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作品名:『学園生活』  ミウの物語 作者:なおちー

第18回   18
「今後、一般生徒との接触を禁ずる。携帯電話も没収する」

翌日。カナは三号室の入り口で執行委員に
手錠を外され、部屋にぶち込まれた。

まず驚いたのが、普通の教室と同じ広さのこと。
そしてあまりにも殺風景なこと。
彼女の想像していた拷問器具は見当たらない。

部屋の中央に太盛と、見知らぬ男子の先輩が着席している。
二人はうつむいており、会話はない。
空いた席が一つあるので、そこにカナは腰かけた。

「ちょっと。私たちはここで何をすればいいの?」

その声で死人のように脱力していた太盛がカナのほうを向いた。

「おまえは……同じクラスの小倉か?」

「そーだよ。クラスメイトの顔忘れんなし」

「忘れてたわけじゃないよ。ここにずっといると誰を見ても
 驚かなくなっちまうんだ。ここで人のぬくもりを感じることは
 まったくない。俺から人間らしい感情がどんどん失われていくのが分かるんだ」

朝のHRも時間割もない。友達との雑談もない。
まさしく学校とは呼べない異質な空間であった。

時計が朝の九時を指した。

太盛ともう一人の先輩は床の上で正座を始めた。

「何してるの?」

「反省の意味を込めての正座だよ。朝十時までこの姿勢でいないと
 怒られるんだ。小倉も早く座れよ」

「ただ座っていればいいのね?」

「ああ。だが楽じゃないぞ?」

「体は鍛えてる方だから、多分平気よ」

ちゃっかりと太盛の隣に座り込んだカナ。

太盛は密かに女子から人気があり、彼に近づきたいと
思っている女子はそれなりにいた。カナもきっかけさえあれば
太盛と話がしてみたかったが、今までお邪魔虫のエリカ嬢がいたから
その機会はなかった。

(この教室、ずっと静かだ。誰も入ってこないのね)

監視カメラは天井の四隅に付けられている。これは一般の教室と同じだ。
黒板の代わりに巨大なモニター。両脇にスタンド付きの小型スピーカーがある。

カナは何度も足を崩しそうになったが、頑張って耐えた。
じっとしていて足がしびれる感じは慣れなかった。太盛のように
正座のまま居眠りしてしまえば楽なのだろうが、初日から
そんな無茶はできない。

「十時になったぞ」

太盛は大きな伸びをしてからトイレに行った。収容所では一時間ごとに
休憩時間が設けられている。時間は一般生徒とずらされていた。
ここは職員室の隣なので、太盛は職員用のトイレを使うよう指示されていた。
もちろん教師と会ったとしても会話することは許されない。

「次は何するの?」

「PCで諜報活動の練習だよ」

「ちょうほう、ってなに?」

「スパイ活動のことさ。全校生徒のLINEチェックをするぞ」

生徒会は全ての生徒のスマホ、携帯にスパイウェアを送り込んでおり、
彼らのSNSでのやり取りはリアルタイムで監視できる。
太盛が操作している端末は、そのために用意されていた。

「じゃあ、私が今まで友達とメールしてるのも
 全部見られてたってこと?」

「そういうことだな。生徒会ってすごいよな。全校生徒から教員まで
 全ての学校関係者の個人情報を押さえている。家庭の資産状況から、
 家族で旅行する計画、買い物をするルートまで全部把握できるんだよ」

話についていけなくなっているカナに太盛が一台のノートPCを差し出した。

「これはお前の分だ。新しい囚人が来るって、昨日の夕方に
 連絡があって支給されたんだ。大切にしろよ?」

カナはPCにうといので太盛に一から操作を教えてもらうことにした。
太盛は元クラス委員のためか、説明の仕方がうまい。

「生徒がラインするのはだいたい夜遅い時間だな。
 昨夜のデータ一覧をここで表示して、怪しそうなワードを
 選んで検索にかける。女子はメール好きだからけっこう引っかかるぞ」

「先生も気を付けろ。世間に学校の悪いうわさをばらまいている
 可能性がある。先生たちが怪しい動きを見せていたら
 衛星から監視したほうが良い。先週脱走しようとして捕まった人がいたよ」

「衛星画像を見る時は、ここをクリックして拡大するんだ。
 ターゲットが怪しい動きをしていたら、ここの通報ボタンをクリックしろ」

太盛は初日だからそれほど期待していなかったが、
カナは必死で覚えようとしている。太盛は彼女の熱心さに感心していたが、
マウスを動かす彼女の腕にあざがあるのに気づいた。

「おまえ、ケガしてるのか?」

「ああこれ? 昨日取り押さえられた時に
 バカ力で握られたから、内出血しちゃった」

「痛そうだな。はれてるじゃないか」

「こんなの何もしなくてもすぐ治るって」

「そういうわけにはいかないよ。ちょっと待ってろ」

太盛はロッカーからシップを持ってきてくれた。

「つめたっ」

「すぐ慣れるさ」

「うん。ありがと……」

カナの頬が赤く染まった。教室で制裁場面を見たばかりで
心がすさんでいたこともあり、人の優しさが心に染みる。
前から気になっていた男子に優しくされたものだから、
ますます意識してしまう。

一人で黙々とPCを操作していた先輩は、一瞬だけ太盛達を見た後、
また画面に視線を戻してしまった。

(二人だけで話してると先輩に悪いかな?)
(あの人はおとなしいから何も言ってこない。気にするな)

小声でやり取りする二人。教室に三人しかいないので
コソコソする意味がないのだが。

太盛は間近で彼女を観察した。

カナは日焼けした健康的な肌が特徴である。
長い黒髪を後ろで束ねていて、色っぽいうなじが見えている。
細身で背筋が伸びているから、
実身長の158センチよりずいぶん高く感じさせる。

太盛は彼女と初めて話したようなものだから、
カナが教室で暴れまわるほどの戦闘力を持つことは知らない。
野球部のみんなのために働く熱心なマネージャーだという
噂しか聞いてない。

(俺、久しぶりに女子と話ができてうれしいかも。
 小倉と話す機会って全然なかったもんな)

(いつもエリカお嬢がいつも堀にべったりだったからね。
 そのあとはミウさんか)

(同じ収容所仲間だから、俺のことは太盛でいい)
(じゃあ、あたしのこともカナでいいよ)

奇妙な運命の出会いだった。
収容所内で不思議な関係が生まれようとしていた。
社内恋愛ならぬ、収容所内恋愛である。


午前中の諜報活動により、昨夜、Twitterで生徒会の
悪口を書いていた女子生徒三人を特定した太盛。
太盛はその文面を印刷し、報告書をまとめて生徒会に送った。
三人は一週間以内に呼び出しを食らうことになるだろう。

少しずつではあるが、生徒たちはSNSのやり取りを
監視されていることに気づきつつあったので、
反乱分子を見つけるのが難しくなってきた。

チャイムが鳴る。お昼休みになったのだ。

太盛は自分の机にお弁当箱を広げる。
彼は中等部の時からずっとこの弁当である。
元帝国ホテルのシェフの後藤の手作りである。

だし巻き卵を口に運ぶ。
精神的な消耗が激しい日々を送っているので
料理の味が分からなくなってきた。
口に入れた瞬間に濃厚な味が広がるが、
すぐに何も感じなくなる。

カナも同じようにお弁当を広げていた。
初めての収容所での食事なので彼女も味など分からない。

左からカナ、太盛、先輩の順で横一列に席が並んでいる。
カナは、なかなか食事を始めようとしない先輩が気になった。
彼は缶コーヒーをのんびり飲んでいる。

「先輩はお弁当を忘れたんですか?」

「……いつも食べない」

「えっ」

「……腹、すかないから」

「コーヒーだけで夕方まで持ちます?」

「……大丈夫」

先輩は変わり者だった。背丈は小柄な太盛よりさらに小さい。
不良っぽい外見なのは、ジャニーズみたいな髪型とピアス、
胸元から見える派手な入れ墨のためだ。

話をしてみると声は小さいし、先輩風を吹かせて
威張ることもない。いかにも草食系男子といった感じだ。
中学生並みの童顔でがりがりにやせている。

「私の名前は小倉カナです。二年一組です。先輩は?」

「松本イツキ。三年八組」

「八組は芸術科コースですよね。吹奏楽部とかですか?」

「うん」

「楽器は何をされてたんですか?」

「トロンボーン」

「そうなんですか」

「うん」

これで会話が終わってしまう。

「……松本先輩はどうしてここに収容されたんですか?」

直球過ぎる質問をイツキは嫌った。彼は極度の人見知りなのだ。
めったなことでは初対面の人間に自分の事情を話すことはしない。

「色々あった」

とだけ言い残し、廊下へ出ていってしまった。
缶コーヒーのお代わりを買いに行くという。

(無表情だったけど、怒ってたのかな……?)

カナは気を取り直し、太盛と話すことにした。
太盛はもくもくと箸を運び、修行僧のように食事をしているが、
カナは活発な少女なので黙っているのを嫌う。

「あんたの、お弁当。すごい豪華ね。クラスの評判通りじゃない」

「ああ……」

「太盛。顔暗いよ? 元気出しなさいよ」

「せっかく後藤さんに作ってもらってるのに、日に日に食欲が
 なくなっていくんだ。それが申し訳なくて、余計落ち込んじゃうんだ」

「食べないと余計落ち込んじゃうわよ」

「よかったら少し手伝ってくれ」

「いいの?」

唐揚げ、マグロの竜田揚げなど栄養の有りそうなものを
カナは頂戴した。

「わ……うまっ」

肉の感触が柔らかく、口の中で溶けていくようだった。
さりげなくスパイスも効いていて、
残暑厳しい時期でも食欲をそそる。

太盛の弁当は筒型の容器に収められている、三段式の大容量タイプだ。
それぞれごはん、おかず、スープの段に分かれて入っている。
太盛の机の上は、高級食材を使った豪華な料理が並んでいた。

「このタルタルソースも手作りなんでしょ?
 今まで食べていたのと全然違う」

「うちのシェフが作ってくれてるんだ。元プロだよ」

「あんた、毎日こんなおいしいものを食べていたのね。
 学生の食べる弁当のレベルじゃないわよ。
 収容所にいるの忘れちゃいそうじゃない」

「はは……ありがと。あとでシェフに伝えておくよ。きっと喜ぶ」

「家でもこんなにおいしいのばっかり食べてるの?」

「まあね」

「さすが金持ち。お父さんが会社の経営者なんでしょ?
 いーなー」

「父は普通のサラリーマンだよ。
 それに俺はここでは囚人だから最下層の人間だ」

太盛は適度に保温されているコンソメスープに口をつけた。
暑い時期こそ暖かい飲み物を飲んだほうが健康には良いのだ。
これから秋を迎えればスープは必須になる。

父のことはともかく、後藤の料理の味を褒められて
太盛は久しぶりにうれしい気持ちになった。収容所生活を始めて15日。

太盛の数日遅れで入ってきた松本先輩は、孤独と静寂を愛する男で
話し相手にはならなかった。太盛は彼と一分以上会話が続いたことはない。
その代わり文句も言ってこないので喧嘩にもならない。気楽といえば気楽だった。

松本イツキは昼休みが終わる頃になると戻って来た。

「今日はどこへ行ってたんですか?」 

「……ちょっとその辺を歩いてた」

太盛が聞くと、いつもこのような調子である。
他者との接触を極度に制限されている三号室の人には
自由に歩ける場所などほとんどないはずなのだが。

「中庭を歩いて気分転換している」と松本は言う。

九月は日中の最高気温は30度を超える日が多い。
炎天下の中歩いて気分転換になるのだろうかと太盛は思った。

「カナ。午後は十三時に校庭に集合だぞ」

「十三時?」

「午後の一時って意味だ。
 ここではそういう言い方をするんだよ」

「なんか会社みたいね」

「他には13:00(ヒトサン、マルマル)って言うこともあるけど。
 軍隊用語だな」

「ああ、シ〇ゴジラでそういう言い方してた」

「あの映画、面白いよな。俺的に久々のヒット作だった」

校庭のグラウンド近くに何代ものトラックが並んでいた。
荷台部分の広い軍用トラックである。

二号室のメンバーが太盛達より早く到着していて、
次々にトラックの荷台に乗っていく。
一台のトラックに15名から20名を乗せられる。

二号室のメンバーは思ったよりも数が多く、
全部で50人はいるかと思われた。
彼らは作業服に囚人バッジをつけているから、
それで二号室の収容者と分かるのだ。

彼らを満載したトラック三台が、校門を出発していった。

「あの人たちはどこに行くの?」

「今週は山の週だから、学校から一番近い山のキャンプ場だよ。
 重い荷物を持って山登りをさせられるんだ」

太盛達も作業服に着替え、一台のトラックの荷台に揺られた。
乗車時は手錠され、執行部員が同伴しているので自由はない。
一緒に乗っている松本先輩は、太盛達の会話には加わらず、
飽きもせず外の景色を眺めていた。強い日差しを浴びて汗ばんでいる。

トラックが大きくカーブした山道を登る。
山の中腹の駐車場に着いた。
ここはキャンプと山登りを兼ねた観光地である。

軽食同と休憩場所を兼ねたレストハウス。
屋外のトイレ。自動販売機。

キャンパーたちのために開かれた芝生のキャンプサイト。
そして山登りの人用の山道。ここを登れば頂上まで行ける。
頂上まで行くのに一時間もあれば登れる低山だった。

太盛達に命じられたのは、キャンプサイトにタープを立てることだった。
タープとは、日よけのことである。この暑い時期は密閉性の高い
テントよりも開放的なタープの方が好まれる。

折り畳みのタープをトラックから降ろし、
ペグ(ハンマー)を打って柱を地面に固定。
風に備えてロープを伸ばしてこれもペグで打つ。

これだけの作業でも真昼の炎天下なので汗が止まらない。
支給されたばかりのカナの作業着(囚人服)は汗ばんで大変だった。

そんな感じでタープテントを何台も作った。
ここは生徒会役員の人達のために用意された場所だ。
彼らはここで囚人たちを管理、監視するのが仕事なのだ。

松本が簡易テーブルとイスを運んできて、テントの下に並べていく。
給水用の大型ポットと紙コップを並べ、まるで運動会の来賓席のようだ。

「隊列を組め。行進開始!!」

二号室の囚人達は、一列になって山道を登り始めた。
一クラス分以上の人数なので大行進である。

彼らは16キロもあるザックを背負っていた。
他に帽子、汗ふきタオル、運動靴が支給されている。
足の負担を抑えるために登山靴とトレッキングポールが
欲しいところだが、贅沢が言える立場ではない。

彼らは山の頂上へ行った後、夕方までにここに
戻ってくることを強制される。

九月の中旬。今日の最高気温は31度。湿度75パーセントだった。

16キロのリュックの重さがひざと肩にのしかかり、
倒れないようにバランスをとるだけで大変なレベルだった。
それにむし暑さと渇きが追い打ちをかける。

「なにをしているか、貴様っ!!」

「ぐあっ」

列を乱そうとした者、途中で休憩しようとする者は
容赦なく警棒で殴られる。運動部の生徒ならともかく、
文化部の生徒には辛かった。
今殴られたのは松本と同じ吹奏楽部のクラリネット奏者だった。
暑くてめまいがしたので座り込んでしまったのだ。

「分かった……立ち上がるから殴らないでくれ!!」

クラリネット奏者はふらふらと立ち上がるが、
ザックの重さが負担になり、後ろに倒れてしまう。

そこへ執行部員がさらに追撃をかける。
クラリネット奏者のわき腹を蹴り上げ、
警棒で滅茶苦茶に殴りつける。

クラリネット奏者は恐ろしさのあまり執行部員の
足にしがみつき、土下座のようなポーズを
したが許してもらえなかった。

他の生徒達は見て見ぬふりをして進むしかなかった。
嫌でも彼の悲鳴が耳に入ってきて心がおかしくなりそうだった。
肩に食い込むザック。容赦なく吸い付いてくる蚊の集団。
気力だけで足を前に運んだ。

「おい、そこのデブ。誰が休んでいいと言った?」

「い、いやだ……」

「あ?」

「こんな北朝鮮みたいなの、もういやだあああああ!!」

よく肥えた男子の囚人が脱走を始めた。
彼は横道にそれ、どんどん山道から遠ざかっていく。

「三号室の堀、小倉!! 
 直ちに脱走した囚人を捕まえに行け!!
 もし逃がしたら貴様たちも極刑だ!!」

これが太盛達の仕事だった。太盛達はなぜか山登りは
免除されていて、その代わりテント設営、雑用、監視業務を
手伝うなど、どちらかというと生徒会側の仕事が多かった。

「待てえええ!!」

「だああああああああああああああああ!!」

デブは速い。彼が走っているのは獣道だ。
道なき道にも関わらず勢いが止まることはない。

彼は太盛とカナをまくために、木々の間をぬうように進んでいく。
テレビで熊から逃げために推奨されるあの逃げ方だ。
太盛達は途中で彼の背中を何度も見失いそうになった。

デブにとって致命的だったのは、持久力がなかったことだ。
カナは瞬時にして山の中の走り方を学習してスピードを上げる。
太盛は彼女の俊足ぶりに驚愕した。陸上部並みの運動神経だ。

カナが後ろからデブに襲い掛かる。

「ごふっ」

彼はボディに強力なフックを食らった。
わき腹を押さえなら震え、しゃがみこむ。

「ぐおぉ……力いっぱい殴りやがって……」

前のめりになるデブ。たった一撃だが、
内臓の奥まで浸透するほどの痛みだった。

太盛はデブの足をつかみ、ずるずると引きずった。
開けた場所へデブを案内すると、
逆手に持った警棒をまっすぐ下に降ろした。

デブはよく暴れた。そのせいで肩を狙ったはずの一撃が、
頭部に直撃してしまい、出血した。

「うわあああああああああ!! いたいいいい!!
 頭が割れそうに痛いよおおお!!」

まな板の上に乗せられたウナギのようにじたばたと
地面の上を行ったり来たりする。
凶器が彼の肌をごりごりと削いでしまったのだ。

太盛はサッカーのPKをするように助走をつけ、
彼のお腹を何度も蹴り上げた。
悲鳴。絶叫。激しくせき込み、地面に唾を吐き散らした。

デブは木の根元でうずくまり、警棒で殴られた頭の出血箇所を
タオルで押さえていた。

「ねえ太盛。もうやめようよ」

「まだ足りないよ。こいつはまだしゃべる元気があるじゃないか」

「え……でもこれ以上やったらこいつ死ぬかもしれないよ?」

「脱走者を無事な状態で連れ戻したら怒られるぞ。
 反抗した者には情け容赦は無用だ。徹底的に痛めつけないと、
 俺たちが職務怠慢でスパイ容疑がかけられる」

「そんな…」

「何も考えるな。俺たちは仕事をこなすために
 人間らしい感情を殺さないといけないんだ」

「太盛。私はね……罪のない人を…」

「俺だって最初は同じ気持ちだった。だが考えてみてくれ。
 俺たちは三号室の囚人だ。生徒会の皆さんの言うことに
 従わないと明日も分からない身だ。私情を挟むことは許されない」

「これが、私たちが生きていくためにしないといけないこと……?」

「カナ。すまないが俺と同じ道を歩んでくれ」

初めて男性に抱きしめられたカナは、
心臓のドキドキが止まらなくなった。

太盛はカナの同級生だけど収容所では先輩だった。
彼に着いて行かなければ、何をすればいいのかも分からない。
彼とカナは一蓮托生。そういう運命。

「泣くな。おまえには俺がいる」

「うん……」

だから断れなかった。

太盛は無心でデブに殴りかかった。
カナも後ろからデブを押さえつける。

ゴッ、ゴッ、と鈍い音が響き渡った。

いつまでこの苦痛が続くのか。
折れた歯が宙に舞う。
鈍い痛みが残る右腕はもう折れているかもしれない。
自分がどこかで罪を犯したからこんな目に合うのか。

彼は熱心なキリスト教徒だった。
青空を見上げ、聖母マリア様のことをおもった。

「あぁ……あぁ……あ……。もう、ころせよぉ……」

「これだけ痛めつければ大丈夫だろう。
 こいつを本部(テントサイト)まで運ぶぞ」

デブは巨体を引きずられている間、
太盛のことを恨みのこもった目で見ていた。


舞台が変わって山道である。
登山中の2号室のメンバーは、
一人、また一人と行き倒れになっていた。

後ろを進む人は、倒れた人をまたいで先へ進んだ。
進むペースは先頭の集団に合わせなければならない。
先頭には意図的に体力の優れた者が選ばれていたから、
後続の人は着いて行くので精いっぱいだ。

熱中症や疲労により、多くの生徒が途中で脱落した。
水分補給は一時間に一度と決められていたから、次々に倒れる。

倒れた人はそのまま放置される。
泥と汗で汚れた彼らの身体に追い打ちをかけるのは、山の虫だった。

「殺人ダニ」と呼ばれるマダニ。大型の吸血性のマダニは、
  人を刺して様々なウイルスと細菌を媒介させる。
  国内では感染症で死亡した例がある。

「ブヨ」は、羽音がしない性質のために、気が付いたら刺されている
  場合が多い。ブヨは人間の皮膚をかみちぎり吸血する。
  患部は大きくはれ上がる。

「ハチ」の恐ろしさは今更説明するまでもない。
  この山ではアシナガバチ、スズメバチがメインである。

これらは生命力が極めて高く、長袖長ズボン、首巻きタオル等
で防御しても、衣服のわずかな隙間をぬって侵入する。
服の上からでも平気で刺してくる。

この山は、囚人たちを懲らしめるための
あらゆる条件がそろっていた。

しかしこんな状況でも生き延びる人はいるのである。
地獄の登山は16時まで続行されたが、奇跡にも
最後まで無事だった生徒が四人もいた。

つまり彼ら以外の生徒は全滅したのだ。

「Это здорово!!
 Вы, ребята, быстро!!」
(素晴らしい。お前たちは早くクラスに戻れるぞ)

執行部員に称えられる四名。屈強な肉体をした運動部員たちだ。
4人のうち半分は陸上部員だった。みな脱水症状寸前で
頬がこけており、褒められても何の気休めにもなっていない。

少しで良いから飲み物を分けてくれ。その言葉が喉元まで
出ていたが、下手にわがままを言って虐待されるのを恐れていた。

「ハラショー!! ヤポンスキー!!」(日本人もやるじゃないか)

ロシア系移民が交じる執行部員達が集まってきて、
拍手喝さいを浴びせる。
その中にテントサイトで涼しい思いをしていた、
中央委員会の生徒までやってきて満足そうに笑った。

「Пей быстро!!」

「Ты можешь пить столько,
сколько захочешь!!」

「Я буду чтить поколение моего внука!!」

中央委員会の人達は好んでロシア語を話すので何を言っているのか
四人には分からない。山中に響き渡るほどのすごい声量だ。
長母音と巻き舌が特徴の言語なので歌っているように聞こえた。

露語で四人の英雄たちにたくさんのアクエリアスを
持ってくるように部下に指示をしていたのだ。
彼らの強靭さを孫の代まで称えようとも言っている。

共産主義者たちは反対主義者を抑圧する一方、
ノルマをこなす者には寛大だった。

この四名は二度と生徒会に敵対しないことを誓わされたうえで、
収容所生活からの解放を約束された。通常の授業に戻れるのである。
狂喜乱舞したいほど喜ぶ四名だが、道中で行き倒れている二号室の人達に
悪いので胸の中に気持ちを収めた。

実はただの解放ではなかった。中央委員会の推薦により、
この四人は生徒会に無理やり編入された。来週から彼らは
執行部員として虐待する側に回るのだ。

「この状態で坂道を降りるのはきついっ……」

太盛達にはまだ仕事があった。山のいたるところで倒れている生徒達を
タンカに乗せ、駐車場まで運ばないといけないのだ。駐車場まで
結構な距離がある上に、足元がふらついて転びそうになる。

夕方でも気温がほとんど下がらず、湿度もある。
太盛はカナと二人で組んでタンカ係をした。
前が太盛、後ろ側がカナといった具合である。

カナは慣れないため、太盛は温室育ちのため、すごい重労働だった。

「おいっ!! ゆらすんじゃねえ!! 
 あと少しで落ちるところだったろうが!!」

中には文句を言う生徒もいる。タンカに人を乗せて
坂道を降りるのは非常に困難な作業である。

「てめえらは三号室の囚人のくせに、山登りしねえで
 生徒会のみなさんの手伝いしかしてねえじゃねえか、きたねえぞ!!」

行き倒れてる男の一人が吠える。

それはカナも疑問に思っていることだった。普通に考えれば
三号室の囚人こそもっとも過酷な罰を受けるはずなのに。
太盛は彼らの文句は聞き流してさっさと運ぶことだけを考えた。

「うぅぅ……うごけねえ……頼む。誰か……病院まで運んでくれ……。
  体中が変な虫に刺されて焼けるように痛い……」

「くすり、塗りますか?」

「ああ、頼む……」

松本先輩がしゃがみこみ、筋骨たくましい男に軟膏を塗ってあげていた。
その男はなんと物語の冒頭で登場した世界史の教師だった。

彼は一学年にも世界史を教えている。
一年二組のマリーが可愛かったのでファンクラブから
写真を購入したのが生徒会にばれてしまい、
ただそれだけの理由で二号室行きになった。

くわしい経緯は誰にも知らされていない。


「タンカをここに降ろすぞ? せーの」 「はいっ」

太盛とカナがチームワークを発揮していた。
初対面の時から相性がばっちりだったので、ほぼカップルである。
共産主義的な表現では収容所カップルだ。

駐車場に並べられたタンカの数は、すでに20を超える。
太盛とカナは空になったタンカを手に、また山道を登っていく。
首に巻いたタオルは汗でびっしょりになっていた。
カナの長い髪が肌に張り付いて不快そうだ。

「先輩たち、お疲れ様です!!」

すれ違った一年生の囚人がさわやかに挨拶してきた。
彼は一号室(軽犯罪)の人で、太盛達と同じくタンカ係をしている。
将来有望の野球部員で、守備位置はショート。
五分刈りの頭。精悍な顔つきをしている。

「堀さん。汗すごいっすよ? 最後までもちそうっすか?」

「実はけっこうやばい……。アクエリアスの予備、残ってるか?」

「キンキンに冷えてるのがありますよ。
 昼まで冷凍してたのを持ってきたんで、飲みやすいと思いますよ」

「すまないね。俺みたいな三号室の落ちこぼれにまで
 貴重な飲み物を分けてもらってさ」

「俺たちは囚人仲間っすから、何号室とかは関係ないです。
 一緒に力を合わせて頑張りましょう!!」

太盛は彼の優しさに汗と一緒に涙がこぼれた。
口に含んだアクエリアスのペットボトルをカナにも渡した。

「あっ……? 堀さんの隣にいるのは、もしかしてカナ先輩っすか?」

「あんたはトモハルだよね? カーキ色の作業服来てるから分からなかった」

「うちのマネージャーがなんでこんな山の中にいるんすか!!」

「それはこっちのセリフよ!! 超真面目で文武両道のあんたが
 なんで収容所送りになってんの!! そのバッジは一号室ね?」

「そういうカナさんは三号室……!? あなたほどの聖人がなぜ!?
 うちの部の先輩たちが知ったら嘆き悲しみますよ」

「話すと長いんだけどね、クラスで色々あったのよ」

「俺は……友達が二人こっちに送られて、連帯責任で俺も逮捕されました。
 なんかよく分からないけど、スパイ容疑ってことらしいっす」

「そ、そう……。お互い苦労するわね。でもあんたに会えてうれしいよ」

「俺もっすよ。知り合いが一人でもいると、すげえうれしいんすよね。
 安心するっていうか」

このやり取りでカナが後輩の男子から慕われているのがよく伝わった。
太盛は彼との再会を喜ぶカナの横顔を目に焼き付けた。

マネージャーは簡単な仕事ではない。寮生活をする部員のために
料理の支度はもちろん、用具の準備、手入れ。ユニフォームの洗濯。
およそ雑用はすべてこなす。この学園の野球部は大規模なので
カナの他にマネージャーが二人いた。

最前線で活躍する男たちを裏方で支えるのがカナ達だ。
カナは小学生の時から中学二年まで軟式野球部を続け、
一時は野球から遠ざかったが、やはり野球への情熱を諦めきれなかった。
高校進学と同時に男子達を支える側に回り、精力的に活動した。

奥さん、という言葉がこれほど似合う女子高生はいないだろう。
彼女らは模範的なマネージャーとして雑誌の取材を受けたことがあるほどだ。

カナと会えてうれしいのは後輩だけではない。太盛も同じだった。
太盛はこの日からますますカナのことを気に入ってしまうのだった。



二年一組の昼下がりであった。

「もうすぐC棟に新しい校舎が完成するんだね」

「そ、そうだねミウさん」

「工事の音うるさくて困るよ。ドリルのガガガガって音。
 私すごい苦手。授業中の先生の声聞こえないんだけど」

「全くだね!! はは……!!」

「ねえ。マサヤ君ってさ」

「な、なんだ?」

「さっきから私におびえてない? 話し方が片言なんだけど」

「バカな。俺はこれでも生徒会役員だ。
 一般生徒の君にび……びびってるわけないじゃないか」

ミウは小さく鼻を鳴らし、教室内を見回した。
談笑中の生徒達は、ミウと視線が合うとうつむいてしまう。
実に気まずそうだ。 

マサヤもミウに話しかけられると対応はしてくれるが、
必要以上に距離を取って、顔が引きつっている。
他の生徒はミウの半径三メートル以上に近づいてこない。

「ねえ井上さん」 

「はひ!?」 

「はひって何よ。次の授業はなんだっけ?」

「英語でございます!! 英語の小テストをするそうです!!」

「なんで私に敬語使うの?
 先週までみうちゃんって呼んでたのに」

「ミウ様に敬語を使うのは当然でございますわ!!
 前回大変失礼なことをしてしまいましたから、
 今後はミウ様と呼ばせていただきたいのです!!」

この井上という少女は、前回マサヤと一緒に副会長に
説教された人だ。彼女が物語の一番最初のシーンで登場したことを
述べるのはこれで二度目である(どうでもいい)

彼女はミウを恐れるあまり下僕となってしまった。
他のクラスメイトも似たようなものである。

英語の小テストが始まった。ミウはネイティブなのに
分からない問題があった。隣の人と回答用紙を
交換して答え合わせをする。ミウの隣は男子だった。

不思議なことに返ってきた答案には、ミウが空欄にした
はずの解答欄にしっかり英文が書かれており、
〇が付けられている。ミウは満点だった。

ミウが件の男子を問い詰めようとしたが、
彼が異常におびえていたのでやめることにした。

こうしてミウの機嫌を取りながら過ごすのが
二年一組では普通のことなのだった。

名前はミウさん、もしくはミウ様と呼ばれる。
ミウが下の名前で呼ばれるのを好むことを
誰かがこっそり教えたからだ。

前回ミウに拷問された女子は例の総合病院に入院した。
短時間に強烈なストレスを感じたせいで精神が狂ってしまい、
再起不能の状態である。

ミウは会長のお気に入り。
少しでもミウの怒りを買ってしまったら、自分たちも
彼女の二の舞になるのではないかと、全員が恐怖していた。

さらに前回のクラス会議では、あと一歩間違えれば
クラス全員が収容所行きになるところだった

「本日は以上です。部活などの用のない人は速やかに帰宅しましょう」

帰りのHRが終わった後も異常だった。ミウの邪魔をしないようにと、
ミウが席を立つまで全員が着席したままなのである。
定時帰りをさせない会社のオフィス状態だ。

ミウは学生カバンを肩にかけ、静かな教室をあとにした。
ここまで恐縮されると気持ちのいいものではない。

「あっ…!!」

「え?」

廊下に出たところで、歩いてきた女子の集団とぶつかってしまった。
女子の一人が持っていた紙コップの
コーヒーがこぼれ、ミウにかかってしまった。

「ミ、ミウ様!! 申し訳ありません!!」

以前ミウをからかっていた、隣のクラスのギャルっぽい人だ。
女子集団のリーダー格で太盛の悪口を言っていたのだ。

ミウは黙ってスカートの汚れ具合を確認していた。
ハンカチとティッシュで拭き取ったが、完璧には落ちない。
よく見ると靴下と上履きまで濡れていた。

連帯責任を感じた女子四人が一斉に頭を下げるが、
ミウは不快そうな顔をして黙っていた。
今は彼女らのことより、クリーニングに出す手間と
制服の予備が家のどこにあったかが気になっているのだ。

ギャル達はミウが激怒してるものだと思い、パニックになった。
一人が土下座を始めると、他の人も続いた。
ミウの靴の裏を舐めるほどの勢いである。

「大変申し訳ありませんでした!! 私どもは話をするのに夢中で
 前方不注意でした!! どんな罰でもお受けする覚悟でございます!!」

ボリシェビキは、自らの罪を認めない者には一番厳しい拷問をする。
彼女たちはそれを知っているから素直に謝っているのだ。

「顔を上げてよ」

「は、はいっ!!」

「このくらいの汚れでそこまで謝らなくていいよ。
 制服は家に予備があるし、靴下は新しいの注文すればいいんだから」

「ゆるしていただけるのですか……?」

「うん。別に大したことじゃないもん。
 それより廊下で土下座するのやめてよ。
私が無理やりさせてるみたいに思われちゃう」

女子達は一斉立ち上がり、壁際に整列した。
別に並ぶ必要はないのだが。

ミウは複雑な気持ちで彼女らの横を通り過ぎようとした。
しかし、思い直して『ねえ』と声をかけた。

「昔のこと蒸し返すようで悪いけど、
あなた達、太盛君のこと悪く言っていたよね?」

ミウの顔は険しい。

「太盛君は収容所行きになったから人生終わってるとか、
 私のことは遊びだったとか。好き放題言ってたよね?」

「そ……それは」

「言ってたかって聞いてるんだよ!!」

「はいぃぃぃい!! 言いました!! 確かに言いましたぁぁ!!!」

何の騒ぎかと、一組と二組の生徒達が教室から身を乗り出して
様子をうかがっていた。

「太盛君だって好きで収容所行きになったわけじゃないんだよ?
 彼の家族思いで優しいところとか、何も知らないくせに
 勝手なこと言わないで。私のことを悪く言うのは良いよ。なれてるから」

「でもね。彼のこと悪く言うのは許せない。たとえ相手が誰だろうと許せない。
 収容所行きになったから人生終わってる? 明日は我が身だよ。
 あなた達は、自分は収容所行きにならないとでも思ってるの?」

「とんでもありませんっ」

「次から私の彼の悪口を言ったら許さないから。
 分かった?」

「はひいい!!」

「本当に分かった!?」

「はい!! ミウさまああ!!」

「じゃあ他の人達にも伝えておいてね?
 私はこれで帰るから」

「かしこまりました!! お疲れさまでした!!」

ミウは自分が本当に辛かった時に嫌がらせをしてきた
彼女たちにちょっとした仕返しをしたのだ。自分に変な権力が
ついてしまったので利用したまでのこと。

周りからは嫌な女だと思われるかもしれないが、
太盛の名誉が守られるのならこれでよかった。


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