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作品名:『学園生活』  ミウの物語 作者:なおちー

第15回   「マリーはどうなった」
「マリーはどうなったんだ?」

帰宅後、太盛が一番気になったのはそれだった。
太盛の屋敷はお盆の来客の対応で忙しい時期だ。
だがそれもすぐ終わった。

太盛は、エリカによって携帯電話を没収されてから返してもらってない。
仕方ないので新品を買いに行くしかない。
いちいち連絡先を登録しなおすのは手間である。

太盛は親戚一同からお盆玉(お年玉のお盆版)をもらっていた。
それに父に事情を話してお小遣いをもらったのでお金は整った。

太盛は初めから一括でスマホを買うつもりだった。
もちろん分割の方が最終的にはお得になるプランだが、
太盛一家はローンを組まない主義なので太盛もそれにならった。

太盛はバスに乗って町まで出た。太盛の家は山のふもとの
郊外なので町まで行くには使用人の人達に車で送ってもらうか、
自転車、バスになる。

太盛はバスを好んだ。バス停は自宅から歩いて20分ほどの
距離にあるのだ。ちょっとした散歩変わりである。

バスは市の中心に降ろしてくれる。

いかにも田舎町の風情である。都会のような高層ビルはなく、
主要な道路沿いに背の低い商店やレストランが並んでいる。
少しでも街中を抜ければ、あとは田園地帯が広がる。

この地方で一番大きい店はイオンモールだったが、この時期は
激しく混んでいる。太盛は町をのんびり歩きながら買い物をするのが好きだ。

それにしても真夏の日差しは殺人的で、立ち眩みがするほどである。

太盛は近くのコンビニに立ち寄り、冷たい飲み物でも買うことにした。

「ありがとうございました…」

店員の若い女の子は、なんと中学時代の同級生だった。
違うクラスだったので顔見知り程度だが、
店員と客の立場で再開するときまずいものだ。

太盛は、同級生の子たちがバイトをしている中、
働いた経験がないことが少しだけコンプレックスだった。

太盛の学校は家計に問題のある人を覗いて
原則アルバイト禁止となっている。それにしても太盛は
アルバイトをしてみたいと思ったことはあるが、お金に困ったことはなかった。
現に今も財布にはそれなりの数の諭吉さんが入っているのである。

お盆とお正月は学生の太盛にとって稼ぎ時だった。
実の母が家出中とはいえ、親戚のおじさんやおばさんから太盛は
将来を有望視され、それはかわいがられていた。

「棒アイスなんて買わなきゃよかったな」

暑さでアイスが溶け出してしまうのだ。食べ終わる前に
ぼろぼろと崩れ始め、棒を持った太盛の手を汚してしまう。

太盛はやけになってアイスを手でつかんで口に放り込む。
チョコとバニラの風味が一気に広がるが、食べた気がしない。

ベタベタになった手を洗いたいので、市の運動公園に入った。

公園は静かで誰もいなかった。

日光がアスファルトを反射して蜃気楼を作っている。
セミの鳴き声がうるさく、余計に暑さを感じさせる。

太盛はネット越しの野球グラウンドを横目に見ながら進む。
この通りは雑木林が日光から守ってくれる。といっても
湿度と温度が殺人的なので一度かいた汗はじっとりと肌にまとわりつくのだが。

太盛はベンチ横の水道で頭から水を被った。
首筋や腕回りも冷やすと、少しはましになる。

タオルでもないかと思ったところに、突然横から差し出された。

「おまえは……!!」

その少女は太盛がずっと心配していた少女の斎藤マリエであった。

美容室で切ったばかりで少しウェーブのかかったセミロングの髪。
白を基調とした薄手のワンピース。
フリフリしたロングスカートで太盛好みの清楚なイメージだった。

「ありがとうな」

マリーのハンドボールくらいの小顔がこくりと縦に動く。
彼女は病気のせいか、体の線が前より細くなってしまった。

食事制限をしているファッション雑誌のモデルのようだった。
一方の太盛はTシャツに半ズボンにサンダルという、
ラフなスタイルである。

「ずっと心配してたんだぞ。退院日に来れなくなってごめんな。
 ちょっと急用ができてさ……」

マリーはスマホを操作して太盛に画面を見せた。

『大丈夫。ミウさんが来てくれたから。
 それより毎日お見舞いに来てくれてありがとう』

「そうか。それでその後、具合はどうだ?」

『しゃべれないだけで体は普通に動く。
 不安で夜眠れない日が続くけど』

「こんな暑いところにいたら余計具合悪くならないか?」

『ずっと家にいると鬱になる。両親は夜遅くまで帰ってこないし、
 一人でいるのが苦痛。話し相手がほしかった』

「ミウはどうしてたんだ?」

『退院してから何日かは遊びに来てくれたけど、
 それからさっぱり。ミウさんもいろいろ用事があったみたい。
 あと突然太盛先輩に会えなくなったのがすごいストレス
 だったみたいで、エリカ先輩のこと殺すとか言ってた』

「殺すって……。ミウがそんな物騒なこと言うなんてよほどだな。
 てか俺がエリカに拉致されたこと知ってたのか」

『私もエリカが大嫌い』

「そうだろうな……。おまえはあいつを
 殺すくらいの権利があると思うよ」
 
『先輩はこのあと、お暇?』

「携帯を買いに行くんだよ。恥ずかしい話なんだが、
 前の携帯はエリカに没収されちまって帰ってこないんだ。
 俺、携帯のこと詳しくないから一緒に来てくれないか?」

マリーはうなずき、太盛と一緒に歩き出すのだった。

マリーは活発だったころと比べて、歩くのが遅かった。
老女のように慎重にゆっくりと歩みを進める。
彼女は事件後の激しいストレスで
運動機能がだいぶ弱まってしまったのだ。

太盛としても暑さの中を早足で歩きたくないので問題はない。

マリーは、前と同じように太盛にぴったりとくっついて歩いた。
手を握ろうとすると、彼も握り返してくれた。
暑いから、そっと触れる感じで優しく握っている。

マリーはそれで十分だった。


「売れ筋のモデルはこちらになりますね。ドコモを10年以上
 お使いの方でしたら、こちらの特典がありまして」

太盛はあまり興味がないので、定員の話を軽く聞き流していた。
マリーが代わりに真剣に聞き、太盛の予算と目的と合わせて
ベストであろう携帯を選ぶ。

太盛は父の携帯と同じ機種にすると家族割りになるので、
そのプランでマリンが決めてくれた。

「ではこちらの椅子におかけください。
 ご購入される機種の詳しい説明をさせていただきます」

マリーは太盛の隣に座り、ベテランの中年男性の話に耳を傾けていた。
言葉は発せられないのでうなずくことしかできないから、
店員からすれば無口な女の子に見えたことだろう。

「お客様は学生の方ですか。保護者の方はご一緒ではないのですか?」

「いえ、自分だけです」

「では新規でご契約とのことですので、恐れ入りますが
 ご本人確認のための健康保険証や住民票の写しをご提示願います。
 それとクレジットカードか、口座名義と番号が
 分かるキャッシュカードはございますか?」

太盛は保険証と親から預かったクレジットカードを
持ってきたので準備は万端だった。
家族割にしたかったが、めんどうな書類が
必要になるようなので断った。

店員が裏方で処理をするからしばらく席を外してほしいという。
番号札を渡された太盛は、マリンと店内をぶらつく。

マリエは彼が嫌がらないと知っているからどんどん手をつないだ。
店内のエアコンは省エネ設定とはいえ、外にくらべれば格段に涼しい。

「ん? そうだな。ブルーライトカットを買っておくか」

マリエがライトカットの液晶保護フィルムを指したのだ。
太盛のスマホにぴったりなサイズを持ってきてあげた。
液晶のまぶしさを防ぐのはドライアイ防止のために重要だ。

「次はあっちか? スマホケースだな」

またマリエが選んであげた。
スマホケースは太盛が好みそうなシックな手帳デザインだ。
マリンは自分もおそろいを買うつもりだった。

これにはさすがに太盛が戸惑ってしまった。

どうして? そんな意味を込めて首をかしげる。

携帯の機種は違うとはいえ、同じ白である。
手帳型のスマホケースもお揃いだと
ミウに見つかった場合に確実に何か言われるだろう。

『私と同じデザインは、いや?』

また、病室にいた時と同じような暗い瞳になっていた。
マリーは意識したわけではないが、気分が沈むとこうなってしまう。

太盛は彼女が心の奥にひそめた闇の深さを感じてしまい、すぐに快諾した。
医師から言われ言葉を思い出す。できるだけ彼女のそばにいて、一人にしないこと。
だから、おそろいの手帳にすることはなんでもない。むしろ彼女にとって
プラスになるなら、それでいい。そう考えることにした。

「大変お待たせしました。お客様。料金プランになりますが、
 分割払いでしたら、毎月の支払額が二年間の間、下記の通りに……」

太盛が一括で払うと言うと定員は目を丸くした。
マリエも驚いていた。
スマホの定価は結構な額である。

「払う時は得意げだったけど、今になってむなしくなったよ。
 この額稼ぐのってどれだけ大変なんだろうな」

マリーは太盛のTシャツの裾をつかんで自分の携帯の番号を見せた。

「ああ。登録しないとな」

マリンの電話番号、メールアドレス。そしてLINEアプリである。
Facebookはしてないかと問われ、太盛は首を横に振った。

「スタンプ送ってやるよ。どうだ? 届いたか?」

マリンが元気にうなずく。
太盛と最初に連絡先を交換出来たのが自分なので
本当は、飛び上がりたいくらいうれしかった。

入院中毎日お見舞いに来てくれて、彼の優しさに触れたことで
マリンは彼にますます夢中になったのだ。できれば夏の間
彼を独占したいと思うほどに。

「あっ」

太盛が思い出したように言う。

「ミウの番号も教えてくれよ。
 あの子ともう二週間も連絡とってなかったからさ」

ずきっと胸の奥が痛んだ。
ミウは、太盛が拉致されている間、彼に会えないストレスで
よく取り乱していた。マリエは彼女の愛の深さにドン引きした。

ミウは嫉妬深く、負けず嫌いだった。マリエから見ても
ミウは美人だとは思うし、太盛にお似合いだとは思う。
前は遊び半分で奪ってやろうかと思っていたが、今はマリエも真剣だ。

それにしてもまるで神から与えられた使命のように太盛と
接近するミウに対し、マリエは複雑な思いがしていた。

「そ、そんなに嫌なのか?」

マリエは、太盛にそう言われるまで自分が
沈んだ顔をしているのを自覚してなかった。
店内のガラスに映る自分の顔をみると、精神病患者のように暗かった。

こんな顔では太盛に嫌われるかもしれない。
そう思って無理に笑おうとしたら、太盛が頭にぽんと手を置いた。

「やっぱり、あとでいいや」

「……?」

「気分転換にご飯でも食べに行くか?」

マリエは同意した。もうすぐ正午になる。
炎天下の中、町中をぶらつくのは苦痛でしかないが、
太盛と一緒にいられるなら天国である。

太盛は街中を歩くのはマリンの身体に悪いと思い、
ショッピングモールへ行った。太盛もマリンも
進んで入りたくないが、一日時間をつぶすには最適な場所だ。

モールのレストラン街はさすがに混んでいた。まず店内の込み具合がすごい。
夏休み中は町中の暇人が老若男女問わず集まってしまうので
ディズニーランド並みの混雑である。田舎なので近場に暇つぶしの
場所がないので仕方ない。それに涼しさには代えられない。

「レストランはどこも混んでて最悪だな。
 フードコートでいいか?」

『まだお腹すいてないから、お店を回りたい』

そして女性客がたくさんいるブランドの洋服店に行くのだった。
マリンは傍から見たら彼氏付きにしか
見えないから、少し得意げだった。

セール品になってる服を中心に一着一着手に取っていく。
動きやすそうなローヒールのサンダルが可愛かったので
太盛に似合うか聞いてみたくなった。

しかし、彼はなぜか店の外の通路側をずっと見ていた。
夏だから着ぐるみでもいるのだろうか? そう思って
マリエも同じ方向を見る。一人の少女がこちらへ近づいてきた。

二人の良く知っている人物。ミウだった。

「太盛君だよね?」

「ああ。久しぶりだね」

ミウはショートデニムに白のノースリーブのシャツと
涼しいが露出の多い衣装だった。

「ここで何してるの? 買い物?
 それにマリーさんと? いつ関東に帰って来たの?」

「お盆前に帰って来たんだよ」

「あの女に無理やり連れて行かれんたんだよね?
 どこに行ってたの? 大丈夫だった? 
なにもされなかった?」

「いや、なんていうか、その。接待されたというか。
 長野県の別荘で毎日のんびりしてただけだよ。
 使用人の人とかいて至れる尽くせりって感じで」

「じゃあ、何もなかったのね?」

「え……」

「何もなかったのね!?」

太盛とマリーは目が点になってしまった。
周りの客たちもドン引きである。

ミウは、さすがに周囲からの視線で自分が
大きな声を出してしまったことを恥じた。

感情的になると自分でも信じられないくらい声量が
出てしまうのは悪い癖だった。

「I apologize for a bloody noise.」

ミウが何の前ぶれもなく英語で謝罪したので
仕方なく太盛も合わることにした。容赦なしに
しゃべる彼女の英語に着いていくのは大変である。

「Ahh…it is all right. I don’t care.
  so…let’s get out of this shop. Shall we? My princess」

「I agree. Everybody here is watching us.
  I don’t like them. Get some tea and talk. all right?」

「おk」

「I have to know everything. What happened to you, semaru
  In past 2weeks with that fucking bich. but!!! Before that,
  can I ask? why you are here with marie…?」

「え?…excuze me? what did you say again?」

「Only one question. very simple.
  How come you ware shopping with marie here!!!!?」

「Please... give me more time to explain.
  I need a time. It is a long story. miu」

「You called me nothing after you come back your home… !!!
  even you can date with marie. huh???
  thanks for a nice joke…you are great joker」

「Calm down. miu… don’t be so angry please.」

「I am not angry ! I am normal !!!!」

「OK…I know how you feel…anyway, let’s get out of here.」

マリンは、口をぽかんと開けて聞いていた。

(やっぱりあの人、外人なんだ……。
 英語の先生の発音と次元が違う。
何言ってるのか全然分からない……)

ミウの英語は胸から吐き出す音だ。
アクセントの関係で米国英語とリズムが全然違う。
単語ごとの語尾の子音はほとんど耳に残らず、きれいに消えていく。

ミウが時より自分を指して怒鳴っていたから、
よほど込み合った話をしてるのかと思い、おびえた。

実は彼女が学校で習っている英語よりずっと簡単な単語しか出てない。
ミウはマリーと一緒にいる太盛の浮気を疑い、
終始問いただしていたのだ。

とりあえず食事の流れになったので、三人はフードコートに行く。
人気ファストフード店の列に並んだ。

「2人の分は私が払うよ」

「え?」

ミウがマクドナルドHDの株主優待券を出した。
財布に他の飲食店の優待券もたくさん入っていて、
札束より優待券のほうが多かった。

一枚の券ごとに上限金額が決まっていて、
その範囲内は無料で食べられる。ただし期間限定品は除く。

太盛は多額の出費の後に一食分が浮いたのでラッキーだった。

「悪いね。ミウ」

「いいよ。お父さんからもらったものだから」

太盛はミウの冷めた声におびえた。
マリエも恐縮している。

激しい雑踏の中、空いている席に着く三人。
ミウはつまらなそうな顔でポテトをつまんでいた。
時より退屈そうにストローに口をつけ、コーラを飲んでいる。

太盛とマリーは激しく気まずかった。
ミウはイライラしすぎて逆に無言になってしまった。
さっきまであれほど説明しろと言っていたのにである。

ミウは席順が気に入らなった。確かに自分が問い詰める立場だから、
彼らが隣同士の席に座って自分がその向かい側なのは分かるのだが。
二人が初々しいカップルにしか見えないので嫉妬した。

太盛とマリエはもくもくとハンバーガーを
食べてミウに気を遣う格好になってしまう。

太盛がタイミングを見計らって口を開いた。

「そろそろ話し始めてもいいか?」

「Go on?」(どうぞ?)とミウが言われて説明を始めた。

太盛は彼女が突然英語を話し始める理由が分からなかったが、
日本語より英語の方がミウ好みかと思い、
文法を頭で組み合わせながら一生懸命話した。

まずマリエと今日一緒にいた理由。そして携帯を買ったこと。
それとエリカのことも。別荘では平和に暮らしただけで
特に変なことはなく、またマリエの退院日に行けなかったことを
非常に残念に思っていること。

特にミウへの愛が強いことを強調した。

「When I was in a cottage of tachibana sisters, I missd you so much…
  Before I go to bed, I was always thinking about you every night.
  do you know how much you really meant to me????
   I need you, miu. because you are my best partner.
   I’ll never lose you again if I go everywhere」

太盛の英語もなかなか早い。
マリエはせめて単語の切れ端でも聞き取れるように頑張った。

周りの客達は、台湾人の留学生が英語を話しているのだと思い、
太盛達をしきりに指さしていた。

口先だけでは何とでも言えるものだ。
ミウは太盛の気持ちが揺らいでいるのを女のカンで察していた。
現に太盛は別荘暮らしの間、一時期とはいえミウのことを忘れていた。

まさにミウの心境は、単身赴任中の夫の帰りを
待っていた妻の心境であった。真顔で彼の気持ちを聞く。

「You love me?」

「Yes」

「Really?」

「Sure. You don't trust me?」

「…No. you are lair」

「why…?」

「Today I have a jealous when you shopping with marie.
  I know marie wants you. and you want her to be your girl」

「アイム あふれぃど, you are misunderstanding me.
  marie is my firiend. also my little sister」

「Your little sister…?」

妹という言葉がミウの癇に障った。
家族を意味する単語は非常に親密な意味なニュアンスを持つものだ。

ミウが嫉妬して殺気立ってしまう。
マリエは威圧感のあまり背中に冷や汗をかいた。

「Wait. wait. don’t look at her with you'r bloody eyes.
  She is so scared」

「なにその言い方? マリーを睨んだわけじゃないよ。
 人聞き悪いなぁ。ちょっと見ただけじゃない」

「あ……? う、うん、そうだよね。ごめん、ちょっと他に
 単語が思い浮かばなくて。あはは。さすがに英語で話すのは難しいな」

「ちゃんと会話できてたじゃん」

「お世辞でもうれしいよ」

「いやいや、お世辞じゃないって。
  ……あれ? そういえば今何語で話してるんだっけ?」

なぜ途中で日本語に戻るのか。謎であった。
太盛は彼女を怒らせるのが怖いのでとりあえず日本語で話すしかない。

「もう何語でもいいや。めんどさい。私ね、暑き季節
だ からかもしれないけど、すっごくイライラしてるの」

「そのようだね。こんなに怒ってる君を見るのは初めてだよ」

「私、太盛君と付き合うって決まったばかりだったのに、
 なんでエリカと姉が邪魔しに来たの? あいつら絶対許せない!!
 マリーもだよ? 私の太盛君とベタベタするの、やめてもらえる?
  めざわりなの」

ミウは病気の身のマリー相手に大人げないと思ってはいた。
さすがに付き合い始めで彼氏を奪おうとする相手が
目の前にいるのに冷静ではいられなかった。

マリーは怖さと驚きからどうしていいか分からず、泣きそうに
なってしまった。病気をしてから以前のような怖いものなしの
無邪気さが消えてしまい、内気で目立たない少女になってしまった。

(さて)

太盛は選択の時である。

「マリーは今病気で辛い身だ。そう言ってやるなよ。
 俺たちにとってマリーは妹みたいな存在じゃないか」

「妹って言い方、好きじゃない」

「……さ、三人で仲良くしようよ。お医者さんからも
 そう言われたじゃないか。
 マリーが退院してからミウは変わったよな?」

「だってムカつくんだもん。太盛君、私とも連絡先交換してよ。
 マリーばっかり可愛がられてる気がする。私だってエリカの被害者だよ」

ミウが太盛から携帯を奪い取るように取り上げ、
ふるふるでLINEを交換していく。

マリーはそれが哀しくてぽろぽろ涙を流し始めた。

学年トップの美人のミウが太盛を本気で取りに来たら、
自分に勝てる要素は何もないと思っていた。

さっきの英会話も自分だけ蚊帳の外にされてショックだった。
リスニング試験の聞き取りは得意だったのに、
面白いくらいに聞き取れなかった。

ミウは衝動的に英語が出ただけでマリエを仲間外れに
する意図はなかったのだが、結果的にこうなってしまった。

マリーはエリカの事件に巻き込まれてから、入院生活を経て、
苦痛の連続だった。この夏休みに楽しかった思い出など一つもない

せめて太盛が自分のそばにいてくれれば。そう願って彼と再会できたのに

「ちょっと、なにして……」

そうミウが言いたくなるほど、太盛はマリーに甘かった。
マリーに付き添って比較的人気のないところまで移動した。
太盛はマリーが泣き止むまで待ってあげて、それから戻って来た。

マリーは注意されたばかりなのに太盛にべったりしている。
こうしてないと情緒不安定になってしまうのだ。

「マリーを悪く言わないでくれ。ミウのことは好きだよ。
 でも俺はマリーの病気を治さないといけないんだ。
 マリーが病気になったのは俺のせいでもあるんだ。
 俺には彼女の病気を治す義務がある」

二股を取るとでも言いたげな彼の言い方にますます腹が立った。
ミウはここまで嫉妬深い自分が嫌になるが、止まらない。
彼女は恋愛経験の少なさから自分の感情を制御するすべを知らなかったのだ。

またイングランド語(英語のこと)で怒声を浴びせる。

「Damm it !! It's a double standard !!」

「why not? I think there's no problem between us.
  We are friends」

「It's easy for you to choice marie as your new girl.
 she has a lovely baby face you like.
  She is pretty and smaller than me. Sorry? I’m an ugly」

「You are so beautiful」

「No, I'm not. then you don't like me」

「どんと せいざっと ぷりーず!! えぶり がーるず いん あわすくーる
 せいど!! うぃ うおんと とびぃ らいくゆー!! ゆぅのうわい… !?
びこうず。よぅあ あんあいどる おぶ あうぁすくぅる!!」

「あははははは、あははは !!  hahahahaha!! 
What kind of language you are speaking !?」

「ゆぅ らいく まい あくせんと?
 ばっと。あいあむ すぴぃきんぐ べりぃ尻おすりぃ!!」

「wow, It sounds French!! Not English!!」

「べりぃうえる。そう、あいきゃん せいざっと、
あいむあ ふれんち すぴーかー ふろむなう!!」

「So funny I've ever heard!!!  you'r accent is killing me!!!!
あははははははははは!! I'm dying for laughing!!!」

「でぃすいずざ ペン!! あいはぶあ ぺん! あいあむあ ぺん!!」

「lol それじゃあなた、人間じゃないじゃん!!」

太盛はようつべで日本人がわざと日本語なまりの英語を
話す動画を見ていた。全世界で有名な動画だ。
映画の字幕をわざと日本語アクセント全開で早口に話すという荒業である。

これにはミウもたまらず、席から転げ落ちるほど笑っていた。
ちなみにこの技を披露するにはそれなりの英語力が必要である。

先ほどの英会話だが、ミウは自分のことをブスとまで言った。

彼女は謙遜にも自分がマリンほど美しないと思っており、
太盛はモテるから二股をかけられるし、自分はマリーと結ばれるまでの
つなぎにすぎないのでしょう、というニュアンスで言っていた。

そして自分より美人のマリンを選ぶのかと問い詰めたのだ。
太盛は終始否定し続け、最後はジョークでごまかした。

爆笑が収まると彼女の気分が落ち着ていて来た。

「ごめん……ちょっと怒り過ぎたかも。
 私の声、うるさかったでしょ?」

「俺は気にしてないよ? 全部エリカが悪い。
 全部あいつのせいにしよう。そして忘れよう」

ミウは一人席を立った。

「もう帰るのか?」

「うん。買い物をすませてから家で寝たいの。
 ここにいると、周りの視線が……」

「ああ、なるほどね」

二か国語で騒ぎ過ぎたせいで太盛達は学校にいる時と
全く同じくらい周囲の注目を集めていた。

三角関係だの、兄弟げんかなど、人々は興味深そうに
噂話をする。太盛達は暇つぶしの種になってしまったのだ。

ミウの後姿が人込みの中に消えていった。

マリーは何事もなかったかのように
太盛の手を引っ張ってショッピングを再開した。
その日の太盛はマリーの貸し切りだった。





あれから数日間、ミウから連絡はなかった。
太盛は謝罪のメールを送ったが、既読スルーされた。
何気にショックだった。

『You have time today?』 マリエは太盛に
英語でメールをしてくるようになった。
書店で英会話の本を買ってから毎日勉強していたのだ。

ミウとマリーは互いをライバル視していた。
マリーはミウが流暢な英語を使う姿に心から憧れたのだった。

「……に……って……」

マリーはとぎれとぎれに言葉を発するようになった。
ほとんどが空気の音だが、子音と促音(っ、ッ等)が若干聞き取れる。

「なんだい?」

「……n……ん……」

じれったいやり取りだ。
マリーは頭に英会話の基本表現を思い浮かべた。

「あいむ ごおいんぐ to はヴぁ てぃ」

「おおっ。英語を話した!!」

失語症の人が声を発するのに最短でも数年かかることは珍しくない。
なにせ治療法が確立されていない病気なのだ。
太盛と一緒にいることでここまで回復が早いとは奇跡に近い確率だった。

「お茶出しなら一緒に行こうよ。おk?」

「ぐっど」

ここはマリーの部屋だ。彼女の両親は毎日夜遅くまで仕事しているので
家では孤独な生活をしていた。夕飯も自分で作ることが多かったが、
めんどうな時はスーパーで出来合いの総菜を買って済ませていた。

退院後は両親からたっぷりと食事代をもらってるから、
外食することが増えた。

淹れたのはミルクティーだ。よくある粉末状のお得パックだ。

太盛は、薄めに入れたミルクティーのカップを眺めながら、
不思議な感覚に陥っていた。既視感である。この子と一緒の
部屋にいると懐かしいというか、心が落ち着く感じがした。

実はマリーも同じで、太盛のそばにいると、どんな難病でも
治ってしまいそうなほど癒されていた。
病は気からとはよく言ったものである。

マリーの部屋は、太盛の部屋ほどでないにしても広々としていており、
二人が一緒にいても狭苦しさはない。座りやすいソファ、ベッドがある。
部屋の家具は白とベージュを基調とした落ち着いたデザインで
余計な物は置いてない。

年ごとの女の子の部屋としては少し物がなさすぎる感じもするが、
太盛は逆にこのさっぱりした感じが好きだった。

太盛はスナック菓子をつまみながら、茶を飲み干した。
猫のデザインのかわいい時計は三時半を指した。

マリーは少し眠くなってうとうとした。
ベッドで寝てしまいたかったが、太盛がいるのに
悪いと思って遠慮していた。

「寝ていいよ?」

「……?」

「別に良いって。俺はその辺で本でも読んでるから」

「よう かむ うぃずみぃ」

「俺も一緒に?って……おまえ、意味わかって言ってるんだろうな?」

マリンはアイコンタクトで『もちろん』と答えてから太盛に抱き着いた。
太盛がバランスを崩すほどの勢いだった。

太盛は床に押し倒されてしまい、硬い床の感触が背中に当たった。
マリエの顔が目の前にある。さすがにまずいと思って彼女の身体をどかそうと
するが、マリエは全然動いてくれない。彼女の吐息が太盛の鼻にかかった。

「レツ ごう トゥ べっど。 れリっとびー」

「let it be……?
 おまえを襲ってもいいって意味にとるぞ?」

マリーは首を横に振った。まず自分がベッドに横になり、
太盛にも隣に来てほしいと伝えた。添い寝してほしいのだ。

マリーほどの美少女を前にしても出さずに添い寝である。
いくら彼女がいるとはいえ、太盛も健康的な高校生だ。
完全なる生殺しである。

そんな彼の気持ちなど知らずにマリーはまぶたが重くなっていき、
太盛が服に手を伸ばそうとする前に寝息を立てていた。

確かに女の子がしたくないのに強引に迫るのは最低だと
太盛は思っている。しか、しわざわざ家まで来てあげているのに、
世話をしてあげてるのにと報酬を望むやらしい気持ちもある。

『失語症は、現在の医療では治療法が確立されておりません』

『マリエさんのPTSDは、夜一人で寂しくて寝ていると
  発症していることが……』

病院での医師と看護師の言葉を思い出す。
全てはリハビリと治療のため。
そう割り切りると、この子が高校生でなく
自分の娘のように思えてきた。

太盛はマリーの気持ちよさそうな寝顔を
微笑ましく見ながら、自らも寝てしまった。


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