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作品名:『学園生活』  ミウの物語 作者:なおちー

第17回   マルクス・レーニン主義的世界観
今日も二年一組に太盛の姿はない。
彼の机の上には嫌がらせなのか、菊の花と花瓶が置かれている。

「こんな小学生みたいなことをしたのは誰!?」

ミウが聞き迫る勢いで怒鳴った。朝一番の出来事である。

ミウはクラスメイト達をにらみ、犯人探しをするが
誰もミウと視線を合わせようとしない。

太盛が収容所行きになってから一週間が経過した。
クラスでは彼はもういないものになりつつあった。
その認識に拍車をかけたのが朝のHRである。

「現在男子のクラス委員の席が空いています。
 私は臨時のクラス委員にマサヤ君を指名しようと思います」

担任の女教師は不自然なしゃべり方をしていた。

「生徒会の人達もマサヤ君を推薦しているそうです。ですから今すぐ
 クラス内投票を行おうと思います。方法は簡単です。マサヤ君を
 支持している人は挙手してください。先生は皆さんを信じていますから
 全員が手を挙げてくれると願っています。ちなみに私もマサヤ君に投票します」

担任の一票も含まれている。清き一票である。

ミウもエリカも臨時の委員はマサヤで異存はない。他の生徒も同様。
生徒会の考えに従わなければ、次は自分が収容所行きに
なるかもしれないのだから、無理もない。

担任はさらに話を続ける。

「今学期から、次の生徒会選挙に向けて新しい校則ができました。
 詳しい内容が書かれた回覧を配りますから、廊下側の席から
 順に回していってください」

密告制度が導入されたのだ。反抗的な生徒を教師や生徒会へ
通報する恐るべきシステムである。通報できる対象は教員まで含まれている。
つまり生徒が教師を密告することも可能なのだ。もちろん男女の区別はない。
中国共産党並みの相互監視社会である。

「みなさんは理解力のある人達ばかりですから、
 異論反論はありませんよね? というかお願いですから
 反対とかしないでください。私も生活がかかってますので」

「先生!!」

ミウが元気に挙手したので教師を驚かせた。
いったい何を言い出すつもりなのかと他の生徒もかたずを飲んで見守った。

「今朝、太盛君の机の上に花瓶と菊の花が置いてありました!!
 これっていじめですよね!? 密告システムがあるなら、
 犯人を捜すために使うべきだと思います!!」

「はいはい。ちょっと待っててくださいね」

女教師は手元のバインダーをぱらぱらとめくり、
一枚の紙に目を通しながら言った。

「えーっとですね。堀君は反逆分子として収容され、更生中の身です。
 彼からあらゆる権利をはく奪するべきだと私は思っています。
 ですから花瓶の件で犯人探しをする必要はありません」

誰の目から見ても彼女の本心でないことは明らかだ。
彼女の言葉はたどたどしく、終始書類から目を離さなかった。

「皆さんもそう思いませんか?」

担任は血走った目でそう言うものだから、
クラス内は凍り付いてしまった。

この無限に続くような沈黙に耐えきれず、リーダー格のマサヤが
「そうだな」と言うと、他の人も力強く頷き、拍手する人まで現れた。
みんなに共通するのは顔が引きつっていることだ。

『北朝鮮じゃねえんだからよ……』

小さなつぶやき。男子の声だったのは間違いない。
拍手喝さいの教室内で担任は聞き逃さなかった。

「今北朝鮮と言ったのは誰ですか?」

拍手はすぐにおさまった。

「今なら先生怒りませんから、早く手を挙げてください」

もちろん挙げる人はいない。

緊張と共に完全に静まり返る教室。彼のつぶやきを聞いていた生徒全員が、
彼の席を向いて視線を浴びせている。その一角は明らかに不自然であり、
その輪の中心に犯人がいるのは疑いようがない。

つまりこの時点で犯人が誰なのかは明らかなのだが、
教師はあくまで自己申告にこだわった。

「先生は、うそつきは嫌いです。今から一分だけあげますから、
 さっき北朝鮮と言った人はすぐに手を挙げてください。
 特定の国を悪く言うのは偏見であり、差別主義者です。
 もし誰も手を上げなかった場合は、クラス全員を生徒会の人達に
 頼んで取り調べしてもらいますからね」

教師はストップウォッチを起動させ、教室内はパニック寸前になった。
あのエリカでさえ青ざめている。マサヤはみんなの視線が田中という男子に
集中していることに気づいている。クラス全員の命を救うためだと思い、
席を立ったのだった。

「発言します!! みんながあいつを見ています!! 田中です!!
 田中が犯人なのは状況からみて間違いないと思います!!」

「他に証人は?」

「はい?」

「通報する場合は、最低でも四人の承認が必要なの。まずあなたが一人。
 他に三人必要よ。他に田中君の罪を立証できる人はいる?
 もちろん口頭で構わないから」

また、教室に重い沈黙が訪れた。
どうやら通報も密告も簡単なことではないようだ。

「あと三人の証人が現れない場合は、証拠不十分の嘘の通報を
 したということになり、マサヤ君は取り調べの対象になります。
 最低一週間は反省室で過ごすことになりますが、それでもよろしいですか?」

教師は再びストップウォッチのスイッチを押し、
教室の緊張をあおるのだった。先生は無理に厳しい口調で言っているだけで、
早く証人が出て事態が鎮静化することを心の中で祈っていた。

ミウは、純粋にマサヤを救うために挙手した。
続けて男子と女子が一人ずつ手を挙げて証人となった。

「田中君のことは生徒会の同士たちに通報しておきました。
 お昼までに処分が下ると思いますから、それまで学校内を出ないように。
 逃げたりしたら、あなたの家族がどうなるかまで先生は責任を負えないわ。
 分かったわね?」

田中は恐怖のあまり泣きながらうなずいた。彼は軽い気持ちで悪態を
ついただけなのだが、すでに言い訳が許されないことを知っていた。

教室の四隅に監視カメラ。自分たちの机の下にも盗聴器が付けられている。
つまり、証人などいなくても初めから田中の発言は録音されているのだ。

(完全に狂ってる……ここは栃木じゃなくてピョンヤンじゃない……。
 なんとかして太盛君を救い出して転校してやる……)

ミウの願いは簡単にかないそうになかった。

生徒会の権力は県警にまでおよぶ。なぜなら生徒会役員に
左翼政治家の子息が多いからだ。彼らが所属するのは現与党に対抗する、
第二党の政党である。マルクス・レーニン主義を是正とし、
革命によって国家転覆を狙う極めて凶暴な集団である。

たとえば学校でいじめがあったとして、市や教育委員会、警察に
通報しても、逆に通報した側が罪に問われるといった具合だ。
司法に訴えても無駄であり、市民には提訴する権利すらなかった。
それほど行政の独裁は強い。およそ民主主義の国で成り立つことが
この学園周辺では通用しないのだった。

生徒達は小さな共産圏での生活を余儀なくされた。



さらに一週間が立った。太盛は依然として
収容所登校が続いている。登下校のタイミングを
一般生徒とずらしているため、ミウとの接点はない。
さらに太盛は携帯を没収されているのだ。

残暑厳しい夏の日。ミウは今日も学校へ足を運んだ。

『10月から生徒会の新執行部が発足します。学校の風紀を改善するために、
 執行部に入る人を幅広く募集します。あなたも一緒に
 生徒会の最前線で働き、人の役に立つ喜びを共有しましょう』

このような腐った内容が書かれたビラを校内でよく見かけるようになった。
学園中の掲示板に貼ってあるのだ。登校中にこんなものを見たら
ますます明日への希望が失われるというもの。

風紀委員とは生徒を取り締まる実行部隊であり、武装することが
許可されるのである。ミウの一年生のファン達も似たようなものである。

ミウが憂鬱な顔で教室の扉を開ける。

またしても信じられないものが目に入った。
太盛の机の上に遺影が飾ってあったのだ。ご丁寧に白黒写真。
しかも落書きで『遺影が言った、いええええええええい!!』と書かれている。

ミウは遺影を壁に投げつけ、激怒した。

「Bloody hell!!
 こんなことして楽しい……!? 誰がやったの!? 絶対許さないわ!!」

お通夜のように静まり返る教室。ミウの怒気はすさまじく、
無実の生徒達は黙るしかなかった。そんな中、バトン部の
女子が手を挙げた。

「クラスメイトの高野さん。発言してもいい?」 

「どうぞ?」

「今朝、朝練に行くときに怪しい男子達を見たわ。あれは一年生だと思う。
 そこに置いてある遺影を手に持って校庭を歩いていたわ。
 犯人はあの子達で間違いないんじゃない?」

「一年生……?」

「心当たりない? 堀君に恨みを持っているような感じの、オタクっぽい子達」

ミウは合点がいった。太盛が死んだとして喜ぶのは、
ミウのファンクラブの過激派集団である。

「あの危険なガキどもか……。
 今から一年生の校舎に行って説教してくる!!」

すると男子女子達がわさわさと扉の前に集まり、
ミウの行く手を阻むのだった。モンゴルの家畜のようである。
その先頭にいるのはマサヤだ。

「高野さん。もうすぐ朝のHRが始まるから落ち着いて待とうじゃないか」

「邪魔しないで。あいつらは説教しないと分からないんだから」

「ファンクラブへの苦情ならリーダーの飯島(二年)に言えばいい」

「二年生と一年生じゃ全然違う組織だから駄目だよ。
 私から直接一年生たちに言わなくちゃ」

マサヤをどかして、無理やり扉を開けようとしたら、今度は女子に止められた。

「もうよしなよ」

その女の子は物語の冒頭で出て来た、ミウの友人ポジションの子だった。
眼鏡をかけたおとなしそうな子だ。

「みうちゃん、太盛君をことで必死になりすぎ。
 そんなに彼のことが大切?」

「私は太盛君の彼女だよ? 私の気持ちが分かってるくせに
 よくそんなことが言えるね」

「あの人は強制収容所送りになったの。 
 二度と帰ってこないかもしれないじゃない」

「太盛君が二度と帰ってこないなんて誰が決めたの?
 勝手に決めつけるの、やめてよ。本気でムカつくから」

「……どっちにしろ。生徒会に嫌われた太盛君に
 人権はないんだよ。彼の机がイタズラされても
 私たちには関係ない。だから他のみんなはイタズラを
 知らないふりをして通すことにしたの。
 みうちゃん。空気読んでよ」

空気が読めない帰国子女。国に帰れば? 
中学時代にバカにされたことを思い出し、ミウの怒りは頂点に達した。
クラスメイトでミウと太盛の味方をする人はいないようだ。
ならばいっそ、全員を蹴り飛ばして廊下に飛び出てしまおうかとすら思えてしまう。

「怒ってるでしょ?」

ミウは無言で肯定した。

「誤解させちゃったらごめんね。私たちはみうちゃんを恨んでるわけ
 じゃないの。波風立てずに生きたい。平凡に学園生活を終わらせたいだけ。
 この学校は名門校だから、学校の規則に逆らわずに生きれば
 良い大学に推薦で行ける。誰だって平和だけを願ってるんだよ。
 みんな、そうだよね!?」

その女子に対し、他の生徒達も賛同の声を上げる。

「そうだそうだ!!」 
「朝からクラスでもめ事を起こしたら正しくない生徒だと思わるぞ!!」
「堀太盛なんて最初からこのクラスにいなかったんだ!!」
「つーか、なんであんな男と付き合ってんの? 意味わかんないし」
「きっと高野さんも堀君とグルで反生徒会の人間なのよ。スパイね」

ミウは圧倒的な数の差を感じて委縮してしまった。
クラス内で不信感を持たれたら、即通報されてしまうのである。
これが相互監視社会の恐ろしさ。
少数派になるのは、粛清される側に回るのと同じである。

そんな騒ぎの中、担任が不快な顔をしてやってきた。
小顔で大学を卒業したばかりのこの美人は、最近ダテ眼鏡をするようになった。
AVに出てくるエロ女教師のようである。名前は横田リエと言う。

「発言許可を願います!!」

「朝から早速ですか。許可しましょうマサヤ君」

「今朝のクラスのもめごとは、つまるところ高野ミウさんの交際問題についてです。
 彼女は学園の不穏分子である堀太盛と交際を続けておりますが、これが
 不適切であるとクラス中から指摘されています。なぜなら彼女は太盛に必要以上に
 動揺し、クラスの結束を乱そうとしています。現に今朝も我々を混乱させました!!」

「分かったわ。彼の意見に賛成な人は席を立ちなさい。
 多数決により簡易裁判を行うことにするわ」

ミウとエリカ以外の全員が一斉に起立した。
統率のすさまじさは新体操のごとく。
あのエリカでさえ呆気に取られていた。

マサヤは太盛の親友だったはずなのに、完全に生徒会に染まってしまっている。
リーダー格の彼が生徒たちを先導し、共産主義的思考に導いていた。
誰よりも太盛のことを気づかってくれた優しい彼が。

「橘さん。お手数おかけして申し訳ないけど、お兄さんに伝えてくれる?
 話し合いの調停のために二年一組に来ていただきたいと」

「Хорошо, док」(わかりました。先生 ※露語)

五分後、ついに生徒会副会長のアキラがやって来た。
学園の最高権力者から感じるプレッシャーはすさまじかった。
歩くだけで一同の視線をかき集め、またその視線を一撃で
吹き飛ばすほどの圧倒的な威圧感があった。

クラス中が恐縮して顔を上げることができない。
担任の横田リエも気の毒なほどおびえ、教室の隅でおとなしくしていた。

アキラは教卓に寄りかかるように両手をつく。

「同士マサヤ。起立しなさい」

「は、はい!!」

「エリカから報告を受けたよ。君はミウさんと太盛君の交際を認めないと
 言ったそうだな。それがクラスの総意であると。間違いないか?」

「間違いありません!! 担任の横田先生が証人になってくれます!!」

「そうか。だが横田君の証言は不要だ」

アキラは老人のように両手を腰の後ろで組みながら
教室内を歩き回った。生徒たちはうつむいて彼と視線が合わないようにしている。
妹のエリカでさえ、彼が近づくとおびえていた。
横田教諭は体育座りをして震えており、教師の威厳はない。
アキラはたっぷり時間をかけてから再び教卓に戻る。

「結論を言おう。二年一組の諸君。
 諸君らの主張していることは、くだらぬ妄言だ!!」

全員が一斉に顔をあげ、お互いの顔を見合わせた。

「なぜならミウさんが太盛君と別れる理由がないからだ。生徒手帳を
 出して読んでみたまえ。男女交際を禁止する校則はどこにも書かれていない。
 例え太盛君が反逆分子だとしても恋愛禁止の理由にはならない」

「ミウさんが彼氏の心配をするのは人として当然の感情だろう。
 彼女には一人の人間として自由に恋愛をする権利がある。
 おまえは彼女の内心の自由を侵した。個人の権利を奪ってしまった。
 違うかね。同士マサヤ?」

「あ……あ……」

「同士。君は誰だ? 誇り高き生徒会役員なのではないのかね?」

「そうです!!  も…もも…申し訳ありませんっ……」

「ボリシェビキは鉄の規則を守るのが使命だったのではないか?」

「その通りでございます!!」

「ならば今日の行いを振り返り、自己批判したまえ!!」

「はぃいぃ!!」

マサヤは直立不動の態勢のまま、震えていた。

「盗聴器を再生して聞いたのだが、ミウさんを追い詰めるためにクラスを
 先導した生徒がいたね。そこの君だよ。ショートカットでメガネをかけた女」

「ふぁ、はいぃぃ!? 私でございますか!?」

「私の目にはミウさんが特別間違ったことをしたようには見えなかったぞ。
 弱いものいじめをするように彼女を追い詰めていたようだな。
 姑息だと自分でも思わなかったかね?」

「思います!! すごく思います!! とんでもないことをしましたぁぁあ!!」

「机の上の花瓶の件は、あとでこちらから犯人を調べておく。
 君たちはその件について一切かかわらなくてよろしい。分かったね?」

「はい!! かしこまりました!!」

「君も今日の行いをよく振り返り、自己批判しなさい!!」

「あわあわ。わ、わヵアりました!! 」

アキラは再び歩き出す。
教室内をなめまわすように回り始めた。

「わが校はイタズラのために密告制度を導入したわけではない。
 生徒に無実の罪をきせようとする大バカ者には、その何倍も重い罪を
 背負わせてやる。今更謝っても手遅れだぞ。
 拷問された時に嘆くがいい。ああ、あの時に
 余計なことを言わなければよかったなと」

生徒達は震えあがってしまった。顔を手で覆って涙を流し始める者もいる。
誰もが発狂しそうなほどの恐怖に襲われ、
会長の靴の裏を舐めてもいいから生き延びたいと思った。

「先ほどの騒ぎでミウ君をスパイ呼ばわりなどして
 彼女の名誉を傷つけた者たちは全員手をあげなさい。
 拒否権はない。すぐに手を上げなかった者は極刑に処す」

すすり泣く女の子たちの声。
絶望して口をぽっかり空けている男子。

一人。また一人と震える手を挙げていく。
先ほどミウにヤジを浴びせた男女だ。
諦めと悔しさの涙が、彼らの顔をつたって床に落ちていく。

(クラスメイトの半分近くは収容所送りになりそうね)

兄がミウを明らかにエコひいきしているのがエリカには不満だった。

先週の先生の発言では太盛から人権がはく奪されたはずだから、マサヤたちの
主張の方が生徒会好みのはずだ。なのに兄がミウと太盛の恋人関係の維持に
こだわるのは、太盛とマリーを少しでも引きはがそうとする意図があるのか。

「お兄様」

「なんだエリカ?」

「今日の采配は、少し厳しすぎると思いますが……」

「なに?」

「あっ……いえ。その……。みんな十分反省しているようですから」

「反省だと? それは私が決めることだ。彼らは心から反省してないよ。
 これから反省させるのだ。人間は痛みを伴わない限り反省はしない
 おまえは兄である私の決定に不服なのか?」

「そんなことは……ありませんけど」

「ならおまえは黙ってなさい」

エリカは、目を伏せた。

小さい頃から兄にだけは逆らったことがなかった。
彼女がこの世界で一番怖いと思っていたのは兄だった。

「高野ミウのこと、エコひいきしてんじゃねえよ。女好きのクソ野郎」

女の声だった。一同が声のした席に注目する。

「今発言したのは君か?」

アキラが、ちょうど教室の真ん中の席の、黒髪ポニーテールの女子生徒と
視線を合わせた。アキラの悪鬼のように迫力に女子は全く屈していない。

「実に不愉快な内容が聞こえたな。
 君は自分が何を言ったか理解しているのかね?」

「黙れ」

女子生徒はなんと椅子を蹴飛ばしてアキラに飛び掛かって来た。
猛獣のような勢いでアキラの胸元をつかみ、背後にある黒板へ叩きつけた。

アキラが反撃するよりも先に右ストレートを繰り出す。
すごい一撃だった。
身長175センチのアキラを窓際の席まで吹き飛ばしてしまったのだ。

さらに追撃しようとしたところ、エリカが止めに入る。
エリカは得意の柔道技で女子の服の裾をつかんで巴投げしようとした。

ところがエリカの伸ばした両手は空を切る。しゃがみこんだ女子生徒から
顎に重い一撃を食らった。アッパーだ。彼女はボクシングの構えから、
エリカにジャブの連打とストレートを食らわした。

エリカは軽い脳しんとうを起こしており、神速で繰り出される
コンビネーションを受ける一方だった。隙だらけのお腹にも
鋭いボディが入り、信じられないことに反撃する余裕が全くない。

すぐに廊下から入ってきた副会長の親衛隊(生徒会執行部)
が入ってきて五人がかりで女子生徒を取り押さえた。
熊のように暴れまわる彼女に手錠をして椅子に座らせた。

「Ладно, брат.!????」(兄さん、大丈夫!?)

「Сестра. Не переживай. Мне не больно.」
    (怪我はしていないから心配するな。エリカ)

アキラは、この女子生徒に直ちに尋問を開始するため、教室の
中央のスペースを空けるように指示した。生徒たちは速やかに
机とイスを廊下に出してしまう。

彼らは窓際と廊下側の半々になるように整列させられ、
クラス全員で尋問の行方を見守ることになった。
その列には当然横田先生も入っている。

彼らの逃亡を阻止するために、生徒会執行部のメンバーが
廊下に召集され、にらみを利かせていた。

アキラは警棒を手にしている。先ほどの反抗で
頬が切れて血が出ているが、気にした様子はない。

「殺せよ!! あたしのことが憎いならひと思いに殺せ!!」

「落ち着きなさい。気持ちはわかるがな」

「あんたらはクズだ!! うちのクラスの人達はあんたらに
 好かれようと必死で頑張ってたんだ!! なんで高野ミウだけ
 優遇されるんだ!!」

「高野さんは心の優しい女子生徒で、誰からも好かれるべき存在だ。
 私は彼女に大いに可能性を感じている。君と同じようにね」

「はぁ?」

「私は君のことを気に入ってるよ。妹のエリカですら手に負えない奴が
 いるとは思わなかった。このクラスはスポーツ特待ではないはずだが、
 あの身のこなしは素晴らしかった。君はどこの部活だね?」

答えたくないので黙っていると、他の生徒を代わりに拷問すると脅された。
人質を取って脅迫するのはボリシェビキの常套手段である。

「……野球部のマネージャーだよ」

「あのボクシングはどこで習った?」

「兄が二人いて、二人とも格闘技が得意なんだ。
 ボクシングは下の兄貴が教えてくれた」

「良い目つきだな」

「あ?」

「今の若者に欠けている気迫を感じるよ。戦いに勝つのに
 必要なのは、敵を倒すための強靭な意思だ。
 君のような素晴らしいマネージャーがいる野球部員がうらやましいな。
 ぜひとも君の名前を教えてもらいたい」

「クズに名乗る名前はないね」

「特別に無礼を許す。名前を名乗れ」

カナは返事の代わりに唾を吐いた。
アキラの頬が、汚い唾液で汚れた。

ちょうどすり切れて血を流している部分だっただけに
彼の感情を逆なでさせるには十分だった。

「ブリイヤァアアアアチ…。
 ダーイチェ、ヴアドゥイ ダバイ えりか!! ダバぁああイ!!」

この舌をたっぷり巻いて低く発音する露語が、周りを恐怖させた。

エリカは廊下へ駆け、水道でハンカチを濡らして戻って来た。
兄の横にしゃがみ、汚れた顔を丁寧にふいていく。
掛け声一つで召使のように動くエリカに、教室中が戦慄した。
普段の女王らしさがみじんも感じられないからだ。

「この女が反抗的な態度をとった連帯責任として
 クラスの誰かに犠牲になってもらう。
 エリカ。クラス名簿を持ってきなさい」

エリカから手渡された名簿を入念に見回すアキラ。
いったい、誰が生贄(いけにえ)になるのか。
クラス中が、かたずを飲んで見守った。

「この女が良いな」

今朝の騒ぎで「なんであんな男と付き合ってんの?」と
発言した女子を特定したのだ。彼女は隣のクラスのギャルメンバーと
仲が良く、太盛の彼女面して目立っているミウを嫌っていた。

「高野ミウ反対派の代表として、貴様がすべての罪を背負いたまえ。
 貴様が犠牲になれば、他の生徒への尋問(拷問)はなしとする。
 いいかね?」

「な……」

いきなり粛清の対象になれと言われても、はいそうですかと
納得できるわけがない。そもそもアキラは返答など期待していなかった。
茶髪のロングヘアーのその生徒は、
イスに両手両足を縛り付けられ、全く抵抗できないようにされた。

アキラは次にミウを指してこう言った。

「彼女を拷問しろ」

「え……」

「彼女は君を陥れようとしたメンバーの一人だ。
 復讐したまえ」

「復讐だなんて……。私は……人を殴ったすらありません。
 それにあの人を恨んでいるわけではありません」

「君の意思はそれほど重要ではない。何事も経験が大切だ。
 暴力は慣れれば日常になる。さあ道具を受け取りたまえ」

渡されたのは、二リットルの水道水の入ったペットボトル。
これを嫌がる彼女の口から無理やり飲ませ、水責めをしろと言うのだ。

「他の人に代わってもらうことはできませんか?」

「好きにしたまえ。不服従の罰として太盛君を拷問するが、
 それでもよければな」

「せ……太盛君に……? 拷問……?」

「よく熱した焼きゴテを、奴の背中に押し付けてやろう。
 ベーコンが焼けたように肉が焦げていく様子が想像できるか?
 奴の絶叫、焦げた肉の匂い、命乞いをし、涙を流す顔。実に素晴らしい。
 もちろん君の立会いのもとで行う。どうだ。楽しみだろう?」

太盛を救うためだ。愛する人のためだ。
そう自分に言い聞かせ、ミウは心を鬼にした。

「ねえ、うそでしょ? 本気でやるつもり……? やめてっ……!!
 お願いっ……やめてよっ!!」

抵抗する女子の口を無理やり開かせ、ペットボトルを押し込んだ。
女子は苦しさから逃れるために暴れ、椅子が後ろに転げ落ちてしまった。

「やり直しだ」

アキラの指示で、近くにいたクラスメイト数名が彼女を押さえつけ、
口を開いたまま動けないようにした。椅子も後ろに傾けた状態を維持し、
水が飲みやすいようにした。ミウは震える手で彼女の口元に
ペットボトルを押し込む。

「うぅ……うぅ……うっぅぅぅ……」

女子は限界まで水を飲まされ、お腹が膨張し。鼻からも水がこぼれている。
プルプルと震え、額に大汗をかいて苦しそうだ。
薄い化粧をした顔は、流れ続ける涙で台無しになっていた。

「次は警棒で彼女のお腹を殴れ」

「はい?」

「二度言わせるな。警棒で奴の腹をつけ」

ミウは目をつぶり『ごめん』と小さく言ってから腕に力を込めた。

「げほほほっ!! げほおおっ!! うえ……ううぅ……うえええええっ!!」

女子は大量の水と一緒に胃の中ものが逆流してしまった。
ぴちゃぴちゃと床に嘔吐物がはね、ミウのスカートに染みを作るのだった。
気のすむまで吐いた後、その女子は顔が青ざめてしばらく震えていた。
やがて震えが収まると、親の仇をみるようにミウをにらんだ。

ミウは、こんな形相でにらんでくる人間を生まれて初めて見た。
彼女の瞳には、ミウに対する底知れない恨みがこもっている。
いま彼女の手錠が外されたら、すぐにミウの首を絞めることだろう。

「同士ミウよ。もう一度水を飲ませろ」

「はい……? もう十分では」

「私は命令したのだよ。先ほどの責めを最初から繰り返しなさい」

ミウは恐怖のあまりその通りにするしかなかった。
水道の蛇口でペットボトルを満タンにして戻ると、
女子はガタガタ震えてミウに許しを請うた。

「もういやなの……本当に死んじゃうくらい苦しいの……。
 お願いします……許してください……お願いします……」

太盛の命がかかっているミウは冷徹だった。
大胆にもこの女子の顎をつかみ、
勢いよくペットボトルを逆さまにしようとした。

この地獄絵図に耐え切れず、観戦中の女子生徒が気絶した。
これですでに五人目だ。クラスメイト達は助けることも出来なければ、
ずっとこれを見続けなければならないのだ。倒れた人には男子も当然いる。

「分かったからもうやめて!!」

叫んだのは、アキラに殴りかかったポニーテールの女子だった。

「あたしが尋問に答えればやめてくれるんでしょ!?
 拷問するならあたしをやれ!! その子にはもう手を出すな!!」

「そうか。ようやく質問に答える気になってくれたか。
 では遠慮なく聞こう。君の名前は?」

「小倉カナ」

「カナさんか。女性らしくて素敵な名前だね」

「……お褒め頂いて光栄ね」

「ではカナさん。現在、我々生徒会は巨大な組織として生まれ変わろうとしている。
 生徒会は頭脳となる中央委員会の他に、実働部隊としての執行部がある。
 執行部は女子が不足していてね。粋がいいメンバーを募集しているところなんだ。
 君には執行部でその優れた戦闘能力を発揮してもらいたい。
 もちろん特別待遇するよ。君の進学先を保障してやってもいい」

あまりにも受け入れがたい内容だった。
執行部は、今ミウとやっているのと全く同じことを
生徒に対して実行する組織だ。
場合によっては先生を拷問する時もある。

罪のない生徒を、全く恨みのない生徒の自由を奪い、
一方的に虐待して服従させる。そんなことをこの平和な
日本で実行しようとする狂った極左。共産主義者たちの仲間に
加わるなら、文字通り死んだほうがましだった。

同じ野球部の人間も何人かが収容所にすでに送られている。
夢も希望もない学園生活。それならいっそ……。カナは最後の手段に出た。

「おい、この女っ、舌を噛んでいるぞ!!」

さすがのアキラも動揺した。エリカも加わって二人で彼女の口に
タオルを噛ませ、それ以上噛めないようにした。
カナは悔し涙を流していた。手錠されているせいで、自殺する自由もない。

このまま自分は執行部という悪の手先に無理やり
編入されてしまうのか。そう思っていたが。

「ここまで強情とは……予想以上だよ。太盛君と同等の存在価値を感じる。
 よろしい。小倉カナは収容所送りにする。この女は三号室行きだ!!」

強制収容所は、全部で三つのランクに分かれている。
太盛が収容されているのは三号室と呼ばれる、もっとも罪の重い者が
送られる場所である。三号室の収容期限は無期限とされている。

その下が二号室。ここがもっとも収容人数が多く、現在までに40名
以上の生徒がいるという。期間はまちまちだが、最大で6か月。

軽犯罪者は一号室に行く。だいたい一か月以内にほとんどの
囚人が更生して出ていくことが許されるから、一番ゆるい収容所だ。

囚人たちは、毎日規則正しく収容所へ登校し、夕方には家に帰される。
収容所では共産主義的な教育が実施され、思想的に問題なさそうと
判断された模範囚であれば刑期を短縮し、クラスに戻される。
解放の前に凄まじい量の宣誓分を執筆し、朗読しなければならないのだが。


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