

(嫉妬してるのかな?)

女同士だから何となく理由は分かった。だがミウは彼女のことなど
重要ではなかった。今はナツキと一緒にいたくて仕方ない。
ナツキはまたミウと二人きりの状況を作ってくれたのだ。

「飲み物は何が良いですか?」

ナツキは、職務上の後輩にあたるミウのために気を利かせた。
ミウが座る時にイスを引いてくれるし、
階段を降りる時にわざわざ手を差し伸べてくれる。

ミウが髪型を変えたり、小さなオシャレをしたら必ず褒めてくれる。
彼はボリシェビキだが、間違いなく紳士だった。
矛盾しているかもしれない。
そんな彼だからか、どこまでも魅力的に見えてしまうのだった。

「ねえナツキ君。敬語使うと、よそよそしく感じない?
 同い年だし、普通に話そうよ」

「君がそう言ってくれるなら、そうしよう。ミウ」

名前を呼ばれただけで、ドキッとしてしまった。
本当に彼の声は素敵だった。

「君が生徒会に入ってくれて本当に助かっている。ありがとう」

「またそんなこと言って。お世辞でしょ?」

「僕は嘘を言わない主義だ。
 できるなら、君にずっとここにいてほしい」

彼は大胆にも、テーブルの上のミウの手を握った。
真剣な瞳でまっすぐ見つめられると、
ミウは真っ赤になって何も言えなくなってしまう。

認めたくないが、彼に恋をしてしまっていた。
これではマリーに夢中だった太盛のことを責められない。
そう自嘲しながらナツキと熱い視線を交わし続けたのだった。


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