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作品名:『学園生活』  ミウの物語 作者:なおちー

第13回   太盛の別荘生活 その@
7月も終わりに近づいた、とある火曜日。
マリンは検査の結果、身体に異常がないことが
明らかになったので今日が退院日となった。

失語症とPTSDが治るまでもっと入院させてあげたほうが……。
ミウはそう思ったが、あいにく昨今の日本では
病院のベッドは入院患者で奪い合い状態だ。

身体が動く患者は自宅で治療に
専念してもうしかないのである。

「マリエの父です。娘が大変な時になかなか来れなくて、
 申し訳なく思ってます」

父は何度もミウに頭を下げた。

黒縁の眼鏡にスーツ姿。短髪を整髪料で固めている。
顔つきはいかめしく、いかにも役所で勤めてそうな感じだった。
職業はあえて聞かなかった。

ミウは一目見て彼のことが好きになれなそうだったからだ。

「先生方にも大変お世話になりました。
 高野さんも、本当にありがとうね?
 もしお時間があったら、いつでもうちに遊びに来てください」

マリエの母がほがらかに言った。

夫婦は娘を真ん中に挟む格好で、タクシーに乗った。
病院の玄関先で医師や看護師らが明るく手を振る中、
タクシーは動き出した。

その看護師の中にレイナがいた。マリエが問題なく退院できることは
だいたい分かっていたが、レイナが今日一番気になるのは別のことだ。

「今日は、彼氏さんは一緒じゃないんですね?」

ミウは暗い顔をし、ちょっと用事があったみたいですと答えた。

いつも連絡なしに病院の面会時間に来るはずの彼。
用事があったとは聞いていなかった。
そもそも携帯がつながらない。彼は携帯が大嫌いだから、
電源を切りっぱなしにすることは珍しくないのだ。

それにしても、マリエの退院日なのに彼が来ない理由は何か。
マリエに対し後輩以上の気持ちを抱くようになったはずの彼が。

時は数時間前にさかのぼる。

太盛は今日も市内バスに乗って
マリエのいる総合病院へ向かっている最中である。

今日のバスは運転手が道を間違えているのか、
見知らぬ交差点を曲がり、明後日の方角に進もうといている。
バスはそのままインターに入ってしまう。

「ちょっと、運転手さん!! なにしてるんですか!!
 このバスは観光バスじゃないんですよ!?」

マリエの大切な退院日に遅れるわけにはいかない。
太盛が声を荒げるのも無理はなかった。

運転手は太盛のことなど見えていのか、
そのままETCゲートを通過した。

太盛は市内循環バスがETCを搭載していることに
少し驚いたが、今はどうでもいい。

「あんた、日本人じゃないのか!? 日本語が分からないのか!?
 俺は総合病院に行きたいんだ!! 早く戻れ!!」

太盛がバスジャックした犯人のように運転手の近くで
騒いでいると、乗客の一人が立ち上がった。

夏休み中、この地域のバスは過疎の極み。
太盛の他に乗客は一人しかいなかったのだ。

「そこの方、静かにしてもらっていいですか?」

「な……」

若い女性の声だった。麦わら帽子を深くかぶっており、
顔までは分からない。太盛はまさか自分が注意されるとは
思ってなかったので、逆上してその女の方へ向かった。

「これが騒がずにいられるか!?
 そこのバス巡回票を見て見ろよ?
 どこにインターに乗るルートがある?」

「焦りすぎよ。大の男ならどんなことが起きても
 冷静に構えていなさいな。そうしないと、
 あなたのお父様に叱られてしまうのではなくて?」

やはり聞いたことある声だ。

「ごきげんよう太盛君。夏休みに会うのは今日が初めてね」

ターシャ。またの名をアーニャ。
エリカの姉のアナスタシアが乗っていた。

「うわあああああ!!」

太盛は彼女の顔を見た瞬間に生徒会室の悪夢を思い出した。
そして察した。あの運転手はアーニャが差し向けたスパイ。
太盛はこのバスでどこかへ拉致される可能性が高い。

誘拐。拉致。強制連行は共産主義者の常とう手段だ。

このまま相手のペースに乗るわけにはいかない。
いっそ運転手を襲ってバスを乗っ取ろうかと思った。
だが問題がたくさんある。

ここは高速道路。バスは現在、時速110キロで走行中。
例えば運転手がわずかにハンドルを切りそこなえば、
非常に悲惨な事態になる。

そして太盛は高校二年生。当たり前だが運転免許を持ってない。

それでも彼は

「どけえええええ!!」

運転手をぶん殴り、蹴とばし、座席シートを強奪することに成功した。
そして震える手でバスを運転しようかと思ったが、
驚くべきことに気づいた。

「このバス、勝手に動いてる?」

そう。太盛がアクセルを踏まずともバスは前進し、
ハンドルを切らずとも緩いカーブを正確に進んでいく。

「最近の自動運転の技術は本当に進化したわよねぇ?」

クスクス。そんな笑い声が後部座席から聞こえてくる。

この時の太盛は知る由もなかったが、バスの運転手に罪はなかった。
彼はターシャによって中学生の息子を塾帰りに襲撃すると
予告されており、仕方なくバスの運転席に座ったのだ。
ターシャは地元の警察を買収していたから、訴える暇すらなかった。

「高校生のあなたが運転席に座っても様にならないわ。
 私の隣の席が空いてるわよ? いらっしゃい?」

「分かりました。窓から飛び降りて死ねばいいんですね?」

太盛は風圧で硬くなった窓を無理やりこじ開け、片足をかけようとした。

「あなたが飛び降りたら連帯責任でミウちゃんを拉致するわ。
 それともマリーちゃんが良い? マサヤ君でもいいわね」

太盛はかけがえなのない友人たちの顔を思い出し、
おとなしく窓を閉めた。

「二度同じことを言わせないでね?
 私の隣にいらっしゃい?」

アーニャが座っているのは一番後ろの座席。五人掛けの席だ。
遠足や旅行の時に一番盛り上がる席なのが皮肉だ。

「そんなにおびえた顔しないで?
 太盛君に危害を加えるつもりは全くないの。
 この前のこと、反省してるのよ? 
ちょっとやり過ぎたかなって」

太盛は両手を膝の上に置き、面接中の学生のように固まっていた。
アーニャは太盛の隣に密着し、それは楽しそうに語り掛けている。

「妹のエリカがどうしてもあなたに会いたいそうよ?
 私に頼むなんてよほどさみしかったのね。
うふふ。あなたの気持ちがミウさんに向いてるのは分かっているわ。
 でもね、恋愛は早い者勝ちなの。最初にあなたにアプローチしたのは
 エリカだったはずでしょ」

「目的を行ってください。俺をどこに連れていくつもりなんですか?」

「うちの別荘よ。素敵な景色が見れる所よ?」

「日本なんですよね?」

「もちろん日本よ」

バスはジャンクションを経由し、東北自動車道から北関東自動車道へ。
一定速度を維持しながらバスは進んでいく。

太盛は目まぐるしく変わっていく
窓の外の景色を楽しむ余裕すらなかった

「あとどのくらいかかるんですか?」

「一時間半ってところね」

ということは、目的地は関東からそう遠く離れてない場所かと思われた。
詳しい地名を聞くが、アーニャは教えてくれなかった。

太盛は頭を抱え込んでしまう。

今頃病院では検査結果が出てるのだろうか?
マリエはどうなった? 彼女の父親が来るという話だったが。
そして愛しの人のミウは? ズボンのポケットに携帯が入ってはいるが、
連絡したらアーニャを怒らせてしまうだろう。

それより自分はどうなる?
橘家の所有する別荘で夏休みの間、監禁されるのだろうか。
いや、もしかしたら夏休みが終わっても出してくれないのかもしれない。

「そんなに落ち込まないで。小旅行だと考えればいいじゃない」

「別荘にはエリカだけがいるんですか?」

「そうね。使用人を別にすればね」

太盛はまた頭を抱えた。
隣からクスクスと不愉快な声が聞こえてくる。

太盛は、ここ最近ろくなことがない。
最初はミウのファンの一年に暴行されたことだった。
そして生徒会室での残虐な事件。
あと一歩で太盛達まで拷問されるところだった。

マリーの病気。後遺症。
そして今、バスに揺られて自ら死地へ赴こうとしている。

「アーニャさん」

「なにかしら?」

「死んでください」

首を絞めるために伸ばした太盛の腕は、簡単にいなされてしまった。
そして肩の関節を外せる位置までもっていかれた。太盛は今、
床にうつ伏せに寝かされた状態で押さえつけられている。

太盛は喧嘩慣れしている。力もあるほうだった。
なのにどうして。こんなにもアーニャの体術は優れているのか。

「正解は、小さい頃から格闘術の訓練を受けてるからでした。
 ソ連軍伝統の体術は、軟弱な西側諸国のとは次元が違うの」

太盛は、ぐうの音も出なかった。
首を押さえつけられ、さらに腕を
明後日の方向へ限界までひっぱられている。

「抵抗しちゃだめじゃない。あなたを
傷つけたりしたら、私が妹に怒られちゃうのよ?」

「なら解放してくださいよ。
 腕が折れそうに痛いです」

「んふふ。どうしよっかなー。
 この体制のまま太盛君をいじめるの、楽しそうだし♪」

「俺は誰になんと言われようと、ミウのことを愛してます。
 その気持ちは例え拷問されても変わりません」

「あらあら。そんなに好きなのぉ? 
 ちょっと嫉妬しちゃうわね。
 口では何ともでも言えるけどね、人間は
 いざ自分が追い詰められる立場になると
 ころころ考えを変えちゃうものなのよ?」

「アナスタシア。話し合いで解決できる方法はないのか?
 君だって初めからそんな人じゃなかったはずだ!!」

「いきなり呼び捨て? まっ、太盛君ならいいけど♪」

「俺が君に何をしたんだ? 今すぐ俺を解放してくれ。
 俺は自由になる権利があるはずだ!!」

「自由ですって……」

アナスタシアは心底つまらなそうな顔をした。

自由。それは彼女らにとって堕落と退廃の象徴だった。
人は、強制させる何かがないと成果を出さない。
ボリシェビキは自由な市場経済を嫌い、計画経済を導入した。
現場の労働者にはノルマを設定した。

かつてソ連海軍でこんな訓練風景があったという。

ある砲兵が戦艦の大砲を放つ訓練をしていた。
弾は二回連続で目標に当たらなかった。
次に三度目の弾を込めた時、隣で見ていた士官がこう言った。

『次も外したら奴は銃殺刑だ」


アナスタシアは、太盛の首に衝撃を与えて気絶させた。

彼女は妹から太盛を連れてきてほしいと頼まれただけだ。
特に方法は聞いてない。だからバスごと連れてくることにした。

周囲に張り巡らせておいたスパイの情報から、太盛が
平日同じ時間にこの巡回バスに乗ることは知っていた。



太盛は強い西日を浴びながら目を覚ました。

全開に開かれた窓から小鳥の声が聞こえている。
「あの甲高い声は、ヒヨドリかな?」と思い、
ベッドから起きあがって窓の外を見た。

そこは山の頂上の別荘だった。

山のてっぺんによく建物が立っているものだと思った。
下界の景色は青みがかっている。まさに標高の高さを物語る。
まるで童話の物語に出て来るような、非現実的な空間。

そして地元の栃木県と違って、あの地獄のような暑さが感じられない。
肌に感じる風はさわやか。天然のクーラーの中にいるようだ。

「バルコニーにどうぞ? もっと素敵な景色が見えるわよ?」

太盛は言われるがままにエリカにエスコートされた。

「なるほど。こりゃすごいな」

「でしょう?」

「天空のお城って言葉がぴったりだ。
 雲海が広がっているじゃないか」

「うふふ。太盛君は暑がりだって聞いてたから」

「確かに別世界みたいに涼しいよ。皇室の避暑地かここは?
 エリカの家はこんなに素晴らしい別荘をお持ちとはね」

バルコニーに執事の男性がやって来た。鈴原である。
太盛の知っている人だが、顔見知り程度で親しくはない。

「お嬢様、お飲み物はいかがいたしますか?」

「アイスティーをお願い。
もうすぐ夕飯の時間だからお菓子はいらないわ」

鈴原はいぶし銀に礼をした後に去っていった。

太盛はバードウォッチングがしたくなったので
エリカに双眼鏡はないかと問うた。エリカはないと言った。

「どうしても欲しいのなら、使用人に買いに行かせるけど?」

「それは遠慮しとくよ。ここは標高が高いんだろ?」

「うん」

「どのくらいの高さだ?」

「そうねぇ。1900メートルだったかしら」

エリカはさらりと言ったので太盛は青ざめた。

「地上へ降りることができる車は一台だけよ?
 買い出しもそれで行うの。脱走とか考えちゃだめよ?
 飛び降り自殺も考えないでね? 楽に死ねるとは限らないわ」

「下は獣道がたくさんあって、危険な野生動物がいるの。
 ツキノワグマ、マムシ、野犬とかね。特に夜は危険なの。
 あと珍しい植物も毒持ってたりするから気を付けてね?」

「そっか……。で、俺はいつまでここにいればいいんだ?」

「いつまででもいいわよ? 太盛君の気が済むまでね」

「いや、俺が決めていいことなのか?
 俺は無理やりここに連れてこられたんだぞ。
 家の人達が心配してるだろうから今すぐ帰りたいが」

「あっ、それなら心配しなくていいわ。
 太盛君が友達と泊まり込みで合宿するって伝えておいたの」

「そしたら向こうはなんて?」

「分かったって」

本当に? そう問いたいのをぐっとこらえた。
ここまで来てしまった以上、考えても仕方ないことだ。

絶対に家族のみんなは心配してくれているはずだ。
なにより愛するミウに会えないことが最大の苦痛である。

「お待たせしました。アイスティーでございます」

太盛は乱暴に受け取り、コップに口をつけ一気に飲み干した。
ストローすら使わぬ無礼な態度であった。

ガン 

乱暴にコップをウッドテーブルに置き、
沈みゆく夕日を見ていた。

こんな気分でなければ、スマホで写真を
撮りまくっていたことだろう。

この世の光景とは思えないほどの美しさ。
雲海のはるか先へ沈んでいく太陽が、
目に見える全ての空間を夕日の色に染め上げていく。

この世の終わりさえ連想させるほどの感動。

太盛は生涯この風景を忘れることがないだろうと思った。
隣を見ると、エリカもこの風景に見入っている。
黙っていれば、おしとやかできれいな子なのに。

太盛は自然と涙を流していた。

「急にどうしたの?」

やりきれない気持ちになったのだ。
マリーを痛めつけた張本人がここにいるのに、
自分は何もすることができない。

せめてマリーの安否さえ分かれば。
あの子が無事退院できたという情報さえ分かれば。

その思いで絞り出した短い言葉がこれだった。

「俺の携帯は?」

「マリーのことが気になるのね?」

超能力者のように太盛の意図を察したエリカ。
驚く太盛をよそに、エリカは、携帯はここでの生活に
必要ないので回収したと説明した。

「マリーは退院して自宅療養をするそうよ」

「疑うわけじゃないけど、本当だろうな?」

「嘘じゃないわよ。そんなに心配? 仕方ないわね」

エリカは自分のスマホを操作し始めた。

「ほら」

と言って見せて来たのは、マリエが両親に付き添われて
タクシーに乗るシーンだった。なぜか動画である。
実は院内にエリカに通じているスパイがいて、
その人物が秘密裏に撮影したのもだった。

もちろん太盛は知らないが。

太盛はとりあえず納得した。
マリエが無事ならそれでいいのだ。

「おまえの姉はどうした?」

「下界に買い物に行ってるわ」

もうすぐ暗くなるから中に入りましょうと言われ、
リビングに案内された。

いかにも別荘と言う感じで日当たりの良い広大な部屋だ。
いや、広すぎる。屋敷住まいの太盛から見ても広すぎるリビングだ。
大家族が住めるようにと木製のテーブルとソファがいくつも並ぶ。

木のぬくもりがする、いわゆるログハウスだ。
お風呂は全面ガラス張りの露天だという。

使用人の人がいるので生活のことは考えなくていい。
まさに自由な生活。

夕飯のあと、エリカが言った。

「ワインでも飲む?」

「エリカは飲むのか?」

「実は高1の時から飲んでるの。長期休みの時だけね」

「じゃあ一杯だけ」

と言って飲みだすと、すぐ足元がふらつく。
年代物の赤ワインの味は実に濃厚で、ワインに
慣れていない太盛ですら高級感が伝わって来た。

「頭がふらふらする……」

「ビールじゃないんだから、
一気に飲んだらすぐ酔っちゃうわよ?」

「まぶたが重い……悪い。もう限界だ……」

太盛の意識はそこで消えた。
酔いに加えて精神的な疲れやストレスが全部出てしまったのだ。

彼の身体はひたすら休息を求めていた。
その休息の場所がミウのそばでなくて
エリカのそばなのは運命で決められたことなのか。

その日から太盛の別荘での軟禁(なんきん)生活が始まったのだった。


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